夏の気配が近づいていた。
空は青く澄み渡り、雲ひとつない。芝は緑のペンキを塗りつけたように鮮やかだ。太陽が昇っている間は蒸し暑く、真っ黒なローブを着こんでいると、────まどろっこしい言い方はやめよう。6月だ。とうとうOWL試験まで秒読みだ。

「何言ってんだよ、レイチェル。まだたったの5月32日だろ?」

ロジャーはそう言って肩を竦めたが、レイチェルの目にはカレンダーの数字は6にしか見えない。それに、昨日の呪文学の授業でいよいよ試験の時間割が発表されたのだから、OWLがもすぐそこまで迫っているのはもはや否定しようもなかった。

「あーもう、最悪……なんで初日が魔法薬学なわけ?」
「逆に考えてみたらどうかしら? 初日が終われば、もう魔法薬学の勉強はしなくていいんですもの」
「それはそうだけど! でもやっぱり嫌よ!」

時間割を片手に顔を顰めるパメラを、エリザベスが慰める。しかし、そのエリザベスも心から言っているわけではないらしく、どこかその表情は暗い。エリザベスもパメラ同様、魔法薬学には苦手意識があるのだ。確かに、初っ端が不得意科目と言うのは憂鬱になるのも無理はない。

「でも、OWLの試験監督はスネイプじゃないから、そこはちょっと気が楽よね」
「そうそう! 試験の場所だって地下牢じゃないらしいし。いつもとは全然違うよ」

アリシアがニッコリ笑い、アンジェリーナも同意する。
土曜日なので朝から部屋に缶詰めだったレイチェル達は、天気がいいので外で昼食を食べようと湖の側に来た。そして同じことを考えたらしいアンジェリーナとアリシアに出会ったので、せっかくだから一緒に食べることにしたのだ。
5年生は皆、自分の寮か、そうでなければ図書室にこもりがちだし、授業中もおしゃべりをするような雰囲気ではないので、自然と他寮の友人との会話は減る。久しぶりの世間話には花が咲いた。
試験のこと、勉強のこと、授業中に起こったハプニング、寮内の人間関係────。

「ね、そう言えば、ケネス・タウラーってどうしちゃったの? 昨日まであんなんじゃなかったわよね?」
「ああ、あれね。まあ、何て言うか……ケネスの最近の行いの結果って言うか……」

パメラの疑問に、アリシアが苦笑する。ケネス・タウラーはグリフィンドール生だが、さっき大広間ですれ違ったとき、顔が吹き出物だらけになっていたのだ。OWLのストレスだろうかと話していたのだが、それにしてもひどい様子だったのでレイチェルも不思議には思った。
ケネス・タウラーの最近の行い。そう言われて、思いつくのは────。

「「「「「『1日何時間勉強してる?』」」」」」

5人分の声が綺麗に重なったので、思わず顔を見合わせてくすくす笑う。でも、本当に、近頃のケネス・タウラーと言えばそればかりだったのだ。
レイチェルも何度か聞かれたが、正直────あれは、ちょっとうんざりした。あれって結局、自分の方が勉強時間が多いと安心したいだけなのだ。気持ちはわかるけれど、聞かれたこっちは逆に不安になってしまう。

「同じ部屋のフレッドとジョージにも毎日言ってたらしくて……パジャマに球痘粉を仕掛けられて、ああなったみたい。昼休みに医務室に行って治療してもらうらしいから、すぐ元通りになると思うけど」

アリシアがそう言って肩を竦めた。なるほど。球痘粉が原因なら、あの症状にも納得だ。双子の仕掛けた悪戯はあまり好ましいものではないが、そのせいで彼が少しでも大人しくなるとしたら、ほっとする人は多いかもしれない。

「ケネス・タウラーなんて大したことなかったわよ!モンタギューなんか、最悪なんだから! 何が『お前みたいな穢れた血と違って、俺は試験官のお歴々とは旧知の仲だから楽勝だ』よ! OWLってコネで評価が決まるわけ!?」
「そんなわけないでしょ! ただ単に周りを不安にさせようとしてだけだと思うよ」

きっと眉を吊り上げるパメラに、アンジェリーナがからからと笑う。
その年の試験の難易度にもよるが、優や良の割合は大体決まっている。そして、評価によっては、自分の取りたい教科を受講できなくなってしまうわけで。言わば、周りの全員がライバルなのだ。探り合いや、牽制し合うような空気は、何だか気疲れしてしまう。ただでさえ試験勉強のせいで慢性的な睡眠不足で、皆イライラしているのだ。

「モンタギューと言えば……私、先週、彼からを“脳活性薬”を1瓶没収したわ。調べてみたら、単にナールの針を磨り潰したものだったけれど……」

エリザベスが思い出したように呟いた。
人は心身が弱っている時と言うのは何かに縋りたくなるもので、校内では────と言うかNEWT学年とOWL学年の間では、眠気ざましや脳活性などの効果のあるお役立ちグッズの闇取引が盛んだった。現に今も向こうの木陰で、ロジャーがスリザリンの6年生と商談をまとめかけているようだ。友人として止めるべきだろうかとレイチェルが逡巡していると、先にエリザベスが溜息を吐いて立ち上がった。彼女が監督生の使命として取引現場を摘発するのはこれで今週7件目だ。

「去年も似たようなインチキグッズが売られてなかった?」
「ああ、継承者の騒ぎの時? あれは確か魔除けだったけど……」
「まあ、何にしろ、売る方も売る方なら買う方も買う方だよね」

呆れたように溜息を吐くアンジェリーナに、一同は全くだと頷いた。
眠気ざましならともかく、脳活性の秘薬なんて、ホグズミードやふくろう通販じゃ到底買えない。たとえ流通経路を見つけられたとしても、普通の学生のお小遣いじゃ手の届くような値段じゃない。今、校内で出回っている商品の9割は偽物と思って間違いないだろう。

「って言うか、仮に本物だったとして、試験の直前に飲んだらドーピングよね? バレないの?」
「バレるに決まってるじゃない。何年か前に、それで試験受けられなくなった生徒が居たって聞いたことあるよ」

アンジェリーナの解説によれば、何でもOWL試験の間は、試験会場になる大広間の扉に呪文流しの効果がつけられるらしい。試験前に何らかの魔法薬や呪文で知能の底上げを計ったとして、入口で全部効果は切れてしまう。カンニング用品も同様だ。そしてバレれば当然その科目の試験は0点になる。
正直に言えば、レイチェルも魅惑の秘薬の数々に心引かれないわけじゃない。が、紛い物を掴まされて大金を払うのは馬鹿馬鹿しいし、効果がないだけならまだしも、うっかり変なものを摂取して医務室送りになるのはごめんだ。と言うか、眠気ざましも脳活性薬も、仮に正しい効果が見込めたとして、そのぶん後から体も脳みそも疲弊する。当日に使えないのなら追いこみの今、と考えるのもわかるけれど、そのぶん試験期間中の反動がすごそうだ。ただでさえ、OWLは2週間もあって体力勝負なのだし。諸々のリスクを考えれば、やっぱり妙な薬に頼らずに、自分の力でどうにかするしかない。

「ねえ、ところで、レイチェルのパパってドラゴン研究所で働いてるんだったわよね?」
「え? うん。そうだけど、それがどうかした?」

唐突に話題を変えたアリシアに、レイチェルは頷いた。もしかして、アリシアもセドリックと同じでドラゴンキーパーに興味があるのだろうか? 不思議に思って見返すと、アリシアがぎゅっと包み込むようにしてレイチェルの手を握った。

「ドラゴンの爪の粉末って、少しばかり手に入ったりする?」

キラキラした目で見つめてくるアリシアに、レイチェルはぱちりと瞬きをした。
ドラゴンの爪の粉末。ひと摘まみ紅茶に混ぜて飲めば、数時間は脳が活性化させる効果がある。とても希少で手に入りにくいが、確かにドラゴン研究所で働く────そしてレイチェルにかなり甘い父親ならどうにか融通してくれるかもしれない。けれど。

「……今からルーマニアに手紙を送っても、たぶん届くのは試験が終わってからになると思うわ」

しばし逡巡した結果、レイチェルは自分に集まる期待に満ちた視線に静かに首を振った。
仮に父親がレイチェルのためにドラゴンの粉末を手に入れてくれたとして、試験はもう数日後に迫っているのだ。ふくろうを往復させていたのでは到底間に合わない。がっかりしたように肩を落とす友人達に苦笑して、レイチェルはまたサンドイッチを咀嚼する。
その手があったかと、ちょっと惜しい気持ちになってしまったのはエリザベスには内緒だ。

 

 

 

試験の前日は落ち着かなかった。
まるで重病人の前で死を連想させる言葉を避けるように、誰もがOWLの3文字を口にするのを躊躇っているように見えた。談話室に居る5年生達は、最初の魔法薬学の試験に向け、ノートを広げたり、参考書を片手にぶつぶつ言ったりしていたが、集中できているのはごく一部だった。
レイチェルも一問一答式の問題集を解いていたが、さっきからいくらも進んでいなかった。1ページ進めるごとに、時計にばかり視線が行ってしまう。
まあ、レイチェルの場合、魔法薬学は得意科目なのでいくぶんか気は楽だ────もっとも、もしも明日その得意科目ですら大失敗してしまったら、それこそ目も当てられないほどショックを受けることは想像に難くないけれど。いつも通りやれば、たぶん良はとれると信じたい。他の科目なら良がとれれば十分なのだが、魔法薬学は、優以外はNEWTの授業を継続できない。となればやはりできれば優をとりたいのだけれど、こればかりはもう試験を解いてみないとわからない。得意なところばかりがでればいい成績が取れるだろうし、苦手なものばかりでればそうもいかないだろう。筆記にも実技にも言えることだ。とは言え、魔法薬学を続けたい理由は単にレイチェルの好みの問題なので、たとえ満足いく成績がとれなくてもさしたる打撃はない。問題はそれ以外の科目だ。

呪文学と変身術、それにマグル学だけは何としても良以上をとらなければいけない。

筆記も勿論だが、それ以上に重要なのは実技だ。忘却術士を目指すなら、杖を使った魔法は使いこなせて当たり前だ。他人の頭の中を弄くるスペシャリストになろうとしているのに、普通の魔女よりも杖の扱いがおぼつかないなんて笑えない。加えて、レイチェルの動機は「忘却術にマグルの知識を役立てたい」なのだから、マグル学の結果がいまひとつでは説得力も何もあったものじゃない。あとはたぶん、防衛術や魔法生物飼育学もできたらいい成績を取りたい。OWLに向けて勉強してきたつもりだけれど、この2つは元々あまり得意な科目じゃない。そううまく行くだろうか。
そんなことを考えていると、自然と溜息が出た。

「どうしたのレイチェル、でっかい溜息吐いちゃって」
「パメラ……試験勉強はいいの?」
「今更悪あがきしたって大して変わんないわよ。それに気づいたんだけど、私、魔法薬学が不可でも特に問題ないのよね! 万が一優がとれたって、絶対スネイプの授業なんて継続しないもの!」

けらけらと笑うパメラに、レイチェルの気持ちも少し軽くなった気がした。それもそうだ。ここまで来たら、もうなるようにしかならないだろう。今更くよくよしたって仕方がない。
とは言え、やっぱりレイチェルはパメラみたいに開き直れそうにはなかったので、また手元の問題集へと視線を落とした。

「おできを治す薬を調合する時……ヤマアラシの針をを最後に加える時の注意点は……必ず大鍋を火から下ろすこと……これは……ヤマアラシの針が……薬液が沸騰した状態では角ナメクジと強く反応しすぎるため。えっと……薬の体積が急膨張し、鍋を溶かすこともあり……また……鍋が錫製の場合は……その成分が混ざることによって、薬の効果は真逆に……」
「ああもうエリザベス、食事の時くらいはその呪文やめてよ!」
「だって……私、魔法薬学は苦手で……心配なんですもの……」

青白い顔でぶつぶつ言うエリザベスに、パメラが眉を顰める。そんな2人のやりとりを聞きながら、レイチェルは紅茶のカップを片手に、あくびをかみ殺した。
とうとう試験当日になってしまった。昨日の夜は早めにベッドに入ったのが、やっぱり試験の緊張のせいか目が冴えてしまってよく眠れなかったのだ。周りのテーブルを見回してみると、5年生は皆似たような様子だった。
試験への緊張で胃が縮こまってしまったのか、食欲が全然湧かない。何か食べなければ体力がもたないと無理矢理トーストを押し込んでみても、もはや自分が塗ったジャムが苺だったかマーマレードだったのかもよくわからなかった。
朝食を終えると、試験の準備があるからと生徒達は一度大広間から追い出されたた。30分ほどしてマクゴナガル教授に呼ばれて再び戻ると、なるほど、聞いていた通り中はすっかり様変わりしていた。いつもの寮ごとの4つのテーブルは片付けられ、1人掛けの机が行儀よく並んでいる。机の右端に置かれたプレートに書かれた名前を辿っていくと、どうやら寮ごとにアルファベット順になっているらしい。レイチェルは1番端の窓際の列の、少し後ろ寄りの席だった。
机の上には羽根ペンと、数枚の羊皮紙が裏返して置かれている。問題用紙と解答用紙だろう。一体、どんな問題が書かれているのだろうか。真っ白な羊皮紙を見ていると、何だかそわそわと落ち着かない気持ちになる。

「教科書やノートは全て鞄の中にしまい、中が見えないよう口を閉じてください。羽根ペンは、あらかじめ机の上に用意されているものを使用すること。予備は教卓の上に用意されていますので、必要な場合は手を上げてください。試験中に体調が悪くなった場合は────」

マクゴナガル教授がきびきびと注意事項を読み上げるのを聞き洩らさないよう、背筋を伸ばして耳を澄ます。周囲が静まり返っているせいで、自分の鼓動が早鐘を打っているのがわかる。心臓が喉までせり上がって来ている感じがする。
ああ、もうあと15秒で試験が始まってしまう。10秒。7秒。5秒。3秒───。

「それでは────始め!」

掛け声と共に、前方の机に置かれた大きな砂時計がひっくり返された。周りが一斉に問題用紙を裏返すバサバサと言う音、それから、羽根ペンで羊皮紙を削る耳触りな音があちこちから響き始める。レイチェルもとりあえず解答用紙に自分の名前を書くと、問題用紙へ視線を走らせた。

1 次の文章はある魔法薬に関して述べたものである。文中の(a)~(h)に当てはまる言葉を記述せよ。また、問1~8について答えよ。

問1 (a)を材料に使った魔法薬を10以上書き出せ。
問2 (b)の効能および調合時の注意点について述べよ。
問3 (c)に(d)を加えたところ、ある変化が見られた。その変化とはどのようなものか。
問4 (d)はある薬草と酷似しているため、採集時に注意が必要である。見分けるにはどうすればよいか。



問8 この文章で述べられたある魔法薬とは何か。また、その効果について記述せよ。

焦る気持ちを落ち着かせるように、レイチェルは一度大きく深呼吸した。
────うん、大丈夫。これならたぶん解ける。確か、3年前の過去問に似たような問題があった。
レイチェルはそのまま問題用紙の最後までざっと目を通した。最後の方に大きな論述問題が2つあるから、それぞれ20分は欲しい。最後に見直しもしたいから、となると、ここまでやるのに30分くらい。そんな配分を考えながら、レイチェルも周囲に倣って羽根ペンを走らせ始めた。

 

 

「スプーンがうまく持てない」

2時間後、テストを終えたレイチェル達はまた元通り寮ごとになったテーブルで昼食をとっていた。
唸るように呟いて手首を振るパメラに、レイチェルも苦笑した。確かに、テストの間中ひたすらに羽根ペンを動かしていたせいで、どことなく手に違和感がある。それでも、とりあえずは試験がまずまずの出来だったことで、朝食のときよりもずっと気は楽だった。

「ねえレイチェル、最後から2番目の問題はどう書いたかしら? ほら、混乱薬についての論述よ。私、調合の手順については正確に書けたと思うんだけれど……」
「だから、エリザベス! 終わった試験の復習はやめようって言ったじゃない! 忘れたの?」
「パメラの言う通りよ。全部の科目にこれをやってたら、2度試験を受けてるみたいな気分になっちゃう」

心配顔のエリザベスに、パメラが眉を顰める。エリザベスの気持ちもわからないでもないが、こればかりはレイチェルもパメラに同感だ。まだ終わってない試験が山ほどあるのだから、終わった試験のことは考えたくない。エリザベスも一応は納得したらしく、緩慢な動作で問題用紙を鞄の中へとしまうと、大人しくテーブルの上のシェパード・パイを食べ始めた。

「材料は各自のテーブルに用意があります。何か問題がある場合は、試験官に言うように。時間内なら調合のやり直しは構いませんが、不必要に材料を無駄にした場合、減点の対象になります。それでは、始めてよろしい」

午後の実技の課題は、安らぎの水薬の調合だった。筆記試験のときと同じ個人用の机の他に、大鍋や秤が用意されている。それに、机の上には魔法薬の材料や小刀が並べてあった。
早速調合に取り掛かろうと、材料へと手を伸ばして────それでレイチェルはあれ、と思った。材料の中に、使えないものが混ざっている。
確か、授業のときにスネイプ教授が言っていたのだ。材料を選ぶ時は、ここに気をつけなさい、と。
いや、とは言え、OWL試験のために用意された物なのだし、きっとこれくらいは大丈夫なのだろう。いや、でも────。
迷った結果、レイチェルはそろそろと手を上げた。試験官のマチルダ・マーチバンクス女史は、気づいてこちらへとやって来ると、まだ何も手つかずのレイチェルを怪訝そうに見下ろした。

「どうしたね。えー……ミス・グラント
「すみません。あの……私の材料の萎びイチジクなんですけれど、もう実が熟しかけているみたいなんです。これだと成分が強すぎてしまうので、できたら、余っている別な物と代えて頂けませんか。熟してないものだけ使おうかとも考えたんですけど、私の材料、ギリギリの量しかないみたいなんです」

周囲の邪魔にならないよう、ひそひそと囁く。安らぎの水薬は魔法薬の中でも特に正確な計量が必要とされているし、手順の1つでも間違えると正しい効果が出なくなってしまう。
そんなことはできないと突っぱねられたらどうしようかと思ったが、マーチバンクス女史はぱちぱちと瞬きをすると、興味深そうにレイチェルの顔を見た。

「どれ、見せてごらん。フーム、確かに……これじゃあどんなに正確に調合したって上手くいかない。材料を準備したこちらが悪かったね。交換しよう。代わりの物を持って来るから、ちょっと待ってなさい」

そう言ってマーチバンクスは先頭の机に置いてある材料を取りに戻った。今度はちゃんと、まだ熟してない青いものだ。それを受け取ってレイチェルがお礼を言うと、マーチバンクス教授は気難しそうな表情を緩めてニッコリ笑った。

「スネイプ教授はきちんと教科書に載ってないことも教えてるようだね。頑張りなさい」
「は、はい……頑張ります」

そう言ってマーチバンクス教授はまた、生徒達の様子を見に戻っていた。
その背中を見送って、レイチェルは、急いで作業に取り掛かった。今の時点では、周囲より作業が遅れているのは間違いないのだ。えっと、まずは材料を量って……それから、大鍋に正確な順序で入れなければ。鍋をかき混ぜる回数や向きにも気をつけなければいけない。それから、それから────。

「あーっ、やっと終わった! 髪に薬の匂い染みついてるし、薬は変な色の煙出るし、最っ悪!」
「でも前みたいに爆発はしなかったじゃない」
「まあね! スネイプが居ないとずいぶんマシだってことがわかったわ!」
「スネイプ『教授』よ、パメラ」

ケラケラ笑うパメラを、エリザベスが窘める。
実技試験が終わり、ようやく大広間から解放されたときには皆くたくたになっていた。
薬の調合に神経を遣ったので、レイチェルも疲れてはいたが、充実した気持ちでいっぱいだった。自分で試したわけじゃないので実際の効果は不明だが、少なくとも以前授業で調合したときよりはうまく行ったからだ。最後の材料を加える前の炎の温度も気をつけたし、ちゃんと完成したときの煙は銀色だった。このぶんなら、そんなに悪い成績はつかないはずだ。

「本当、憎らしくなるくらいいい天気よね」

パメラが苦々しくそう呟いたので、レイチェルもつられて窓の外へと視線を向けた。
空は青く澄み渡り、爽やかな夏の風に木々の葉がさわさわと揺れている。遠く見える湖はキラキラと光の粒子を孕んでいた。こんな日に水遊びでもしたら気持ちが良いだろう。レイチェルも羨望をこめて硝子の向こうに広がる風景を眺めて────そして、ある一点へと視線が吸い寄せられた。

シャールだ。それに、クルックシャンクスも。

真っ黒な影と、寄り添うようにして歩くオレンジ色のひとまわり小柄な影。遠くてよく見えないので確信は持てないが、あれは恐らくレイチェルの愛犬だろう。
ここ最近、やけにシャールとクルックシャンクスが一緒に居るのをよく見かける。それだけなら別に何もおかしくはないのだが────2匹仲良くじゃれて遊んでいると言う感じではなく、何だかこう、親密そうな、どこか深刻そうな空気なのだ。まあ、レイチェルには実際のところ、彼らがどう言う会話────そもそも犬と猫の間でそんなに複雑な意思疎通ができるのだろうか────をしているのかはわからないけれど。それでも、あの2匹の間には特別な何かがあるような気がした。
犬と猫の間でも、ロマンスって生まれるのだろうか?

「寮に戻りましょう。明日の魔法史の勉強をしなくちゃ」
「その前に何か食べましょ! 甘いものでも食べなきゃ、やってらんない」
「甘いもの……確か、この間ハニーデュークスで買ったチョコレートファッジがまだ残っていたはずだわ」
レイチェル! ぼーっとしてると置いてっちゃうわよ!」

そんなことを考えていたレイチェルは、親友達の呼び掛けに、はっと意識を引き戻された。いつの間にか先へと進んでいたその背中を、慌てて追いかける。
そうだ。ぼんやりしてる暇はない。明日は苦手な魔法史の試験だ。2週間あるうち、まだたった1日、たった1科目しか終わっていないのだ。

試験はまだ長い。明日からもまた、頑張らなくちゃ。

OWL試験(前編)

top


    お返事が早いのはこちら ⇒ Wavebox