レイチェル、場所わかる?」
「たぶん」

急いで昼食を食べ終えて────そしてカメラを取りに1度寮に戻り────レイチェル達は会場へと向かった。日曜日にもドラゴンを見に来たから知っている、と言うのは2人には秘密だけれど、たぶんあの辺りだろう。禁じられた森に近付くと、他にも早めに来た生徒達の姿を見つけたので、レイチェル達もその後に続いた。

「あのテント、何? 受付?」
「選手の控室じゃないかしら」

パメラの疑問に、エリザベスが答える。
森の入口に、この間はなかったテントが建っていた。代表選手達は早く来るよう言われていたし、セドリック達は今頃あのテントの中で説明を受けているのだろうか。
しばらく歩くと、金属の囲いが見えた。外側から見ると特に変化はないように見えたが、中に入ってみると、随分と様子が変わっていた。この間はただの金属の板壁だったが、囲いの内側には何百、何千と言う客席が用意されていた。それに────ドラゴンの檻も見当たらない。

「上の方の席の方が見やすいのかしら? それとも前列?」
「選手は地面なわけだから、やっぱり近い方がいいんじゃない?」
「たぶん、審査員の席があそこでしょう? それに……その両脇が、選手団のための席」
「ってことは、審査員のちょっと前くらいが良さそう?」
「えー……審査員席の反対側にしない? 先生達の近くってなんか微妙」
「別に、今日は騒いだところで注意されたりしないと思うけど……」
「わかってるけど! 気分の問題よ、気分の!」

観客席の一部は、既にもう誰が座るか決まっているようだ。審査員用の席には金色のドレープがかかっていて、選手団達の席の前に校章の刺繍が入った横断幕が垂れ下がっている。となると、たぶんその近くか反対側の似た位置が見やすい席なのだろう。パメラの意見で、レイチェル達は審査員席のちょうど正面の席にすることにした。

「あれ? レイチェル
「チャーリー!」
「また会ったな」

レイチェル達が自作の横断幕を座席の前に吊り下げていると、すぐ近くを見知った人物が通りかかった。チャーリーも試合を観に来たのだろうか? レイチェルが不思議に思っていると、チャーリーが「ああ」と呟いた。

「保護呪文の点検してるんだ。ほら、観客席まで炎が飛んできたら大変だろ?」

快活に笑うチャーリーに、「炎?」とパメラが怪訝そうな顔をした。エリザベスはハッとしたような表情になり、それからサッと青ざめた。勘の鋭いエリザベスのことだから、チャーリーがここに居ることで課題の内容がドラゴンだと気が付いたのかもしれない。

「まあ、あんまり一点に炎が当たり続けると呪文も破られる。ガラスが割れるときみたいにね。だから、僕達のうち何人かは観客席に居て呪文を張り直せるように待機することになってるんだ」
「それは……」

何かあっても専門家が万全に対処してくれるとわかって安心なような、そもそもそこまで備えないといけないなんて、やっぱりドラゴンは課題には危険すぎるような。レイチェルが思わず眉を寄せると、チャーリーがニッコリした。

「思ったより落ち着いてるみたいでよかった。この間は泣きそうな顔してたから、悪いことしたかなと思ってたんだ」
「……私が緊張してても、仕方ないもの。セドなら大丈夫だって、信じることにしたの」

専門家でも複数人で対処するのが基本のドラゴンと、1対1だなんて。やっぱりものすごく心配なのは変わらないけれど、セドリックならできると信じたいとも思う。それに、万が一のことがあったとしてもチャーリー達が助けに入ってくれると考えると心強い。

「ありがとう、チャーリー。チャーリーが教えてくれてなかったら、今頃不安で心臓が潰れちゃってたかも」
「そりゃよかった」

エリザベス達には聞こえないよう小さく囁くと、チャーリーが悪戯っぽく笑った。
レイチェルが落ち着いているように見えるとしたら、たぶんこれから何が起きるか知っているせいもあるだろう。ほんの少しでも、心の準備をする時間が持てたから。チャーリーのおかげだ。

「他にもまだ準備があるから、僕はそろそろ行かないと」

じゃあ楽しんで、とレイチェル達に笑いかけると、チャーリーは踵を返して歩いて行った。仕事の邪魔をしてしまっただろうかと、レイチェルは申し訳なく思った。ただの観客のレイチェル達とは違って、チャーリーはあくまで仕事でホグワーツに来ているのだ。

「ねえ、レイチェル。その、第1の課題の内容って……」
「……たぶん、エリザベスが想像した通りで合ってると思うわ」

恐る恐ると言った口調で聞いてきたエリザベスに、レイチェルは苦笑した。一応は“秘密”なのだから、言うつもりはなかったのだけれど……やっぱりエリザベスには察しがついてしまったようだ。青ざめるエリザベスの気持ちは、レイチェルには痛いほどわかる。

「なあ、今すれ違ったの、チャーリー・ウィーズリーだったよな!?」
「え!? 何でここに!? ってことは、もしかして……」

通りがかった上級生達からも、そんな会話が聞こえてきた。
もしかしたら、観客の何割かは今ホグワーツにドラゴンが居ることに気が付いてしまったかもしれない。
グリフィンドールの伝説のシーカー、チャーリー・ウィーズリーはホグワーツでは有名人で、今居る在学生達の半分にとっては憧れの存在だったし────その彼が、クィディッチ選手ではなくドラゴン研究所を進路に選んだことも、やっぱりチャーリーが卒業した当時のホグワーツでは大ニュースだったのだ。

 

 

 

会場には続々と生徒達が集まり始めていた。
おしゃべりの重なり合ったざわめきに加えて、興奮気味の生徒達がバンバン花火を鳴らしたりするので、隣に居るパメラやエリザベスと話すのも一苦労だった。それぞれに応援している選手の横断幕や旗を作っているので、音だけでなく見た目にも賑やかだ。

「やっぱりセドリック大人気ねー」
「それを言うなら、クラムの人気もすごいけど……」

グリフィンドール生はハリー・ポッターの応援。ハッフルパフ生は勿論セドリック。それ以外の生徒も、予想はしていたけれど大体セドリック。それに混ざって、クラムの名前の横断幕もあった。現役の世界的クィディッチ選手の人気はさすがだ。自分達の学校以外の生徒を応援するって、たぶん今までの対抗試合でも珍しかったんじゃないだろうか。

「さあさあ、賭けて賭けて! 今日は血を見るぞ」
「手堅く行くならクラム。さあ、どう?」

そんな声が聞こえて、レイチェルは思わず振り返った。聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりだ。小さなトランク────たぶんあの中に賭け金が入っているのだろう────を持って通路を歩いているのは、フレッドとジョージだ。レイチェルの視線に気が付いたのか、こっちを振り向いた双子のどちらかがパチンとウインクをしてみせたので、レイチェルは慌てて視線を逸らした。

「賭けだなんて……校則違反だわ。やめさせないと……」
「今日は諦めたら?エリザベス。今ここからあそこまで移動したら、戻って来るの大変よ!」
「でも……」

監督生のエリザベスは眉を顰めていたし、レイチェルもスポーツ賭博自体はあまり良くないんじゃないかと思うけれど、どちらかと言えばパメラに賛成だ。せっかく良い席を取れたのに、今からあの2人のところまで行っていたら、戻って来るのに時間がかかりそうだ。
そう言えばバグマン氏もクィディッチワールドカップのときに賭けをしていたなと思い出した。レイチェルとセドリックは未成年だからと辞退したけれど、結局あの賭けってどうなったのだろう。

「あ、ほら。そろそろ時間よ」

まだ双子をもどかしそうに見ているエリザベスの袖を引いて、レイチェルは時計を指した。もう、あと3分で試合開始の予定時刻だ。ちょうど、審査員席にもダンブルドアや他の校長達がやって来たところだった。3人の校長達に続くクラウチ氏は、何だか以前よりもやつれているように見える。最後にやって来たバグマン氏だけは席に座らず、立ち上がって自分の喉に杖を当てて何か唱えた。

「紳士淑女のみなさん、少年少女諸君。これから始まるのは────最も偉大で、最も素晴らしい、三大魔法学校対抗試合!」

どうやら拡声呪文だったらしい。バグマン氏の芝居がかった声が会場中に響き渡り、観衆から割れんばかりの大きな声援が上がった。スタンドで皆が思い思いに旗を振り、杖から火花を出し、足を踏み鳴らしたので、まるで競技場が揺れているかのようだった。

「実況、バグマンさんなのね」
「ね。いつも通りリーがやるのかと思ってたのに」
「実況しながら審査もするのって、何だかとっても忙しそう」

バグマン氏と言えば、ワールドカップの決勝戦でも実況を任されるようなプロの実況者だ。やっぱり、対抗試合はレイチェル達が思っている以上に大規模なイベントなのだろう。……せっかくホグワーツでやるのだから、慣れているリーの実況が聞きたかったような気もするけれど。言葉が乱暴になりがちでマクゴナガル教授に時々怒られているものの、リーの実況だって楽しいのに。今年は聞く機会がないのだと思うと何だか寂しい。

「さあ、ホグワーツ校の生徒達。声援をどうぞ!」

とは言え、経験豊富なバグマン氏の実況だなんて、とても贅沢だ。気を取り直して、レイチェル達も声を張り上げた。続いて、ダームストラング生、ボーバトン生の声援。会場のほとんどがホグワーツ生なので当然だけれど、他の2校の声援は随分と小さく聞こえた。歓声が収まり、静かになると、バグマン氏はもったいぶるように咳払いをした。

「さあ、皆さん。ご紹介しましょう! 皆さんが今日ここに集まったのは彼らのためです。代表選手達!」

バグマン氏の声に合わせるように、競技場の上空に大きな靄のようなものが広がった。その中に『三大魔法学校対抗試合』と文字が浮かび、キラキラと輝く。その文字が消えたかと思うと、今度はダームストラングの校章が浮かび、そして重なるようにクラムの姿が現れた。

「なんたる眉毛、なんたる立ち姿、なんたる青年でしょう。箒を持てば自由自在、ビクトール・クレイジー・クラム!」

ダームストラング生だけでなく、ホグワーツ生の多くも歓声を上げた。レイチェルも手が痛くなるほど拍手を送った。クラムの姿がパッと消えると、今度はフラーの紹介だった。同じようにボーバトンの校章と、フラーの姿が浮かび上がる。次はとうとう、ホグワーツの選手の紹介だ。

「そしてホグワーツからは、今大会は特別に、2人の生徒が参加します。まずはこの青年、誰もが夢中になる、セクシー・セドリック・ディゴリー!」

今度はセドリックの顔が靄の中に浮かび、黄色い悲鳴が会場のそこかしこから上がった。レイチェルも勿論、声援を送る────つもりだったが、そうはいかなかった。予想外のバグマン氏の言葉にむせてしまったせいだ。

「セク……ケホッ、セドって、セクシー……?」
「一般的な基準で言えば、かなりね。そう思ってないのはレイチェルだけ」
「そうなの……?」

思わずそう尋ねれば、パメラが真顔で頷いた。セドリックが、セクシー……。小さい頃から一緒の男の子と、その単語が上手く結び付かない。咳き込むレイチェルの背中を、エリザベスが心配そうに擦ってくれた。どうにかレイチェルの呼吸が整った頃には、もう次の選手の紹介に移っていた。

「そしてもう1人。みなさんもご存じ、『生き残った男の子』。はりきり・ハリー・ポッター!」

グリフィンドール生達が歓声を上げた。レイチェルも、できる限り声援を送った。それでも、やっぱりセドリックやクラムに向けられた歓声よりもずっと少ない。靄の中に浮かぶハリー・ポッターの表情も、何だか不安そうに見えた。ハリー・ポッターの姿が消えるのと同時に、靄自体も消えてしまった。

「さあ、どうかお静かに。代表選手達に与えられる第1の課題は、金の卵をとることです。しかも────皆さん、驚かずに聞いてください。なんと、ドラゴンの巣の中からです!」

“ドラゴン”の単語に、観衆がハッと息を呑んだ。けれど、次の瞬間にはまた爆発するかのような大きな歓声が上がった。バグマン氏はその反応に満足げにニッコリすると、さっと大げさな身振りで競技場の上空を指差した。

「代表選手達が立ち向かわなければいけないドラゴンは、1人1頭。何と、はるばるルーマニアからやって来ました。ドラゴン達を引き連れるのはチャーリー・ウィーズリー!」

競技場の囲いの向こうから、何かが飛んでくるのが見えた。箒だ。先頭を飛んでいる、燃えるような赤毛の人影がたぶんチャーリーだろう。近づいて来ると、隊列を組む彼らの箒の先から大きな箱のようなものがぶら下がっていることがわかった。

「ドラゴンは全部で4頭。スウェーデン・ショートスナウト種。ウェールズ・グリーン種。中国火の玉種。そして────最も凶暴なハンガリー・ホーンテール。さあ、一体選手達はどうやってドラゴンを出し抜くのか……」

よく見ると、頑丈そうな鎖が巻かれているにも関わらず、箱はガタガタと動いていた。1、2、3……全部で4つだ。ドラゴンの大きさからすると随分小さな箱だけれど、たぶん、魔法であの中にドラゴンが閉じ込められているのだろう。

「ジュラシックパークにあんなシーンあったわよね」

暴れるようにガタガタ言う箱を見て、パメラが呟いた。
箒は段々と下降し、散り散りになった。3人は競技場の端へと降り立ったが、チャーリーの箒だけは競技場の中央に残った。

「さあ、始まります」

バグマン氏の声に合わせ、チャーリーが箱に絡まっていた鎖を解くと、中から箱の大きさの10倍はありそうな巨大なドラゴンが飛び出てきた。青味がかったグレーの翼。縦に長い瞳孔が、ギロリと会場を見回す。観衆がざわめき、悲鳴を上げる中、バグマン氏の声が朗々と響いた。

「最初の選手は、スウェーデン・ショートスナウト種との対戦です。セドリック・ディゴリー選手!」

 

 

 

ホイッスルが短く響く。その音を合図に、競技場の端にある岩の洞窟のように見える穴からセドリックが姿を現した。セドリックは青ざめ、緊張しているように見えた。レイチェルは思わず胸の前で手を組んだ。まさか、セドリックがトップバッターだなんて。ああ、でも、セドリックの相手がハンガリー・ホーンテールでなくてよかった。

「ドラゴンって、あんなに大きいの?」

パメラの驚いた声は、まさにその通りだった。セドリックはレイチェルよりもずっと背が高いのに、ドラゴンの巨大さと比較すると、とてつもなく小さく見える。ドラゴンの体重は、一体セドリックの何十倍あるだろう? 踏みつぶされたらペシャンコになってしまう。わかっていたけれど、やっぱりドラゴンと1対1なんて無茶だ。

「危ない!」

観客の誰かが叫んだ。ドラゴンがセドリックに気が付き、炎を吐いたのだ。セドリックはパッと脇に避けて、それをかわした。あちこちで悲鳴が上がり、バグマン氏が大げさに実況した。レイチェルは思わず目を背けたくなった。
結局、セドリックがどんな対策を立てたのかは聞けていない。セドリックは何をするつもりなのだろう? そしてその作戦通り、上手く行くだろうか?

「セドなら大丈夫……」

レイチェルは自分に言い聞かせるように呟いた。
ドラゴンの威嚇にも、セドリックは怯まなかった。ドラゴンの巨大な胴体がぶつかるせいで、競技場の岩が砕け、その破片がセドリックへと降り注ぐ。セドリックは杖を振り、盾の呪文で防いだ。そして、その石の雨に紛れて、大きな岩の影へと身を隠した。

「ディゴリー選手、うまくドラゴンの死角に入った!ここから何をするつもりでしょうか?」

ドラゴンはセドリックを見失ってキョロキョロと辺りを見回している。匂いで探すつもりなのか、フンフンと鼻を鳴らす。ドラゴンの死角に入ったのはいいけれど、レイチェル達からもセドリックの姿は見えなくなってしまった。

「結膜炎の呪い、結膜炎の呪い……」

レイチェルは祈るようにブツブツ呟いた。
ドラゴンは痛い思いをするかもしれないけれど、1対1ならたぶん1番有効だ。ドラゴンが痛みに混乱している間に卵を奪ってしまえばいい。ドラゴンには申し訳ないけれど、レイチェルにはセドリックが怪我なく課題を終えられることの方が重要だ。こんなの、長く続いたら心臓が持たない。観客が固唾を飲んで見守る中、一筋の閃光が走った。セドリックが何か呪文を使ったのだ。

「おおっと、これは……岩を犬に変身させました! 犬で気を逸らす作戦か?」

ドラゴンは突然現れた犬にポカンとしていた。黒い大きなラブラドールは、元気よく吠えるとドラゴンの目の前でステップを踏むように行ったり来たりする。ドラゴンはすっかり犬に注意を引かれ、セドリックの存在を忘れたようだった。

「ディゴリー選手、犬を使ってドラゴンを卵から遠ざける動き!果たしてうまく行くか?」

ラブラドールは、ドラゴンに捕まらないよう上手くドラゴンを競技場の反対側────卵から離れたところへ誘導していく。その隙にセドリックはドラゴンに気づかれないよう卵へと近づいていった。作戦は問題なく上手く行くように思えた。が────。

「セド!」

レイチェルは思わず叫んだ。ラブラドールを追いかけていたドラゴンが、ふいに立ち止まって卵の方を振り返ったのだ。ドラゴンは当然、セドリックの姿を見つけてしまった。怒り狂い、セドリックに向かって炎を吐き出す。レイチェルはサッと血の気が引くのを感じた。このままじゃ、セドリックが炎に飲み込まれる。

「インペディメンタ!」

セドリックは迫り来る炎にあと少しのところで気付き、軌道を逸らした。が、それでも少しタイミングが遅かったのか、杖を振ったローブの袖に炎が燃え移ってしまった。炎は舌舐めずりをするように燃え広がり、セドリックの顔にまで燃え移ったように見えた。

「おおぅ、危なかった!危機一髪!」

バグマン氏は臨場感たっぷりに言い、観衆の半分は悲鳴を上げた。幸い、セドリックはすぐに水を出して炎を消したので大事には至らなかったようだ。が、レイチェルは見ているだけでハラハラした。心臓が破裂しそうにうるさかった。火傷は大丈夫だろうか? それに、ドラゴンの注意を逸らす作戦は失敗してしまった。ここからまた、別の作戦を立て直せるだろうか?

「おやおや? ディゴリー選手、これは危険な賭けに出ました!」

しかし、セドリックはそのまま卵に向かって走り出した。無茶だ。確かに、ドラゴンよりもセドリックの方が卵に近いけれど、相手はドラゴンだ。その巨大な足の歩幅は人間の何倍もある。卵泥棒を許してなるものかと、ドラゴンも卵に向かって地響きを立てながら進み、セドリックへと迫る。レイチェルの胃がギュッと縮こまった。

「アクシオ!」

セドリックが素早い動きで杖を振った。一体何に向けて呼び寄せ呪文を使ったのかと思えば、競技場の端にある巨大な岩だった。ちょうど、セドリックとドラゴンの延長線上にあった岩は、猛スピードで空中を突っ切っていったかと思うと、ドラゴンの頭に勢いよくぶつかった。

「うまい動きです!……残念、ダメか!」

ドラゴンは脳震盪を起こしたように見えたが、すぐにまた意識を取り戻したようだった。が、まだ足がふらついている。セドリックはその隙にも走り、卵への距離を詰めた。
あと5メートル。3メートル。2メートル……どうか間に合って────ドラゴンが大きく息を吸い、また火を吐いた。が、セドリックの方が早かった。間一髪のところで炎を避け、巣の中に飛び込んで金の卵を掴み取ったのだ。

「ディゴリー選手が卵を取りました! 試合終了!」

バグマン氏が高らかに叫んだその瞬間も、ドラゴンはなおも荒れ狂って炎を撒き散らし、セドリックはその炎を避けるため近くの岩の影で身を潜めていた。四方八方に向けて炎を吐き出すせいで、観客席までその熱が迫って来る。セドリックは肩で息をしているように見えるし、火傷もしているようだけれど、大きな怪我はないようだ。よかった、とレイチェルは肩の力を抜いた。

「やった! やった! ちゃんと見てた!? レイチェル!」
「すごいわ! セドリックがやったのよ!」

何だか気が抜けてしまってぼんやりしていると、興奮した様子のパメラとエリザベスがレイチェルの肩を揺すった。そうしている間に、ドラゴンキーパー達がフィールドに降りて、ドラゴンを取り囲んでいた。彼らが一斉に失神呪文を打ったことで、ようやくドラゴンは大人しくなり、再び元の箱の中へとしまわれた。

「本当によくやりました!それでは、得点の発表です!」

レイチェル達はさっと審査員席へと視線を走らせた。3人の校長達、それにバグマン氏とクラウチ氏。彼らが1人ずつ点数を出すらしい。まずはマダム・マクシーム。軽く振った杖先から銀色のリボンのようなものが噴き出し、8の数字を描いた。続いて、ダンブルドアも8点。クラウチ氏が7点。バグマン氏も8点。そして、カルカロフ校長が7点。合計、38点だ。

「ちょっと点数低くない?」
「いいえ。妥当な点数だと思うわ。1番手には、どうしても満点は出せないんですもの。後の選手の採点に困るでしょう?」

不満げに口を尖らせたパメラに、エリザベスが冷静に言った。
エリザベスの言う通り、今のセドリックの結果が、他の選手の採点の基準になるのだろう。だからまだ、これが良い点数なのかどうかはわからないのだろうけれど────少なくともその数字を見るセドリックは悔いのなさそうな、晴々とした表情だった。

「ディゴリー! ディゴリー!」
「セドリック、最高!」

観衆からの止まない声援にセドリックは照れくさそうに金の卵を掲げていたが、しばらくして寮監であるスプラウト教授がフィールドにやって来て、急いでセドリックを救護テントに引きずっていった。そう言えば、顔や腕を火傷したように見えたけれど、大丈夫だろうか? 試合の興奮で、痛みが麻痺しているだけかもしれない。

「あのくらいの火傷なら、心配ないよ。よく効く軟膏さえ塗れば3日で治る。痕も残らない」
「チャーリー!」

いつの間にかチャーリーが戻って来ていたらしい。その言葉に、レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。ドラゴンの専門家であるチャーリーがそう言うのなら安心だ。レイチェルは深く息を吸って吐き出した。手に汗握る展開で、息をするのも忘れてしまいそうだった。まだ心臓がバクバク言っている。

「セドリック、上手くやったみたいだな」
「チャーリーも見てた? セド、すごかったの」

レイチェルはニッコリした。緊張が解けて、ようやく、胸の中から嬉しさがじわじわと溢れ出してしてくるのを感じた。そう。すごかったのだ。セドリックは、とても勇敢だった。たった1人でドラゴンに立ち向かって、見事課題をやり遂げてみせた。

「結膜炎の呪いは使わなかったんだな。あれやられると後のケアが大変だから僕達としては助かるけど」
「……ドラゴンに痛い思いをさせるのが可哀相だって考えたんだと思うわ」
「なるほど。やっぱりセドリックには明日にでもうちの研究所に来てもらわないとだな。ドラゴンキーパーに向いてるよ」
「……今はまだダメ」

チャーリーの言葉はセドリックへの称賛なのだろうとわかっているけれど、レイチェルには聞き流せなかった。そんなに早くルーマニアに行ってもらっては困る。セドリックがドラゴン研究所に就職することは応援しているけれど、それはホグワーツを卒業した後の話だ。まだ1年以上も先の話だ。からかうようにニヤッと笑うチャーリーに、レイチェルは思わず目線を逸らした。

「さて、次は誰だろうな」
「チャーリーも知らないの?」
「ドラゴンの方の順番は知ってるけど。ホーンテールが最後だよ。どう考えてもホーンテールの後は会場の修復が大変だろうから」
「そんなに……?」

レイチェルはフィールドへと視線を向けた。今は次の試合に向けて、会場の修復作業の真っ最中だ。ホーンテールよりは大人しいはずのドラゴンでも、十分に凶暴だと言うことがありありとわかる。鋭い鉤爪で穴が空いた地面や、体当たりによって粉々になった岩、燃えて黒く焼け焦げてしまった草。そんな光景を眺めていて、レイチェルはあっと声を上げた。

「……写真撮るの、忘れてた」

すっかり試合に夢中になっていたせいで、せっかくカメラを持ってきたのに1度もシャッターを押していない。しまった。セドリックはもう救護テントに行ってしまったし、相手のドラゴンも箱の中にしまわれてしまって、影も形もない。

ドラゴンに破壊されたフィールドの写真を撮って、果たしておじさんやおばさんにセドリックの活躍が伝わるだろうかと、レイチェルはカメラを片手にしばらく悩んだ。

第1の課題

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