もしもクロディーヌの言うことが当たっていたら────たぶん違うと思うけれど、万が一そうだとしたら────一体どうすればいいのだろう? ただでさえジョージの気まぐれな言動には振り回されているのに、あんなこと言われたら余計に意識してしまう。
レイチェルの思考が新たな迷路へと迷い込んでいるうちに、気づけば10月も終わりが近づいていた。
木曜日の午後、薬草学の授業から戻ってきたレイチェル達が玄関ホールの前を通りかかると、何やら人だかりができていた。楽しげなざわめきの中心には、昨日はなかった小さな掲示版が立てられていた。
三大魔法学校対抗試合
ボーバトンとダームストラングの代表団が10月30日 金曜日 午後6時に到着する。そのため、授業を通常より30分早く終了し、歓迎会を行う。お客様を出迎えるため、全校生徒は鞄と教科書を寮に置き、玄関ホールに集合すること。
10月30日────たったの1週間後だ!
このときばかりは、レイチェルの頭の中からすっかりジョージのこともクロディーヌの言葉も吹き飛んだ。
もっともそれは、レイチェルに限ったことではない。ゴーストや肖像画も含めて、ホグワーツに居る誰もがそんな様子だった。授業や課題の慌しさによって一時収まっていた対抗試合への関心が、この掲示板の存在によってまた急速に高まった。いよいよ世紀のイベントが始まると言う興奮で、城中のどこを歩いても、対抗試合の話題で持ちきりだった。立候補する生徒の名前や、課題の内容、あるいはライバル校の代表選手について、ありとあらゆる噂が飛び交っていた。
「どうせなら、レイブンクローから代表選手が出てほしいよな」
夕食の席でロジャーの言葉に、近くの席に座っていた生徒達が口々に同意する。
まあ、たぶん、どこの寮の生徒もそう思っているだろう。選ばれるたった1人はホグワーツ全員の代表なのだから、もちろん誰であろうと精一杯応援するつもりだ。そもそもレイチェルが選手になって欲しいと応援しているセドリックは────そしてフレッドとジョージも────レイブンクロー生ではないのだし。できたら自分の友達や知り合いの上級生がなってくれたら嬉しいし、知り合いではなかったとしても応援したいと思えるような感じの良い人であって欲しいし、自分の寮から選手が出てくれたら誇らしい。そんな感じだ。
「俺も立候補したかったなあ。誕生日がたった数ヶ月遅いだけなのに、不公平だろ」
「制限があるのは仕方ないにしても、学年で区切ればいいのにね!『6年生まで』じゃダメなわけ? 成人してるかどうかってそんなに大事?」
残念そうに溜息を吐くロジャーに、パメラも全くだと同意する。言われてみればそうだ。知識や経験が足りない下級生が危険だと言うのは理解できるけれど、確かに“知識や経験”だけが理由なら6年生なら17歳でも16歳でも変わらないような気がする。
「魔法契約の問題じゃないかしら? 未成年の場合は、自分の意志だけで契約を結べないから……同意書や契約書なんかも、保護者がサインしないといけないでしょう?」
「あー……それはありそうだな。『万が一試合で死んでも文句ありません』って契約書にサインしろって言われたら、俺が親なら理事会と魔法省に吼えメール出すもん」
エリザベスが考え深げに呟くと、ロジャーがもう一度溜息を吐いた。確かにそう言った事情はありそうだ。万全の対策をするから、万が一なんてことはないだろうけれど……それでも危険な課題なら、怪我をしてしまう可能性はあるかもしれない。
「何人くらい立候補するんだろうな。レイチェル、どう思う?」
「さあ……人には言わずに立候補するって人も居るだろうし……」
もしもレイチェルが立候補するなら、できたら誰にも気づかれずにこっそり立候補したい。代表選手の枠はたった1人だから競争率が高そうだし、投票で選ばれるわけでもないから、あまり人に知ってもらう必要もないだろうし。
「あっ、ねえ!クロディーヌ、先月、誕生日だったわよね? 立候補しないの?」
「しないわ。『永久の栄光』とか『学校の栄誉』って、そんなに興味がないのよね。痛いこととか面倒なこととかって好きじゃないし」
期待した様子で聞いたパメラに、クロディーヌが肩を竦める。何とも彼女らしい答えだが、レイチェルには共感できる気がした。スリルや冒険にワクワクできるか、積極的に味わいたいかどうかは、その人の性格によるだろう。レイチェルもどちらかと言えばできたら避けたいと思ってしまうタイプだ。
「ペニーは?立候補しないの? ペニーならきっと選ばれるのに!」
諦めきれないらしいパメラは今度は近くに座っていたペネロピーを見つめた。ペネロピーは7年生だから当然もう17歳だし、レイブンクローの中でもとりわけ優秀な学生だ。話を振られたペネロピーは、困ったように苦笑してみせた。
「興味はあるんだけど、ちょっと迷うのよね……NEWTの勉強もあるし……もし選手になったらやっぱり無理だから辞退しますってわけにはいかないでしょ?」
「そこだよな。対抗試合の選手になったら自動的にNEWTが全科目優がもらえるんなら、喜んでエントリーするんだけどな」
ペネロピーの近くに座っていた7年生達も会話に加わった。確かに、7年生はNEWTの対策もしなければいけない。OWLと同様、いやそれ以上に進路を左右する重要な試験だと聞くし、対抗試合の課題の対策と両立するのは大変そうだ。
「生涯年収ってわかるか? 1000ガリオンの賞金は、学生の俺達にとっちゃ大金だ。けど、この1年を対抗試合に費やして、NEWTの対策が疎かになれば、その損失はそれどころじゃ済まないわけだ」
「一生遊んで暮らせる金額ってわけじゃないもんなあ。対抗試合の選手になりましたーって、どの程度就職のとき評価してもらえるのかもわかんねーし」
言われてみれば……賞金の1000ガリオンと言う金額は、レイチェルのお小遣いと比べるととてつもない大金に思えたけれど、来年の今頃は社会人になる彼らからしたら目の色を変える金額ではないのかもしれない。そうなのかもしれないけれど……。
「7年生で立候補する奴が居たとしたら、NEWTなんて余裕だって自信家か、それともNEWTが絶望的で一発逆転を狙う野心家か。そうじゃなきゃ、何も考えてない命知らずのバカだけだろ」
「僕はグリフィンドールの7年生の誰かが選ばれると思う。彼らはイベント好きだから、面白がって集団でエントリーするだろうし。いくら資格があるって言っても、さすがに6年生が選ばれることはないよ」
「あとは考えたくないけどスリザリンの奴らも何人かエントリーするかもなー。そもそも就職必要なかったらNEWT関係ないもんなあ」
「もう!せっかく盛り上がってるときに夢のないことばっかり言わないでよ!」
最高学年の生徒達のあまりにも現実的な────現実的すぎる意見に、パメラが嫌そうに眉を顰めた。エリザベスは難しい表情で黙りこくってしまったし、ペネロピーはさっきから困った顔で微笑んだままだ。レイチェルも何と言っていいものかわからず、ゴブレットのかぼちゃジュースを喉に流し込んだ。楽しいイベントの話題で盛り上がっていたはずが、まさかこんなに生々しい話になってしまうなんて。よく言えば冷静と言うか、論理的なんだろうけれど、確かにパメラの言う通り夢がない。
レイチェルは隣に座るロジャーを振り向いた。付け合わせのマッシュポテトを頬張っていたロジャーが、視線に気づいて首を傾げる。
「……何だよ? レイチェル」
「ううん」
不思議そうな表情をするロジャーに、レイチェルは何でもないと首を振った。
今はクィディッチや対抗試合のことに目をキラキラさせているロジャーも、来年の今頃にはこんな風になってしまうのだろうか。そう考えると、ちょっと寂しいような気がする。
土曜日は久々の晴れ模様だった。
せっかくいい天気なのだからと、レイチェルは昼食を食べ終えたあと、城の外へと出てきていた。もちろん、おしゃべりのお供にお菓子や紅茶も用意して。湖の見える木陰に並んで座って、ちょっとしたピクニック気分だ。ここでもやっぱり、話題は対抗試合についてだった。
「年齢制限って不公平よ。次のトーナメントに参加できない生徒だって多いんだから」
可愛らしく唇を尖らせるジニーの不満はもっともだ。5年に1度きりの開催では、当然1度もチャンスが回ってこない生徒も多く居る。ジニー達の学年はまさしくちょうどその狭間なので、今回の特別措置には文句のひとつも言いたくなってしまうだろう。
「レイチェルもそうでしょ? 次の開催のときにはもう卒業しちゃってるじゃない」
「うーん。まあ、あんまり公平ではないわよね……」
とは言え、レイチェルの場合は「やっぱり6年生以上なら立候補可にします」と言われても迷ってしまう気がするので、それほど強い不満はないのだけれど。クィディッチもそうだけれど、どちらかと言うとプレイするよりも観客の方が向いている気がする。
「ねえ、そう言えば。セドリック、代表選手に立候補するんでしょ?」
「ええ。そうだけど……誰から聞いたの?」
「ハッフルパフの子から。すごい噂になってたよ」
どうやらレイチェルの知らない間に、セドリックのエントリーは話題になっていたらしい。まあたぶんこの間のレイチェル達のように、立候補しないのかと同じ寮の誰かに聞かれて、素直にYESと答えたのだろうと想像はつくけれど。
「あれ?レイチェル」
「あ、セド」
噂をすれば何とやら。向こうから歩いてくるのは、たった今話に出ていた幼馴染だった。手には箒を持っている。方向からして、たぶん競技場から城へと戻るところなのだろう。近くで見ると、箒に乗っていたせいでちょっと髪がクシャクシャだった。
「クィディッチの練習?」
「と言うよりは、遊びかな。朝からみんなでゲームしてたんだよ」
「今終わったとこなの? ってことは、昼食もとらずに?」
「うっかり食べ損なっちゃったな……時計を見るの忘れてて」
セドリックが苦笑した。どうやら熱中するあまり、昼食の時間を逃してしまったらしい。だとしたら相当お腹が空いているだろう。お茶の時間まではまだ随分と時間があるし、たっぷり運動した後に何も食べれないなんて、あまりにも悲しい。
「じゃあ、これあげる。はい、あーんして?」
レイチェルは持ってきたお菓子の中から、セドリックの好きそうなものを1つ選んだ。あまり甘すぎなさそうな、生地に紅茶と林檎が入ったマフィンだ。やっぱりお腹が空いていたらしく、セドリックは一口でぺろりと平らげてしまった。「あんまりお腹空くと、気持ち悪くならない?」
「ちょっとね。実は、僕以外のみんなは今厨房に行ってるんだ。この時間ならまだ昼食の残りがあるはずだから」
道具の片付けなんかもあったから、慣れているセドが残ったらしい。なるほど。厨房への入り方を知っているハッフルパフ生なら、そんな手段が使えるのか。もしかして、いざと言うときの手段があるから昼食の時間をうっかり忘れてしまったのだろうか。
「お菓子ありがとう。じゃあ、僕、行くね」
「うん。引き止めてごめんね」
せっかく友人達が厨房まで昼食を調達しに行っているのなら、またしても出遅れて食べ損なってしまったら大変だ。10代の男の子達の食欲は凄まじい。またあとでと手を振って、レイチェルは城へと向かうセドリックの背中を見送った。
「あ、ごめんねジニー。……どうしたの?」
すっかりセドリックと2人で話しこんでしまって、会話に置いてきぼりにしてしまった。申し訳ないことをしてしまったとジニーを振り向くと、なぜかジニーは白い頬をほんのりと赤らめていた。
「ねえ……レイチェルとセドリックって、やっぱり付き合ってるの?」
「え?」
難しい表情でそんな質問をしてきたジニーに、レイチェルはぱちりと瞬きをした。去年、同級生から散々同じ質問をされたけれど、何だか久しぶりに聞いたので新鮮だ。しかし、久々に聞かれたところでやっぱり答えは変わらない。
「付き合ってないけど……」
「嘘! 今のって、どう見ても恋人同士のやりとりだったもの! だって、そうじゃないのに、あんな……『はい、あーん』なんて、しないでしょ!? 他の男子にはしないでしょ!?」
「しないけど……何て言うか、セドはそう言う対象じゃなくて……お互い何とも思ってないから、できるの。兄妹みたいなものって言うか……」
「兄妹なら、私にもたくさんいるけど! だからって、あんなことしないわよ!」
「別に、いつもやってるわけじゃ……」
ペットのふくろうじゃないんだから、いつもレイチェルが手から何か食べさせてるわけじゃない。偶然と言うか、成り行きだ。お皿もなかったし、ちょうどセドリックなら一口で食べられそうな大きさだったし、セドリックは箒で片手が塞がっていたし。
「……あんなにハンサムな男の子が近くに居て、何とも思わないの?」
「セドがハンサムだってことは一応知ってるつもりだけど……でも、何て言うか……セドはセドだもの」
何だかこのやりとりも、既視感がある。怪訝そうな表情のジニーに、レイチェルは思わず苦笑した。ジニーは別にセドリックに恋をしているわけじゃないだろうけれど────だってジニーが好きなのはハリー・ポッターなのだし────やっぱり、そう見えてしまうらしい。
「レイチェル達の関係って、よくわかんない」
小さく溜息を吐いて、ジニーはおいしそうなブルーベリーのマフィンを手に取った。表情からするとまだ納得できていなさそうな様子だったけれど、どうやらこれ以上の追及は諦めてくれたようだ。レイチェルもまた、チョコチップのものを1口齧った。
「セドリックが代表選手になったら、ますます人気になりそうだよね」
うちの学年にもファンが多いよと、ジニーが肩を竦めてみせた。言われてみればそうだ。ホグワーツの代表選手なんて、いかにも皆の憧れの存在だろう。そうなったらまた、今みたいなやりとりも増えてくるのだろうか。……まあ、そうしたらそのとき考えよう。
幼馴染だから、仲が良いだけ。
下級生の頃はその言葉に納得してもらえていたのが、学年が上がるにつれて奇妙な顔をされることが多くなった。たった1人の特別で、大切な存在。家族みたいだけれど血は繋がってないし、性別を超えた友情だとは言い切れない。でも兄妹や友人にしては近すぎるらしく、結果的に恋人同士なんじゃないかと誤解される。
周りが想像するとおり、いっそ恋ならばもっと話はシンプルだったのかもしれない。でも、レイチェルが好きになったのはセドリック以外の男の子だった。
自分ではセドリックに向ける感情は恋じゃないと思っていたからこそ、恋だと決めつけられることがもどかしくて、息苦しかった。そうでなければダメなのだと、レイチェルとセドリックにとっての「いつも通り」は「ただの幼馴染」には相応しくないと言われているようで。そんな小さな違和感は放っておくうちにどんどん膨らんで、とうとうセドリックを好きな女の子達から敵意を向けられることになってしまった。
レイチェルなんかじゃ、皆の憧れのセドリックには釣り合わない────実際に直接そう言って来ない人達も、きっとそう思っているんだろうと不安になって。どんどん前に進むセドリックが遠くに行ってしまう気がして、セドリックみたいにできない自分が悲しくて。これが恋なのかどうかも、結局自分ではよくわからなくて。
もう、オッタリー・セント・キャッチポールに2人きりだった子供の頃とは違うのに。ただ幼馴染だと言うそれだけであの頃と同じに隣に居るのは、セドリックにとってはただの重荷でしかないんじゃないかと。疑心暗鬼に駆られたレイチェルは、セドリックと距離を置こうとした。セドリックに甘えて、頼ってばかりの自分が恥ずかしくて、変えたかった。
重荷なんかじゃない。恋なのかどうかなんて、今はわからないままでいい。だからこれまで通り傍に居てほしいと、そう言ってくれたのはセドリックだった。
「お誕生日おめでとう。セド」
5歳のあの頃とは変わってしまったものもたくさんあるけれど、変わらないものもある。この日、この言葉をセドリックに贈ること。ありがとうと返って来る笑顔も、あの頃と同じ。もっとも、1番最初におめでとうを言う特権はなくなってしまったし、バースデーケーキもここにはない。何もか同じ、とは行かないけれど。
「これでもう、セドは学校の外でも魔法使えるのね」
「そうだね。でも何だか、あんまり実感が湧かないな」
セドリックは今日で17歳になった。つまり、成人────何だかすごく、重々しい響きだ。レイチェルの目には、昨日と同じセドリックに見えるのに。明日からも並んで授業を受けるのに、セドリックだけ今日から急に大人だなんて、不思議な気がする。
「はい。じゃあこれ、セドに。誕生日プレゼント」
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
どうしてか、誕生日と言うのは妙に感傷的な気分になってしまう。気を取り直して、レイチェルは背中に隠していた包みをセドリックに渡した。ふくろう通販で頼んでいたものだ。リボンと包装紙を解いたセドリックは、中身を見て驚いたような表情になった。
「これ……日記帳?」
その通りだ。鍵付きの日記帳と羽根ペン。せっかくの成人のお祝いだからと、奮発してホグズミードにも店舗がある高級文具店のものを選んだ。滑らかなキャラメル色の革表紙の端には、金色でセドリックのイニシャルとスニッチの意匠が箔押しされている。
「そう。セド、今でも日記書いてるでしょ?」
「毎日じゃないけどね」
日記をつけようとしても長続きしないレイチェルと違って、ホグワーツに入学する前のセドリックは毎日きちんと日記を書いていた。入学してからは忙しくなったこともあって、特別なことがあったときや書きとめておきたいことがあるときだけだと言っていたけれど。
「今年はセドにとって、今まで以上に特別な1年になると思うから」
対抗試合の開催こそまさしく、「書きとめておくべき特別なこと」だろう。だから、自分では買わないような、少し立派な装丁の日記帳を贈ってはどうかと思ったのだ。
レイチェルがそう言うと、セドリックが何だか表情を曇らせた。……気に入らなかったのだろうか? いやでも、デザインはセドリックの好みから外れていないはずだし……もしかして、別の誰かからのプレゼントと被ってしまっただろうか? ありえる。日記をプレゼントすることは伝えてなかったし、他にも同じ考えの人が居たのかもしれない。誕生日プレゼントの日記帳が2冊も手元にあったら、確かにちょっと困りそうだ。
「……僕、代表選手に選ばれないかもしれないよ?」
レイチェルまでどうしようかと不安になりかけたとき、セドリックがポツリと呟いた。予想外の言葉に、ぱちりと瞬きをする。どうやら誕生日プレゼントの買い直しは必要なさそうだとちょっとホッとして、レイチェルはニッコリした。「セドならきっと選ばれるもの。自信持って大丈夫。それに……もし選手に選ばれなかったとしても、セドなら、ふてくされたり卑屈になったりせずに、選手になった人を応援するでしょ?」
セドリックなら、きっとそうする。セドリックにたった1つ苦手なことがあるとしたら、誰かに悪感情を向けることだろう。自分が選手になれなかったからと言って、セドリックは選ばれた誰かを妬んだりしないだろうし、せっかくのイベントを楽しもうと気持ちを切り替えることができる。幼馴染として、レイチェルにはそんな確信があった。
「……レイチェルの中の僕って、ちょっと良い人すぎない?」
「そんなことないわ。去年、何も卑怯なことしてないのに『僕がスニッチをとるべきじゃなかった』なんて落ち込んでた誰かさんにそんなこと言われるとは思わなかったけど」
「あれは……だって、フェアじゃなかったよ」
困ったように頬を掻くセドリックに、レイチェルは思わずクスクス笑ってしまった。ほら、やっぱりだ。セドリックはいつだって、誰に対しても公正で、誠実であろうとする。人を出し抜いたり、貶めるなんてことは、きっと頼まれてもできないだろう。
「17歳おめでとう。今年もセドにとって、素敵な1年になりますように」
誰にとっても17歳の1年間はきっと特別で、そして今年はその上特別な対抗試合まである。
4年に1度のワールドカップだってあんなに盛り上がったのだから、100年以上ぶりに行われるイベントは、それ以上だろう。セドリックが選手になったとしても、そうでなくても、きっと素晴らしい経験になるはずだ。レイチェルも、今年はほんの少しだけ日記をつけてみようかと、以前マグルのお店で買った可愛いノートをおろそうかと思っている。
「そうだ。あのね、この鍵、すごいの! クィディッチ用品のメーカーが作ってるんだけど、スニッチの肉の記憶と同じ技術を使ってて……セド本人がやらないと、数字が正しくても開かないんだって!」
日記についている鍵は数字を揃えて開けるよくあるタイプだが、これはスニッチと同じ金属でできている特別製で、最初に触った人────つまり持ち主の指でなければ開けられないようになっている。うっかり机の上に置きっぱなしにしておいても、誰かに見られる心配をせずに済む優れものだ。
「セド、昔、ジョンに勝手に日記を読まれて喧嘩したって言ってたでしょ? これなら安心かなと思って」
「ジョンもさすがにもうそんなことしないと思うよ……」
たぶん、と自信なさそうにセドリックが付け加えたので、レイチェルはまたクスクス笑ってしまった。まあ、その話を聞いたのも下級生の頃だし、さすがに6年生にもなって人の日記を盗み見るとはレイチェルも思っていない。だから、鍵は必要ないかな、とも考えたけれど。
「大事に使うよ。ありがとう、レイチェル」
「そうしてくれたら嬉しいわ」
でも、気遣い屋で人の気持ちを思いやってばかりいるセドリックだからこそ────いつも自分の気持ちより相手を優先して言葉を呑みこんでしまうから、日記の中でくらい自分の思ったことを自由に綴ってほしいなと思ったのだ。何だか照れくさいから、本人には伝えられそうにないけれど。
「おじさん達からのプレゼントは、やっぱり時計?」
「うん。成人のお祝いだからって」
セドリックが見せてくれた懐中時計は、一目で上等な品だとわかるものだった。少しアンティークな雰囲気で、曇りなく磨き上げられた表面はくすんだ金色をしている。長く使うことを考えて、あえてシンプルなデザインを選んだのだろう。レイチェルが見とれていると、セドリックが何かを思い出したようにあっと声を上げた。
「そうだ。父さんがさ、僕の生まれ年のワインを買ってくれてたらしくて……」
「……そんなのあったの? 初めて聞いた」
「うん。母さんにも秘密にしてたらしいよ。今年のクリスマス休暇は学校に残るだろうから、ふくろうで送ろうかって言ってくれたんだけど。せっかくだから父さんや母さんと一緒に飲みたいと思ったんだ。だから、次の夏休みに空けることになったんだよ。レイチェルの誕生日のときにどうかって」
「私も? いいの?」
「もちろん」
「……ワインっておいしいのかしら? なんか……前に間違って飲んじゃったときは、変な味だったような……大人になればわかるもの?」
「どうなんだろう。でも、楽しみだよね」
小さい頃から、ずっと一緒。レイチェルの初恋の王子様で、そうでなくなってもやっぱりたった1人の大切な男の子で。セドリックの隣は、とても穏やかで楽しくて。いつまでもこんな風に過ごせたらいいな、と思う。
でも、ずっとこのまま、なんて難しいのはわかっている。だって、レイチェル達自身も変わってしまうから。まだ全然実感は湧かないけれど、夏が来ればレイチェルも成人する。この先もきっと、周りも取り巻く環境も、価値観も、色々なことが目まぐるしく変わっていくのだろう。
永遠だと信じていた無邪気な初恋が終わってしまったように。この関係も、きっとまた遠くない日に変わってしまう。
変化を不安に思うこともあるけれど、時間の流れは止められない。それがいつ訪れるのかも、何がきっかけになるのかも、レイチェルにはわからない。卒業まではこのままで居られるかもしれないし、もしかしたらもっと早いかもしれない。
いつか終わりが来るとわかっているからこそ、少しでも長く。一緒に過ごせる時間を、大切にする。たぶん、レイチェル達にできるのはそれくらいだけれど。
できるなら、次のレイチェルの誕生日。そして来年のセドリックの誕生日も、またこんな風に笑い合えていたらいいなと思う。