クリスマスの夜に行われる舞踏会は、三大魔法学校対抗試合の伝統のイベントらしい。
パーティーが行われるのは、12月25日の大広間。夜8時から夜中の12時まで。参加者は、各自パーティー用のドレスローブを着用すること。
「ドレスローブが必要なのって、このためだったのね」
そう言えば以前対抗試合について本で調べたとき、ダンスパーティーについても載っていたような記憶が薄っすらとあるような、ないような。あのときは“危険な課題”のことで頭がいっぱいだったせいで、すっかり忘れてしまっていた。対抗試合に関することならば、教科書リストが届くタイミングでは用途が秘密だったのも納得だ。
「パーティーは17歳でなくっても参加できるのね」
スクランブルエッグを突きながら、レイチェルは呟いた。
朝食の席は、すっかりダンスパーティーの話題で持ちきりだ。パーティーにはレイチェル達在校生も参加できるらしい。とは言え、誰でも自由に参加できるわけでもない。参加資格があるのは4年生以上だけだ。下級生の子達も、上級生が招待すれば参加できるらしいけれど。
「うちが開催校でよかったわよねー」
トーストを齧りながら、パメラが言った。確かに、今回の開催校がホグワーツでなかったとしたら、せっかくのパーティーもホグワーツに残るレイチェル達は参加できなかったのだろう。それに、次の対抗試合の舞台はボーバトンかダームストラングのどちらかになるはず────つまり、代表選手候補にならないと参加できない可能性が高い。下級生達は残念そうだった。
次の対抗試合のときには、立候補の条件も変わる可能性はあるけれど……あの課題の危険さを考えると、やっぱり17歳以上と言う条件は妥当な気がする。
「どうして4年生以上だけなのかしら?」
「ダンスをするとなると、それなりに場所が必要ですもの。大広間の定員を考えると、これでもギリギリなんじゃないかしら」
エリザベスの言葉に、レイチェルはなるほどと頷いた。さっと大広間の中を見回してみる。確かに、この人数で全員がダンスをしたら、あちこちでぶつかりそうだ。
「でも、いくら“秘密のお楽しみ”とは言っても、できるのならもう少し早く知りたかったわ……。せめて、時期が夏か冬かだけでも」
そうでなければドレス以外の小物を決めるのに困ると、エリザベスが溜息を吐いた。
ダンスパーティーの存在を知ったエリザベスの動きは迅速だった。すぐにふくろう小屋に行ってプライス邸へ手紙を出してくれたので、翌朝の朝食の席────つまりついさっき、その返事が来たのだ。膨らんだ封筒の中には、たくさんの写真が詰まっていた。ショールや靴、それにバッグの写真だ。屋敷しもべ妖精のフロプシーが頑張ってくれたのだろう。マダム・マルキンのお店のカタログほど多くはないけれど、色とりどりのたくさんの靴はどれも素敵で、目移りしてしまう。
「うー……どれも可愛い」
黒にグレー、赤、ピンクベージュ、レモンイエロー。豪華な刺繍が入っているもの、リボンの飾りがついているもの、足首にパールのストラップがついているもの。デザインも様々だ。ハイヒールなんて履いたことがないから、それだけでも何だかちょっと嬉しい。
「ねえ、エリザベス。やっぱり、これもドレスに近い色の方がいいの?」
「その方が統一感は出やすいけれど……あまりこだわらなくて大丈夫だと思うわ。そうね……水色はどう?髪飾りの色とも合うし……あとは、銀色のものがあったはず。あれも素敵だと思うわ」
これ、とエリザベスが探し出してくれた3枚の写真を見比べて、レイチェルはますます迷ってしまった。1枚は、綺麗な水色のエナメルのハイヒールで、ヒールの部分にさりげなくあしらわれたビジューがとても綺麗だ。もう1枚は、靴自体が光輝くようにビジューを散りばめられた銀色のハイヒール。……でも、ちょっと派手だろうか? それに、同じく銀色で、鏡のように艶やかな素材のものもあった。どれも素敵で迷ってしまう。
「そう言えば、エリザベスはどれにするの?もう決まってる?」
「ええ。私は元々、夏休みの間にいくつか候補を決めておいたから。レイチェル達がどれにするか決まったら、一緒に送ってもらうことになってるの」
まだ時間はあるからゆっくり決めて大丈夫だと言う言葉に甘えて、レイチェルはもう少し迷わせてもらうことにした。ドレスを着る機会なんてこの先もしばらくないだろうし、ホグワーツで大掛かりなパーティーなんて初めてだ。何だかとてもワクワクする。
「この靴、パメラのドレスに合いそう!」
「レイチェル、このショールにしたら? 絶対可愛いわよ」
ホグズミードでアクセサリーを選ぶのも楽しかったけれど、靴やバッグなんかを選ぶのもやっぱり楽しい。数十枚はありそうな写真を1枚1枚見比べながら、レイチェルとパメラがああでもないこうでもないと言い合っていると、紅茶を飲んでいたエリザベスが苦笑した。
「2人とも、気に入ってくれたようで何よりだけれど……そろそろ行かないと、授業に遅刻してしまうわ」
すっかりクリスマスのことに夢中になっていたせいで気づかなかったが、いつの間にか大広間はさっきより人が減っていた。朝食を食べる手も止まっていたせいで、お皿の上もちっとも片付いていない。レイチェルとパメラはハッとして、残りの時間は急いで食事をすることに専念した。
午前最初の授業は呪文学だった。
ここのところどの科目もそうであるように、フリットウィック教授はレイチェル達6年生に無言呪文で効果を出すことを求めた。けれど、期待通りに行っているのは教室の中でまだエリザベスたった1人きりだったし、声を張り上げて呪文を唱えなくても、教室の中はこれ以上ないほど騒がしかった。今日の課題は黙らせ呪文で、1人1羽与えられたワタリガラスがひっきりなしに鳴き声を上げていたからだ。
「ねえ、レイチェル。靴やショールも必要だけど、もっと大事なものを決めなきゃいけないってこと、わかってる?」
「大事なもの?」
呪文が当たったことに驚いたのか、レイチェルのカラスがバサバサと羽をばたつかせる。太い嘴の間からまだ小さく鳴き声が漏れているのがわかって、レイチェルははあと溜息を吐いた。やっぱり、新しく習う呪文でいきなり無言呪文は難しい。
「パートナーよ!」
同じく上手く行かなかったらしいパメラのカラスが興奮気味にギャーッとけたたましい悲鳴をあげたので、レイチェルは思わずビクッと肩が跳ねた。しかし、そのおかげで、熱のこもったパメラの声はフリットウィック教授には届かなかったようだ。が、隣に居るレイチェルにはしっかりと聞こえた。
ええと、何だっけ。パートナー────それはつまり、ダンスパーティーのパートナーだろう。
「パメラ。それに、レイチェルも。貴方達、まだ成功していないのなら課題に集中しないと……」
「私の知る限り、レイチェルもエリザベスも彼氏居ないわよね?」
おしゃべりを注意しようと振り向いたエリザベスの言葉を遮って、パメラが言った。エリザベスが気まずそうに視線を逸らした。レイチェルも言葉に詰まった。去年くらいから、同級生達の間では目まぐるしく誰と誰が付き合った別れた浮気しただのと恋愛に関する話題が飛び交っているが、レイチェル達3人の中で恋人が居るのはパメラだけだった。
「朝食のときは、つい私もはしゃいじゃったけど……ドレスのコーディネートなんて、後回しでいいのよ!パートナーをまず決めなきゃ!」
「そんなこと言われても……だって、付き合ってる人が居ないんだから、そんなにすぐに決められるわけないじゃない」
ただのクリスマスパーティーじゃない。ダンスパーティーだ。もしかしたら1人で参加もできるのかもしれないけれど、通常は男女ペアで参加することになるのだろう。現状、レイチェルには恋人は居ないわけで、パートナーなんて決まっているはずもない。だからそのことをまず考えるべきだ、と言うパメラの意見は理解できる。でも、ダンスパーティーの存在を知ったのはつい昨日のことなのだ。それに、靴やショールとパートナーのことはレイチェルの意志だけで決められるけれど、パートナーのことはレイチェル1人で考えたところでどうにもならない。
「甘いわよ!」
「パメラ、声大きい……」
「いーい、レイチェル。ダンスパーティーのパートナーは、1人しか選べないのよ」
「それは……そうでしょ?」
2人も3人もパートナーを引き連れてダンスパーティーに行くなんて聞いたことがない。改めて言われるまでもなく、当たり前のことに思える。レイチェルが不思議に思って首を傾げると、パメラはわかってないと言いたげに首を振った。
「せっかくのパーティーなわけ。『素敵な人と過ごして、思い出に残るようなロマンチックな夜にしたい』……って考えるでしょ。ここまではレイチェルでもわかるわよね」
……何だか、ものすごく馬鹿にされている気がする。が、レイチェルは大人しく頷いた。レイチェルだって、そんな淡い期待がないとは言えないからだ。そのために重要なのはドレスよりも誰と過ごすかだと言うのも、何となくはわかる。
「つまりね。男子も女子も、人気のある子にはダメ元で申し込みが殺到するだろうし、そうじゃなくたって『誘われたからとりあえずオッケー』して、『もっと素敵な子に誘われたからやっぱりこっちにしよう』なんてことも起きる可能性があるのよ!」
それは……何と言うか、せっかく誘ってくれた相手に対してちょっと不誠実な気がする。でも、確かに1番最初に誘ってくれた人がたまたま自分にとって気になっていた相手だった、なんて確率は低いのだろう。既に相思相愛の2人ならともかく、誘ってくれるつもりかどうかさえわからないなら、先に声をかけてくれた人についオーケーしてしまうかもしれない。
「せっかく勇気を出して誘っても『本命の返事が来るまで待って』なんて言われるかもしれないし、1度パートナーが決まったと思っても、向こうにとって自分が本命じゃなかったら後から『やっぱりごめん』って言われるかもしれないってこと! 誰か一緒に行きたい男の子が居るなら、他の女の子にとられちゃう前にさっさと動いて、逃がさないようガッチリ捕まえておいた方がいいわよ!居ないなら居ないで慎重に相手を選ばなきゃだし」
要するにだ。自分から誘ってみても、相手にだって誘いたい相手が居るかもしれない。タイミングによっては返事を保留にされたり、それを理由に断られてしまう可能性もある。誘われるのを待っている間に、相手にパートナーが決まってしまうかもしれない。そして、1度パートナーになる約束をしても、相手との関係や状況によっては当日までの間に反故にされる可能性もある。
……なるほど。これは確かに大変な事態かもしれない。
「それくらいのこと、ほとんどの女の子は気づいていると思うけど。どうして2人ともそんなに呑気にしてられるのか、全然わかんないわよ」
パメラは頭痛を耐えるように額を押さえ、大げさに溜息を吐いた。レイチェル同様、エリザベスもさっきから無言だった。カアカアとカラスの鳴き声と羽音ばかりが鼓膜を揺らす。レイチェルは騒がしい教室の中を見渡した。レイチェルが知らないだけで、この中の何割かは、既にもうパートナーが決まっているのだろうか?
パーティーは楽しみだけれど、何だか不安になってきた。
動き出している人は、もう動き出している。グズグズしていると、どんどん皆パートナーが決まってあぶれてしまう。
そんなパメラの言葉が正しいことを証明するかのように、その日の放課後までの間だけでも、レイチェルは何組かのカップルの成立と、そして失敗を目撃した。
午前最後の古代ルーン文字の授業で、レイチェル達は後ろの方の席を選んだが、近くにはハッフルパフの男子とグリフィンドールの女子が座っていた。寮は違うけれど、呪文クラブで一緒で仲が良い2人だ。
「ねぇ、もうパートナーは決まった?」
「いいえ、まだよ。どうして?」
「もしもまだなら、君のことを誘いたいと思って」
羽根ペンの先が羊皮紙を刻む音に混ざって、ヒソヒソとそんな会話が聞こえてきた。小さな声だったが、距離が近いせいで聞こえてしまったのだ。何だか盗み聞きしているようで後ろめたさがあったが、2人の間に一瞬流れた沈黙に、レイチェルも思わず息を呑んだ。そして────「嬉しいわ」と小さく囁く声に、レイチェルまでドキドキしてしまった。
「よかったら、僕とダンスパーティーに行ってくれる?」
昼食の時間には、レイブンクローのテーブルの端っこで、7年生の男子生徒がそんな風に誰かに話しかけているのが聞こえた。1つ上の学年の中だと、ハンサムだと目立っている上級生だ。相手は、やっぱり美人だと評判の7年生。レイチェルはあまり話したことがないが、確かペネロピーのルームメイトだ。
「ええ。私も、あなたが誘ってくれないかしらって思ってたの」
ニッコリと綺麗に微笑む彼女に、近くで見守っていた生徒達が口笛を吹いて囃したてた。周りに急き立てられるままに寄り添って祝福される2人は、とてもお似合いだった。成り行きを見守っていたレイチェルは、思わず感嘆の息を吐いた。まるでお芝居の一幕みたいだった。……それに、こんな風に皆が見ている前で堂々と誘えるなんてすごい。レイチェルだったら、断られたらどうしようかと不安になりそうだ。
「予想はしてたけど、やっぱり荒れそうね」
ベーグルサンドを齧りながら、パメラが呟いた。
その視線の先を追ってみると、近くの席に座っていた女子生徒がワッと泣き出して、大広間を走って出て行くところだった。幸いにも、輪の中心で祝福される2人は気づいていないみたいだったけれど────たぶん、あのカップルの男子の方を誘いたかったのだろう。レイチェルはもう見えなくなった背中に同情した。好きな人が自分以外をパートナーに選んだだけでもショックだろうに、よりにもよって自分の目の前で皆から祝福されるなんて。
「なあ、そのさ。俺達、一緒にパーティーに行くだろ?」
「ごめん。私、彼氏居るから」
「えっ……聞いてない!」
「言ってないもん」
教室へ向かうために廊下を歩いてるだけでも、そんな会話が聞こえてきた。
男子も女子も、どこかいつもよりソワソワしていた。すぐ側では意中の相手から誘われたらしい下級生の女の子が、嬉しそうに友人達に報告しているし、向こうでは女の子達が誰を誘おうかと相談している。
「ねぇ、クラムのパートナーって誰だと思う? 絶対もう相手が居るよね……」
「わかんないじゃん。誘ってみなよ!」
「そうだよ。もしかしたら、まだフリーかもしれないし!ダメで元々だよ!」
断られるだろうとわかっていても、どうせなら憧れの人を誘ってみたい。その気持ちは、レイチェルにもわかる気がする。世界一優秀なシーカーであるクラムは言うまでもなく憧れの的だ。そして、彼だけではなく代表選手であるセドリックもまた、生徒達にとって憧れの存在だ。
「あの……セドリック!お願い!私と一緒に、パーティーに行ってください!」
でも────だからと言って、1年生の女の子にパートナーにしてほしいとお願いされると言うのは、たぶんセドリック本人にも予想外だっただろう。
ちょうど図書室に入ってきたところだったレイチェルは、その様子を遠目に見かけた。レイチェルも驚いたが、セドリックはそれ以上に驚いていた。そして、どうにか我に返ったセドリックがごめんねと断った途端、女の子はワンワン泣き出してしまった。
「僕の断り方がまずかったのかな……」
「……うーん、でも、セドは『ありがとう』って伝えたわけだし……あの子もきっと、気持ちが落ち着いたらわかってくれると思うわ」
「そうかな……」
……『ありがとう』とか『誘ってくれて嬉しい』とかの部分は、もしかしたら動揺していて聞こえていなかったかもしれないけれど。騒がしさを見かねたマダム・ピンスが女の子を落ち着かせて図書室の外へと連れ出していたけれど、小さな下級生の女の子を泣かせてしまったことは、セドリックにはショックが大きかったようだ。……まあ、無理もない。
「こんにちは」
ふいにそんな声が聞こえたので、レイチェルはレポートを書く手を止めた。顔を上げると、いつの間にかテーブルの脇に誰かが立っていたことに気が付いた。ホグワーツの真っ黒なローブとは違う、真紅のローブは────。
「やあ、ヴィクトール」
「こんにちは、ヴィクトール」
セドリックがニッコリし、レイチェルも微笑んだ。ほとんど同じタイミングで重なってしまった声がおかしくてレイチェルは思わずクスクス笑ってしまったが、セドリックは反対に何だか怪訝そうな表情になった。クラムもわずかに微笑み、セドリックに話しかけた。
「セドリック。彼女と2人で話がしたい。少し時間をもらってもいいだろうか?」
「えっと……レイチェルと?」
「私?」
「えっと……わかった。じゃあ、僕は少し席を外すね」
セドリックは戸惑っている様子だったが、そう言って席を外した。
レイチェルも戸惑っていた。てっきり、何か用があるならセドリックの方だと思ったのに。このタイミングで2人で話がしたいなんて言われると、何だか変に意識してしまう。……いや、でも、クラムがレイチェルをパートナーに誘うはずがないし、きっと何か別件だ。
「君の恋人は、いい奴だ」
本棚の影へと消えて行ったセドリックの背中を見送って、クラムがレイチェルに微笑みかけた。クラムが言っているのはたぶん間違いなくセドリックのことだろうし、セドリックの善良さはレイチェルもよく知っているところだ。が、否定しなければいけない部分もあった。
「私とセドは、恋人じゃないわ」
「そうなのか?」
クラムは驚いた表情になった。フラーに引き続き、どうやらクラムにも勘違いされていたらしい。……やっぱり、クラムにすらそう思われたと言うことは、パメラの言う通り、レイチェルとセドリックの距離感に問題があるのだろうか。
「えっと……話って何かしら?」
話が逸れてしまったことに気づいて、レイチェルはクラムにそう促した。
何だかやっぱり、自分がほんの少し緊張してしまっていることに気が付いて、妙に恥ずかしい。自意識過剰だ。クラムはレイチェルを誘いにきたわけじゃないだろうことくらい、わかっているのに。
「君の友達の女の子。ハーモン……ニニー」
「……ああ、ハーマイオニーね? 彼女がどうかしたの?」
「彼女……彼女は、ハリー・ポッターの恋人ですか?」
これは────もしかして。今このタイミングでこんなことを聞かれるなんて、思い当たる理由は1つしかない。いや、他にもあるかもしれないけれど……レイチェルが想像した理由ならいいと期待してしまう。
「えっと……違うはず。この間、新聞にそう書かれたこと、すごく怒ってたから。ヴィクトール、もしかして……ハーマイオニーをダンスパーティーに誘うつもりなの?」
「はい。そのつもりです。彼女とパーティーに行きたいです」
期待に弾みそうになる声をどうにか潜めて尋ねると、クラムは頷いた。
やっぱりだ!クラムの瞳があまりにも真っ直ぐなせいで、自分に言われているわけじゃないとわかっていても照れてしまった。もしかしたら今、レイチェルの頬は赤いかもしれない。
クラムがハーマイオニーに興味を惹かれているらしいことは、レイチェルも知っていた。
第一印象があまり良くなかったせいでハーマイオニーの態度は頑なだけれど、いずれ誤解が解けて友人になれればいいなと思っていた。クラムはハーマイオニーが誤解しているよりもずっと感じの良い人だし、彼も本が好きだと言っていた。きっと話が合うはずだ。
応援したいし、上手く行ってほしい。そのために、レイチェルにできることはあるだろうか?
「……あっ、明日! ちょうど明日の放課後、ここで彼女と会うの。3時頃!」
レイチェルはパチンと手を合わせた。そうだ。ちょうど、明日は金曜日で、ハーマイオニーと図書室で勉強する約束をしている日だ。今日ももしかしたら彼女は図書室に来ているかもしれないけれど、ハリー・ポッター達と一緒の可能性もある。友人と居るところに声をかけるよりも、きっと彼女が1人きりのときの方が誘いやすいはずだ。「その……明日も、3時頃に、図書室に来てくれる? 今のセドリックみたいに、私が適当なところで席を外すから。本を探しに行くって言えば、変に思われたりはしないはずだし……合図するから、そうしたら彼女を誘って。……10分くらいあれば大丈夫かしら?」
「わかりました。ありがとう。……セドリックにも伝えてください」
また明日と約束して、レイチェルはクラムと別れた。クラムが図書室を出て行くのと入れ違いに、セドリックが戻って来た。気を遣ってタイミングを見計らってくれたのだろう。セドリックの申し出に甘えてしまったけれど、レイチェル達の方が席を外せばよかったな、と何だか申し訳なくなった。
「ごめんね。ありがとう、セド。ヴィクトールも、そう伝えてほしいって」
「いや、それは構わないけど…………レイチェル、何だか嬉しそうだね」
「えっ……別に、普通よ?」
実際、嬉しいのは事実だった。表情を引き締めようとしても、頬が勝手に緩んでしまう。
ハーマイオニーはレイチェルにとって大切な友人で、とても素敵な女の子だ。クラムも彼女の魅力に惹かれていると言うのは、とても嬉しいことに思えた。できるなら、セドリックともこの喜びを分け合いたいけれど────まだ本人すら知らないのに、レイチェルが勝手に話すのは良くないだろう。
「……彼のこと、ヴィクトールって呼んでるんだね」
「え? ええ。そう呼んでほしいって言われたから」
「そうなんだ」
セドリックは浮かない表情だった。何か言いたげな雰囲気のまま、黙り込んでしまう。
……やっぱり、さっきの1年生の女の子のことが引っかかっているのだろうか? レイチェルがそんな風に考えていると、セドリックが遠慮がちに口を開いた。
「もしかして、その……彼に、ダンスパーティーに誘われた?」
「まさか!」
「誘われてるのは、私じゃなくセドの方でしょ? 今日だけで何人申し込みがあったの?」
たぶん、セドリックをパートナーにと誘ったのがあの1年生の女の子1人きりじゃないだろうことは、簡単に想像がつく。現に今も、ちらちらと周りのテーブルからいつも以上に視線を感じる。……後で、レイチェルも席を外した方がいいだろうか? セドリックと踊りたい、と思ってる女の子はホグワーツに何人居るのだろう?
「……本当に、パートナーに申し込まれたわけじゃないの?」
「だから、違うってば。こんなこと、嘘吐く必要ないでしょ」
「僕がホグワーツの代表選手だから、言いにくいのかなと思って……」
なるほど。クラムはライバル校の選手だから、セドリックに遠慮して秘密にしているんじゃないかと、そう考えたらしい。でも、その予想はやっぱり外れだ。まだ納得していない様子のセドリックに、レイチェルは小さく溜息を吐いた。
「本当に違うの。ヴィクトールには、他に誘いたい女の子が居るんだもの」
さっきはその女の子のことで相談を受けていたのだとレイチェルが打ち明けると、セドリックはようやく納得したようだった。……セドリックに悪意がないのはわかっているけれど、あんまり何度も誘われてないと言わせないでほしい。
「そっか。上手く行くといいね」
「うん。……皆が、好きな人とパーティーに行ければいいのにね」
それがただの理想論に過ぎないことは、レイチェルにもわかる。セドリックとパーティーに行きたい女の子はたくさん居ても、セドリックは1人しか居ない。選ばれるのもたった1人だけ。全員が行きたい相手と行く、なんて不可能だ。悲しい思いをする人だって居る。さっきの1年生の女の子や、大広間から飛び出して行った女の子みたいに。
でも、せっかくのパーティーなのだ。それも、100年ぶりの。きっとものすごく華やかで、ロマンチックな夜になるのだろう。できるなら1人でも多く、好きな人や友人や、大切な人達と笑い合って、楽しい時間を過ごせたらいいなと願ってしまう。
とりあえずは明日、クラムとハーマイオニーが上手く行くといいなと思う。