玄関ホールは先に集まった生徒達でごった返していた。
石造りの床や柱には靴音や話し声が反響し、まるで新学期の9と4分の3番線のプラットホームと同じかそれ以上に騒がしい。羊の群れのように落ち着きなく右往左往する生徒達を、教授達がどうにか規則正しく整列させようと苦労していた。

「デイビース!君のその足は、シャツの裾をしまった方がより長く見えますぞ」

どうやら寮ごとに集まっているようだ。レイブンクローの列の方へと向かうと、ちょうど寮監であるフリットウィック教授の杖の一振りでロジャーのネクタイが結び直され、シャツの裾がスラックスの中へとしまわれているのが見えた。……あの呪文を習得しておけば、さっきの出来事はもっとスムーズだったのだろう。

「おい、笑うなよパメラ」
「ごめん、面白くて。エリザベスが居なくてよかったわね!お説教間違いなしよ」
「ああ、本当によかったよ。……くそ、首が苦しい」
「いいこと教えてあげるわ、ロジャー。ネクタイってね、自分で締めればそんなに苦しくないのよ!」
レイチェルはともかく、パメラだって普段は俺と似たようなもんだろ」
「普段“は”ね。今日くらい規定どおり着ておくに決まってるでしょ。皆の前でスカート丈を注意されるなんてまっぴらだもの」

そんな友人達の軽口を聞きながら、レイチェルは周囲を見回した。監督生達────セドリックやペネロピーやエリザベス────は、教授達を手伝っている。どこの寮も似たような様子で、教授達はホグワーツの生徒達が知的で礼儀正しく見えるよう気を配っていた。要するに、派手な髪飾りを外させたり、シャツの皺を伸ばすことに手を焼いているようだった。1人、また1人といつもより真面目で行儀良く装った生徒の数は増えていったが、全員が落ち着き、静かになるまでにはそれなりの時間がかかった。
ようやく生徒達が玄関ホールを出て城の前に整列した頃には、頭上の空は段々と薄紫色に染まり始め、白い月が浮かんでいた。もうすぐ6時だ。そろそろ、ボーバトンのダームストラングの代表選手が来る頃だろうか? そう考えると、生徒達は期待に胸を膨らませ、遠慮がちな囁き声がさざ波のように広がっていった。

「ね、ね、どうやって来るのかしらね。やっぱりホグワーツ特急?」
「うーん……違うと思うわ。だってそれなら、城の前じゃなくて門の前に迎えに行った方がいいはずだもの」

新入生のときみたいにボートで湖を渡るのならまた話は変わってくるけれど、お客様を迎える方法としては考えにくいような気がする。わざわざ城の前で迎えると言うことは、きっと何か別のルートだ。やっぱり箒か、移動キーだろうか?
そんなおしゃべりも、次第には話題が尽きてしまった。誰もが一体客人達はどこから現れるのかと目を凝らしていたが、5分が経ち、10分が経ち、両校の代表選手たちは影すらも見当たらない。

「まだなの? 主役は遅れて登場!みたいなのって、マグルも魔法使いも変わらないのね」

パメラが呆れたように呟いた。確かにそろそろ現れてくれたらいいな、とレイチェルも思った。こうしている間にも、空の色はどんどん深さを増して、夜の気配が近づいていた。辺りの空気はすっかり冷たくなり、レイチェルは次第に寒気を覚え始めていた。

「ローブ貸してやろうか?」
「ありがたいけど、そう言うわけにもいかないでしょ……」

思わずくしゃみをしレイチェルにロジャーがそう言ってくれたが、全員が同じ制服を着ている中では、1人だけローブを2枚重ねて着ていたり、1人だけローブを着ていなかったりしたら変に目立ってしまう。
レイチェルが俯いて両腕を擦っていると、ふいに周囲の生徒達がざわざわし出した。どうやら、誰かがボーバトンの代表選手団を見つけたらしい。レイチェルも思わず寒さを忘れて顔を上げた。どこだろう? 湖の方角? それとも空だろうか? レイチェルやパメラがきょろきょろと辺りを見回していると、ロジャーがあっと声を上げた。

「あそこだ!」

さすが、クィディッチ選手の動体視力と言うべきだろうか。ロジャーが真っ直ぐに森の方角を指差した。森の方角の、はるか遠くの空を。近くの生徒達が歓声を上げる。ロジャーの指先を視線で追って、レイチェルも目を凝らした。濃紺の空の向こうに、何か黒い影のようなものが見える。今はまだ豆粒のように見えたが、少しずつ、段々とこっちに近づいてきているのがわかった。

「箒じゃなさそうね」
「そうみたい。絨毯かも」

影は1つのようだから、恐らく箒ではない。パメラの言葉に頷いて、その黒い影をじっと見上げた。
しばらく見ているうちに、どうやらこの影はレイチェルが思っているよりもずっと巨大なのではないかと言う疑惑が頭をもたげた。絨毯よりもっと大きい……ハグリッドが育てたハロウィン用のかぼちゃくらい……いや、もしかしたらハグリッドの小屋くらい……ひょっとすると、それ以上に……?
とうとう森のすぐ上空まで近づいてきたとき、城の窓から漏れた灯りがその影を照らし出した。紺色の空に一瞬浮かび上がったそれは、淡いパステルブルーに彩られた巨大な馬車だった。普通の馬の倍以上もありそうな巨大な天馬が、優雅な足取りで夜空を駆けている。

「マグルの絵本みたい!」
「CGみたい!」

レイチェルとパメラも声を上げて、そして顔を見合わせた。CGって何だっけ?
そんな疑問が浮かんだものの、レイチェルは口にすることはなかった。馬車がどんどん近づいてくるにつれて、ますますその姿に目を奪われてしまったせいだ。10頭以上も居そうな天馬は、流れるような美しい軌跡を描いて下降すると、1年生達のすぐ目の前へと着陸した。
少し距離があるとは言え、同じ地面の高さで間近で見ると、実物はレイチェルの想像よりも更に大きいことがわかった。まず馬だ。普通の馬よりは大きそうだと見当はついていたけれど、馬よりもマグルの町で見かけた2階建てのバスと比べた方がいいくらいの大きさだ。蹄もちょうど、あのバスのタイヤくらい大きい気がする。眩いほどの明かりに照らされると、金や銀の毛並みは、どこか幻想的なまでの美しさで、ベルベットのように滑らかに整えられていた。
馬車に至っては、小屋どころか小さな館と呼ぶのが相応しいかもしれない。授業で時々使う第3温室くらいの広さはありそうな気がする。光沢のあるパステルブルーに、車輪や金具の淡いゴールドがアクセントになっていて、優美で洗練されたデザインだ。以前マグルの絵本で読んだ────何だっけ、そう、シンデレラの馬車ってこんな感じだろうか、とレイチェルは想像した。まあ、この馬車はカボチャでできているわけではないだろうし、シンデレラの馬車はこんなに大きくはないだろうけれど。扉には、交差する3本の杖とその杖先から出た星の意匠が描かれている。本にも載っていた、ボーバトン・アカデミーの校章だ。
そして、馬車の中から現れた女性もとても背が高かった。ハグリッドと同じか────スラッとしているのでハグリッドほどの威圧感はないけれど────もしかしたら、ハグリッド以上に。淡い色の馬車を見た後だからか、全身に纏った黒繻子と大きなブラックオパール、そして艶やかな黒髪がとても印象的だ。ダンブルドアがマダム・マクシームと呼んだその女性が、ボーバトン・アカデミーの校長のようだ。どうやらボーバトンの制服のローブはホグワーツよりも薄手らしく、マダム・マクシームと十数名の生徒達は挨拶もそこそこに先に城の中へと入っていった。

「ダームストラングはまだなのかしら?」
「あれの後じゃ、何が起きても霞みそうだよなー」

レイチェルが首を傾げれば、ロジャーが肩を竦めた。まあ確かに、ボーバトンの登場の仕方は、華々しいと言うか、端的に言えばかなり派手だった。箒でも、絨毯でもなく、荘厳な巨大な馬車。あれと同じくらいのインパクトとなると、なかなか難しい気がする。
そんなおしゃべりは、闇の中から聞こえてきた不気味な音によってかき消されてしまった。嵐の夜のような、くぐもったようなゴロゴロと言う音。バスタブの栓を抜いたときのような、勢いよく水を吸い込むような音────。

「湖を見ろよ!」

誰かがそう叫ぶのが聞こえて、生徒達は一斉に湖へと視線を向けた。暗がりの中、月明かりで照らされた湖の凪いだ水面が、風もないのに突然波立ち、グルグルと大きな渦を巻いていた。湖全体が沸騰したかのように大きな泡が浮かんでは消え、渦の中心からは何か棒のようなものがせり上がって来るのが見えた。

「船だ! あれは帆柱だ!」

その通りだった。湖の底から少しずつ姿を見せたのは、大きな船だった。こっちもやっぱり、マグルの絵本の挿絵にありそうな雰囲気だと思った。お姫様や妖精の出てくるおとぎ話と言うよりは、スリル満点の冒険物語にありそうな雰囲気だ。ボーバトンの馬車のようにきらびやかとは違い、どちらかと言えばその反対。同じくらい大きくて立派ではあるけれど、余計な装飾は一切削ぎ落したように、とてもシンプルで重厚な造りだ。暗がりのせいか、少し寂れて不気味に見えた。船の丸い窓から見える灯りは青白く、温かさよりもむしろ寒々とした印象を与えた。
船は静かに岸へと近づき、やがて乗員達が下船した。ダームストラングの生徒達はボーバトンとは反対に温かそうな毛皮のマントを着ていた。先頭を歩く銀色の毛皮を着た男性が、ダームストラングのカルカロフ校長だ。ダンブルドアと和やかに会話するカルカロフを横目に、パメラがこっそりと囁いた。

「ねえ、レイチェル。あれ、どうやったの?」
「んー……わからないけど……たぶん、湖の底に移動キーを使ったのかしら……?」
「底に? 何で? 船はともかく、移動キーなら最初から水面でいいんじゃないの?」
「えっと……」

……やっぱり、その方が派手だからじゃないだろうか。
ホグワーツがここ数日の大掃除でピカピカに磨きあげられ、飾り付けられ、教授達が生徒達を真面目で行儀よく見せようとしたのと同じで────ライバル校が顔を合わせるとなると見栄を張りたくなるものなのだろう。たぶん。

 

 

 

ボーバトンの馬車やダームストラングの船には驚かされたが、ホグワーツの大広間だってきっと同じくらい客人達を驚かせるだろうとレイチェルは思った。大広間は祝宴のために飾り付けられ、教職員テーブルの後ろにはホグワーツの校章、そして生徒達のテーブル側の壁には各寮のエンブレムが刺繍された大きな絹の垂れ幕がかかっている。空を映す天井には、満天の星空が広がっていた。宙に浮かんだ何百と言う蝋燭の灯りが温かく、そして楽しげに揺らめいている。
城の外に居た全員が無事に席に着き、ダンブルドアの短い挨拶が終わると、キラキラ輝く金の大皿はおなじみのホグワーツのごちそうと、そして見たこともない外国の料理でいっぱいになった。そして、いつもより賑やかな宴が始まった。

「制服可愛くていいなあー」

ホグワーツのローブも悪くはないけどと、パメラが溜息を吐いた。パメラの視線は、近くに座るボーバトンの女子生徒のローブへと向けられている。シンボルカラーのせいなのかどうかはわからないけれど、先に大広間へと入っていたボーバトンの生徒達は、レイブンクローのテーブルに座っていた。馬車の色と似た、レイチェル達のネクタイよりずっと淡いパステルブルーは、ボーバトンのシンボルカラーなのだろう。爽やかな色合いの薄いシルクで仕立てられたローブは、確かに優美な印象でとても素敵だ。

「エリザベス、あのローブ似合いそうよね」
「クロディーヌもね!……って言うか、クロディーヌはそもそもあっちに行っててもおかしくなかったんだっけ。クロディーヌのパパ、ボーバトン卒なんでしょ」

パメラの言葉に、レイチェルはテーブルの端へと視線を向けた。さっき整列したままの流れで移動してテーブルについたせいで、エリザベスとは席が離れてしまったのだ。すぐ隣にはクロディーヌも居る。2人とも、近くに座ったボーバトンの生徒達と何か話しているようだった。そう言えば、エリザベスは確かフランス語の勉強をしていると言っていたっけ。

「うわぁ、ねえ、見てよレイチェル!すっごい美少女! ほら、あの子!エリザベスの正面!」

パメラに興奮した様子で肩を叩かれて、レイチェルはエリザベスの向かい側に座っている少女へと視線を移した。そして、あっと声を上げそうになった。そこにはパメラの言う通り、とびきりの美少女が座っていた。まるでビスクドールのように整った目鼻立ち。大きな瞳、スッと通った鼻筋。そして────艶やかな長いシルバーブロンド。

「あの子……」
「どうしたの、レイチェル。知り合い?」
「うーん……知り合いってほどではないんだけど……」

たぶん────ワールドカップの会場で出会った、あの女の子だ。たぶんと言うか、間違いなく。薄っすらと光り輝くような、どこか幻想的なまでの美貌は、一目見たらまず忘れない。
……やっぱり、彼女はヴィーラの血が入っているのだろうか? 美少女の姿を一目見た途端、ゴブレットから盛大に水をテーブルへ零しているロジャーを見て、レイチェルはそんなことを考えた。ロジャーだけでなく、彼女の近くに座っているホグワーツの男子達は大体似たような様子だ。さすがにボーバトンの生徒達は慣れているのか、大丈夫なようだけれど……そんなことを考えていたら、近くの席に座っていたボーバトンの男子生徒と目が合った。

「もしかして、これかしら? どうぞ」
「Merci……アー……どうもありがとう」
「どういたしま……えっと……Je、Je vous en prie?」

どうやらレイチェルのすぐ傍にあった、マスタードの壺が取りたかったらしい。男の子から手が届く場所に壺を置いて、エリザベスに以前教えてもらったフレーズを口にしてみると、どうやら通じたようだ。相手がニッコリ笑ってくれたので、レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。間違っていなかったようでよかった。

レイチェル、フランス語わかるんだっけ?」
「そんなわけないじゃない。これだけエリザベスに習ったの。パメラも知ってるわ」

ようやく美少女の魅了から回復したらしいロジャーに問いかけられて、レイチェルは静かに首を振った。残念ながら、レイチェルにわかるフランス語は『こんにちは』『さようなら』『ありがとう』『どういたしまして』の4つだけだ。さっきから近くで飛び交っている会話は、ちんぷんかんぷんだ。言葉の壁があるとは言え、せっかくホグワーツに来てくれたのだし、できるのなら仲良くしたいと思うけれど────。

「ロジャーもフランス語勉強してみれば? あの美少女とお近づきになれるかもよ!」
「んー……どっちかって言うと、あの子に教わりたいよな。その方が上達早いって聞くし?」

からかうように言ったパメラに、ロジャーがニヤッと笑ってみせた。
……いかにもロジャーらしいし、“親交を深める”のも対抗試合の目的とは言え、外国のお客様と恋愛で拗れるのはできればやめてほしい。何だかあまり雲行きが良くないような気がして、レイチェルは話題を変えることにした。

「それにしても、びっくりよね。まさか、選手団の中に“あの”クラムが居るなんて」

言って、レイチェルはスリザリンのテーブルを振り返った。今、大広間にはあの美少女以上に、ホグワーツ生の注目を集めている人物が居た。言わずと知れた、あのワールドカップ決勝戦で素晴らしいプレーを見せてくれたシーカーだ。ダームストラングに留学中で、彼も代表選手にエントリーするらしい。

「サイン欲しいよなあ。でも、クィディッチ選手として来てるわけじゃないんだから、断られるか」
「うーん……オーケーしてくれるかもしれないけど……そもそも、ホグワーツ中の生徒がサインをねだったら、書くの大変よね……」
「だよなあ……」

ロジャーが残念そうに溜息を吐いた。
正直、レイチェルもちょっとサインが欲しい気持ちはある。この機会を逃したら、たぶん世界的に有名なクィディッチ選手と話せる機会なんてないだろうし。でも、皆がそう考えたとしたら、それに対応しなければいけないクラムには迷惑だろう。

「なんか、あんな有名人がすぐ近くで私達と同じ物を食べてるのって変な感じ」

ブラマンジェを一口食べて、レイチェルはしみじみと呟いた。
年齢から言って学生かもしれないとはわかっていたけれど、実際に制服のローブを着ているのを見ても、何だかまだ実感が湧かない。新聞記事で読んだり、あの大きなスタジアムで必死に万眼鏡で追いかけていた相手が、今は同じ学生としてホグワーツに居るなんて。セドリックも今頃、ハッフルパフのテーブルでそわそわしていそうだ。

「それを言ったら、ホグワーツにだってとびきりの有名人が居るだろ。『生き残った男の子』が」

呆れたようなロジャーの言葉に、レイチェルはぱちりと瞬きをした。
そう言えばそうだった。確かに、もしかしたらボーバトンやダームストラングの生徒達からしてみれば、ハリー・ポッターこそが興味の対象なのかもしれない。

「クラムとハリー・ポッターだったら、どっちが有名なの?」

パメラの質問に、レイチェルとロジャーは思わず顔を見合わせた。
ヴィクトール・クラムとハリー・ポッター。世界でもトップクラスのシーカーで、今季のワールドカップ最年少でチームを決勝まで導いたプロ選手と、赤ん坊の頃に例のあの人を破った魔法界の英雄。

「それはまあ……どう考えてもハリー・ポッターだろ。なあ?」

同意を求められて、レイチェルも躊躇いがちに頷いた。
クィディッチは子供からお年寄りまで、魔法界の人々を熱狂させる大人気のスポーツだけれど、興味がないと言う人も中には居る。贔屓のチーム以外や、外国の選手は知らないと言う人も居る。
対して、ハリー・ポッターは────たぶん、イギリスの魔法族でその名前と偉業を知らない人は居ないし、世界的に見てもかなり知名度は高いだろう。……本人を見ていると、あまりにも普通の男の子で、時々その事実を忘れてしまいそうになるけれど。
クラムも、実際に話してみたらもしかしたら意外と普通の男の子なのかもしれない。グリフィンドールのテーブルでハーマイオニーと楽しそうに笑っているハリー・ポッターを眺めながら、レイチェルはぼんやりとそんなことを考えた。

 

 

 

テーブルに着く誰もがフォークやスプーンを置き、金の皿の上から食べ物がなくなると、ようやく生徒達が待ちに待った対抗試合の説明が始まった。まず、ダンブルドアは2人の人物を紹介した。いずれも魔法省の役人で、バーティ・クラウチ氏とルード・バグマン氏。どちらもレイチェルにとっては、ワールドカップのキャンプ場でエイモスおじさんの仕事仲間として紹介され、印象に残っていた人物だった。忙しいのかほとんど足を止めずに行ってしまった────だから結局レイチェルもセドリックも直接会話はしていない────クラウチ氏と、元プロ選手で、レイチェル達未成年をクィディッチ賭博に巻き込もうとしたバグマン氏。気難しそうなクラウチ氏と、陽気に笑みを浮かべたバグマン氏は、並んでいると何だかちぐはぐな印象だ。代表校の校長3人と、彼ら2人の合わせて5人の協力によって今回の対抗試合の開催が実現され、そしてこの5人が選手達が挑戦する課題の審査員を務めるのだと言う。
そして次はいよいよ、代表選手の選考方法についての説明が始まった。

「箱に比べて中身が地味すぎない?」

パメラの呟きは恐らくほとんどの生徒が思ったことで、宝石がちりばめられたいかにも貴重そうな箱から取り出されたのは、素朴な木のゴブレットだった。レイチェルはそのゴブレットを写真で見たことがあった。前回もそれ以前も、代表選手を選出するのに用いられてきた、“炎のゴブレット”だ。その名の通り、杯はその中に美しい青白い炎を厳かに湛えている。どこか神秘的な雰囲気と存在感に、レイチェルはごくりと唾を飲んだ。

「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校をはっきり書き、このゴブレットの中に入れねばならぬ」

大広間に居る誰もが、ダンブルドアの言葉を一言も聞きもらすまいと耳を澄ませていた。
ゴブレットに名前を入れる猶予は、今から24時間以内であること。明日のハロウィーンの夜に、ゴブレットは各校から選手に相応しい1人を選んで、その名前を示すこと。17歳以上と言う立候補の制限を守るため、ゴブレットの周りにはダンブルドアが年齢線を引くこと────。
そして、ダンブルドアが必要事項を全てを語り終えると、もう夜も更けているからと生徒達は寮に戻るよう言い渡された。

レイチェル、もしかして眠れないの?」

色々なことがあって疲れているはずなのに、部屋に戻ってベッドに入っても、レイチェルは寝つけずにいた。親友達の眠りを妨げないように物音は立てないようにしていたつもりだけれど、どうやらバレていたらしい。パメラのに問いかけにどう答えたらいいものかと迷っていると、パメラはベッドサイドテーブルの杖を手に取ると、パッと部屋の中の灯りをつけた。

「ごめんね。あの、気にしないで、2人は寝てて……」
「いいのよ。明日は休日ですもの。……セドリックのことが心配なのね?」

そう言って眉を下げるエリザベスに、レイチェルこくりと首を縦に動かした。
もしかしたら今頃セドリックはもうゴブレットに名前を入れたかもしれないと思うと、何だか胸がざわついて眠れなかった。猶予はたったの24時間だ。まだ迷っていて、明日立候補する人も居るだろう。けれど、セドリックの場合はもう立候補の決意を固めているのだから────さっき宴会がお開きになったときは友人達と寮に戻っていくのが見えたけれど、もしかしたらあの後大広間に引き返したかもしれない。

「まあ、ダンブルドア、最後の最後で結構脅すようなこと言ってたもんね。心配にもなるか」

ハーブティーでも入れましょと、パメラがベッドから立ち上がって伸びをする。
パメラの言う通り、宴の最後にダンブルドアが告げた言葉が気になっていた。『軽々しく名乗りを上げてはいけない』『代表選手になったら最後まで試合を戦い抜く義務がある』『ゴブレットに名前を入れた時点で魔法契約によって拘束される』。
以前の対抗試合では、代表選手は課題を遂行できず死者が出た。今回は、そうならないように魔法省や校長達が万全を期したとわかっているのに。セドリックを応援すると決めたはずなのに────セドリックなら大丈夫だと信じると決めたのに、こんなに簡単に不安になってしまう自分が嫌になる。

「セドリックなら大丈夫よ」

エリザベスはレイチェルのベッドの端に腰かけると、そっと両手で包みこむようにして手を握ってくれた。わかっている。セドリックならきっと大丈夫だ。セドリックが挑戦したがっていることに、反対なんてしたくない。応援したい。でも、心配になってしまう。胸の中に不安が渦巻いて、どうにも落ち着かない。

「校長先生が仰っていたでしょう? 代表選手に必要なものは何かって……『魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力────』」
「ちょっと待ってエリザベス!まさかさっきの一言一句覚えてるわけ!?」
「……それから、『危険に対処する能力』」

ギョッとしたように言うパメラを無視して、エリザベスは静かな口調で続けた。そんな親友達のやり取りに、レイチェルは何だかふっと肩の力が抜けるのを感じた。エリザベスの言葉を、もう一度自分の頭の中で反芻してみる。

「……セドは、全部持ってる」
「でしょう?」
「はい、これ飲んで。落ち着くから」

柔らかく微笑むエリザベスに、レイチェルもつられて微笑んだ。パメラが淹れてくれたハーブティーを一口含むと、じんわりと喉から胸に温かさが広がっていく。
そうだ。エリザベスの言う通りだ。セドリックならきっと大丈夫。だって、どんな危険な課題だって、セドリックならそれに立ち向かうのに必要なものは全て持っているのだから。

「……ありがとう、2人とも」
「「どういたしまして」」

不安に思う必要なんてない。きっと大丈夫だ。あれは、きっと、年齢制限を満たしてない生徒や、出来心で立候補しようとする生徒に向けての言葉だ。セドリックにはあてはまらない。課題を決めた魔法省の人達だって、17歳以上なら問題ないと判断したのだから。セドリックは大丈夫。セドリックなら、どんな危険な課題だって乗り越えられる。信じて応援すると、決めたじゃないか。

「おやすみなさい」
「おやすみなさい、レイチェル。良い夢を」

カップに残ったカモミールの香りが鼻腔をくすぐる。柔らかなベッドに身を沈めて、レイチェルは今度こそ安心して眠りについた。

ボーバトンとダームストラング

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