「会場どこだっけ?」
「禁じられた森の方らしいぜ」
「午後の授業がないの最高! 今日魔法薬学だもんね」
火曜日の朝食の席は落ち着かなかった。
とうとうこの日が来たのだ。待ちに待った世紀のイベントが見られると、誰もが午後に行われる試合に期待を膨らませ、楽しげなおしゃべりが大広間を満たしていた。
「頑張れよ、ポッター!」
「期待してるぜ。お前が失敗する方に2ガリオン賭けたんだ」
……訂正、楽しいおしゃべりだけではなかった。そんな風に囃したてる上級生達の声が耳に入って、レイチェルは眉を寄せた。ひどい。思わず彼らに言い返したくなったけれど、上級生達は冷やかし笑いをしながら大広間を出て行ってしまった。グリフィンドールのテーブルに駆け寄って、あんなの気にしないでとハリー・ポッターを励ます……のはさすがに奇妙に思われそうな気がする。
「危険な課題って何なのかしらね! レイチェルはどう思う?」
「あー……えっと……何かしら。全然想像がつかないわ……」
パメラの質問に、レイチェルは曖昧に微笑んだ。
幸か不幸か、レイチェルは課題の内容を知っている。ドラゴンだ。しかも営巣中で、普段よりもずっと凶暴な。そう考えると、何だか食欲がない。……レイチェルが食欲をなくしたところで仕方ないのだけれど。
「頑張ってね、セドリック!」
「応援してるから」
そんな会話が聞こえて、レイチェルは声の方へ視線を向けた。ちょうど、セドリックが友人達と一緒に大広間に入って来たところだった。レイチェルの知らない────たぶん2年生だろう────レイブンクローの下級生の女の子の集団に取り囲まれている。
「ポッターなんかに負けないでね!」
その中の1人の言葉に、セドリックが困った表情になったのがわかった。可愛らしい明るい声は、たぶんほんの少しの悪意もないのだろう。戸惑うセドリックには気づかずレイブンクローのテーブルへやって来た彼女達は、レイチェル達から少し離れた席へと座った。
「やっぱり、正式に選ばれた代表選手は堂々としてるよね!」
「余裕あってかっこいいよね!」
無邪気にはしゃぐ彼女達は、たぶん純粋にセドリックのことを応援してくれている。セドリック“だけ”を。もちろん、誰を応援するかは彼女達の自由だ。わかっているけれど────この空気の中でドラゴンと戦わなければいけないハリー・ポッターのことを考えると、何だかやるせない。2人のホグワーツの選手への周囲の態度は、あまりにも対照的だ。
「すみません! 遅れました」
午前最初の古代ルーン文字の授業に、セドリックは珍しく遅刻して来た。理由は想像が付く。たぶん、廊下ですれ違う誰もがセドリックに話しかけたがったせいだろう。教卓の近くに空いていた席に座ったセドリックの顔は何だか疲れているように見えて、レイチェルは少し心配になった。
「あ、セ……」
なので、授業が終わったところで話しかけようとしたのだけれど、名前を呼び終える前にセドリックは近くに居た同級生達に囲まれてしまっていた。
……まあ、考えてみれば当然だ。同級生達だって、代表選手に直接激励を言いたいに決まっている。
「話さなくていいの?」
「うん。次の授業に遅れちゃうし」
この分だと、試合の前に話すのは難しいかもしれない。
結局どんな作戦を立てたかも気になるし、できれば少しくらい話したかったけれど……レイチェルは昨夜セドリックと話せたのだし、これ以上を望むのは贅沢だろう。
そう思って、急いで次の授業へと向かったのだけれど。
「今日の防衛術、休講だってさ」
先に到着していたロジャーの言う通り、防衛術の教室のドアには休講の貼り紙があった。
これならセドリックと話す時間が十分あったのに。レイチェルはちょっと残念に思ったが、まあそれはたった今わかったのだから仕方ない。
「休講なんて初めてね」
「まあたまにはそう言うこともあるよな。俺は明日提出のレポートやる時間できてラッキー」
「もしかして、課題の準備じゃない?ムーディ教授、呪いや闇の魔術に詳しいわけだし!」
パメラの言葉にロジャーやエリザベスは納得していたが、レイチェルははてと首を傾げた。パメラ達は知らないけれど、課題はドラゴンなのだからどちらかと言えばムーディ教授よりもハグリッドの専門な気がする。急に休講だなんて、体調が悪いのだろうか? だとしたら心配だ。
「どうしましょうか? このまま教室で自習もできるみたいだけれど……」
「イヤよ。寮に戻りましょ!」
「ね、せっかく時間ができたし、応援用の垂れ幕もうちょっと豪華にしない?」
「文字、やっぱり光らせたいわよね」
「何色にする? 黄色とか?」
「それか、布の色変える?」
パメラが杖を振ると、濃紺だった布が鮮やかなショッキングピンクに変わった。それから、深緑。オレンジ。大きく書かれた「ホグワーツ」の文字や周りに散った星も、赤や黄色や黄緑ににチカチカと点滅しはじめる。
「なあ。セド知らない?」
飾り付けに熱中していたせいで気が付かなかったが、いつの間にかテーブルの側に誰かが立っていた。ハッフルパフのネクタイを締めた男子生徒。レイチェル達の同級生で、そしてセドリックのルームメイトでもあるジョンだ。
「いいえ。見てないわ」
「そっか。グラントと一緒かと思ったんだけど……セドから何か聞いてない?」
「残念だけど。今日、セドとは話せてないの」
「あー……セド、朝からずっと囲まれてたもんなあ」
セドリックも防衛術の授業をとっているのだから、今は空き時間のはずだ。普通に考えれば、どこかで自習しているか寮に戻って休んでいるかだろうけれど……何にしろ、レイチェルが今どこに居るか知るはずもない。
「スプラウト教授に伝言頼まれたんだよ。選手は準備があるから、試合の30分前に会場に来るようにって。でも、セドの姿が見当たらなくってさ」
「寮に戻ってるんじゃなくて?」
「もうあちこち探したんだ。セドの奴、休講になったから図書室に行くって言ってたのに。肖像画に聞いても知らないって言うし……まさか隠し部屋に居るのか?」
セドリックを見つけたら代わりに伝えておいてほしいと言い残して、ジョンは大広間を出て行った。どうやら、ジョンだけでなくルームメイト総出で探しているらしい。
あの口ぶりからして、心当たりのある場所は全て探したのだろう。対抗試合に関することなら早めに伝えた方がいいだろうけれど、ホグワーツ中を探すとしたら大変だ。レイチェルも手伝った方がいいかもしれない。
とは言え、どこを探せばいいだろう。ルームメイトである彼らにも、城中を行き交う肖像画達にも見つけられないだなんて。そう考えて、レイチェルの頭に1つだけ思い当たる場所があった。
もしかして────。
「ジョン達が探してたわよ」
マフラーをしてくればよかったかもしれないと、レイチェルは吹きつけた風の冷たさに腕を擦った。セドリックはやっぱり、レイチェルの予想した場所に居た。禁じられた森の側。以前、シャールの小屋があった場所だ。倒木に座り、何かを考え込んでいる様子だったセドリックは、レイチェルの声に顔を上げたけれど、すぐにまたその視線は地面へと落とされた。
「ごめん……少し、静かに考えたくて」
「謝るなら、私じゃなくジョン達にね。セドが居なくなったって、心配してたもの」
「うん……」
セドリックが俯いたまま、わずかに頷くのがわかった。口ではそう言ってみせても、レイチェルにはセドリックを責める気にはなれなかった。あんな風にずっと人に囲まれていたら、1人になりたくなるのも無理はない。
「スプラウト教授から伝言されたジョンから、伝言。『選手は、準備があるから試合の30分前に競技場に来るように』って」
「わかった……ありがとう」
「……私に、何かできることはある?」
「隣、座ってもいい?」
返事がなかったので、レイチェルは勝手にそれをYESと取ることにした。
セドリックは1人になりたかったのだろうから、もしかしたら迷惑かもしれない。でも、今のセドリックを1人にしたくはなかった。
幼馴染とは言っても、結局こんなとき、相手の考えがわかるわけじゃない。レイチェルが開心術者だったら、セドリックが望んでいることをしてあげられただろうか。
「……手、冷え切ってる。いつからここに居たの?」
膝の上で握りしめられたセドリックの手に触れる。氷のような冷たさが、レイチェルの指を刺した。こんなに体が冷えたら、風邪を引いてしまう。けれど、セドリックの顔が青ざめているのは、たぶん寒さのせいだけじゃないだろう。そんなことを考えていたら、セドリックが何かを小さく呟いた。
「…………ても…………かな」
「え?」
「……肩、借りてもいいかな」
「えっと……勿論。どうぞ」
第1の課題は、もうすぐそこまで迫っている。代表選手であるセドリックが不安になるのも当然だけれど……こんなセドリックを見るのは、一体いつ以来だろう?
最後に見たのは────そうだ。初めてのクィディッチの試合だ。2年生になって、初めてチェイサーとして試合に出るとき。あの日も、こんな風に緊張していた。あのとき、セドリックは何て言っていたんだっけ。
「課題がうまくいくかどうかが不安?」
沈黙の重さに、思わずわかりきった質問をしてしまった。これからたった1人でドラゴンに立ち向かわなければいけないなんて、不安に決まっている。元々、セドリックは自信過剰なタイプじゃない。十分すぎるほど能力も才能もあって、人一倍努力もしているのに。
「みんなが見てる前で何かするのはクィディッチの試合だってそうでしょ? 戦う相手もわかってるし、対策だってした。いつもと同じ。大丈夫よ」
……嘘だ。いくら危険なスポーツだと言っても、学生のクィディッチと、鋭い爪や牙があって火を噴くドラゴンが同じなわけがない。セドリックだって、そう思っているから緊張しているのだ。
ドラゴンと対峙するのはセドリックだ。レイチェルは、ただ観客席から見ているだけ。レイチェルがこんな風に言うのは、無責任かもしれない。本音を言えば、レイチェルだって不安だ。でも、たぶんセドリックの方がずっとずっと不安に決まっていて────今はほんの少しでも、セドリックの気持ちを軽くしてあげたい。
「でも……」
セドリックの呟く声は掠れていた。
俯いたままだから、視線が合わない。伏せた睫毛が、頬に影を落としている。その横顔は2年生の頃よりもずっと大人びているのに、どうしてかあの日のセドリックの面影が重なった。
「クィディッチは負けても、悪く言われるのは僕だけだけど……今回は、僕は代表選手として戦うんだ。僕が失敗したら、ホグワーツの名誉を傷つける」
『僕が他の2人の足を引っ張ったらどうしよう』
……ああ、そうだ。あの日のセドリックも、そうやって心配していた。自分が怪我をすることや、自分が箒を落ちること。練習通りにうまくできないことじゃなくて。
セドリックはいつもそうだ。いつだって、自分よりも自分以外の誰かのことばかり心配している。
「セドなら絶対大丈夫。だって、ゴブレットがセドを選んだのよ。たくさんの候補者の中から、セドが1番代表選手にふさわしいって……セドなら、危険な課題でもクリアできるって」
セドリックがそうしたいのなら応援すると決めたけれど、代表選手に立候補すると聞いたとき、レイチェルは不安だった。できれば、やめてほしいと思った。死者も出たような危険な課題にセドリックが参加するなんて、嫌だと思った。でも、それはセドリックにはできないと思ったからじゃない。ただ、心配だからだ。大切な人には、怪我をしたり傷ついたりしてほしくないから。
「……もし、失敗したら?」
「セド。そんな……」
「みんなが、そう信じてくれてるのはわかるよ。ゴブレットに選ばれたんだから、上手くやれるに決まってるって。でも……期待に応えられないかもしれない」
もしもうまく行かなかったときは────どうなるのだろう。
あまり考えたくはないけれど、ホグワーツの生徒達が、セドリックが失敗したとしても変わらず今まで通りに接してくれるとは思えなかった。セドリックを笑顔で応援してくれる彼らは、ハリー・ポッターに対しては驚くほどに残酷だ。見ていただけのレイチェルですら理不尽だと感じたハリー・ポッターに対する態度が、今度はセドリックに向けられるのかもしれない。
代表選手なんだから、自分達とは違うから、危険な課題だって上手くやれるはず。そんな風に、勝手に期待して、勝手に失望してしまう。……やっぱり、失敗したときのことなんて想像したくない。無神経な言葉や噂話にさえ、セドリックは責任を感じて傷つくだろうから。
「そうしたら、泣きたいだろうから思う存分泣いていいわ。私にできることなら何でもしてあげる。セドが話を聞いてほしいならそうするし、黙って隣に居てほしいならずっと側に居る。セドが1人になりたいなら、誰も近づけないように見張っててあげる」
レイチェルはできるだけ何でもなさそうな口調を心がけた。セドリックが失敗したとき、周囲がどんな反応をするかはわからない。きっと皆は気にしないはず、だなんて楽観視することはできない。でも、これだけは言える。セドリックがどんな大失敗をしたとしても、レイチェルはガッカリしたりしない。
「それに……そうね。セドを悪く言う人が居たら、その相手が誰だったとしても呪いをかけてあげる。……もしそれが、大人の魔法使いだったとしたら上手く行かないかもしれないけど」
「頼もしいな」
セドリックが微かに笑う気配がした。肩の重みが離れて、整った顔がレイチェルを振り向く。まだ表情は少し硬いような気がしたけれど、さっきよりも顔色はマシになったと思えた。レイチェルをじっと見つめるセドリックの瞳は、戸惑っているように見える。
「……失敗しないように頑張って、って言わないんだね」
「だってもう、その言葉は飽きるくらいみんなに言われたでしょ? 今日まで十分すぎるほど頑張ってきたこと、知ってるもの」
セドリックなら大丈夫。絶対に、大丈夫。
不安もあるし、心配だけれど、レイチェルはそう信じよう。代表選手に選ばれてから、セドリックがどんなに努力を重ねてきたか、側で見て来たレイチェルは知っている。こんな風に優しくて、誠実で。優れた才能と能力を驕ることも、甘んじることもない。いつだって謙虚で、ひたむきに努力し続ける。セドリックみたいな人が報われないなんて、そんなことは起こってほしくはないから。
レイチェルは立ち上がり、ぎゅっとセドリックを抱きしめた。
「落ち着いて、練習した通りに。そうすればきっと上手くいくわ。自分を信じて」
「信じられないよ。……自信がない」
誰もが羨むような輝かしいものをたくさん持っているのに、どうしてかセドリック本人だけが、自分はごく普通の平凡な人間だと思っている。そしてその謙虚さと優しさは、時々セドリック自身を傷つけてしまう。レイチェルにはそれが、歯がゆくて仕方ない。
セドリックの体は冷えているのに、触れた皮膚から伝わっている心臓の鼓動は、レイチェルよりもずっと早い。やっぱり、緊張している。「大丈夫よ、自信を持って」────そんな風に言おうとして、レイチェルは以前ルーピン教授に言われた言葉を思い出した。
『レイチェル。君はもっと、自分を誇っていい』
あのとき、レイチェルはそんなことできっこないと思った。だって、自分の嫌なところもダメなところも、誰よりも自分が良く知っている。今は、あのときほど自己嫌悪で落ち込むことはないけれど────やっぱり、自分を誇れと言われても難しい。もしかしたら、セドリックも同じなのだろうか。
『僕はそんなに素晴らしい人間じゃない。けど、皆の目に映ってるのは、きっと実際よりも、何倍も美化されてるんだ。皆が見てる『僕』は、本当の僕じゃない』
以前、セドリックはそう言っていた。レイチェルや、他の誰かから見ると、セドリックの美徳はあまりにもたくさんあって完璧なように見える。でもきっと、口に出さないだけでセドリックだって悩むことや、落ち込むことだってある。
自分を信じるって、誰にとってもすごく難しいことなのかもしれない。
『怖いんだ。いつか、ガッカリされるんじゃないかって……風船みたいに、どんどん浮き上がっていくんだ。そのうちきっと、割れて落ちる。そのとききっと、周りは僕のことなんか見向きもしなくなる』
あのときのセドリックの言葉の意味が、今なら少しわかる気がする。
誰にでも優しいセドリック。優秀な監督生。皆の憧れの代表選手。レイチェルから見ても、実際その通りだと思う。レイチェルの幼馴染は、誰からも好かれていて、期待される。そして、そんな周囲の期待に応えられるだけの力を、セドリックは持っているけれど。
皆に注目されて、期待されるほど、その通りに行かなかったときの失望も大きい。そんな人だと思わなかったと、勝手にガッカリしてしまう。ハリー・ポッターに対するホグワーツ生達の態度だってそうだ。彼が今あんなにも嫌われているのは、きっと彼が人気者だったからで。
「ね、セド」
期待に応えようと頑張るほど、ハードルは高くなっていくばかりで。いつか越えられなくなるんじゃないかと、次こそはダメかもしれないと。きっと、セドリックはそんな風に不安に感じているのだろう。
あなたなら大丈夫、と。励ますつもりで口にした言葉は、もしかしたらセドリックには負担になってしまっていただろうか。でも、気休めや口先だけの言葉なんかじゃなかった。
「……自分を信じられなくなりそうなら、私のことを信じて。結果がどうだったとしても、私は絶対にセドの味方で居るから」
言い終えて、レイチェルは頬が熱くなるのを感じた。セドリックの顔が見えなくてよかった。何だかすごく自意識過剰なことを言ってしまった気がする。レイチェル1人が味方で居続けたところで、たぶん大して力にはなれないだろう。ハリー・ポッターにだって、力にあげたいと思っていただけで、結局レイチェルには何もしてあげられなかった。
「……あのね。さっき、何でもしてあげるって言ったけど、やっぱり訂正」
セドリックのプレッシャーや不安は、レイチェルにはそのまま全てを理解してはあげられない。レイチェルはセドリックとは別の人間だし、代表選手でもないから。代表選手と言う立場だからこその葛藤も、苦しみも、喜びも。それはきっとセドリックだけのものだ。想像してわかったつもりでも、結局はただのレイチェルの思い込みかもしれない。……わかっていれば、セドリックの気持ちを軽くする言葉を紡ぐことができたはずなのに。
「もしも、万が一、セドがうまく行かなくて自分のことを大嫌いになっても……どうしてあんな失敗したんだって世界中から責めてほしくても、嫌いになんてなってあげないし、セドを馬鹿にしたりしないから。それだけは、どんなに頼まれても絶対にしてあげない」
そんな魔法の言葉はわからなくても。たった1人でも味方が居ると言うことは、ほんの少しだけでも息がしやすくなるんじゃないかと思うから。理解はできなかったとしても、一緒に悲しむことや、気持ちに寄り添うことはできる。
「……うん。ありがとう、レイチェル」
レイチェルとセドリックは別の人間だ。だからこそ、たとえセドリックが自分を嫌いになりそうでも、レイチェルはきっとセドリックを嫌いになったりしない。セドリックが自分の失敗や欠点ばかりが目についたとしても、レイチェルはセドリックの良いところをたくさん知っているから。「……そろそろ、戻らないと」
セドリックがそう呟いたので、レイチェルはセドリックから体を離した。
午前の授業が終わったのだろう。遠くから、下級生の楽しげにはしゃぐ声が聞こえてくる。もう、あと1時間ほどで課題が始まってしまう。
「急がなきゃ。ちゃんと昼食食べないと、お腹空かせてフラフラしてたら、ローブをドラゴンに丸焦げにされちゃう」
「うん」
セドリックが微笑んだ。あまり時間はないかもしれないけれど、サンドイッチと、それと温かいスープか何か。ただでさえドラゴンは危険なのだから、万全な状態で向かってほしい。レイチェルは城に向かって歩き出そうとしたが、セドリックが立ち止まり、困ったように視線を泳がせた。
「……弱音吐いてごめん。かっこ悪いとこ見せちゃったな」
「そう? 前に惚れ薬を飲まされて変になってたときほどじゃないわ」
「不安なとき、1人で抱え込んで隠そうとしないで。落ち込んだり自信なくしたりするのだって、当たり前のことで、かっこ悪くなんてないんだから。セド、私が落ち込んでるのを慰めてくれるとき、いつも『かっこ悪いなあ』って思ってたの?」
「そんなことないよ!」
「でもやっぱり、レイチェルにはかっこ悪いとこ見せたくないなって思っちゃうんだよ……今更だってわかってるけど」
「かっこよくてもかっこ悪くても、セドはセドでしょ」
「そうだね」
セドリックがクスクス笑ってみせた。何がそんなにおかしいのかわからないけれど……まあ、気分が持ち直したのなら何よりだ。
城が近づいてきた。通りがかる生徒達がセドリックに気づいて、笑いかけたり手を振って来る。それに対して笑い返すセドリックは、もういつものセドリックだった。玄関ホールを進み、大広間の扉が見えてきたところで、セドリックが立ち止まってレイチェルを振り向いた。
「上手くやれるかわからないけど……精一杯やってみるよ。見てて」
「ええ。観客席から応援してる。リラックスして、楽しんで」
このあともきっとセドリックはみんなに囲まれてしまうだろうから、次に顔を合わせることができるのは課題が終わった後だろう。セドリックと別れてレイブンクローのテーブルへと向かうと、エリザベス達の姿を見つけた。
「レイチェル! セドリック、見つかったのね」
「ええ」
「これ食べて、早く会場に行きましょ!どうせなら良い席で見たいもの」
確かにそうだと、レイチェルはパメラに渡されたベーグルサンドへと手をつけた。せっかくの機会だから、しっかりセドリックの活躍を見たい。そうだ。カメラも持ってきた方がいいだろうか? いや、でも、それだと写真を撮ることに気を取られてしまうし、自分の目で見たい気もする。でも、おじさん達にも写真を送ってあげたい。
ちらりとハッフルパフのテーブルへと視線を向けると、セドリックはやっぱり皆に囲まれてたくさんの食べ物を勧められていた。その隣、グリフィンドールのテーブルにはハリー・ポッターの姿もあった。後ろ姿だから顔は見えないけれど、彼も今さっきのセドリックと同じように不安を抱えているのだろうか? それとも────例のあの人やバジリスクとさえ戦った彼ならば、ドラゴンなんて何てことないと考えるだろうか? そう言えば、フラーやクラムも課題がドラゴンだと知っているんだっけ。彼らは一体どんな作戦を立てているのだろう? 楽しみでもあるけれど、やっぱり心配だ。
どうか、代表選手達が誰も怪我をせずに、課題を終えられますように。