学期の終わりは慌しく過ぎて、気づけばレイチェルは重たいトランクを引いてホグワーツ特急に乗り込んでいた。週末のホグズミードでのクリスマスショッピング。待ちに待った休暇。どれもこれも嬉しいことのはずなのに、いまひとつ心が弾まないのは、胸の中にもやもやとした霧がかかっているせいだった。

手を繋がなくなったのは、いつからだっただろうか。

硝子の向こうに流れて行く景色を眺めながら考えるのは、そんな疑問についてだった。
ホグワーツに入学する前は、よく手を繋いでいた。ストーツヘッド・ヒルに行く時も、ダイアゴン横丁で買い物をする時も、夜の薄暗い廊下を歩く時も。一緒に歩く時は自然と手を繋いだ。楽しい時は手を繋いでスキップした。手を繋ぐのに、理由なんていらなかった。
いつからだろう。そうすることを、躊躇うようになったのは。誰も見ていないところでしか、手を繋がなくなったのは。理由がないと手を繋がなくなったのは、いつからだっただろう。
たぶん────たぶん、1年生の冬には、もう人前で手を繋ぐことはなくなっていたように思う。
誰かにからかわれたわけじゃなかった。やめた方がいいとか、おかしいとか、面と向かって否定されたわけでも、誰かが影でそう言ってるのを聞いたわけでもなかった。セドリックがどうだったかはわからない。けれど、少なくとも、レイチェルはそうだった。

「あなた達って、本当に仲が良いのね」

そんな風に言われることはあったけれど、それは別に悪意を持って言われたわけではない。むしろ、純粋な羨望や、あるいは下級生の無邪気さを微笑ましく見るような、そんなものだったように思う。それでも、レイチェルとセドリックは手を繋がなくなった。
もうやめようとどちらかが言い出したわけじゃなかった。恥ずかしかったわけでもなかった。ただ───そう。気後れした。他の同級生はそんなことはしていないと知って、戸惑った。子供っぽいと、周囲にそう思われるのが嫌だった。だから、やめた。別に、誰にからかわれたわけでも、意地悪を言われたわけでもなかったのに。その可能性があると言う、それだけで。
それだけで、「何となく」人前で手を繋がなくなった。最初は少しの寂しさもあったけれど、いつしかそれにも慣れて、繋がないのが当たり前になっていった。
もしも、ホグワーツに行かずに、あのままオッタリー・セント・キャッチポールでずっと2人で過ごしていたとしたら。そうしたらきっと、レイチェルとセドリックは未だに手を繋いでいただろう。憶測だが、そんな風に思う。
あの頃はそんなこと意識すらしていなかったが、自分が周囲にどう思われるかを気にして自制したのはたぶんあれが初めてだった。オッタリー・セント・キャッチポールに居た頃は、そんなことは気にしたことがなかった。気にしなくてよかったのだ。母親は基本的に放任主義だったし、ディゴリー夫妻はあれこれうるさく言う人達じゃない。たまに連れて行かれる社交の場で会う知らない大人達も、レイチェルが多少不躾な振る舞いをしたところで、まだ子供だからと大目に見てくれる。
ホグワーツに入学して初めて、同年代の子供達に囲まれて、レイチェルは周りの目を気にすることを覚えた。集団の中に居て、周囲と衝突しない立ち振る舞いを意識した。世界はレイチェルとセドリックを中心に回っているわけじゃなく、自分はそれを構成するただの一人の人間に過ぎないのだと知った。
それこそが、大人が社会性と呼ぶものだろうと思う。マグルの子供達には幼い頃から当たり前にあって、家庭にこもりがちな魔法界の子供達に欠けていると言われるもの。だから、そう。あれは「成長」だ。セドリックとレイチェルが手を繋がなくなったのは、2人が少し大人になったからで、それは「良いこと」なのだ。たとえ、あの時のレイチェルにとっては、寂しかったとしても。
今回もまた、あの時と同じなのかもしれない。
誤解されるのが嫌だから、バレンタインカードは贈らない。デートだと思われると困るから、2人でホグズミードに行かない。ベタベタしていると言われるかもしれないから、2人で図書室で勉強しない。
全部、周囲の目を気にしてのことだ。
レイチェルがそうしたくないわけじゃない。セドリックと出掛けるのは楽しいし、勉強だって有意義だ。けれど、周りにどう思われるかが気になって、二の足を踏んでしまう。自分の意思のままに行動した結果付きまとうわずらわしさを避けてしまう。

この先もそんな風に、今まで当たり前だったことが少しずつできなくなっていくのだろうか。
大人になるって、セドリックとの距離が遠ざかって行くことなのだろうか?

────もっとも、それは周囲の視線だけが原因ではないことはわかっている。
あの頃に比べると、セドリックとレイチェルを取り巻く環境は、ずいぶん変わった。尊敬できる先生が居て、頼りになる先輩が居て、信頼できる友達が居る。可愛がる後輩もできた。もう、オッタリー・セント・キャッチポールに2人きりだったあの頃とは違う。
大事なものが増えれば増えるほど、そのぶんレイチェルとセドリックの中で、お互いの存在は軽くなっていく。大切なのは変わらない。けれどそれは昔と同じ「大切」じゃない。宝石箱の中身が少ないときはその一つ一つが際立つけれど、数が増えれば紛れてしまうのと同じだ。他にも大切なものが増えたのだから、お互いだけが大切だった昔と今は違う。

「あなた達って入学した時から変わらないわよね」

そんなことはない。そう見えるだけだ。だって、レイチェルとセドリック自身があの頃と同じじゃない。
もうあの頃のような無邪気な子供じゃない。もうちっちゃなおもちゃの箒には乗れないし、テディベアを抱きしめて眠ることもない。それなのに、2人の関係性だけがあの頃のままだなんてありえない。
少しずつ、少しずつ。ゆるやかに、変わって行く。木々の葉が色づくように。果実が熟すように。本の背が褪せていくように。
不変も永遠も、ありはしないのだ。
変わらない関係なんてない。それはレイチェルがよく知っている。レイチェルとセドリックだけが変わらないなんてこと、あるわけない。だって、5歳の頃と15歳になった今では、セドリックとレイチェルの関係性はまるで違う。

からかわれるのが嫌だったから、誰にも言ったことはなかったけれど────レイチェルの初恋は、セドリックだ。

 

 

 

始まりがいつだったかは思い出せない。レイチェルの背丈が今の腰ほどまでもなかった頃の話だ。あの頃、レイチェルは、自分のことをどこか遠い国のお姫様だと信じていた。そして、王子様は勿論セドリック。どこにでもある、ありふれた、他愛もない子供の空想。それが、レイチェルの初恋だった。
そう────「初恋」。他に表現できる言葉がないからそう呼ぶしかないけれど、今にして振り返れば、あれはたぶん恋ではなかったのだと思う。綺麗な硝子細工や、お気に入りのリボンのワンピースや、可愛らしい子猫に対する感情によく似ていた。大好きだから、宝物だから、だからずっと一緒に居たかった。ずっと一緒に居られる約束がほしかった。
それで────セドリックは男の子で、レイチェルは女の子だったから。だから、どうすればいいかと問う2人に、周囲の大人達は愛し合って結婚すれば一緒に居られるのだと教えてくれた。愛し合うって何? それはね、お互いにお互いのことが大好きってこと。とっても簡単なことだ。

「大人になったらセディのおよめさんになってあげる!」

そんな無邪気な誓いを立てた5歳のレイチェルは、セドリックのことが大好きだった。そして、その言葉に笑って頷いてくれたセドリックも、レイチェルのことを大好きでいてくれた。
恋ではなかったとしても、その気持ちは嘘じゃなかった。セドリックがレイチェルを置いて従弟の家に遊びに行った時は1日中ふてくされていたし、セドリックが庭の木から落ちて怪我をしたときは本人よりも大泣きした。毎日夜が来て家に帰らなきゃいけないのが寂しくて仕方なかったし、絵本を読むのも、おもちゃの箒に乗るのも、セドリックが一緒だと一人でやるのの何倍も楽しいことに思えた。

「セディ、だいすき。ずーっとずっとだいすきよ!」
「ぼくもレイチェルがだいすきだよ」

兄弟は居なかったし、従弟たちとはそう頻繁に会うわけでもない。近くには、他に遊び相手になるような子供は居ない。あの頃のレイチェルにとって、セドリックがたった1人の友達だった。セドリックにとってもそれは同じだった。ちょっとしたことで喧嘩をしても、すぐに仲直りできる。だって、喧嘩したら1人きりだ。意地を張ってテディベア相手におままごとをするよりも、2人で遊んだ方がずっとずっと楽しい。

「ねえ、セディ。やくそくよ。ずっとレイチェルといっしょにいてね」

お隣に住む優しい男の子が、レイチェルは大好きだった。絵本の中の王子様みたいに金髪じゃないし、青や緑の目でもないけれど、レイチェルはセドリックのグレーの目が好きだった。ガラス玉みたいに透き通っていて、とても綺麗だ。

「うん。やくそくする」

花を編んで作った冠を頭に載せてもらって、ワンピースの裾をつまんでお辞儀をする。お姫様みたいだとセドリックが笑うので、レイチェルも頬を染めてはにかんだ。花畑の真ん中で、大人達の真似をしてステップもめちゃくちゃなワルツを踊る。
セドリックは王子様で、レイチェルはお姫様。世界は色鮮やかで、甘やかで優しいものだけでできていた。

転機が訪れたのは、7歳の夏のことだ。

その日、レイチェルはいつものようにセドリックとストーツヘッドヒルで遊んでいた。ウサギを探したり、秘密基地を作ったり。ごくごく普通の1日だったのだが、困ったことが起きた。急に強い風が吹いて、レイチェルの帽子がさらわれてしまったのだ。

「帽子……!」
レイチェル、それ以上行ったらダメだよ」
「でも、あれ、ママが買ってくれたんだもん」

高く高く、舞い上がる帽子を追いかけているうちに、とうとう丘を越えて逆側へと出てしまった。セドリックがその境界で立ち止まり、レイチェルの手を掴む。こちら側にはマグルの居住地がある。日頃から、決して行ってはいけないと言い聞かせられていた場所だ。

レイチェル!」

セドリックの制止を振り切って、レイチェルは駆けだした。帽子を取りに行くだけだ。そうしたら、すぐ戻る。ママが買ってくれた、リボンのついたお気に入りの帽子。
急ぎ足で丘を駆け下りて、そして、レイチェルはその場で固まった。そこには探していた帽子だけでなく、1人の青年の姿があったからだ。

「あ……」

レイチェルは思わず後ずさった。────マグルだ。どうしよう。マグルには絶対見つかっちゃダメって言われてたのに。捕まえられてどこか牢屋みたいなところに連れていかれるかもしれない。
おどおどと辺りを見回してみるが、開けた原っぱが広がるばかりで、隠れる場所なんてない。
不思議そうに帽子を見ていた青年は、レイチェルの存在に気づくと、膝を折って優しく笑いかける。

「これ、君の?」

そこで、レイチェルは出会ってしまったのだ。
キラキラ輝く絹糸のようなブロンドに、エメラルドのような深い緑の瞳。
白馬ではなく、自転車に乗った王子様に。

 

 

「あのね、やっぱりセディのお嫁さんになるのやめるね。あとこれからはセドって呼ぼうと思うの」

そのときのセドリックの表情は思い出せない。ただ、思い返す度居た堪れない気持ちになる。過去の自分への苛立ちと、セドリックへの罪悪感。何より罪深いのは、当時のレイチェルにはまるで悪気がなかったことだ。自分の胸に芽生えた恋に夢中で、セドリックのことなんて欠片も頭になかった。

「何のお仕事をしているの?」
「手紙を届けるんだよ。色々な場所から来た手紙を、その宛先にね」
「そうなの?とってもすてきね!」

青年はマグルの郵便配達員だった。今思えば、よく魔女だとバレなかったものだ。たぶん彼は、レイチェルのマグルの常識への無知を幼さゆえだと思っていたのだろう。
年の頃は20歳そこそこだったのではないかと思う。気さくで、優しい人だった。写真は残っていないが、おぼろげに記憶に残る彼はとてもハンサムだった。鮮やかな青い制服がよく似合っていて、笑顔が人懐っこい、少年のような人だった。もちろん思い出として美化されているだろうし、年齢だってあの頃のレイチェルから見て大人に見えただけでもしかしたらもっと若かったかもしれない。
とにかく、それがレイチェルのにとって正しい意味での初恋だったのだと思う。

「ねえ、レイチェル。ダメだよ。もどろう」

恋の熱に浮かされていたレイチェルは、とにかく青年に会いたいし、顔が見たいし、話したい。それはつまり、言いつけを破ってやたらとマグルの村の近くへ行きたがっていたことと同義だ。そんなレイチェルを、当然セドリックは止める。割合としては、青年に会えることよりもバレて連れ戻されることの方が多かった。そもそも青年も毎日オッタリー・セント・キャッチポールへ来るわけではないのだ。実際に会えた回数は、両手で数えられる程度だったように思う。
数ヶ月後、担当区域が変わったのか、ぱったりと姿を見なくなったことによってレイチェルの恋はあっさりと幕を閉じた。けれどその頃には、レイチェルは青年から聞きかじったマグルの文化に興味を惹かれていて、今度は青年に会える場所よりも先にあるマグルの村に行きたがっていた。移動距離が増えたぶん途中で阻止する確率は高くなり、ほとんどすべて未遂に終わった。こっそり抜け出してはセドリックに連れ戻され、そして大人達から叱られるのは当時のレイチェルのルーティンワークだったと言っても過言ではない。

「セドって本当に『おりこうさん』よね」

大人の口真似をしてセドリックを皮肉るようになったのもその頃だった気がする。反抗的な自分を棚上げして、セドリックの善良さが鼻につき始めた。
善良なディゴリー一家としか接していなかったせいで、あの頃は他人を罵る語彙なんて知らなかった。ホグワーツ生活を送るうちに、自然と数々の罵倒のバーゲンセールに立ち合って来た今のレイチェルの語彙であの頃の自分を代弁するなら「大人の言いなりのミルク飲み人形」────たぶんそんな感じだ。
大人の言いつけをきちんと守る「いい子」のセドリック。マグルの町に行きたがる「悪い子」のレイチェル。箒に乗るのが好きでストーツヘッドヒルに行きたがるセドリック。マグルが好きでオッタリー・セント・キャッチポールに行きたがるレイチェル。同じように好きなことをしようとしているだけなのに、どうしてセドリックは怒られなくてレイチェルは怒られるの。
セドリックの誠実さが自分の反抗心を引きたてているように思えて、レイチェルは次第にセドリックを煙たく思うようになった。セドリックの存在こそが、レイチェルが叱られる原因を作っているような気がした。いや、過去系ではない。今でも時々そう思うことがある。逆恨みと言われれば否定できないが、あながち間違っていないようにも思う。セドリックは何かにつけ聞きわけがよすぎる。今では「お利口さん」が彼の美徳であることは、わかっているけれど。
けれど、その頃のレイチェルにはわかっていなかった。理不尽な話だけれど、8歳のレイチェルは、セドリックのこと鬱陶しく思い始めていた。そして口には出さないが、たぶんセドリックもレイチェルのことを苦手に思っていた。
それも当然だ。当時のレイチェルは、「両親に構ってもらえなくて可哀想」と大人に甘やかされたせいで、わがままだった。ただ隣に住んでるだけの、同い年の女の子の面倒を押し付けられて、それに付き合わされる方にしたら、たまったものじゃないだろう。レイチェルは別に付き合ってくれと頼んでないとむくれていたが、セドリックにしてみれば止めらなければ自分まで叱られるのだ。悪いのはどう考えてもレイチェルなのに、本人は反省の素振りもない。反省していないからまた繰り返す。自分の手には負えないと大人を頼れば告げ口したと機嫌を損ねる。いくらセドリックが善良とは言え、我慢の限界は来る。

思えば、お互いに距離感を測りかねていたのだと思う。

理想の王子様を見つけてしまったレイチェルにとって、セドリックは「王子様」から「ただの幼馴染」に変わった。その王子様が居なくなってしまっても、セドリックがまた王子様に戻ることはなかった。
一方で、セドリックも「大切な女の子」だったはずのレイチェルの突然の裏切りに戸惑っていた。
それだけじゃない。それまでは、レイチェルが1番好きなのはセドリックで、セドリックが1番好きなのもレイチェルだった。2人ともおばさんの作ったアップルパイが好きで、好きな絵本も同じ。お気に入りのテディベアは色違いで、セドリックが好きなものはレイチェルも好き。セドリックが嬉しければレイチェルも嬉しいし、セドリックが悲しいことはレイチェルも悲しい。
あの頃の2人は、同じ方向を向いていた。同じ時間を、感情を分かち合っていたのに、それが変わってしまった。2人きりの幼い世界は壊れてしまった。“同じ”ではなくなってしまった相手をどう扱えばいいのか、幼いレイチェルにはわからなかった。たぶん、セドリックも同じだっただろう。
ぎこちない関係はしばらく続いたが、結局遊び相手はお互いしか居ない。少し頭が冷えれば、セドリックの善良さや誠実さに目を向けることができる。そして自分の身勝手さにも。レイチェルはセドリックへの態度を反省して改めるようになったし、マグルの村へと抜け出す頻度も控えるようになった。そうなれば、セドリックも以前と同じ優しい笑みを浮かべてくれる。
そうして10歳になる頃には、また無邪気に手を繋いで笑い合えるようになった。

レイチェル、見つけた。あっちに父さんたちが居たよ」

混雑したプラットホームで、幼馴染がレイチェルに笑いかける。
背が伸びて、顔立ちが大人びて、監督生バッジか胸に光るようになっても、セドリックは昔からセドリックだ。その優しさも、素直さも、誠実さも変わらない。だからこそ余計に、過去の自分の身勝手さに胸が痛む。
セドリックがこうしてレイチェルを「ただの隣人」でなく「たったひとりの幼馴染」として扱ってくれるのも、ひとえに彼の善良さゆえだ。もしもセドリックが許さないと言えば、きっと今の関係はなかっただろう。一緒に勉強することも、並んで授業を受けることも。ただの同級生として、もっとよそよそしい関係だったに違いない。

「行こう」

前を歩く背中に、ふと考える。
もしも、あの日、レイチェルがあのマグルの青年に出会わなかったら。セドリック以外の異性に恋をすることがなかったら。────そうしたら今でもレイチェルは、大きくなったらセドリックと結婚するのだと信じていただろうか。
きっと、何の迷いもなくセドリックと同じハッフルパフを選んだだろう。同性の友人を作ることよりも、セドリックの隣に居ることを優先したかもしれない。理由もなく手を繋ぎたかっただろうし、ホグズミードには一緒に行きたいとねだっただろう。ままごとの延長のような好意でなく、異性としてセドリックに恋をするようになったかもしれない。

けれど────けれど、それでもいつか、終わりの日は来ただろう。

だって、セドリックとレイチェルの初恋は、恋じゃない。
お互いがお互いに依存するのは仕方ない。だって、遊び相手は他に居なかった。子供ながらに異性だと言うことは理解していたし、幼さゆえの浅慮からそれを恋だと思い込むのも自然なことだ。
そう、自然だ。セドリックとレイチェルがお互いを初恋の相手に選ぶことは、あまりにも自然だった。自然すぎて、不自然なのだ。遅かれ早かれ、いずれ壊れる日が来ただろう。
ただ単に、他に選択肢がなかっただけだ。目の前に居たから、目の前に相手しか居なかったから、だから好きになった。同じ鳥籠に入れたカナリヤがつがいになるのと同じだ。
鳥籠の中で一生を終えるならそれでもいいだろう。けれど、レイチェルとセドリックは違う。
いつまでも、2人きりの世界では生きていけない。

「……ごめんね」

セドリックに聞こえないように、背中にそっと呟いた。小さな謝罪は、雑踏にかき消されていく。
今はもう会えない、7歳のあの日のセドリックに向けて謝りたかった。セドリックは謝罪なんて、望んでいないことくらい、わかっているけれど。ひとりよがりな恋をして、セドリックとの約束を裏切ったこと。幼い2人きりの世界を壊してしまったこと。幼い自分の傲慢さ。何もかも、すべて。
────一方で、これでよかったのだとも思う。
あの初恋を壊したのが、裏切ったのがレイチェルでよかった。もしも先に世界の外に恋をしたのがセドリックだったら、きっと罪悪感を感じただろうと思う。もしかしたら、レイチェルの気持ちを思いやって、好きな人ができたと言い出せなかったかもしれない。レイチェルを傷つけるのを怖れて、自分の気持ちに蓋をしてしまったかもしれない。そうならなくてよかった。
幼いセドリックはレイチェルを責めなかったけれど、レイチェルはきっとセドリックを責めてしまっただろうから。どうして他の人を好きになったのと泣いただろうから。泣いて、恨んだだろうから。セドリックを恨むことにならなくてよかった。セドリックに辛い思いをさせることにならなくて、よかった。
もう、幼い日の2人きりの優しい世界はない。あの世界はもう壊れた。もう、どこにもない。

あの日のレイチェルが、壊してしまったから。

幼い微熱

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