10月になると授業の内容はますます難しくなってきたが、中でもレイチェル達にとって衝撃的だったのは闇の魔術に対する防衛術だった。この授業は新学期が始まって以来、生徒達の間でたびたび話題になっていたが、今度こそレイチェル達が予想もしないようなことが起こった。ムーディ教授は、最初の授業でタランチュラで実演してみせた服従の呪文を、今度は生徒達に向けて使うと告げたのだ。

「ムーディ教授。それは……その、服従の呪文を人間相手に行使することは……違法です」
「そうだ。そのことは、プライス。わざわざご教示頂かなくとも、よく知っておる」

淡々と返したムーディ教授に、発言したエリザベスがサッと赤くなった。言われてみればその通りだ。元闇祓いのムーディ教授が知らないはずがない。服従の呪文を使った魔法使いを捕まえるのが仕事なのだから。ムーディ教授曰く、このことはダンブルドア校長も承知していて、生徒達が実地で危険な闇の魔術を学ぶことを望んでいるのだと言う。思いがけないその言葉に、教室はざわついた。

「ダンブルドアがいいって言ったならまあ大丈夫なんだろうけど、『許されざる呪文』なんでしょ?授業だから特例って、そもそもアリなの?」
「さあ……ほら、その、ムーディ教授は私達に危害を加えるために使うわけじゃないから……とか?」

普通は使っただけでアズカバン送りの重罪のはずなのだけれど、教育のためだから特別に魔法省から許可が下りたのだろうか。怪訝そうな表情で囁いたパメラに、レイチェルも肩を竦めた。
服従の呪文。他人を意のままに操れる恐ろしい呪文だと言うことは知っているけれど、その実態は実のところよく知らないのだ。呪文の発音くらいは一応知っているけれど、杖の振り方だとか、具体的なことは教科書には載っていない。図書室の禁書の棚にならあるのかもしれないけれど、レイチェルは読んだことがなかった。一応ヒト以外に使うのは違法ではないけれど、そもそも今まで使い方を知りたいと思ったことがなかったのだ。おじさんやおばさん、身近な大人が使うところも見たことがない。そう言えば最初の授業でもそうだったけれど、ムーディ教授はどうして服従の呪文が使えるのだろう?やっぱり、闇祓いは闇の魔法使いの手口を知り尽くす必要があるから、そこで身につけたものなのかもしれない。

「今の内に抗う方法を身につけることだ……敵は、お前達が術を打ち破るまで悠長に待ってはくれん。そのときが来てからでは、もう手遅れだ」

クラス中が息を呑んだ。まるで城を1歩でも出ると闇の魔法使いが襲いかかってくると言いたげな口ぶりには困惑したものの、いつ何が起きるかわからないと言うのはその通りだと思う。だってまさか、自分が服従の呪文をかけられることになるなんて、今朝起きたときには思ってもみなかったのだから。できるならこの先も服従の呪文をかけられる機会なんて来ないのが1番だけれど、危険のない形で練習できるのなら、これ以上に貴重な体験はないだろう。

「1人ずつ名前を呼ぶ。まずはデイビース、前へ」

机を壁に寄せて、教室の真ん中に大きく空いたスペースが作られた。ムーディ教授はそこに生徒を1人ずつ呼び出し、順番に服従の呪文をかけていった。
呪文の効果で同級生達が次々に奇妙なことをしていくのを、レイチェルは不思議な気持ちで眺めた。ロジャーは見事なタップダンスを踊り、アリシアはその場で何度も回転して目を回した。スリザリン生のマイルズ・ブレッチリーは、1度も受講したことがないマグル学の内容に対して熱弁してみせたし、グリフィンドールのケネス・タウラーはその場で倒立してみせた。どうやら、本人が呪文にかかっていないときにはできないような動作や、思ってもいないことを言わせられるのだと言うことを、レイチェル達はまざまざと見せつけられた。表情こそ、どこか遠いところを見ているような感じでいつもと少し違ったものの、よく見なければただ上機嫌なだけのようにも見える。操られているとわかっていなければ、そうと気付けなかったかもしれない。

セドリックや、パメラやエリザベスや────親しい人が服従の呪文で操られていたなら、様子がおかしいことに気づけるかもしれない。でも、そうでない人なら?

レイチェルは夏休みにおじさんから聞いた話を思い出した。かつて魔法省は、自ら進んで例のあの人に従っていた死喰い人と、服従の呪文で操られた人を見分けることが難しかった、と。話を聞いたときには今一つピンと来なかったけれど、実際に服従の呪文で操られている同級生達を見ていたら、その意味がわかるような気がした。だってムーディ教授が呪文で操っているところを見ている今でさえ、まるで本人の意志でそうしているように見えてしまうのだ。
大声で国家を歌ったり、机の上に飛び乗って叫んだり。以前クモに服従の呪文がかけられたときにはクラスの半分くらいが笑っていたが、これから自分にも同じことが起きるのだとわかっているからか、誰も笑わなかった。指名される順番に不規則なので、まだ呼ばれてない生徒達はいつ呼ばれるのかと落ち着かない気持ちでそわそわしていた。

「次。グラント、前へ」
「はい」

とうとう自分の順番が来て、レイチェルは前へ進み出た。同級生達の様子を見る限り、呪文にかけられても痛みや苦しみはなさそうだけれど……レイチェルはきゅっと唇を噛みしめた。抵抗するようムーディ教授は言っていたけれど、一体どうすればいいのだろう? 緊張してムーディ教授を見つめていると、上がった杖先がレイチェルに向けられる。

「インペリオ!」

ムーディ教授の口から呪文が唱えられた次の瞬間。レイチェルは、自分の気持ちが高揚するのを感じた。何だか、体も軽い。頭の中にぼんやりと靄がかかっているような感覚で、幸福な夢の中に居るときみたいだ。自分が今どこに居て、目の前に居るのが誰なのか、そんなことは些細で、どうでもよいことに思えてくる。今なら、何だってできそうだ。レイチェルはただ、頭の中に聞こえる声に従っていればいい。そうすれば、きっと何も間違いはない。この声がきっと、全てうまくやってくれる────。

「────終わりだ、グラント

レイチェルはハッとした。頭の中にかかっていた靄が晴れて、いつもの教室の風景が戻ってきた。目の前にはムーディ教授が立っている。そうだ。服従の呪文をかけられて────それからどうしたんだっけ?
次の順番の人のために円の中から出たレイチェルは、元居た場所へ戻り、一部始終を見ていたパメラへと問いかけた。

「パメラ。私、何してた?」
「猫の真似してた。結構似てたわよ」

……やっぱり。どうやら、レイチェルは服従の呪文に全く抵抗できなかったらしい。向き不向きと言うか、ある程度素質に左右されると言われたけれど、どうやらレイチェルは残念なことに素質がない方に分類されるらしい。訓練次第で鍛えられるらしいけれど……その訓練って一体何をどうすればいいんだろう。ひたすら服従の呪文をかけられて、打ち破れるまで頑張るしかないんだろうか。それはちょっと、あまり気が進まない。
何かヒントになるようなものはあるだろうかと、レイチェルはさっきよりも熱心にクラスメイト達の様子を観察した。

 

 

「何だか、ものすごく眠いわ」

トマトスープを掬っていたスプーンを置いて、レイチェルは目を擦った。まだ夕食の時間だと言うのに、気を抜けば瞼が落ちてきそうなくらいの眠気がある。授業の最初にも説明されたが、服従の呪文は精神に直接作用するので、ほんの少しの時間でも脳を酷使したあとのような状態になるらしい。向かいに座るエリザベスも疲れた表情だし、その隣に座るロジャーもさっきからしきりにあくびをかみ殺している。

「眠気もひどいけど、膝が痛い。こんなの明日になったら絶対青アザになるわよ、最低」
「パメラ、勢いよくぶつけてたものね」

ムーディ教授の服従の呪文でジャンプするよう命じられたパメラは、バランスを崩して近くにあった椅子に思い切り膝をぶつけていた。結局、50人近く居るクラスでほんの少しでも服従の呪文に対して抵抗を示せたのはたった数人だったが、その全員が抵抗できたことによってどこかにぶつけたり転んだりしてしまっていて、レイチェルの目から見てもかなり痛そうだった。フレッドは腰を、ジョージは向こう脛を打ちつけていたし、セドリックも手首を負傷していた。

「完全ではなかったけれど、服従の呪文に抵抗できたんですもの。とても素晴らしいことだわ……恥ずかしいんだけれど、私、ほとんど自分の意識を保てなくって……」
「エリザベスだけじゃないわ。私も全然ダメだったもの」
「呪いに抵抗するのには、個人差があると聞いてはいたけれど……実際に呪文をかけられてみないと、わからないこともあるのね……とても、実践的だったわ」
「実践的すぎるわよ! どうする?次の授業は磔の呪文を試すって言われたら!」
「さすがにそれはないと思うけど……」

顔を顰めるパメラに、レイチェルは苦笑した。いくらダンブルドアが大らかでも、生徒達に磔の呪文をかけると言うのは許可しないだろう。服従の呪文と違って、無害な磔の呪文と言うのは不可能だろうし。やっぱり膝が痛むのか、パメラはちょっと不機嫌だ。

「大丈夫? あとで医務室に行く?」
「いい。却ってめんどくさいことになりそうだし……」
「私、塗り薬を持っていたんだけれど……この間、下級生に分けてしまったから、今切らしてしまっているの。次のホグズミードで買い足そうと思っていたから……」

確かに、授業で生徒に違法な呪文が使われて、そのせいで怪我をしかけたなんて聞いたら、マダム・ポンフリーは怒りのあまり爆発してしまいそうだ。申し訳なさそうに表情を曇らせたエリザベスの言葉に、近くに座っていたロジャーが何かを思い出したように言った。

「ホグズミードと言えばさ、聞いたか? 今年のホグズミード休暇、11月までないんだってさ」
「えっ?」
「いつも大体、この時期には掲示が出るだろ? 今年は遅いなと思ってマクゴナガルに聞いてみたら、今月はないんだってさ」

そう言って肩を竦めるロジャーに、レイチェルは驚いて思わず眠気を忘れた。
例年なら1回目のホグズミード休暇はハロウィンの時期で、10月に入ってすぐに日程が告知される。レイチェルももちろん、今年もそうだとばかり思っていた。少し遅れているだけかと思っていたけれど────まさか、ホグズミード行き自体が延期だなんて。

「対抗試合が原因かしら? 10月にホグワーツに他の2校の選手団が集まると言う話だったから……11月なら、他のボーバトンやダームストラングの生徒もホグズミードに行けるでしょう?」
「それなら、延ばすんじゃじゃなくって回数増やせばいいじゃない!」
「何にしろ、早く言って欲しいよな。こっちだって色々予定があるのに」
「またデート?今度の相手は誰よ? ロジャー、あんまり不誠実な付き合いばっかりしてると、そのうち刺されるわよ!」

そうしてすぐにまたホグズミードから別の話題へと移っていったが、レイチェルはホグズミード休暇が延期されたことのショックから抜け出せずにいた。他の生徒達と動揺、楽しみにしていたと言うのはもちろんだけれど────ロジャーと違ってデートではないが、レイチェルにも予定があったのだ。

「セドの誕生日プレゼント、ホグズミードで買おうと思ってたのに……」

夕食を終えて談話室へと戻ったレイチェルは、クッションを抱きしめて深く深く溜息を吐いた。セドリックの誕生日は、今月の終わりだ。11月では到底間に合わない。ホグズミードでプレゼントを選ぶつもりだったのに、すっかり当てが外れてしまった。

「珍しいわね! いつも割とプレゼントするもの決まってるじゃない。セドリックには聞かなかったの?」
「聞いたわ。……元々、『クィディッチ用のゴーグルが欲しい』って言われてたの」
「あー……なるほどね」

レイチェルが眉を下げれば、パメラが気の毒そうに言った。
セドリックへの誕生日プレゼントに関しては、夏休み中には何が欲しいか聞いていたのだ。品物によってはダイアゴン横丁の方が選択肢が多いこともあるから、その場合は休暇中に買っておいた方がいい。クィディッチ用品ならばホグズミードにも高級クィディッチ用具店の支店があるし、せっかくなら最新のものがいいだろうと、次のホグズミード休暇で選ぶ予定だったのだけれど────クィディッチリーグが休止になってしまったと言うことは、クィディッチ用品を贈っても今年いっぱいは使う機会がない。来年使うからそれでもいいよとセドリックは言ってくれたけれど、しばらく埃を被るだけになるとわかっているものを贈るのは何だか寂しい。ゴーグルは来年の誕生日にプレゼントにすることにして、今年は何か別のものを買った方が無難だろう。セドリックは他に特に欲しいものが思いつかないと言うので、何かホグズミードで探そうと思っていたのに。

「当日に間に合わせるなら、ふくろう通販で選ぶしかないんじゃない?」
「そうね……でも、実物見ないといまいちピンと来なくって……」
「まあねー」

ふくろう通販のカタログには一応写真も付いているけれど、届いてみるとやっぱり質感や色なんかがイメージと違うこともある。それに品物の数が多すぎるから、元々欲しいものが決まっているのならいいのだけれど、漠然としている場合は探すのも一苦労だ。

「去年は何あげたの?」
「イタリアの……何だっけ。去年リーグ優勝したプロクィディッチチームのユニフォーム。パジャマにしてるって聞いたけど」

去年のクリスマスプレゼントはマフラーだった。ホグズミードで見つけたダークグレーのチェック柄で、端のところにシャールによく似た黒い犬の刺繍を入れてもらった。その前の年のクリスマスプレゼントはスニッチの絵柄とセドリックの頭文字が入ったシーリングスタンプ。誕生日プレゼントは……クィディッチのグローブだ。その前の年は、何だったっけ。

「大体いつもクィディッチ関連のものをあげてるのよね」

レイチェルはカタログを開き、クィディッチ関連のアイテムを眺めた。箒、スニッチ、クアッフル……違う。スニッチ柄の靴下……悪くはないけれど、予算の半額以下だ。スニッチ型の小物入れ、スニッチが羽ばたくスノードーム……贈ったら喜んでくれそうだけど、何だかしっくり来ない。レイチェルがパラパラとカタログを捲っていると、横から覗き込んだパメラがページを指差した。

「これ可愛いじゃない。懐中時計?スニッチの彫刻が入ってる」
「あ、本当だわ……でも、時計はダメなの。たぶん、おじさん達が贈るもの」

17歳の誕生日。つまり成人のお祝いには、両親や祖父母から時計を贈るのが一般的だ。直接確かめたわけではないけれど、たぶんディゴリー夫妻もそうするだろう。レイチェルはもう一度溜息を吐いた。そう────成人のお祝いにもなるのだから、大人達のように高価なものは無理でも、自分の目で見て納得できるものをじっくり選びたかった。

「お菓子や紅茶はどうかしら? 私、ふくろう通販で贈り物を買うときはそうすることが多いわ」
「んー……」

エリザベスの提案はもっともで、通販で買うのなら既に味も中身もわかっている蛙チョコレートの箱詰めなんかが1番間違いがないだろう。レイチェルもたぶん、友人への誕生日プレゼントならそうした気がする。
誕生日は1年で1回の特別な日だけれど、中でもやっぱり17歳の誕生日は特別な記念日だろう。どうせなら、何か形に残るものをあげたいなと思ってしまう。

「あ……」

そうだ。記念になるようなものと言えば。
レイチェルはパラパラとカタログを捲り、文房具のページを開いた。……やっぱり、あった。これなら、以前ホグズミードで実物を見たことがあるから間違いない。デザインと色は……うん。これならセドリックも気に入ってくれそうだ。レイチェルは思わずニッコリして、注文書に番号を書きつけた。

 

 

 

その3日後の朝食の時間、レイチェル宛てに1つの小包が届いた。
早くも通販で頼んでいた品が届いたのかと思ったが────それは半分正解で、半分違っていた。頼んでいた品物が届いたのは確かだけれど、送り主はふくろう通販ではなかった。そして、宛先はレイチェルで間違いないが、この品物を必要としているのはレイチェルではない。

「はい、これ。約束してたもの」

中に入っていたのは、魔法薬の材料だった。正確には、老け薬の材料と、その他カモフラージュのために追加した数点。予想より少し早く、ルーマニアに居る父親に頼んでいたものが送られてきたのだ。魔法薬学の授業終わりに呼び止めて、レイチェルが包みを差し出すと、その相手────ジョージは驚いたような表情になった。

「もう手に入ったのかい?」
「ええ。中身を開けてみたけど、たぶん必要なものは揃ってるはず……念のため、貴方達も確認してね」
「助かるよ。ありがとう。寮に戻って財布持ってくるから、ちょっと待っててくれるかい?」
「いらないわ。元々もらうつもりなかったし……そんなに高価な材料は入ってないし、そもそも私もお金払ってないんだもの」

代金を払うとしたら、負担してくれたレイチェルの父親にと言うことになるけれど、娘のレイチェルから受け取ってくれるとは思えない。となると、渡すには事情を説明する必要があるけれど、今回の場合それもあまりよくないだろう。老け薬の材料が必要だったと正直に打ち明ければ、対抗試合の年齢制限とすぐ結びついてしまう。

「……いいのかい?」
「いいの。たぶん、パパはお金を払うより、次の休みにお菓子でも作って送った方が喜ぶと思うし……そうね、じゃあ、悪戯グッズが完成したら、代金代わりにそれを送ってもいい? うちのパパ、そう言うの、割と面白がるタイプだから」
「お安い御用さ」

タダと言うのも却って気を遣わせるだろうかとレイチェルが提案してみれば、ジョージはニヤッと笑ってみせる。無事に約束を守ることができて、レイチェルも安心した。老け薬はそれほど調合に時間がかかる薬じゃないし、今からなら十分間に合うだろう。

「ちなみに、他の魔法薬の材料って頼めたりするのかい?」
「……法律に引っかからないものならね。あと、あくまで『個人的な使用の範囲』と認められる量だけ」

ニヤッと笑うジョージに、レイチェルは肩を竦めた。たぶんジョージは悪戯専門店の商品開発に役立てたいのだろうけれど、それに関しての協力はレイチェルには難しいだろう。商品化するとなると大量の材料が必要だろうし、父親に頼むのは色々と問題がありそうだ。父親を仲介せず問屋から直接仕入れる手もあるけれど、それならルーマニアより国内の方が早いだろう。

「にしても、本当、意外だったな。まさか、君が“規則破り”に手を貸してくれるなんて」
「それは…………その、老け薬を調合するだけなら、別に規則違反じゃないもの」

不思議そうに自分を見つめるジョージに、レイチェルは視線を泳がせた。
その答えが詭弁であることは、自分でもよくわかっていた。ジョージの言う通り、間接的とは言え規則を破るために協力するなんて、あまり自分らしくない行動だ。双子が何の目的で老け薬を調合するのかわかっているのだから、本来ならむしろ止めるべきだったんじゃないかとも思う。
でも、今回双子が対抗試合に立候補しようとしているのは、悪ふざけなんかじゃないとわかったから。真剣に、夢を叶える手段を必要としているみたいだったから……レイチェルにできることなら、力になってあげたかったのだ。友達だから。

「……それじゃあ、またね」

けれど、それを口に出すのは何だか気恥かしい。照れくささを誤魔化すように、ジョージに背を向けた。ハリー・ポッターと一緒に規則破りをしたときのハーマイオニーも、もしかしてこんな気持ちだったのだろうか。そんなことを考えながら、レイチェルは階段を下りる────訂正、下りようとした。

「危ない!」
「きゃ……っ!?」

気まぐれな階段が突然動き始めたせいで、レイチェルの進む先にあるはずだった段差はみるみる遠ざかっていく。踏み出した足が空を切って、レイチェルは大きくバランスを崩した。危うく下の階へと転落するところだったが、そうならずに済んだのは、ジョージが踊り場へと引き戻してくれたからだった。

「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」

さすが、クィディッチ選手の反射神経だ。ジョージが居てくれなかったら、医務室送りだったかもしれないと思うとゾッとする。間一髪のところで何事もなく済んだことに安心して────そうしたら、今度は別のことが気になり始めてしまった。

「足、挫いたりしてないか?」
「う、うん……」

レイチェルを助けてくれるためだとわかっているけれど、耳元で聞こえる声と、腰に回った腕の感触が恥ずかしい。だって、何だか────後ろから抱き締められているみたいだから。突然のことに驚いたのと、緊張とで、心臓の鼓動が早鐘を打つ。このままだとジョージに聞こえてしまうかもしれない。

「……何だか、前もこんなことあった気がするな」

レイチェルが金縛り呪文をかけられたかのように固まっていると、ジョージが小さく呟いた。この間の、ホグワーツ特急でのことを言っているのだろうか?確かに、あのときも倒れそうになったところをジョージに支えてもらったけれど……。そんなことを考えているうちに、ようやくジョージの体が離れたので、レイチェルはほっと肩の力を抜いた。

「君、意外と危なっかしいよなあ。ディゴリーがああも心配性になったのもわかる気がするよ」

困ったように苦笑してそう告げたジョージに、レイチェルは思わず眉を寄せた。
あのときも助けてもらったのは事実なので強くは言えないけれど────あれは急に列車が揺れたからだし、今だって急に階段が動き出したからで、レイチェルだって別にいつも転びそうになっているわけじゃない。むしろこんなこと滅多にないのに……なぜかいつも、そんな場面にばかり偶然ジョージが居合わせるのだ。どうしてか、ジョージにはいつも見られたくないところばかり見られてしまう。

「セドは……」
「“ただ優しいだけ”だっけ?」

言いかけた言葉を、ジョージが引き継ぐ。その通りだったので、レイチェルは押し黙った。
いつだったか忘れたけれど、以前もジョージとこんな会話をした記憶がある。そう。セドリックとの仲をジョージにからかわれるのは今に始まったことじゃないし、セドリックがレイチェルに対して不必要に過保護なのは否定しようもない事実だ。当事者のレイチェルですらそう感じるのだから、同級生にもきっとそう見えるのだろう。セドリックは時々、レイチェルを小さな女の子みたいに思っているんじゃないかと感じるときがある。そんな扱いに対して時々文句を言いつつも、レイチェルが受け入れているのは、セドリックがレイチェルと同級生である前に幼馴染で────小さい頃から一緒に居たからこそだ。

「寮まで送ろうか?」
「……大丈夫。1人で戻れるもの」

ジョージの問いに首を横に振って、レイチェルは踵を返した。寮まで辿りつけないんじゃないかなんて不安に思われているなら心外だ。今度は勝手に動き出すことはなかった階段を、急ぎ足で駆け下りる。
……やっぱり、ジニーと似たようなものだと思われているんだろうか。ジョージも“お兄ちゃん”だし、何だかんだと面倒見のいい一面があることは知っている。ハーマイオニーなんかは年下だけれどレイチェルよりずっとしっかりしているし、それに比べると確かにレイチェルは危なっかしいと言うか、頼りないのかもしれない。でも、だからって────。

だからって、ジョージにまで小さな女の子みたいに扱われるのは、何だかちょっと複雑だ。

想定外のできごと

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