嬉しいことに、土曜日は雲ひとつないお天気だった。
久しぶりのホグズミード休暇だ。やりたいことは山ほどある。三本の箒のパイも食べたいし、もちろんハニーデュークスも外せない。文房具店で綺麗な色のインクや可愛いノートを買いたいし、雑貨屋だって見たい。素敵なものが見つかれば、新しいハンカチが欲しい。パメラが言っていたように、バスボムや紅茶も新しい商品が出ているはずだ。疲れたらマダム・パディフットのお店でケーキを食べるのもいいかもしれない。
いつも以上に行きたいお店が多いせいで、どの順番で回るか決めるのは難しかった。ああでもないこうでもないと意見を出し合い、とりあえず最初はアクセサリーから見ることになった。これはパメラの案だ。今日の買い物で優先順位が高いのは、何と言ってもパーティードレスに合わせるアクセサリーとコスメだ。アクセサリーは実物を見てみないと、通販のカタログの写真だけで選ぶのは難しい。同じように今日ドレスに合わせて買い物しようと考えているホグワーツ生は他にも居るだろうから、まだ商品がたくさん残っているうちに見た方がいいと言う意見に、レイチェルとエリザベスも賛成した。
コスメも実物を見たいのは同じだ。けれど、テスターで確かめることができれば、在庫がなくても後から取り寄せることもできる。だから、それほど急がなくても問題ないと言うのがパメラのプランだった。
とりあえず最初にアクセサリーを見てしまって、そのあとはお店の空き具合なんかを見て考える。全部回りきれるかちょっと心配だけれど、レイチェルやパメラに関して言えば、バッグや靴はエリザベスが貸してくれることになっているから、これでもたぶんドレスに関わる買い物は少ない方だろう。
「あっ、これ可愛い」
そんなわけで、ホグズミード村へとやってきたレイチェル達は、まず街外れにあるアクセサリーショップに向かった。学生のお小遣いでも手が届く安くて可愛いアクセサリーもたくさん置いている、ホグワーツの女子生徒のお気入りのお店だ。レイチェル達も何度も来たことがあったけれど、今日の目当てはいつもと違って華やかなパーティー用のアクセサリーのコーナーなので、ちょっと新鮮な気分だった。選ぶとき参考になるようにと、夏休みにマダム・マルキンの店で撮ってもらった写真も持ってきた。透き通った水色のガラスビーズがたくさんついたイヤリングは、あのドレスに合いそうだ。
「あっでも、こっちに色違いで淡いグリーンのもある。ドレスの色を考えたら、こっちの方がいいかしら?……どう思う?」
「好きな方でいいんじゃない?レイチェルのドレスの色なら、割と何でも合うわよ。白やピンクもいけるでしょ。シックにしたいなら、ネイビーとか、あとこのシャンパンみたいな色のとか」
「う……それも可愛い」
色とりどりのビーズやガラスはキラキラと眩いばかりに輝いていて、目移りしてしまう。想像するとどれも可愛い。でも、せっかくなら可愛いよりも大人っぽくしたいような気もする。レイチェルが迷っていると、エリザベスがアドバイスしてくれた。
「色味より、せっかくなら耳飾りはもう少し……華やかなデザインのものがいいかもしれないわ。髪もまとめるでしょう? 胸の部分の刺繍が印象的なドレスだから、ネックレスはつけないか、小ぶりなものの方がいいでしょうし……」
「パーティーだけじゃなく、それ以降も使いたいってことならあえて普段使いできそうなデザインにするって選択肢もあるけどね」
確かに。どれも素敵だけれど、ドレスに合わせることを考えるとちょっと地味なのかもしれない。レイチェルは手前にあった1つを持ち上げて、値段を確認した。……やっぱりたくさんビーズを使っているからか、普段買うアクセサリーより高価だ。となると、パメラの言う通りパーティー以外でも使えるようなデザインにしておいた方がいいだろうか? ますます迷いそうだとレイチェルが眉を寄せると、今度はパメラが助け舟を出してくれた。
「レイチェルのドレス、刺繍が花の模様だから……派手なやつって言っても、ハートとか星とか、あんまりごちゃごちゃしたデザインの奴は避けた方がいいだろうけどねー。例えばこう言う……」
「どうしたの?」
「……どうしよう、見て、これ。めちゃめちゃ可愛い」
パメラが真剣な表情で呟いた。レイチェルは、パメラが持っているイヤリングへと視線を向けた。複雑な曲線を組み合わせた細い銀のフレームに、大小さまざまな透明なガラスが散りばめられてる。まるで妖精の光を集めて作った小さなシャンデリアのようで、とても華やかだ。
「素敵だとは思うけれど……レイチェルの雰囲気なら、こっちの方が……」
「レイチェルじゃなくて! 私!私がつけるの」
不思議そうに言うエリザベスに、パメラがそう返した。
とても綺麗だけれど、どちらかと言えばレイチェルよりもパメラの方が似合いそうだな、と思ったら、やっぱりそのつもりだったらしい。あれ、でも、パメラは確か────。
「パメラ、貴方……今日はブレスレットと髪飾りだけ買うつもりだって言っていなかったかしら? ピアスは、お祖母さまから贈られたものをつけるからって……」
「そうなんだけど……えー、これ、可愛くない? 絶対あのドレスに合うでしょ。って言うかもうあのドレスに合わせるために存在してるんじゃない……?」
エリザベスの言う通り、パメラはそもそもピアスに合わせてドレスを選んでいた。パメラもわかっているから、悩んでいるのだろう。レイチェルはパメラの手元にあるイヤリングと、写真とを見比べた。パメラの選んだ綺麗な薄紫のドレスは、見せてもらったダイヤのピアスともよく合っていたけれど……想像すると、確かにこの華やかなデザインの方が、よりピッタリな気がする。
「……あのダイヤのピアスは、この先も使う機会があるんじゃない?パメラのおばあさまだって、何十年も使ってたんでしょ? 上品でシンプルなデザインだったし……」
「いいこと言うわレイチェル! うん、そうね!買うわ! これと、あとこのブレスレットと、あとこのバレッタ! ちょっと私、ピアスの在庫と色違いあるか聞いてくるから!」
「あっレイチェル、それに決めたの?」
「うん。これにする。付き合ってくれてありがとう、2人とも」
どうやら無事に在庫はあったらしい。しばらくしてお店の袋を抱えて戻って来たパメラに、レイチェルはニッコリした。迷ったけれど、結局はせっかくだからパーティーらしく華やかで大ぶりなデザインに挑戦することにした。真ん中にある大きめのガラスの周りを、小さな丸いガラスがぐるりと取り囲んでいる。さらにその外側をもう少し大きめのガラスが囲んでいるのが花びらのように見えた。髪飾りも同じく透明な小さなガラスと、そしてほんの少しだけ淡いブルーやミントグリーン、白のガラスが散りばめられているバレッタを選んだ。
「そのイヤリングなら、私の家にも似たものがあるけれど……よかったら貸しましょうか?」
「ううん。大丈夫。自分で買う。……だって、エリザベスの家にあるやつって、本物のダイヤか何かでしょ」
親切心で提案してくれたエリザベスに、レイチェルは首を横に振った。気持ちは嬉しいけれど、高価な宝石なんて、傷つけたりなくしたらと思うと緊張するから遠慮したい。バッグと靴を貸してもらえるだけで十分すぎるくらいだ。
「レイチェルもパメラも、気に入ったものが見つかったみたいでよかったわ」
「ありがとね、エリザベス! にしても本当、いつ使うのかしらねー、あのドレス」
「さあ……何か対抗試合に関係してるんだろうとは思うけど……」
「冬の間にやるなら、レイチェルは靴も寒色でそろえると可愛いんじゃない。ブルーとか」
「エリザベスのは、やっぱり靴もピンクで揃えた方が素敵だと思うわ」
すっかり満足して会計を終える頃には、店の中はすっかりホグワーツの女の子達で混み始めていたので、レイチェル達ははそんなおしゃべりをしながら店を後にした。
「次どこに行く?」
「ここからなら、近いのは文房具のお店じゃないかしら」
「その前にバスボム! あそこだけちょっと離れてるから、このタイミングで先に行っておきましょ!」
アクセサリーショップでの買い物が思ったより早く終わったので、昼食まではまだ余裕がある。混んでいなければ、もう1店舗か2店舗くらいは回れそうだ。パメラの言葉で、レイチェル達は村の外れにある雑貨屋へと向かった。陽気なお兄さんが1人でやっている、石鹸やバスボム、バスソルトなんかを豊富に取り扱っているお店だ。
「溶けると歌い出すやつはやめときましょ。うるさくて夜遅くに使えないもの」
「本当に爆発するものもね」
「これは? ぐっすり安眠効果だって!」
「材料に眠り薬が少量……?バスタブの中で眠ってしまったら、溺れて危険じゃないかしら」
本物のお菓子そっくりの香りがするもの、中から本物の薔薇が溢れだしてくるもの、魔法でできた綺麗な熱帯魚が泳ぎ出すもの。たくさんある新商品の説明書きを1つ1つ読んで、どれを買うか相談した。レイチェル達しかお客が居なかったからか、実際に商品の実演もいくつか見せてもらえた。何の変哲もないように見えた白いバスボムが、派手な音と花火を上げながらボウルの中に入った水を虹色に染めていくのを、レイチェル達は興味深く眺めた。
「この羽根ペン、すごく書きやすいわ。何本か買っておこうかしら」
「えー、でもなんかデザインが普通って言うか、地味すぎない? いかにも勉強用って感じ」
「勉強に使う予定ですもの。何か問題でも?」
次に来たのは、文房具店だ。小さな店内には、レターセットや羽根ペンがずらりと並んでいる。
新商品の羽根ペンを試してみて、エリザベスは感心したように言った。対して、パメラが見ているのはポップなオレンジ色の羽根ペンだ。まあどっちの言い分もわかるなと思いながら、レイチェルも羽根ペンを試し書きしてみた。確かに、書き心地がいい。
「ねえ、レイチェル。今の限定って何?」
「えーと……蛙チョコレートとのコラボみたい」
パメラの質問に、レイチェルはすぐ近くにあったポップを読み上げた。10月からの限定商品は、蛙チョコレートとのコラボ。蛙チョコレートの形をした便箋に、パッケージをイメージした封筒。シーリングスタンプもあった。飛び出している蛙チョコレートの図柄と、パッケージのデザインの図柄の2種類だ。シーリングワックスは、濃い青にところどころ金が混ざったものと、チョコレート色に金のラメが混ざったものの2種類。どちらもチョコレートの香りがついているらしい。
「ねぇねぇ、見て、こっちも可愛い!」
「本当だ。しかも限定だって!」
「うーん、可愛いけど、やっぱり自分だけのオリジナルで作りたくない?」
「でも、これも今しか買えないんでしょ? 両方とも買っちゃおうかな……」
通路の向こうからそんな声がして、レイチェルは視線を向けた。限定品のディスプレイの前で楽しそうにはしゃいでいるのは、どうやら3年生の女の子達だ。その中の1人に燃えるような赤毛を見つけて、レイチェルは思わず声をかけた。
「ジニー?」
「レイチェル!」
友人達から少し離れたところで商品を見ていたジニーは、レイチェルに気が付くと駆け寄って来てくれた。頬が紅潮しているのは寒さのせいもあるかもしれないけれど、その瞳はいつも以上に好奇心いっぱいにキラキラと輝いている。
「ジニーは初めてのホグズミードよね。楽しんでる?」
「とっても!」
とびきりの笑顔を見る限り、満喫できているようだ。そうだろうなあとレイチェルは微笑ましくなった。気持ちはとてもよくわかる。レイチェル達も3年生の初めてのホグズミード休暇のときは、何もかもが新鮮で楽しかった。仲良しの友達と一緒なら尚更だ。
「レイチェルが前にくれたの、ここの商品だったのね」
今も大事に使ってるよ、とジニーがニッコリした。そう言えば、前にジニーにこのお店のシーリングスタンプをあげたことがあった。ジニーの好きな猫の柄のものだ。商品の入れ替わりが早いせいで、同じものは手に入らなかったから、レイチェルのお古になってしまったけれど。そして、ついさっきジニーが熱心に見ていたのは────。
「見てこれ、すっごく可愛い。けど、買えない……3ガリオンからって高すぎない?」
「あー……カスタマイズできるのって、他のより高いのよね」
自分のイニシャルと、好きな図柄と、シーリングワックスの色を2色まで選べるセット。レイチェルもエリザベスやパメラと一緒に以前作ったことがある。たぶん、ホグワーツの女子生徒のほとんどは1つは持ってるはずだ。自分で組み合わせて作れるだけあって、その分値段は他の既製品よりも高価だった。
「ジニー! 私達、注文してくるけど、ジニーは作らない?」
「私はいいや。今の気に入ってるから」
そんな風にジニーに声をかけた友人達に向けて、ジニーはそんな風に肩を竦めた。今の、とはレイチェルがあげたものだろうか。確か……1年生のときだったから、もう2年近く前だ。ジニーの声は明るかったが、友人達が店の奥へと消えて行くのを眺めるジニーは、どこか羨ましそうに見える。そんなジニーを見て、レイチェルの頭にある考えが浮かんだ。
「……この新色の黄色、可愛い色よね」
「それより、こっちの水色がいいな。このピンクと組み合わせたら素敵じゃない?そこにこのドライフラワー混ぜたら絶対可愛い」
「私、このカップケーキの図柄が好き」
「それも可愛いけど、私はやっぱりこっちの猫のやつが好き。右の、首にリボンがついてる方」
「じゃあね、レイチェル」
「ええ。楽しんで」
ジニー達が店から出て行ったのを確認して、レイチェルはそっと注文用紙を1枚取った。そこへ、さっきジニーが言っていた組み合わせを書き込む。次のホグズミードは2ヶ月後だから1月。ちょうどいい。ジニーへのクリスマスプレゼントはこれにしよう。
あとは────レイチェルは、自分用の買い物を、いくつか手に取った。
「あ、レイチェルも蛙チョコのやつ買うの?」
「うん。パメラも?」
「たくさん持ってても、限定って聞くとつい欲しくなっちゃうのよねー」
限定品のシーリングスタンプ。今しか買えないのと、デザインが可愛いと言うのも理由だけれど。さっきのジニーとの会話で、そう言えば以前ジョージに手紙を送ろうとしてそこに捺せるようなデザインのものがなくて困ったことを思い出したのだ。
また、ジョージに手紙を出す機会があるかどうかはわからないけれど……1つくらい、無難なデザインのシーリングスタンプを新調しておいた方がいいだろう。
「ごめんなさいね。ついさっき満席になったところなのよ」
文房具店に予定より長居してしまったせいか、それとも道で同級生グループと会って話しこんでしまったからか、はたまたその両方か。レイチェル達が三本の箒に着くと、マダム・ロスメルタにそう苦笑されてしまった。開店と同時に入る予定が、間に合わなかったようだ。
「どうしよう?」
「並んでると、結構時間厳しいかも」
「あ、やっぱり。 レイチェル」
「セド?」
「席がないの?」
一足遅かったとレイチェルが小さく溜息を吐いていると、そんな声が聞こえた。振り返ると、近くのテーブルでセドリックが立ち上がるのが見えた。その通りだとレイチェルが頷くと、セドリックは向かいの席に座っている誰かへと話しかけていた。
「彼女達、僕の友達なんだ。……えっと、ここに一緒に座ってもいいかな?」
柱の影になってレイチェルからは見えないけれど、いつもの友人達だろうか?それにしては何だか話しかけている内容が奇妙だし、人数的に言ってもレイチェル達3人と相席は難しい気がするけれど……。不思議に思っていると、セドリックが手招きした。
「相席で構わないって。どうぞ」
「いいの?」
「ありがとう、セドリック!」
「助かるけれど、何だか申し訳ないわ……」
エリザベスの言う通り、何だかちょっと罪悪感があるけれど、願ってもない申し出だ。レイチェル達はその言葉に甘えることにして、セドリック達のテーブルへと向かった。そして────そこに一緒に座っていた予想外の人物に驚いた。
「えっと…………こんにちは」
困惑しつつ、レイチェルがどうにか言葉にできたのはそれだけだった。レイチェルの挨拶に、そこに座っていた2人────クラムは軽く会釈を返してくれたが、フラーは頬杖を突いたままレイチェル達を一瞬見ただけで、すぐにまた興味がなさそうに視線を外した。
「えっと、彼らのことは知ってるよね。クラムとフラー。彼女はレイチェル。それと……」
一番奥の席にフラー。その向かいにセドリック。フラー側にクラムとパメラ、セドリック側にはレイチェルとエリザベス。唯一全員と知り合いのセドリックが紹介をしてくれたが、テーブルには気まずい沈黙が広がっていた。セドリックはいつも通りだけれど、代表選手が3人……と言うか、この3人が揃うと何だか妙にオーラと言うか、迫力がある。そして、ものすごく周囲の視線を感じる。
「フラーに、ホグズミードを案内してほしいって言われて。それで僕がクラムを誘って、3人で回ってたんだ。せっかくだから、ハリーも誘おうかなと思ったんだけど……何て言うか、かえって彼に気を遣わせそうな気がして……」
「あー……」
「私、フィッシュアンドチップスにしよっと。エリザベスはビーフシチューでしょ。レイチェルは?」
「うーん……ミートパイ……でもシェパーズパイもおいしそう……」
三本の箒は何もかもがおいしいので、いつも迷ってしまう。だから今日は、ミートパイにしようとあらかじめ決めて来たのだけれど。さっき入口のところに、今日のオススメはシェパーズパイだと書かれていたので、そっちも捨てがたい。
「セドリック達は、午前中どこ行ったの?」
「ゾンコと郵便局。あとはハニーデュークスも行ったよ。この後は叫びの屋敷や、クィディッチ用具店も見に行こうと思ってる」
パメラとセドリックがそんな会話をしている間も、レイチェルは迷っていた。
……うーん、やっぱりせっかくだから日替わりのシェパーズパイにしよう。そう決めてメニューを閉じると、こっちを振り向いたセドリックと目が合った。
「そうだ、レイチェル。ハニーデュークスの新商品で、砂糖羽根ペンのラズベリー味が出てたよ」
「えーっ! いいなあ……まだ売り切れてなかった?」
「そう言うと思って。レイチェルの分も買ってあるよ」
「本当? 嬉しい!セド、大好き」
「知ってる」
思わずニッコリすると、フラーとクラムが驚いたようにレイチェルとセドリックを見比べた。……何か、聞き取りにくい単語でもあっただろうか? レイチェルが首を傾げていると、マダム・ロスメルタがやって来た。
「お嬢さんたち、ご注文は?」
「バタービール3つください。それに、ビーフシチューとシェパーズパイ。フィッシュアンドチップスも」
「……あらまあ、朝からたくさんお買い物したのね。椅子がもう1つ必要かしら?」
マダムが笑った通り、レイチェル達の買い物袋はほとんど椅子からはみ出そうになっている。1つ1つはそんなに大きな包みじゃないけれど、数が多いせいでかさばるのだ。持ってきてもらった椅子へ荷物を移していると、アクセサリーショップのロゴを見てマダムが「もしかして」と呟いた。
「貴方達も、ドレスに合わせて色々用意してるのかしら?あっちのテーブルの子達も、何を買おうかって相談していたわ」
「ええ。そうなんです」
「化粧品も一緒に揃えるのかしら?それなら、先月メインストリートから1本外れたところに、専門店ができたのよ。学生さんや、若い魔女向けの」
よかったら行ってみたら? とマダム・ロスメルタがウインクした。それは嬉しい情報だ。いつも行っている雑貨屋や薬局にも置いてあるのでそこで買おうかと話していたけれど、専門店ならきっと種類が豊富だろう。
「ドレス? パーティーのドレスですかー?」
「ええ」
「ボーバトンではー、学校が用意してくれまーす。靴も、ドレスも、みんなの分ありまーす。オグワーツは、違うですねー?」
ずっと不機嫌そうに黙っていたフラーが急にそんなことを言い出したので、レイチェルは驚いた。そして、フラーの笑い方がホグワーツを馬鹿にしている気がしてちょっとムッとした。が────もしかしたら、フラーがレイチェル達に合わせて英語で話してくれているせいでそう感じるのかもしれない。レイチェルも、外国語で感じ良く話せと言われたらたぶん無理だ。
「みんなでおそろいのドレスって、素敵ね。思い出になりそう」
「そう? 私は自分が好きなの着たいけど。それに、何百人も同じドレスってちょっと不気味よ」
確かに、パメラの言うことも一理ある。ボーバトンの選手団の女の子達は10人くらいだからおそろいのドレスを想像すると華やかだけれど、ホグワーツ生でパーティーに参加するのは全校生徒の半数以上なのだ。それに、パメラやエリザベスのドレスがレイチェルに着こなせるとも思えないので、好きなドレスを選べてよかったのかもしれない。
「ダームストラングも、皆でおそろいのドレスローブなの?」
「さあ……。わからない。よく知りません」
さっきから1人会話に取り残されているクラムに話を振ってみると、小さな声だったけれどそう返事をしてくれた。
それぞれの学校のことや、ホグズミードのこと。ほとんど初対面同士で気まずいなりに、どうにか和やかに会話をしていると、マダム・ロスメルタが食事を運んできてくれた。せっかく出来たてなのだから、冷めないうちに。レイチェルの目の前には、湯気を立てたシェパーズパイだ。やっぱり、マダムのおすすめだけあってものすごくおいしい。幸せな気分で焼き立てのパイを味わっていると、セドリックがあれ、と声を出した。
「レイチェル。頬のところ、何かついてる」
「え? 嘘、どこ? こっち?」
「そこじゃなくて……こっち向いて。ここ。 ほら、取れた」
セドリックが苦笑して、レイチェルの頬を指で軽く擦った。その指先についた鮮やかなオレンジを見て、レイチェルはその正体に思い至った。たぶん、さっき文房具屋で試し書きをしたせいだ。気づかないうちに、インクが付いたままの手で顔に触ってしまったのだろう。
「ありがと、セド」
「どういたしまして」
自分では全然気が付かなかったから、セドリックが気づいてくれてよかった。ずっと顔にインクがついたままと言うのは恥ずかしい。
再び食事に戻ろうとフォークとナイフを手に取ったところで、レイチェルはハッとした。斜め向かいに座っているフラーが、信じられないと言いたげな、驚いた表情をしていたからだ。
「ごめんなさい……もしかして、私、お行儀悪かった?」
そう言えば、フランス人は食事のマナーに厳しいと聞いたことがある。普通に食事をしていたつもりだったけれど、もしかしたらレイチェルの行動のどれかが、フラーから見るとすごく無作法だったのかもしれない。レイチェルが赤くなると、パメラが溜息を吐いた。
「違うと思うわよ。……今更だけど、貴方達って本っ……当に、仲良いわよね」
呆れたようにそう言われて、レイチェルとセドリックは思わず顔を見合わせた。