「いらっしゃい。レイチェル、パメラ。遅いので心配しましたよ」
「お招きありがとうございます、プライス夫人。お世話になります」

結局、3人がプライス邸に向かったのはそれから15分後だった。
フロプシーが伝えておいてくれたらしく、暖炉のすぐ側ではプライス夫人がレイチェル達を出迎えてくれた。エリザベスをそのまま年を取らせたようなプライス夫人は美しい貴婦人だが、いかにも厳格そうでレイチェルは会う度緊張してしまう。
とは言え、夫人との会話はそう長くなかった。パメラが慣れない煙突飛行にすっかり目を回してしまったので、早く休めるよう気を遣ってくれたからだ。言葉も出ないほどぐったりしているパメラの肩をレイチェルが支え、3人はエリザベスの部屋へと向かった。
プライス邸には以前、2年生の夏にも泊まりに来たことがある。とても古くて大きなお屋敷だが、ちっともカビ臭くなく、隅々まで清潔で心地いい。ブロンズの額縁の肖像画がかけられた壁は濃紺で、床に敷かれたペルシャ絨毯も紺と薄紫が基調になっている。繊細な彫刻がしてある真っ白な花瓶には、魔法で色を変えたらしい青いバラが咲き誇っていた。
エリザベスの部屋は2階の端にある。大きな天蓋付きのベッドやドレッサーにキャビネット、それに机やソファまで白いアンティークの家具で統一されていて、淡い水色の壁紙と相まってとても可愛らしい。天井からは、妖精の光を閉じ込めた大きなシャンデリアがかかっていて、まるでお姫様の部屋のようだとレイチェルは感嘆の息を吐いた。

「午後は雨が降るんですって。ドレス選びは明日にしましょう」

フロプシーが冷たいレモネードを用意してくれたので、レイチェルはありがたくそれを頂く。パメラはあっと言う間にゴブレットを空にしたけれど、それでもまだ気分が良くならないらしく力なくソファに横になった。レイチェルがパメラの背中を擦っていると、コンコンとドアをノックする音がした。

「リジ―。僕の本を見なかったか……っと、失礼。もう友達が来てたのか」
「お兄様」

ひょっこりと顔を覗かせたのは、エリザベスとよく似たハンサムな青年だった。レイチェルもキングズクロス駅で会ったことがある、エリザベスの兄のギルバートだ。そしてその横には、やっぱりハンサムな赤毛の青年が立っていた。クィディッチ選手のギルバートはとても背が高いが、その青年も負けないくらい背が高い。部屋に入って来たギルバートはレイチェル達ににっこり笑いかけると、壁に備え付けの本棚を物色し始めた。

「友達に貸したいんだよ……昼食を食べたら帰るって言うから。ああ、あった。ビル、これだ」
「助かるよ。読みたかったんだけど、高いだろこの本。中々手が出なくってね。流石プライス家には何でもある」
「リジ―、そろそろ昼食だ。友達も。1階に下りておいで。我が家の屋敷しもべが腕をふるったんでね。冷めてしまったらもったいない」

ギルバートは上手にウインクをすると、部屋を出て行った。エリザベスが自分達も行かなければと立ち上がったので、レイチェルとパメラはその後を追う。
「エリザベスのお兄さんって素敵よね」ようやく気分が良くなったらしいパメラがレイチェルの耳元で囁いた。「それとあの友達も」
大人の魅力って感じだわ、と呟くパメラに確かにとレイチェルも頷いた。
昼食にはおいしそうなビーフシチューが用意されていて、ギルバートとその友人も既に席についていた。子供達だけの方がいいと気を遣ってくれたのか、プライス夫人は居ない。赤毛のハンサムな青年は、ビル・ウィーズリーと名乗った。
名前から想像した通り、あのウィーズリー家の長男らしい。もっとも、赤毛でウィーズリー家なんて魔法界にはあの一家以外に居ないのだけれど。

「フレッドとジョージは知ってる?」
「ええ。でも、寮が違うから私やパメラはあまり話す機会がないんです。レイチェルは二人と仲が良いんですけれど」
「別に、仲が良いってわけじゃ……」

兄弟の前で失礼だとは思ったけれど、レイチェルはしっかり訂正した。けれどその言葉でビルは大体の事情を察してくれたらしく、可笑しそうに声を立てて笑った。きっとあの双子は家でも悪戯三昧なのだろう。
ビルが悪戯っぽく微笑んでレイチェルを見つめるので、レイチェルの心臓はどきりと跳ねた。

「なんだ。フレッドやジョージにこんな可愛いガールフレンドができたのかと思って期待したのに」
「冗談やめろ。リジー達の年で恋人なんてまだ早い」

ビルの言葉に、冗談じゃないとレイチェルも眉を顰めたが、それ以上に反応を示したのはギルバートだった。むっつりと不機嫌な表情になったギルバートは、じろりとビルを睨みつける。常々「お兄様は過保護すぎる」とエリザベスがぼやいていたが、それはあながち誇張表現でもないらしい。

「ギル、君が妹達の年にはもう1学年上のハッフルパフ生と付き合ってたじゃないか。女の子の方がそう言うことには早いんだよ。それに今年はパーティーもあるんだろ。可愛い妹が1人でダンスを踊るのをお望みかい?」

からかうように笑ったビルに、レイチェルははてと首を傾げた。パーティーって何だろう。もしかして、それがドレスが必要な理由なのだろうか。ホグワーツでパーティーなんて聞いたことないが、ダンブルドアならやりかねない。

「ビルはどうしてエリザベスのお兄さんと友達なの?」
「二人とも監督生だったんだよ。僕はグリフィンドールの、ギルはレイブンクローの」
「首席はお前に譲ったけどな」
「その代わり君はクィディッチのキャプテンだったじゃないか」

軽口を叩き合う二人を見ながら、こう言うのって素敵だなとレイチェルは思った。エリザベスやパメラとも、こんな風に卒業してもずっと仲良くできたらいいなと思う。
いや、2人とならきっと、そうなれるはずだ。

 

 

「エリザベス。予定が決まったら教えて頂戴ね。大切なお嬢さん達をお預かりした責任があるんですもの」
「はい、お母様」

おいしいシチューをお腹いっぱい食べ終わると、それを見計らったようにプライス夫人がやって来た。外見だけでなく、エリザベスのきっちりした性格も母親譲りらしい。
ビルは自分の家に戻ると“姿くらまし”した。彼もワールドカップに行くらしいので、もしかしたらまた会うかもしれない。

「……と言う訳で1週間、何をして過ごしましょうか? こう言っては何だけれど、本以外何もないわ」
「私はそれでも楽しいけど」
「やめてよレイチェル。せっかく友達の家に遊びに来たのに読書漬けなんて冗談じゃないわ」

エリザベスの部屋に戻って、三人で羊皮紙を囲んで相談する。
パメラは嫌そうに眉を寄せたが、プライス家は何百年も続いているだけあって古い本がたくさんある。禁書と呼べるような危険な物は置いていないとエリザベスは言うが、少なくともホグワーツの図書室でも中々お目にかかれない本があるのは確かだった。

「煙突飛行粉ならたっぷりあるけれど、パメラは嫌よね…………お兄様が車を運転できるから、どこにでも連れて行ってくださると思うけれど。今日も、午後からなら運転手をしても構わないって仰ってたわ」
「車か……ねえエリザベス、ここって地名で言うとどの辺りなのよ?」

パメラの質問に、そう言えば、とレイチェルも思った。魔法界の家は大体どこも呼び名があるから、地図上の位置はあまり関係がない。手紙の宛名にしても、『プライス邸 エリザベス・プライス様』と書けば届くし、精々遠いとその時間がかかるくらいだ。歩いて行けないのならば煙突飛行粉や姿現しを使うので、あまり位置関係は気にならない。
ロンドンまで車で30分ほど────とは言ってもプライス家の魔法がかけてある車でなのでマグルの車だともっとかかるだろう────だと答えたエリザベスに、パメラが叫んだ。

「なんだ、意外と近いんじゃない!」

プライス邸は小高い丘の上にあり、周囲は森に囲まれている。町からは離れている印象だけれど、意外とそうでもなかったらしい。パメラがいいことを思いついたとばかりにパチンと手を叩いた。そうしてハンドバッグの中から財布を取り出すと、マグルのお金を数え始める。どうしたのだろう。レイチェルはエリザベスと顔を見合わせた。何かを確認し終えたらしいパメラは「よし」と満足げに頷いて財布をまたバッグの中にしまった。

「雨なのよね! じゃあ、今日は映画に行きましょ! 私、3人分くらいのチケット代なら払えるわ!」
「映画! マグルの!?」
「エイガ? って何?」

マグル学で映画について学んだことのあるレイチェルはぱっと顔を輝かせたが、そうでないエリザベスは不思議そうに首を傾げた。レイチェルは知っている。映画とはマグルの娯楽で、大きな壁に電気で色々な絵を映すのだ。いつか行ってみたいとずっと思っていたけれど、なかなか機会がなかった。パメラと一緒なら安心だ。

「そうよ、1週間もあるんだもの! 明日ドレスを作りにダイアゴン横丁に行くのなら、2人もマグルのお金に両替できるわよね! 折角だから、マグル流の遊び方を2人に教えてあげる!」
「それ、素敵!」
「凄いわ。なんだかドキドキしちゃう」

今日は映画、明日はダイアゴン横丁でドレス選びと買い物、3日目は遊園地、4日目は博物館、5日目は動物園、6日目はマグルのデパートで買い物、最終日は公園やマグルの町並みを散策する。
マグルの子供でも羨ましがるに違いないとパメラが胸を張った贅沢で充実したスケジュール表をプライス夫人に手渡し、3人はパメラにファッションチェックを受けてロンドンの町へ出掛けた。
運転手を務めてくれたギルバートに話すと、自分も見てみたいと言うので、結局は4人で映画を見ることになった。

「プリンス・チャールズ・シネマにしましょ! あそこなら大きいし、古い映画もやってるわ」

どうせなら最新の映画がいいとレイチェルは思ったが、それだとパメラも内容を知らないからレイチェル達には面白くない可能性があると返された。OWLレベルまでマグル学を勉強し、無事優を収めることができたレイチェルだけれど、パメラから見ればまだまだマグルナイズされてはいないらしい。
車が白くて四角い大きな建物の前に到着すると、そこはレイチェル達くらいのマグルの若者が大勢いた。マグルも今の時期は夏休みらしい。パメラが皆の分のチケットやジュースを買ってくれるのをレイチェルは抜かりなく観察した。もちろん次に来る時のためだ。やけにかっちりした文字で記されている小さな映画のチケットや紙で出来たカップ、そしていかにもマグルっぽい素材でできたストローなんかをプライス兄妹は不思議そうに触っていたし、何か危険が迫っているかのように落ち着かない様子で周囲を見回していたが、映画が始まるとすぐに夢中になった。もちろんレイチェルもだ。
劇場の中の電気が消え────エリザベスが小さく悲鳴を上げた────、レイチェル達の座席の正面の広い壁に映像が映し出される。
パメラの事前の説明によれば、この映画は“恐竜”と言う、マグル界のドラゴンのようなものを題材にしているらしい。マグルの世界では色々な国で大ヒットしていると言うのも納得で、大迫力でスリル満点、レイチェルはこの映画が終わるまでにびっくりしすぎて心臓が止まってしまうのではないかと思った。
映画が終わってまた明るくなるまで声を出してはいけないのだときつく言いくるめられていたレイチェルは悲鳴が出ないよう必死で口を押さえていたけれど、周りのマグル達も悲鳴を上げていたのでどうやら多少なら大丈夫らしい。それならとレイチェルはマグルの知らない単語―――バイオテクノロジーだとかDNAだとかクローンだとか ―――をパメラにこっそり聞こうとしたが、静かにしていろと腕をつねられた。

「あの食べられちゃった人達は大丈夫なの!?」

ハラハラドキドキの映画が終わると、レイチェルはようやくパメラにそう尋ねることができたが、全部作りものだから大丈夫なのだと返された。あれが全部作りものだなんて、マグルの技術とは一体どうなっているのだろうか。レイチェルの理解を超えている。
プライス兄妹は、もしもT-レックスに遭遇したら失神呪文で何とかなるだろうかと真剣な顔で相談し始めた。「だから今は恐竜なんて居ないんだってば!」呆れ顔のパメラにエリザベスは言い返す。「だって、まだ残っているのがいたわ!」
二人の言い合いを聞きながら、レイチェルは、チケットの半券を大切に財布の中にしまいこんだ。
他にも色々なストーリーがあるらしかったので、レイチェルとエリザベスは明後日以降も来ようと主張したが、パメラに映画と同じくらい遊園地や博物館も楽しいと言われて引き下がった。帰りの車の中で、ギルバートがこんなに素晴らしい技術を知ろうともしないでマグルを見下すなんて純血主義者は全く馬鹿げていると言い、レイチェル達も深く頷いた。

新学期が始まったらマグル学のバーベッジ教授にマグルの映画を見たと報告しよう。とてもいい経験ができて、レイチェルは大満足だった。

ドラゴンと魔法の壁

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