『ねえ。レイチェルって、セドリックのこと好きなんでしょう?』

学年が上がるにつれて、女の子達にそう言われる頻度は段々増えていった。肯定が返って来ると疑いもしない、そんな問いかけ。好きと言う段階を飛び越して、恋人同士なんでしょうと聞かれることもあるけれど、似たようなものだ。聞いて来る相手は毎度違うとはいえ、レイチェルは毎回答えなければいけないわけで。同じ質問を繰り返されることに正直うんざりはしたけれど、あまり深く思いつめることはなかった。
勿論、否定しても納得してもらえないことには、どうしたら誤解が解けるのかと随分悩んだ。けれど、そう問われること自体には、どこか仕方ないのかもしれないと言う諦めもあった。その誤解────彼女達のその思いこみ、あるいは勘違いがどこから来るのか、わかっていたからだ。
その問いかけをしてくるのは、ほぼ全員が女の子だ。そしてホグワーツの女の子と言うのは、セドリックに恋をしているか、そうでないかの2種類に分けられる。
まず、セドリックに恋をしている女の子達について。好きな人の隣にいつも特定の女の子が居たら、気にするなと言うのが無理な話だろう。「特別親しい」その理由か、恋なのかそうでないのかと確認してしまうのも自然なこと。もし恋人だったらと言う不安だったり、セドリックの幼馴染であることへの羨望だったり、敵対心だったり。レイチェルを見る瞳に浮かぶ感情は人によってさまざまだけれど。
そしてセドリックに恋をしているわけではない女の子達。彼女達の場合は、単なる好奇心だろう。異性の幼馴染と言う関係性、しかもその幼馴染は皆から王子様みたいと憧れられるほどハンサムで優しくて、おまけに頭の出来も運動神経も良い。そんな素敵な幼馴染を持ったレイチェルに、女の子達はロマンスを期待する。「少年と少女は幼い頃からお互いだけを見つめて愛し合い、いつまでも幸せに暮らしました」「王子様が妃に選んだのは、キラキラ光る宝石や美しいドレスを纏ったお姫様達ではなく、貧しいけれど優しい正直な娘でした」────そんな、物語みたいな恋を。
異性だからって、何でもかんでも恋愛と結びつけないでほしい。そう思いはしたけれど、なぜ他の誰でもなく「レイチェルが」そう誤解されるのかは疑問に思うことはなかった。だって、女の子の中ではセドリックと一番仲が良いから。幼馴染だから、セドリックはレイチェルに気を許している。セドリックがスニッチをくれたのも、セドリックが箒の後ろに乗せてくれるのも、レイチェルだけ。セドリックはレイチェル以外の女の子を家に招かないし、レイチェル以外の女の子を怒ったりもしない。
そう。レイチェルは、自分がセドリックにとって特別なのだと知っていた。

『恋人がモテるのって嫉妬しない?』

以前、クロディーヌにそう聞かれたことがある。
正直に言えば、レイチェルはセドリックに関して嫉妬することがある。3年生の学期末、セドリックが学年1位になったとき。レイチェルの後輩のはずの下級生が、セドリックのことばかりを話すとき。夏休みの監督生バッジの一件のときが顕著だった。レイチェルは時々、セドリックの優秀さを、誰にでも好かれるその性質を、妬ましく感じることがある。つまり、セドリック自身に対しての嫉妬だ。
だから、セドリックがモテることについての嫉妬と言われても、ピンと来なかった。
今までセドリックがモテていても────つまり、そう。セドリックが女の子からだろうと思われるクリスマスやバレンタインの贈り物を受け取っていても、ラブレターを渡されたと聞いても、ホグズミードの誘いを受けたと聞いても────レイチェルは特に何も思うことはなかった。いや、まあ、クリスマスプレゼントがたくさん貰えていいなあとか、モテるっていいなあとか、あまり人気がありすぎるのも大変なんだなあとか、そう言う感想を抱きはしたけれど。
だから自分は、男の子としてのセドリックには興味がないのだと、そう思っていた。だって、だとしたらそれこそ、もっとラブレターやプレゼントのことが気になっただろうし、やきもちを焼くだろうと思ったから。
だから自分は、セドリックのことはただの幼馴染として好きなのだと思っていた。
でも、それはもしかしたら、セドリックが彼女達に────恋愛ごとに興味が薄いとわかっていたからだったのかもしれない。自分はセドリックにとって特別だと、わかっていたから。ラブレターの主よりも、自分の方がセドリックにとって大切なはずだと、無意識のうちにそんな自負と余裕があったのかもしれない。

でも────セドリックがラブレターを貰っていることは気にならなかったのに、セドリックとクロディーヌが並んでいるのを見ると、妙に心がざわついた。嫌だと思った。

レイチェルはその感情を、自然なことだと納得しようとしていた。
いつも一緒に居たんだからセドリックが離れるのは寂しいのは当たり前で、セドリックとクロディーヌが一緒になると嫌な気持ちになるのは、クロディーヌのことが嫌いだからで────だから、そう。これは嫉妬なんかじゃない。自分は嫉妬なんかしていない。そう思っていた。
クロディーヌが嫌いだから、嫌な気持ちになるの。クロディーヌじゃなかったら────たとえばエリザベスや、チョウや、他の女の子だったら素直に応援できたはずよ。────本当に?

誰が相手だろうと、結局は気に入らないんじゃないの?

もしも────もしも今、セドリックと親しげなのが、クロディーヌじゃなくエリザベスだったら。
セドリックとエリザベスが並んでいるところを想像してみる。レイチェルの大好きな2人。2人が幸せそうに微笑みあう。絵画のように美しい2人。クロディーヌよりもずっと、お似合いだと思う。
でも────もし、2人が恋人になって。セドリックが、「エリザベスと過ごすから」とレイチェルの約束をないがしろにするようになったら? エリザベスが、セドリックを「セド」と呼ぶようになったら? そう考えると────レイチェルはやはり、どこか胸の奥がもやもやするのを感じた。
それはやっぱり、寂しさなのだと思う。寂しいのは当たり前だ。だって、ずっと一緒に居たんだから。寂しくない方が、どうかしている。でも、本当に、寂しさだけだろうか? セドリックの隣は自分の場所だと────無意識に、そんな風に思っているんじゃないだろうか? セドリックが自分よりも大切な誰かを作ることが嫌なんじゃないだろうか?
相手が誰だって嫌なのだとしたら、原因はクロディーヌが嫌いだと言うそれだけでは説明がつかない。セドリックの隣に自分以外の女の子が居るのが嫌と、そうなってしまう。その感情を、嫉妬以外の何と呼ぶだろう?
これは嫉妬なんだろうか。でも、だとしたらおかしい。だって、どうして嫉妬なんてするのだろう。レイチェルは別に、セドリックの恋人になりたいわけじゃないのに。レイチェルが好きなのは、ウッドなのに。ウッドと他の女の子が並んでいても───確かに、ちょっと不安になったり嫌な気持ちになったりはするけれど────こんな風に、激しい嫌悪感を覚えることはないのに。
それとも────ウッドが好きだと言うのはレイチェルの勘違いで、本当はセドリックのことを好きなのだろうか?

 

 

 

週末がやって来ると、そんなレイチェルの憂鬱もほんの少しは晴れた。
今日はとうとう、クィディッチの最終戦だ。首位のスリザリンがこのまま逃げ切るのか、それともグリフィンドールが逆転するのか。イースター休暇の頃から続いていた2寮の緊張状態は、いまや極限にまで達していた。休み時間が来るたびに廊下のあちこちで諍いや呪いの応酬が起こるので、監督生のエリザベスは神経をすり減らしている。選手であるアンジェリーナやアリシアは、少しでも戦力を削ごうと狙っているスリザリン生からの妨害にうんざりしているようだ。
一番ひどいのはハリー・ポッターで、シーカーの彼にかすり傷ひとつでもつけまいと、常にグリフィンドール生が彼を囲んでいた。魔法省大臣の護衛だって、あそこまで手厚くはないだろう。校内は試合への期待に浮き足立っているが、そんな状況に選手達は誰もが神経衰弱に陥っているように見えた。おまけに、毎晩のように遅くまで練習があると噂で聞いている。ドラコがお互い忙しいから会えないだろうと言ったのも、今となってはあながち気まずさから来た言葉ではないように思えた。
けれどそれも全て、今日で終わるのだ。

「グリフィンドールが50点差で勝てば優勝なのよね?」
「ええ」

トーストを齧りながら尋ねるパメラに、エリザベスが頷く。どちらが勝ってもレイブンクローには優勝杯が来ないことはもうわかっているので、隣のスリザリンや、グリフィンドールのテーブルほどの鬼気迫るような雰囲気はない。試合の結果を予想したり、勝敗を賭けたり、楽しみだねとはしゃぎながら、レイブンクロー生達はのんびりと朝食をとっている。────訂正、賭けはなくなった。エリザベスが席を立ち、監督生の使命として摘発に行った。

「はい、レイチェルのぶん」
「あ、ありがとう」

テーブルの前方から、籠に入った真紅のバラの造花が回って来た。グリフィンドールを応援することを示すものだ。レイチェルはそれを受け取って、ローブの胸へとつけた。グリフィンドールのみならず、レイブンクローやハッフルパフの生徒達も皆、同じように胸にバラをつけている。
レイチェルは考えた結果、今日はグリフィンドールを応援することに決めていた。ドラコ個人は応援したいが、チームとして応援したいのは断然グリフィンドールだ。今季のスリザリンの試合を振り返るに、レイブンクローの試合でも反則をしていたし、レイチェルが見に行かなかったハッフルパフとの試合でもひどいものだったと聞いた。それに、ディメンターの振りをして試合を妨害した件もある。スポーツマンシップに欠けるスリザリンが勝つよりは、いつだって真っ向勝負をしてきたグリフィンドールに勝ってほしい。

それに────それに、今日の試合の結果でたぶん、ウッドがプロの選手になれるか決まるのだ。

優勝杯があったってなくたって、ウッドが優秀なキーパーであることに変わりはない。けれど、きっと、プロの選手になるのならば、その差は重要なのだろう。レイチェルにはよくわからないけれど。
だから、グリフィンドールに勝ってほしい。彼が夢を叶えられるように。
レイチェルには、何も───ただ、応援することしかできないけれど。

「とうとう始まりました、グリフィンドール対スリザリン! 泣いても笑っても、今日で優勝杯の行方が決まります!」

リー・ジョーダンの解説が、競技場に響き渡る。全校生徒が試合を観戦にやって来たせいで、観客席はごった返していた。早めに来た甲斐あって、レイチェル達は前から5列目くらいの席を取ることができた。ちょうど、グリフィンドールのゴールがよく見える位置だ。ぐるりと競技場全体を見渡すと、やはり過半数がグリフィンドールの応援のようだ。そこかしこで真紅の横断幕や旗を振っている。
ホイッスルが鳴り、まずはグリフィンドールの攻撃。しかし、すぐにスリザリンがクアッフルを奪った。双子のどちらかのファインプレーにより、またグリフィンドールへ。そして、開始5分と経たずにグリフィンドールが得点した。わっと競技場のあちこちから歓声が上がる。
グリフィンドールのリードに腹を立てたのか、スリザリンがゴールを決めたアンジェリーナに体当たりした。すかさず、フレッドが反撃。両チームからペナルティー・ゴールが取られ、グリフィンドールは見事ゴールを決めた。これで20点のリードだ。
今度はスリザリンのペナルティー・ゴール。クアッフルを持ったフリントが前へと進み出る。対するのは、ウグリフィンドールのキーパーであるウッドだ。2人とも真剣な表情でにらみ合っている。レイチェルはドキドキしながらその様子を見守った。フリントが飛ぶ。フェイントをかけ、隙をついてクアッフルを投げる。しかしウッドが手を伸ばし────止めた!
観衆から拍手が沸き起こり、また試合が再開される。グリフィンドールの攻撃。スリザリンが取りかえす。それをグリフィンドールが妨害する。またスリザリン。パスをカットしてグリフィンドール。クアッフルは両チームの間を行ったり来たりし、息を吐く暇もないほど目まぐるしく展開していく。
一瞬たりとも目の離せない試合だ。
スリザリンが得点し、深緑の応援団が歓声に湧いた。何が何でも勝ちたいと言う気持ちは同じなのか、両チームとも今までになく荒っぽい。また両チームにペナルティーゴールが与えられ、グリフィンドールはチャンスを物にした。40対10。アリシアがまた続けざまに得点し、50対10。圧倒的に、グリフィンドールが優勢だ。が、まだ油断はできない。

「あっ」

そのとき、スリザリンのビーターがウッドに向かってブラッジャーを打ちこんた。クアッフルはスリザリン側にあるので、それを守るべきフレッドとジョージは当然ゴール近くに居るはずもない。ウッドは腹にまともにブラッジャーを食らった────しかも2個も。
レイチェルは思わず小さく悲鳴を上げた。ウッドはバランスを崩し、宙返りをしたものの、かろうじて箒から落ちることはなかった。けれど、勢いのついたブラッジャーが当たったのだから痛くないはずがない。大丈夫だろうか? レイチェルは心配になったが、ここからではウッドの顔色までは見えない。
レイチェルがハラハラしていると、ホイッスルが鳴った。クアッフルがゴール区域外のときにキーパーを狙うのは反則だからだ。グリフィンドールにペナルティー・ゴールが与えられ、アンジェリーナが正確にシュートを決めた。また、大きく歓声が上がる。スコアボードは、60対10。
これで、とうとう50点差だ。

 

 

 

今、この点差のままハリー・ポッターがスニッチを取れば、グリフィンドールの優勝が決まる。
そのことに競技場の誰もが気が付いていたので、観衆の興奮は今や最高潮だった。一方のスリザリンはその危機感のせいか、どんどんプレイは形振り構わず、手段を選ばなくなっていった。大柄なスリザリンの選手がアリシアやケイティ・ベルなどの華奢な女性選手にも遠慮なしに箒や棍棒をぶつけるので、レイチェルは彼女達が箒から落とされはしないかとヒヤヒヤした。しかしそれも、今起こった出来事に比べればまだマシな方だ。

「ドラコったら、また……!」

レイチェルは、ぎゅうと拳を握り締めた。競技場はスリザリンへの大ブーイングに包まれている。スリザリンが────と言うかドラコが、ハリー・ポッターへ反則を働いたのだ。それも、ハリー・ポッターの乗っている箒の尾を引っ張ると言う、見たこともないようなひどいやり方で。
怒りよりも、悲しみや悔しさが湧いて来る。ドラコだって厳しい練習を重ねて、十分にシーカーとしての実力があるのに、どうしてああ言う手段に出るのだろう。あんなことをしたら、自分は正攻法ではハリー・ポッターには勝てないと言っているようなものなのに。

レイチェルったら、考え事なんてしてる暇ないわよ!」

パメラに肩を叩かれて、レイチェルははっと顔を上げる。グリフィンドールのペナルティゴールだったが、アンジェリーナは怒りで手元が狂ったのか外してしまったところだった。クアッフルは再びスリザリン。かと思えば、フレッドとジョージのどちらかがブラッジャーで妨害し、アリシアへ。ワリントンが体当たりして、再びスリザリン。しかし、アンジェリーナが奪い返しグリフィンドール。そのまま、スリザリンのビーターが打ったブラッジャーをかわし────綺麗にゴール。クアッフルはスリザリンへ。そのまま別のチェイサーへとパスが通り、シュート。が────ウッドがクアッフルを弾いた。レイチェルはほっと息を吐く。

「マルフォイがスニッチを見つけた!」

その声に、レイチェルはドラコの姿を探した。一際小柄なエメラルドグリーンのローブはすぐに見つかる。その視線の先を追うと、確かに芝生のすぐ側で金色の光が瞬いていた。対して、ハリー・ポッターの姿を探すと、彼はほぼ競技場の反対側に居た。どう考えても、ドラコの方がスニッチに近い。ハリー・ポッターは猛スピードでスニッチへと向かっているが、それでも追い付けないかもしれない。

「行け!ファイアボルト!行け!」
「頑張れ、ハリー!マルフォイなんかに負けるな!」
「急げ、ポッター!」

観衆が口々に声を張り上げ、それが重なり合って、わんわんと響いた。ファイアボルトはその名の通り、雷のような速さでドラコに迫っていく。絶対追いつかないだろうと思われた距離が、みるみるうちに縮まっていく。
レイチェルは祈るように胸の前で手を組んだ。あと少し。もう少しだ。頑張って。頑張って、グリフィンドール。頑張って、ハリー・ポッター。────お願い、勝って。
緑と赤のローブが並んだ。芝の上で遊ぶスニッチに向かって、急降下していく。2人が片手を箒から放し、スニッチへと伸ばす。地面まであと3メートル。2メートル。1メートル。

────どっちだ?

観衆が固唾を飲んだ。誰もが少しでもよく見ようと身を乗り出していたが、地面スレスレのところで競り合っている2人の手元は、レイチェル達の居る観客席からはよく見えない。
ややあって、箒を反転させ、中空へと舞い上がったのはハリー・ポッターだった。その手には、小さな金色の何かがしっかりと握られている。瞬間、競技場が割れんばかりの歓声で溢れた。

「優勝よ! グリフィンドールが、優勝!!」

誰かが叫んだ。周囲に居る誰もが、興奮で顔を輝かせている。パメラはその場でぴょんぴょん跳び跳ねて、エリザベスは感激して涙ぐんでいる。レイチェルも夢中で拍手を送った。
グリフィンドールの応援席から生徒達がフィールドへとなだれ込み、選手達を取り囲む。芝の上が真紅で溢れて、どれが選手なのかわからなくなる。もみくちゃになった人垣の中からウッドの姿を探して、レイチェルはどきりとした。

泣いている。

泣いている。でも、あのときと違って、嬉し泣きだ。ウッドの隣には、アンジェリーナやフレッドとジョージが居る。誰もが、顔をくしゃくしゃにして笑っている。レイチェルはじわりと胸が温かくなるのを感じた。
よかった。よかった。グリフィンドールが勝ってくれてよかった。おめでとう。グリフィンドールが優勝して嬉しい。アンジェリーナ。アリシア。ケイティ・ベル。フレッド。ジョージ。ハリー・ポッター。ウッド。選手の誰もが、素晴らしいプレーだった。
グリフィンドールが勝った。優勝した。7年ぶりの、優勝杯奪還だ。きっと、ホグワーツでこの先何年も語り継がれるだろう。それくらい、素晴らしい試合だった。これが────これが、ウッドの最後の試合。

……ああ、そうか。これで、最後なんだ。
この競技場で、この人の試合を見ることは、もうないんだ。

わかっていたことのはずなのに、急にそう実感した。ウッドは、7年生で、最高学年で、もうすぐホグワーツを卒業する。レイチェルの知るホグワーツから、居なくなる。レイチェルは次の夏が終われば、6年生になる。またホグワーツに戻って、残された日々を過ごす。けれど、ウッドは違う。
友達と呼べるかも危ういような関係だったけれど、レイチェルとウッドは同じホグワーツ生だった。ネクタイの色は違ったけれど、同じ制服に腕を通して、同じように授業を受けて、同じ景色を見ていた。
けれど、これからは違う。次の夏、もうここにウッドは居ない。
競技場にも。廊下にも。大広間にも。図書室にも。もう、どこにもウッドの姿を探すことはできない。レイチェルとウッドを繋ぐものは、何もなくなってしまう。優勝杯が、頭上高く掲げられる。その光景が、レイチェルにはひどく遠く感じられた。周囲の熱狂が、歓声が、遠のいていく。空が青い。フィールドに居るウッドは確かに現実なのに、まるで写真を見ているみたいに。レイチェルはフィールドの出来事ととは無関係で、ただそれを外から見ている。そんな風に。
実際、似たようなものなのかもしれない。だって、今だって、レイチェルはただ見ているだけだ。アンジェリーナみたいに、ウッドの肩を叩くことはできない。アリシアみたいに、ウッドとハイタッチすることもない。彼女達と違って、ウッドと一緒に、喜びを分かちあうことはできない。人波を掻き分けて、おめでとうと伝えることさえ。それで構わないと、決めたのはレイチェル自身だけれど。その事実が、胸を締めつける。
視界が、滲んでいくのを感じた。

────どうしよう。好き。この人が、好き。

ああ、やっぱり、ウッドが好きだ。頭で考える説明なんて、何の意味もない。理屈なんかじゃない。レイチェルは、どうしようもなくこの人が好きだ。
ウッドの些細な言葉で、表情一つで。心臓がきゅうっと締めつけられる。鼓動が嘘みたいにおかしくなる。胸の奥に、じんわりと熱が灯る。感情が波立って、溢れてしまう。嬉しいのに、苦しくて、頬が緩んで、泣きたくなる。ウッドが好きだ。他の人には誰にも、こんな気持ちになったりしないから。

あなたの笑顔が好き。あなたが笑っていると嬉しい。
あなたが笑いかけているのが、私じゃないと少し寂しい。
あなたが好き。とても好き。とても好き。この気持ちは絶対に、勘違いなんかじゃない。

あなたが笑っていてくれれば、他に何もいらない。手を繋がなくてもいい。デートできなくていい。私の気持ちなんて、知らなくてもいいから。
どうかその手で、夢を掴んで。幸せになって。その隣に、私が居るかどうかなんて、どうでもいいの。

ただ、笑っていてほしい。あなたが笑ってくれるだけで、世界がキラキラと輝くから。

君の隣で笑う未来の誰かに

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