メインストリートのあちこちに行商人が姿現しし、カートやワゴンに山と品物を積んでいた。得体の知れないものには手を触れないことをエイモスおじさんと約束して、レイチェルとセドリックはナイトマーケットを見物することが許された。
「どうだい?今夜限り、ここでしか手に入らないよ」
「大特価! これを逃すと後悔するよ!」
大勢の人々が行き交うざわめきの中、行商人達が声を張り上げる。
珍しいものやワクワクするものがたくさんあった。踊るクローバーのとんがり帽子や、国家を演奏する国旗などの試合の応援グッズ。ワールドカップを記念した特別な意匠の羽根ペンや羊皮紙。妖精の光を閉じ込めたランタンに、火を噴くドラゴンのおもちゃ。愛の妙薬や真実薬と謳われた怪しげなガラスの小瓶。ブルガリアの伝統的な刺繍や、アイルランドのキルト生地。外国人観光客向けなのか、イギリスのクィディッチチームのグッズもあった。ホグズミードやダイアゴン横丁からもいくつか出店しているようだ。ハニーデュークスのワゴンの前には外国の子供達が集まっていた。どうやって運んだのか、巨大な樽に入ったバタービールも売られていた。
「……もしギルバートやオリバーがワールドカップに出場したら、同じようにこう言う人形が売られるのかしら」
「うーん……知り合いのミニチュアを部屋に置くのはちょっとイヤだな……」
選手そっくりのミニチュア人形を眺めながら、レイチェルはセドリックとそんな会話をした。人形はハツカネズミより一回り小さいくらいで、行商人の手のひらや肩の上を得意げに歩き回っている。やはりクラムの物が1番人気らしい。セドリックのすぐ隣では、小さな男の子がしゃがみこんでどの人形にしようかと熱心に選んでいた。
「大丈夫、どれも同じよケビン。ちゃんと動くから……」
「違うよママ! だってあの人形はさっき僕にしかめ面したもん! もっと愛想がいいやつがいい!」
男の子は大きな木箱に並べられた人形一体一体を吟味していたが、レイチェルの見る限りクラムの人形はどれもしかめ面だった。結局、男の子が満足いく一体を見つけられたのか見届けることはできなかった。レイチェル達は人形のカートを離れ、その隣で売られていた光るロゼットを買うことにした。色は緑────アイルランドだ。
「セド、それ買うの?」
「うん。これ、すごくよくできてるんだよ。本物はとても買えないし……」
今セドリックが心惹かれているのは、ファイアボルトのミニチュア模型だ。ちょうど手に乗るくらいのサイズで、本当に飛ぶ。さすがにファイアボルトと同じ速度と言うわけにはいかないが、確かにレイチェルの目から見ても精巧に作られていた。
「レイチェル。それ、わざわざここで買わなくても……」
「うう……わかってるけど……でも、これ、可愛いんだもの……ブルガリアに行ける機会なんてそんなにないだろうし……」
────これは理性を強く持たねば財布の中身がすっからかんになってしまう。
無駄遣いしないように気を付けようと、レイチェルとセドリックはお互いに顔を見合わせて頷いた。
「10ガリオンか……」
「あった方が絶対便利なんだろうけど……でも、他のものが買えなくなっちゃう……」
しかし、わずか15分後にはその決意は鈍ってしまっていた。ポップに万眼鏡と書かれたカートには、真鍮製の双眼鏡のようなものが所狭しと積まれている。ただの双眼鏡ではなく、あちこちにダイヤルやボタンがついていて、とても高性能だと言う触れ込みだった。
「すごいな。スローモーションができるなんて」
「双眼鏡なら、学校でも試合を観戦するときに使えるし……」
……でも、やっぱり10ガリオンはなかなかに高い。それにせっかく生で試合を見れるのだから、たとえ豆粒くらいの大きさだったとしても肉眼で試合を見るべきだろうか。プロの箒捌きは彗星のようだと聞くし、双眼鏡なんて覗いていたら試合の展開に置いて行かれるかもしれない。
「Quelles caractéristiques a-t-il?」
ふと隣からそんな声がしたので、レイチェルはつられて視線を向けて────思わずパチパチと瞬きしてた。いつの間にか、そこには1人の少女が立っていた。それだけなら別に騒ぐようなことではないけれど、何と言うか彼女はものすごい美少女だった。年頃はレイチェルと同じか少し上くらいだろうか。まるで絵画か人形のようにこれ以上ないくらい完璧に整った目鼻立ち。それに加えて、真珠のような肌やシルバーブロンドの髪が薄っすらと光り輝くようで、どこか幻想的なまでの美しさだ。どうやら商品に関して何か質問をしているようだけれど────肝心の聞かれたセールス魔ンは、惚れ魔法にでもかけられたようにポーッとしている。美少女は慣れているのか、ウンザリしたような表情で小さく溜息を吐いた。
「Évidemment, à la jumelle on les voit encore mieux.!」
「C’est dommage. Si vous achetez ces, vous n’obtiendrez pas un programme.」
よく見れば、少女の隣にはもう1人小さな女の子が居た。その子もやっぱり、少女とよく似た顔立ちにシルバーブロンドの髪をしている。きっと姉妹なのだろう。レイチェルには何を言っているのかわからなかったが、どうやらその雰囲気から察するに、万眼鏡は買わないことに決めたようだ。
「待った待った!お嬢さん達!いや、どうやら値段の表記を間違えてしまったみたいでね!2つで10ガリオン!お買い得だよ!どうだい?」
夢見心地な表情のままのセールス魔ンが声を張り上げる。どうにかして少女をこの場に引き留めたいらしい。セールス魔ンが杖を振ると、値札に書かれていた数字が滲んで変わった。
一気に半額にまで値引きされた商品に少女は怪訝そうな顔をしたものの、妹らしき女の子と何事か会話したあと結局万眼鏡を2つ購入した。少女の手からガリオン金貨を受け取ったセールス魔ンは蕩けるようなウットリした顔をしている。
「いいのかな、僕達まで……」
「さあ……金額を決めたのは向こうだし、いいんじゃない……?」
そして上機嫌なセールス魔ンはついでにレイチェル達にも半額で万眼鏡を売ってくれたのだった。
メインストリートは比較的道幅が広いとは言え、行商のカートやワゴンに加え、多くの人が集まって来ているせいで大混雑だった。レイチェル達はここでもやはり多くのホグワーツ生を見かけた。とは言っても、その多くが家族と一緒だったし、のんびり話しこめるような状況でもないので、挨拶することくらいしかできなかったけれど。パメラやエリザベスにも再会した。どうやら2人も大いに楽しんでいるようだ。レイチェルは遠目にハーマイオニーを見かけたが、駆け寄っていくには通行人が邪魔だったし、ハリー・ポッター達と一緒だったので声をかけるのは諦めた。名前を呼んでも、たぶんハーマイオニーには聞こえなかっただろう。どうやらどこかのワゴンでドクター・フィリバスターの長々花火を売っていたのか、それとも家から持ち込んで来たのか、爆発音や破裂音も加わってますます辺りは騒がしくなっていた。
「あれ? さっきの人、何か落としたみたいだ」
ふいに、セドリックがそんなことを言って立ち止まった。どうやら、つい先程すれ違った人のポケットから何か落としていったらしい。クシャクシャになった紙切れのようなものを拾い上げたセドリックは、驚いた顔をした。
「チケットだ。僕が届けて来るから、レイチェルはここで待ってて」
────確かに、それは一刻も早く届けてあげた方がいいだろう。
レイチェルも一緒について行こうかと思ったが、セドリックの背中はもう人波に紛れかけていたし、今から追いかけてもあまりの混雑にかえってはぐれそうだ。セドリックの言う通り、どこかわかりやすい場所で待っていた方がいいだろう。ちょうど一際目立つバタービールの大樽の近くに空いたスペースがあったので、レイチェルはそこでセドリックを待つことにした。
「レイチェル!」
喉が渇いたのでついでに冷たいバタービールを買って休憩していると────温かいものしか飲んだことがなかったけれどこれはこれでおいしい────ふいに誰かに名前を呼ばれた。顔を上げてきょろきょろと辺りを見回してみると、赤毛の少女がレイチェルに手を振っている。
「ジニー!」
どうやら、レイチェルの姿を見つけて駆け寄って来てくれたらしい。試合への期待からか、ジニーは楽しくて仕方がないと言った表情だ。キラキラと瞳を輝かせるジニーの胸には、レイチェルと同じ緑色のロゼットがついていた。
「よかったわ。レイチェルは来られなくなったのかって思ってたの。移動キーに居なかったでしょ?」
「ああ。エリザベス……友達のお兄さんが車で一緒に送ってくれたの。おかげで朝寝坊させてもらっちゃった」
「いいなあ!私達、夜中に起きなきゃいけなかったのよ!」
ジニーが心底羨ましそうに言った。そこでレイチェルは、ジニーの後ろから誰かが歩いて来ていることに気がついた。どうやら急に走り出したジニーを追いかけて来たようだ。2人ともジニーと同じ赤毛で、背の高い青年は先日プライス邸で出会った長男のビル。そしてもう1人は────。
「チャーリー! 久しぶり!」
「レイチェルか? 久しぶり。大人っぽくなったなあ!」
チャーリーと会うのは2年前の夏以来になる。手紙のやりとりで近況は聞いていたものの、実際に元気そうな姿を見られるのは嬉しい。そして、何だか親戚の子供に対するような言い方だなとレイチェルは思わず苦笑したが、これに関してはレイチェルよりも妹であるジニーの方が辛辣だった。
「チャーリーったら。その言い方、ビリウス叔父さんそっくり」
「10代の女の子相手にその言い方はどうなんだ……そう言うときは『綺麗になった』って言えよ」
ビルに同意を求めるように微笑みかけられて、レイチェルはなんだかドギマギしてしまった。ハンサムにはそれなりに耐性があるつもりなのだけれど、ビルはセドリックとはまたタイプが違う。思わず頬を染めたレイチェルに、チャーリーが怪訝そうな表情をした。
「いいか、レイチェル。確かに顔と愛想はいいけど、ビルはやめておいた方がいい」
「どう言う意味だ、チャーリー」
「そのまんまさ。ホグワーツに居た頃、50人は女子を泣かせただろ」
「50人全員とは付き合えないんだから仕方ないだろ」
「これだよ」
チャーリーは小声で囁いたものの、ビルにはしっかり聞こえていたらしい。溜息混じりに返すビルにチャーリーが肩を竦める。ジニーのクスクス笑いに、レイチェルも思わずつられてしまった。
50人────その数字にレイチェルは目を見開いたが、確かにビルならそれくらいモテていたとしても納得してしまう。ビルの優秀さについてはジニーから聞いているし、先日プライス邸で少し話しただけでもその人柄の良さは窺い知れた。その上この容姿だ。在学当時はさぞ女子生徒に人気があったのだろう。
「いけない。そろそろパパ達との待ち合わせの時間だわ。じゃあね、レイチェル。また学校で!」
「またね、ジニー。チャーリー。ビルも」
仲睦まじい様子のウィーズリー兄妹を、レイチェルは手を振って見送った。
時計を見てみると、確かにあと少しで競技場が開く時間だ。レイチェルもそろそろ移動した方がいいかもしれない。とは言え、まだ少し時間には余裕があるのでとりあえずセドリックを待っていると、少ししてこっちに向かって来るのが見えた。
「ごめん、レイチェル。待った?」
「ううん。お疲れさま。落とした人、すぐに見つかったの?」
「割とね。気づいてなかったみたいだったからよかったよ」
大したことじゃないと言いたげにニッコリしているが、レイチェルはセドリックが肩で息をしていることに気がついた。あの人混みの中から誰か1人を探し出すのってかなり大変だったはずだ。しかも、たった1度少し顔を見ただけの人を。それなのにセドリックはそんな不平も苦労も一切言わない。
「セドは本当に、お利口さんね」
買っておいた幼馴染の分のバタービールを差し出しながら、レイチェルはしみじみと呟いた。
とうとう競技場への入場開始時間になった。森の向こうから合図の鐘の音が響くと、一斉に周囲から歓声が上がった。木々の間に、赤と緑のランタンがいくつも灯っている。競技場への道しるべだ。歌ったり、腕を組んで歩いたりする人々の流れに乗って20分ほど歩き、レイチェル達は森のはずれにあるスタジアムへと辿りついた。
中へと入ると、レイチェルは視界に広がるスタジアムの巨大さに圧倒された。ピッチ自体も学生用のものより大きいが、ぐるりと取り囲んだスタンド席は、レイチェルが今まで目にしたこともない規模だ。一体何万人が観戦できるのだろう。そしてその半分くらいは、試合を待ちきれない観客で既に埋まり始めている。
「見やすい席だといいんだけど」
「父さん、もったいぶって教えてくれなかったからなあ……」
「最高の席だろう!」
先に到着していたエイモスおじさんが朗らかに言った。まさしくその通りで、レイチェル達の席はちょうどゴールポストとほとんど同じ高さにあった。しかも、ピッチの真ん中よりもアイルランドのゴールポスト寄り。アイルランドが得点を決めるのが最もよく見える位置だ。
席に座るといよいよ試合が待ちきれなかったが、見るものはたくさんあったので退屈する暇はなかった。早速買ったばかりの万眼鏡で覗いてみると、ピッチの芝はビロードのように滑らかに整えられていたし、新品のゴールポストはピカピカに磨きあげられている。貴賓席の方を見てみれば、エリザベスやジニーやハーマイオニー、ドラコの姿を見つけることができた。どうやらコーネリウス・ファッジを初めとして、国内外の要人もたくさん来ているようだ。それに、競技場いっぱいに設置された広告塔には次から次へと色々な店や商品の情報が表示されるので、それを見るのも面白かった。
「紳士淑女の皆さま! 第422回、クィディッチ・ワールドカップにようこそ!」
スタジアムに響き渡ったその言葉に、数万人の観客が熱狂した。拍手と歓声、それに打ち振るった国旗から流れる国歌とが混ざり合い、何倍にもなって反響している。どうやら声の主はさっき会ったルード・バグマンのようだ。バグマン氏がブルガリア・ナショナルチームのマスコットの紹介に入ると、エイモスおじさんが困ったような顔でレイチェルに耳打ちした。
「レイチェル。セドの耳を塞いでやってくれ」
「耳を?」
言われた通り、レイチェルはセドリックの耳を塞いだ。ちょうど両手でセドリックの頭を挟むような形だ。確かにかなり騒がしいけれど、なぜセドリックだけなのだろう? これではレイチェルは自分の耳が塞げない。しかし、そんな疑問は次の瞬間には解消された。
レイチェルには最初、競技場の片隅が銀色に光り出したように見えた。その正体は100人のヴィーラだ。ヴィーラは人間の女性のような外見をしているが、特徴的なのはそのまさに“人間離れした”美貌だ。肌も髪も、全身が月のように薄っすらと銀色の光を纏って輝いている。艶のあるシルバー・ブロンドは風もないのに彼女達をより魅力的に見せるべくなびいていた。教科書で読んだことがあるけれど、実物を見るのは初めてだ。それに、教科書の挿絵よりもずっとずっと美しい。たった1人でも十分すぎるほどの美しさなのに、100人も集まっていると圧倒されてしまう。不思議な旋律の音楽に合わせてヴィーラが優雅な仕草で踊ると、その非現実的な美しさにレイチェルはすっかり見惚れてしまった。
「ヴィーラの影響をどの程度受けるかは、個人差がある。歌を聞かなければだいぶマシだが、自分で耳を塞いでも、見た目に惑わされるとウッカリ忘れてやめてしまったりするし。魔法か、人に塞いでもらうのが一番だな。子供と女性は影響を受けにくいから心配ないんだが……全く、いくらお祭り騒ぎと言っても、怪我人が出たらどうするつもりなんだか……」
溜息を吐くおじさんの耳には、いつの間にか魔法で耳栓がされている。どうやら事前にヴィーラが現れることを知っていたらしい。外国から魔法生物が持ち込まれる時は魔法生物規制管理部への手続きが必要なはずだから、きっとその関係でだろう。
「セドは……大丈夫そうだな。ご覧、レイチェル。まともにヴィーラの歌を聞くと、ああなる。」
周囲を見渡してみると、確かに“ヴィーラの美しさに見惚れている”なんて言葉で片付けるのは難しい状況のようだった。椅子に上って雄叫びをあげる者、取っ組み合いの喧嘩を始めた者、ピッチに飛び降りようとして周りから止められている者────おじさんの言葉通り、奇妙な行動に走っているのはほとんど成人男性のようだ。穏やかそうな紳士や、小さな息子を連れた優しそうな父親までもがヴィーラの気を惹こうと理性を失ってしまっている。
「セドもヴィーラの歌を聞いたらああなるのかしら……」
ポツリと呟いたレイチェルの言葉は、耳栓をしているおじさんとセドに聞こえるはずもなく、ひとり言に終わった。なんだか想像がつかないけれど────とりあえず、あれほど楽しみにしていた試合の前にピッチに飛び降りて気絶、なんて事態はあまりにも気の毒なので、レイチェルはセドリックの耳を隙間なく塞げているか気を配った。
音楽が終わり、ヴィーラが退場しようとするとスタジアムには怒号が飛び交った。ヴィーラにすっかり魅了され、退場を望まない観客が大勢居た。激しいブーイングが巻き起こり、もはや暴動と呼んでいいような騒ぎだったが、数分後アイルランド・ナショナルチームのマスコットの登場すると観客の熱狂はそちらへと移った。
「流れ星?」
「違うよ!レプラコーンだ!」
セドリックの言葉通り、大きな緑と金色の彗星のように見えたそれは、大群のレプラコーンだった。片手に持った色のついた豆ランプが、高速で飛びまわるレプラコーンの軌跡に沿って、空中に光の虹やシャムロックを形作り、その華々しさに人々は歓声を上げた。
「……ねえセド、レプラコーンの金貨って確か時間が経つと消えちゃうんじゃなかった?」
「そのはずだけど……」
そして今や上空に浮かんだシャムロックからは大粒の金色の雨────大量の金貨が降り注いでいた。そこかしこに降って来るので、頭や肩にも当たってちょっと痛い。椅子の下に落ちた金貨を拾おうとしゃがみ込み、奪い合っている観衆がたくさん居る────が、OWL試験のために勉強したところによると、確かレプラコーンの金貨って偽物だったはずだ。しかしそうとわかっているレイチェル達でさえも、足元や客席にキラキラ輝く金貨が積もっている光景にはワクワクした。
しばらくしてレプラコーンのパフォーマンスが終わると同時に金貨の雨は止み、巨大なシャムロックも上空から消えた。いよいよ選手の登場だ。
「それでは皆様、どうぞ、拍手を!ブルガリア・ナショナルチームです!ご紹介しましょう───ディミトロフ!────イワノバ!」
まずはブルガリア側から。バグマン氏の紹介に合わせるようにして、真っ赤なローブ姿の選手が2人、立て続けに入場口から飛び出してきた。レイチェルは慌てて万眼鏡のピントを合わせようとしたが、あまりの速さに間に合わず2人は一瞬で飛び去ってしまった。
「ゾグラフ!レブスキー!ボルチャノフ!そして────」
「クラムだ!!」
セドリックが頬を紅潮させ、身を乗り出した。割れんばかりの熱狂的な拍手に迎えられ、シーカーのヴィクトール・クラムが姿を現したところだった。他の選手たちよりも更にスピードが速く、もはや彗星のようだ。万眼鏡の横についたダイヤルを回してスローモーションにしてみると、かろうじてクラムの横顔を見ることができた。新聞に載っていたのと同じだ。けれど、新聞よりもハンサムかもしれない。彼が、世界最高と言われるシーカー。場内に響き渡るクラムコールにも動じることなく、堂々としている。まるで王者の風格だ。彼がまだレイチェルとほとんど年が変わらないなんて、何だか信じられない。周囲の雰囲気に呑まれてしまったのか、レイチェルまでなんだかドキドキした。
「どうぞ拍手を────アイルランド・ナショナルチーム! ご紹介しましょう────コノリー!ライアン!トロイ!マレット────」
続いては、アイルランド側の入場だ。選手の動きをスローモーションにしてみると、ローブの背中には銀の糸で名前を刺繍してあるのが読みとれた。両チームの選手が揃い整列すると、今度は審判の紹介だ。レイチェルは知らなかったが、どうやらバグマン氏の解説によると、彼もまたかなり有名な人らしい。抱えていた大きな木箱の蓋が開かれ、その中身が飛び出した。赤いのがクアッフル。黒いブラッジャーが2つ。そして、小さな金色のスニッチ。見慣れた4つのボールが空中へと解き放たれ、鋭いホイッスルの音が響く。
待ちに待った試合が始まった。