12月がやってきた。
雨は相変わらず降り続いていて、どんよりとした灰色の空は憂鬱な気分に拍車をかけるようだった。まだ雪にこそなっていないが、朝晩の空気は急に冷え込みはじめたし、木々の葉はすっかり落ちてしまった。つい先日まで長袖のシャツ1枚で走りまわっていた元気な1年生達も今ではセーターとマフラーで着膨れしている。
そんな風に、周囲がすっかり冬の空気に染まってしまっても、セドリックに向けられる女の子達の視線は相変わらずだった。
先週末のレイブンクロー戦ではハッフルパフが大差で負けたので、セドリック人気も少しは落ち着くかと思いきや、負けた後の態度も爽やかでカッコいいと女の子達には高評価だった。負けてさえこれなのだから、もしも今回もセドリックがスニッチを掴んでいたら一体どうなっていたのか、レイチェルはあまり想像したくなかった。

「なあ、レイチェル。悪いんだけど今の授業のノート貸して」
「ああ……はい、これ。私も課題やらなきゃだから、今日中に返してね」

レイブンクローが勝ったのはもちろん寮生として純粋に嬉しかったが、そう言う意味でもレイチェルはロジャーとチョウに深く感謝していた。ロジャーは以前から「ディゴリーにだけは絶対負けない」と意気込んでいたが、そのせいかレイブンクローのチームの連携はレイチェルの目から見ても素晴らしかった。だからまあ、これくらいはいいだろう。鞄の中から取り出したノートを渡すと、ロジャーは不思議そうな顔をした。

「……いらないの?」
「いや、いる。ただ、珍しいなと思って。何、俺に惚れた?」
「……やっぱり返して」
「冗談だって。サンキュ」

そんな会話をしながら廊下を歩いていると、近くを通りかかった1年生の女の子が、ロジャーに気づいて急にクスクス笑いを始めた。ロジャーがニッコリ笑って女の子達に手を振ると、キャアキャアと黄色い声を上げて走って行った。そう言えばロジャーもセドリックと同様にクィディッチのキャプテンで、ハンサムだった。

「……ロックハート2号って呼んだ方がいい?」
「あそこまでじゃないって。これくらい普通だろ? ちょっとしたファンサービスだよ」

レイチェルの冷めた視線に、ロジャーは肩を竦めてみせた。
────ファンサービス。そうか、人気があるとそんなものが必要なのか。レイチェルはいつだったかエリザベスが「美人だからってお高く止まっている」と陰口を叩かれていたのを思い出した。レイチェルにはわからないが、人気者には人気者の苦悩があるのかもしれない。

「……大変ね」
「別に。俺、女の子にキャーキャー言われるの好きだもん」

ニヤッと笑うロジャーに、レイチェルは小さく溜息を吐いた。セドリックとは正反対だ。どちらかと言えば寡黙と言う分類に入るだろう幼馴染は、女の子と喋るのも騒がれるのもあまり得意としていない。ファンサービスなんて以ての外だろう。ロジャーと足して2で割ればちょうどいいのだろうかと、レイチェルはぼんやりとそんなことを考えた。

「それより、レイチェル。気をつけろよ。うかうかしてると横から掻っ攫われるぞ」
「……何を?」

言って、からかいたそうに笑う。ロジャーが何を言わんとしてるかが何となくわかったので────正直わかりたくなんてなかったが────レイチェルはうんざりと眉を寄せた。そして悲しいかな、こう言った予感は大抵当たるのだ。

「決まってるだろ、ディゴリーだよ」

ああ、ほら、やっぱりだ。視線の先を追えば、レイチェルとロジャーの少し前をセドリックが歩いていた。ちょうど、上級生らしい女の子から何事か話しかけられているところだった。
悪気なんて一切なさそうなロジャーの表情に、レイチェルは眉間を押さえた。またここでも誤解が生じている。ロジャーの場合は別にレイチェルに────勿論セドリックに対しても────恋愛感情があるわけではないので、まだマシかもしれないが。

「だから…………、だから、セドはそう言うのじゃないって言ってるじゃない」

何だって皆して、セドリックとレイチェルを「そう」見るのだろう。
レイチェルにはやっぱり、自分がセドリックに恋をしているとは思えない。セドリックと居る時は、他の男の子と居るときと様子が違うとしたら────それはたぶん、安心から来るものだ。自分では気づいてないだけでセドリックに恋をしている、と言う可能性は低いように思えた。
とは言え、レイチェル自身も我が身を振り返ってみると、思い当たることがないわけでもないのが頭の痛いところだった。確かに恋人同士なのだろうと思われても仕方ない行為を自分はやっていた。セドリックに行ってみたいと言われたからって、マダム・パディフットの店に行くべきではなかった。お互いのケーキを交換するべきじゃなかった。そして、たぶん、レイチェルがセドリック以外の男の子とはホグズミードにも行かなければ、一緒に図書室で勉強することがないのも原因だろう。周囲にとってレイチェルがセドリックの特別親しい女の子に見えるとすれば、きっとレイチェルの特別親しい男の子もセドリックに見えている。そして、実際それは正しい。要するに、お互いにお互いの他、とりたてて親しい異性が居ないことが誤解を生んでいる。
それに、パメラに指摘されて気がついたが、セドリックを「セド」と呼ぶのは女の子ではレイチェルだけだと────確かにそれは周囲からしてみれば「特別」と言う印象を与えるだろう。だからと言って、どうすればいいと言うのか。別にレイチェルがセドって呼ばないでと周囲の女の子を牽制したわけじゃない。詳しくは知らないが、セドリックが拒んだわけでもないだろう。ただ、何となく皆遠慮して呼ばないのだと言う。そんなの、レイチェルにどうしろと言うのだ。レイチェルが呼び方を変えればいいのかもしれないが、10年近くも慣れ親しんできたものを今更変えるのは難しい。つまり、何と言うか、パメラの言う通りで────これは「避けられなかった」ことのような気がする。
レイチェルは今度こそ、深く深く溜息を吐いた。

 

 

「ねえ、聞いた? 昨日の変身術で、ヴィクトリアがまたセドリックに迫ってたらしいわ」
「一緒にペアをって、セドリックの友達を無理矢理追い払ったんでしょ?」

呪文学の前の休み時間、ふいに聞こえてきたそんな会話にレイチェルは顔を上げた。声の主は、前の席で固まって座っていた女の子達だった。少し早く着きすぎてしまったせいで、教室内はまだほとんど人が居ない。聞き耳を立てるつもりはないので、レイチェルは前回の授業のノートを読むことに意識を集中しようとした。が、この距離だと聞かないようにするのもなかなか難しい。

「セドリック、ちょっと困ってたみたい」
「そりゃ困るでしょ。だって、あの子、性格最っ悪じゃない!この間アリシアがあの子に何て言われたか、聞いた?」
「まあねー。セドリックがあの子を選んだら、ちょっとガッカリするよね」
「でも、顔は美人だし。見た目はお似合いじゃない?」
「冗談でしょ!似合ってないわよ、スリザリン生なんて!」

スリザリン。ヴィクトリア。セドリック。拾った単語を繋ぎ合せて、レイチェルはそう言えばパメラからそんな話を聞いたかもしれないと思い出した。レイチェル個人は彼女とは親しくないし、セドリックについて何か聞かれるわけでもなかったので、すっかり忘れていたのだ。そんなことを思いながら教科書を捲っていると、ふいにその中の一人がレイチェルを振り向いた向いた。

「ねえ、レイチェルレイチェルからガツンと言ってやってよ!セドリックが迷惑してるって」
「……私が?」
「そう!」
レイチェルにそう言われたら、いくらヴィクトリアだって引きさがるに決まってるもの!」

そうだろうか────。レイチェルはその場面を想像してみた。たぶん、ヴィクトリアの性格なら「関係ないでしょ?」と凄まれてレイチェルが退散することになる気がする。実際、関係ない。別にセドリックからヴィクトリアに構われて困ってるなんて相談は受けていないのだ。それなのにレイチェルがしゃしゃり出るのはよくないんじゃないだろうか。けれど彼女達はそう思ってはいないのか、期待に満ちたまなざしが向けられている。
どうしたものかと困惑していると、ふいに入り口付近がざわつきはじめた。どうやらハッフルパフ生達が前の授業から移動してきたようだ。

レイチェル

その群れの中に居た、今まさに話題の中心だった人物が、こちらへと近寄ってきてレイチェルに呼び掛けた。隣にパメラもエリザベスも居ないので、レイチェルが誰かと喋っているとは思わなかったのだろう。そしてそれが、まさか自分と女の子との噂話だなんてことも。

レイチェル。母さんが、クリスマス帰って来るかって気にしてた」
「クリスマス?」

おうむ返しに問い返すレイチェルに、セドリックが頷く。言われてみればもうすぐそんな時期だ。たぶん来週あたりには、休暇中学校に残るかどうかのリストが回って来るだろう。正直、まだ先のことだと考えてすらいなかった。

「セドは学校に残るの?」
「うーん……帰るつもりだよ。父さんも母さんも、吸魂鬼のことを心配してるみたいなんだ」
「ああ……なるほどね」

自分の子供が吸魂鬼の近くに居ると言うのは心配だろう。学期中は仕方ないにしても、休暇中くらいはと願うのは自然な事だ。レイチェル自身も、正直わざわざクリスマスまで吸魂鬼に囲まれて過ごしたいとは思わない。

「エリザベスとパメラに聞いてみる。2人が残るなら、私も残るかも」

言いながら、可能性は低いだろうなと思った。マグル生まれのパメラはともかく、エリザベスの両親は同じ理由で帰宅するように勧めるはずだ。学校で過ごすクリスマスにも興味はあるのだが、何だかあまり縁がない。レイチェルが肩を竦めると、セドリックは穏やかに微笑んだ。

「じゃあ、決まったら教えて。母さんに手紙を書くから」
「わかったわ」

そうしてセドリックは、友人達の方へ戻って行く。その背中がおしゃべりの声が届かない程度まで離れたのを見計らったかのように同寮生達が目を輝かせてレイチェルを振り向いた。そう言えば会話の最中やけに静かだったが、もしかして聞き耳を立てていたんだろうか。

「ねえ、やっぱり、2人ってそう言う関係なの?」
「クリスマス、一緒に過ごすの?いいなあ!」

楽しげな彼女達の様子に、レイチェルはひやりとした。さっきより声を潜めてはいるが、近くの席の人には聞こえるかもしれない。この会話だけを聞かれたら、セドリックと一緒にクリスマスを過ごしたいから帰るのだなんて、誤解されかねない。冗談じゃないと、レイチェルは慌てて首を横に振った。

「あのね、そんなんじゃないから……!」

ただ単に、ディゴリー家のクリスマスパーティーにお呼ばれするだけだ。別に2人きりで過ごすわけではないし、皆が考えるようなロマンチックな出来事は何一つない。ただ、食事の準備なんかがあるから、何人分必要なのかは早めに把握しておきたいだろうし、レイチェルとしても帰るならセドリックと一緒じゃないと、ただの隣人の娘の自分のためだけに用意をさせるのは申し訳ない。それだけなのだ。
そんな焦ったレイチェルの様子を何か誤解したのか、不満げな声があがる。

「えーっ、どうして!?セドリックのどこが不満なの!?」
「不、えっと、そう言うわけじゃないけど……」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃない!」
「そうよ!ヴィクトリアなんかと付き合われるくらいだったらレイチェルの方がずぅーっといいもの!」

そんなこと言われても。レイチェルは困り果てて眉を下げた。ああ、もう、どう言えばわかってもらえるんだろう。パメラやエリザベスが居てくれたら、助け舟のひとつも出してくれただろうけれど、2人はあいにくまだ占い学から戻って来ていない。

「あっ、ねぇ見て、あれ、今日の授業で使うのかしら?」
「えっ、ヤダ、もしかしてもう新しい範囲入るの!?今日予習してないのに!」

レイチェルが答えに詰まっている間に、都合よく話題が移ったので、ほっと胸を撫で下ろした。
教室に入って来たフリットウィック教授は、教卓の上に高く積み上げた箱のせいでその姿が見えなくなってしまっている。けれど、杖を振る腕だけは隙間から見えて、生徒達に向かって無数の白い紙の鳥のが飛んできた。羽根の先にレイチェルグラントと書かれたその鳥は、レイチェルの鼻先でポンと音がしたかと思うと、ただの四角い羊皮紙の切れ端に変わった。先日提出したレポートの評価だ。折り畳まれた紙片を広げながら、レイチェルは部屋の机の引き出しにしまってあるあの手紙の存在を思い出した。さっきみたいに、レイチェルとセドリックを応援してくれる────正直応援されても戸惑うのだが────一方で、あんな風に手紙を送りつけてくる人が居る。あまり考えたくはないが、もしかしたら今、この教室に座っている誰かがあの手紙の差出人かもしれない。
エリザベスやパメラは気にしない方がいいと言ってくれたが、やっぱり気になってしまう。自分の知らないところで、自分に対して悪意を持っている人間が居ると言うのは気分がいいものじゃない。
とは言え、具体的に何か対策ができるわけでもない。あの手紙の通り「セドリックに近寄らない」のは現実的に難しかった。図書室で会うことについては忙しいとか何とか理由をつけて断ることもできなくはない。と言うか、偶然にもこの数日はセドリックの方がクィディッチの練習やら何やらでバタバタしていたので図書室では会っていない。しかし、マグル学の授業でいつも通りに隣に座ろうとするセドリックを「あっち行って」と追い払うのは良心が咎める。まあ、レイチェルがぎりぎりに教室に入って後ろの方の席に座るとかすれば、できなくもない。けれど何故そこまでしなければいけないのかと考えるとちょっと馬鹿馬鹿しい。そして、シャールの世話だ。レイチェルはもうシャールの世話をしない、なんてわけにいかないので、結局どうしたってセドリックと顔を合わせる機会は出て来るのだった。そもそも「近寄らないで」って何だ。具体的に何をやめればいいのだ。同じ授業も多いし、こうやってセドリックから話しかけてくることもある。それに、学校での接触を減らしたところで結局休暇中は2人で過ごすのだ。あの手紙の主が、自分の目に入らない所でならいいと割り切れるのならともかく、2人で課題をやったりチェスをしたりと言うのは、学期中よりよほど「ベタベタしている」ことになるだろう。かと言って、誰も見ていないのに休暇中までセドリックを避けるのも変な話だ。
大体、匿名で送ってくるところからして陰湿な感じがする。レイチェルが邪魔なら邪魔と、はっきり面と向かって言えばいいじゃないか。セドリックが好きだから、おしゃべりできるように協力して欲しいと言うのならまだわかる。しかし、目障りだから近寄るなと言われてはいそうですかと聞いてあげるほどレイチェルはお人好しじゃない。パメラやエリザベスだって、それでいいと言ってくれている。だから、あんな手紙なんて気にする必要ない。見なかったことにしようと、そう思うのだけれど────自分がセドリックと「いつも通りに」過ごすことで、誰かが気分を悪くしているのだと考えると、何だか胸の奥がざわつくような、落ち着かない気分にさせられる。ふとしたときに思い出してしまって、何だか気が滅入るのだ。

「あー、遅くなっちゃった!席取っててくれてありがと……って、どうしたのレイチェル、そんなにレポートの評価ひどかったの?」
「体調が悪いの? それなら、医務室に行った方がいいんじゃないかしら……」
「大丈夫……」

机に突っ伏したレイチェルを見て、教室に駆けこんできたパメラとエリザベスがぎょっとした声を上げた。体調はいたって普通だ。別にレポートの評価だって悪くない。Eプラスなのだからむしろいい。
────何て言うか、もう、考えるだけで疲れる。レイチェルは深く溜息を吐いた。
敵意を向けられるのは勿論気分がいいものじゃない。かと言って善意の応援も別に嬉しくない。

正直、もう放っておいてほしいと言うのが本音だった。

無責任なノイズ

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