真夜中になっても、お祭り騒ぎは続いていた。試合による興奮に祝い酒も加わってか、調子っぱずれなアイルランド国歌や笑い声がそこかしこから聞こえてくる。レイチェルとセドリックは温かいココアを飲みながら試合について語り合い、エイモスおじさんもそれを黙認していたが、深夜0時を回った頃になるとさすがにレイチェルを自分のテントに帰らせたがった。

「まだ私もセドも眠くないのに」
「いいから、戻りなさい。レイチェル
「だって、これじゃ戻ったって眠れないもの」

周囲の騒がしさを言い訳にしたものの、おじさんがテントに防音魔法をかけたせいであまり意味はなかった。レイチェルは渋々1人テントに戻りパジャマに着替えた。あんな試合を見た後なのだから、目が冴えて眠れるわけがないと思っていたが────どうやらはしゃぎ通しだったせいで体は疲労の限界だったのか、ベッドに入るとすぐにウトウトし始めた。

夢の中でも、レイチェルはクィディッチの競技場に居た。

スタジアムが歓声に湧いている。レイチェルは観客の1人として、上空で行われている試合を見上げていた。隣で一緒に試合を観戦しているのはアンジェリーナとアリシア。高くそびえたゴールポストの側を飛び回っているのは、キーパーのウッドだ。ネイビーブルーに金色のパピルスが交差した紋章のついた競技用ローブを着ている。とうとうパドルミア・ユナイテッドの正式なキーパーになったのだ。対するのはウィムボーン・ワスプス。黄色と黒の横縞のローブがとても目立つ。なぜかシーカーだけ真っ赤なローブのクラムが居た。ワスプスのチェイサーがゴールに向けてクアッフルを投げる。が、ウッドが鮮やかにセーブ。レイチェルはピョンピョン飛び跳ねて、アンジェリーナ達とハイタッチした。するといつの間にかスタジアムからホグワーツへと変わり、今度はレイチェルが箒に乗って空を飛んでいた。
両手で握り締めた箒の柄に、ファイアボルトの文字が見える。太陽を反射してキラキラ輝く湖面の上を、箒は滑るように動く。両脇には雄大な山々が連なっている。とても美しい光景だ。が、なぜかファイアボルトは突然コントロールを失い、ガクガクと不規則に揺れ始めた。このままでは箒から振り落とされて湖に落ちてしまう────。

レイチェルレイチェル、起きて!」
「ん……セド? もう朝?」

レイチェルはゆるゆると瞼を開いた。天井と、それからレイチェルを覗きこんでいるセドリックの顔が見えた。揺れる箒は、どうやら肩を揺すられていたからだったらしい。せっかくいい夢だったのにと、レイチェルは欠伸を噛み殺しながらのろのろと瞼を擦る。よく見れば、セドリックもまだパジャマ姿だった。

レイチェル、起きて。緊急事態だ」

そう告げるセドリックの表情があまりに真剣だったので、レイチェルはパチンと口を閉じ、とりあえずベッドから起き上がった。まだ頭がボーッとしているし、気を抜けばまぶたがくっついてしまいそうだったが、そんなことを言っている場合ではなさそうだ。ヘッドボードにかけたままだったカーディガンと、それからベッドサイドの杖だけを持って靴を履くと、先にテントを出て行ったセドリックを追う。そこにはやっぱり真剣な表情のエイモスおじさんが立っていた。セドリックやレイチェルと違って、おじさんはきちんと服を着ている。そこでレイチェルは、辺りがさっきまでとは違う騒がしさだと言うことに気がついた。お祭り騒ぎの歓声や歌声は止み、叫び声や慌てて逃げ惑うような音があちこちから聞こえた。テントにかけてもらった防音魔法のせいで気がつかなかったのだ。

「私は同僚達とこの事態に対処する。お前達は森に避難しなさい。2人とも、杖は……持っているな。使わなくていいことを願うが……なるべく人の多いところを選んで、決してはぐれないように」
「わかった。父さん、気を付けて」
「ああ。セド、レイチェルを頼んだぞ」

ちっとも事態を把握できていないレイチェルは、黙って2人のやり取りを聞いているしかなかった。“この事態”、”避難”……。何だか物騒な言葉ばかりだ。レイチェル達未成年が、杖を使って身を守らなければいけないようなことが────それほど緊迫した何かが起こっているのだろうか? 不安になったが、ゆっくり説明してもらう時間はないらしい。おじさんが姿くらましすると、セドリックはレイチェルの手を引いて森の方角へと早足で進み出した。

「ねぇ、セド……一体何が起こってるの?」
「……死喰い人だって、父さんが言ってた」
「死喰い人? それって、あの、“例のあの人”の……?」

何かが破裂するような音に、レイチェルは振り返った。逃げ惑っている人々の向こうから、何かが群れを成してこちらに向かって来るのが見えた。レイチェルには最初、それが吸魂鬼の集団のように見えた。けれど違った。地面を歩いているし、杖を持っている。人間の魔法使いだ。吸魂鬼のように見えたのは、魔法使いたちがフードを深く被り、不気味な銀の仮面をつけているせいだった。レイチェルは直感的に彼らがその死喰い人なのだと理解した。仮面の一団はまるで獲物が逃げ惑うのを楽しむようにゆっくりと行進し、その間にも段々と人数を増やしているように見えた。そして、彼らが上へと向けた杖の先で蠢いているものの正体に気づいて、レイチェルは息を呑んだ。

「そんな……!」

宙に浮かんだ影の正体は、生きた人間だった。しかも、そのうちの2人はまだ小さな子供だ。まるで見えない糸に吊り上げられた操り人形のように、死喰い人達は杖で彼らを弄んでいた。彼らが恐怖に怯える様を楽しむように笑い、囃したてている。
────信じられない。何てひどいことを。レイチェルは小さな男の子がコマのように回され始めたのを見ていられず、目を逸らしてギュッと唇を噛みしめた。

レイチェル、急ごう。早く森へ」

セドリックの声も、怒りを押し殺しているかのように少し震えていた。

 

 

 

森は30メートル先のところまで迫っていた。死喰い人達からはまだ距離があり、追いつかれることはないだろうと思われたが、背後から聞こえてくる野次や喚き声、そして魔法のぶつかり合う音がレイチェルの恐怖心を煽った。燃やされたテントから風で飛ばされた火の粉があちこちで芝に燃え移っているせいで、周囲は奇妙に明るかった。

「Fleur, tu es où? Ne me laisse pas! Fleur!」

ふいにそんな声がして、レイチェルは振り向いた。空っぽのまま置き去りにされたテントの間に、小さな女の子が立ち尽くしていた。誰かとはぐれたようだ。レイチェルはその女の子が、さっき万眼鏡の店で見かけた姉妹の妹の方だと気がついた。その表情は不安で今にも泣き出しそうだ。レイチェルはセドリックと顔を見合わせた。

「迷子かな」
「状況から考えて、そうだと思うけど……」

小さな子が1人で行動するなんてただでさえ危ないのに、今はこれ以上ないくらい非常事態だ。となれば、彼女の保護者を一緒に探してあげる────と言うのはこの状況では難しいかもしれないけれど、せめて一緒に行動してあげた方がいいだろう。ただ問題は、言葉が通じるかと言うことだ。

「こんばんは。どうしたの?」

とりあえず同性の方が怖がらせずに済むだろうと、レイチェルは女の子に近づき、目線の高さが合うよう膝を折った。いきなり話しかけられたことに驚いたのか、女の子の目に一瞬怯えたような色が走る。レイチェルは安心させるよう微笑んで、できるだけゆっくりと言葉を紡いだ。

「えっと……私はレイチェル。こっちはセドリック。あなたのお名前は?」
「ここは今、とても危険なんだ。だから、僕達と一緒に安全な場所に行こう。 君の家族もそこに居るかもしれない」

全てを理解してくれたかどうかはわからないけれど、どうやら助けたいと言う意図は通じたようだ。ガブリエルと名乗った女の子が小さく頷いたのを確認して、レイチェルははぐれないよう手を繋いだ。
ようやく森に辿りつき、レイチェル達は再びキャンプ場の様子を確かめた。死喰い人の集団はさっきより更に人数を増しているように見えた。魔法省の役人達が取り囲んでいるが、宙吊りにされた人達の安全を考えて手出しできないようだ。

「父さん、怪我してないといいんだけど……」

セドリックが心配そうに呟いた。
遠くから聞こえる死喰い人達の笑い声に加え、森の中からもあちこちから不安げな叫び声が聞こえてくる。ガブリエルがとうとう不安から泣き出してしまったので、レイチェル達は入口から遠ざかることにした。
数時間前まで競技場からの行き帰りを明るく照らしていたランタンは消され、辺りは真っ暗だった。レイチェルは木の根に躓きそうになり、ガブリエルはガサガサ音を立てる落ち葉の音にビクついている。なんとか杖灯りを頼りに進んでいくと、遠くに小さな灯りがいくつも見えた。それを目当てに更に歩くと、少し開けた場所に出た。木でできたテーブルとベンチがたくさん並んでいて、同じように避難してきた人達がたくさん居る。家族や友人同士でそれぞれ小さく固まっているが、大人の魔法使いも何人か居た。さすがに楽しげな雰囲気とはいかないものの、騒いだり叫んだりすることもなく過ごしているようだ。ここに居れば大丈夫だろうと、レイチェル達はようやくホッとして空いていたベンチに座った。

「もう大丈夫だよ。大人達が悪い魔法使い達をやっつけてくれるから。あとは君のお母さんか、お姉さんが見つかるといいんだけど」

ようやく泣き止んだガブリエルに、セドリックが安心させるよう微笑みかけた。
セドリックの言う通り、ここに居ればとりあえず何か起こっても安心だろうけれど……ガブリエルにしてみれば家族と離れているのは不安だろう。こう暗くては闇雲に探しても見つからないだろうし、向こうが気づいてくれればいいのだけれど。

「Gabrielle!」

そんなことを考えていると、美しい声が辺りに響いた。シルバーブロンドの髪を揺らしながら、誰かがこっちに走って来るのが見えた。ガブリエルの姉だと思わしきあの少女だ。レイチェルはパチパチと瞬きをした。こんな暗闇の中にも関わらず、やっぱり彼女の全身は薄っすらと光を帯びているように見えた。
もしかしたら、少女にはヴィーラの血が入っているのかもしれない。そう言えば、さっきの万眼鏡の店の主人の反応もヴィーラに誘惑された人達とよく似ていた。

「Tu es blessé? Content de voir que tu vas bien!」
「Je suis en sécurité. Ils m’ont aidé」

少女の表情はさっき迷子になっていたときのガブリエルと同じで、今にも不安で泣き出しそうだった。妹の無事を確かめるようにきつく抱きしめていたが、ガブリエルの言葉を聞くと安心したように息を吐いた。そして、少女はくるりとレイチェルとセドリックを振り向いた。

「Merci beaucoup.」

花が綻ぶように微笑んだ顔はやっぱり夢のように綺麗で、レイチェルは思わず見惚れてしまった。
ガブリエル達を見送った後も、レイチェル達はその場を動かずにじっとしていた。すっかり疲れ果てて、できるなら一歩も動きたくなかった。辺りは暗く、戸惑い、囁くような話し声以外は何も聞こえなかった。今何時なのかも、自分達がここまでどれくらいの距離歩いて来たのかもよくわからない。
パメラとエリザベス、それにジニーにハーマイオニーにアンジェリーナにアリシアに────他の皆も、無事に避難できただろうか? キャンプ場の方は今どうなっているだろう? あの宙吊りにされていた人達は、無事に助かっただろうか? おじさんは、魔法省の人達は大丈夫だろうか? 入口まで戻れば様子がわかるかもしれない。でも、もしもまだ事態が収束していなかったら? それどころか、ますます酷くなっていたら? もしかしたら、もう森の中まで、死喰い人が入って来てしまっているかもしれない────。
いけない。レイチェルは頭を振って、そんな考えを頭から追い出した。ワールドカップの警備のために、優秀な魔法省の役人達がたくさん集まっていたし、魔法省の人以外にも手伝っている人がたくさん居る。きっと大丈夫だ。そう信じよう。

レイチェル。大丈夫? 杖だけじゃ暗かったけど……怪我しなかった?」
「私は平気。……セドは?」
「僕も怪我はないよ」

心配そうに表情を曇らせるセドリックに微笑み返す。元気そうな声を出そうと思ったのにうまくいかず、声が掠れてしまった。そう言えば喉が渇いたな、とレイチェルは思った。パジャマのまま杖しか持たずに飛び出して走ってきたから、当たり前かもしれない。パジャマに薄手のカーディガンだけでは夜気は肌寒く、レイチェルはすっかり体が冷え切ってしまっているのを感じた。

「何て言うか……実感が湧かないの。何が起こってるのか、結局よくわからないって言うのもあるけど……何だか現実味がなくて……」
「それは僕もだよ。レイチェルだけじゃない……たぶん、皆そうだと思うな」

何だか悪い夢でも見ているような気分だった。つい数時間前のことのはずなのに、ナイトマーケットを楽しんでいたことも、クラムのスーパープレーに熱狂していたことも、遠い昔のことのように思える。
だって、死喰い人なんて。その存在を目の当たりにするどころか、単語さえも最近では耳にしなくなっていたのに。どうして今頃? 例のあの人がハリー・ポッターに打ち負かされてからこの10年以上、魔法界は平和だったのに。少なくともレイチェルは大人達からそう聞いていた。そして、例のあの人が凋落したときに、死喰い人のほとんどはアズカバン送りになったとも。さっきの仮面の集団が、本当にかつて死喰い人だった魔法使い達ならば、捕まらなかった残党がまだあんなにたくさん居たと言うことだろうか?その人達はこの10年以上、何食わぬ顔で今まで通り暮らして来たのだろうか? マグルを魔法でいたぶって楽しむような卑劣な残酷な人達が、善良な魔法使いのフリをして?
それに、彼らは死喰い人だった過去を隠していたはずなのに、どうして急にそれを誇示するような行動に出たのだろう? ワールドカップの決勝戦と言えば、世界中から魔法使いがたくさん集まって来るし、試合が終わった今は警備も少し手薄だ。ワールドカップに来た誰かを狙ったのだろうか? 一体誰を? そもそも、今夜襲撃することは、あらかじめ計画されていたのだろうか? だとしたら、一体いつから?

「……やっぱり、シリウス・ブラックの脱獄と何か関係があるのかしら? 死喰い人のリーダーだったって話だし……この日のために、昔の仲間を集めてたとか……?」
「どうだろう。少なくとも、最後に目撃されたのはアフリカだったって話だけど……」
「でも、ブラックなら……」

レイチェルはそこで言葉を切った。暗く茂った木々の間から光が差し込み、辺りを照らしている。月明かりにしては奇妙な明るさだった。不思議に思って頭上を見上げると、星のような小さな緑色の光が集まって、空に模様を描いている。レイチェルはまた、レプラコーンの豆ランプだろうかと思った。でも、象られているのはシャムロックではない。巨大な髑髏だ。細長い蛇が、まるで舌のように口から這い出している。

「闇の印だ!」

誰かの声が響いた。耳を劈くような悲鳴と恐怖に慄く声が、森のあちこちから聞こえて来た。大人の魔法使い達が取り乱していることで、瞬く間に不安と戸惑いが広がった。まるで空に刻印を押すかのように、髑髏はますます高く上がり、森全体を不気味な緑色の光で照らし出していた。

「“あの人”が戻って来たんだ!」
「まさか! そんなはずはない!」
「でも、“あの人”でなければ、一体誰が!?」
「死喰い人だ! あいつらが森に入って来たんだ!」
「だとしても、魔法省が捕まえる! さっきの騒ぎで闇祓いも来たはずだ!」

叫び声。恐怖を誤魔化すための怒号。小さな子供や女性の泣き声。混乱からか、闇雲に動き回る影が木立の間を蠢いている。木々の枝がざわざわと揺れ、踏みつけられた落ち葉が気味の悪い音を立てていた。パニックを起こしている周囲に取り残されたように、レイチェルは空に輝く髑髏を見上げたまま呆然としていた。

「闇の印、って……」

聞いたことがある。そうだ。魔法史の教科書に載っていた。例のあの人や死喰い人達が、マグルや抵抗した魔法使い達を殺したとき、それを知らしめるために打ち上げた印。レイチェルがまだ物心つく前の魔法界においての、惨劇と恐怖の象徴。それが今、高々と空に打ち上げられている。
────誰かが殺されたのだろうか? もしかして、あの宙に浮かされていた人達が? あの、小さな子供達まで?

「そんな……」

レイチェルは息を呑み、口元を押さえた。そうしないと、思慮に欠けた言葉ばかりが溢れ出してしまいそうだった。体が震えているのは、たぶん寒さだけのせいではない。無理やり飲み下そうとした恐怖が喉につっかえて、その苦しさに視界が滲んだ。

「大丈夫だよ」

俯いたレイチェルの頭に、セドリックの手が触れた。長い指が、レイチェルの輪郭をなぞっていく。額を、頬を、指先が掠める。レイチェルはゆるゆると視線を上げた。触れたところから伝わってくる体温が、冷えた皮膚にひどく温かい。

「父さん達が……魔法省の人達が、みすみす誰かを殺させるはずない。誰も死んでない。大丈夫だから……落ち着いて、レイチェル

セドリックの口調は穏やかだった。上空から差し込む光が、その表情を照らし出している。真っ直ぐにレイチェルを見る瞳は透き通っていて、凪いだように静かだ。セドリックが言うと確かにそんな気がして、レイチェルは知らず入っていた肩の力が抜けるのを感じた。
そのときだった。パシッと空気を切るような音がして、空き地の真ん中に1人の小柄な魔法使いが姿現しした。ローブは切り刻まれたようにところどころボロボロで、ゼエゼエと肩で息をしている。

「えー、皆さん、もう安心です! 避難した方々は、キャンプ場に戻ってください! 奴らは立ち去りました! 危険はありません! えー、多少の怪我人は出ましたが、重傷者はゼロ! 全て問題なし! 安全です!キャンプ場へ戻ってください! では、私はこれで!」

魔法使いは早口で捲し立てると、また姿くらましした。
人々はまだ不安そうだったものの、やがてのろのろと森の入口に向かって歩きはじめた。レイチェルとセドリックもそれに続いた。もう死喰い人達から身を隠す必要もなくなったので、再びランタンが灯され、小道が明るく照らされた。柔らかで温かみのある光に、レイチェルはほっとした。

「……あのね、セド。さっきはありがとう。それに、ごめんね。不安だったのはセドだって同じなのに」

気持ちが少し落ち着くと、先程の出来事を思い出して急に恥ずかしくなった。レイチェルばかり取り乱して、セドリックに気を遣わせてしまった。非常事態だったので仕方ない気もするけれど、セドリックだって状況は同じだった。いつも不思議なのだけれど、この差は一体どこから来るのだろう。

「いいよ。父さんに“レイチェルを頼む”って言われたしね。僕がしっかりしないと」
「……ふぅん、そう。じゃあ、遠慮せずセドに背負って運んでもらえばよかったわ」

セドリックにしては珍しい、ちょっと意地悪な言い方だった。けれど、レイチェルが気にしないようわざとそうしてくれているのがわかったから、レイチェルも拗ねたフリをしてそっぽを向いた。けれど結局、顔を見合わせるとクスクス笑ってしまった。
レイチェルが思っていたよりも、ずっと多くの人が森に隠れていたようだった。人々は羊の群れのように怯え、固まって進んだ。不安げな囁き声が何重にも重なり合っていた。

「セド! レイチェル!」
「父さん!無事でよかった……死喰い人は?捕まえた?」
「あの宙に浮いてた人達はどうなったの?怪我したりしてない?」

森の入り口でエイモスおじさんが待っていた。少し服が汚れたり破れたりしているものの、見たところ怪我はなさそうだ。そのことにまずほっとして────レイチェルとセドリックは急いでその側へと駆け寄った。知りたいこと、聞きたいことが山のようにあった。勢いよく詰め寄ったレイチェル達におじさんは一瞬目を白黒させたが、疑問に思うのも当然だと考えたのか、2人の質問に答えてくれた。

「ああ……あのマグル達は無事だ。今、記憶修正を受けている。死喰い人は……残念だが、捕まえられなかった。お前たちもあの闇の印を見ただろう。あれを見て慌てて逃げ出したんだ。連中は1人残らず姿くらましした」

その返答に、レイチェルはどう反応したらいいものかわからなかった。宙吊りにされた人達────どうやらマグルだったらしい────が無事だったのは喜ばしいが、またしても死喰い人が野放しになったと言うのはどう考えたって安心できない。それに、あんなに徒党を組んで派手に動いていたのに、なぜ死喰い人は急に逃げ出したりしたのだろう?

「逃げ出したって……一体どうして?だってあれは、死喰い人達の仕業だろう?」
「あの印って、あの人達が出したんじゃないの?」
「奴らではなかった。誰が印を作り出したのかはわからん。印を作るのに使われた杖ならわかったが……」
「杖って?」

レイチェルは聞き返したが、おじさんはそれ以上教えてくれるつもりはないようだった。
そう言えば────あの闇の印は死喰い人達が居たキャンプ場ではなく、森の上空に上がったように見えた。そう考えて、レイチェルは背筋がゾッとした。まさか、あの仮面の一団以外にも死喰い人が潜んでいたのだろうか? レイチェルが眉を寄せていると、おじさんが咳払いした。

「今度は私が質問する番だ。セド、レイチェル。お前達はどうしていたんだ? 危ない目には遭わなかったか?」
「父さんに言われた通り、森に逃げたよ。あの闇の印が出てからは特に混乱してたけど、危険なことは特になかった……と、思う……」

言い終えて、セドリックが同意を求めるようにレイチェルを見る。レイチェルにも異論はなかった。
その通りだ。セドリックはおじさんとの約束を誠実に守った。森に向かったことも、はぐれないよう手を繋いだことも、人の多いところに固まったことも。

「セドが一緒だったから、大丈夫」

────そして、レイチェルを守ろうとしてくれていたことも、勇気づけてくれたことも。
レイチェルがニッコリすると、おじさんは嬉しそうな、誇らしそうな表情になり、セドリックは照れ臭そうに視線を泳がせた。
立ち話を切り上げ、3人は歩き出した。キャンプ場にはまだ蹂躙された跡がありありと見てとれた。壊れたテントや、残り火が燻っているテントもあった。道すがら、おじさんが森での出来事を聞きたがったので、レイチェルとセドリックはガブリエルのことや闇の印が出たときの様子を話した。

「お前達……森で、しもべ妖精を見なかったか?」
「屋敷しもべ妖精?いいえ、見なかったわ。どうして?」
「いや……何でもない。気にしないでくれ」

唐突におじさんがそんな質問をしたので、レイチェルは不思議に思った。静かに首を振るおじさんの様子を見て、レイチェルは何だか心配になった。あれだけのことがあったのだから、疲れているのは当然だけれど────それだけでなく、どこか落ち込んでいるように見えた。

「ねえ、父さん。あの闇の印って……」
「さあ、もうテントに着くぞ。明日また話そう。2人とも、もう寝なさい」

セドリックの言葉を遮るようにして、おじさんがキビキビと言った。
幸い、レイチェルのテントもセドリック達のテントも無事だった。急き立てられるようにして、レイチェルは自分のテントへ入った。気になることはたくさんあったが、それ以上にとにかく1秒でも早く眠りたかった。全身が鉛になったかのように重い。襲い来る疲労感と睡魔に抗って考え事を続けるのは、今のレイチェルには難しかった。時計を見れば、もう夜中の3時を回ろうとしていた。

とにかく大変な1日だった。柔らかなベッドに身を投げ出し瞼を閉じると、レイチェルはあっと言う間に眠りへと引き込まれていった。

闇の印

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