休日だと言うのに、レイチェルはいつもより早い目覚ましの音に起こされた。
心地のいい眠気に再び落ちてきそうになる瞼を擦って、枕を抱きしめる。まだ、もう少し眠っていたい。そもそも日曜日なのに、どうしてこんな時間に目覚ましをセットしたんだっけ? せっかくよく眠れていたのに……。それに何だか、とてもいい夢を見た気がする。そう。ゴブレットの炎の中から、セドリックの名前が出てきて────いや、これは夢じゃない。昨夜、現実に起きたことだ。レイチェルはぱちりと覚醒した。
それで、ええと、何だっけ。そうだ。セドリックに、お祝いを言いに行かなくちゃ!
「なるほどね。事情はわかったけど、朝起きたらベッドが空っぽなんだもの。何事かと思ったわよ!」
とは言え、冷静になって考えてみれば、休日の朝から他の寮に押し掛けると言うのは迷惑だ。だから朝食の席で話しかけるほうがいいだろうと、レイチェルはいつもより早く、1人で大広間に向かった。セドリックはクィディッチの朝練の習慣でいつも朝が早いから、その方が会える確率が高いだろうと思って。
「ごめんなさい……でも、それだけのために2人を起こすのも悪いかと思って」
「気にしなくていいわ、レイチェル。貴方はちゃんと『先に朝食に行く』って置き手紙をしてくれていたんですもの。パメラはそれをベッドの下に落としてしまったから慌てていただけよ」
「ええ、そうよ、エリザベス! 寝ぼけたのよ!悪い!?」
とは言え残念ながら、その読みは外れてしまった。レイチェルが大広間に着いたとき、ハッフルパフのテーブルにはセドリックどころか生徒は誰も居なかったのだ。そして朝食をとっているのはホグワーツ生ばかりで、ダームストラングやボーバトンの生徒達の姿もない。
「あーあ。きっと昨夜、遅くまでパーティーだったのよね。いいなあ」
パメラが羨ましそうに溜息を吐いた。レイチェルも大広間に来てから、そのことに気がついた。
レイチェル達は寮に戻った後はさっさと寝たけれど、たぶん代表選手が選ばれたハッフルパフや他校の選手団達は違う。夜遅くまお祝いをしていたせいで、朝寝坊しているのだろう。これなら早く朝食に来るよりも、ふくろう小屋に行って手紙を出した方がよかっただろうか。……いや、でも、やっぱりできるなら顔を見てお祝いが言いたい。
「こう言うとき、寮が違うって不便だなって思うわ」
レイチェルは何杯目かの紅茶をカップに注いで溜息を吐いた。トーストもとっくに食べ終わってしまった。レイチェルだけじゃなく、後から来たパメラやエリザベスまでもだ。レイチェルの胃も、もうこれ以上紅茶を受け付けそうもない。来たときと比べると大広間にはずいぶんと人が増えていたけれど、セドリックの姿はまだなかった。そもそもいつ来るのかもわからないし、来たところで落ち着いて話ができるかどうかもわからない。これ以上ここで待つのはもう諦めようと、レイチェル達は1度部屋に戻ることにした。
「あ、ねえ。レイチェル。あれ、セドリックじゃない?」
そうして大広間を出たところで、パメラがそう言った。視線を向けてみると確かに、セドリックがルームメイト達と一緒にこっちへ歩いてくるのが見えた。セドリックもレイチェルに気づいたのか、ニッコリ笑って手を挙げた。しかし────レイチェルが手を振り返すことはできなかった。
「セドリック! おめでとう!」
「やったね! 君が選ばれるって思ってたんだ!」
「すごいよ! 代表選手だなんて!」
近くに居た生徒達に、セドリックはあっという間に囲まれてしまったからだ。セドリックが何か言いたげにこっちを見たのがわかったけれど、セドリックの性格からして、まさか彼らを押しのけてこっちに来るわけにもいかないだろう。どうやら今朝はとことんタイミングが合わないようだと、レイチェルは理解した。
「あらら。人気者も大変よね」
「レイチェル。セドリックと話さなくていいの? 待っていたんでしょう?」
「大丈夫。また後にするわ」
セドリックはこれから朝食をとるのだろうし、この分だとあと30分くらいはずっと人に囲まれていそうだ。
せっかく会えたのに残念だけれど、あの状況に割り込んでいくのは気が引ける。仕方ない。お祝いや応援の言葉を伝えたい気持ちは誰もが同じだ。セドリックが代表選手になったことがホグワーツ生達に祝福されているのは、レイチェルにとっても嬉しいことだ。できるなら早くお祝いを伝えたかったけれど、どうしても今すぐでないといけない理由はない。諦めて、午後に改めて寮を訪ねることにしよう。そうだ。ふくろう便で都合のいい時間を聞いてみればいいのかもしれない。最初からそうすればよかったのだ。
「ごめん。僕、図書室に行かなきゃいけないのを忘れてた。えっと、今日中に……『シャーロック法』についての魔法史のレポートを書かなきゃいけないんだ」
背中からそんなセドリックの声が聞こえてきて、レイチェルはピタリと足を止めた。
言葉通りに受け取れば、たぶんセドリックはこれから図書室にレポートの参考になりそうな本を借りに行くのだろう。実際セドリックが今歩いて行ったのも、図書室の方向だ。でも、もしかして────。
「ごめん、パメラ。エリザベスも。私、ちょっと行くところができたの。先に部屋に戻ってて!」
「レイチェル。よかった、ちゃんと伝わったみたいで」
「まあ、一応……でも正直、半信半疑だったわ。だって私、もう魔法史とってないんだもの」
15分後、レイチェルはセドリックと2人で禁じられた森の近くに居た。以前、シャールの犬小屋があった場所の側だ。ワーロック法は知っているけれど、シャーロック法なんて聞いたことがなかったし、何だかセドリックがその部分をやけに強調していたような気がしたから────もしかしたら、“シャールの犬小屋のところ待ち合わせ”、と言う意味なんじゃないかと考えた。どうやら、その予想は当たっていたようだ。
回り道をしたのか、レイチェルよりも少し遅れてやって来たセドリックは、レイチェルの隣へと座った。
何にしろ、これでようやく顔を見て言うことができる。
「おめでとう、セド。セドなら選ばれるって思ってたわ」
「ありがとう。でも、まだ何だか信じられないよ」
「夢だって不安なら、頬をつねってあげてもいいけど」
照れくさそうに微笑んだセドリックに、レイチェルは思わずクスクス笑ってしまった。
昨夜からきっと、同じ言葉を何十人もから言われているはずなのに。謙虚と言うか、何と言うか。でも、そんなところがセドリックらしいとも思う。
「おじさん達にはもう知らせたの?」
「今朝、手紙を出したよ」
「きっと喜ぶわ。……うーん、おばさんは心配しそうだけど」
少なくとも、対抗試合の開催に好意的な様子だったおじさんはきっと大喜びするだろうし、息子がホグワーツの代表に選ばれたことを誇らしく思ってくれるはずだ。レイチェルには今一つピンと来ないけれど、ダンブルドアやクラウチ氏の演説を聞く限り、代表選手に選ばれると言うのはとても名誉なことらしいから。……その名誉を得られるだけ、課題も危険と言うことなのだろうけれど。
「第1の課題って何なの? もう聞いた?」
「ううん。勇気を試すものだって言ってたけど……詳しい内容は当日までわからないらしい。でも、日程は教えてもらったよ。11月24日だって。……あとは、先生達の助けは借りないようにって。それくらいかな」
「たったそれだけ?」
「そう言えば、ハリー・ポッターはどうなるの? 未成年だし……辞退するの?」
気になることを思い出した。どうしてか、ゴブレットから4人目の選手として名前が出てきたハリー・ポッター。彼に関して言えば、成人どころかOWL試験すらまだのはずだ。他の3人の選手と比べて、どう考えても彼が経験不足なことは間違いないし、そもそも立候補の条件を満たしていない。
「いや。彼も参加することになったんだ」
静かに首を横に振ったセドリックに、レイチェルは思わず溜息を吐いた。
……やっぱり。正直、何となくそんな気はしていた。朝食の席で、やけに人が少なかったのはグリフィンドールのテーブルも同じだった。ハリー・ポッターが辞退したのなら、グリフィンドール生があんなにそろって朝寝坊をしている理由が思い当たらなかったから。そう言えば、ダンブルドアも言っていたっけ。「1度立候補したら辞退できない」────それは、イレギュラーであるハリー・ポッターに対しても当てはまると言うことなのだろう。
「……どうかしたの? セド」
ハリー・ポッターの名前を出したときから、セドリックの表情が曇ったのがわかった。と言うか、さっき顔を合わせたときから、どことなく元気がないような気がする。パーティーの主役だったから疲れてしまったのだろうか?それとも、選手に選ばれたことへのプレッシャーだろうか? レイチェルが言葉を促すと、セドリックは躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「昨夜、少しだけ話したんだけど……ハリーは名前を入れてないって言うんだ」
「……つまり、ゴブレットに名前を入れたのは、他の誰かだってこと?」
「そうなるね。違うとしたら……彼が嘘を吐いてるってことになる」
そう呟くと、難しい表情になって黙りこんでしまった。
セドリックはもしかしたら、ハリー・ポッターが自分の意志でゴブレットに名前を入れたと考えているのかもしれない。確かに彼は規則破りの常習犯でもあるし、17歳以下は禁止だと言われたゴブレットに名前を入れてみると言うのは、彼ならやりそうに思える気もするけれど……。
「私、ハリー・ポッターが嘘を吐いてるとは思わないわ」
「どうして?」
「だって、セドはもう大広間を出た後だったから知らないだろうけど……名前を呼ばれたとき、すっごく驚いてたもの。何が起きてるのかわからないって感じで、全然嬉しそうじゃなかったし……」
セドリックがそう考えるのは、当然だとも思う。セドリックや、そしてクラムやあのボーバトンの美少女……ええと、そう、フラーだ。3人は、対抗試合に参加したいと思って名前を入れたのだから。自分が選ばれることを願っていた。でも────あのときのハリー・ポッターの様子は、そうは見えなかった。もしも出来心だったとしても、自分で名前を入れたのだとしたら、あんな風に血の気が引いた、信じられないと言う表情にはならないんじゃないだろうか?
それに、とレイチェルは続けた。
「未成年でも、名前を入れるだけならそんなに難しくないでしょ? たとえば、私がペニーか誰かに頼んで……ちょっと、そんな顔しないで。そんなことしてないわ」
「ああ、ごめん……わかってる。そうだよね」
「ゴブレットにハリー・ポッターの名前が入ってたことだけなら、そんなに不思議じゃないと思うの。でも、4人目の代表って言うのがね……」
ちょっとした悪戯で有名人のハリー・ポッターを立候補させてみようと思ったとか、あるいは彼が規則破りの罰を受ければいいと思って、嫌がらせで名前を入れたとか。あまり考えたくはないけれど、可能性としてはあることだ。彼は何かと目立つし、彼の活躍を妬ましく思っている人間も居るかもしれない。
けれど、だとしたらやっぱりホグワーツの代表選手が2人と言うのは奇妙な気がする。エリザベスも言っていたけれど、ただゴブレットに名前を入れただけなら、選ばれるのはセドリックとハリー・ポッター、どちらか1人のはずだ。
「ムーディ教授が言うには、対抗試合に参加する学校は4つあるって、ゴブレットに催眠をかけたんじゃないかって」
「えっと……それ、言ってもいいやつなの?」
「ダメかもしれない……。でも、一応口止めはされてないよ」
もしやと思って聞いてみれば、セドリックがばつの悪そうな表情になった。どうやら、話しているうちにうっかり口を滑らせたらしい。希少な魔法道具である炎のゴブレットを、催眠で無理矢理狂わせた……本当だとしたら、結構問題になりそうなことだ。部外者なのに、うっかり機密情報を知ってしまった気がする。
「誰にも言ってないから、レイチェルが誰かに言わなければ秘密のままだね」
悪戯っぽく微笑むセドリックに、レイチェルは何と返していいものかわからなかった。
確かにそれなら、あのタイミングでハリー・ポッターの名前が出てきたことには説明がつく。そして、ホグワーツから2人の選手が選ばれたことにも。しかしだ。
「ゴブレットに催眠って……そこまでしてハリー・ポッターを選手にしたかったってこと?」
「ムーディ教授は、そう考えてる。名前を入れた誰かは、危険な課題で彼が死ぬことを望んでるんじゃないかって。でも、スネイプ教授やダンブルドア以外の校長達は、ハリーが自分で名前を入れたか、ダンブルドアがそうさせたって思ってるみたいなんだ。……どちらの意見が正しいのか、よくわからないんだよ」
なるほど。その場に居た教授達の意見も割れていたのなら、セドリックが混乱するのも当然だ。
ゴブレットに催眠がかけられたとして、それをやったのは選手に選ばれたかったハリー・ポッターなのか、それとも彼を選ばせたかった別の誰かなのか。どちらの可能性もあると言うことなのだろう。とは言え、今の話を聞いてもレイチェルの意見は変わらなかった。
「セド、あのゴブレットに催眠かけられる?」
「無理じゃないかな……先生達も言ってたけど、ものすごく強力な闇の魔法が必要だろう?」
「じゃあやっぱり、ハリー・ポッターには無理よ」
生き残った男の子、ハリー・ポッター。魔法界の英雄として赤ん坊の頃から有名だった彼は、入学して以降も何かと派手に活躍している。特にクィディッチに関しては素晴らしい才能の持ち主で、彼が優秀なシーカーなのは誰もが認めるところだ。でも。
「だってゴブレットが選んだ、ホグワーツ生の中で1番代表選手にふさわしかったのがセドなのよ。そのセドにできないことが、まだ4年生のハリー・ポッターにできるって、本当に思う?」
ハーマイオニーから話を聞いている限り、彼の成績はちょっと優秀な、普通の4年生だ。実際、あの学年で成績トップなのもハーマイオニーだ。強力な魔法道具であるゴブレット闇の魔術で騙すなんて、大人の魔法使いでも難しいことだ。セドリックにもできないことは、ハリー・ポッターにだってできない。
「……ありがとう、レイチェル」
突然お礼を言われて、レイチェルは戸惑った。今の会話で、何かレイチェルが感謝されるようなことは何かあっただろうか? レイチェルが不思議に思ってセドリックの顔を見返すと、セドリックは何か吹っ切れたように微笑んだ。
「……ちょっと、不安になってたんだ。彼がゴブレットに選ばれて。年齢制限がなかったら、本当は僕より彼の方がホグワーツの代表にふさわしかったんじゃないかって。賢者の石を守ったり、秘密の部屋の怪物を倒したり……彼の活躍は、ホグワーツの誰もが知ってるから。去年のクィディッチの試合だって……」
セドリックはそこで言葉を切ったが、レイチェルにはその続きがわかるような気がした。去年のグリフィンドールとハッフルパフの試合。吸魂鬼が競技場に現れて、ハリー・ポッターは箒から落ちてしまった。そのときのことを、セドリックはフェアじゃなかったと気に病んでいた。
「ゴブレットに選ばれたって……あのね。それって、私はセドの幼馴染の中では1番セドのこと応援してるとか、パパとママの子供の中では1番優秀って言うのと同じじゃない?」
「そうだね」
確かにハリー・ポッターは代表選手になったけれど、条件に当てはまるのがただ1人きりしか居ないのなら、ふさわしいとか選ぶとか以前の問題だ。レイチェルが呆れて溜息を吐くと、セドリックはおかしそうにクスクス笑ってみせた。
「僕は僕で、課題をクリアできるように頑張るよ。あまり、彼を意識しすぎないように。……勿論、彼とまた戦えるのは楽しみだし、同じホグワーツの選手として、助け合えたらいいと思うけど」
はにかんだような表情で紡がれた言葉はやっぱり誠実で、あまりにもセドリックらしい。レイチェルもつられて笑みが浮かんだ。
セドリックはもっと自信を持っていいのに。予想外のことが起こって動揺するのもわかるけれど、代表選手に選ばれたのは、間違いなくセドリックの実力だ。ホグワーツでエントリーした中で、難しい課題をやり遂げるのに1番相応しいと、その能力があると、ゴブレットが認めた。セドリックを選んだ。自分じゃダメなんじゃないかなんて、不安になる必要はないのに。歯がゆく感じてしまうけれど、でもその謙虚さはセドリックの美徳でもある。
「でも、きっと彼は僕の助けなんて必要ないだろうな。確かに、まだ4年生だから僕らほどたくさんの呪文は知らないんだろうけど……でも何だか、彼ならできそうな気がするよね」
「ダンブルドアが、『未成年には到底無理だ』って言ってた課題なのに?」
「でも、レイチェルだってそう思うだろう?」
セドリックにそう聞き返されて、レイチェルは押し黙った。
悔しいけれど、セドリックの言おうとしていることもわかってしまうのだ。ハリー・ポッターなら、未成年だとか、魔法の腕だとか関係なしに、危険な課題にも立ち向かえてしまいそうな気がしてしまう。他の4年生には無理だったとしても、彼ならば。
「でも、やっぱり、4年生が参加なんて危ないもの。取り返しのつかないような大怪我したらどうするの?」
しかし、周囲がそんな勝手な期待と楽観を押しつけたところで、結局危険な課題に立ち向かうのはハリー・ポッター自身なのだ。未成年には無理だと事前に取り決めをしたのだから、やっぱりレイチェルはハリー・ポッターの参加には反対だ。いくら魔法契約だからって、ハリー・ポッターが他の3人と競って危険な課題をやり遂げなければいけないと言うのは納得がいかない。……まあ、レイチェルがいくら反対していても、納得していなくっても、彼の参加はもう確定事項なのだろうけれど。
ハリー・ポッター自身はどう思っているのだろう? 本人が名誉だから参加したいと思っているのなら、レイチェルの余計な心配なのかもしれないけれど。
「びっくりしたよ。ワールドカップの会場で会った子と、また会うとは思わなかったから」
「向こうもセドのこと覚えてたの?」
「うん。改めて、あのときはありがとうってお礼言われたよ」
「ワールドカップって言えば……ヴィクトール・クラムとも話せたの?」
「時間がなかったから、ほんの少しだけどね。お互いに自己紹介して、握手したんだ。ベストを尽くそうって言ってくれて……まだ信じられないよ! 僕があのクラムと戦うなんて……」
対抗試合に関して、話したいことは山ほどあった。ボーバトンやダームストラングの生徒達のこと。そして彼らをホグワーツまで連れて来た巨大な馬車や船のこと。バグマン氏やクラウチ氏について。そして、第1の課題は一体何なのか。ひとしきり話し終えて2人ともが満足する頃には、随分と時間が経ってしまっていた。
「そう言えばセド、朝食は? もしかしなくても、まだなんじゃ……」
「あー……うん。言われてみれば、ちょっとお腹空いたかな」
「ごめんね。長話になっちゃって……」
「違うよ。僕がレイチェルと話したかったんだよ」
伸びてきたセドリックの手が、くしゃりとレイチェルの髪をかき混ぜた。
優しい響きで紡がれた言葉に、レイチェルは複雑な気持ちになった。何だかまた、気を遣われてしまったような気がしたからだ。レイチェルのそんな感情が伝わったのか、セドリックが穏やかに微笑んだ。
「嘘じゃないよ。おめでとうって、レイチェルに言って欲しかったんだ」
「本当に?」
たぶん、レイチェルを気遣った優しい嘘なのだろう。そうわかってはいるけれど、セドリックがそんな子供じみたことを言うのが何だかおかしい。クスクス笑いが止まってセドリックの顔を見返すと、整った顔は相変らず優しい笑みを湛えていた。
「それに、代表選手になったってこと、僕の口から報告したかった。もう結果は知ってるってわかってたけど……それでも、直接伝えたかったんだ。だって、レイチェルはホグワーツの生徒の誰よりも、僕のこと応援してくれてるって知ってるからね」
ガラス玉のように透き通った灰色の瞳はあまりにも真っ直ぐで、嘘や冗談を言ってるようには見えない。レイチェルは頬に熱が集まってくるのを感じた。もしかしたら、セドリックは本当にそう思ってくれていたのだろうか? レイチェルと話がしたいと、そんな風に。
「……あのね、セド。私……」
寮が違うんだから、仕方ないと頭ではわかっていた。夏休みの間ならすぐに会えても、こればかりはどうにもならない。セドリックにお祝いが言いたいのはレイチェルだけじゃない。セドリックと話がしたいと思っている人は他にもたくさん居て、その人達の邪魔をしたり、押し退けたいとは思わない。そんなのは、ただのレイチェルのわがままだとわかっているから。
「本当は、1番におめでとうって言いたかった」
「うん。知ってるよ」
でもやっぱり、何だかほんの少し、寂しくて。お祝いの気持ちは順番を競うようなものじゃないし、セドリックはきっと、お祝いを言うのが明日や明後日になってしまったとしても、同じように喜んでくれる。わかっているけれど、できるなら、1番に祝福してあげたかった。
だから────セドリックがこんな風にレイチェルを優先して、レイチェルのために時間をとってくれたことは、セドリックもそうしたいと思ってくれていたことは、嬉しかった。これもやっぱりわがままで、贅沢なのかもしれないけれど。
「たくさん心配もしちゃうと思うけど……その分、たくさん応援するわ。私に手伝えることがあったら、何でも言ってね」
「ありがとう、レイチェル」
「セドなら絶対、大丈夫」
それでも、できる限りのことをしたい。“永久の栄光”も“学校の名誉”も、レイチェルにはよくわからない。ただ、セドリックがせっかく掴んだチャンスだから、後悔のないように。楽しんでほしいと思う。対抗試合が終わるその瞬間に、セドリックが笑顔でいられるように。代表選手として得られる経験はきっと、セドリックにとって宝物になるだろうから。精一杯、応援したい。
とりあえずは第1の課題に向けて、役に立ちそうな呪いの対抗呪文を調べよう、とレイチェルはこっそり決意した。