約200年ぶりに開催される、三大魔法学校対抗試合。
その伝説のイベントの、ホグワーツからたった1人きりの────今回は特例で2人になったけれど────代表選手だ。だから選手はホグワーツ中の生徒から注目されるし、期待されるし、応援される。お祝いや応援の言葉が伝えたくなる。レイチェルだって、もしもセドリック以外が選ばれていたとしたら、たとえ相手が1度も話したことがない上級生だったとしても一言「おめでとう」と声をかけたくなったんじゃないかと思う。
だから、そう。しばらくの間、セドリックが人に囲まれることは予想はできていた。だって、ホグワーツの生徒は1000人も居て、その1人1人が直接セドリックに話しかけるとしたら、それなりに時間はかかるだろうから。わかっていたけれど────さすがにこれは予想外だ。
「ねえ、セドリック!私の鞄にサインしてくれる?」
「私のもお願い!」
お祭り騒ぎの余韻が抜けきらないまま、月曜日がやって来た。つまりは、いつも通り授業もあったし、当然レポート課題も出た。だからその日最後の魔法薬学の授業が終わった後、レイチェルはセドリックと一緒に図書室に向かっていた。そうしたら、向こうから歩いてきた下級生の女の子達にそんな風に話しかけられたのだ。
「サインって……えっ? この鞄に? 僕の名前を?」
「そう! お願い、ここに……はい、ペンはあるから」
セドリックは戸惑っていたが、結局差し出されたペンをとって鞄にサインした。艶やかな紺色のインクに金のラメが散っているペンは、恐らくマグル製だ。いいなあ、あのペンどこで売っているんだろう────レイチェルがぼんやりとそんなことを考えているうちに、サインは終わったらしい。躊躇ったからか、最初のCとrの字がよれてしまっているように見える。セドリックも自覚があるのかちょっと気まずそうだったが、女の子達は嬉しそうにお礼を言ってパタパタと廊下を走って行った。
「セドリック。あの……サインをお願いしてもいいですか?」
そして目的地の図書室でも、やっぱりセドリックは同じようにサインを頼まれていた。意を決した様子でレイチェル達のテーブルに近づいてきた女の子達は、頬を染めてキラキラした瞳でセドリックを見ている。セドリックはやっぱりちょっと戸惑っていたが、結局は快くサインに応じた。レイチェルの目から見ても、今度はさっきよりずっと上手く書けているように見えた。
「僕のサインって……そんなの、どうするんだろう」
女の子達が図書室を出て行ったのを見送って、セドリックが困惑したように呟いた。
サインと言うより、自分の持ち物にする記名みたいだった────レイチェルは頭に浮かんだそんな言葉を飲みこんだ。レイチェルだって、いきなりサインを頼まれたらたぶんそうなってしまうだろうし、人のことは言えない。
そう言えばレイチェルの母親はデビューしてしばらく経った頃に、見映えのするサインをプロに頼んでデザインしてもらったと前に聞いた気がする。今にして思い返してみると、ロックハート教授のサインもとても華やかで洗練された感じだった。日常的にサインする機会が多い人達は、きっとあらかじめどんな風にするか考えておくものなのだろう。
「それだけ熱心に応援してくれてるってことだって思えばいいんじゃない? あんまり深く考えなくて大丈夫だと思うわ。もちろん、セドが嫌なら断っていいと思うけど……」
「嫌ではないよ。嫌ではないけど……びっくりしただけで」
少なくとも、頼んできた理由が好意からであることは間違いないだろう。好きだから、ファンだからサインを欲しがっている。たぶん、ただそれだけのシンプルな話だ。有名人でもないのにとセドリックが戸惑うのもわかる気がするけれど、向こうがそうしてほしいとお願いしてきているのだから、セドリックの負担にならない範囲で応じればいいんじゃないかと思う。
「セドだって、ヴィクトール・クラムのサインは欲しいでしょ? それと同じよ」
「そんな……彼は、世界的に有名なクィディッチ選手じゃないか。僕とは全然違うよ」
「違わないわ。あの子達にとっては、“セドリック・ディゴリー”もサインが欲しくなっちゃうくらい憧れの対象だってこと」
その気持ちは、レイチェルにもわかる気がする。今でこそ時々手紙のやりとりをするようになったけれど、下級生だった頃のレイチェルから見ると、チャーリーは両チームの花形のシーカーとして活躍していて、とても目立つ上級生だった。他にもハンサムな他寮の上級生とか……同じホグワーツの生徒とは言っても、接点がない相手と言うのは話しかけるのにも躊躇ってしまうし、意外に遠い存在に感じるのだ。今のセドリックも、あの子達の目にはそんな風に映っているのだろう。
「クラム……大丈夫かな。僕もサインを頼まれるくらいなら、彼はもっと大変なんじゃ……」
「あー……」
心配そうに顔を曇らせたセドリックに、レイチェルも思わず視線を泳がせた。
そう言えばロジャーともそんな話をした気がするけれど、あのときとはまた状況が変わっている。ただでさえ皆の憧れの世界最高のシーカーが、その上やっぱり注目の的の代表選手になったのだ。彼のサインが欲しい、と考える生徒はたぶん、かなり多いだろう。
「うーん……有名人だと、本人もサインを頼まれるのが嬉しいって場合もあるとは思うけど……サインを欲しがるってことは、ファンだってことだし……」
少なくとも、ロックハート教授に関してはそんな印象だった。世界中の誰もが自分のファンだと言いたげな態度はちょっと鬱陶しいなと思ってしまったけれど、実際に彼のファンだったとしたら、あんな風ににこやかにサインに応じてくれると頼みやすくて嬉しいだろうとも思う。レイチェルの母親も、サインを頼まれるのは嬉しいことだと言っていた。クラムも、あれほど有名な選手なのだからファンにサインを求められること自体は慣れているだろうけれど……。
「クラムが嫌だったとしても、頼まれたら断るのは難しいんじゃないかな……迷惑になってないといいんだけど」
「プロのクィディッチ選手としてここに来てるわけじゃないし……難しいわよね」
正直、レイチェルもクラムのサインが欲しい気持ちはある。たぶんセドリックも。
だって、彼のワールドカップでの活躍を見て、本当に素晴らしい選手だと感動したから。同じ代表選手同士、セドリックにはクラムに話しかけるチャンスがたくさんあるだろうけれど、たぶんサインは頼まないんだろうなとレイチェルは思った。聞かなくても、何となくわかる。
「サインかあ……」
ワールドカップと言えば────考えもしなかったけれど、キャンプ場で会ったとき、ウッドのサインをもらっておけばよかったかもしれない。レイチェルはちょっとだけ後悔した。もうプロのクィディッチ選手なんだし、サインを頼んだとしてもそんなに奇妙なことじゃなかったはずなのに。
「そうだ、レイチェル。来週のマグル学なんだけど……後でノートを貸してもらってもいい?」
「えっ? いいけど……どうして?」
唐突にそんなことを言い出したセドリックに、レイチェルは不思議に思って首を傾げた。
ノートを貸すこと自体は構わないけれど……居眠りをしてしまったとかならともかく、こんな風に事前に聞かれるのは何だか奇妙だ。セドリックに限って、授業をサボると言うこともないだろうし。
「代表選手で、杖調べの儀式があるらしいんだ。それに、写真撮影も。日刊預言者新聞の取材が来るらしくて……。ちょうど、マグル学の授業の時間だから、ノートを……」
「えっ……セド、新聞に載るの!?」
外国からのゲストがホグワーツに滞在すると言うのはレイチェルが入学以来初めてのことだ。
事前に知らされてはいたものの、実際に始まってみると何だか不思議な気分だった。どうやら、代表選手以外の生徒達もこのままホグワーツに滞在するらしい。たった数十人違う色のローブが混ざっただけなのに、真っ黒なローブの生徒達の中ではパッと目を引いて、随分と様子が違って見える。どこか新鮮で、いつものホグワーツじゃないみたいだ。何だか少し、緊張してしまう。
とは言え、レイチェルの学校生活はそんなに大きくは変わらなかった。他校生達の授業や寝室はどうするのか気になっていたけれど、どうやら彼らは引き続きそれぞれが移動に使った馬車や船で主に過ごすらしい。食事の席や放課後には城の中で他校生達の姿を見ることもあるけれど、今のところ同じ学校の生徒同士で固まっていて、何となくよそよそしい空気だ。
「いやーマジで美少女。ヴィーラの遺伝子すげー。声も鈴を転がす?って言うの? 超可愛いよなー。何言ってるかは全然わかんなかったけど!」
「すごいのはお前の度胸だよ、ロジャー……。何であんなゴミ見るみたいな目向けられて心折れねーんだよ。見てる俺の方が胃がキリキリしたぞ……って言うか、あの子ヴィーラなのか?」
「らしいぜ。他のボーバトンの子が教えてくれた。ほら、俺ってイケメンだから?」
……訂正、一部の積極的な生徒を除いては、だ。
エリザベスのように相手の母国語が話せる場合は別として、やっぱり言葉の壁は大きい。それに、ライバル校同士と言う対抗意識もよそよそしさの原因になっているのだろう。どうやら、他の2校の生徒達はホグワーツ生達に対して怒っているような雰囲気なのだ。それはたぶん、ホグワーツだけが2人の代表選手を出したことに対してなのだろうと、レイチェルにも何となく想像がついた。せっかくだから、仲良くできたらいいなと思うけれど……この分だと、しばらくは難しいのかもしれない。
「ハーマイオニー、何だか……疲れてる?」
「ええ、まあ……」
外国から特別なお客様が来ていても、特別に課題の量が減るわけじゃない。
今日も授業の終わりに図書室に向かうと、待ち合わせ相手であるハーマイオニーは何だかぐったりした様子だった。レイチェルが向かいの席に座ると、ハーマイオニーはがばりと体を起こしてレイチェルを見つめた。
「ねえレイチェル。私はハリーの親友だからハリーを手助けするし、レイチェルはセドリックを応援するだろうけれど……私達は、今まで通りよね?」
「え? ええ、勿論……」
急にそんなことを言われて、レイチェルは戸惑った。
まだそこまで考えが回っていなかったけれど、確かにレイチェルがセドリックを手助けしたいと思っているように、ハーマイオニーも当然親友のハリー・ポッターを手助けするのだろう。そう言う意味では、ライバルと言えなくもないのかもしれないけれど……だからと言って、レイチェルとハーマイオニーがギスギスする必要もないはずだ。
レイチェルが頷いたのを見て、ハーマイオニーはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった……レイチェルとまでまたギクシャクしたら、私、どうしようかと思ったわ……」
「“私とまで”って?」
何だかひどく消耗している様子なのは、誰かと喧嘩したせいなのだろうか? 確かに、人間関係がギクシャクしていると疲れるし、暗い気分になってしまう。何か相談に乗れることはあるだろうかと尋ねてみると、ハーマイオニーは深く溜息を吐いた。
「ハリーとロンがね……喧嘩中なの」
「えっ? どうして?」
ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーと言えば、ホグワーツの誰もが知っている、大の仲良しだ。レイチェルはロン・ウィーズリーの方とはほとんど話したことはないけれど……まさか、あの2人が喧嘩だなんて。彼らの親友であるハーマイオニーが言うのだから間違いないのだろうけれど、何だか信じられない。
「詳しくは言えないんだけど……簡単に言うと、ハリーが代表選手になったことが原因なの」
「ああ……」
深刻そうなハーマイオニーの声に、レイチェルは納得した。
ホグワーツの2人目の代表選手に対して怒っているのは、他校の生徒達だけじゃないことはレイチェルも知っている。セドリックを応援するハッフルパフ生や、グリフィンドールと仲の悪いスリザリンの生徒達。それに────レイブンクローの生徒も半分はハリー・ポッターに不信感を抱いているようだった。レイチェルはセドリックから詳細を教えてもらうことができたけれど、結局彼の参加に対しては特に説明されなかった。そのせいで噂と想像は膨らむばかりで、多くの生徒はハリー・ポッターが自分で名前を入れたのだと考えているようだ。一応、否定してみてはいるけれど、「成人の誰かが代わりに名前を入れた」より「ハリー・ポッターがゴブレットを出し抜いた」の方がドラマチックだからか、あまり効果はない。言っているレイチェルにも、確信や根拠があるわけではないと言うのもあるだろうけれど。
……あれ? でも、グリフィンドールの生徒達は自分達の寮から代表選手が出たことに喜んでいる印象だったのだけれど……。
「レイチェルも、いつも3人で仲良くしてるでしょう?喧嘩とかってしないの?」
「んー……ちょっとした言い合いくらいならよくあるけど」
「口も利かないってくらいの……」
「そこまでは……下級生の頃はあったけど」
3人で仲良くしているうちの2人が喧嘩すると、残る1人も神経をすり減らすと言うのは、レイチェルも身を以て知っている。
元々性格が正反対のエリザベスとパメラは、下級生の頃はよく喧嘩していた。今でも、軽い言い合いになることはしょっちゅうだ。しかし頻繁だからこそ、2人とも今ではもう引き際がわかっていて、深刻な喧嘩に発展することはほとんどない。秘密の部屋の事件のときは、そうなりかけたけれど……。
どちらかと言えば、秘密の部屋のときは、ハーマイオニーとの喧嘩の方が深刻だった気がする。こんな風に、おしゃべりすることはもう2度とできないんじゃないか、なんて思うほどに。そんなことを考えてじっとハーマイオニーの顔を見つめていると、レイチェルはふとあることに気がついた。
「ねえ、ハーマイオニー、何だか、貴方……いつもと、違う……?」
レイチェルははてと首を傾げた。違和感の原因が何なのかはわからないけれど……目の前に居るハーマイオニーの雰囲気が、レイチェルの知るハーマイオニーとは少し違っている気がした。メイク……はたぶんしていないだろう。髪型だろうか? いや、でも髪型もいつも通りに見えるし……。「わかる? あのね、実は……まあ色々あって、ほんのちょっとだけ、歯を小さくしたの」
ハーマイオニーが白い歯を見せてニッコリした。なるほど、とレイチェルは納得した。言われてみればそのニッコリ、の感じがいつもと明らかに違っていた。とても可愛い。いや、ハーマイオニーは前から可愛かったし、いつも可愛いのだけれど……今まで以上に可愛くなっている。
「両親は歯科医だから、ずっと私に歯列矯正のブレスをつけさせたがってたんだけどね」
「歯列矯正? ブレス? それって……」
マグルの技術なの、と。詳しい説明が聞きたくてレイチェルが続けようとしていた言葉は、そこで途切れた。どうやら図書室の入り口から、やけに騒がしい集団が入って来たらしく、そのおしゃべりの声に気をとられたからだ。
「やっと見つけた!」
「こんなところに居たなんて!もう、探しちゃった!」
キャアキャアと響く黄色い声は、入口からそこそこ離れたこの席まで届いてくる。すぐにでもマダム・ピンスが飛んできて追い出されるんじゃないだろうかと思ったけれど────ちらりとカウンターを見てみるとマダムは不在だった。どうやら珍しく留守のようだ。
「何? あの人達……」
ハーマイオニーが不愉快そうに眉を顰めた。その視線の先を追って、レイチェルも振り返った。そして、思わずあっと声を上げそうになった。図書室に入って来た集団がバタバタと駆け寄った先────レイチェル達からさほど遠くない本棚の側に居たのは、あのヴィクトール・クラムだったからだ。
「あの人達、まさか、ここが図書室だってこと気づいてないの?」
軽蔑したようなハーマイオニーの口調に、レイチェルは何と返事をしたものかわからず、苦笑を浮かべるしかなかった。確かにハーマイオニーの怒りはもっともで、彼らが今繰り広げていることが図書室にふさわしい振舞いかと言われれば答えはノーだった。女の子達の差し出した手帳やポーチに、クラムがサインをしていた。つまり、何と言うか───ちょっとしたサイン会状態だ。
「でも、ほら……何て言うか……あの状況だと、断るのは無理じゃない……?」
つい数日前、セドリックにもやっぱり図書室で同じことが起きていたことを思い出して、レイチェルはそんな言葉を口にした。勿論あのときの女の子達は、あそこまでうるさくなかったし、もっと控えめで微笑ましい程度のはしゃぎ方だったけれど、ちょっとしたサイン会状態だったのは同じだ。図書室だと、相手がじっとして動かないからサインを頼みやすいのだろうか……?
確かに騒がしい女の子達に取り囲まれてサインはしているけど、騒いでいるのはクラム本人じゃないし、サインをしている表情もそんなに嬉しそうには見えない。クラムもセドリックと同じで、追い回されているだけなのかもしれない、とレイチェルは想像した。だとしたら、セドリックの予想は当たってしまったようだ。
「サインが断れなくたって、図書室だから静かにって注意するくらいはできるじゃない。周りに迷惑よ」
が、ハーマイオニーの反応は冷たかった。
どうやらサインは全て終わったらしい。騒がしい女の子達は興奮した様子のまま図書室を去って行った。
何だか嵐のようだった。やっと静かになるとホッとした次の瞬間、レイチェルにはまた驚くことが起こった。
クラムがこっちに向かって歩いてきたのだ。そして────レイチェル達のテーブルの前で立ち止まった。
「君達も、ヴぉくのサイン、欲しいですか」
「えっ?」
しかも、そんな風にレイチェル達に向かって話しかけられたので、ポカンとしてしまった。
どうやら、視線に気づかれていたらしい。実際には、クラムじゃなくてその周りに居た女の子達を見ていたのだけれど────レイチェルはハッとしてハーマイオニーを見た。……やっぱりだ。信じられない、と言いたげに顔を顰めている。
「結構よ」
ハーマイオニーがピシャリと言った。今のクラムの言葉で、いよいよ我慢の限界が来たようだ。机の上に広げていた本を掴んで鞄に詰め込むと、ハーマイオニーはあっと言う間に図書室を出て行ってしまった。
レイチェルも後を追いかけるべきだろうか? そう思ったものの────ハーマイオニーと違ってまだ本の貸し出しの手続きをしていないから棚に戻さないといけないし、何よりこのままクラムを置き去りにするのも何だか気まずい。と言うか、既にこの沈黙がかなり気まずい。
「……あの、違うの。気を悪くしたらごめんなさい。えっと、彼女、別に貴方のことが嫌いなわけじゃなくて……」
今のハーマイオニーの態度にクラムが腹を立てているんじゃないかと不安になって、レイチェルは慌ててそう口にした。俯いていた視線を上げて、そろそろとクラムの表情を窺う。予想外に、クラムは怒っていないようだった。怒ってもいないけれど、何が何だかわからないと言いたげな、キョトンとした表情だ。たぶん早口で捲し立てすぎたのだと気がついて、レイチェルは今度は慎重にゆっくりと言葉を選んだ。
「彼女は、私の友達なんだけど……彼女はえっと……クィディッチよりも、本が好きなの。本が大好き。貴方を見てたんじゃなくて、貴方と一緒に居た女の子達を見てたのよ。その……彼女達が、貴方と話せるのが嬉しくて、図書室なのに大きな声でおしゃべりしてたから。オーケー?」
「わかりました。大丈夫」
クラムがこくりと頷いたのを見て、レイチェルはホッとした。今のハーマイオニーの態度だけを見たら、クラムが失礼だと怒ったとしても仕方ないかもしれないけれど……友達が誤解されてしまったら、やっぱり悲しい。
そしてそんなクラムの様子を見て、レイチェルはもしかして、と考えた。クラムがレイチェル達に声をかけてきたのは────たぶんハーマイオニーが考えたようにレイチェル達も自分のファンだと思い込んで自惚れているわけじゃなくて、単純に気遣いと善意からじゃないだろうか。だとしたら、ハーマイオニーもクラムを誤解してしまっているのかもしれない。
「彼女、とっても賢くて優しくて、友達想いで……私の大好きな友達なの」
そう。たぶん友達想いだからだ。ハーマイオニーが本や図書室を好きなのは間違いないけれど、普段のハーマイオニーならばこのくらいのことであんなに怒ったりしない。たぶん、親友2人の喧嘩のせいで彼女も精神的にまいっているのだろう。
「勘違いしました。悪かった、君の友達にも伝えてください」
「ジロジロ見ちゃったのは事実だもの。私達こそ、失礼だったわ。ごめんなさい」
「いいえ。気にしてません」
図書室で騒いでいた女の子達が原因とは言え、おしゃべりが気になるからと言ってじっと見てしまったレイチェル達も失礼だったことに変わりはない。あまり表情が変わらないからわかりにくいけれど────クラムの口調は本当に気にしていなさそうだった。有名人だから、見られるのには慣れているのかもしれない────そう考えて、レイチェルははたと気がついた。そう言えば、さっきから自分が会話している相手はあのヴィクトール・クラムなのだ。レイチェルは頬に熱が集まって来るのを感じた。競技場で見たときは小柄に見えたけれど、近くで見ると意外と背が高い。たぶん、他の選手が大柄だったせいだろう。背が高くて、精悍だ。かっこいい。あの世界最高のプレーを見せてくれたシーカーと、話しているなんて────何だか信じられない。
「あの……ワールドカップの決勝、見に行ったの。とても素晴らしいプレーだったわ。素敵な試合を見せてくれてありがとう。次のワールドカップも、貴方の活躍を見るのが楽しみ」
「ありがとう」
気づいたら、口がそんな風に勝手に動いていた。クラムが微かに微笑んだので、レイチェルもふにゃ、と頬が緩んでしまうのを感じた。
意外にも、クラムは読書家らしい。魔法生物に関する本がどこにあるか知りたいと言うクラムを本棚まで案内して、レイチェルはフワフワした気分のまま図書室を出た。
勘違いとは言え、せっかく向こうから言ってくれたのだから、クラムのサインを貰えばよかっただろうか? いや、でもセドリックの言っていた通り、今ホグワーツに居るクラムは1人の学生なのだ。……だとしたら、応援を伝えるのも、よくなかっただろうか?でも、考える前に言ってしまっていたのだ。正直、何を喋ったのだったかよく覚えていない────。
「あ……」
そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、窓から見下ろせる中庭にボーバトンの代表選手、フラー・デラクールが歩いているのが見えた。そろそろ夕食の時間なので、大広間に向かうところなのだろう。暗がりの中を歩くフラーは、出会ったときと同じに、やっぱり月のように薄っすらと光り輝いている。そしてその両脇や後ろを、彼女に魅了されたらしい男子生徒達が取り囲んで熱心に話しかけていて、フラーはちょっとウンザリしたような表情だ。
彼女の場合は、代表選手だからと言うのとはちょっと違うのかもしれないけれど……何だかやっぱり、注目されるって大変そうだ。代表選手が注目されることは予想していたけれど、この熱狂ぶりは予想以上だった。少なくともレイチェルは、あんな風に取り囲まれたり、歩いているだけでジロジロ見られたら落ち着かない気分になる。セドリックがされていたように、応援の言葉をかけられたり、サインを頼まれるくらいなら微笑ましいと思えたけれど……さっきみたいに図書室なのもおかまいなしに騒いだり、本人が迷惑そうにしているのに追いかけ回すのはさすがにちょっと行きすぎているような気がする。
好意からの行動なのは確かだろうけれど、彼らだってホグワーツに来たばかりで慣れていないのだから、あんなに騒がれたらやりにくいんじゃないだろうか。皆が選手の噂をしているけれど、ヒソヒソ囁かれるのだって、嬉しいばかりじゃないだろうし……。
「……ん?」
何だか、以前も似たようなことを考えたことがある気がする。何だったっけ。
……まあ、今は選手が選考された直後だからと言うのもあるのかもしれない。だとしたら、この熱狂もそのうち収まるのだろうか。
とりあえず、さっきのクラムの件については夕食の後にハーマイオニーにふくろうを飛ばそう。誤解を解くのは、早い方がいいはずだ。