杖先から出た金色の光の帯が、数字を形作っていく。
マダム・マクシーム────7点。ダンブルドアが9点。今まででの試合で1番高い点数だ。一方で、次のクラウチ氏の評価は6点と厳しかった。ドラゴンとの対決と言う意味ではクラムの試合はほとんど狙いどおり上手く行ったように見えたが、やはり卵が全滅してしまったことで評価が分かれたようだ。

「これ、もしかしてセドリックは首位をキープできるんじゃない!?」

パメラが興奮気味に言った。観衆がざわつく中、続くバグマン氏は大きく8の数字を描いた。ここまでで、クラムの得点は30点。セドリックと8点差だ。観衆がゴクリと息を呑み、シンと水を打ったように静まりかえった。カルカロフ校長はもったいぶるように杖を振り───光の帯が、10の数字を象った。

「確かに、彼の試合は素晴らしかったけれど……卵が割れてしまったら減点のはずでしょう?」
「自分の生徒だからって贔屓じゃないの!?」

セドリックを応援していた生徒達からは嘆くような声が漏れ、一方でクラムを応援していた女の子達は黄色い声を上げた。エリザベスやパメラは納得していない様子だったし、周りのホグワーツ生達も似たようなものだ。ざわざわと騒がしくなった中、レイチェルは膝の上のスカートを握りしめたまま、ソワソワと落ち着かなかった。

レイチェル、大丈夫よ。追い抜かれたと言っても、たったの2点差ですもの」
「そうよ!まだ課題は1つ目だもの!これからよこれから!」
「あ……うん。ありがとう、2人とも」

レイチェルはぎこちなく微笑んだ。けれど、胃のあたりがキリキリと痛むのは、クラムがセドリックを抜いて首位に立ったせいではなかった。この後の試合が一体どうなるのかと考えると、胸の中で不安が渦巻いて止まらない。3人の選手はここまで全員課題をクリアしたけれど、やっぱりドラゴンを相手に苦戦していた。17歳の彼らがどうにか互角に渡り合ったあの危険な魔法生物に、これからハリー・ポッターは挑まなければいけないのだ。まだ14歳の彼が、しかもよりによって4頭の中で最も凶暴なハンガリー・ホーンテールに。
レイチェルが4年生だった頃、ドラゴンと渡り合えるような魔法なんて使えただろうか? 答えは考えるまでもない。いや、彼だって何か作戦を立てているはずだ。だって、セドリックにドラゴンのことを教えてくれたのは他ならないハリー・ポッターなのだから。
レイチェルはギュッとスカートに握る手に力を込めた。大丈夫。危なくなったらドラゴンキーパー達がすぐ助けに入ってくれるはずだ。今回の大会は万全の安全対策が取られている。だから、大丈夫なはずだ。でも…………やっぱりものすごく不安だ。

「第1の課題は、クラムがトップかー」
「すごかったよね!さすがって感じ!」
「まだ一応試合残ってるけどさ、もう結果出たようなものでしょ」
「どうする? まだ見る?」
「えー、もうよくない? ポッターにドラゴン出し抜くなんて絶対無理だって」
「一応見てこうよ。『生き残った男の子』がどんな風に戦うなのか、気になるじゃん」
「確かにね。やる気あるから、自分から立候補したんだもね」

クラムの試合は特にフィールドへのダメージが大きかったので、修復には時間がかかった。次の試合が始まるまでの間、観客達は好き勝手におしゃべりをしていた。後ろの席からそんなクスクス笑いが聞こえて、レイチェルはギュッと胸が締め付けられるのを感じた。違うのに。ハリー・ポッターは自分で立候補したわけじゃない。誰かがそう仕組んだせいで、彼は巻き込まれたのだ。レイチェルは本人からそう聞いた。彼だって今、きっとものすごく不安なはずなのに────。

レイチェル、大丈夫? 顔色が悪いわ」
「うん……大丈夫。ありがとう、エリザベス。ちょっと、体が冷えちゃったみたい」
「確かに、少し肌寒いわよね」

エリザベスが気遣わしげに微笑むのに、レイチェルも微笑み返した。
吹き付ける風は冷たかったが、それだけでなく、競技場を包む雰囲気もさっきまでとは明らかに変わっていた。皆の注目の的の代表選手達は一体どんな試合を見せてくれるのだろうと期待や興奮で膨らんでいた空気は、冷えて萎んでしまっている。少なくとも観客の半分は、ハリー・ポッターのことを自惚れ屋で目立ちたがり屋だと思っていて、彼には到底課題をやり遂げられるはずがないと考えている。それどころか、もしかしたら中には彼が失敗して恥をかくことを望んでいる人すら居るかもしれない。彼だって、ホグワーツの代表選手なのに。

「ここで、ようやくフィールドの整備が終わったようです!いよいよお待ちかね、最後の試合が始まります!」

バグマン氏が声を張り上げ、観衆の注目がフィールドへと戻った。けれど、その歓声は今までのどの試合よりも小さかった。レイチェルはパメラ達と一緒に声援を送ったが、周りは妙にしんとしている。応援しているのはほとんどがグリフィンドール生で、他の寮の生徒達は冷淡だった。
フィールドの真ん中では、ドラゴンキーパーが最後のドラゴンが入った箱を運び込んでいた。頑丈な鎖が解かれると、中からホーンテールが飛び出した。トカゲにも似た、これまでのどのドラゴンよりも巨大なその姿が。

「さあ、見てください。どうでしょう、あの凶悪な尻尾! 残る1頭は、最も攻撃的で最も好戦的な、ハンガリー・ホーンテール!」

バグマン氏のその解説の間にも、ホーンテールはその巨大な棘だらけの尻尾を地面へと勢いよく打ちつけていた。地響きを立て地面を深く抉るその様子に、観衆は驚き、不安げなざわめきが広がった。バグマン氏の言葉を聞かなくても、今フィールドに居るドラゴンが今までのどれよりも凶暴であることは、誰の目にも明らかだった。
レイチェルは祈るように胸の前で手を組み、ギュッと瞼を閉じた。どうか、ハリー・ポッターが無事に課題を終えられますように。卵をとれなくても、点数が低くてもいいから、どうか怪我をしないで────。

「対するは、皆さんよくご存知、今大会特例の最年少のお騒がせ代表選手、生き残った男の子、ハリー・ポッター!」

バグマン氏が朗々と声を響かせ、甲高いホイッスルの音がまたも響いた。

 

 

 

相変らず奇妙に少ない歓声の中、フィールドの入口にハリー・ポッターの姿が見えた。
どこか覚束ない、フラフラとした足取りで進んでいる。その顔色は、蝋のように白かった。ああ、やっぱりハリー・ポッターだって緊張している。4年生がたった1人でドラゴンに立ち向かうなんて、不安に決まっているのだ。あまりにも無茶苦茶だ。ハラハラとハリー・ポッターの姿を見つめていたレイチェルは、そこで彼に近づく影にハッとした。

「ダメ!」

卵の入った巣の側に居たはずのホーンテールは匂いで侵入者に気が付いたのか、いつの間にかハリー・ポッターのすぐ側まで迫っていた。ちょうど、入口からは死角になって見えない位置だ。そして、棘の生えた棍棒の尻尾を勢いよく彼めがけて振り下ろした。

「おー、これは危なかった!ドラゴンからの死角からの攻撃!ポッター選手、よく避けました!」

バグマン氏が面白そうに言った。
ハリー・ポッターは突然のことに驚いていたが、間一髪のところで1発目の攻撃を避けた。しかし、彼に狙いを定めたホーンテールはそれだけでは引かない。距離を取り、炎を勢いよくハリー・ポッターに向かって吐き出した。彼はそれもどうにか走って直撃を避けたけれど、ホーンテールは視線を外さない。体勢を崩したところに、またギロチンのように尻尾を振り下ろす。そして────。

「すっごい痛そう」

尻尾で薙ぎ払われ、岩の上へと勢いよく叩きつけられたその姿に、パメラが眉を顰めて呟いた。ああ、やっぱり。たった1人で4年生がドラゴンと戦うなんて無理だ。
ドラゴンの巨大さと比べると選手が小さく見えるのはこれまでの試合も同じだったが、ホーンテールはこれまでで1番大きく、ハリー・ポッターは今まで1番小柄なので、もはや象とアリのように見えた。ハリー・ポッターはホーンテールの炎を避けて、岩場の影へと身を隠した。そして────距離が離れているせいでレイチェル達にはその呪文が何かまでは聞こえなかったが────杖を振った。

「……何も起きないわ。 失敗してしまったのかしら?」

不安げに表情を曇らせるエリザベスに、レイチェルもハラハラした。
ハリー・ポッターは確かにホーンテールに向かって杖を振ったし、何か唱えたように見えたけれど、何も呪文の効果らしきものはない。緊張で失敗してしまったのだろうか? 実況のバグマン氏にも聞こえなかったようだ。近くの席に座ったスリザリン生が馬鹿にするように笑い出したので、レイチェルは思わずキッとそちらを睨みつけた。しかし、今はスリザリン生を気にしている場合ではない。今この瞬間も、ホーンテールはハリー・ポッターの隠れた岩場に向かって炎を吐き出し続けているのだ。

「おや? あれは何だ? 向こうから、何かが近づいてきているようです……」

バグマン氏の声がそんな実況にも、レイチェルはハリー・ポッターの隠れた岩場から目が離せなかった。何か手を打たないと、このままでは岩が崩れてしまう。そうしたら、炎が彼にまともに直撃するだろう。ドラゴンキーパーは、まだ助けに入らないのだろうか? もしかして、選手が自らギブアップを宣言しなければ、試合は続行されるのだろうか……?

「鳥……? いや、違う。箒だ!先程ポッター選手が使ったのは呼び寄せ呪文だったようです!」

バグマン氏の興奮した声に、レイチェルは頭上へと視線を向けた。遠くから何かが猛スピードで近づいてくるのが見えた。細長いその影は、目を凝らすと確かに箒のように見えた。さっきの呪文は失敗ではなかった。ドラゴンに向けて何か仕掛けたように見えたけれど、彼の狙いは別にあったようだ。
箒はますます加速し、ハリー・ポッターの元へと近づいてくる。レイチェルはギュッと組んだ手に力を込めた。もう今にも岩が崩れそうだ。間に合って────どうか────。

「間一髪! ポッター選手、箒を使って岩場から脱出しました!」

作戦は成功した。箒が手の届く範囲まで来たその瞬間を見計らって、ハリー・ポッターは素早く身を翻し、箒へと飛び乗った。そして、獲物を逃がすまいと炎を吐き出し続けるホーンテールの鼻先を掠めて、競技場の上空へと一気に上昇した。

「ポッター!ポッター!」

もはや試合前の冷めた空気が嘘のように、観衆は熱狂していた。
彼の愛用の箒は世界最高の箒、ファイアボルトだ。その飛行速度はドラゴンにだって引けをとらない。あっちへ飛んだかと思うと、ホーンテールの長い首を躱し、競技場の端へ。ホーンテールを撹乱するかのように縦横無尽に飛び回るその姿は、試合が始まったときの青ざめていた姿が嘘のように堂々としている。

「すごい……」

レイチェルは呆然と呟いた。肩に入っていた力が抜けて、思わずずるりと椅子の背へともたれかかった。
ドラゴンが危険な理由は、鋭い鉤爪や牙。それに吐き出される炎。そして、その翼で空を飛ぶところ。
エリザベスやパメラにも、もちろんチャーリーにも、秘密だけれど────レイチェルも、セドリックと一緒にドラゴンに立ち向かう方法を考えた。どんな呪文なら効果的にドラゴンを出し抜けるだろうかと、効果的な呪いをたくさんの本から探した。

そう。ドラゴンに対して何の呪文を使うかで、頭がいっぱいだったのだ。

持ちこんでいいのは杖1本だけと言うルールに縛られて、他の場所から必要なものを呼び寄せるなんて考えもしなかった。セドリックだってシーカーで、飛ぶのは得意なのに。レイチェルだってそれを知っていたのに、箒を呼び寄せるなんて思いつかなかった。
セドリックだけじゃない。きっとクラムもだ。だってあ、クラムは今、世界で最も有名なプロのシーカーなのだから。17歳で、彼よりもずっと経験豊富なはずの2人にも思いつかなかった方法を、ハリー・ポッターはやってみせたのだ。4年生の彼にもできる呪文で、彼の才能を活かす方法を。

「いやあ、たまげた!なんたる飛びっぷりだ!クラムくん、見てるかね?」

バグマン氏の実況も熱が入っていた。
箒に乗ってしまえば、彼はただの14歳の少年じゃない。ホグワーツが誇る、100年ぶりに特別措置が認められたほど才能あるシーカーだ。巨大なドラゴンの歩幅も、翼による滑空も、走ってかわそうとするよりも箒に乗った方がずっと速いし確実だ。……もちろん、ハリー・ポッターの箒捌きがあってこその話で、レイチェルには真似するのは無理だろうけれど。あっという間に箒を燃やされて墜落しそうだ。

「へー。話には聞いてたけど、ハリー、本当に飛ぶの上手いんだな」
「あっ、そうか。チャーリーは見るの初めてよね」

レイチェルはニッコリした。チャーリーの在学中は、クィディッチで憧れの的と言えばチャーリーだった。だからチャーリーが卒業した後は、ちょっとだけクィディッチリーグが盛り下がったりもしたのだけれど……今のホグワーツのクィディッチだって、チャーリーが居た頃と同じか、それ以上にハイレベルだ。少なくとも、レイチェルはそう思っている。

「けど、この方法、ちょっとまずいかもな」
「まずい? どうして?」

困ったような表情で呟くチャーリーに、レイチェルは首を傾げた。杖1本で立ち向かわなければいけないと言うルールは、やっぱり箒の持ち込みはダメなのだろうか? でも、使う呪文に制限はなかったはずだから、呼び寄せ呪文だけが禁止されるのは理不尽な気がするけれど……。

「さっき話しただろ。鎖の話」
「鎖?」

鎖って何だっけ。えっと、確か、鎖を頑丈すぎるとドラゴンが骨折すると言う話だったような気がする。だから、鎖はある程度の負荷が加わるとわざと切れるようになっている。……レイチェルは何だか嫌な予感がした。ホーンテールの足に繋がれた鎖は、その体の動きに合わせてガシャガシャと耳障りな音を立てているが、まだ少し余裕があるように見える。

「あっ」

が、そう安心したのも束の間だった。上空へと炎を避けたハリー・ポッターをホーンテールが追いかけようとしたことで鎖がピンと張り、切れてしまった。ハリー・ポッターもそれに気が付いて驚いたように見えた。けれど、そのまま逃げ続けなければ炎をまともに浴びてしまう。
そして────そのまま猛スピードで飛び続けることを選んだハリー・ポッターと、それを追いかけるホーンテールは競技場の屋根を掠めてその外まで飛んで行き、あっと言う間に見えなくなってしまった。

 

 

 

スタンドは騒然としていた。思いもよらない事態に、不安げな囁きがさざ波のように広がった。もっとも戸惑っているのは、観客である生徒達に限ったことではないようだった。審査員や教授達も困惑しているように見える。レイチェルはまた、不安が胸に広がっていくのを感じた。

「あー……やっぱり。そうだよな。こうなるよな」

額を押さえて呟くチャーリーの声もどこか暗い。チャーリーまでがそんな様子なので、レイチェルはますます不安になった。もしかしてこれって、ドラゴンキーパーや校長達にすら想定外の事態なのだろうか? 自由になったホーンテールと1対1で飛び回っているハリー・ポッターは、無事に逃げきれているだろうか?

『チャーリー!』

急に響いたそんな声に、レイチェルはビクッと肩を揺らした。てっきりチャーリーの後ろで急にゴーストか何かが叫んだのかと思ったが、違った。声はチャーリーの耳元から聞こえている。レイチェルがピアスだと思ったものは、離れた場所と会話できる魔法がかけてあったようだ。

『今すぐホーンテールを追ってくれ!』
「僕が?持ち場は?」
『他の誰かがカバーする!ホーンテールの捕捉が最優先だ!箒ならお前が1番早い!』
「……了解。捕捉した後は?」
『選手の安全が第1だ!ホーンテールを捕獲しろ!他にも何人か向かわせるから、それまで時間を稼げ!ただし、課題が継続している可能性もある。その場合は手出しするな!』
「課題を続行するか、救出に入るかの判断は?」
『お前に任せる!ホーンテールを捕捉したら、見つからないよう目くらまし術を使え!位置は指示する!』

隣に座っているレイチェルには、そんな会話が聞こえた。話している相手は、チャーリーの上司だろう。その声は、かなり焦っているように聞こえた。やっぱり彼らにとっても想定外の事態なのだ。会話が終わると、チャーリーは小さく溜息を吐いた。

「全く、お優しい上司だよ。無茶言ってくれる。相手はファイアボルトだぞ」

そう言うわけで僕は行ってくる、とチャーリーは急ぎ足でスタンドを駆け上がって行った。専門家達が救助に向かうのなら安心…………安心なのだろうか? チャーリーも言っていた通り、世界最速の箒なのだ。ファイアボルトに追いつくのに、一体どれくらいの時間がかかるだろう? いや、でも彼らはプロだ。何とかしてくれると、信じるしかない。

「えー、ポッター選手の安否が心配ですね。ドラゴンの足枷で位置がわかるとのことです。今から、ドラゴンキーパー達が救出に向かいます。無事だといいのですが……」

バグマン氏のそんな言葉も、レイチェルの不安を取り除いてはくれなかった。
いや、でも、ハリー・ポッターの箒の才能は素晴らしいものだ。彼なら、凶暴なホーンテールが相手でも追いつかれることなく無事に逃げることができるかもしれない。きっとそうだ。いや、でも……。
レイチェルが悶々としていると、「ねぇ」とパメラに話しかけられた。振り返ると、真剣な顔のパメラと目が合った。

レイチェルの好きな人って、もしかしてハリー・ポッター?」

パメラが言った言葉の意味を理解するのに、数秒の時間がかかった。
パメラが恋愛の話を好きなのは今に始まったことじゃないけれど、いくら何だってこんなときに。しかも、その内容もあまりにも突拍子もない。レイチェルは思わず脱力して額を押さえた。

「そんなわけないじゃない。何言ってるの……?」
「だって、すっごい心配してるから。セドリックの試合のときだって、もうちょっと落ち着いてたでしょ」
「パメラだって、近くでホーンテールを見たことがあったらこうなるわよ! 本当に、ものすごく凶暴なんだから!」
「そんなに怒んなくてもいいじゃない」

そうだ。とにかく、今はハリー・ポッターの無事を祈ろう。周囲のおしゃべりを聞いているとますます不安になりそうな気がしたので、レイチェルは再び手を組むと、瞼を閉じた。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。たぶん数分にも満たなかったのだろうけれど、何だかひどく時間の流れがゆっくりに感じた。そして、ふいにバグマン氏の明るい声が響いた。

「なんと! たった今、現場に向かったドラゴンキーパーから連絡が入りました! ポッター選手は無事だそうです!」

観衆が喜びに湧いた。レイチェルもホッとして、思わず頬が緩んだ。生徒達だけではなく、審査員達も安心したように笑顔を浮かべている。本当に、無事でよかった。それに、すごい。あのホーンテールから逃げ切っているだなんて!

「ポッター選手、こちらに向かっている模様!あと20秒ほどで到着するようです!」

バグマン氏のそんな報告に、観衆の熱狂は増すばかりだった。
足を踏み鳴らし、横断幕や旗を打ち振るって、声を張り上げる。勿論レイチェルもそれに混ざった。会場の誰もが、彼の活躍と勇敢さに心を奪われていた。

そして、ハリー・ポッターはフィールドへと戻って来た。荒れ狂うホーンテールを引き連れて。

スニッチを捕まえるのと同じ。ハリー・ポッターは鮮やかに巣の中から金の卵を奪っってみせた。そしてホーンテールは────かなり機嫌が悪く抵抗していたけれど────待ち構えていたドラゴンキーパー達に取り囲まれ、また鎖に繋がれた。

「何だかんだ、最短時間だったのね。やっぱり、勝因は箒?」

百味ビーンズを頬張りながら、パメラが首を傾げた。
どうやら、想定外の事態が起きすぎたせいで、ハリー・ポッターの得点が出るまでにはしばらく時間がかかるようだ。ハリー・ポッターは、マクゴナガル教授によって救護テントへと引っ張られていった。
審査を待つ間、レイチェル達観客はのんびりとお菓子を食べながら待った。試合前にハリー・ポッターを嫌っていたのが嘘のように、誰もがハリー・ポッターの勇敢さを褒め称えていた。
あまりにもハラハラしたせいで随分と長い時間に感じられたけれど、バグマン氏の言葉によれば実際の課題までの達成時間は最年少のハリー・ポッターが1番早かったらしい。卵も全て無事。ドラゴンが脱走してしまうと言うアクシデントはあったけれど、それはハリー・ポッターの責任と言うよりはどちらかと言えば課題や会場の準備をした側の問題だろう。たぶん。となれば、かなり高得点が出るのではないかと思うけれど……。

「あ、点数出るみたい」

ようやく審査が始まるようだ。先程までと同じに、審査員たちが金の帯で数字を描いていく。マダム・マクシームが8点。ダンブルドアも9点。クラウチ氏が9点。バグマン氏が10点。カルカロフ校長が4点。……合計、40点。首位のクラムと同じ点数だ!

「すごいわ!同点1位ですもの!」
「やっぱりあのカルカロフとか言う人、全然公平じゃないわよ!最後だからって、絶対わざとクラムの点数抜かないように調整したでしょ!?」

喜びに頬を染めるエリザベスとは対照的に、パメラは憤慨していた。スタンドの反応も、そのどちらかのようだ。とは言え、ホグワーツが首位に立ったことは喜ばしいことだ。観衆は今日1番大きな歓声を上げ、またしてもポッターコールが沸き起こった。

「いやはや、どの選手も素晴らしい戦いぶりを見せてくれました! 特に最年少のポッターくんの活躍には誰もが驚いたことでしょう!次の課題も期待できそうですね!」

バグマン氏の声も、歓声にかき消されてしまいそうなほどだった。
それから、最後にクラウチ氏から次の課題について説明があった。2月24日。課題の内容はまたしても秘密で、さっきの課題で手に入れた金の卵がヒントになっているらしい。
けれど、その説明も恐らく生徒達の半分は聞いていなかった。まだ何をするかもわからない次の課題よりも、さっきまで観戦していたワクワクするような試合の話をしたくて仕方なかったからだ。特に、あの凶暴なハンガリー・ホーンテールとハリー・ポッターの試合について────。

「皆、あれだけズルして選手になったって悪口言ってたのに、調子いいわよねー」

パメラが呆れたように言った。それは正直、レイチェルもほんの少しだけ思う。つい15分前、課題が始まるまでのハリー・ポッターに向けられていた態度は、本当にひどいものだったから。それなのに、皆もうそんなことは綺麗さっぱり忘れてしまったかのようだ。

「でも……あんな風にギスギスしてるより、やっぱりこうやって皆で応援できた方が、ずっといいわ」
「まあねー」

そう。レイチェルの目から見ても、本当にホグワーツの人達は彼に対して冷たかったのだ。それなのに、そんな境遇でも彼は折れなかった。自分の力で、それを跳ね返してみせた。誰もが────彼には失礼だったかもしれないけれど、レイチェルも────まだ4年生の彼には無理なんじゃないかと思っていた危険で困難な課題を、見事やり遂げたのだ。しかも、4頭の中で最も凶暴なハンガリー・ホーンテール相手に、他の成人した代表選手達にも考えつかなかった方法で。とても勇敢で、素晴らしい戦いぶりだった。

明日からはきっとまた、彼はたくさんの人に囲まれるのだろう。

元々ゴブレットの一件があるまでは、彼は人気者だったから。もう、レイチェルが廊下ですれ違ったときに挨拶しなくても、きっと皆が彼に話しかけたがる。せっかく彼もレイチェルに挨拶を返してくれるようになったことを考えると、ちょっと寂しいような気もするけれど────でも、彼が皆に嫌われたままでいるより、ずっと嬉しいことだ。

「それに……皆、無事で本当によかった」

予定外のアクシデントはあったけれど、これで1つ目の課題が終わった。全員が大きな怪我もなく、しかも見事課題を達成してみせた。文句のつけようもない、素晴らしい結果だ。レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。
そう。1つ目の課題が終わった。課題はまだ残り2つもある。

……できれば、次の課題はもう少し安心して見れるような内容であってほしい。興奮しているせいで失神呪文が効かないのか、フィールドの隅でまだ暴れているホーンテールの姿に、レイチェルはそう願わずにはいられなかった。

ハンガリー・ホーンテール

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