学期末はあっと言う間にやってきた。
今年も寮杯を獲得したのはグリフィンドールだった。これで3年連続だ。
ハリー・ポッターが獲得したクィディッチでの加点は、結局誰も覆すことができなかった。レイブンクローはまたしても僅差で寮杯を逃した。ちょっぴり悔しい思いはしたが、それでもレイチェル達は素直に祝福の拍手を送った。

「今年も色々あったわね」

動き始めた汽車が、不規則にガタガタと揺れる。小さくなっていくホグワーツ城を名残惜しく見つめながら、エリザベスが微笑んだ。
その言葉に、はたして今学期の出来事は「色々あった」の一言で片づけていいものなのだろうかと、レイチェルは首を捻った。OWLは元々わかっていたからいいとして、ブラックの脱獄に度重なるホグワーツへの襲撃に警備と言う名目で城の周りを徘徊する吸魂鬼に────何と言う嬉しくない出来事のオンパレードだろうか。それに────レイチェルには、個人的にも色々あった。最悪な1年だったとまでは思わないが、素晴らしい1年だったかと言われると、正直肯定しづらい。

「よかったわ。レイチェル達が元通りになって」

そんなことを考えていると、エリザベスがどこかほっとしたような口調でそう言ったので、レイチェルは思わず読んでいたザ・クィブラーから視線を上げた。レイチェル“達”────。含みのある表現に疑問符を浮かべていると、エリザベスが困ったように微笑む。

「余計な口出しはしない方がいいかと思ったんだけれど……その……セドリックと、ぎくしゃくしていたみたいだったから」

遠慮がちに言うエリザべスの隣で、パメラがうんうんと頷く。
やっぱり、エリザベス達の目から見ても不自然だったらしい。まあそれもそうかと、自分の行動を振り返ってレイチェルは納得した。それまで「ベタベタしすぎ」と言われるくらいだったのに、急に距離を置くようになったのだから、レイチェルと一緒に居た親友たちなら気がつくだろう。

「心配かけてごめんね。ありがとう、2人とも」
「そんなことはどうでもいいのよ!」

素直に謝罪と感謝を口にすれば、パメラが畳みかけるようにして言った。食べていたフィフィフィズビーの瓶が、勢いよくテーブルへと叩きつけられる。その剣幕に、エリザベスが目を丸くした。レイチェルへと詰め寄るパメラの表情は真剣そのものだ。

レイチェルが好きな人って、一体誰?」

そうして聞かれた問いに、レイチェルは目を見開いた。
そう言えば、2人にはセドリック以外に好きな人が居ることは打ち明けたんだっけ。色々ありすぎて、そんなことすっかり忘れていた。確かに、それが誰かまでは教えた記憶がない。

「ずーっと考えてたけどわかんないんだもの! セドリックじゃないんでしょ!? ジョージ!?それとも……ルーピン教授?」
「えっ!?」

パメラの口から出た人物に、レイチェルは呆気にとられた。────ルーピン教授って。
確かに素敵な人だとは思うけれど、自分より一回り以上年上だし、さすがに恋愛対象として見たことはない。まさかパメラがそんな風に考えていたなんて。レイチェルは思わず小さく噴き出してしまった。

「ねえ! 結局、誰なのよ?」

おかしくて笑いの発作が止まらなくなってしまったレイチェルに、パメラが焦れたように言った。たぶん、パメラにとってはずっと気になっていたのだろうけれど、聞き出すタイミングがなかったのだろう。
笑いすぎて滲んできた涙を指で拭って、レイチェルは顔を上げた。

「秘密」

にっこり笑ってそう告げれば、パメラが信じられないと言いたげな表情をする。
レイチェルが彼に、ウッドに恋をしていたことは、誰にも言うつもりはなかった。誰かに知って欲しいと、思わないのだ。誰に何と言われようと、レイチェルは彼が好きだった。そのことは、自分だけが知っていれば、それでいい。

「何で? 教えてよ! 親友でしょ!」
「ひーみーつ」

がくがくと勢いよく肩を揺さぶって来るパメラを無視して、レイチェルはザ・クィブラーへと視線を戻す。それでもまだパメラは諦めるつもりはないのか、今度はレイチェルの体をくすぐりはじめた。これじゃ記事がまともに読めない。

「ちょっ……やめて、パメラ、くすぐったい……」
「じゃあ、白状しなさい!レイチェルグラント!」
「あー……えっと、じゃあ、ルーピン教授で。うん。私、ルーピン教授が好き。そう言うことにしておいて」
「それが嘘だってことくらい私にだってわかるわよ!」

その場しのぎの出まかせではさすがに誤魔化されてくれないらしく、パメラのくすぐりはますます激しくなる。逃れようとして身をよじったレイチェルは、肘が壁にぶつかった。雑誌が手から滑り落ちて、床にバサリと落ちる。

「貴方達……もう5年生なんだから、もう少し落ち着いて頂戴」

これじゃあ1年生と変わらないわと、エリザべスが溜息を吐く。確かに今のレイチェル達は、上級生の落ち着きとはかけ離れている。たぶん騒いでいる声が隣のコンパートメントまで響いているだろうし、レイチェルにいたってはもみくちゃにされたせいで、髪も服も乱れている。自分は違うと言いたげなエリザベスに、パメラが噛みついた。

「何よ!エリザベスだって気になってるくせに!」
「そうだけれど……私はパメラと違って、本人が言いたがらないものを無理に聞き出してまで知ろうとは思わないですもの」

呆れたようなエリザベスの口調に、パメラはぐっと押し黙った。渋々席に戻るところを見ると、ようやく諦める気になったらしい────「いつか絶対聞き出してやるんだからね!」と言う捨て台詞は忘れていなかったが。
コンパートメント内に静寂が戻り、レイチェル達はようやく「上級生らしい落ち着き」を取り戻した。

「ルーピン教授と言えば、本当に残念だったわ。今頃、どうしていらっしゃるのかしら」

エリザベスがそう言って表情を曇らせた。
ルーピン教授が辞任して、残った防衛術の授業は、またしてもスネイプ教授が代講だった。そのせいもあったかもしれないが、ルーピン教授が居なくなったことを誰もが惜しんでいたことが、レイチェルには少し嬉しかった。

「きっと、元気で過ごしてると思うわ」

────だってあの人は、優しくて、とても素晴らしい魔法使いだから。
彼が人狼だろうと、何者だろうと、そんなことは気にしない人は、きっとたくさん居るはずだ。レイチェルが笑ってそう言えば、パメラが何だか怪訝そうな顔をした。もしかしたら、本当にルーピン教授に恋をしていたんじゃないかと疑っているのかもしれない。まあ、それならそれで別に問題はないのだけれど。

「来年はどんな先生が来るのかしら?」
「ヴァンパイアとかじゃない? それか、ケンタウロスとかね!」
「パメラったら!」

冗談めかして言うパメラに、レイチェルとエリザベスはくすくすと笑い合った。
いつの間にか、窓の外を流れていく風景は荒涼とした木々からのどかな田園風景へと変わって来ていた。ワゴンから買いこんだお菓子をつまみながら、レイチェル達はたくさんの話をした。今年1年の間に起きた色々な出来事や、学校内の噂話。それから、待ちに待った夏休みのこと。
そんな風に、夏休み前の最後の時間は、楽しく過ぎていった。

 

 

 

窓の外の町並みが流れる速度は段々とゆるやかになり、やがてホグワーツ特急は9と4分の3番線に停車した。開いた扉から生徒が溢れ出し、再会を喜ぶ家族とで、プラットホームはごった返していた。
エリザベスとパメラが早々に迎えを見つけたので、レイチェルは自然と一人になった。
レイチェルにもおじさん達が迎えに来ているはずだ。その前に、セドリックを探さなければ。きょろきょろと辺りを見回したレイチェルは、ふと壁際に居た人物と目が合った。

「あ……」
「あら。レイチェル
「えっと……こんにちは、クロディーヌ」

親しくないとは言え、一応同寮生だ。無視するのも感じが悪いだろうと、レイチェルはその場で立ち止った。どうやら、クロディーヌも家族を待っているらしい。長い手足を持て余すようにして気だるげに壁に凭れかかっていたが、やがてちらりとレイチェルに視線を寄こした。

「振られたわ。人生で初めてよ」
「え?」

唐突にそう言われて、レイチェルはぱちぱちと瞬いた。振られた? クロディーヌが? 一体誰に? そう疑問に思ったが、彼女がわざわざ親しくもないレイチェルに言ってくると言うことは────たぶん、その相手はセドリックなのだろう。

「ホグズミード、一緒に行ったって……」

人伝にだけれど、確かにそう聞いた。だから、てっきり、セドリックはクロディーヌと『世界を広げる』ことにしたのかと。もしや、あの噂自体がデマだったのだろうか?わけがわからないと首を傾げれば、クロディーヌはふうと小さく溜息を吐いた。

「勿論、はっきり告白して断られたってわけじゃないけど。彼に、『クィディッチをしてる従兄への贈り物を一緒に選んで欲しい』って頼んだの。そんなのは口実で、私は勿論、デートのつもりだったわ。けど、彼は全然そのつもりなかったみたい────こんな美人が隣に居るのによ?」

眉を顰めるクロディーヌに、レイチェルはぎこちなく笑みを浮かべた。……ああ、何だか、想像がつく。
セドリックは、たぶん、レイチェルと居るときと同じ感覚だったのだろう。それに、クィディッチのことになると、夢中になって我を忘れるところがあるから────きっと、クロディーヌのことはそっちのけで、その従兄のために親身になって贈り物を選んだに違いない。

「正直、プライドが傷ついたわ。だからもう、諦めることにしたの。追いかけるのって、疲れちゃうし。私、勝ち目のない勝負はしない主義なのよね」

要するに、全然女の子として意識されていないのがわかったから、セドリックを振り向かせるのはやめることにしたと、そう言うわけらしい。その理屈は、わかるようなわからないような。やっぱり、クロディーヌの精神構造はレイチェルとは少し違うみたいだ。

「この私を振るだなんて、彼ってどうかしてる。そう思わない?」

さらりと肩にプラチナブロンドをなびかせる。そんな傲慢ともとれる言葉が、何だかあまりにもクロディーヌらしくて。レイチェルは思わずくすくす笑ってしまった。
そして、何だか少し────かっこいいなと思った。

「そうね」

レイチェルはずっと、クロディーヌが苦手だった。
彼女の言葉ひとつひとつが妙に神経を逆撫でして、彼女を前にするといつだって感情が奇妙なほどに波立った。こんな子にはセドリックの恋人になってほしくないと、そう思った。
でも、彼女は一度だって、セドリックのことでレイチェルに理不尽な敵意をぶつけてくることはなかった。

「本当に、そう思うわ」

たぶん、羨ましかったのだ。絹糸みたいなプラチナブロンド。霧がかった湖みたいなブルーグレーの瞳。背が高くて、すらりと長い手足。美人で、頭が良くて、皆に憧れられて、そして、いつだって自分に自信があって、堂々としている。クロディーヌは、レイチェルが欲しいものを、全て持っていたから。

「ねえ、クロディーヌ。……セドのこと、好きだった?」

今ならきっと、2人を応援できるし、彼女がセドリックの恋人になっても、素直に祝福できそうなのに。そう思ったところで、もう遅いだろうか。無神経な質問かもしれないと思ったけれど、クロディーヌは特に気を悪くした風もなかった。ピンクベージュのリップグロスが引かれた唇が弧を描く。

「そうね。好きよ?だって彼、とっても魅力的でしょう?」

余裕たっぷりに微笑むその顔は、文句なしに美しかった。
以前と同じで、その「好き」は、レイチェルの耳には軽いものに聞こえた。けれど、不思議と以前のような怒りや苛立ちはなかった。他人にはわかりづらくても、たぶん、彼女は彼女なりに、セドリックが好きだったのだろう。
そもそも、クロディーヌの気持ちの重さをレイチェルが決めつけようとすることが、おかしいのだ。
本当に恋なのかとか、本気かどうかなんて、その人にしかわからない。

「だから安心して。もう彼と貴方の邪魔はしないから」
「邪魔って?
「セドリックのこと、好きなんでしょう?」

レイチェルはその言葉にぱちりと瞬いた。
────ああ、まだ誤解されていたのか。そう言えば、あの子達の誤解を解くことには一生懸命だったけど、クロディーヌに対しては何も言っていなかった。

「……だから言ったでしょ。私とセドはそんなんじゃないの」
「ふうん?」

ゆっくりと首を横に振れば、クロディーヌが興味深そうに目を細めた。
ああ、きっと、信じてない。たぶん、また、虚勢を張っていると思われているのだろう。まあ、別に、それでもいい。レイチェルはにっこり笑ってみせた。

「大切な、自慢の幼馴染よ」

セドリックとの間にあるこの感情が何なのか、今はまだ、答えが見つからない。
恋なのかもしれないし、恋じゃないのかもしれない。家族のようで、友人のようで、でも異性でもある。
ただひとつはっきりしているのは、レイチェルにとってセドリックはとても大切だと言うことだ。

「さよなら、クロディーヌ。また、新学期に!」

きょとんとした顔のクロディーヌに手を振って、レイチェルは雑踏の中に幼馴染の姿を探した。
幼馴染────家族でもなく、友人でもなく、恋人でもない。どっちつかずのこの関係は、傍から見れば不自然なのだろう。
周囲にわかってもらえないことが、もどかしかった。「たまたま、家が隣だったから」。「たまたま、他に遊び相手が居なかったから」。ただ寄り添った時間が長いから、親しいだけだと────だから、仲良くして「もらっている」のだと────そう思われているのがわかったから、どこか後ろめたかった。自分でも、そうかもしれないと思ってしまったから。レイチェルだけの小さな王子様じゃなくなったセドリックには、今の自分は相応しくないんじゃないかと───セドリックの重荷になっているんじゃないかと、不安だった。
けれど、今は、胸を張ることができる。他人にわかってもらえなくたってかまわない。
たまたま、家が隣だったから。他に遊び相手が居なかったから。だから親しい。その通りだ。積み重ねた時間の中に、たくさんのものが詰まっている。たとえお互いに他に大切な存在ができたとしたって、それはきっと変わらない。

レイチェル!」

慣れ親しんだ声がレイチェルを呼ぶ。声のする方を振り返れば、壁際でセドリックが待っていた。
背が伸びて、大人っぽくなって、落ち着いた口調で話すようになって。ローブの胸に監督生バッジが輝くようになって、皆の憧れの視線を向けられるようになって。
でも、名前を呼ぶ響きや優しい灰色の瞳は、あの頃と変わらない。
レイチェルの大好きな男の子。

「あっちに父さん達が居たよ」
「今行く!」

硝子張りの天井から、眩しい夏の日差しが降り注いでいる。トランクの重さに、華奢な車輪が軋む。少し先を行く背中を追いかけて、レイチェルは足を早めた。
自分のために空けられている、その場所を歩くために。

いつも一緒に居た。5歳のあの頃から、ずっと。今もこうして、まだ、隣に居る。

レイチェルは15歳。もうすぐ、16歳になる。もう、テディベア相手におままごとをしていた小さな女の子じゃない。もう、セドリックとはぐれても寂しくて大泣きすることはないし、セドリックと手を繋いでウサギを追いかけることもない。
OWLが終わって、レイチェルはNEWT学生になる。ホグワーツを卒業する日が近づいている。いつまでも、子供ではいられない。
10年前のレイチェルと、今のレイチェルは違う。勿論、セドリックも。10年先もきっと、違うだろう。
この関係はきっと、永遠じゃない。いつまで、こんな風に一緒に居られるかわからない。いつかは、離れるのかもしれない。遠くない日にきっと、違う道を選んで、歩き出すときが来るのだろう。
それでも。

今は、帰る場所はここだから。

帰り道

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