「散らかっていて、お客様をお迎えするような状態じゃないんだけれど」

そんな謙遜を口にしながら、ウィーズリー夫人はレイチェルを家の中へと招き入れた。
小ぢんまりとしたダイニングは、ほとんどが家族の多さを物語る大きなダイニングテーブルに占められている。流しには柄つきタワシが鍋を擦る白い泡が立ち込め、その脇では布巾が食器を拭いていた。綺麗になった皿はビュンビュン食器棚へと吸い込まれていき、まな板の上ではニンジンやジャガイモがカットされていく。確かに少し雑然としているけれど、温かみのある空間だとレイチェルは思った。

「今何年生だったかしら?」
「新学期で6年生になります」
「あら、じゃあうちのフレッドとジョージと同じね!」

そんなおしゃべりの間にも、杖の一振りで冷たいミルクティーの入ったゴブレットと、ショートブレッドの入った木のボウルがふわふわと浮かんできて、レイチェルの前へと着地した。すっかり喉がカラカラだったのでありがたく口をつけると、優しい甘さが喉を潤していく。

「あの2人、学校でも悪戯ばかりしてるでしょう。同級生に迷惑をかけてないかしら?」

レイチェルは曖昧に笑みを浮かべた。迷惑をかけているかかけていないかと言う二択で問われると、間違いなく「かけている」が正しい。けれど、双子の悪戯は退屈な学校生活のスパイスと考えている生徒も多いし、吸魂鬼やOWLで塞いでいる気分を明るくする効果もあるとレイチェル自身も感じている。

「6年生ってことは、貴方もOWLを……」
レイチェル!」

ウィーズリー夫人の言葉を遮るように声が響いたので、レイチェルはティーカップを傾けたままそちらへと視線を向けた。たった今ダイニングに降りて来たばかりらしい様子でそこに立っていたのは、レイチェルの友人だった。

「ジニー?」
「久しぶりね!とっても会いたかったわ!よかったら、あたしの部屋に上がっていって!ね、いいでしょ?」

そう捲し立てると、ジニーはレイチェルの腕をつかみ、そのまま引っ張っていく。そしてどんどん階段を上り、踊り場を3つも過ぎて、1つのドアの前でようやく立ち止まった。ドアに吊られた木の板はピンクにペイントされ、薄紫のインクで描かれた花のイラストと「ジネブラ」の文字。どうやら、ジニーの部屋のようだ。中へと入ったところで、ジニーはようやくレイチェルの手を離した。

「ママの前でOWLの話は禁句なのよ」
「え?」

ドアを背にしたまま、ジニーが声を潜めて囁いた。その表情は真剣そのものだ。
レイチェルが訳がわからないと眉を寄せると、ジニーは溜息を吐いてベッドの端に腰かけた。レイチェルも促されるまま、渡されたふわふわのクッションの上に座る。そこでようやく、レイチェルはしっかりと部屋の中の様子を見ることができた。

「素敵な部屋ね」
「ありがとう」

レイチェルが呟くと、ジニーがニッコリする。お世辞ではなく、素直な感想だった。
華やかな花柄の壁紙には、ところどころに可愛い子猫の写真や外国の風景のポストカード。カーテンやベッドはレモンイエローのリネンで統一されている。窓際にある勉強机の上は、見慣れたホグワーツの教科書や書きかけのレポートの他、可愛らしいレターセットやメッセージカード。小さな本棚の上には、凝った装飾のお菓子の空き缶や綺麗なガラス細工、貝殻、宝石箱など、ジニーの宝物らしい品々が飾られていた。

「ええっと、何だっけ。そう、OWLよね。つい先週、我が家にも結果が届いたんだけど……ママったらそれを見てカンカンだったの。フレッドとジョージがそれぞれ3ふくろうしかとれなかったらしくって」
「えっ……フレッドとジョージが?」

驚いた。フレッドとジョージはいつもふざけてばかりいるけれど、頭はいいと言うのが同級生の間の───勿論レイチェルも────認識だったからだ。実際、彼らの仕掛ける悪戯は、見た目の派手さに目が行きがちだけれど、かなり高度な魔法が使われていたりする。悪戯のために時にはオリジナルの魔法さえ編み出してみせるのだ。目的や用途はともかく、才能のある魔法使いでなければできないことだ。少なくとも、レイチェルは今まで自分だけの呪文なんて考えついたことはない。

「私にはよくわかんないのよね。そんなにひどい成績なの?」
「んー……まあ……『よく頑張りました』って褒められる成績ではないかも……マクゴナガル教授は平均が7ふくろうくらいって言ってたし……」
「やっぱりそうなんだ」

本来、彼らの実力なら、それくらい余裕でパスできるはずだ────きちんと対策していれば。
それなのに、3ふくろう。緊張して大失敗したか、試験中に居眠りでもしてしまったか。それともそもそも勉強していなかったのか。
レイチェルが苦笑を浮かべると、ジニーは納得したように頷く。そして、目を閉じてすうっと息を吸った。

「『ビルやパーシーは12ふくろうだったのに、お前たち2人は合わせても2人の半分にしかならないなんて!少しは優秀な兄さん達を見習おうとは思わないの!ええ、ええ、お前達が必死に頑張ってこの結果なら母さんだってこんな風にガミガミ言いませんとも。フレッド!ジョージ!お前達はやればできるのに、いつだって頭の中を糞爆弾や花火をいっぱいにしてしまう。どうせ学校でも授業なんてろくに聞いちゃいないんでしょう!』……ってね」

ジニーの剣幕に、レイチェルは目を白黒させた。あの優しげなウィーズリー夫人がそんな風に怒鳴り散らすところは想像がつかない。それにしても、12ふくろうって。フレッドとジョージの3ふくろうも確かにいい成績とは言い難いけれど、どっちかと言うと12ふくろうもとったお兄さん達が優秀すぎるんじゃないだろうか。

「フレッドとジョージは全然気にしてないから、ママったらますますヒートアップしちゃって。もう、家の中の空気がピリピリして大変よ。来週にはビルやチャーリーが帰って来るから少しは機嫌が直ると思うんだけど」

ジニーの言葉に、そう言えばチャーリーの手紙にもそう書いてあったなと、レイチェルは思い出した。ええと、何だっけ。確か、そうだ────ワールドカップの観戦に行くから、イギリスに戻って来るのだと言っていた気がする。

「家族皆で行くの? えっと……9人で?」
「ううん。10人よ。ママは行かないの。その代わり、ロンがハーマイオニーと……その…………ハリーを誘ったから」

いつだってハキハキと喋るジニーの口調が、こんな風に弱々しく、頼りなくなってしまうのは“ハリー・ポッター”に関する時だけだ。白い頬が紅潮して、赤毛と同じくらい真っ赤になっているのがわかって、レイチェルは思わず微笑ましさに頬が緩んだ。

「……何で笑ってるの、レイチェル
「え……ごめんなさい。だって、ジニーが可愛いから」
「からかわないでよ……」

ジニーが拗ねたように視線を逸らす。
からかっているつもりはないんだけどなあと、レイチェルは眉を下げた。ハリー・ポッターのことを話すときのジニーは、本当に可愛らしいのだ。こんなジニーを当のハリー・ポッターが知らないなんて、もったいないと思うほどに。

「でも、本当に。好きな人とクィディッチ観戦ができるなんて、素敵だと思うわ」
「うん……私も、楽しみなの」

嬉しそうにはにかむジニーはやっぱりとても可愛い。けれど、これ以上ジニーの機嫌を損ねたくはなかったので、レイチェルはそれを口には出さなかった。
この話はもう終わりだと言いたげに、ジニーが小さく咳払いをする。

レイチェルこそ、ワールドカップは誰と行くの?」
「残念ながら、ジニーの期待するような相手じゃないわ。セドと……」
「セドリックと!?」
「……と、おじさん……つまり、セドのお父さんも一緒だからね。ジニーと同じよ」
「ええー」

自分なんてハリーには全然相手にされていないとジニーは言うけれど、それでもレイチェルはジニーが羨ましい。
ジニーのようにホグワーツに入学する前からずっと────と言うわけではないけれど、レイチェルにも好きな人が居る。オリバー・ウッド。レイチェルよりも2学年上で、この夏に卒業したグリフィンドールのクィディッチチームのキャプテンだった。
レイチェルはウッドが好きだ。けれど、彼と自分の関係を何と言い表せばいいのか、よくわからない。
寮も違う。学年も違う。はっきり言ってしまえば、時折偶然会って話をする以外に、特に関わりもなかった。友人、と思ってもらえているのか、レイチェルには自信がない。彼のチームメイトである「アンジェリーナやアリシアの友達」とか、「知り合いの下級生」くらいの扱いかもしれない。努力すればそこからもっと親密な関係になれたのかもしれないけれど、レイチェルはその可能性を試す前に諦めてしまった。
つまり、「一緒にクィディッチのワールドカップを観に行く」なんて、ありえないのだ。もしもそんなことがあったとしたら────どうなるだろう? たぶん、全然試合に集中できない気がする。せっかくのプレミアチケットなのだから、そう言う意味ではウッドと行けなくてよかったのかもしれない。

 

 

レイチェルは聞いた? 妖女シスターズの新曲」
「聞いてないわ。何て言う曲?」
「えっと……『ヒッポグリフ』?……何だっけ。明日のラジオで流れるはずだから聞いてみて。ラジオ自体も面白いのよ。ママはああ言う音楽あんまり好きじゃないから、夜中にこっそり聞くんだけどね」

先学期はレイチェルがOWLでバタバタしていたこともあって、ジニーとおしゃべりできるのは久しぶりだった。W杯のこと、夏休み中にあったこと。話しこんでいるうちにすっかり外が暗くなりかけていたので、レイチェルは慌ててジニーに別れを告げてキッチンへと降りた。ウィーズリー夫人はどうやら夕食の支度をしているらしく、シチューのいい匂いが辺りに漂っている。大きな鍋をかき回しているウィーズリー夫人の背中に、レイチェルは声をかけた。

「あの……長居してしまってすみませんでした。そろそろ帰ります」
「そんなこと、気にしないでいいのよ! よかったらお夕食を食べて行ったら?」
「いいえ。家に用意があると思うので……ありがとうございます。お気持ちだけ頂きます」
「遠いでしょう? 暖炉を使いなさいな」
「あ……いえ。大丈夫です。歩いて帰ります」
「そう?でも、もう日も暮れそうだし、女の子1人でなんて……」

ウィーズリー夫人は心配そうに顔を曇らせたが、レイチェルとしては、せっかく村の反対側までやって来たのだから身軽な帰りこそしっかりマグルの村を見たい。あんまり遅くなるとおばさんを心配させてしまうから長居は無理にしても、せめて近くで町並みを見るだけでも。
しかしそんな事情は言えず────大抵の大人は未成年がマグルに近づくことを快く思わないのだ────困っていると、キッチンの入口から誰かの足音が聞こえて来た。

「僕が送るよ、ママ」
「あら、ジョージ。貴方が? ……また、何か騒ぎを起こそうってわけじゃないでしょうね?」
「違うよ。ほら、行こうぜ。レイチェル
「あ……あの、お邪魔しました」

ジョージ────ウィーズリー夫人が言うのならそうなのだろう────がそう言って歩き出したので、レイチェルは慌ててその後に続いた。ジョージはジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、素っ気ない様子で少し前を歩いていく。レイチェルはその背中をちらりと見上げた。久しぶりに会ったせいか、夏休みの間にまた背が伸びたような気がする。そんなことを考えていると、ジョージが肩越しに振り返った。

「君もワールドカップ観に行くんだって?」
「そうだけど……どうして知ってるの?」
「さっきジニーの部屋で話してるのが聞こえたんだ」
「ええ。私も決勝戦に行くのよ。クラムのプレーが見れたらいいのにって話してたの」
「クラムかあ。すごいよなあ。確かまだ学生で、年だって俺達とほとんど変わらないんだぜ」

学校の外でこうやってジョージと話しているのは、レイチェルには何だか奇妙な気がした。だって、近所とは言えほとんど行き来することなんてなかったのだ。しかも、2人きり。一昨年の夏に、ふくろうを貸してほしいと家を訪ねてきたことがあったけれど、あのときはフレッドも一緒だった。
ワールドカップのことや、OWLのこと────やっぱりほとんど試験対策をしていなかったらしい────そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にかディゴリー家の前に着いていた。
いつの間にか、だ。それがレイチェルには信じられなかった。せっかくオッタリー・セント・キャッチポールの近くを通ることができたのに、ほとんど何を見たか思い出せないなんて!

「送ってくれてありがとう」
「いいや、どういたしまして。紳士として当然さ」

ジョージは気取ったような表情を作ると、胸に手を当てて恭しく一礼してみせる。まるで姫君を前にした騎士のような仰々しい仕草と、冗談めかした口調との対比が何だかおかしい。思わず漏れたクスクス笑いが収まったところで、レイチェルはジョージに向き直った。

「それで?」
「え?」
「……何か、私に用があったんじゃないの?」

わざわざ送ってくれると言い出したのは───もちろん親切心もあったのだろうけれど────てっきり何か話したいことでもあるのだろうと思ったのに。ないならいいけどとレイチェルが呟くと、ジョージはばつが悪そうな顔をした。

「実は……これを預かって欲しいんだ」
「そんなことだろうと思ったわ」

ジョージはポケットから小さな巾着袋を取り出すと、更にその中から一抱えもある大きな茶色い包みを取り出した。何重にも紙で巻いてあるのか歪な形で、上から紐でグルグル巻きに縛ってある。いかにも怪しげなその様子に、レイチェルは思わず一歩後ずさった。

「イヤよ。私、つい先週部屋を掃除したばっかりだもの」
「刺激を加えなきゃ、爆発も異臭もしない。保証する。なあ、頼むよレイチェル

それって、つまり刺激を加えたら爆発するってことじゃないか。レイチェルは眉根を寄せた。一体何が入ってるのかわからないし知りたくもないけれど、この包装の厳重さから言って恐らく危険物だろう。渡してきた相手を考えれば、恐らくどころか「間違いなく」だ。

「……本当に、何もしなければ安全なの?」
「ああ、保証する。賭けてもいいぜ」

レイチェルは包みをしげしげと見下ろして、ジョージに確認した。ジョージの顔はいたって真剣そのもので、嘘を吐いているようには見えない。レイチェルはどうしようかと逡巡して────そして小さく溜息を吐いた。

「…………いいわ。預かる。夏休みの間だけでいいのよね?」

できるなら、危険物の保管なんてしたくない。けれど、ジョージにはいつも何だかんだと助けてもらっているし、迷惑もかけている。そしてそれを恩着せがましく言って来ることすらないのだから、たまの頼み事くらいは聞いてあげたい。────レイチェルの道徳観が許す範囲なら。
包みを受け取ると、ジョージが驚いた顔をした。

「何?」
「いや……断られるだろうと思ってたから」
「……お望みなら、今すぐお返しするけど」
「ごめんごめん。助かるよ。家に置いておいて、おふくろに見つかるとマズイことになるから」

ジョージがニヤッと笑ってみせる。
没収────その単語に、やっぱり預かるのをやめたくなった。
……本当に、何が入っているんだろう、これ。気にはなるけれど、知らない方がいいような気もする。レイチェルが包みを眺めていると、ジョージがじっと自分の顔を見つめていることに気がついた。

「……私の顔、何かついてる?」
「いや、何と言うか……元気そうで安心した」
「えっ? ええ……まあ、元気だけど……」

試験勉強のせいでの寝不足は解消されたし、その試験の結果にやきもきすることもなくなったのだから、今のレイチェルには特段憂鬱になるようなこともない。何が言いたいのだろうと不思議に思って見返すと、ジョージは気まずそうな顔で頬を掻く。

「いや、だって……最後に話した時、君、泣いてたからさ」

そう言うジョージの表情は、どこか困っているようにも見えた。珍しく歯切れの悪いジョージの口調に、レイチェルは心臓が大きく跳ねるのを感じた。
ジョージが言っているのが一体いつのことなのか────わかりたくなかったけれど、わかってしまった。

「あ、あのときは……」

何か言おうとするのに、言葉が喉で引っかかってしまって口ごもる。
戸惑うレイチェルをよそに、ジョージはそれ以上何かを話す気はなかったのか、さっさと踵を返してしまった。夕日に染まった丘を下る背中が、少しずつ離れて、遠ざかっていく。レイチェルは結局言葉が見つからず、黙ってその背中を見送った。
最後にジョージと話した、あのとき。あの日。────あの、空き教室。

『セドが好きよ。だからこそ、一緒に居ると苦しい』

そう言って泣いたレイチェルを、ジョージは慰めてくれた。しゃくりあげるレイチェルの背中を、ぎこちない手つきで撫でてくれた。泣き止むまで側に居てくれた。
忘れていたわけじゃない。けれど────できることなら忘れたかったし、思い出したくなかった。せめて、ジョージには忘れてほしかった。見なかったことにしてほしい。
だって、あんな、あんな理由で、あんな風に小さな子供みたいに泣きじゃくって、恥ずかしすぎる。
そう言えば、ちゃんとお礼も言ってない気がする。迷惑をかけてしまったと言う謝罪さえ。忙しくて顔を合わす機会もなかったし、OWLのこととか、進路のこととか、人間関係のゴタゴタとか────色々ありすぎたせいでいっぱいいっぱいだったとは言え、何てことだ。
しかも、思い返せば、ジョージの前で泣いたのはあれが初めてじゃない。以前、ハーマイオニーと仲違いしたとき。更にその前に、3年生のときにも。
何だか、ジョージはいつもいつも見られたくないところばかり見られている。

ドアを開けて迎えてくれたセドリックに、顔が赤いと言われてしまったのは、夕焼けのせいだ。絶対に。

あの日のこと

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