翌朝の朝食の席でも、生徒達の関心は対抗試合の話題で持ちきりだった。
昨夜は発表があった後すぐに寮に帰されてしまったから、皆話し足りないのだろう。おしゃべりに夢中なせいか、せっかくの朝食の大皿は中身があまり減っていないように見えた。
「死人が出た課題って、一体何だったんだろう?」
「ホグワーツの歴史を読めば載ってるかも」
「どうにかして立候補できないかなあ」
下級生達のそんな会話をを聞きながら、レイチェルはふあ、と欠伸を噛み殺した。
どんよりとした空のせいか、何だか今ひとつ頭がすっきりしない。トーストにジャムを塗りながら、レイチェルは自分の時間割の申請書を指でなぞった。6年生はOWLの成績によっては受講許可がでない科目があるし、うっかり申請し忘れている授業があれば単位がとれなくなってしまう。夏休みに何度も確認したから大丈夫だと思うけれど、念のため見ておくにこしたことはない。
「うーん……やっぱり9科目って無謀かしら……」
結局、レイチェルは魔法史以外の科目は全て続けることにした。NEWTになると授業も専門的になって課題も難しくなると聞くから、たった1科目分しか負担が減らないと言うのは少し不安だけれど……それでも、セドリックの10科目よりは少ない。それに、どうしようもなくなったら学期の途中でやめると言う選択肢もある。
「ねえレイチェル。これ、見てもらってもいい?」
「勿論」
そう言って渡されたのは、パメラの分の申請書だ。レイチェルも自分の分をエリザベスへと渡し、自分のものと同様に確認を始めた。パメラはレイチェルと違い、魔法薬学はなし。マグル学もなし。変身術、呪文学、薬草学、天文学、魔法生物飼育学、それから────。
「えっ? パメラ、占い学続けるの?」
夏休みに時間割の話をしたときは、確か受講をやめる予定だと聞いた気がする。確か、マグル学や占い学はOWLの成績に関わらず生徒を受け入れていたはずだから、受講自体は問題ないのだろうけれど……お世辞にもトレローニー教授と相性がいいとは言えないパメラが占い学を続けると言うのは、何だか意外だ。レイチェルが驚くと、パメラは盛大に溜息を吐いた。
「勿論、絶対にやめてやろうと思ったんだけど。ママが『とっても魔女らしい科目なのにやめちゃうのね』って寂しそうな顔するんだもの。仕方ないじゃない……」
「……占いって魔女らしいの?マグルの文化にだって占いはあるでしょ?」
パメラの言葉に、レイチェルは首を傾げた。魔女らしい科目……マグルから見るとそうなのだろうか? 確か、以前マグルの本屋に行ったとき、タロットカードなんかの占いの本を見かけたような気がするけれど。
レイチェルが不思議に思っていると、今度はエリザベスが溜息を吐いた。
「私もレイチェルみたいに魔法薬学を続けたかったわ……筆記はできたと思うんだけれど、実技があまり上手くいかなかったの……」
「私だって、運よく上手くいっただけよ。それにエリザベス、魔法薬学以外は全部『優』じゃない。そっちの方がずっとすごいと思うわ」
「何にしろ、わざわざスネイプの授業を受けたいなんて、理解できないわ。……ああ、はいはいエリザベス。スネイプ“教授”ね、わかってるったら」
そんな会話をしているうちに、朝食の時間は終わろうとしていた。下級生達が授業へと向かう中、レイチェル達6年生はそのまま大広間に留まるよう言い渡された。それぞれの寮監が、生徒達の時間割の確認をするためだ。会話の内容はあまり聞こえないが、人によって、すぐに時間割を渡される場合もあれば、少し時間がかかっている場合もある。1人、また1人と同級生がフリットウィック教授に呼ばれるのを、レイチェルは何だか落ち着かない気持ちで見守っていた。
「ミス・グラント」
「はい」
とうとう自分の名前が呼ばれ、レイチェルは緊張しながらフリットウィック教授の元へと向かった。フリットウィック教授は、レイチェルの申請書を受け取ると、慣れた様子で手元のノートと見比べると、すぐに満足そうな表情で頷いてみせた。
「フム……ミス・グラントは魔法史以外の科目の継続を希望、と……受講条件は全て問題なし……大いに結構! 特に呪文学はよく頑張りましたな。私もこの結果は嬉しく思いますぞ 」
「ありがとうございます。実技で得意な呪文が出たのでよかったです」
フリットウィック教授の笑顔に、レイチェルは何だか照れてしまった。呪文学はフリットウィック教授の担当教科だと言うのもあるが、レイチェルが忘却術士を志望しているのを覚えてくれているからだろう。忘却術士は魔法の腕が何よりも重要視されるので、変身術や呪文学は特に高い成績が求められると、イースターの面談のときに教えてくれたのはフリットウィック教授だ。
教授が杖先で叩くと、真っ白だった羊皮紙に時間割が現れた。さっと目を通してみると、レイチェルの希望科目は全て反映されている。
「それにしても、魔法薬学が『優』とは素晴らしい! スネイプ教授はさぞお喜びになるでしょうな」
フリットウィック教授のそんな言葉に見送られて、レイチェルは大広間を出た。
スネイプ教授が喜ぶ────。そうだろうか……? 全然想像がつかない。そう言えば、魔法薬学の授業ってどれくらいの人数が受講するのだろう? 『優』をとった生徒だけとなると、ただでさえ人数は少ないだろうし、その全員が魔法薬学を継続するとも限らない。まあ、少なくともセドリックが居ることはわかっているから、知り合いが居なくて困ることはないだろうけれど。
「こんにちは、皆さん。全員がOWL試験を無事終え、こうしてまたNEWTクラスとしてこの教室で会えたことを嬉しく思います」
レイチェルの新学期最初の授業はマグル学だった。バーベッジ教授はマグル学を学びたい生徒ならば誰でも受け入れるため、見る限り受講を辞めた生徒は1人も居ないようだった。とは言え、レイチェル達の学年のOWL試験の結果は、あまり優秀とは言えなかったらしい。これには、レイチェルも反省するところがあった。『優』がとれたので忘れていたが、筆記試験の最後の問題────主にマグルの一般常識について────は、ほとんどわからなかったのだ。
「実技試験に関しては、仕方のないところもあります。貴方達の中には、マグルの街に1人で出掛けること自体、初めてと言う人も居たでしょう。いきなり知らない場所に連れ出され、試験官の望む通りに振る舞うことができなくとも、それを恥じる必要はありません。しかし……中には、問題なく課題を達成できたにも関わらず、わざと試験のルートを外れた結果、持ち時間を超過してしまった生徒も居ると報告を受けています。これに関しては、私としては残念だと伝えざるを得ません」
そう告げるバーベッジ教授の視線は、なぜかフレッドとジョージの方に向けられていた気がした。
そうして、新学期最初の授業は、ほとんどがOWL試験の解説で終わった。それぞれのOWLの答案と、正答例が配られ、バーベッジ教授はその1問1問に対して丁寧に説明をしていった。
3ヶ月ぶりの、しかももう終わった試験の内容なんて、正直もう半分くらいは忘れてしまっている。何だかもう一度試験を受けたような気分になって、2時限続きの授業が終わる頃にはレイチェルはぐったりしてしまった。
「セド、筆記何点だった?」
「91点だった。レイチェルは?」
「87点。……やっぱり、最後の問題がダメだったわ。記号問題は、運良く正解だったのもあったけど」
「僕もだよ」
OWLの解説をたっぷりとやったのは、次の古代ルーン文字の授業でも同じだった。
レイチェルのこの教科の試験結果は、『可』だ。悲しいことに、あまり良い結果とは言えない。理由は自分でもわかっていたけれど、やっぱり単語の意味を取り違えていたのを時間内に直しきれなかったせいで、その分だけ減点されてしまっていた。減点を示す但し書きだらけの答案を見ると何だか悲しい気持ちになったが、それがなければ────記述問題も多いから断言はできないけれど────問題なく『良』をとれているはずの点数だった。まあ、終わってしまったことを今更嘆いても仕方ないのだけれど。NEWTの試験を受けるときは、同じミスを繰り返さないようにしよう。
「聞いてよレイチェル!信じられない!トレローニーったら、もう山ほど宿題を出して来たのよ!」
「え、もう? マグル学は何も出なかったけど……」
午前だけですっかり疲れ切ってしまったが、それでも占い学の授業を受けて来たパメラよりはマシだったらしい。さっきの古代ルーン文字でも課題は出なかったので、結局レイチェルは今日はまだ宿題のしの字も出ていない。昼食のサンドイッチを摘まみながら、ふぅと溜息を吐いた。何だかまだ、頭の中にルーン文字が詰まっているような気がした。
午後の授業は防衛術だった。せっかくだからいい席が取れるようにと、レイチェルは昼食もそこそこに、早めに防衛術の教室へと向かった。パメラとエリザベスは、占い学の教材を置きにいきたいからと一度寮に戻っている。────が、それでも遅かった。考えることは皆同じだったのか、教室のドアの前には既に同級生達が列を作っていた。その最後尾へと並ぶと、ちょうど前に並んでいたロジャーが、レイチェルを振り向いてニヤッと笑った。
「なあ、知ってるか。レイチェル」
「何?」
「さっき、ここに来る途中で、中庭を通ったんだ。そうしたら、ハリー・ポッターとドラコ・マルフォイが揉めててさ。まあ、それはいつものことだけど。そこにムーディが現れて……どうしたと思う?」
「どうって……減点じゃないの?」
いくらあの2人の仲が険悪だとは言え、新学期早々にやり合ったのかと言う呆れはあったが────生徒間の揉め事が教授に見つかれば、当然減点されてしまう。どの程度減点されるか、もしくは罰則になるかと言うのは、その時々の状況や教授にもよるだろうけれど。レイチェルが首を傾げれば、ロジャーは声を潜めた。
「それがさ……ムーディは、何とマルフォイをケナガイタチに変えちまったんだ」
「えっ?」
ケナガイタチって……それってつまり、授業でもないのに生徒に対して変身術を使ったと言うことだろうか。レイチェルの知る限り────自分の名誉のために言っておくと受けたことはないが────教授達が課す罰則は書きとりや掃除などで、魔法を使った処罰と言うのは聞いたことがない。
「……マクゴナガル教授が知ったら卒倒しそう」
「卒倒はしてなかったな。めちゃめちゃ困ってたけど」
ロジャーが呑気そうな口調で言った。
……それにしても、いくらムーディ教授が変わっているとは言っても、そんな罰を与えられるなんてドラコは一体何をしたのだろう。何だか痛くなってきた額を押さえるレイチェルとは裏腹に、ロジャーは楽しげに笑ってみせた。
「一体、どんな授業になるんだろうな」
10分後、始業のベルが鳴ってもムーディ教授は教室に姿を見せなかった。
しかし、やがて廊下の向こうから、コツッ、コツッと乾いた固い音がこちらに近づいて来るのがわかった。ムーディ教授の足音だ。それだけで、おしゃべりでざわついていた教室は静まり返り、奇妙な緊張感に包まれた。開け放たれたドアから入って来たムーディ教授は、鋭い目つきで教室を見回した。
「教科書はいらん。鞄の中にしまえ」
唸るようにそう告げられて、レイチェルは驚いた。が、どこか納得もした。目の前に居る、この隙のない、いかにも歴戦の闇祓いと言う雰囲気の魔法使いが、教科書通りに授業を進めていく姿は何だか想像がつかない。出席をとる間も、休みなく動く魔法の目に見られているような気がして、何だか自然と背筋がピンと伸びるような気がした。
「さて。お前達6年生は、先学期にOWL試験を終えた。ここに居る全員が、難関と言われる試験でそれなりの成績を修めている。ルーピン教授からも手紙を受け取ったが、お前達は防衛術の呪文や理論について、既にある程度理解していることと思う。────だが」
ムーディ教授はそこで1度言葉を切り、教室を見渡した。魔法の目と一瞬はっきりと視線が合った気がして、レイチェルはどきりとした。
「お前達が『防衛術』として学んできたものは、所詮は平和な教室の中でのままごとに過ぎん。杖を振るのに失敗しようが、呪文を間違えようが、いくらでもやり直しが効く。そんな状況で上手く呪文を使えたところで、実戦では何の役にも立たん。闇の魔法使いは、お前達が焦って失敗した呪文を正確に唱え直すまで、礼儀正しく待ってくれたりはせん」
まるでこの教室の中にでも闇の魔法使いが潜んでいると言いたげな口調だったが────ムーディ教授の嗄れた声で聞くと、ひどく説得力のある言葉だった。顔を覆うおびただしい数の傷は、実際に闇の魔法使いとの戦いによって受けたものなのだ。
「わしの持ち時間は1年だ。その間に、お前達に魔法使い同士がどれほど呪い合えるものなのか……お前達が戦うべき相手を知り、そして身の守り方を教えること。それがわしの役目だと考えておる」
水を打ったように静かだった教室が、その言葉でざわついた。
レイチェル達が今まで習ってきた防衛術の結果的に皆1年間で学校を去ってしまったけれど、最初から1年間だけと決まっている先生は初めてだ。
「お前達6年生は、今学期は無言呪文の習得に励まねばならんことになっている。この教科に限らず、そろそろのんびり呪文を唱えねば魔法を使えんなどと甘えたことを言っている時間ではないと言うことだ。今からどの呪文をかけるか敵に知られることは、戦いの場においては何のメリットにもならん。命取りだ。今まで簡単に使えると思っていた呪文も、やり直しがきかず、しかも無言で発動させるとなれば、これまでの100倍も難しく感じるだろう……」
教室が再び静まり返った。無言呪文。その言葉に、レイチェルは少し不安になった。
今日はまだ杖を振る授業はなかったけれど、NEWTクラスになると無言呪文の練習がほとんどになると上級生から聞かされていた。ムーディ教授の言う通り、今まで使えるようになった呪文も、実際に声に出して唱えることができないとなると、何倍も難しくなるらしい。
「が、まずは……今日はお前達に、闇の魔法使いが使う呪文はどんなものか、その目で実際に見せることにしよう。禁じられた呪文……これらが一体どんなものか、魔法界でどのように使われ、混乱をもたらして来たか……これらの呪文のせいで、どれだけ多くの魔法使いが不幸になったか……OWL試験を終えた学年に改めて説明することもあるまい」
ムーディ教授が杖を振ると、黒板に文字が現れた。禁じられた呪文────服従の呪文、磔の呪文、そして死の呪い。魔法法律により、最も厳しく罰せられることが定められている3つの呪文だ。教室の生徒の何人かが、息を呑むのがわかった。ムーディ教授は立ち上がると、机の引き出しからガラス瓶を取り出した。中で這いまわっていた大きな黒い蜘蛛を瓶から出すと、ムーディ教授は杖先を向け、唸るように言った。
「いいか、一度しかやらん。よく見ておけ」
ムーディ教授が、蜘蛛に向かって呪文を唱えた。それは、レイチェルにとって知識としては知っていても、今まで1度も耳にしたことのない呪文だった。
「ねえ、ムーディ教授の授業、どうだった? 6年生は今日授業があったんでしょう?」
ムーディ教授の授業のいかに衝撃的だったか。既に授業を受けた生徒達が触れ回ったせいで、夕食の席でも、そして談話室に戻ってからも、誰もがその話題で持ちきりだった。気になって仕方がない様子のパドマにそう聞かれて、レイチェルはエリザベス達と顔を見合わせた。
「すごかったわよ!さすが、元闇祓いってだけあるわ!何て言うか、実践的よね!」
「でも、何と言うか……少し、刺激が強いように感じたわ。1年生にも、同じ授業をやるのかしら……?」
目を輝かせるパメラとは反対に、エリザベスは表情を曇らせた。エリザベスの言う通り、いくら動物に向けてとは言え禁じられた呪文を使うのは、下級生にはかなり刺激が強そうだ。レイチェルですら、初めて実際に目にした残酷な呪文に、授業の後はしばらく放心状態になってしまった。
「……1年だけなんて、残念よね。人嫌いって噂だから、仕方ないのかもしれないけれど」
優秀な闇祓いが必ずしも教師として素晴らしいとは限らないのだろうけれど、少なくともあんなに経験豊富な魔法使いは魔法界にもそうは居ないだろうし、そんな人から直接教えを受けられるのが貴重な機会なのは間違いないだろう。ムーディ教授は、きっとレイチェルの想像もつかないような死線をくぐり抜けてきたのだから。
「むしろ何で引き受けたのかが気になるわよ。ダンブルドアが無理に頼んだってこと?」
「たぶんそうだと思うわ。古い友人だと言う話ですもの」
「防衛術の教授、やっぱり見つからないのね。来年はどうなるのかしら」
去年のルーピン教授は素晴らしい先生だったし、今年のムーディ教授も教授として十分すぎるくらいに知識と経験を兼ね備えた人材であることは間違いないけれど、そもそもこの防衛術だけ1年ごとに教授が変わってしまう状況はどうにかならないのだろうか。
そんな会話をしていると、談話室の入口のところでロジャーがこっちに向かって手招きをしているのが見えた。こっちと言うか、どうやらレイチェルに。
「レイチェル。ディゴリーが呼んでるぜ」
「セドが?」
ロジャーの言葉に、レイチェルは驚いた。セドリックがわざわざ寮まで訪ねて来るなんて、今までほとんどなかったことだ。今日だって授業で話す機会はあったし、明日もまた授業で顔を合わせるのに。
談話室を出て急いでレイブンクロー塔の階段を下りていくと、確かに扉の近くに幼馴染の姿があった。レイチェルに気が付くと、セドリックはニッコリした。
「セド、お待たせ。どうしたの?」
「話したいことがあって。一緒に来てくれる?」
話って、一体何だろう? 雰囲気からして、悪い用事と言うわけではなさそうだけれど……。
どうやらあまり人には聞かれたくない話のようだ。言われるがままにセドリックに付いていくと、人通りの少ない廊下で2人きりになったところで、ようやくセドリックはレイチェルを振り向いた。
「僕、代表選手に立候補しようと思うんだ。レイチェルには最初に言っておこうと思って」
「え?」
キラキラと目を輝かせているセドリックに、レイチェルはぱちりと瞬きをした。代表選手とは勿論、三大魔法学校対抗試合の話だろう。セドリックが立候補……? でも、セドリックはまだ16歳なのだから、年齢制限に引っ掛かってしまうはずだ。
「どうやって? だって、17歳以上でないと立候補できないって……」
「さっき、スプラウト教授に聞いてみたんだ。ボーバトンとダームストラングの生徒が来るのは10月だって言ってたから。実際の選考は11月の初めにやるらしい。だから、僕にも立候補する資格があるんだ」
言われてみれば、セドリックは10月の終わりになれば17歳になる。ついこの間16歳になったばかりのレイチェルには無関係なことだからあまり深く考えなかったが、昨日のダンブルドアの話を思い出してみると、確かに「立候補できるのは6年生と7年生」と言っていたような気がする。
「セドが、代表選手に……?」
レイチェルは呆然と言われた言葉を繰り返した。全く予想していなかったことだったせいか、何だか理解が追いついていない。追いつかないけれど────何だか、胸のあたりがモヤモヤする。レイチェルが眉を寄せると、セドリックが表情を曇らせた。「僕じゃ無理かな」
「逆よ。セドなら本当に選ばれそうだから心配なの」
1度名乗りを上げて代表に選ばれたとしたら、辞退はできないだろう。他の学校の代表選手と競って、難しい課題に立ち向かわなければいけない。……それって、ものすごく危険なんじゃないだろうか?
「ねえ、セド……正直な気持ちを言ってもいい?」
「勿論」
立候補する、と告げたときのセドリックの顔は嬉しそうだった。セドリックはきっと、レイチェルにも一緒に喜んでほしいと思ってくれたのだろう。だから、こんなことは言うべきじゃないのかもしれないけれど……溜めこんで後で拗れてしまうのは嫌だし、素直な気持ちを言っておいた方がいいだろう。レイチェルは不安な気持ちを落ち着かせるようにすぅっと息を吸った。
「1番に私に打ち明けてくれたのは嬉しい……けど、私は反対。だって、すっごく危ないんでしょ……? セドが怪我したりしたら、嫌だもの」
クィディッチの試合だって怪我はする。でも、プロの試合ならともかく、ホグワーツのクィディッチリーグで死人が出たという話は聞いたことがない。そのクィディッチだって禁止なのは1年生だけなのに、成人した魔法使いでないとダメだなんて、よっぽどだ。大抵の怪我はマダム・ポンフリーが綺麗さっぱり治してくれるけれど、中には聖マンゴの癒士の手でも治せない怪我だってある。
「危険だってことは、覚悟してるよ。ちゃんと考えて決めた」
「それはわかってるけど……」
別にセドリックが「ちょっと冷やかしで立候補してみよう」なんて言う軽い気持ちで言っているなんて思ってるわけじゃない。セドリックがとても優秀だと言うことも、誰よりも知っているつもりだ。どんなに危険な課題だって、セドリックならやり遂げられるかもしれない。そう思ってもやっぱり、心配なものは心配なのだ。
「じゃあ聞くけど……セド、もし私がもう17歳で『立候補するわ』って言ったら、すぐ賛成してくれるの?」
「……そうだね。たぶん、ものすごく心配するね。ごめん、よくわかった」
「でしょ?」
困ったように苦笑するセドリックに、レイチェルは小さく溜息を吐いた。
レイチェルがちょっとマグルの村に行こうとしただけで過剰に心配する幼馴染は、こう言えばどうやら理解してくれたらしい。
三大魔法学校の課題と、平穏なマグルの村。どう考えたって、マグルの村の方が安全に決まっている。死者が出たせいで中止になったほどの危険な試合なんて、できればセドリックに出てほしくはない。
でも────。
「でも……立候補しないでほしいなんて言うのは、私のわがままだから。セドは、セドの気持ちに素直で居てほしい」
セドリックが危ない目に遭うのは嫌だけれど────ものすごく嫌だけれど、レイチェルが反対したせいでセドリックが立候補するのを諦めてしまったら、その方がもっと嫌だ。レイチェルの気持ちを考えることで、我慢なんてしてほしくない。言葉にしなくてもその意図は伝わったのか、セドリックはふっと目元を緩めた。
「立候補するよ。選ばれるかわからないけど……しなかったら、きっと後悔するから」
セドリックの気持ちも、わかる気がする。
5年に1度。2年後には卒業してしまうレイチェル達にとっては、この先どんなに待ったところで「次」はないのだ。これが最初で最後の、たった1回きりのチャンス。レイチェルだって、もし自分に参加資格があったら立候補するか悩んだかもしれない。
「大丈夫。セドなら、きっと選ばれるわ」
気休めでも慰めでもなく、本心からの言葉だった。
ホグワーツから、最も優秀なたった1人。代表選手になるのはとても難しいように思えるけれど、セドリックならきっと選ばれる。レイチェルには、何だかそんな予感がした。
自分はただの観客だとわかっていても、これだけみんなが心を躍らせている。代表選手として参加したら、その何倍も、何十倍も素晴らしい経験になるのだろう。
「ありがとう、レイチェル」
セドリックが穏やかに微笑んだ。
危険な目にはあってほしくない。そうなったらどうしようと言う不安もある。けれどきっと、それはセドリックだって同じだ。わかっていて、それでもセドリックは挑戦してみたいと思ったのだろう。それならば、レイチェルはセドリックを応援したいと思う。
頭が良くて、優しくて。レイチェルの知る限り、今までセドリックに使えなかった魔法は1つだってない。箒で飛ぶのも上手いし、運動神経だって良い。レイチェルのたった1人の、自慢の幼馴染。
セドリックなら、きっと選ばれる。セドリックなら、きっとどんな課題だってやり遂げられる。レイチェルはそう信じよう。