灰色の空から雪がちらつき、辺りを白く彩り始めている。12月がやって来た。ここのところ朝も夜もすっかり冷え込むようになり、外を歩くときはマフラーが手放せない。吹きつける風が木々の葉を落とすせいで、図書室の窓から見える景色もすっかり寒々しくなってしまっていた。

「これ。君に」

本棚の陰になった席でレイチェルが魔法薬学のレポートをやっていると、ジョージがやって来た。……名乗ってもらったわけじゃないから確信は持てないけれど、たぶんジョージだろう。そのジョージはレイチェルの隣に座ると、ポケットから何かカラフルな包みを取り出し、テーブルの上へ置いた。

「えっと……これ、お菓子?」
「まあ、大まかに言えばそうだな。でも、図書室はやめておいた方がいいぜ。ちょっと散らかるし」
「散らかる? ……あっ、ビスケットか何かなの?」
「いや。カナリヤ・クリーム。食べるとカナリアに変身する────数分後、羽根が抜けて元に戻る」

確かに、よく見てみるとWWWのロゴが印字されている。レイチェルは手に取った包みをそっとテーブルの上へ戻した。取扱注意だ。ジョージは他にもいくつかお菓子らしきものをテーブルに置いた。前にも見せてもらったベロベロ飴もある。それにだまし杖も。……でも、どうして急に? レイチェルが不思議に思っていると、ジョージがニヤッと笑った。

「新作ができたら、君のパパに送るって約束だっただろ。老け薬の材料費の代わりに」
「あっ……」

そう言えば、そんな約束をしたんだっけ。ここのところ色々と考えることありすぎたせいで、すっかり忘れていた。忘れていたと言うか、そもそもこんなに早く新しい悪戯グッズが開発できるなんて思っていなかったのだ。アイディアを出すだけだって大変そうなのに。

「これは結構自信作なんだ。試作品自体は少し前に完成してたんだけど、何て言うか……資金面での問題があって、数が作れなくてさ。この間、ちょっとした臨時収入があったんで、ようやく販売できる」
「臨時収入?」

悪戯専門店を開くと言う彼らの夢が前進しているのなら、友人として喜ばしいことだと思うけれど────レイチェルには妙にその言葉が引っかかった。……臨時収入って、もしかして、第1の課題のときにやっていた賭けのことだろうか?

「ドラゴンの課題のとき、賭けをしてたでしょ。エリザベスがカンカンだったわよ」
「希望者だけが納得して参加してる。無理矢理参加させで金をまきあげたわけじゃないんだから問題ない」
「当たり前でしょ……」

レイチェルは溜息を吐いた。もしもそんなことをしていたら、とっくにマクゴナガル教授に報告している。フレッドとジョージがそんなことをするとは思っていないけれど────お金が絡むとトラブルになりやすいからちょっと心配だ。フレッドとジョージは要領がいいから、上手くやるのかもしれないけれど。

「それに、俺達はきちんと公正にやってるぜ。バグマンとは違って」
「バグマン?……って、あのバグマン氏? あの人がどうかしたの?」

ジョージがぼやいた言葉にレイチェルは顔を上げた。どうしてここで、バグマン氏の名前が出てくるのだろう。気になってレイチェルが尋ねると、ジョージはしまったと言いたげな表情になった。どうやら口が滑ったらしい。……まあ、言いたくないことなら無理に聞き出したいわけじゃないからいいけれど。レイチェルがレポートへと視線を戻しかけたところで、ジョージが小さく溜息を吐いた。

「君には、老け薬の件で協力してもらったから話すけど……秘密にしてくれよ」
「……ええ」
「夏にさ。クィディッチのワールドカップの決勝で、バグマンと賭けをしたんだ」
「ああ、そう言えば……私とセドも誘われたわ」

レイチェル達は未成年と言うこともあって断ったけれど、エイモスおじさんはいくらか賭けていた。お祭りに気分が高揚していたのか、キャンプ場に居る知り合い全員に声をかけていそうな様子だったバグマン氏のことは、レイチェルの記憶にも残っている。

「全財産賭けたんだぜ。37ガリオン、15シックル、3クヌ―ト。それにだまし杖なんかも」

そう言って唇を尖らせるジョージに、レイチェルは驚いた。
全財産って。全財産をスポーツに賭博につぎ込むなんて────レイチェルはついそんな言葉を口にしそうになったが、話が逸れてしまいそうなのでどうにか飲み込んだ。

「……どっちに賭けたの? アイルランド?」
「いや。『アイルランドが勝つけど、スニッチを捕るのはクラムだ』って賭けた」
「それって……」

見事、予想的中だ。あのドラマチックな試合は誰にとっても予想外な結果だと思っていたけれど、まさかフレッドとジョージは事前に読んでいただなんて。もしかしたら偶然当たっだけなのかもしれないけれど、それにしたって、確率から言ってもすごいことだ。

「ああ。予想が当たったのは俺達だけだ。これで、悪戯グッズ開発の資金ができる。そう思ったのに……」
「……バグマンさん、お金払うの忘れちゃったの?」
「一応は払ってくれたさ。ただし、レプラコーンの金貨だったんだ」

そう言えば、試合前のパフォーマンスではアイルランドチームのマスコットとしてレプラコーンが登場していた。そして、競技場中に金貨の雨を降らせていた。観客の中には、それを拾っていた人も多かったはずだ。レプラコーンの金貨は見た目は本物の金貨そっくりだけれど、時間が経つと消えてしまう。

「その……うっかり間違えたんじゃなくて?」
「俺達もそう思ったさ。だから、バグマンに手紙を出した。何度もだ」

もしくは、バグマン氏はレプラコーンの金貨が消えることを知らなかったのかもしれない。と言うか、そうであってほしい。偽物の金貨を渡すだなんて、もしもわざとだったとしたらかなり悪質だ。気の良さそうな人だったし、そんなことをする人には見えなかったけれど……レイチェルのそんな考えを読みとったかのように、ジョージが肩を竦めた。

「もちろん、忙しくて手紙を読めてないだけかもしれない、とも考えた。だから、直接話をしようと思ったのに……ハロウィンの夜も、この間の課題の日も、なかなか捕まらない」
「ああ……審査員の人達、忙しそうだものね」

彼らがホグワーツに来ているのはあくまで仕事のためだし、対抗試合関連のことでいつもより仕事が増えているはずだ。もしかしたら、それに加えてワールドカップの一件の事後対応にも追われていたかもしれない。バグマン氏もクラウチ氏も、きっとレイチェルが想像している以上に忙しいのだろう。

「行き違いでも、そうでなくても……お金、返ってくるといいわね。37ガリオンなんて、大金だもの」

お小遣い数ヶ月分の金額が消えてなくなってしまうなんて────いや、そもそも賭けに負けてしまっていたら戻って来ない可能性もあったわけだから、やっぱり全財産を賭けるなんて思い切りが良すぎることをしたのがそもそもの原因は気もするけれど────気の毒だ。レイチェルはフレッドとジョージに同情した。

「お菓子、ありがとう。うちのパパ、きっと喜ぶと思うわ」
「ああ。できたら、感想聞いてくれると助かる。改良できそうなところとかも含めて」
「わかったわ」

悪戯グッズの開発に関してはレイチェルの父親は専門外だろうけれど、一応魔法薬の研究ではそれなりに実績があるらしい。もしかしたら、何か役立つようなアドバイスをくれる……かもしれない。ジョージの背中を見送って、レイチェルは再びレポートを進めようと羽根ペンを手に取った。

 

 

 

……何と言うか、今日は普通だった。
無事にレポートを書き終えて図書室を出たレイチェルは、ぼんやりと廊下を歩いていた。ジョージと2人きりで話しかけられたから、ほんの少し……ほんの少しだけ、何と言うか……緊張してしまった。けれど、今日はごく普通の友達の距離感で────何もなかった。頭に浮かんだそんな考えを振り払うように、レイチェルは首を横に振った。……何もない、なんて言い方をすると、まるで“何か”が起きることを期待していたみたいだ。そう言うわけじゃない。……ない、はずだ。

やっぱり、あれはからかわれていただけなのかもしれない。

自分で認めるのは情けないけれど、たぶんレイチェルはものすごくからかいがいがあるだろう。だって、セドリック以外に仲が良い男の子なんてほとんど居なかったから……男の子の友人は居るけれど、ボーイフレンドは未だかつて1人も居ない。だから、思わせぶりなことを言われたり、距離が近かったりすると、わかりやすく動揺してしまう。ジョージにしてみれば、面白いおもちゃを見つけたような気持ちなのかもしれない。

『なんだ。残念』

あんな風に、まるでレイチェルに気を持たせたいみたいな、そんな言い方をするから。つい、意識してしまうけれど……考えてみれば、別に好きだと言われたわけじゃない。この間のホグズミードだって、デートに誘われたりもしなかった。

『そんなの、雰囲気でわかるでしょ? 目を見れば、何となく』

クロディーヌにはそう言って笑われたけれど────わからない。何もわからない。これは単に、経験値の差なのだろうか。魔法薬みたいに、パッと色が変わるような試薬があればいいのに。
フレッドと比べると、ジョージは明らかにレイチェルに対する雰囲気が柔らかい……ような気がする。でも、それはあくまでフレッドと比べての話だ。フレッドとレイチェルはそんなに親しくない。仲が良い人と、そうでない人との前で態度や表情に差があると言うのは当たり前のことだし、そもそもフレッドとジョージは別の人間なのだから2人を比較したところで仕方ないような気がする。
やっぱり、レイチェルが深く考え過ぎなのかもしれない。……ジョージはいつも通り何でもない様子だったし、何とも思っていないのかも。あの双子が悪戯好きなのは今に始まったことじゃないし、単にレイチェルの反応を面白がっている可能性の方が高いような気がする。たぶんそうだ。
そんなことを悶々と考えていたら、いつの間にか寮の前まで辿りついていた。長い螺旋階段を上り、ドアを叩くと、ノッカーの鷲が嘴を開いた。

『ある場所では、季節が秋、春、夏、冬の順になる。しかも、1週間は金曜日から────』
「辞書の中」
『正解です。しかし、問題は最後まで聞かないといけませんよ』
「ごめんなさい。だって、寒いんだもの……」

鷲の咎めるような口調に、レイチェルは眉を下げた。廊下は寒いから、早く中に入って温まりたい。ノッカーは不満げだったが、渋々扉を開けてくれた。急いで談話室へと足を踏み入れたレイチェルは、暖炉の前に見知った人物の姿を見つけた。

「あれ? クロディーヌ。それに……フラー?」
「Bonjour」

薄っすらと光を放つようなシルバーブロンドの長い髪は、見間違えるはずがない。レイチェルの呼びかけに振り向いた美しい顔は、やっぱりフラーだった。どうして、彼女が談話室に居るのだろう? レイチェルが驚いていると、クロディーヌがニッコリした。

「暖炉でマシュマロを焼いてたのよ。フラーも食べたいって言うから、連れて来たの」
「『連れて来た』って……」
「ちゃんとノッカーの質問はフラーが解いたもの。問題ないでしょ?」

勝手に寮の中に他校生を招き入れるのはよくないんじゃないかとレイチェルが眉を寄せると、クロディーヌが肩を竦めた。確かに……ドアノッカーの鷲が出した質問に正解さえすれば、レイブンクロー生でなくても寮の中には入れるのだ。それはそうだけれど……。

「クロディーヌとレイチェル、友達でしたか?」
「ええ」

不思議そうにレイチェルとクロディーヌを見比べていたフラーがそう尋ねたので、レイチェルは頷いた。クロディーヌとレイチェルが、友達。何だかまだ慣れなくてちょっと照れくさいけれど、その通りだ。レイチェルは思わず口元を綻ばせたが、フラーはキッと目を吊り上げてクロディーヌを振り返った。

「クロディーヌは嘘吐きでーす!」
「えっ?」
「私がセドリックに興味を持っている、そう言ったら、レイチェルのこと、『彼女はセドリックと付き合ってるかもしれない』と。嘘教えました!」
「嘘なんて吐いてないわ。『彼女はセドリックととっても仲が良くて、彼の家を訪ねたり、何度もデートしたことがある間柄だ』って言っただけよ」

そう言って、クロディーヌは綺麗に微笑んでみせた。
それは……確かに、クロディーヌの言う通り事実だけれど、だいぶ誤解を招く言い方だ。クロディーヌのことだから、たぶんわかっていてわざとそう言う言い方をしたのだろう。悪びれる様子のないクロディーヌに、レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「えっと……その……ボーバトンの制服って、ちゃんと冬物があるのね。よかった。寒そうだったから、心配してたの」

話題を変えようと、レイチェルはそんな言葉を口にした。実際、気になっていたのは事実だった。ボーバトンの制服は薄い絹のようだったので秋口でも少し寒そうだったが、今フラーが着ているのはそれとは違っていた。色やデザインは似ているけれど、もっと厚手の温かそうな素材だ。

「これでも、まだ十分ありません。オグワーツは寒すぎまーす」

焼けたマシュマロを齧りながら、フラーが眉を寄せた。
ボーバトンがフランスのどの辺りにあるのかはわからないけれど……確かに、地理的にどう考えてもホグワーツよりは南のはずだ。その気候に合わせた制服なら、確かにスコットランドの寒さには驚くだろう。

「ボーバトンの馬車は大丈夫?城の中より、もっと寒いんじゃ……」

ボーバトンやダームストラングの生徒達は、食事のとき以外は城の中ではなくそれぞれが移動に使った馬車や船の中で生活している。魔法で温められるとは言っても、かなり冷えるはずだ。せめて冬の間だけでも、城の中で過ごしてもらった方がいいんじゃないだろうか? そんな疑問をレイチェルが口にすると、フラーは静かに首を横に振った。

「いいえ。暖炉はありませんが、とても温かいでーす。マダム・マクシームも、寒いのは苦手なのでー」
「そうなの?」

居心地よく過ごせているのなら何よりだ。そう言えば────いくら巨大だとは言っても、普通の馬車ならば、20人近くの生徒が生活するのは難しいはずだ。あの馬車の中って一体どうなっているのだろう? そんなレイチェル頭の中を読みとったかのように、フラーがニッコリした。

「よかったら今度、見に来ますかー?」

 

 

 

水曜日の午後、レイチェル達はフラーと待ち合わせてボーバトンの馬車へと向かった。レイチェル達、つまりレイチェル、エリザベス、パメラの3人だ。クロディーヌは以前フラーに案内してもらったことがあるらしいので、レイチェルは代わりに親友達を誘ったのだった。
馬車は、ハグリッドの小屋から少し離れた場所にある。魔法生物飼育学の授業のときに近くを通るので、遠目には時々眺めていた。オパールや貝殻のように光の加減によって色が変わる、淡いパステルブルー。淡い金の車輪や装飾が映える、華やかで荘厳な馬車だ。馬車を引く天馬達もベルベットのような毛並みが美しく、そこだけがまるでまるで絵本の挿絵のようだ。

「近くで見ると、想像してたより大きい」

馬車の前へとやって来たレイチェル達は、まずその巨大さに圧倒された。天馬達は綺麗だけれど、近くで見ると迫力があった。蹄の足跡で、大きめの水溜まりができそうだ。そして、馬車は更に大きい。レイチェルの家と同じくらいか、もしかしたらそれ以上に大きいかもしれない。

「どうぞ。ここが入り口でーす」

外の冷気を防ぐためか、扉は閉じられていた。ボーバトンの校章が描かれたその扉は、マダム・マクシームの身長に合わせているからか、やっぱり大きい。フラーが杖を使って扉を開けてくれたので、レイチェル達もその後に続いた。

「わあ……素敵!」

馬車の中には、広々とした空間が広がっていた。
レイブンクローの談話室と同じか、少し狭いくらいだろうか。淡いパステルブルーを基調に、金と白の優雅なダマスク模様が描かれた壁紙が華やかだ。壁にはたくさんの絵が飾られ、その額縁はどれも淡い金で統一されていた。白い床に敷かれた毛足の長いカーペットも淡いブルーで、壁に沿うようにして座り心地のよさそうなソファがたくさん置かれている。小さな丸い金の鋲がたくさんついた白いソファは、どこか優美な印象だ。ソファの前には、大理石でできた白いテーブルが置かれていた。

「おかしいでしょ。何で馬車の中にピアノやシャンデリアがあるのよ!これじゃまるで、高級ホテルのロビーよ!」

信じられないとパメラが叫んだ。パメラの言う通り、見上げるような高い天井からは豪奢なシャンデリアがいくつも垂れ下がり、中央にある白いグランドピアノは魔法でひとりでに美しい音色を奏でている。何人か残っているボーバトン生の女の子達がお茶を楽しんでいるのも、また優雅だ。

「ここで授業します。それ以外の時間はー、お茶とか……おしゃべり。色々でーす」

入り口とは逆側に、大理石でできたステージのようなものがあった。マダム・マクシームが教壇として使っているのかもしれない。その後ろの壁には、金の額縁に入った一際巨大な風景画が飾られていた。フラーによれば授業のときは黒板に変わるらしい。ソファやテーブルも移動することができるので、その時々の用途に合わせて場所を変えるようだ。

「寝室はあっちでーす」

よく見れば、ステージの近くには扉が3つあった。ステージの後ろの壁と、それから両端だ。両端の扉がそれぞれ男子と女子の寝室に、そしてもう1つの扉がマダム・マクシームの寝室に繋がっているらしい。フラーの案内に従って、レイチェル達は扉の向こうへと進んだ。

「わあ、ここもかわいい!」

どうやら、1人ずつ個室が割り当てられているらしい。ベッドと机があるだけの小さな部屋だったけれど、とても居心地が良さそうだ。扉や家具は白で統一されていて、淡い色の花柄の壁紙と、凝った彫刻のアイアンベッドが可愛い。フラーの部屋の机には小さなテディベアや家族の写真が飾られていた。レイチェル達が案内してもらったのは当然女子用の寝室だったが、フラーが言うには男子の方はもう少しシンプルなデザインらしい。

「ねぇ、フラー。あの扉は何?」

廊下の突き当たりに、1つだけ他とは違った雰囲気の扉が合った。銀色で、美しい花のレリーフが入った豪華な扉だ。フラーはその質問を待っていたかのようにニッコリすると、扉を開け放った。そして、目の前に広がった光景に、レイチェルとエリザベスはハッと息を呑んだ。が、パメラはいよいよ理解不能だと頭を抱えた。

「どうなってるのよ、ここ!? どう考えても、空間捻じ曲がってるでしょ!?」

扉の向こうにあったのは、美しい庭園だった。手入れされた小道にはいくつものバラのアーチがかかっていて、色とりどりの花が辺り一面に咲き誇っている。魔法で作られた美しい青い羽の蝶が、その間をひらひらと羽ばたいていた。馬車の中のはずなのに、頭上には空が広がっている。とは言え、今は外は雪のはずなのにこの空は澄み渡っているので、いつでも青空に見えるよう魔法がかけてあるようだ。そして、小道を進んだ先にあるのは────。

「噴水?」
「覗いてみてくださーい」

真っ白な石でできた、小さいけれどとても美しい噴水だ。レイチェルは言われた通り、噴水の淵へと座って中を覗きこんだ。鏡のように凪いだ水面からは、当たり前に自分の顔が見返してくる。思わずフラーの顔を見たが、悪戯っぽく微笑むばかりだ。レイチェルはもう一度、水面をしげしげと眺めた。すると、水面に何かの像が浮かぶのが見えた。

「どうして? オッタリー・セント・キャッチポールが見える!」

それは、レイチェルのよく知る風景だった。慣れ親しんだ小さな美しいマグルの村が、水面に映っていた。これは、今のオッタリー・セント・キャッチポールの様子だろうか? いや、でも、今レイチェルの目に見えている光景は冬の景色じゃない。勿忘草色の空は、夏休みに部屋の窓から見たあのときと同じだ。

「見た人の記憶の中の、美しい場所、素敵な思い出の場所が映りまーす」

フラーの口調は誇らしそうだった。水面が揺らぎ、オッタリー・セント・キャッチポールの像が消えていく。今度はまた、別の風景が浮かんだ。白い漆喰の壁に、レンガ色の屋根の街並み。サファイアのような青い海。以前イタリア旅行で行った、ナポリの街だ。

「私達がボーバトンを離れて、悲しい……寂しい……アー……」
「えっと……ホームシック?」
「それでーす。そうならないよう、マダム・マクシームが作りました」
「とっても素敵な魔法ね!」

レイチェルがニッコリすると、フラーも花のように微笑んだ。
どうやらレイチェルに見えている光景は、他の人には見えないらしい。ちょっと残念だけれど、とても美しい魔法だ。マダム・マクシームも、やっぱりとても素晴らしい魔女なのだろう。

「ボーバトンにある噴水や庭園は、もっと美しいでーす」
「聞いたことがあるわ。確か、錬金術師のニコラス・フラメル氏にちなんだ……癒やしの力がある噴水でしょう? とても美しかったと、お父様が仰っていたわ」
「Exactment.」

エリザベスは相変らず博識だ。この噴水や庭園も十分すぎるほど綺麗だけれど……フラーがこう言うのだから、事実そうなのだろう。写真はないのだろうか? いや、でも小さく切り取られた写真ではきっとその美しさは上手く伝わらない。ナポリの海や、マグルの街のイルミネーションだってそうだった。

「いつか、行ってみたいわ」
「ぜひ。来てくれたら、案内しまーす」

いつになるかはわからないけれど、いつか────フラーがこうしてホグワーツを訪ねてくれたように、レイチェルもボーバトンを訪ねることができたら素敵だ。……卒業までには、難しそうな気がするけれど。
それからレイチェル達はまた最初の広間へと戻り、フラーが振舞ってくれたお茶を頂いた。体の芯まで温まりそうなスパイスたっぷりのホットワインと、一口サイズの小さなカヌレなんかの焼き菓子。美しいピアノの音色を聞きながらのおしゃべりは楽しくて、レイチェル達はすっかり長居してしまった。

「すごかったわね!馬車の中じゃないみたいだったもの!」

馬車を後にして城へと戻る頃には、すっかり外は暗くなっていた。暗闇の中でも薄っすらと淡く輝く馬車を名残惜しく振り返り、レイチェルはふぅと息を吐いた。フラーが出してくれたお菓子があまりにもおいしかったので、つい食べ過ぎてしまった。満腹な上、楽しい時間を過ごせてレイチェルはとても充実した気分だったが、反対にパメラは何だかげっそりしていた。

「そうね。魔法って何でもアリだってこと、久々に思い出したわ。驚きすぎて疲れた。“カボチャの馬車”の方がまだ常識的よ」
「ダームストラングの船の中はどうなっているのかしら? 彼らもあそこで生活しているでしょう?」
「さあ……気になるけど、いきなり『見学させて!』ってお願いするわけにもいかないし……エリザベスやパメラは、誰か頼めそうな知り合い居る?」

レイチェルが尋ねると、エリザべスとパメラは残念そうに首を横に振った。
ボーバトンの馬車を見学させてもらったことによって、ダームストラングの船についても、一体あの中がどうなっているのか気になり始めてしまった。一応、クラムは知り合いと呼べる関係ではあるけれど……頼みごとができるほどの親しさではないし、そもそも彼らはあそこで生活しているのだから興味本位で見学するのも迷惑だろう。ボーバトンの馬車の中が見られただけでも幸運だ。

「……変ね。何かあったのかしら」

エリザベスが怪訝そうに呟いたので、レイチェルもその視線の先を追った。
玄関ホールの辺りが、何だか騒がしかった。集まっている生徒達は、誰もが興奮した様子で、クスクス笑いをしたり、口々に何か囁きあっている。どうやら、何か新しい掲示が出たようだ。
一体何だろう。ホグズミード休暇はついこの間あったばかりだから違うはずだ。あんなに皆が騒いでいると言うことは、対抗試合に関することだろうか? でも、第2の課題はまだ2ヶ月以上も先だ。
人垣はなかなか動かなかった。レイチェル達はどうにかその波が過ぎ去るのを待って、数分後ようやく掲示の内容が読めそうな位置まで進むことができた。やっぱり、ホグズミード休暇の知らせではなかった。対抗試合に関することと言うのは合っていたが、掲示の内容はレイチェルの想像とは少し違っていた。

いつもと違う、凝った銀色の蔦模様が入った羊皮紙には、優美な飾り文字でこう書かれていた────『クリスマス・ダンスパーティーのお知らせ』。

クリーム、マシュマロ、カヌレ

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