本来ならば、たっぷり1週間くらいは、学校中から嘲笑や軽蔑を受けてもおかしくなかっただろう。身内であるスリザリン生ですら、50点の減点ではドラコ達に白い目を向けたかもしれない。しかし、そうはならなかった。試合の夜、ドラコの悪ふざけなんて霞んでしまうほどの大事件が起きたからだ。
あの脱獄犯のシリウス・ブラックが、またグリフィンドール寮に侵入したらしい。
朝食の席でその話を聞いたレイチェルは、驚いて危うくカップを落としかけた。
しかも今度は未遂ではなく、男子寮の寝室まで入り込んだと言う。寮生の誰かが合言葉を書き留めた紙をなくしてしまい、それをどうにかしてブラックが手に入れたらしい。そしてブラックはまんまと正面から真夜中のグリフィンドール塔に入り込んだと、こう言うわけだ。そして、ハリー・ポッターの親友のロン・ウィーズリーがたまたま目を覚まして、ブラックと対面したらしい。悲鳴を上げたら逃げて行ったとのことだけれど。そしてまた、逃亡中。行方知れずと言うわけだ。
「侵入って……大丈夫だったの? 誰か怪我とか……」
「居ないそうよ。マクゴナガル教授が仰っていたから、確かだと思うわ」
「そう……よかった」
エリザベスの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。監督生の集まりで聞いた情報とのことだから、間違いないだろう。レイチェルは新聞の手配書のブラックの写真を眺めながら想像してみた。暗闇で、目を覚ましたら目の前にはランプの薄明かりの中に浮かび上がるこの骸骨のようなブラックの顔────。ふるふると首を振って頭の中から映像を追い出す。怖すぎる。悪夢だ。
「目撃者の証言では、ブラックはナイフを持っていたそうよ」
「ナイフ!?」
エリザベスの浮かない表情に、レイチェルは以前ブラックについて彼女から聞いたことを思い出した。ブラックはハリー・ポッターを狙っている、と。昨夜ブラックが侵入したのはまたもグリフィンドールだ。半信半疑だった情報が途端に信憑性を増して来るようで、レイチェルは何だか苦い気持ちが胸に染みだすのを感じた。大丈夫なのだろうかと言う不安。心配。そして、今朝こうして現実を叩きつけられるまで忘れていたことに対しての、羞恥と罪悪感。
ちらりとグリフィンドールのテーブルへと視線を向ける。件の少年はテーブルの真ん中あたりの席に座り、どこか眠たげな表情でトーストを齧っていた。その様子は、特に顔色が悪かったりすわけでもなく、いつも通りに見えた────もっとも「いつも通り」と断言できるほど親しいわけじゃないのだが────ので、少しほっとする。同時に、ブラックのことなんて気にも留めずに日々を過ごしていたことに、申し訳なさと後悔が募った。まあ、覚えていたところで、レイチェルに何かできたとは思えないけれど。
「ん? ナイフを持ってたってことは、ブラックはまだ杖は手に入れてないってこと?」
パメラの言葉に、レイチェルはぱちりと瞬きをした。
確かに、ブラックが杖を持っていたのなら、ナイフなんてわざわざ使わないだろう。禁じられた呪文を唱えれば一瞬で終わるんだから。ブラックは、杖を持っていない。だからと言って、ブラックが凶悪な殺人犯であることは変わらないけれど。それでもやっぱり、ほんの少しは安心できる。
しかし、不思議な気もした。杖を持ってないのなら、どうして誰かから奪わないのだろう?こう言っては何だけれど、寮生達がぐっすり寝ていたのなら、杖なんて枕元に置きっぱなしだっただろう。いくら杖には相性があるにしても、何本か奪えば1本くらいは使えそうなものなのに。
「ね、今先生達が話してたの聞いちゃった。ディメンターがホグズミードの方まで探したけど、見つからなかったらしいわ」
「えー、じゃあ、もうどこか遠くに逃げたってこと?」
「でも、ハロウィンのときだってそうだったし……また、ここに戻って来るんじゃないの?」
隣のテーブルの下級生達の話し声が聞こえて来て、レイチェルは考え込んだ。
そうだ。杖がないのなら、どうやって吸魂鬼の目を誤魔化しているのだろう? 闇祓いもだ。闇の魔術と言うのは、杖なんて必要ないものなのだろうか? でも、それならどうしてナイフを?
そこまで考えて、レイチェルはふうと息を吐いた。やめよう。考えたところで、わかるはずもないのだし。
「早く捕まるといいけれど……」
「そう言い続けて、もう半年になるけどね!」
紅茶を溜息で揺らすエリザベスに、パメラが肩を竦める。
大広間中がざわざわと落ち着かない様子で、どのテーブルもブラックの話で持ちきりだった。恐怖と不安、そして好奇の混じった表情で、口々に囁き合っている。
いつまた殺人犯が戻って来るかわからない。もしかしたら、まだ近くに居るかもしれない。もしかしたら、誰も知らないような隠し通路の中にブラックが潜んでいて、その廊下の角からブラックが出てくるかも────。そんな状況で、冷静で居ろと言う方が無理な話だ。
「信じられる!? これから毎日寮に帰るたびにトロールと顔を合わせなきゃいけないのよ!?」
「ディメンターでも足止めできない相手に、トロール! 意味ないでしょ!正直言って邪魔なだけよ!」
そんな生徒の不安を和らげるためか、午後には城中の警備が強化されていた。特にグリフィンドール塔は、実際にブラックの侵入があったせいか、より顕著だと言う。ブラックをみすみす通した肖像画は解雇され、太った婦人が無事に修復されて戻って来たらしい。そして、その婦人の警備にトロールが雇われたらしい。あれじゃ落ち着かないとアンジェリーナとアリシアは怒り心頭だった。レイブンクロー寮には、今のところトロールの警備は居ない。しかし、それはもしもブラックが気まぐれで侵入しようと考えれば容易いと言うことでもあるので、レイチェルは喜んでいいものかどうかわからなかった。
廊下の穴と言う穴にはフィルチが板を打ち付けてネズミ1匹通れないようにと目を血走らせ、あちこちのドアにはシリウス・ブラックの写真が貼り付けられていた。ブラックの姿を見たらドアが叫び出すのだ。
「ねえ、私思ったんだけど、シリウス・ブラックって若い頃は結構ハンサムだったんじゃない?」
しげしげとブラックの写真を眺めて呑気にそんなことを言うパメラに、エリザベスが頭痛を耐えるような顔をする。2人の小競り合いを聞き流しながら、レイチェルは窓の外を眺めた。黒い影のようなものが、上空を旋回している。吸魂鬼も数が増えているようだ。校舎の中に居ればそんなに影響はないとは言え、やはり気分のいいものではない。
もう、本当に、シリウス・ブラックなんて早く捕まってくれればいいのに。
1日が経ち、2日が経ち、3日が経っても、シリウス・ブラックはやっぱり手掛かりひとつ見つからない。目撃証言があるのに、まるで霞みのように消えてしまうなんて奇妙だ。今はどこか遠くへ逃げのびていたとしても、2度もホグワーツが狙われたのだから、きっとまた戻って来るのだろうと思うと気味が悪いし落ち着かない。
何の進展もなく、教授達が苛立ちを、生徒達が不安を募らせる中、とうとう次の週末を迎えてしまった。週末と言えば────そう、ホグズミード休暇だ。
この状況ではもしや中止になるのではと思われたが、幸いにもそれは杞憂に終わった。これにはレイチェルも勿論ほっとした。勉強漬けの日々の数少ない楽しみまで奪われてしまったら、ストレスで爆発しそうだ。
「ねえ、見て見て。このノート、可愛い」
小さな文房具屋さんの店先に平積みされたノートを手にとって、同行者へと呼び掛ける。表紙に描かれた子猫は、オレンジ色の毛をしていて、どこか彼女の愛猫に似ていたからだ。けれど、そんなレイチェルの言葉にも、彼女は無反応だった。
「ハーマイオニー?」
明後日の方向を向いたまま、どこかぼんやりとした瞳で遠くを見つめている。もう一度名前を呼べば今度は聞こえたらしく、はっとしたように肩を揺らした。そうしてきょろきょろと辺りを見回して、レイチェルに気がつくと慌てて駆け寄って来る。
「ごめんなさい。えっと、その……ロンを探してたの。もしかしたら、ハリーも一緒かもしれないし……」
「……確か、ハリー・ポッターって許可証がないのよね? なら、フィルチが通すはずないし、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「なら、いいんだけど……」
納得できないのか、ハーマイオニーはどこか浮かない表情だった。
やっぱり迷惑だったのだろうかと、レイチェルは眉を下げた。親友達と仲違いしたままで行く相手も居ないから城に残ると言うハーマイオニーを、それならとレイチェルが誘ったのだった。せっかくのホグズミードなのに、学校に残るなんてもったいないと強引に連れ出してしまったけれど、ハーマイオニーにとっては迷惑だったかもしれない。
「ハリーもロンも、気楽すぎるのよ。ブラックが近くに居るかもしれないのに、ホグズミードなんて……」
ぽつりと呟かれた声は小さかったが、近くに居たレイチェルの耳には聞こえた。そして、その口ぶりにおやと思った。もしかして────もしかして、ハーマイオニーもブラックがハリー・ポッターを狙っていることを知っているのだろうか?
「ねえ、ハーマイオニー。それって……」
「あれ、レイチェル?」
どう言う意味かと尋ねようとしたレイチェルの言葉は、背後からかけられた声によって遮られた。振り返れば、そこには同寮生の女の子達が何人か立っていた。そうして、レイチェルと、隣に居るハーマイオニーとを見比べて意外そうな顔をする。
「セドリックと一緒じゃないのね」
「エリザベス達と居なかったから、てっきりまた2人で来てるんだと思ったのに」
どうしてそんな誤解が生じているのだろうと、レイチェルは顔を引きつらせた。確かにハロウィンの時はセドリックと2人で来たけれど、そもそもセドリックとホグズミードに来たのなんて、その時と3年生の時のたった2回きりだ。比べるまでもなく、女の子の友達と来た回数の方が多いのに。
「だから……セドとは本当に、そう言うんじゃないの」
溜息を吐きそうになるのを飲み込んで、曖昧に笑みを浮かべる。悪気がないのはわかっているけれど、こうも執拗だといい加減うんざりだ。デートしたらしいと言う噂はあっと言う間に広がるのに、付き合ってないと言う情報はどうしてなかなか浸透しないのだろう。
「なあんだ。残念」
「ね、じゃあ、聞いてもいい? あの2人って、どうなの?」
「2人って? ……どうって、何が?」
「決まってるじゃない!セドリックとクロディーヌよ!」
「レイチェルなら何か聞いてるでしょ?」
畳みかけるような勢いで続けられた言葉に、レイチェルは今度こそ眉間を引き延ばすのに努力が必要だった。そんなの、本人に聞いてほしい。たとえレイチェルが知っていたとしてもだ。レイチェルはセドリックのマネージャーでも何でもないんだから。
「期待に応えられなくて悪いんだけど、何も聞いてないわ。最近そんなに、セドと話してないし……」
「えーっ」
不満げな響きのコーラスに、ごめんねと苦笑する。もっとも、この件に関してはレイチェルに非はないような気はするのだが。
そもそも話す機会があったところで、セドリックがクロディーヌとの関係についてレイチェルに打ち明けてくれたのかは疑問だ。お互いにそこまで何でもかんでも報告したりしない。幼馴染だからって何でもかんでも把握しているわけじゃない。開心術者じゃないのだから、言う必要のないことや、本人が言いたくないことは知らないのだ。
これ以上レイチェルに聞いても無意味だと悟ったのか、彼女達はまたメインストリートの人混みへと紛れて行った。遠ざかっていく背中を見送って、レイチェルは堰き止めていた溜息を吐き出す。
「あ……ごめんね、ハーマイオニー」
「いいえ……その……大変ね」
すっかり蚊帳の外だったハーマイオニーに謝罪すれば、同情するように苦笑が返ってくる。レイチェルは何も言わず、やっぱり苦笑を浮かべた。
「あの」クロディーヌがセドリックに興味を持っているらしいと言うのは、同学年の女子の間ではここのところちょっとした話題だった。「あの」と言うのは、美人で、スタイル抜群で、家柄も頭も良くて、男の子に人気があって、皆に一目置かれていて────と、まあこんな感じだ。レイチェルは個人的に彼女が苦手だが、クロディーヌに憧れている女子は多い。
レイチェル自身、何度かクロディーヌとセドリックが授業でペアを組んだり、廊下で話したりしているのを見かけた。そこまで露骨にベタベタしているわけじゃないけれど、噂好きな同級生達は2人が恋人同士になったらお似合いだよねと盛り上がっている。
実際、どうなのだろう。2人を避けているレイチェルにはわからない。セドリックとクロディーヌがどうなっているのかなんて、レイチェルが教えてほしいくらいだ。
何だか段々憂鬱になってきたので、レイチェルはひとまず考えるのをやめにした。
「そろそろお茶の時間ね。ねえハーマイオニー、マダム・パディフットのお店は行ったことある?
「あ、そこ……ラベンダー達が話してて、気になってたの。でも、ハリーやロンは興味ないだろうから誘いづらくて……」
「ならよかった。趣味に合うかどうかはわからないけど、すごくロマンチックなの。一見の価値はあるわ」
「楽しみだわ!」
頬を紅潮させてニッコリするハーマイオニーに、レイチェルはほっとした。ここのところ疲れた顔ばかり見ていたから、そんな表情を見るのは久しぶりだ。
ホグズミードの日くらいは、嫌なことは忘れてしまうべきだとレイチェルは思う。勉強も、友達との喧嘩も───苦手な同級生のことも、何もかも。
ハーマイオニーが課題をやらなければいけないと言うので、レイチェルは他の生徒達よりも早めに城へ戻った。太陽はまだ沈んではいないが、冬の夕暮れは早いものだ。レイチェルはシャールに少し早めの夕食を届けることにした。どうやら、ホグズミードで買った犬用のコンビーフは気に入ってもらえたらしい。
「ねえシャール、もしシリウス・ブラックを見つけたら、安全なところまで逃げるのよ? それから、大きな声で吠えて知らせてね。ディメンターが飛んで来てくれるから」
柔らかな毛並みを撫でながら、そう言い聞かせる。言葉の意味がわかっているのかわかっていないのか、シャールは微妙な表情でレイチェルを見返すと、ふうと溜息を吐いた。それから、レイチェルの手の届かない範囲まで歩いて行くと、ごろりと寝そべる。レイチェルは倒木の幹に座って、その様子をぼんやりと眺めた。
「レイチェル?」
突然背後からかけられた声に、心臓が跳ねる。シャールが立ち上がって、愛想よく尻尾を振った。何だからレイチェルの時よりも熱烈な歓迎な気がしてちょっと悔しい。視線を向ければやっぱり、そこには幼馴染の姿があった。
「何だか、ここで会うのは久しぶりだね」
「……そうね」
屈託のない笑顔に、レイチェルはばつの悪さを隠して返事をした。久しぶりなのは当たり前だ。だって、レイチェルがここではセドリックに会わないように避けていたんだから。しかしそんなことは知らないセドリックは、レイチェルの隣へと腰を下ろす。
「レイチェルもホグズミードに行った?」
「勿論行ったわ。いくら勉強が心配でも、城に閉じこもってばかりだったらカビが生えるもの」
そんな暇はないと学校に残った同級生も居るのは知っているが、レイチェルはそこまで勤勉にはなれない。そして、先生達だって5年生はホグズミード休暇は禁止だなんてことは言ってないのだから、たまの休暇くらい楽しむべきだと思う。
もうシャールに会うと言う用は済んだのだし、適当に言い訳してその場を離れることもできた。けれど、何となく離れがたくて。クィディッチのこと。友人のこと。授業のこと。課題のこと。セドリックの話へと耳を傾けながら、レイチェルは小さく相槌を打つ。
こうして2人で落ち着いて話すのは、本当に久しぶりだ。まあ避けていたのはレイチェルなのだけれど、やっぱり、どこか懐かしくてほっとする。
そう言えば、セドリックには進路を決めたことをまだ言っていなかった。言うべきだろうか? レイチェルなら、教えてほしいけれど──── セドリックは、知りたいだろうか。そもそも、レイチェルはセドリックに聞いてほしいと思っているのだろうか?
そんなことを逡巡していると、ふいにポタリと頬に冷たい雫が落ちる。上を見上げれば、西側から分厚い灰色の雲が流れて来ていた。
「雨だ」
ポツリ、ポツリと落ちてきた雨は、みるみるうちに勢いを増し、どしゃ降りへと変わった。レイチェルははっとしてシャールを振り返った。毛が濡れたら風邪をひいてしまう。が、レイチェルが心配するまでもなく、賢い愛犬は既に安全な小屋の中へと避難していた。、
「走るよ」
「え……あ、うん」
確かに、このままここでぼんやりしていたのではあっと言う間にずぶ濡れになってしまう。レイチェルはセドリックに手を引かれて立ち上がった。そうして手を繋いだまま、ぬかるみ始めて足場が悪い土の上を、急ぎ足で進む。てっきり城まで戻るつもりなのかと思ったけれど、セドリックは途中にあった小さなガラス張りの建物の扉を開けた。
「雨が上がるまで、しばらくここに居よう」
そこは、古い温室だった。小ぢんまりとしていて、授業で使っている温室の半分ほどの広さしかない。そもそも今は使用されていないのだろう。簡素な木のテーブルの上には鉢植えがいくつか置かれているだけで、中の温度は外と変わらず冷え切っている。背筋を這い上がる寒気に、レイチェルは思わずくしゃみをした。セドリックはローブを脱いで呪文を唱えると────乾燥魔法だ────それを、レイチェルへと差し出した。
「着て」
「でも、セドだって……」
「僕は平気だから。レイチェルはこの間、熱を出したばかりだろう」
いいから、と促されて、遠慮がちに袖を通す。胸のエンブレムの刺繍だけが違う黒いローブは、レイチェルのものより一回り大きい。立っていると肩がずり落ちるし、長すぎる裾が纏わりつくので、レイチェルは近くにあったベンチへと腰を下ろした。
「……ねえ、セド」
薄い硝子の屋根を、雨音が叩いている。雨の勢いはますます強まっているようで、流れていく水が途切れることなく軌跡を描いていた。レイチェルに背を向けて外へと視線を向けていたセドリックが、肩越しにレイチェルを振り向く。
「セドって……クロディーヌのこと、どう思ってるの?」
今、この瞬間に、セドリックがクロディーヌを恋していると言う可能性は低いように思う。けれど、そう遠くなるうちに、本当に恋人同士になるのかもしれない。周囲がそう望んでいるように。
お似合いだよねと言う囁きを聞くたび、2人に羨望の眼差しを向ける人達を見るたび、胸が詰まった。
────お似合い。そうなんだろう。だって、クロディーヌは美人で頭が良くて、いつだって堂々としていて────きらきらと輝いている側の人間だから。レイチェルとは違って。実際、背の高いセドリックとすらりとしたクロディーヌが並んでいる姿は、まるで絵画のように美しかった。
もしもクロディーヌが幼馴染だったら、きっと、レイチェルみたいに周囲にあれこれ言われることはなかったのだろう。セドリックの隣に相応しいと、皆が納得したのだろう。
「……ごめん、レイチェル。聞こえなかった。何て……?」
「……ううん。何でもない」
不思議そうな顔をするセドリックにから視線を外して、俯く。答えを知りたいような気がした。けれど、聞こえていなくて、ほっとした。
セドリックがクロディーヌをどう思っているのか、気になる。気になるけれど、聞くための準備はまだできていないように思えた。
迷惑なんだ、と言ってくれることを期待している。否定してほしい。困った顔をしてくれればいいのに。馬鹿みたいだ。セドリックが、そんなこと言うはずなのに。
感じのいい子だよ、とか、話していて楽しい、とか。クロディーヌを肯定するような言葉なら聞きたくない。クロディーヌを思い浮かべて笑う顔は見たくない。
自分でも、何て嫌な女なんだろうと思う。他人の性格について、とやかく言えない。
それでも、やっぱり、応援なんてできそうにない。
柔らかなローブの感触が、かじかんだ指先に触れる。温室に入るまで繋いでいたはずの手は、いつの間にか離れていた。
もしもクロディーヌがセドリックの恋人になったら、こうやって手を繋ぐことはなくなるのだろうか。
当然のことだ。そう、レイチェルは自分に言い聞かせる。だって、ただの幼馴染なんだから。
いつまでもこのままで居られないのはわかっていたでしょう。だから、寂しいなんて、言う資格はないのよ。先に手を離したのは、自分でしょう。あなたが初恋の王子様を見つけたとき、セドリックは何も言わなかったじゃない。7歳のセドリックにできたことができないなんて、そんなはずないんだから。
わかっている。選ぶのはセドリックだ。あの子は嫌、なんて、レイチェルに口を出す資格はない。そんなのは自分勝手なわがままだ。
わかっているのに。
「嫌だなあ……」
呟きが、唇の上を滑り落ちる。冷えた空気の中に、霧散していく。言葉と一緒に、感情も溶けてしまえばいいのに。馬鹿みたいな劣等感も、身勝手な傲慢さも、何もかも。ホグズミードに居る間は、忘れていられたのに。学校に戻った途端に、また思い出してしまう。
雨音が邪魔するから、セドリックには届かない。