ホグズミードの駅に着く頃には、辺りはすっかり真っ暗だった。
雨の勢いはますますひどくなる一方で、ローブのフードを被っていても、瞼をしっかり開けているのが難しいくらいだった。もはや浅い川のようになった地面は、1歩踏み出すたびに靴の中へと水が浸みこんでいく。ランタンの灯りを頼りに、レイチェル達4人は急いで馬車へと乗り込んだ。
「ううっ、寒い。この天気じゃ、1年生は地獄ね」
パメラがそう言って身震いした。確かに、雨風が遮られるだけでもボートで湖を渡る1年生に比べたらマシだろうけれど、馬車の旅もあまり快適とは言えなかった。風が強くなってきたせいで、小さな馬車は不安定に揺れていた。水を吸ってじっとりと重くなったローブは肌にはりつき、容赦なく体温を奪う。アリシアが小さくくしゃみをしたので、レイチェルはローブの中へと隠した杖へと手を伸ばした。
「大丈夫? 乾燥呪文を使いましょうか?」
「城についてからでいいわ。どうせまたすぐ濡れるもの」
それもそうかと思い直し、レイチェルは杖をしまった。窓へ寄りかかるようにして外の景色へと視線を向けてみると、ビーズのような無数の水滴の向こうに城の窓の灯りがぼやけているのが見えた。2ヶ月ぶりに見る懐かしいホグワーツ城の姿に、レイチェルは思わず口元が綻んだ。
「ねえ、レイチェル。さっき、誰に会いに行ってたの?」
「さっきって……ああ、汽車の中で? 別に、大した用事じゃないの」
アリシアに問いかけられて、レイチェルは思わず瞬きをした。アリシアが言っているのは、さっきフレッドとジョージのコンパートメントに行っていたときのことだろう。何でもないのだと笑ってみせると、何故かパメラがニンマリ笑った。
「ふぅん。その言い方、相手は男子ね」
「えっ? 何で……」
「だってレイチェルの性格なら、女子だったら『ああ、チョウよ』とか『ハーマイオニーよ』とかあっさり言うもの。言わないってことは、男子でしょ」
「えーっ、何、気になる!相手のコンパートメントまで探しに行ったってことよね?」
「誰?私達の知ってる人?新学期が始まる前にどうしても会いたかったってことだよね? もしかして、恋人?」
……そうか。客観的に見ると、あの状況はそうなるのか。
レイチェルの立場からすると、ただ単に1分1秒でも早く危険物を手放してしまいたかっただけなのだけれど────だってさっきのタイミングを逃したら寮が違うから明日になってしまっていたかもしれないし────アンジェリーナ達の目からすると、こっそりと会いに行った健気な乙女心として変換されてしまっている。今更フレッドとジョージに会いに行ったのだと真実を言ったところで、かえって面倒な話になる予感しかしない。レイチェルは何だか痛くなってきた額を押さえた。
「恋人じゃない。恋人は、居ないわ。夏休み前も、夏休み中も、今も」
「でも、好きな人は居るんでしょ。その人じゃないの?」
「えっ、何それパメラ。私、初耳だわ」
「私も知らない! レイチェル、好きな人ができたの?」
できたけど。居るけれど────そして確かにアンジェリーナ達には言ってないけれど────でもそれはもうレイチェルの中では折り合いをつけたことだから、今更彼女達に言うのも……いや、終わったことなのだから伝えたところで問題ないのかもしれないけれど、いや、でも、ウッドが好きだったのだと言ったりしたら、この3人なら今からでも遅くないなんて言い出しそうで不安だし────。
「とにかく、さっきのは本当に何でもないの! ちょっとした用事があっただけ。この話はこれでおしまい!」
えーっ、とアンジェリーナとアリシアが不満そうに声を上げるが、レイチェルはぷいとそっぽを向いて聞こえないフリをした。アンジェリーナ達からしたら意味ありげな行動になってしまったのかもしれないけれど、実際に本当に何でもないのだ。あの「預かり物」のことは、たぶんレイチェルが勝手に人に言いふらしたりするのはよくないのだろうし。まあそもそも、言いふらそうにもレイチェルだって中身が何なのか知らないけれど。
「あのさ、レイチェル……言いたくないなら、無理に言わなくていいけど。もし、好きな人のことで悩んだりしたら、教えてね。力になるから」
「私もよ。助けになれるかわからないけど……恋の悩みでも、そうでなくても、1人で抱え込むのって辛いでしょ?」
どうやらすっかり誤解しているらしいアンジェリーナとアリシアの言葉に、レイチェルはぱちりと瞬きをした。さっきまでのはしゃいだ様子とは違って、気遣わしげな2人の表情は、真剣そのものだ。心からそう言ってくれているのがわかって、レイチェルは思わず微笑んだ。
「……ありがとう。アンジェリーナ。アリシア」
「あっ、ちょっと、レイチェル! 私のこと忘れないでよ!私だってずっと心配してたわよ!親友なんだから!」
隣に座っていたパメラに勢いよく抱き寄せられて、レイチェルは驚いたが────確かにパメラも、そして今はここには居ないエリザベスも、悩んでいるレイチェルのことをとても心配してくれていた。レイチェルが自分から言いたくなるまで、無理に聞き出そうとせずに、見守っていてくれた。
「うん……わかってる。ありがとう、パメラ」
何だか胸の奥が熱くて────少し、鼻の奥がツンとした。
馬車が城へと到着すると、レイチェル達は再びどしゃ降りの中を駆け足で玄関ホールへと進んだ。そして今度こそようやくローブや靴を乾かし────ここまで濡れていると完全には乾ききらなかったけれど多少はマシだ────急いで大広間へと向かった。大広間はこの日のために美しく飾りつけられ、生徒達の楽しげなざわめきで満ちていた。何百と言う蝋燭が宙に浮かび、祝宴用の特別な金の食器を柔らかく照らしている。たった1つ難点を探すのなら、いつもならば美しい星空が見えるはずの天井が今は灰色の雲に覆われ、雷鳴が轟いているところくらいだろう。アンジェリーナ達と別れてレイブンクローのテーブルに向かったレイチェルは、そこに見知った友人の姿を見つけた。
「レイチェル。こっちよ」
「エリザベス!」
どうやら先に到着して、席を取っておいてくれたらしい。夏休みぶりに会うもう1人の親友に、レイチェルは嬉しくなって駆け寄った。近くにはロジャーやチョウ、それにマリエッタの姿もある。ワールドカップでも会った顔ぶれだったが、それでもやっぱり久しぶりの再会は嬉しいものだ。
「ねえ、レイチェル。OWLの年ってやっぱり、時間割がすごくハードなのよね?」
「時間割? ええ、そうね。まあ、何と言うか……2時限続きの授業は増えるかも……」
「チョウったら、汽車の中でもOWLの話ばっかりなの」
「マリエッタ! ……だって、心配なんだもの。課題もすごく多いって聞くし」
「私達も去年はそうだったわ。そう言えば、チョウ達の学年は誰が監督生になったの?」
「ああ、えっとね……」
楽しくおしゃべりしていると、大広間の扉が開け放たれた。一瞬で静まり返った広間の真ん中を、マクゴナガル教授に引率された新入生達が進んでいく。さすがのマクゴナガル教授でも1年生全員に乾燥魔法をかける時間はなかったのか、1年生達は全員ずぶ濡れだった。中には、大きなオーバーコート────大きさから言ってたぶんハグリッドのものだろう────に包まれている子も居た。寒さからか、緊張からか……たぶんどちらもだろう。体を震わせている1年生達は見るからに気の毒な様子だった。
「誰も風邪を引かないといいんだけれど……」
組分け帽子が朗々と歌い上げる声に混ざって、エリザベスが小さく呟くのが聞こえた。確かに、入学してすぐに医務室送りになるのはあまり楽しいことではないだろう。まあ、びしょ濡れのローブのままなのは新入生ばかりではなさそうだけれど。大広間を見渡してみれば、下級生のほとんどはずぶ濡れのままだ。
「組分け帽子の歌って、いつもレイブンクローは頭でっかちのガリ勉しか居ないつまらない寮に聞こえるわよね。1年もかけて考えてるくせに」
帽子の歌が終わると、パメラがそう言って顔を顰めた。確かに、実際のレイブンクロー生はパーシー・ウィーズリーやハーマイオニーのような際立って勉強熱心な生徒ばかりなわけでもないし、自主的にレイブンクロー寮を選んだレイチェルでさえ、シンボルカラーや「母親の出身寮だったから」が主な理由だ。知識欲が発揮されているとすれば、マグル関連くらい。
「あくまで傾向の話だもの。セドみたいに、寮の特性そのものって方が珍しいと思うわ」
勤勉で誠実。幼馴染の欲目を抜きにしても、セドリックはハッフルパフが求めた理想の生徒像だ。もっとも、レイブンクロー生だったとしてもグリフィンドール生だったとしても、セドリックなら「模範的な生徒」と呼ばれていたような気がするけれど。
目の前では1人、また1人と新入生の組み分けが行われている。それぞれの寮のテーブルへと向かう小さな後輩達1人1人へと拍手を送った。
「あ、あの子……」
「何、レイチェル。知り合い?」
最後の組分けになった男の子の顔に、レイチェルは見覚えがあった。びしょ濡れのローブのせいか、緊張してしまっているのか、それとも組分けへの不安からか、その顔は蒼白になっていたが────キングズクロス駅で出会った、あの男の子だ。
「えっとね、知り合いってほどじゃないけど……9と4分の3番線の場所がわからなくて困ってた子。柵を抜けるの、セドが手伝ってあげたの」
「へー、じゃあきっとハッフルパフね。私と同じパターン」
パメラの予想通り男の子はハッフルパフに組み分けられたので、レイチェルはハッフルパフのテーブルへと視線を向けた。少し離れたところに座っているセドリックは、男の子────確かホイットニー・ケビンと言う名前だった────に席を詰めて、歓迎しているところだった。
組分けが終われば、にぎやかな祝宴の始まりだ。ダンブルドアの一声で、空っぽだったゴブレットや大皿は、瞬く間にありとあらゆるごちそうでいっぱいになった。ステーキにマッシュポテト、ミートパイにマカロニ・アンド・チーズ、ローストビーフにヨークシャープディング、他にもたくさん。金のゴブレットはかぼちゃジュースで満たされている。新入生達が目をキラキラさせているのが微笑ましい。
「そう言えば、今年の防衛術の教授って誰なのかしら。紹介なかったわよね」
「それがわからないの……教授達のテーブルに、1つ空席があるみたいなんだけれど……」
「まさか、とうとう見つからなかったのかしら……もしかして去年みたいに、スネイプ教授が?」
「冗談でしょ!絶対嫌!それなら、ロックハートに戻った方がまだマシよ!」
「パメラったら!」
確かに、教職員テーブルの方を見てみると、1つ空席がある。とうとうスネイプ教授が防衛術の教授の座を射止めたと言う可能性も考えられるが、それなら今度は魔法薬学の教授が代わりに雇われるはずだ。単に、事情があって遅れているだけなのだろうか?
「ルーピン教授と同じくらい……は難しいかもしれないけど、せめてロックハートよりは優秀な先生がいいわ。私達はOWLだもの」
マリエッタが溜息を吐いた。確かに、マリエッタ達5年生にとっては切実な問題だろう。レイチェル達はOWLの年に優秀な先生に教わることができて幸運だったのだ。OWLの単語が出たせいか、チョウの表情がまた曇った。
「まあ、そんなに心配するなよ。チョウ達は成績もいいんだし、普通にやってれば大丈夫だって」
「そうよ。ロジャーだってパスしたんだから2人なら楽勝よ!」
「おいパメラ、どう言う意味だよ」
「そのまんまの意味よ。それに、ほら。今年はディメンターだって居ないし」
慰めの言葉をかけたロジャーとパメラに、チョウがようやく少し笑った。
もう1年も前のことと言うのが嘘みたいだけれど、レイチェル達もOWLは不安だった。チョウ達の不安もわかるけれど……パメラの言う通り、今年は吸魂鬼がホグワーツの周りを飛んでいないのだから、去年よりは勉強に集中しやすい環境であることも確かだろう。
「今年こそ、平和な1年になればいいんだけど」
「本当。もう怪物はこりごり」
困ったように微笑むエリザベスに、レイチェルも心から同意した。結局ブラックは脱獄したまま捕まっていないのだから、状況は去年と変わっていないような気がするけれど────どうやら今年は吸魂鬼の警備はないようだ。今年こそは怪物に怯えることなく心穏やかに過ごせるだろう。
「チョウもマリエッタも。試験のことを考えるのは明日以降でも遅くないわ。せっかくのデザートを食べそこなっちゃう」
レイチェルは2人に微笑みかけた。ちょうどテーブルの上にあった食事が消え、今度は色とりどりのデザートが現れたところだった。トライフルに糖蜜パイ、ヴィクトリアケーキ。大きなチョコレートケーキやプディングもある。おいしいごちそうでもうお腹一杯になりかけていたが、デザートの誘惑には抗えない。カスタードクリームたっぷりのタルトもおいしかったが、ベリーがたっぷり載せられたババロアはさっぱりしているせいであともう一口、とつい食べてしまう。皆が思い思いに堪能して皿の上が今度こそ空っぽになると、遠くでダンブルドアが立ち上がるのが見えた。
「いくつか知らせることがある。もう一度耳を傾けてもらおうかの」
ダンブルドアが微笑み、そうして注意事項が言い渡された。レイチェル達上級生にとっては、もう聞いた事のある内容ばかりだ。フィルチが取り決めている城内持ち込みの禁止品、禁じられた森への立ち入り禁止、ホグズミードのこと。そして────クィディッチの寮対抗杯の中止。
「嘘だろ!」
「そんな!」
ロジャーとチョウが信じられないと悲鳴を上げた。他にも、各寮のテーブルからいくつか同じような反応が上がっていた。レイチェルも驚いた。クィディッチが中止だなんて、聞いたことがない。動揺する生徒達を気にすることなく、ダンブルドアは言葉を続けた。どうやらクィディッチの中止には理由があり、今年度行われるあるイベントのための措置らしい。
「わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びをもって発表しよう。今年、ホグワーツで────」
そのときだった。ダンブルドアの言葉を遮るように、耳を劈くような雷鳴が響いた。そしてもう1つ、バタンと大きな音がした。誰かが大広間の扉を開けたのだ。一体誰だろう? さっと視線を走らせると、そこには1人の男の人が立っていた。フードを脱いだその顔に、レイチェルは見たことがあった。以前、新聞か何かで見たのだ。ええと、確か────。
「マッド・アイだ」
誰かがそう囁くのが聞こえた。そうだ。闇祓いのマッド・アイ・ムーディ。
一度見たら、記憶から抜け落ちてしまうことはまずないだろう。元の皮膚のままのところを探すのが難しいほど、その顔は傷跡に覆われている。闇の魔法使いとの危険な戦いの中で受けた傷だ。鼻も、唇も、呪いによる損傷と思われる痛々しい跡がはっきりと残っている。そして、その異名の元となっている、魔法の目。コインのように丸く、鮮やかなブルーの目は、グルグルと油断なく動き、全てを見透かしてしまいそうだ。失礼だとはわかっているけれど、何だか少し……怖い。
「マッド・アイ?」
「そう呼ばれてるの。……アラスター・ムーディ。今世紀で、最も優秀な闇祓いって言われてる人。……人嫌いって噂なのに」
不思議そうなパメラに、レイチェルはそっと囁いた。
大広間が静まり返っているせいで、ムーディが一歩進むたび、ステッキが床をつく鈍い音が響き渡る。もはや生徒全員が彼の動向を見守っていたが、そんな視線を意に介する様子もなく、大広間を横切ってダンブルドアの元へと歩いて行く。
「闇の魔術に対する防衛術の新しい先生をご紹介しよう。ムーディ先生じゃ」
どうやら彼こそが、教職員テーブルの空席の主だったらしい。ダンブルドアの声は朗らかだったが、生徒達は相変わらず静まり返っていた。大広間中が、ムーディ教授の持つ雰囲気に圧倒されているようだった。レイチェルは拍手をするのをすっかり忘れていたことに気がついたが、そのときにはムーディ教授は既に生徒達から興味を失くしたようで、携帯用酒瓶を取り出して何かを飲んでいた。
マッド・アイ・ムーディ。優秀な闇祓いで、彼に助けられた人は多いけれど、同時に恨んでいる人も多く居る。そのせいかすっかり人嫌いで、引退した今では人前に出ることはほとんどない。大人達からはそう聞かされていた。ホグワーツの教授職なんて1番縁がなさそうな人材に思えるけれど、どうして教授職を引きうける気になったのだろう?
「さて。先ほど言いかけていたのじゃが」
ムーディ教授の一挙一動に釘付けになっている生徒達に向けて、ダンブルドアがにこやかに笑いかけた。レイチェルもハッとした。そうだ。さっき、ダンブルドアの話はまだ途中だったのだ。クィディッチを中止にしてまで行うイベントとは何だろう? レイチェルには想像もつかない。生徒達が注目する中、ダンブルドアは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「これから数ヶ月に渡り、我が校は、真に心躍るイベントを主催すると言う光栄に預かる。そのイベントは────」
「三大魔法学校対抗試合! そんなのがあるなんて、全然知らなかったわ!」
まだ興奮が冷めやらない様子のパメラが、目をキラキラさせて言った。
あの後すぐに宴はお開きになったので、疲れていたこともあってレイチェル達はレイブンクロー寮の寝室へと戻って来ていた。エリザベスはまだ監督生の仕事で、1年生に寮の説明をしているはずだ。上級生のパメラですらこの調子なのだから、好奇心旺盛な1年生達をベッドに向かわせるのは大変だろうな、とレイチェルはここには居ない親友に同情した。
「私もよ。だって、ダンブルドアの話だと、最後にやったのってママ達が学生の頃より何百年も昔の話でしょ?」
ネクタイを緩めながら、レイチェルはふあ、と欠伸を噛み殺した。ダンブルドアは確か最後に開催されてから100年以上経つと言っていた。少なくとも両親や祖父母の学生時代には行われなかったはずだ。誰からも話を聞いたことがなくても無理はない。そして、おじさんやおばさんが夏休み中に思わせぶりにしていたのは、きっとこのことだったのだろう。
「でも、17歳以上ってなると、私達はあんまり関係ないわね」
「そうね。パメラは立候補したかった?」
「当たり前じゃない! だってせっかくのチャンスなのよ!」
つまらなさそうに溜息を吐くパメラに、レイチェルは肩を竦めた。
5年に1度きりとなると、次に開催されるのはレイチェル達がもう卒業してしまった後だ。ちょっと残念だけれど……でも、実際に資格があったら、立候補したかと言われると難しいところだ。いくら今回は万全の予防措置や対策を取るとは言っても、元々死者が頻繁に出たせいで中止になったような大会なのだと言うのだから。ダンブルドアも言っていた通り、やっぱりかなり危険なのだろう。それにまあ、思いきって立候補したとしても、選ばれるのはホグワーツからたった1人だ。ホグワーツで最も優秀な生徒だけ。
「ロジャーやチョウは、やっぱりちょっと気の毒かも」
「まあねー。今年で卒業じゃなくてよかったわよね」
100年以上ぶりのイベントと言うのはもちろんワクワクするだろうけれど、どう頑張ったところで自分は年齢制限で選手としては参加できないのだ。それならばクィディッチリーグの方が、と気を落としていないか心配だ。それに、セドリックも。せっかくワールドカップでクラムの試合を見て、今年こそは優勝杯をと張り切っていたのに。今頃、ハッフルパフ寮でガッカリしていなければいいのだけれど。
「“三大”魔法学校ってことは他にもあるのよね? レイチェル、知ってる?」
「うーん。アメリカのイルヴァーモーニーと、ブラジルのカステロブルーシューは聞いたことあるわ。確か全部で10校……?」
パメラの質問に、レイチェルも首を捻った。ダームストラングは歴史が古くて有名だし、ボーバトンも従兄が通っているから知っている。けれど、その他の魔法学校に関してはレイチェルも詳しくない。条件が整えば交換留学なんかもできると聞いたことはあるけれど、あまり興味がなかったせいで調べたことがないのだ。
「11校よ。……アジアやアフリカ、他にも世界各地にあるわ」
「あ、お疲れエリザベス」
ドアの方から声がしたと思えば、どこかぐったりした様子のエリザベスが部屋に戻って来たところだった。たぶんレイチェルが予想した通り、1年生達の質問攻めにあったのだろう。
それにしても、とエリザベスが呟いた。
「100年以上も開催されていなかったのに、どうして突然復活させることができたのかしら」
「さあ? ダンブルドアの考えることはわかんないもの!」
「まあ、タイミング的に今になったのは何となくわかるような気はするけど……」
ここ100年は、何だかんだと魔法界の情勢は不安定だった。レイチェル達は小さかったから覚えていないけれど、例のあの人が活動していた時期はそれどころではなかったのだろうし、それ以前もグリンデルバルドによる混乱の影響が残っていたらしい。魔法界が平和になって10年が経った今、ようやく実現することができたのだろう。
対抗試合の話題はまだまだ尽きることがなかった。各校からの代表選手は一体どれくらいの人数が来るのか。危険な課題とは一体どんなものなのか。代表選手を選抜するのは誰なのか。そんなことを話しているうちに、あっと言う間に時間は過ぎて行った。
「そろそろ寝ましょう。明日から授業ですもの」
何だかまだ話し足りないような気がしたけれど、確かにエリザベスの言う通り、時計を見ればそろそろ12時を回ろうとしている。色々あって疲れたせいか、気持ちは高揚しているのとは裏腹に、気を抜けば瞼が落ちて来る。そろそろ明日に備えて眠った方が良さそうだ。レイチェル達はモタモタと身支度をして、ベッドの中へと潜り込んだ。
「今年も何だか、騒がしくなりそう」
サイドテーブルのランプの灯りがちらつくのを眺めながら、レイチェルは小さく呟いた。
今年こそは、平和な1年になるだろうと思ったのに。まさか、100年以上ぶりの、三大魔法対抗学校だなんて。ホグワーツに、他の魔法学校の生徒達がやって来て、各校の代表がその魔法の技術を競い合う。何だか、まだ現実味がなくて信じられない。レイチェルはただの観客だけれど、それでもきっと選手達はワクワクするような活躍を見せてくれるのだろう。
期待していたような、穏やかな1年と言うわけにはいかないだろうけれど────楽しいことで忙しくなるのならば、それはとても素敵なことだ。