セドリックの前で対抗試合の話をするときのホグワーツ生達は、みんなとても感じが良い。
頑張ってと応援してくれたり、課題に役に立ちそうな本や呪文を教えてくれたり、活躍を楽しみにしていると笑いかけてくれたり。だから、セドリックの側に居ることが多いレイチェルは、気づかなかったのだ。ハリー・ポッターの代表選手入りに怒っている人達が居ることや、彼らがヒソヒソ彼の悪口を噂していることは知ってはいたけれど────てっきりまた、本人には直接言えないからヒートアップしてしまっているのかと思っていた。……それも十分に、良くないことだろうとは思うけれど。本人もバッジの存在や陰口を知ってショックを受けているんじゃないかと心配だったけれど、それどころではなかった。まさかあんな風に直接的な嫌がらせをされたり、意地悪を言われたりしていたなんて。
ハリー・ポッターが言っていたように、あの新聞記事に書かれていたことはデタラメで、彼がゴブレットに自分から面白がって名前を入れたのが誤解なら────レイチェルはそれを信じる────今の状況はあまりにも理不尽で、気の毒だ。できるなら何とかしてあげたい。

「ハイ、ハリー」

とは言え、少なくとも今のレイチェルに、この状況を解決できるような名案はない。
唯一レイチェルにできることと言えば、ハリー・ポッターと廊下や大広間ですれ違ったときに挨拶をするくらいだった。グリフィンドール生以外にも、ホグワーツには彼を敵視していない人間も居るのだと伝われば良いなと願って。あまりにも些細なことだし、ちょっと照れくささもあったけれど、今の彼にとってはそんな些細なことだけでも少し気が軽くなるんじゃないかなと思ったから。ハリー・ポッターの方も最初の2、3回は驚いたり、自分以外の誰かに話しかけたんじゃないかと思ったのかキョロキョロと不思議そうに周囲を見回したりしていたけれど、今ではちょっと困ったような、照れたような笑顔を返してくれるようになった。
でも、それだけだ。そもそも、6年生でレイブンクロー生のレイチェルと4年生でグリフィンドール生のハリー・ポッターだと、すれ違うのなんて週に数回あるかないかだ。レイチェル1人が彼を応援したところで、100人以上の生徒が彼を嫌って意地悪を言っている事実は変わらない。挨拶をするだけなんて言うのは、ほとんど意味がないどころか、ただのレイチェルの自己満足かもしれない。

「「はぁ……」」

一体どうしたものだろう。暖炉の炎を眺めながら思わず溜息を吐いたら、誰かの溜息と重なった。下級生は授業を受けている時間だから談話室はほとんど無人だったはずだけれど、いつの間にか近くに誰か居たらしい。顔を上げてキョロキョロと辺りを見回すと、ペネロピーと目が合った。

「……ペニー、どうしたの? 何か、心配ごと?」
レイチェルこそ」

てっきり周りに人が居ないと思っていたのは、どうやらお互い様だったらしい。気まずそうに苦笑したペネロピーを見て、レイチェルはおやと思った。何だか、疲れているように見える。レイチェルは暖炉の前から立ち上がると、ペネロピーの座るソファの空いたスペースへと移動した。

「私は……対抗試合に関して、ちょっと」
「それは……壮大ね」
「ペニーの方は? ……何か、私でも力になれそうなこと?」

悩み事と言うのは、誰かに聞いてもらうだけでも少し気持ちが軽くなるものだ。少なくとも、レイチェルはそうだ。談話室で1人考え事をしていたと言うことは、ルームメイトには話しにくいことなのだろう。学年が違うレイチェルになら、話しやすいかもしれない。 ……NEWTや進路に関する悩みだとしたら、レイチェルでは役に立たないだろうけれど。

「あのね……今週末、ホグズミード休暇があるでしょ?」
「ええ」

ペネロピーは少し躊躇った様子を見せたけれど、結局は話してくれるつもりになったらしい。
ペネロピーの言う通り、対抗試合の話題にかき消されてしまっているけれど、今週の土曜日にはホグズミード休暇がある。先週掲示板に告知されていた。レイチェルもパメラ達とドレスローブに合わせて色々と買い物をする予定なので、とても楽しみだ。

「パーシーも週末なら休みのはずだから、ホグズミードで会えたらって思ったんだけど……忙しいって断られちゃったの」

よく見れば、ペネロピーの手には手紙が握られていた。確かにそれは、落ち込んでしまうのも納得だ。ただでさえ今回のホグズミードはいつもより1ヶ月も遅かったし、この機会を逃せば次はまた2ヶ月後だ。つまり、次にペネロピーとパーシーが会える可能性があるのも最低でも2ヶ月先になってしまう。

「もう、何ヶ月も顔を見てないの。ずっと、手紙のやり取りだけ。……こんなので、付き合ってるって言えるのかしら」

ペネロピーがもう一度溜息を吐いた。レイチェルには恋人が居たことがないからペネロピーの気持ちは理解できていないかもしれないけれど……寮や学年が違うとは言え、去年までは同じ城の中で会っていたのに、急に何ヶ月も会えないと言うのは、きっとものすごく寂しいし、不安になるだろう。

「パーシーだって、ペニーに会いたくて仕方ないに決まってるわ。こんなに優しくて素敵な恋人が居て……すごく寂しいはずよ。絶対そう。私が男の人だったら、ペニーみたいな人と付き合いたいもの」

レイチェルは思わずペネロピーをぎゅっと抱きしめた。本当はたぶん、レイチェルよりもパーシーが抱きしめた方がペネロピ―は元気が出るのだろうけれど……今ここには居ないのだから仕方ない。慰めのための言葉じゃなく、心からそう思う。たった1つしか違わないのに、優しくて賢くて落ち着いている。ペネロピーは、レイチェルの憧れの上級生だ。

「……ありがとう、レイチェル

レイチェルの肩口で、ペネロピーがくすりと笑う気配がした。顔を上げて微笑んだペネロピーは、やっぱりとても可愛い。憂いのある表情も綺麗だけれど、やっぱり笑った顔の方が魅力的だなと思う。……そう言えばハーマイオニーも、最近疲れた顔をしていることが多いから心配だ。

「前にも、パーシーが……魔法省は今すごく忙しいって教えてくれたでしょ。知らなかったら、ケンカしちゃってたかも。『何でたったの1日くらい時間を作ってくれないの!?』なんて」

寂しいけど我慢する、と。そんな健気な言葉に、レイチェルはぎゅっと胸が締めつけられた。
信じられない。こんなに素敵な恋人を、ほったらかしにするなんて! ……社会人って、やっぱりそんなに忙しいものなんだろうか? レイチェルは卒業後を思って何だか薄っすらと不安になった。

「仕事もまだ慣れてないだろうし、余裕がないのよね、きっと。……無理してないといいんだけど」

ペネロピ―はそう言って、手紙を胸に抱いた。囁くように語るその瞳は、とても優しい色をしている。ペネロピーの雰囲気が温和なのは元々だけれど、恋人のパーシーについて話をするときは、ますますその表情が柔らかくなる。だから、パーシー・ウィーズリーのことはよく知らないけれど、ペネロピーからパーシーの話を聞くのは好きだ。

「それよりレイチェル……時間、大丈夫? 私は次も休講だけど……そろそろ授業始まるわよ?」
「あっ」

言われて時計を見てみれば確かに、もう次の授業まであと15分しかない。大変だ。レイチェルはペニーに別れを告げて、慌ててレイブンクロー塔の階段を駆け下りた。

 

 

「よぉ、レイチェル。大丈夫かい?」
「ええ、まあ……」

よりによって、レイチェルの次の授業は魔法薬学だった。
どうにかギリギリ始業のベルが鳴る1分前に滑り込むことができたけれど、高い塔のてっぺんにあるレイブンクローの談話室から、地下にある魔法薬学の教室へ大急ぎで移動すると、それなりに、かなり、ものすごく消耗する。ゼエゼエと肩で息をするレイチェルに、前の席に座っていたジョージが振り返ってニヤッと笑った。そのとき、レイチェルはふとある違和感に気が付いた。けれど、それについて口にする前にスネイプ教授が教室に入って来てしまった。

「あの……変なこと聞くんだけど……」

調合の時間になると、材料を刻む音や鍋の中身が沸騰する音で騒がしくなる。つまり、多少ならおしゃべりをしたとしてもかき消されてしまう。スネイプ教授の巡回がまだ近づいて来ていないことを確認して、レイチェルはさっき授業が始まる前から感じていた“違和感”について尋ねてみることにした。

「ジョージ……なのよね……?」

何って、今隣で調合しているジョージに対してだ。慣れた手つきで大鍋でかき回していたジョージは、レイチェルの言葉に驚いたように目を見開いた。そして、まじまじとレイチェルの顔を見返していたけれど────やがて、ニヤッと笑ってみせた。

「へぇ。とうとう1人でも見分けがつくようになったんだな」
「何となく……いつもと違う、気がしたから……」

と言うことは、やっぱり今ここに居るのはフレッドなのだろう。
どうやら、レイチェルの感じた違和感は正しかったらしい。さっき話しかけられたとき、いつもこの教室で会っている“ジョージ”と目の前に居た“ジョージのはずの男の子”が、どこか違う気がした。はっきりと確信を持てたわけではないし、どこがどう違うかはっきりと言い当てることはできないけれど。次回もまた見分けられるかも、自信がない。

「ふぅん」

レイチェルの返事を聞いて、フレッドはますます面白そうな声になった。
まるで、新しい玩具を見つけた子供みたいな顔だ。そんな表情も鏡映しみたいによく似ているのに、やっぱりどこか違う。……何が違うんだろう?

「俺達2人を見分けてるんじゃなく、ジョージを見分けてるのか」

フレッドの言葉に、レイチェルは思わず雛菊の根を刻んでいた手を止めた。
そうなのだろうか? そうなのかもしれない。確かにフレッドの言う通り、レイチェルが見分けられたのは「ジョージじゃない気がした」からだ。それならたぶん、そう言うことになるのだろう。
レイチェルは思わずフレッドの顔を見返した。意味あり気に目を細めるフレッドと目が合って、何だか落ち着かない気分になった。
別に、たぶん今フレッドが誤解しているみたいに、レイチェルがジョージを見分けていたとして、それは別にジョージに対して“特別な感情”があるからではない……はずだ。ただ、単にジョージの方が顔を合わせる機会が多いからで────。

「……ス・グラント。ミス・グラント

そんな風に低い声に名前を呼ばれて、レイチェルはハッとした。俯いていた顔を勢いよく上げると、レイチェルの机のすぐ傍にスネイプ教授が立っていることに気が付いた。冴え冴えとした冷たい黒い瞳が、レイチェルを見下ろしている。

「あ……」
「何か深刻に考え込んでいる様子のところを申し訳ないが、今日の授業はもう終わりましたがね」

スネイプ教授の言葉の通り、周りには既に他の生徒達の姿はなかった。
確か、どうにか調合を成功させて瓶に詰めて提出したところまでは覚えている。その後にレポートの宿題についてと、次の授業は教科書とは違う順番でやると説明があったような気がする。何章だったっけ。そのあたりから記憶が途切れている。

「言い訳は結構。授業中に集中を欠いたことに対して、レイブンクロー5点減点。それと、少し我輩の作業を手伝いたまえ」
「……はい。すみません、教授」

レイチェルはガッカリと項垂れた。……ああ、今日は調合の前に質問に答えて珍しく5点も加点してもらえたのに。差し引きゼロだ。レイチェルは思わず溜息を吐きたくなる衝動を飲み込んで、ローブを翻して準備室へと向かうスネイプ教授の背中にトボトボとついて行った。

「これがリストだ。我輩はこちら側の棚から確認する。君は反対側からだ」

レイチェルが言いつけられた仕事は、想像していたよりも単純なものだった。魔法薬学の準備室の一角にある薬品庫。ずらりと天井から並んだ大量のガラス瓶の中から、リストに載っている材料を見つけて、そこに書かれた量と、実際の在庫が相違ないか確認すること。単純だし、汚れる作業じゃなくてホッとしたけれど、時間はかかりそうだ。リストはずらりと長いし、羊皮紙数枚に渡っている。この後、友人と約束があるんです────とは言えない。
レイチェルは覚悟を決めて、リストを握り締めた。こうなれば、集中して作業して、少しでも早く終わらせるしかない。

「ミス・グラント。……君は、忘却術士を志していると聞いたが」
「……はい」

ようやく1枚目の羊皮紙の確認が終わりそうなところで、スネイプ教授にそんな風に話しかけられたので、レイチェルは思わず作業の手を止めた。
それは事実だし、別に隠すことでもないけれど、誰から聞いたのだろう。ルーピン教授……とは思えないし、寮監のフリットウィック教授だろうか。

「魔法薬に関係する職に就くつもりはないのかね」

レイチェルは思わず、自分の聞き間違いなんじゃないかと耳を疑った。
スネイプ教授には失礼かもしれないけれど……もしかしたら、『忘却術には繊細で高度な魔法のコントロールが必要だから、君には無理だろう』とか、厳しいことを言われるんじゃないかと思ったのに。

「あ……えっと……その、憧れはありますけど、私には……そんな、無理です」
「我輩はそうは思わんが」

レイチェルはどう返事をしていいものかわからず、口ごもった。予想外だけれど、嬉しい。まさか、あのスネイプ教授にそんな風に言ってもらえるなんて。
魔法薬学の専門家や、研究職。進路を決めようと悩んでいたときに、選択肢として考えなかったわけじゃないけれど、結局は敬遠してしまった。そう言った職業のほとんどは魔法薬のNEWTで好成績を修めることが条件だし、そもそもOWLで優をとれるかどうか、自信がなかったから。

「あれ?」

沈黙が何だか気まずくて、レイチェルは再び作業に集中しようとした。が、その手はすぐに止まってしまった。これまではリストとピッタリ一致してたのが、今手に取った瓶の中身はリストに記されている量の半分にも満たなかったのだ。

「教授。毒ツルヘビの皮が足りません」

リストと合わない材料は他にもあった。二角獣の角の粉末。こちらも、誤差で済むようなレベルではなく、ごっそりと減ってしまっている。確か、この2つともそれなりに高価で希少な材料だったはずだ。このリストにあるものの中では、特に。

「薬問屋が仕入れを間違えたんでしょうか?」
「そんなはずはない。我輩が確認している。……もっとも、どうにかして我輩の目と数字を誤魔化した可能性もあるが。そこまで愚かではないだろう」

確かに。薬問屋にとってみたら、ホグワーツは今後も半永久的に取引が見込める大口の仕事相手のはずだ。後々バレたときのリスクを考えれば、仕入れを誤魔化すなんて馬鹿げたことはしないだろう。レイチェルがリストに在庫の量を書き加えていると、スネイプ教授が振り向いた。

「さて、ミス・グラント。これらの材料から推量される魔法薬を挙げたまえ」
「えっ」

授業中でもないのに、急に質問されてレイチェルは戸惑った。
魔法薬の種類なんて、スネイプ教授の方が詳しいに決まっているのに、どうしてわざわざレイチェルに聞くのだろう?……いや、むしろ、スネイプ教授だとたくさんの魔法薬を知りすぎていて、かえって絞れないのかもしれない。生徒が盗んだとすると、確かにレイチェルでも知っている魔法薬の可能性が高い。そして、珍しい材料だから当てはまる魔法薬もそんなに多くない。

「それぞれ別の魔法薬を煎じるのに使ったとすると、陶酔薬やしゃっくり咳薬。全てを同じ魔法薬に使ったとすると、強化薬や骨生え薬……それに、毛生え薬も」

どうにか頭の中から知識を引っ張り出しながら、レイチェルは内心でこれはまずいかもしれないと焦った。OWLの試験対策でかなりの数を覚えたはずなのに、既に忘れかけている気がする。まだ試験からたった半年しか経ってないのに。

「あとは……ポリジュース薬?」

レイチェルが首を傾げると、どうしてか教授の唇が「ポッター」と動いた気がした。

 

 

 

結局、スネイプ教授は調べたいことがあると言って薬品庫から出て行ってしまったので、レイチェルもそこで解放された。なので、リストを渡されたときに覚悟したよりはずっと早く終わったけれど、それでもやっぱり大遅刻だ。

レイチェル
「セド! 待たせてごめんね」
「それは気にしなくていいけど……大丈夫だった? 珍しいね、レイチェルが魔法薬学の授業でぼんやりしてるなんて」

待ち合わせ相手であるセドリックは、既に図書室に居た。机の上には既に分厚い本が何冊も積まれている。教授に用事を言いつけられたのなら仕方ないとセドリックが快く許してくれたので、レイチェルもそこから調べ物に加わることにした。

「この本はダメそう。『バジリスクを瞬く間に倒す呪文』って……これ、本当に効果あるの?」
「どうだろう。効くかどうかを試すのがそもそも難しい気がするな……失敗できないし……」

ここのところ、レイチェルはセドリックと2人で図書室で過ごす時間が多くなっていた。単純に去年までと違ってセドリックのクィディッチの練習がないので、その分を対抗試合の課題の対策に充てている。とは言っても、課題が何なのかわからない以上、対策と言ってもほとんど手探り状態なのだけれど。

「奥付の参考文献に載ってる……この『古代の恐ろしい怪物と英雄たち』って本の方が役に立つかもしれないわ。探してみる」

レイチェルは椅子から立ち上がり、本棚へと向かった。
第1の課題まではもうあと1週間しかない。11月に入ってからずっと、セドリックもレイチェルもかなりの数の呪いや防衛呪文の本を読んだし、呪文の練習もしてきた。とは言え、ホグワーツの蔵書は読み切れないほどたくさんあるし、その内容がわからない以上、「これでもう対策は十分だ」と安心できることもない。いくら勇気を試すためとは言っても、もう少しヒントをくれても良さそうなのに。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「届かない……」

さて。目的の本は見つかったが、背伸びをしてみても、レイチェルの身長では届かない。呼び寄せ呪文か浮遊呪文を使えば取れるけれど、間違いなく大量の埃が降り注ぐだろう。諦めて、踏み台を探しに行くしかないだろうか。あともうちょっと、とレイチェルがつま先立ちでフラフラしていると、後ろから誰かの手が伸びてきて本を取ってくれた。

「あ、セド、ありが……」

てっきり、レイチェルが戻って来るのが遅いからセドリックが来てくれたのだろうと思ったのだ。そう思って斜め上に向かって振り向いたら、そこに居たのはセドリックではなかった。鼻先が触れ合いそうな近さにあった顔に、レイチェルは驚いて────距離を取ろうと反射的に後ずさった結果、思い切り本棚に肩と背中をぶつけた。

「あっぶね……大丈夫か?」
「だ、大丈夫……ありがとう」

そしてレイチェルが勢いよくぶつかったせいで、バサバサと頭の上から本が降って来た。覆いかぶさるようにして庇ってもらったおかげで、レイチェルにはその1冊も当たらなかった。と言うことは、落ちてきた本は全て相手にぶつかったと言うことだ。

「あなたの方こそ……痛くなかった?」
「まあ、どうにかね」
「ごめんなさい。セドかと思ったの。違ったから、驚いて……」

レイチェルは申し訳なさに眉を下げた。結構分厚い本もあったみたいだし、痛かったんじゃないだろうか。本と一緒に降って来た埃にケホケホと咽せているせいで、燃えるような赤毛はつむじしか見えない。けれど、さっき一瞬見たときの感じは─────。

「ジョージ……よね」
「ん? ああ。そっか。今日の魔法薬学、フレッドが出てたもんな」

今度はたぶん、本物のジョージだ。そう言えば、そもそも魔法薬学を履修しているのはジョージなのに、どうしてフレッドが授業に出ていたんだろう? 体調不良なのだろうかと勝手に思っていたけれど、この様子だとどうやら違うようだ。

「時々、交換して授業に出てるんだ。その方が、何かいいアイディアが浮かぶかもしれないし」

ジョージが呑気そうな口調で言った。
……何だかこの体勢は嫌だなと、レイチェルは落とした視線を彷徨わせた。落ちてきた本から庇ってくれたのはわかっているし、助かったけれど、とにかく距離が近い。ジョージの声が耳のすぐ傍で聞こえるから何だか背筋がゾワゾワして落ち着かない。

「林檎みたいだな」

ふ、とジョージが可笑しそうに声を漏らすのがわかった。気づかれないように俯いたつもりだったけれど、この距離ではやはり無意味だったらしい。自分でも自覚しているけれど、たぶん、と言うか絶対に、今のレイチェルの顔は赤いだろう。レイチェルの頬にかかって髪を払って、ジョージの手が直に皮膚に触れる。その指先の冷たさに、無意識にレイチェルの肩が跳ねる。そのせいかどうかはわからないけれど、ジョージがようやく離れてくれたのでレイチェルはホッと息を吐いた。

「…………誰にでもそうなの?」
「そうって?」

ジョージは杖を取り出すと、浮遊呪文を使って床に散らばった本を片付けて行く。その背中に、レイチェルはぽつりと呟いた。わかっている。さっきのはジョージの手が冷たかったんじゃなくい。レイチェルの頬が熱いのだ。そして、その熱はまだ引きそうにない。ジョージはいつも通りで、今の出来事に対してだって、何とも思っていなさそうなのに。

「親切すぎるって言うか……距離が近いって言うか……」

レイチェルが意識し過ぎなのかもしれないとも思う。もう16歳なのに、異性に対する免疫がなさすぎる。セドリックは別として。とは言え────ジョージはジョージで、やっぱり友人に対するものとしては距離が近いような気がする。

「だとしたら、女の子が相手のときは、気を付けた方が良いと思うわ。あなたにはそんなつもりないんだろうけど、その、何て言うか、少し……思わせぶりに見えるし……された方は、勘違いするもの」

友人相手なら、誰に対してもこうなのだろうか。以前みたいに髪に触れたり、今みたいに頬に触れたり。アンジェリーナとか、アリシアに対しても。あの2人なら長い付き合いだから気にしないのかもしれないけれど、こんな風に急に距離を詰められると、レイチェルは動揺してしまうし、意識してしまう。たぶんそれは、レイチェルだけに限ったことではないはずだ。こんな風に、ジョージに振り回されている女の子が、ホグワーツには他にもたくさん居るのだろうか。

「へぇ。勘違いしたのかい?」

ジョージのからかうような口調に、レイチェルはハッとした。確かに、今のレイチェルの言い分だと、そう言っているのも同然だ。実際、最近のレイチェルがジョージのことを意識してしまっていたのは事実だ。でも、それを本人の前で素直に認めるのは恥ずかしい。

「そっ……そうじゃなくてっ。私はただ、一般論を……」

レイチェルは慌ててそう言い繕った。
もしかしたらジョージは、自分のことが好きなんじゃないか、と。確かに今年に入ってから、何度か考えた。でも、勘違いしているわけじゃない。たぶんレイチェルの反応を面白がって、からかっているだけだろうとわかっている。勘違い“しそうになった”だけだ。焦りのせいでまたしても頬に熱が集まって来ているのがわかるから、ジョージの顔が見られない。バレたら、絶対からかわれる。

「なんだ。残念」

けれど、そんな言葉に思わず顔を上げてしまった。悪戯っぽく笑いかけるその顔に、レイチェルは思わず息を飲んだ。そして、レイチェルが探していたあの本を渡すと、レイチェルの脇を通り過ぎてどこかへ行ってしまった。渡された本を胸に抱いたまま、レイチェルは本棚に寄りかかったままずるずるとその場に崩れた。

『俺達2人を見分けてるって言うより、ジョージを見分けてるのか』

……わかってしまった。どうして、フレッドを見たときに、ジョージじゃないと気づいたのか。
ジョージの方が、顔を合わせる機会が多い。フレッドとはあまり話さないから、ジョージほどはよく知らない。それもあるけれど、たぶんそれだけじゃない。こうして近くに居れば見分けることができても、遠くから2人が一緒に居るところを見るだけじゃ、レイチェルには区別がつかない。その理由がどうしてなのか。わかってしまった。

ジョージの方が────レイチェルを見る瞳や表情が、優しいからだ。

理由

top


    お返事が早いのはこちら ⇒ Wavebox