日曜日の午前中は、のんびりと過ぎて行った。
ホグズミードを満喫しすぎてすっかりヘトヘトになったレイチェル達が目を覚ました頃には、もう昼近くになっていた。遅めのブランチを食べながら、3人は今日この後どう過ごすか相談した。そしてその結果、またすぐ部屋へと戻った。昨日せっかく買ったコスメの数々を、早速試してみることになったのだ。
可愛いパッケージ。金や銀に光るラメ。鮮やかな色のアイシャドウ。薔薇の花びらを象ったチーク。キャンディのような透き通ったリップグロス。心躍る品々を広げて、レイチェル達はあれもこれもと塗ってみては感想を言い合った。

「エリザベス、この赤のリップいいんじゃない?」
「そうかしら……こんな色、つけたことがないわ。……濃すぎない?」
「そんなことないわ。とっても似合ってる」
「でもあのドレスだとちょっとこの赤は合わないわね! やっぱりさっきのピンクベージュのが良さそう」

毒々しい真っ赤な口紅をパメラに塗られたエリザベスは鏡を見て困った顔をしていたが、レイチェルの目から見てもよく似合っていた。血のような赤はエリザベスのはっきりした目鼻立ちや肌の白さを引き立てて、とても素敵だ。レイチェルには似合わなさそうな色だから、ちょっと羨ましい。

「やっぱり、実際に塗ってみないとわからないのね。お化粧って」
「まあねー。仕上がりも結構予想と違ったりするしね。そこが楽しいんだけど!」

レイチェルが手鏡を見てポツリと呟けば、パメラがウキウキと言った。
派手すぎると思った色が思ったより淡く色付いたり、ほんの少しだけつけたつもりでも濃くつきすぎてしまったり。それに、それぞれ似合う色も違う。パメラは明るいオレンジがよく似合っていたれど、レイチェルが塗ると何だか顔から浮いて見えた。ハッキリした色が似合わないのだろうかとガッカリしたけれど、さっき塗ってもらったこの濃いピンクは華やかだけれど似合っているような気がする。

「ねぇ、エリザベス。この色とこの色ならどっちがいい?」
「どちらも無理よ。そんな派手な色、似合わないわ……」
「塗ってみなきゃわかんないでしょ! 何事もチャレンジしてみなくっちゃ!」

パメラが鼻歌交じりにエリザベスの顔に化粧をしていくのを眺めていると、誰かが部屋のドアをノックするのが聞こえた。……3人ともはしゃいでいたから、うるさかっただろうか? 誰だろうと思いながらドアを開けてみると、そこには予想外の人物の姿があった。

「ルーナ。どうしたの?」
「あのね、レイチェル。ジニーが呼んでるよ」
「ジニーが?」
「うん。今寮の前まで来てるもン」
「それを伝えに来てくれたの? ありがとう」

グリフィンドール生であるジニーが、わざわざレイブンクロー寮まで訪ねてくるなんて珍しいことだ。しかも、休日に。一体何の用事だろう。相談事でもあるのだろうか? ジニーに限って考えにくいような気がするけれど、昨日あの後友達と喧嘩してしまったとか……?

「パメラ、エリザベス。私、ちょっと出掛けてくるわ」

理由はわからないけれど、何か用があるのは間違いないだろうし、早く行った方がいいだろう。もうレイブンクロー塔の前まで来ているのなら、今も既に待たせてしまっているはずだ。急いで部屋を出ようと足を踏み出したところで、じっとレイチェルの顔を見つめていたルーナがニッコリした。

「それ、キラキラしてて素敵だね。妖精の羽根みたい」

その言葉に、レイチェルはハッとした。ルーナが言っているのは、アイシャドウに入ったラメやパールのことだろう。そう言えば、レイチェルもさっきパメラにお化粧をしてもらったんだった。ルーナは素直に褒めてくれたのだろうけれど、さすがにこの顔のままで部屋の外に出るのは恥ずかしい。危なかったとレイチェルが焦っていると、会話が聞こえたのかパメラがひょっこり顔を覗かせた。

「ねっ、そのアイシャドウ、気に入ったならルーナも塗ってみない? きっと似合うわよ!」
「お化粧ってしたことないな。痛くない?」
「大丈夫大丈夫!任せて!」

クレンジングはどこだったっけ。急がないと、ジニーを待たせてしまう。
慌てて部屋の中へ引き返したレイチェルが買い物袋の中を探している間に、パメラはルーナを椅子に座らせて楽しそうにその顔に化粧水を塗り始めていた。

「ジニー! ごめんね、待った?」
「ううん。そんなに。私こそごめんね、急に来ちゃって」

結局、レイチェルが化粧を落としてレイブンクロー塔の長い階段を全て駆け降りるまでには、それなりの時間がかかった。ふくろうを送るより直接来た方が早そうだったから、と肩を竦めてみせるジニーは元気そうで、特に落ち込んでいるようには見えない。

「あのね、レイチェル。ちょっと散歩しない?」
「散歩?」
「そう。散歩」

ジニーがニッコリした。その笑顔も、いつものジニーに見えるけれど……やっぱり何か、ここでは言えないような相談事があるのだろうか?
ジニーの誘いにレイチェルは頷き、ジニーと並んで歩き出した。レイブンクロー塔から離れ、さらに階段を下りて廊下を歩く。1階に辿りつき、そして玄関ホールから城の外へ────。

「あの……ジニー。こっちって、禁じられた森の方向よ」
「いいからいいから」

レイチェルが思わずそう言ってみても、ジニーは迷いのない足取りでどんどん進んでいく。
ここまで来ないと安心して話せないような、深刻な話なのだろうか? 不安に思いながら歩いていると、森の入口のところに誰かが立っていることに気が付いた。遠目でもわかる、燃えるような赤毛だ。レイチェルはてっきり、フレッドかジョージのどちらかだろうと思った。けれど、違った。距離が近づくにつれ相手の顔がハッキリ見えて、レイチェルは思わずパチパチと瞬きをした。そこに立っていたのが、本来ならここに居るはずのない人物だったからだ。

「久しぶり、ジニー。レイチェルも」
「チャーリー?」
「そうよ。びっくりした?」

こっちに向かって手を振っているのは、ジニーの兄であるチャーリーだった。
驚いてポカンとするレイチェルに、ジニーが悪戯っ子みたいな表情で笑ってみせた。

 

 

 

チャーリーがホグワーツに来ることは、ジニーもつい昨日知ったらしい。
ホグズミードから戻ったら手紙が届いていて、そこにレイチェルも誘ってみてはどうかと書いてくれていたらしい。それで、ジニーは朝1番でふくろう小屋に行って手紙を出そうかとも考えたのだけれど、休日なのだし手紙の往復よりも直接聞いた方が早いだろうと、レイブンクロー塔を訪ねてきてくれたようだ。

「チャーリーったら、フレッドとジョージには知らせるな、なんて言うのよ」
「仕方ないだろ。あの2人に知られたら、どうにか鱗を2、3枚剥がして悪戯グッズの材料にしようとするに決まってるんだ。そんなこと、お袋に知られてみろ……」
「でも、きっと後で2人も来ると思うよ。昨夜談話室で、ロンの手紙を2人がこっそり読んでたもの。もしかしたら、もう近くに来てるかも」

クスクス笑うジニーに、チャーリーが額を押さえた。久々に再会した兄と妹の微笑ましい会話に聞こえるけれど……その中に、聞き捨てならない単語があった気がする。『鱗を2、3枚剥がす』? 何の鱗だろう。考えたくないけれど、まさか────。

「チャーリー。どうしてホグワーツに?」
「仕事でちょっとね」
「仕事?」

チャーリーの勤め先は、レイチェルの父親と同じルーマニアのドラゴン研究所だ。ドラゴンの血や爪や鱗を使った魔法薬の研究をしている父親と違い、チャーリーの専門はドラゴンそのものの研究だ。そのチャーリーが、しかも仕事でホグワーツに来ていると言うことは、だ。……嫌な予感がする。

「まあ、見ればすぐわかる。ついて来て」

そう言ってチャーリーが森の中へと入って行ったので、レイチェルとジニーはそれに続いた。……授業以外で禁じられた森に入るのは初めてだから、何だかソワソワする。
鳥の囀りと、足元で草が擦れる音。静かな森の中を、レイチェル達はのんびりと話しながら進んだ。ジニーやレイチェルの学校生活のこと。授業のこと。ジニーの友人が飼っている子猫のこと。昨日のホグズミード休暇のこと。他愛ないおしゃべりを続けるうちに、レイチェルは前方から物音が聞こえることに気が付いた。鬱蒼と茂った木立の向こうに、何か壁のようなものが作られている。分厚い金属の板でできているそれは、近づいてみると壁と言うよりも囲いだった。物音はその向こう側から聞こえている。何か引っ掻くような音。巨大な生き物の低い唸り声。そして────ゴオッと空気を震わす音と共に、囲いの中で黄緑色をした大きな火柱が上がるのが見えた。
姿を見なくてもわかる。やっぱり、ドラゴンだ。

「あれがウェールズ・グリーン普通種。あっちがスウェーデン・ショートスナウト種。奥に居るのが中国火の玉種。それから……」

囲いの中へとレイチェル達を案内してくれたチャーリーは、そんな風に説明してくれた。ドラゴンは全部で4頭。艶やかな緑色の鱗を持つウェールズ・グリーン普通種。シルバーブルーの堅そうな皮膚のスウェーデン・ショートスナウト。鮮やかな赤で顔の周りに金の縁取りがある中国火の玉種。そして、真っ黒で尻尾にブロンズ色の棘を持つハンガリー・ホーンテール。教科書でも見たことがあるし、研究所に行ったときも見せてもらったドラゴン達だ。今は1頭ずつ頑丈な檻の中に入って、ほとんどは眠っているようだけれど……それでもとても巨大で迫力がある。本来ならそれぞれ別の保護区域に居るはずのドラゴン達がこんなに近くに集まっているのは壮観だ。……レイチェルにとっての問題は、どうして保護対象であるはずのドラゴンがここに連れて来られているか、だ。

「ねえ、これってまさか……」
「ああ。対抗試合の課題で使うんだ。選手1人につき1頭。詳しくは僕も知らないけど」

レイチェルの質問に、チャーリーがあっさりと言った。
やっぱり。わざわざ聞かなくても、わかりきっていたけれど……レイチェルは頭を抱えたくなった。第1の課題はもう2日後に迫っているのだから、このタイミングでドラゴンが来るなんて、対抗試合に関係しているに決まっている。わかっていたけれど、違っていてほしかった。
ドラゴンの存在に絶望的な気持ちになったレイチェルとは反対に、ジニーは好奇心いっぱいな様子だ。唯一目を覚ましている様子の一体と近づこうとしたジニーを、チャーリーが止めた。

「おっと、ジニー。このホーンテールには、それ以上近づかない方が良いぞ」
「どうして?」
「すっごい凶暴でさ。正直、俺達でも数人がかりでないと骨が折れる。文字通りに」
「そんなの、ホグワーツに連れて来ないで!?」

神妙な顔でそんなことを言うチャーリーに、レイチェルは思わず悲鳴を上げた。専門家でも扱いに困る凶暴なドラゴンなんて、学生が1人でどうにかできるわけがない。いくら代表選手達が優秀だと言っても、いきなり完璧にドラゴンの対処をするなんて無理だ。

「仕方ないだろ。元々、選手3人で3頭必要って聞いてたから、ホーンテール以外の3頭の予定だったんだ」

そんな会話の間に、ホーンテールはこちらへと気づいたようだった。フンフンと匂いを嗅いでいたかと思うと────いきなり、こっちに向かって炎を吐き出した。火の粉がジニーの靴の爪先のスレスレまで飛んできている。炎の熱気を頬に感じて、レイチェルはその場にへたりこんだ。

レイチェル、やっぱりドラゴン苦手なんだなあ。小さい頃は研究所に遊びに来てたって聞いたけど」
「だって……こんなに近くに居るのは無理よ。怖いもの! 大きいし……火を噴くし……」

苦笑して手を貸してくれたチャーリーに、レイチェルはほとんどしがみつくようにして何とか立ち上がった。安全な離れた場所から見る分には綺麗な生き物だと思うけれど、こんなに近くで、しかも火を噴くところを見るとやっぱり恐ろしい。今も、チャーリーの腕に掴まっていないと、足が震えてしまいそうだ。

「1頭だけ2回選手の相手をさせるって言うのは、後の選手が有利になっちゃうし。1頭ずつ別の種類がいいって話だったから……営巣中の母親ドラゴンでないとダメってなると、条件に合うのがホーンテールくらいしか居なかったんだよ」
「営巣中って……つまり、他の3頭も普段よりずっと気が立ってるってこと?」
「まあね。でも、それでもホーンテールよりは何倍もマシさ。こいつと当たる選手には同情するよ」

レイチェルは恐る恐るチャーリーの背中越しにホーンテールを見た。その縦に長い瞳孔がギロリとこちらを睨んだ気がして、レイチェルは小さく息を飲んだ。
……やっぱり、年齢制限がなかったとしてもレイチェルには代表選手なんて絶対無理だ。炎が吐かれたところの草が焼け焦げているのを見て「すごーい!」と目を輝かせているジニーの方が、ずっと素質がありそうだ。

「セドリックにも会いたかったんだけど、残念だな。代表選手じゃ仕方ないけど」

溜息を吐くチャーリーに、レイチェルはハッとした。
そうだ。セドリック。第1の課題がドラゴンならば、当然セドリックもこの4頭のうちのどれかと対峙することになる。今は檻に入っているけれど、きっと本番は違う。この巨大で、口から火を吐いて、翼まである危険な魔法生物に、たった一人で────。

「セドに教えたい……」
「ダメだよ、レイチェル

ジニーの口調は冷静だった。
わかっている。課題の内容は代表選手には秘密だ。レイチェルがこうやってドラゴンを見せてもらえたのは、セドリックとは違って代表選手じゃないからだ。わかっているけれど……。

「会えてとっても嬉しい。嬉しいけど、どうして私まで呼んだの、チャーリー! 知ってるのに、セドに教えてあげられないなんて……ドラゴンなんて、大人の魔法使いが10人束になったって危ないのに!」
「そっか……いや、ごめん。そうだよな」

本で見た歴代の対抗試合の課題を見る限り、どう考えても課題の内容が「ドラゴンに餌をあげてみましょう」なんて平和なものじゃないのは間違いない。セドリックは優秀だけれど、レイチェルとは比べようもないくらいものすごく優秀だけれど、それでもやっぱり1人でドラゴンに立ち向かうなんて危険だ。心配だ。
項垂れたレイチェルの頭を、チャーリーが撫でた。ジニーもどこか気遣わしげに自分を見ているのがわかって、レイチェルは眉を下げてぎゅっと唇を噛みしめた。……何だか、駄々っ子みたいな扱いをされている気がする。

「……八つ当たりしてごめんなさい。あのね、チャーリー。会えて嬉しいのは本当よ」
「わかってる。心配ないよ。セドリックならきっと上手くやる。それに、僕らも居る。選手に危険が迫ったら、消火呪文をかけることになってるんだ」

だから大丈夫、とチャーリーが笑ってみせた。頼もしいその言葉に、レイチェルも少しだけ安心できた。チャーリーとはワールドカップの会場でも会ったけれど、あのときは時間もなくてほとんど話せなかった。こうして久しぶりにゆっくりと話せたことは、とても嬉しいことだ。

「そう言えば……もしかして、パパも来てるの?」
「いや。アランは、本当は来る予定だったんだけど……出がけにホーンテールが他のドラゴンと喧嘩して怪我させたから、その治療で残らなきゃいけなくなったんだ。娘に会えると思ってたのにって落ち込んでたよ」
「ねえ……本当に、どうしてホーンテールを連れて来ちゃったの……?」

レイチェルの父親は居なかったが、他にも以前ドラゴン研究所を訪ねたときに知っている顔を何人も見かけた。この近くに仮設の小屋を建てて、そこに寝泊まりしているらしい。案内してもらった小屋の中は、仮住まいながらも居心地良く整えられていた。そこでお茶をごちそうになり、楽しいおしゃべりが終わる頃には、もうすっかり日が沈みかけていた。

「……ハリーもあのどれかと戦うんだよね」

暗くなる前に城に帰ろうと急いでいると、ふいに隣を歩いていたジニーがポツリと言った。不安げなその声に、レイチェルは胸がギュッと締めつけられた。そうだ。セドリックのことばかり考えていたけれど、ドラゴンに挑まなければいけないのは他の選手も同じだ。ましてハリー・ポッターはまだ14歳だし、今の彼には味方も少ない。それに────彼はジニーの想い人なのだ。心配に決まっている。

「怪我しないといいな」
「ええ。……私達は、頑張って選手を応援しましょ」
「うん」

わずかに微笑んだジニーの手を、レイチェルはギュッと握った。
ドラゴンに、たった1人で立ち向かうなんて。しかも、選手達は課題の内容がドラゴンだとは知らないのだ。できれば、セドリックの────そしてハリー・ポッターの相手が、ホーンテール以外のドラゴンならいいなと思う。ああ、でも……フラーやクラムだって、危険なのは同じだ。誰に当たったとしても、やっぱり心配だ。火曜日は、ホーンテールが奇跡的に機嫌が良くて、いつもより大人しいことを願うしかない。
レイチェルにできることなんて、応援くらいだろうけれど……全員、課題が上手く行って、怪我がなければいいなと思う。

 

 

 

これほどまでに自制心が試されたことは、レイチェルのこれまでの人生でなかったかもしれない。

レイチェルの選択科目は、たった1つ魔法史だけを除いて、セドリックと同じだ。つまり、隣の席に座っているのはパメラやエリザベスだったとしても、教室を見渡せば必ずどこかにセドリックが座っている。
月曜日、朝食の席でセドリックがハッフルパフのテーブルに座っているのを見た瞬間から、レイチェルはとてつもない誘惑に駆られていた。つまり、そう────セドリックにドラゴンのことを教えたいと言う誘惑に。
事前に知っていたとしても、ドラゴンはものすごく危険な魔法生物だ。いくら成人しているからって、学生に1人で対処させるなんてそもそも無茶だ。でも、立ち向かう相手がわかっていれば知らないよりはずっとマシだろう。とは言え、課題を知らないのは皆同じだ。たまたま、レイチェルが知ってしまっただけ。それを教えて、つまりズルして1人だけ有利になったとしても、セドリックはきっと喜ばない。
そう思って、午前中の授業も、午後も、レイチェルはどうにかその誘惑に耐えた。具体的には、セドリックにこっそりメモを渡したり、駆け寄って話をしたいと言う衝動と戦っていたのだけれど。

「第1の課題、ドラゴンらしいんだ」

放課後、図書室にやって来たセドリックがそう言い出したので、レイチェルはポカンとした。レイチェルが秘密にしなければと思っていた機密事項を、まさかの本人から聞かされた。セドリックの表情は困惑しているように見えて、その口調は半信半疑と言う感じだったけれど────。

「どうして……」

セドがそれを知ってるの、と口走りそうになって、レイチェルはハッとして言葉を飲み込んだ。
セドリックがなぜかドラゴンのことを知っているからと言って、レイチェルがそれを間違いないと保証してしまうことって、問題はないだろうか。いや、たぶんあまり良くない気がする。

「えっと……どうして、そう思ったの?」

不自然に思われないよう、レイチェルはそんな風にとぼけてみせた。実際、セドリックがどうやってドラゴンのことを知ったのかは気になる。チャーリーはセドリックに教えるつもりはない様子だった。他の職員の誰かが、こっそりセドリックに教えたのだろうか?

「ハリーに言われたんだ。彼だけじゃなく、フラーとクラムも知ってるって……これで全員足並みが揃うって、ハリーは言うんだ」
「そうなの……」

それを聞いて、レイチェルは少しホッとした。
本当は選手が事前に知ってしまってはダメなのだろうけれど────ほんの少しでも課題の対策をする時間が選手にできたのならば、喜ばしいことだ。それに、全員が知っているならセドリックがフェアじゃないと気に病むこともないだろう。

「でも、彼はどうやって知ったんだろう?」

難しい表情をして考え込むセドリックに、レイチェルはドキッとした。
もしかして、ハリー・ポッターにドラゴンのことを教えたのは、ジニーだろうか? だとしたら、それが知られるとジニーはたぶん叱られてしまう。その原因を作ったチャーリーも、困ったことになるだろう。

「えっと……ハリー・ポッターがどうやって知ったかはわからないけど……彼が、セドにそんな嘘を吐く必要はない気がするわ。ライバルを騙して蹴落とそうってタイプじゃないと思うし……」
「うん。僕もそう思う」

レイチェルがしどろもどろに言えば、セドリックが微笑んだ。
もしもレイチェルの推測通り、ジニーがハリー・ポッターに教えてしまったのだとしたら────たぶん、レイチェルにもその責任の一端がある。セドリックに教えたい、なんてジニーの前で言ってしまったのだから。もしかすると、ジニーはレイチェルがセドリックだけにドラゴンのことを教えるんじゃないかと不安になったのかもしれない。だとしたら、ジニーが秘密を漏らしてしまったのは、迂闊なことを言ってしまったレイチェルが原因だ。
ジニーに悪いことをしてしまったと、罪悪感が胸を締め付ける。けれど同時に、自分でない誰かから秘密が漏れたことに、どこかホッとしてしまっている自分が居る。それが、何だかますます申し訳ない。
……課題が終わったらジニーと話して、謝ろう。

「ドラゴン……って言うと、普通は失神呪文だよね」
「そうね。でも、あれ、普通は数人がかりでやるものでしょ? たった1人でドラゴンを失神させるなんて、できるとしたらダンブルドアくらいじゃない?」
「そうだよね。あとは、効果的なのは魔法薬だろうけど……」
「生ける屍の水薬があればいいんだけど……今からじゃ手に入れるのは無理よね。1人でもどうにかなるってなると……結膜炎の呪いは?」
「ドラゴンは僕達の都合に巻き込まれただけなのに、痛い思いをさせるのは可哀相だよ。どうにかうまく気を逸らすような方法はないかな……」

真面目な顔でそんなことを言うセドリックに、レイチェルは言葉を失った。確かに、結膜炎の呪いはドラゴンには気の毒な方法だとも言えるし、動物に優しいのはセドリックの美徳だけれど……今はドラゴンの怪我よりも、自分のことを心配してほしい。

「そう言えば、セド……その鞄、どうしたの?」
「破れちゃったんだ。一応応急処置はしたけど……修理に出せるかな」
「確か、おばあちゃんからの誕生日プレゼントでしょ? 変ね。まだ新品なのに……見てもいい?」

セドリックの鞄は、まだ真新しい。それなのに、真ん中から綺麗に2つに裂けていた。まるで、誰かが呪文で切り裂いたみたいに。でも、一体誰が?今のホグワーツに、セドリックにそんな嫌がらせをするような人が居るとは考えにくい。不思議だとレイチェルは首を傾げた。
とは言え、今は鞄よりもドラゴンの方が重要だ。

「ドラゴンの気を逸らす……うーん。セドよりもドラゴンの関心を引けそうなものを出す……とか?」
「何か動いて、音がするものかな……そう言えば、ドラゴン研究所って番犬を飼ってたよね」

参考になりそうな本を本棚から引っ張り出して来て、レイチェルはセドリックと課題の対策をあれこれ考えた。……とは言っても、結局、これだと思える案が浮かぶ前に夕食の時間が来て、マダム・ピンスに追い立てられてしまったのだけれど。

「ありがとう、レイチェル。後は、僕1人で考えてみるよ。僕の課題だしね」

そう言って笑うセドリックの表情は明るかったので、レイチェルはホッとした。
鞄を置きたいし1度寮に戻ると言うので、セドリックとは図書室の前で別れた。レイチェルとは逆方向へ歩いて行くセドリックは、すれ違う生徒達から次々に声をかけられている。ドラゴンのことで頭がいっぱいだったせいで気づかなかったが、いよいよ課題の前日とあって、城の中の誰もがソワソワしている。

「『セドリック・ディゴリーを応援しよう』……かあ」

前を横切って行った女子生徒の胸にあのバッジがついているのを見て、レイチェルは思わずそのフレーズを読み上げた。ホグワーツの皆が、セドリックを応援してくれているのは嬉しい。でも、レイチェルはハリー・ポッターにも頑張ってほしいと思う。……彼への声援はもしかしたら、セドリックへのものよりもずっと少ないかもしれない。彼はきっと、皆が誤解しているような自惚れ屋じゃないのに。内緒にすることだってできたはずなのに、セドリックにドラゴンのことを教えてくれた。……やっぱり、誠実で優しい男の子だ。

明日は頑張って2人のホグワーツの代表選手を応援しよう、とレイチェルは改めて心に決めた。

みんなには秘密

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