何だか奇妙なランチタイムを終えて、レイチェル達は三本の箒の前で別れた。セドリック達はクィディッチ用品店へ、そしてレイチェル達はハニーデュークスへ。ガラス瓶に詰まった色とりどりのお菓子が所狭しと並べられた店内は、相変らず大人気で、ホグワーツの生徒達でごった返している。
「彼女……フラー、こっちに誘ってみた方がよかったかしら?」
さっき話していた感じだと、フラーはあまりクィディッチには興味がなさそうな雰囲気だった。となると、クィディッチ用品店は彼女には退屈なんじゃないだろうか。まあ、ハニーデュークスはもう行ったと言っていたから2回目になってしまうけれど……レイチェルが呟けば、新商品のチョコレートの試食をつまんでいたパメラが肩を竦めた。
「どうかしらね。誘っても来なかったと思うわよ」
「まあ、確かに……エリザベスはともかく、私とパメラはほとんど初対面だものね」
エリザベスはフランス語が話せることもあって時々ボーバトン生達と会話しているのを見かけるが、レイチェルと────キャンプ場で会ったことをフラーが覚えていたとしたらともかく────パメラは彼女とは初対面だ。同性とは言っても、今日会ったばかりの相手と回るのでは楽しめないかもしれない。それもそうかと納得すれば、チョコレートを飲み込んだパメラが「そうじゃなくって!」と首を振った。
「彼女にとっては、『セドリックと』回るのが重要なんだと思うわよ」
「セドと?」
言われてみれば、セドリックはフラーの方からホグズミードの案内を頼まれたと言っていた。もしかしたら代表選手同士、フラーには何か相談したいことがあったのかもしれない。代表選手達が挑む第1の課題は、もうたったの3日後に迫っているのだ。
「気づかなかった? 彼女、ずーっとイライラしてたじゃない。レイチェル達がイチャイチャし出してからは、特に!」
「イチャイチャって……そんなの、してない」
「でしょうね! 自覚があってわざとやってたなら怒るわよ」
呆れたように言うパメラに、レイチェルは言葉に詰まった。イチャイチャしていた……パメラ達には、そんな風に見えたのだろうか? 助けを求めるようにエリザベスを見れば、エリザベスは困ったような微笑みを浮かべてみせた。
「でも、フラーがその……セドと一緒がいいって……考えすぎじゃない? 確かに、あんまり楽しそうじゃなかったけど……それこそ、私達、急に相席しちゃったし。本当は嫌だったのかも」
もしフラーに何か相談事があったのだとしたら、適度に騒がしい三本の箒は落ち着いて話せる絶好の機会だったはずだ。いきなり現れたレイチェル達は、邪魔をしてしまった形になるだろう。不機嫌の理由はそのせいだった可能性もある。そうじゃなくても、急に初対面の人と相席はレイチェルだって緊張する。
「まあね、確かに、はっきりそうと決まったわけじゃないわ。でも、参考までに言っておくと、ロジャーは今日ボーバトンの女の子とデートしてるし、クロディーヌはダームストラングの男子を案内するって言ってたわよ! エリザベスだって、ボーバトンの男子に誘われてたでしょ」
「断ったわ……何度も蒸し返さないで、パメラ」
「なんで断っちゃったのよ!行けばよかったじゃない!」
「だって、貴方達との約束があったし……」
「私もレイチェルも、そんなことで怒ったりしないわよ!ねえ!?」
「え、ええ。勿論……」
パメラに同意を求められて、レイチェルは驚きつつも頷いた。何もかもが初耳だ。まさか、レイチェルの知らないうちに、そんなことになっていたなんて。パメラが考え過ぎなんじゃないかと思ったけれど、もしかしてレイチェルがぼんやりしすぎなのだろうか?
そんな会話をしつつハニーデュークスを出たところで、レイチェルは見知った人物の存在に気が付いた。
「ハーマイオニー?」
「レイチェル」
少し前を歩いていたのは、ハーマイオニーだった。ハーマイオニーもハニーデュークスに行っていたらしく、その手には買い物袋と新商品のチョコレートが握られている。誰かと話しているように見えたけれど、周りには誰も居ない。
「今、1人なの?」
「ええ……まあね……」
「もしよかったら、私達と一緒に回る? これから、新しくできたコスメのお店に行ってみようって話してて……」
「そんなお店ができたの?素敵ね。すごく行ってみたいけど……今日はやることがあって。誘ってくれてありがとう」
ハーマイオニーはこれから三本の箒に行って、バタービールを飲むつもりらしい。となると、レイチェル達は方向が逆だ。じゃあねと手を振って、別れようとして────振り返ったレイチェルは、ふとあることに気が付いた。
「あ、ハーマイオニー。髪に……」
糸くずがついてる。手が届くようにと1歩踏み出したレイチェルの足に、何かを踏んでしまったような感覚があった。地面ではない、何か柔らかいものを。誰かの足を踏んでしまった、とレイチェルは反射的に飛びのいた。けれど、下を見ても、そこには何もない。
「イタッ」
そして、すぐ近くから確かにそんな声が聞こえた気がした。パメラやエリザベスの声でも、もちろんハーマイオニーの声でもない。もう少し低い、男の子の声だ。きょろきょろと周囲を見回してみたけれど、やっぱり誰も居ない。
「今……何か聞こえなかった?」
「えっと……気のせいじゃないかしら。私は全然、全く、何も!」
「そう……?」
確かに、誰かの足を踏んでしまったと思ったし、声がしたような気がしたのだけれど……。
ハーマイオニーがそう言うのなら、レイチェルの気のせいだったのだろうか。
「あっ、ここじゃない? マダム・ロスメルタの言ってたお店」
メインストリートから1つ外れた通り。その化粧品の専門店は、端から2軒目に存在していた。真新しい淡い紫色のペンキで塗られた外壁に、艶やかな黒のドアや窓枠が華やかな印象だ。金色のプレートで出来た看板には、お店の名前と一緒に口紅のマークが入っている。
「私、いつもフロプシーが用意してくれるから自分で化粧品を買ったことがなくって……。何を買えばいいのかしら?」
「えっと……私もあんまり。ファンデーションよね? あと……アイシャドウと、口紅?」
「そうね。チークにマスカラ、アイライナーにアイブロウ……まあ、色々よね。パーティーだけのために1人1つ買うのはもったいないし、ちょっと高いけどお金出し合ってパレット買っちゃった方が良さそう。いろんな色が入ってるやつ」
「パメラに任せてもいい? よくわからないもの」
ドアを開けて店の中へと入ると、ふわりと薔薇の香りが漂ってきた。たぶん、香水か何かだろう。小さな店内には壁にも通路の隙間に置かれた棚にも、化粧品がぎっしりと並んでいる。店にはレイチェル達の他にも数組のホグワーツ生達が居て、楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。天井から取りつけられたシャンデリアに、壁に取り付けられた鏡や並べられたガラス瓶がその光を反射しているせいで、何だか店の中全体がキラキラと輝いているような気がする。
「あっ見て。これ綺麗。妖精の羽根をイメージしてるんだって」
入り口から1番よく見える位置にディスプレイされている商品に、レイチェル達はまず興味を引かれた。棚の上では、妖精が悪戯に羽根をはためかせている。朝焼けの空のような淡い青紫のラベルには、銀のインクで妖精のシルエットが描かれていた。化粧水やマニキュアの容器ののガラス瓶がオーロラのように光っている。
「あっ、ファンデーションもある。……何これ、『肌に乗せると貴方の肌の色に合わせて変わります』って。やっぱり魔法のコスメって何でもアリね」
「……普通じゃない? マグルのファンデーションは違うの?」
「違うわよ。自分の肌の色に合わせて、合うのを選ぶの。日焼けして色が変わったら、選び直し」
「えっ……大変そう」
「大変なのよ」
パメラがしみじみと呟いた。パメラのマグルの両親は化粧品の会社をやっている。
たっぷりと細かなラメやパールの入ったアイシャドウパレットをレイチェル達はすっかり気に入ったが、どうせなら魔法の化粧品のリサーチをしたいと言うパメラの意見により店の中を一通り見て回ることにした。
「何かしらこれ?シール?」
「えっとね……リップパレットみたい」
台紙の上には、たくさんの色や質感のキスマークの形のシールが貼ってある。今は紙だけれど、唇に貼ると口紅に変化して密着するらしい。オレンジ系、赤系、ピンク系など色味が統一されているシートや、それぞれの色が少しずつ入ったものなど種類も豊富だ。レイチェル達が興味深く眺めていると、壁に貼られたポスターの写真のモデルが、パチンとウインクして実演してみせてくれた。
「これ、チーク? 面白そう。薔薇の花びら?」
「えっと……肌に触れると体温や水分に反応して溶けて広がるんだって。だから、試したいときは店員さんに声をかけて、手で触らないようにって……あー」
「もう遅いわよ! どうやったら落とせるのこれ!?」
まるでインク壺に浸したように指先がショッキングピンクに染まってしまったパメラに、花びらを撒き散らして遊んでいた魔法のリスやウサギが指を差して笑い転げている。レイチェルは商品の箱を裏返してみた。────『ヒトの皮膚にのみ反応します、動物にも安全!』
「これ、使ってくださいね」
結局、パメラの指は擦ってもハンカチで拭いてもどうにもならず、レイチェル達は店員さんを探してリムーバーを貸してもらった。この店のオリジナル商品だと言うリムーバーの効果も抜群だった。コットンに含ませて軽く撫でただけで、パメラの指は綺麗さっぱり元通りになったのだ。
他にも、色々な商品があった。本物のお菓子そっくりなアイシャドウや口紅。植物由来の材料だけで作られているもの。自分にぴったりの色が作れる口紅のキット。
「見て、これ。すっごい高そう」
若い魔女向けに作られた商品が多かったが、中には大人の魔女向けの高級なラインもあった。
金を基調としたデザインは、シンプルだけれど洗練されている。ディスプレイのすぐ上には、優美な書体で『運命は作れる!あなただけに特別な幸運を』と言うキャッチコピーがキラキラと光っていた。幸運をイメージしてか、淡い金色のドレスを着た小さな天使が辺りをはばたいている。
「えっと……『原材料にフェリックス・フェリシスを使用しています』ですって。……フェリックス・フェリシスって何だったかしら……? 聞いたことはあるのだけれど……」
「幸運の液体……ほんの少し飲んだだけで、薬の効果が切れるまでの間は、全ての物事が成功するって言われてるの」
エリザベスの疑問に、レイチェルが答えた。この間、魔法薬学の授業でやったばかりだ。
調合が難しくて、とても貴重な薬品。それが、この棚に並んでいる────化粧水や美容液、それにファンデーションやおしろいや……全てに入っているなんて。繊細な彫刻がされた小さなガラス瓶は、いかにも神秘的だ。レイチェルもフェリックス・フェリシスを実際に試してみたことはないけれど、塗るだけで幸運を呼び込んでくれる化粧品だとしたら、高価なのも頷ける。
「この小さい瓶で10ガリオン……?」
気にはなる。なるけれど、レイチェル達のお小遣いではとても手が出せない。
それに、疑問もあった。レイチェルの知る限り、フェリックス・フェリシスは飲み薬だ。教科書に書いてあった分量と効果も、経口摂取が前提だったような気がする。化粧品のように経皮摂取でも、同じ効果はあるのだろうか? スネイプ教授に聞いてみたら、わかるかもしれない。レイチェルが瓶を片手にそんなことを考えていると、ふわふわのパフで手の甲におしろいをはたいていたパメラが、思い出したように言った。
「そうだ。ブラシとか、パフも買わなきゃ」
メイクブラシの売り場はどうやら2階にあるようだった。小さな螺旋階段を上がって行くと、ホグワーツの大広間の蝋燭のように、たくさんのブラシが宙に浮かんでいた。外壁と同じ薄紫の柄にお店のロゴが入っている。どうやらオリジナル商品のようだ。
「どれも似た感じに見えるのに、値段が全然違うのね」
レイチェルは近くにあった何本かの値札を確かめながら呟いた。同じような大きさのブラシでも、何の毛を使っているかによってかなり値段に差があるようだ。イタチに馬、山羊、それに……。レイチェル達がディスプレイを興味深く眺めていると、さっきとは別の若い魔女の店員が奥から現れた。「メイクブラシをお探しですか?」
レイチェル達がそうだと答えるよりも早く、既に店員の魔女は杖を振っていた。呼び寄せ呪文によって、何本かのブラシがヒュンヒュンと空を切ってレイチェル達の前にずらりと並ぶ。面食らうレイチェル達に、店員の魔女はニッコリした。「うちの店では、魔法生物の毛のブラシも扱ってるんですよ!オススメはやっぱりデミガイズの毛でできたフェイスブラシですね!毛足が長くて使いやすいですし、すごく透明感出ますよ。それに、このユニコーンのたてがみのチークブラシも! とにかくフワフワで肌あたりがいいのでオススメです。あと、このニフラーのアイブロウブラシは、毛が硬くてしっかりしてるので描きやすくて好評で……どれも希少なのでちょっと普通の動物の毛よりお値段は上がっちゃいますけど、でも仕上がりは保証しますよ!」
熱心な店員の説明と、そして魔法界にしか存在しない品々にパメラはかなり購買意欲を刺激されていた様子だったが、レイチェルとエリザベスは必死に説得して止めた。確かに希少で価値のある品物なのは間違いないのだろうけれど、やっぱりレイチェル達のお小遣いからすると高価だったからだ。
まだメイクブラシに心惹かれている様子のパメラを引きずって、レイチェル達は3階へと移動した。1階はメイクアップ用品、2階はブラシや鏡なんかの小物が陳列されていたけれど、3階はどうやらシャンプーやボディソープ、化粧水などが並べられているようだ。
「さっきのお店で石鹸買わなきゃよかったかも」
「次に来たときの楽しみができた、って考えることもできるわ。それに、ふくろう通販にはまだ取り扱っていないけれど、直接商品を取り寄せることなら可能だって言っていたし……なくなったら試してみるのもいいんじゃないかしら」
大きなガラスの瓶の中では、本物の宝石そっくりにキラキラ光る石鹸がたくさん詰まっている。その1つを手にとって灯りにかざしながら溜息を吐いたパメラに、エリザベスが苦笑した。たくさんあっても仕方のない商品ばかりなので、どうやらこの階は見るだけになりそうだ。それでも、色とりどりの可愛らしいパッケージやディスプレイは楽しかったし、目新しいものがたくさんあって飽きなかった。
「見て、これ。アモルテンシアのヘアフレグランスだって。アモルテンシアって何?」
「えっと……簡単に言うと、世界で1番強力な惚れ薬。嗅いだ人の好きな香りがするの」
香水を作るときの最後の仕上げにアモルテンシアを1滴混ぜると言うのは一般的だけれど、どうやらこれはアモルテンシアを普通よりも多く使っているようだ。アモルテンシアを薄めて、そこに髪にいい成分を混ぜているらしい。レイチェルは蓋にリボンが結ばれた淡いピンク色の瓶を手に取った。
「私、これ、買おうかな……」
「へー。アモルテンシアってそんなに良い香りなの?」
「うん。授業で1度だけ嗅いだけど……」
花や果物やお菓子や、レイチェルの好きな香りばかりがちょうどいいバランスで溶け合っていて、どんな香水も敵わないだろうと思うような、夢のようなうっとりする香りだった。薄めているようだから、完全にはあのときと同じではないかもしれないけれど……似た香りが再現されるとしたら、とても素敵だ。
「うーん。それ、個人的にはやめておいた方がいいと思うな」
そんな声が聞こえてきたので、レイチェルは思わず顔を上げた。きょろきょろと辺りを見回してみると、レイチェル達の背中側にある通路に、見知った友人達が居るのが見えた。悪戯っぽい笑顔を浮かべているその2人は────。
「アンジェリーナ! アリシアも」
「やめておいた方がいいって、どうして?」
「だって、嗅いだ相手の好きな香りが、薔薇やミントの香りとは限らないでしょ?どうする?談話室で『君、髪からロティサリーチキンの匂いがする』って言われたら」
「『箒手入れ用のニスの香りがする』とかも」
アンジェリーナとアリシアが楽しげにクスクス笑って見せた。言われてみればその通りだ。嗅いだ人の好きな香りがちょっと風変わりだったとしたら、すれ違った人から『髪から奇妙な匂いがした』なんて不名誉な疑いをかけられる可能性もある。レイチェルはそっと瓶を棚に戻した。
「アンジェリーナ達は何を買うの?」
「色々。これ便利そうだよ。このポーチ、こんなに小さいけど検知不可能拡大呪文で化粧品一式入っちゃうんだって」
「あとこれも。ボディクリームなんだけど、保温とか保冷の効果があるらしくって。ドレスを着るとき、あった方が便利そうじゃない? 香りも色々あったよ。あっちに置いてある」
アリシアの言葉に、レイチェル達はボディクリームの棚へと向かった。どうやらさっき通ったときには、見落としてしまっていたようだ。テスター用に置いてあったクリームを手の甲へ広げてみると、塗った部分がじんわりと温かくなるのを感じた。確かにこれは、ドレスのときに便利そうだ。
「結構量あるわよね。共用でいける?」
「1度だけ使うのなら、十分じゃないかしら」
「でも、ドレスじゃなくても、寒い日にあると便利そう」
「じゃあ2つくらい買っておく? 私、バニラかフィグがいい」
どれがいいかと1つ1つ香りを試しながら、レイチェルはふと思った。ハーマイオニーへのクリスマスプレゼントはこれがいいかもしれない。値段もちょうどいいし、これと、もう1つくらい何かを添えよう。あの様子だと今日はこのお店には来ていないだろうから、被ることもないはずだ。今日は少しでも荷物を軽くしたいから、後で商品のリストをもらって、クリスマスが近くなったらふくろう便で取り寄せよう。
「ねえ、見て。このリップバーム。香りだけじゃなくて、味もチョコやストロベリーなんだって」
「お菓子みたいな感じってこと? ……何だかお腹すきそう」
「5分くらいすれば味は気にならなくなるみたいだよ。舐めたら別だけど」
どうやら新商品として売り出し中らしいリップバームに、5人は興味をそそられた。ずらりと並んだリップバームはパッケージもカラフルでかわいい。そう言えばレイチェルもリップバームは残り少なくなってきているので、1本くらい買い足しておいても悪くない。
「私、メロンかなあ。あ、でもオレンジ……」
「レモンもあるよ。スイカもいい香り」
「さくらんぼもいいな。うーん、でも桃とパッションフルーツも捨てがたいし……」
あまりにもたくさんの種類があったせいで、5人全員が気に入ったものを見つけるまでにはそれなりの時間がかかった。レイチェルも最後の2本まで絞り込んだ後、どっちにしようかと迷ったが、結局は「リップバームなんて何本あったって困らないのだ」とパメラが言い出したせいで、思い切ってどちらも買うことにした。……思い切りすぎたかもしれない。
「そう言えばさ、さっきケイティが教えてくれたんだけど。この少し先に、新しいカフェができたんだって。私達、この後行ってみようかって話してたんだけど、レイチェル達もどう?」
ようやく買い物を終えて店を出たところでアンジェリーナにそう提案されて、レイチェル達はぜひと頷いた。マダム・パディフットのお店に行くつもりだったが、あそこはきっと今日も混んでいるだろうし、新しいカフェと言うのはとても気になる。
「あ、ここだよ。ケイティの従姉の友達がやってるんだって」
アンジェリーナ達が連れて行ってくれたカフェは、ほとんど街外れに近い場所にあった。偶然通りかかることもない場所なので、たぶん教えてもらわなければ気付けなかっただろう。そのせいか、店内にはホグワーツ生の姿もほとんどない。けれど、きっと次回のホグズミードではきっと人気になってしまうだろうとレイチェルは思った。マダム・パディフットとはまた少し雰囲気が違うけれど、内装がとても可愛い。
壁紙は少し灰色がかったような淡いくすんだピンク色で、薄いグレーのタイルの上には少しアンティークな雰囲気の白いテーブルとイス。テーブルの上のクロスは艶やかな濃紺のベルベットで、銀色で統一されたティーポットや食器、それにテーブルに飾られた白や黄色のバラが映えてとても素敵だ。
ケーキもとてもおいしかった。ベリーやクリームがたっぷりのマダム・パディフットのお店のケーキもとても勿論おいしいけれど、濃厚なチョコレートムースや素材の味を活かしたレアチーズケーキは見た目はシンプルだけれど、買い物で疲れたレイチェル達には何よりのご褒美だ。
「そう言えばね、私達、クィディッチ用品店でクラムに会ったの!」
「びっくりしたわよね。まあ、店員のお兄さんが誰よりびっくりしてたけど」
「まあ……世界的なクィディッチ選手がいきなり現れたら、驚くわよね」
「クラムに緊張して青ざめるし、あのフラーって子にポーッとなって赤くなるしで、大変だったわよ。会計もめちゃくちゃ」
おいしいケーキに、おいしい紅茶。しかも紅茶はおかわり自由。となれば、自然と会話も進む。全員もう買い物には満足していたので、城に戻らなければいけない時間が来るまで5人はのんびりとおしゃべりをして過ごすことにした。
「あっ、見て。あれ、ロジャーじゃない?」
「デートは順調みたいね」
窓の外に、ロジャーが歩いているのが見えた。レイチェルの知らない、可愛い女の子と手を繋いでいる。たぶん、あの子がパメラの言っていたボーバトンの女の子なのだろう。こちらには気づいていないらしく、ぴったりと磁石でくっついたように寄り添っている2人は、とても楽しそうだ。そんな2人を見て、アリシアが羨ましそうに溜息を吐いた。
「いいなあ。私もデートしたーい」
「アリシア、それならあのハッフルパフの上級生と来ればよかったじゃない。誘われてたでしょ」
「違うの! 誰でも良いってわけじゃなくて! 好きな人とのデートがしたいの!」
「じゃあまず、その好きな人を作りなよ」
……デートかあ。ホグズミードで、デート。レイチェルはティーカップへと紅茶を注ぎながら考えた。ロジャーだけでなく、今も同級生の何人かはデートの最中なのだろう。デートって具体的には何をするものなのだろう。こんな風にお茶をしたり、さっきのロジャーみたいに手を繋いだり……?まあ、今のところ誰かに誘ってもらう予定もないけれど────思わずジョージの顔が浮かびそうになって、慌てて頭の中から追い出した。誘われる予定はない。ないったらない。
「……アリシアは、ホグズミードでデートするとしたら何がしたいの?」
「えー……別に、普通よ。ハニーデュークスで一緒にお菓子を選んだりとか、マダム・パディフットのお店でお茶したりとか……ヤダ、何か言ってて恥ずかしくなってきた」
照れたように頬を染めるアリシアは可愛い。今は好きな人は居ないと言っているけれど、アリシアが恋をしたら応援したいと思う。でも、アリシアに恋人ができたとしたら、こんな風にレイチェル達と一緒に過ごしてくれることはなくなるのだろうか。そう考えると、ちょっと寂しい気もする。
「レイチェルこそどうなのよ? こうしたいって理想のデートコース」
「えー……? 考えたことなかったけど……うーん……その、あんまり一緒に居るところを知り合いに見られるのは恥ずかしいかも……」
「2人っきりで過ごせる場所ってことね!それもいいわよねー」
「えっと……そうなるのかしら……?」
久々のホグズミード休暇を仲良しの友人達と過ごせたことが、レイチェルにはとても嬉しかった。