城の窓から見下ろす木々の葉が、黄色く色付き始めている。
NEWTクラスになって増えた課題の量に追われているうちに、気づけば9月も終わりが近づいていた。相変わらず授業は難しくなる一方だけれど、少しだけいいこともあった。レイチェルはこの1週間でやっと無言呪文のコツが掴めてきたのだ。アグアメンティ、水増し。加減を間違えて床がびしょ濡れになったこと以外は、完璧だった。慌しいタイムスケジュールにも慣れてきて、ようやくほんの少しだけ余裕が出てきたレイチェルは、授業が終わった後に禁じられた森の近くへと足を運んでいた。

「寂しい」

はあ、と溜息が出る。いつもの場所。いつもの切り株。隣には困ったような微笑を浮かべるセドリック。ここに来るのは久しぶりだけれど、見慣れた風景と変わりない。けれど────いつもならレイチェル達が来れば姿を見せるはずの愛犬の姿はそこにない。

「今にもあの茂みの向こうからひょっこり現れそうなのに」

前学期の終わりもそうだったけれど、きちんとお別れができなかったせいか、どこか実感が湧かない。
シャールはほとんど手のかからない犬だったけれど、それでもやっぱりどこか手持ち無沙汰と言うか、朝と夜の日課がなくなってしまったと言うのはなんだか違和感がある。何より、あのモフモフの毛並みやフサフサのしっぽが恋しい。……まあ、実際にはシャールはレイチェルよりもセドリックに懐いていて、レイチェルが抱きしめようとするといつも逃げてしまっていたのだけれど。

「シャール、今頃どうしてるかしら」
「きっと楽しくやってるよ。シャールがあんなに良い犬だったんだから、飼い主もきっとシャールを大事にしてる人だ。暖炉の前でふかふかのカーペットに寝そべって、お菓子でも食べてるんじゃないかな」

そうだといいな、とレイチェルも思った。少なくとも、こんな木の洞よりは温かくて過ごしやすい寝床で過ごしているだろう。幸せに過ごしているのならそれが1番だ。でも、飼い主の連絡先がわからない以上、もう会えないのだと考えるとやっぱり寂しい。

「全く、信じられないね。どうして、あんなのが“教授”なんて名乗っているんだ?」

レイチェルとセドリックがシャールの世話がなくなって気落ち一方、ドラコは生き物の世話で苦労しているようだった。まあ、無理もないだろうなと思う。レイチェルもドラコと同じく、あの生き物の世話をすることになっていたとしたら、不満を言っていただろう。

「……大変そうね」
「他人事みたいな言い草だな。君だってアレの世話をやらされているだろう?」
「ううん。私達も最初は、そうなりそうだったけど……」

レイチェルは新学期最初の魔法生物飼育学の授業のことを思い出した。
ハグリッドはまるでサプライズのバースデーケーキでも運んできたかのような表情で、木箱の中に入った見たこともない生き物を紹介した。腐った魚のような匂いで、青白く、ヌメヌメしていて、無数の足が生えている。中には針や吸盤を持っているものも居た。クラスの女子の半分近くが悲鳴を上げた、フワフワやモフモフや愛らしさとは対極に居るその生物は、その名も尻尾爆発スクリュート。

「まあ、スクリュートの世話に興味を持っていた人も居たんだけどね……」

ドラコが信じられないと言いたげな顔をした。それについてはレイチェルもドラコに同感だ。
理解に苦しむことに、セドリックは見たこともない魔法生物に興味がありそうな様子だった。あとは、フレッドとジョージ。もしかしたら、双子はスクリュートの世話や生態と言うよりも、悪戯グッズの材料としての興味かもしれないけれど。

「ほら、私達はNEWTクラスだから……大抵は、進路で必要だから魔法生物飼育学をとってる人が多くて」

レイチェルもそうだ。レイチェルの目指す忘却術士は、魔法生物と遭遇してしまったマグルの記憶修正をする場合、現場に居る魔法生物の対処が必要になることもある。だから、魔法生物の生態は知っておいた方が良いとフリットウィック教授にアドバイスを受けた。そうでなければ、たぶん魔法生物飼育学の選択はしなかっただろう。去年、バックビークの一件ですっかり気落ちしてしまったハグリッドは、毎度バケツ一杯のレタス喰い虫を用意するばかりで、お世辞にも楽しくて役に立つ授業とは言えなかった。……とは言え、レタス喰い虫の世話は楽なので、そのぶん生徒達はほとんど自習時間にしていたし、OWL試験を控えたレイチェル達にとってはある意味助かったのだけれど。

「だから最初の授業で、言った人が居たのよ。『1つの生物について詳しくやるよりも、色々な生物に対しての知識を深めたい』って。『1年間ずっとスクリュートのことをやるつもりなら、自分達で勉強するから自習にしてくれ、学期末試験は受けるから。許可してくれないならダンブルドアに直訴する』……ってね」

レイチェル達他の生徒も、異論はなかった。スクリュートのことを研究する気満々だったハグリッドが少し気の毒だったけれど……そこは他の受講者みんなで「ハグリッドは魔法生物の知識が豊富なんだからぜひ聞きたいよ!」とフォローした。どうにかハグリッドがやる気を持ち直してくれたおかげで、今は教科書を中心にハグリッドの経験談を交えながら比較的平和に授業が進んでいる。今学んでいるのはサンダーバードについてだ。

「僕達もそうなら、どんなにいいか!あのおぞましい生き物は、一体何なんだ?」
「うーん……? 何なのかしらね……?」

図書室で色々と本を調べてみたけれど、そのどれにも尻尾爆発スクリュートは載っていなかった。その時点で、合法的な手段で入手したものでないことは想像に難くない。パメラ曰く「芋虫とエビとムカデを足して割って巨大化させた悪夢の生き物」、エリザベス曰く「たぶんマンティコアと火蟹を交配させた新種じゃないかしら」とのことだけれど。

「すまない。僕はそろそろ行かないと……モンタギューやワリントンと練習する約束があるんだ」

ふいに、ドラコが時計を見て気まずそうに言った。それ自体は別に構わないのだけれど……ドラコの口から出てきた名前に、おやと思った。モンタギューにワリントン。どちらも、レイチェルと同学年のスリザリン生で────スリザリンチームのチェイサーだ。

「練習って、クィディッチの練習? え、だって、今年は……」

今年は、対抗試合があるからクィディッチリーグはお休みなのに。
スリザリンチームがグリフィンドールに負けず劣らず練習が多いのは有名な話だけれど、まさかクィディッチリーグがなくても練習するなんて。レイチェルが驚けば、ドラコは不思議そうな表情をした。

「勿論、例年ほど猛練習するわけじゃないが……試合がないからって、一切箒に乗らなかったら、体が鈍るだろう」

言われてみれば、確かにそうだ。けれどやっぱり、レイチェルにはすごいことに思える。ドラコだって、課題が増えてかなり忙しいはずだ。ロジャーやチョウも週末には競技場で箒に乗っているらしいけれど、レイブンクローチームは少なくとも9月いっぱいは平日の練習は休止にするつもりだとロジャーが言っていたような気がする。大したことではないと言いたげなドラコの口調に、レイチェルは思わず溜息が出た。

「ドラコって努力家よね」

エリザベスもそうだけれど、名家と呼ばれるような家系で育った人達と言うのは、レイチェルから見るとすごくストイックだ。努力家と言えばセドリックやハーマイオニーもそうだけれど、ちょっとタイプが違うと言うか……2人は努力を努力だと思っていないようなところがあるけれど、エリザベスやドラコは、そもそも努力の基準が他の人よりも高いように見える。レイチェルが呟くと、ドラコがムッとしとしたような表情になった。

「馬鹿にしてるのか? どうせ、僕にはポッターみたいに生まれつきのクィディッチの才能はないって?」
「えっ? ううん、そんなつもりで言ったんじゃないの。ただ……」

高圧的なドラコの口調に、レイチェルは戸惑った。レイチェルの言い方が気に障ってしまったのだろうか。気を悪くさせたのなら申し訳ないけれど、ドラコが思うような、馬鹿にするつもりで言ったわけじゃなかった。むしろ────。

「ただ、私……その、ドラコのそう言う、人に見えないところで努力してひけらかさないところ、素敵だなと思って」

勉強もクィディッチも、ドラコは自分が必要だと思った分だけ努力していて、けれどその努力を人に見せたがらない。レイチェルにとっては、尊敬できるところでもあり、見習わなければと背筋が伸びる。
しどろもどろにレイチェルが言えば、ドラコのアイスブルーの瞳が驚いたように見開かれた。それから────白い頬がわずかに朱く染まる。照れたようなドラコの表情を見て、レイチェルはハッとした。

……そうだ。ドラコって、レイチェルのことを好きだったんだった。

わかっていたのに、新学期からはいつも通り振舞おうと思っていたし、ドラコもいつも通りだったから、意識的にそのことは考えないようにしていた。意図せずドラコを怒らせてしまって焦っていたとは言え、今の発言は何と言うか、ちょっと……無神経と言うか、思わせぶりだったかもしれない。
何だかレイチェルの方まで照れくさくなってきて、視線が泳ぐ。何を言えばいいだろうと頭を巡らせている間に、流れる沈黙が居たたまれない。

「……じゃあ、レイチェル。また」
「え、ええ。練習、頑張ってね」
「ああ」

結局、沈黙を破ったのはドラコだった。ドラコはの頬の赤みはすっかり引いていて、何事もなかったような口調だったけれど────レイチェルに向けられた表情は、さっきとは打って変わって柔らかいものだった。競技場へと向かうドラコの背中を見送って、レイチェルもまたその場を後にした。
“今まで通り何も変わらず”は難しいし、ほんの少しだけぎこちなさはあるけれど────ドラコと友人として接することができそうで、ほっとした。

 

 

 

 

変わらない人間関係がある一方、変わった関係もある。新学期になって意外だったことは、クロディーヌが魔法薬学の授業の度、レイチェルに話しかけてくるようになったことだった。
NEWTクラスは受講資格があったとしても、授業の難しさや課題の量などを考えて選択をやめてしまう人も一定数居る。全寮合同になったぶん、今までと受講人数自体はあまり変わらないけれど、それまで授業を受けていた友人と離れてしまう人は多い。今この時間も、レイチェルやパメラが選択をやめてしまったので、エリザベスはたぶん他の誰かと魔法史の授業を受けているはずだ。
レイチェルにとっても、魔法薬学がそうだった。魔法薬学は受講のボーダーラインが厳しいせいで他の授業に比べてもかなりの少人数で、しかも半分以上がスリザリン生だ。だから、打ち解けて話せるような知り合いはほぼ居ない。そしてどうやらクロディーヌの方も、仲の良い友人に魔法薬学を選択した人は居ないようなので、単純に同じ寮のレイチェルを話し相手にすることにしたのかもしれないけれど……それでも、何だか意外な気がした。何となくだけれど、クロディーヌは親しくない相手と無理に会話するくらいなら、1人で静かにしていることを好みそうな印象だったからだ。まあ、教室で1人きりで座っていると心細くなると言うのはわかるけれど……それならどうして今、クロディーヌは授業が終わった後もレイチェルと一緒に魔法薬学の課題をやっているのだろう?
じっと見つめてしまっていたレイチェルの視線に気づいたのか、ふいにクロディーヌは手を止めて羊皮紙から顔を上げた。

「私ね、人間関係って靴と似ていると思うの」
「靴?」
「ええ」

唐突にも思える話題を不思議に思って、レイチェルは首を傾げた。頬杖をついたクロディーヌが頷くのに合わせて、絹糸みたいなプラチナブロンドがさらりと肩を流れる。艶やかな髪や淡い色のマニキュアをぼんやりと眺めていると、クロディーヌが続けた。

「一目惚れして、お店で履いてみたらサイズもピッタリ!って運命を感じた靴でも、実際履いてみたら、歩きにくかったりすることってあるでしょう?素敵だなって思ったヒールが、すぐに削れてダメになってしまったりとか。その逆に、最初は少し地味かしらって思っていた靴でも、履いてみたら自分の足にピッタリで1番のお気に入りになることもあるわ」

その経験はレイチェルにもある。お店で履いたときは確かにピッタリだと思ったし、鏡の前で歩いてみても大丈夫だったのに、実際に購入していざ新しい靴で長い時間を歩いてみると、足が痛くて歩けなくなってしまったりするのだ。夏休みにマグルの靴屋で買った靴も、諦めきれなくて持ってきたものの、まだトランクの中で眠っている。

「第一印象だけが全てじゃないし、どれが自分に合うかなんて試してみないとわからない。でも、最高の1足が見つかるまで全ての靴を試すなんて無理でしょう? だから結局、私が出会えたうちの、デザインだったり、色だったり、何か私の心に引っかかったものの中から選ぶことしかできないのよ。人間関係もそれと同じね。気になった人とは話してみたいし、興味が持てない人には時間を使いたくないの」

要するに、クロディーヌの中の基準で、付き合う人間を選びたいと言うことなのだろう。その理屈はわかるような、わからないような。まあでも、クロディーヌほど極端ではないものの、レイチェルだって少なからず似たようなものかもしれない。仲の良い友達と、そうでない人と。全く同じに親切に接することができているかと言われたら、それはたぶんできていない。

「エリザベスは好きよ。綺麗だし、賢いし。パメラも、ファッションのことなんかを話してると楽しいわ」

それは、言われなくても知っている。クロディーヌはエリザベスと勉強の話で渡り合えるくらい賢いし、ファッションに関してはパメラと感性が合うらしい。彼女が2人と仲が良いのは下級生の頃からだ。「でも」、とクロディーヌがレイチェルを見つめた。

「でも、あなたは……あなたは2人の友達だけど、見た目も特別私の好みってわけじゃないし、そんなに価値観も合わなさそうだし、共通の話題もこれと言ってなかったし。正直、あまり興味が持てなかったのよね」

正直すぎる。レイチェルは思わず顔を引きつらせた。
まあ、言葉には出されなくても、薄々そんな気はしていたので、そんなにショックじゃない。クロディーヌがレイチェルに対して関心がないだろうことは感じていたので、あまりにも今更だ。

「……私も、貴方のその何でもはっきり言いすぎるところ、苦手だったわ」
「あら、嬉しいわ。過去形なのね?」

レイチェルが思わず言い返せば、クロディーヌが可笑しそうに微笑んでみせた。何だかやり込められたような気分になって、レイチェルは唇を結んで視線を落とす。
そう。過去形だ。レイチェルならば遠慮したり、言わないでおこうと躊躇することを素直に口に出すクロディーヌに対して、苦手意識を持っていた。クロディーヌがレイチェルに関心がないのもわかっていたから、親友達と仲が良くても、どこか彼女に対して消極的になってしまっていた。けれど、今は────今は、少しだけクロディーヌに対する考えが変わっていた。

「私、あなたはセドリックのことが好きなんだろうと思っていたの」

たぶん、それは去年、クロディーヌがセドリックと親しくなったことによって気がつけたことだった。クロディーヌの言葉や行動はレイチェルにとっては理解できないことも多いけれど、彼女には彼女の価値観があって、自分の思う「正しさ」と違うからと言って、それが「間違い」ではないのだと、わかったから。

「最初は恋人同士なんだろうと思っていたんだけれど、あなたは否定したでしょう? だからてっきり、セドリックに片想いしてるのかしらって……好きだけれど、言えないんだろうって思ってたのよ。自分の恋心に気づかないフリをしてるのか、今の関係性を壊すのが怖いのか。無邪気な女の子として振舞っていた方が得だって打算か……でも、どれも違うみたいだったから」

考え深げに目を伏せるクロディーヌに、レイチェルは驚いた。
確かに、去年クロディーヌとそんな会話をした記憶はあるけれど、何と言うか……たぶん、強がりだと思われているんだろうと諦めていた。てっきり、今もまだレイチェルとセドリックの仲を誤解しているのかと。

「そんな風に考えてしまったのって、たぶん私があなたのことをよく知らなかったからなのよね……。だから、知りたいと思って。私、あなたと友達になりたいの」

真っ直ぐに自分を見つめるブルーグレーの瞳に、レイチェルは思わずぽかんとした。
予想外のことばかりで、混乱していた。クロディーヌがレイチェルの言葉を信じてくれただなんて思ってなかった。そしてまさか、あのクロディーヌから、友達になりたいと言われるだなんて!

「嫌かしら?」
「そっ、そんなことないわ!」

甘えるように小首を傾げるクロディーヌに、レイチェルは慌てて勢いよく首を振った。
前学期までのレイチェルなら、きっと今以上に戸惑っていただろう。クロディーヌのことを苦手に思っていたし、できるだけ避けていたから。
でも今は────今は、以前ほど苦手意識はないし、レイチェルもクロディーヌに興味を引かれている。だから、その言葉は素直に嬉しい。

「私……私も、その、クロディーヌと友達になりたいわ」
「本当?」

レイチェルは視線を泳がせて、頷いた。改めて口に出すと、何だか気恥ずかしい。
けれど、本心だった。いつだって自分に自信があって、堂々としていて、はっきりと自分の思ってることを口に出せる。クロディーヌの苦手だったはずのところが、今ではかっこいいとも思うし、少し羨ましいとも思う。クロディーヌは、レイチェルにはないものを持っているから。

「ねえ、レイチェル。私ね、興味があるの。あなたは一体、どんな男の子と恋をするのか」

クロディーヌが無邪気に目を細めた。ピンクベージュのリップグロスで彩られた唇が弧を描く。
やっぱり美人だなあと、レイチェルは思わず溜息が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、クロディーヌと友達になる日が来るなんて。
何となくだけれど、クロディーヌとの距離感はこのまま卒業まで縮まることはないような気がしていた。友達なんかじゃない、と否定するほど険悪なわけでもないけれど、胸を張って友達だと言うには少し違和感があるような、そんな関係。NEWTクラスになると、他の寮の子と仲良くなれると上級生から聞いたことがあったけれど、同寮生でもそう言うこともあるらしい。何にしろ、友人が増えると言うのは嬉しいことだ。

レイチェル!やっと戻ってきた!」

夕食まで少し時間があったので、一度荷物を置きに寮に戻ると、やけに楽しげな様子のパメラが居た。
早く早くと急かされるままに、談話室から自室へと向かう階段を走る。一体何事なのかと不思議に思っていると、パメラは悪戯っぽく笑ってみせた。

「届いたわよ!」
「届いたって、何が……あっ、もしかして……!」

部屋に着くと、レイチェルは自分のベッドに駆け寄った。枕元に、レイチェル宛ての包みが置かれている。授業の時間帯に届いたので、屋敷しもべ妖精が寮の部屋まで運んでおいてくれたのだろう。店名のロゴが印字されたリボンをほどいて、包装紙を剥がす。平べったい箱の中には、レイチェルの予想した通りのものが入っていた。

「わあ、可愛い!」

胸元に刺しゅうされた銀色やシャンパンゴールドのビーズが、灯りを反射してキラキラと光る。少しくすんだような、綺麗な淡いミントグリーン。夏休みに3人で買いに行った、あのドレスだ。慎重な手つきで箱から取り出して、胸に当ててみる。ふんわりとAラインに広がったスカートが、膝の先で優雅に揺れた。改めて見ても、とても素敵なデザインだ。やっぱりこのドレスにしてよかった、とレイチェルは思わず頬が緩むのを感じた。

「ね、着てみましょ!おかしなところがないか確かめなくっちゃ」

パメラがニッコリした。いかにもそれらしい目的を口にしていたものの、それが建前だと言うことはお互いわかっていた。せっかくだから、届いたドレスに早く袖を通してみたかったのだ。マダム・マルキンの仕事は疑いようもなく完璧で、試着室で袖を通したときよりもずっとレイチェルの体にぴったりだった。

「やっぱりパメラ、そのデザインすごく似合うわ」
レイチェルも、雰囲気に合ってる!髪、まとめた方がスッキリしそうね。あ、そうだ確か……ほら見て、このページの。こんな感じ!」
「……貴方達、とりあえずドレスを脱いだ方がいいんじゃないかしら。どこかに引っかけてしまったら、またマダム・マルキンの店に送り返さなければいけなくなるんですもの」

ついパメラとはしゃいでドレスのままファッション誌を見始めてしまったレイチェルは、エリザベスの言葉に冷静になった。確かに、せっかくのドレスがほつれたり汚れてしまったりしたら大変だ。レイチェルはそろそろと慎重にドレスを脱ぎ、綺麗に畳んで箱の中へとしまった。

「思ったより早く届いてよかったわ。サイズ直しだけなら、普通はそんなに時間はかからないけれど……数が多いでしょう?」
「マダム・マルキンも大変よね。ホグワーツの女の子の半分以上がドレスを買ってるってことは、100着……ううん、200着以上じゃない?」
「嬉しい悲鳴ってやつよね。パトリシアはホグズミードで買ったって言ってたし、全員じゃないだろうけど」
「トウィルフィット・アンド・タッティングで仕立てた人も居るでしょうしね」
「何て? エリザベス、今くしゃみした?」

とは言えドレスと違って、高揚した気持ちはすぐに元通りには戻せない。夕食までの時間を、レイチェル達はおしゃべりをして過ごすことにした。話題は勿論、ドレスアップするときの装いについてだ。ファッション雑誌を囲みながら、あれもこれも素敵だと目移りしてしまう。

「次のホグズミードで、色々選びましょ! アクセサリーとか、コスメとか。こう言う準備って絶対早い方がいいもの」
「でも、パメラ。あんまり早く選びすぎると、本番までに気が変わっちゃわない?」
「だって、ギリギリになって間に合わせで買うのイヤじゃない? それに、直接見て買いたいし。通販で頼んで届いたら思ってたのと全然違った、なんてごめんよ」

それもそうかと思い直す。ホグズミードで揃えようと思っている女子生徒はレイチェル達だけではないだろうし、早めに動きだした方がいいだろう。ただでさえ、ホグズミード休暇は2か月に1度しかないのだ。せっかく素敵なドレスなのだから、合わせるものにもこだわりたい。

「それにしても、このドレスっていつ使うのかしらね」

今年に限ってドレスローブの用意が必要と言うことは、たぶん対抗試合に関係することなのだろうけれど……教科書リストが届いたときもそうだったけれど、4年生以上だけと言うのが何だか気になる。お祝いなら全校生徒が参加しそうなものだけれど。

「そうね。できるなら早く知りたいわ。合わせるものも変わるし……靴や小物は、何に使うのかわかってからにしましょう」

肌寒い季節なら温かみのある素材やショールが必要だし、色合わせなんかも変わるからとエリザベスが溜息を吐いた。靴とバッグはエリザベスが貸してくれることになっているので、そのぶんアクセサリーや髪飾りに予算を回せるのはありがたい話だ。

「何にしろ、絶対楽しいことに決まってるわ!」

きっぱりと言い切るパメラに、レイチェルもその通りだとニッコリした。
正装用のパーティーローブなんて初めてで、それだけでもなんだか気持ちが弾む。まして、みんなで一緒にドレスアップする機会なんて、今までなかったことだ。どんなイベントかはわからないけれど、ダンブルドアのサプライズはいつも生徒達の予想もつかないようなことばかりだ。きっと、忘れられないような素敵な思い出になるのだろう。

楽しいおしゃべりに夢中になっていたら、危うく夕食を食べ損なってしまうところだった。

気まずい関係

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