ハロウィンのホグズミードは賑やかだ。
通りの脇には所狭しとジャック・オ・ランタンが飾られ、空中には鮮やかなオレンジや紫の球状のバルーンが浮かぶ。広場では骸骨のお面を被った楽団が陽気に曲を演奏して盛り上げる。
ゾンコの店内は今夜のパーティーでひと騒ぎ起こそうと考える悪戯っ子達で溢れかえっていたし、ハニーデュークスのショーウィンドウの前では山高く積み上げられた限定のお菓子の数々にホグワーツ生達が目を輝かせる。
待ちに待っていたホグズミード。しかしレイチェルは、そんな大通りの喧騒からは外れた場所に居た。

「やっぱり、2人で使えるものがいいわよね」

凝った細工の銀のライターを棚へ戻して、レイチェルは呟いた。
町はずれにあるこの店は、妙齢の魔女が切り盛りする雑貨屋だ。取り扱う品物は幅広く、重厚なアンティークの家具から流行の柄のカーテン、果てはマグル製のプラスチック食器まで何でもある。小ぢんまりとした店内には店主の気に入ったものだけが所狭しと置かれていて、見ている者をわくわくさせるような、それでいて不思議と統一感のある落ち着いた空間だった。
女性好みのものばかりを集めたこの店は、ホグワーツの女子生徒に絶大な人気を誇る────と思いきや、レイチェルの知る限り店はいつも静けさを保っていた。理由は明快で、ひとつは目抜き通りから外れたこの立地。そしてもうひとつは、上質なものだけを扱っているせいで学生の財布にはなかなか厳しい価格帯だからだ。店の雰囲気に惹かれて立ち寄る生徒は多いが、買えるものがないとなればそう長居もしない。加えて客層も常連のマダムばかりなので、学生がキャーキャー騒げるような雰囲気ではない。要するに、学生がふらっとウィンドウショッピングができるような類の店ではないのだ。レイチェルも最初の頃に1度来て、それきりだった。ホグワーツの生徒達に人気なのは、もう少しお財布に優しくて、そうして気軽に立ち入れる店だ。そう言った雑貨屋やアクセサリーショップがホグズミードには他にもある。レイチェルも普段はそっちを利用していたが、今日は特別だった。

「さっきの時計も素敵だけど、ちょっと予算オーバーだし……ありきたりだけど、ティーカップとか……あ、これ可愛い!」

ぶつぶつ言いながら、レイチェルは通路に沿って進んで行く。ちょうど目線の高さに据えられた棚の上には、色とりどりのティーカップが行儀よく並べられていた。そのうちの一つを手にとって、レイチェルは同行者を振り返る。

「確かに可愛いけど……ちょっと、可愛すぎるんじゃないかな」

誰が使うのか考えてと、セドリックが苦笑する。レイチェルはむぅと眉を寄せて渋々カップを棚へと戻した。バラの花びらみたいな淡いパステルピンクに、レースを模した金の縁取り。カップの底には、やっぱり金色の可愛らしい天使のシルエット。確かにちょっと少女趣味すぎたかもしれない。

「じゃあこれならいい?」

それならと、今度はその3つ隣にあったカップを指す。バラやスミレの花もイチゴの絵柄もない、比較的落ち着いたデザインのものだ。それでも複雑な幾何学模様は美しいし、カップの白とソーサーのエメラルドグリーンのコントラストが鮮やかで目を引く。けれどやっぱり、セドリックは困ったように眉を下げるだけだった。

「どうかな……カップは腐るほどあるし……僕とレイチェルからの贈り物ってなると、なかなか使わないと思うよ。もったいないって言って」
「うーん……確かに。じゃあ、消費してもらえるもののほうがいいのかしら?ワインとか?でも、それこそ私達のお小遣いじゃ大したもの買えないわよね」

セドリックの冷静な意見に、レイチェルはふうと溜息を吐いた。
つい3日前まで、レイチェルはいつも通りエリザベスやパメラと一緒にホグズミード休暇を楽しむ予定だった。それがこうしてセドリックと二人で買い物をしているのは、ディゴリー夫妻の結婚記念日の贈り物を選ぶのを手伝ってほしいと頼まれたからだ。忙しすぎてレイチェルに話すのをすっかり忘れていたらしい。もうちょっと早く言ってくれればいいのにと思いはしたが、ディゴリー夫妻には日頃あれだけお世話になっているのだから、レイチェルに異論なんてあるはずもない。
セドリックには選ぶのだけ手伝ってくれればいいと言われたが、是非ともここはレイチェルも日頃の感謝の気持ちを形にしたい。セドリックとレイチェルで5ガリオンずつ出し合って、10ガリオン。学生の2人にとっては結構な大金だが、大人へのプレゼントを買うとなると少し心許ない。予算を上げると言う手もあるが、あまり高価な物になると今度は受け取ってくれないだろうと言うのがセドリックの意見だった。

「あ、ねえ、セド。これは? このブローチとカフスボタン、デザインがお揃いなの。素敵じゃない?」

アンティークのような雰囲気のブローチは、細い金の糸を編み上げたような台座の真ん中にトパーズのような黄色のガラスがはめ込まれている。カフスボタンも同じデザインで、ブローチのミニチュア版と言った感じだ。黄色はおばさんの好きな色だし、おじさんが持っているカフスボタンの中にはこう言うデザインのものはなかったと記憶している。いかにも贈り物らしくてなかなかいいんじゃないかとレイチェルは思ったが、セドリックの反応はいまひとつだった。

「できれば、普段から使えるようなものにしたいなって思ってるんだよ。ハンカチとか……」
「ハンカチ?それなら確かに結構いいのが買えそうだけど……でも、私も貰ったことあるけど、それこそ普段からなんて使えないわよ。汚しちゃったらどうしようって思うもの。鼻もかめないハンカチなんて、おじさんが持ち歩くと思う?」
「……思わない」
「でしょ?」

難しいなと小さく呟いて、セドリックが困ったように頬を掻く。もういっそ本人達に何が欲しいのか聞いてしまえば早いのではとも思うが、それではサプライズにならない。それに、聞いたところで気持ちだけで充分嬉しいと言われるのは予想がつくからあまり意味はない。

「結婚20年のお祝いだもの。妥協はできないわ」

おじさんやおばさんは息子達からの贈り物ならば何だって喜んでくれるだろう。けれど、どうせなら心から喜んでもらえるようなものを贈りたい。確かに難しいが、だからこそ何かしっくり来るものを探し当てたときの達成感は大きいはずだ。ホグズミード中を探し回っても、これしかないものと思えるものを見つけたい。そう意気込んで、レイチェル達は店内を物色するのだった。

 

 

 

ああでもないこうでもないと言い合った結果、レイチェルとセドリックが選んだのは写真立てだった。
曇りなく磨きあげられていた銀でできていて、繊細な彫刻がほどこしてある。そして、ところどころに埋め込まれている青いガラスが、あのナポリの海の色とよく似ていた。予算は少しオーバーしていたが、レイチェルもセドリックも、もうこれ以外のプレゼントなんて考えられなかった。きっと、おじさんとおばさんも喜んでくれるだろう。写真立てなら記念の贈り物にもぴったりだし、普段から使える。この間のイタリア旅行の写真を入れてリビングに飾ったところを想像すると、とても素敵だろうと思えた。

「気に入ったものが見つかってよかったわ」

綺麗にラッピングしてもらった包みを胸に抱いて、レイチェルは上機嫌だった。結婚記念日はもう少し先だから、後はちょうどよく届くように郵送するだけだ。可愛いメッセージカードと小さなブーケもつけよう。2人の驚いた顔、そして喜んだ顔を想像すると、自然と頬が緩んでしまう。

「何か食べる?」
「そうね。さすがにお腹すいちゃった」

セドリックの言葉に思わず時計を見れば、もう午後2時を回っていた。朝ホグズミードに着いてからと言うもののずっとお店を回ったから、何も口にしていない。空腹だし、ずっと立ちっぱなしだったからどこかで少し休みたい。セドリックとレイチェルは遅めの昼食をとることにした。

「ごめんなさいね、今は満席なのよ」

三本の箒の店内はいつもにも増しての盛況ぶりだった。あちらこちらのテーブルから聞こえてくる楽しげな話し声やゴブレットのぶつかる音が重なり合って、がやがやと騒がしい。ハロウィンだからいつもよりも来客が多いのだと、マダム・ロスメルタが申し訳なさそうに微笑んだ。

「何分くらい待ちますか?」
「そうねえ……今、貴方達の他に7組待ってるから……早くても30分くらいかしら」
「30分……」

マダム・ロスメルタの返事に、レイチェルとセドリックは顔を見合わせた。確かに、入口の近くには席が空くのを待っているだろう人達の姿がちらほら見受けられる。そうこうしているうちにまたマダムは客に呼ばれたらしく、ごめんなさいねと繰り返してカウンターの方へと戻って行った。

「どうする、セド。どこか他のお店にする?」

マダムが遠くに行ってしまったのを確認して、レイチェルは囁いた。三本の箒のおいしいシチューやバタービールは魅力的であることは間違いない。レイチェル達もそれが目当てで来たのだ。しかし、あと30分も空腹を抱えていなければいけないと言うのはなかなか辛い。

「うーん……僕はいつもここで食べてるから、他のお店はよく知らないんだ」
「私もよ。どうしよう?」

メインストリートにある飲食店は三本の箒だけだけれど、村の逆側に行けば他にも飲食店はあるらしいと聞いたことはある。とは言え、ハロウィンだから混雑しているのだとすればそっちも似たようなものかもしれない。ガイドブックを持ってくればよかったとレイチェルが後悔していると、セドリックが何かを思い出したように口を開いた。

「えっと、何だっけ……ほら、女の子達がよく行ってる……マダム・パディフットの店だっけ。あそこは?」
「サンドイッチとかしかなかったんじゃないかしら。あんまり覚えてないけど……それなら一度、ホグワーツに戻った方がいいかも」

あそこはレストランではなくカフェだ。ちょっとした軽食も置いていた気がするが、どちらかと言えば昼食を食べると言うよりも、ゆったりお茶をするのに向いている店だ。それならば一度城に戻った方がちゃんとした食事を食べれるだろうと思ったが、セドリックはそうは思っていないようだった。

「いや……ちょっと行ってみたいなって思って」
「えっと……セド、ああ言うの好きなの?」

マダム・パディフットの店と言うのは、少女趣味をこれでもかと集めたような空間だ。ピンクとか、レースとか、薔薇とか、フリルとか。セドリックって実はああ言うのが好きだったのだろうか?困惑した視線向けるレイチェルに、セドリックは焦ったように首を振った。

「そうじゃないよ!そうじゃなくて……僕はあの店、入ったことないから」
「ああ……そう言うこと」

だからどんな風なのか気になっていたのだと言うセドリックに、レイチェルは納得した。確かに、あのお店はセドリックの友人達とは────と言うか、男の子だけだと入りにくいだろう。そう言えば、以前レイチェルと一緒にホグズミードを回った時にも、あの店には行かなかったはずだ。

「じゃあ、行く? 私と一緒なら、そんなに変な顔もされないだろうし……」
「うん。折角だから……いいかな?」

いつもよりは混んでいるかもしれないが、あちらの客層はほとんど学生、しかも女の子のグループやカップルだけなので、三本の箒ほどではないだろう。そう考えて、レイチェルはセドリックと共にマダム・パディフットの店へ向かうことにした。

 

 

 

マダム・パディフットの店は、店主の趣味なのかこれでもかと少女趣味な空間に彩られていて、その可愛らしさからホグワーツ女子に絶大な人気を博している。レイチェルもパメラやエリザベス達と何度か足を運んでいた。可愛らしいのは内装だけでなく、たっぷりのベリーで飾られたタルトや薔薇や蝶の飴細工の乗ったケーキなど、出てくるものの全てがとにかく可愛い。思わず食べるのがもったいなくなってしまうが、一口食べればすぐにまた次の一口へと手が伸びてしまう。こだわりの素材の味をいかしたスイーツは優しい味で、濃厚なチョコレートやふわふわの生クリームは買い物疲れにはてきめんだ。特にお勧めは日替わりのケーキセットで、その日の朝に仕入れた果物を贅沢に使ったタルトは絶品だ。女の子同士のティータイムには勿論、間違っても三本の箒のように酔っぱらった魔法使いがテーブルの上に登って踊り出すようなことはないので、デートスポットとしても人気がある。店内にかかっているマダムご贔屓のセレスティナ・ワーベックのラブバラードがムードを盛り上げてくれるだろう。
反面、男の子の友達同士で知らずにうっかり入ろうものなら気まずい思いをすることは間違いないが、その可能性はほとんどないと言っていいだろう。なぜなら、店の外観からもその雰囲気は十分感じ取れるからだ。
古びたレンガの外壁に、対照的な明るいターコイズブルーの看板。そして、風船ガムみたいなピンク色のドアが華やかだ。ドアの両脇のショーウィンドウには、イチゴや生クリームで彩られたカップケーキが所狭しと並べられたケーキスタンドや、何重にも積み重ねられた薔薇や天使の模様のティーカップがくるくる回っている。

「ほら、セド。入るんでしょ?」

物珍しそうに────まあ実際物珍しいのだろう────ショーウィンドウを眺めているセドリックを促して、レイチェルは真鍮製のノブを回した。バニラと紅茶の香りの漂う店内へと足を踏み入れると、そこには予想外の人物の姿があった。が、その人物は嫌な相手ではなかったので、レイチェルはにっこり笑みを浮かべた。

「こんにちは、ドラコ。楽しんでる?」

レイチェル達とは逆に、ちょうど店を出るところだったらしい。仕立てのよさそうベージュのトレンチコートを着たドラコは、相変わらず腕に包帯をしていたが、以前より顔色はずっとよかった。そう言えばドラコも3年生なのだから、ホグズミード休暇は初めてのはずだ。勿論答えはイエスだろうと思っていたが、レイチェルの問いかけに、ドラコは何だか気まずそうな顔をした。

「ええ、とっても!ねぇ、ドラコ?」

黙りこむドラコの代わりに、一緒に居た女の子が答えた。ドラコといつも一緒に居るあの子だ。名前は────えっと────そう、パンジーだ。いつも一緒に居るクラッブやゴイルの姿は見当たらないので、どうやら2人で回っているらしい。ぎゅっとドラコと腕を組み、にっこり微笑むパンジーは可愛らしい。けれど何だか、顔は笑っているけれど目が笑っていないような気がする。

「ドラコ、早く行きましょ!ハニーデュークスって、すっごく混むらしいわ!」
「おい、パンジー、引っ張るな……」

パンジーは甘えた声を出すと、ドラコをドアの外へと引っ張っていった。こちらを振り向いたドラコは何か言いたげに口を開きかけたが、結局は何も言わないまま、視線を逸らしてしまった。バタンと扉が閉まり、ガラス越しにはもう2人の背中しか見えなくなってしまった。

「いらっしゃい。あらあら、今日はお友達と一緒じゃないのね?デートかしら? ハンサムな彼ね!」

ようやくレイチェル達に気がついたのか、店の奥からマダム・パディフットがにこやかに近づいて来た。艶々した黒髪をひっつめた優しげな顔つきの、恰幅のいい女性だ。いつも花柄のワンピースを着て、フリルのエプロンをしている。デートではないと言うレイチェルの言葉を照れていると勘違いしたのか、マダムが2人を案内したのは奥まっていて周囲に人気のない席だった。何だか余計な気遣いをさせてしまったようで申し訳ないが、どんなに否定してもマダムは信じないだろう。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「セド、何頼む?」
「僕は……ローストビーフサンド。それと、コーヒーかな」
「私は、サーモンのベーグルサンドとクランベリーティー。それから、苺のカスタードクリームタルト。セド、ここに来たらケーキを食べなきゃ絶対に後悔するわよ」

ケーキが売りのカフェなのだからケーキを食べるべきだと言うレイチェルの助言に従って、結局、セドリックもオレンジのタルトを頼んだ。ようやく人心地ついたところで、セドリックはきょろきょろと興味深そうに辺りを見回し、感慨深そうに呟いた。

「女の子ってやっぱり、こう言うのが好きなのかな」
「皆が皆ってわけじゃないと思うけど……」

不思議そうな表情に苦笑して、レイチェルも周囲を見回した。天井にはシャンデリア。壁紙はピンク色で、金の額縁に入れられた天使や子犬の絵が飾ってある。テーブルこそシンプルな木の丸テーブルだが、卓上花はピンクの薔薇。淡いピンク色の陶器でできたシュガーポットの中に入っている砂糖もまた薔薇の形をしていることをレイチェルは知っていた。通りに面した窓にかけられたカーテンも、ナプキンも、布と言う布にはフリルがたっぷりだ。大抵の女の子は可愛いと感じるだろうけれど、中にはロマンチックすぎて苦手だと言う人も居るだろう。レイチェルも嫌いじゃないが、自分の部屋のインテリアをこうしたいかと問われれば答えはノーだ。

レイチェル。さっきの女の子、友達?」
「んー……何だか嫌われてるみたいなの」

どこか遠慮がちに尋ねるセドリックに、レイチェルは肩を竦めた。パンジーとの関係を言葉で表現するのは非常に難しい。さっきの様子ではデートみたいだったし、あの子はドラコの恋人なのだろうか。だとすれば、友人の恋人と言うのが一番正確なのだろう。
出会った時以来、ドラコとの仲を変に勘繰られている────と言うか誤解されているような気がする。そのせいで敵意を持たれているのは何となく感じているし、そう気分が良くないのは確かだ。しかし、あの時レイチェルはきっぱりドラコとは何でもないと否定しているし、実際何でもないのだ。何をどうすれば誤解が解けるのか、レイチェルにはさっぱりだ。聞いたところによると彼女はハーマイオニーとは犬猿の仲だそうなので、親しくなるのは難しいような気もしている。顔見知りではあるが、挨拶をするのも奇妙な感じがするし、何より向こうはレイチェルを睨んでくる。廊下ですれ違ったりすると何となく気まずい。
気まずいと言えばドラコもだ。医務室でのレイチェルの失言以降、今ひとつドラコがよそよそしいような気がする。あの後、失礼なことを言ってもしまったことについては謝ったし、ドラコも別に怒っていないと言ってくれたのだが、あれ以来何となくドラコに避けられているような気がしていた。去年喧嘩をしていたときのようにあからさまに冷たい態度を取られるわけではないし、会えば世間話もするけれど、すぐに切り上げられてしまう。それに、レイチェル自身が課題やシャールの世話で忙しかったのもあるが、ドラコと待ち合わせの約束をしようとすると、何だかんだ理由をつけて断られてしまうのだ。

「さあさあ、お二人さん、ごゆっくりどうぞ。ケーキは食べ終わった頃に持って来るわね」

そうこうしているうちに、サンドイッチが運ばれて来た。いつも昼食は三本の箒と決めていたので、この店で食事をするのは初めてだが、ケーキと同じでなかなかにボリュームがある。夜にはハロウィンの晩餐が待っていることを考えると、少し多すぎる気がするくらいだった。

「あ、これおいしい。食べる?」
「いいの?」
「ダメなら聞かないわ。その代わりセドのも一口ちょうだい」
「わかった」

どうやらセドリックも料理の味は気に入ったようだ。しかし、どうにもこの雰囲気が慣れないらしく、どこか落ち着かない様子だ。ナマエの目から見ても、セドリックがこのフリルだらけの空間とセドリックはミスマッチで、何だかおかしくなってクスクス笑ってしまった。

「ふふっ……自分が行ってみたいって言ったくせに……」
「わかってるよ……」

セドリックが「内装がものすごく気に入ったよ」なんて言うとは思っていなかったし、大体想定の範囲内の反応だけれど。この店がセドリックにとって居心地が良くないのはわかっていたことで、本人がここに来たいと言い出さなければ、ナマエはセドリックをここに連れてくる気なんて全くなかったのだ。
ばつが悪そうに頬を掻いていたセドリックは、ふいに何かを思い出したかのように顔を上げると、にっこり笑った。

「今日は付き合ってくれてありがとう、ナマエ」
「こちらこそ。私も楽しかったもの」

まあでも、結果的にはこのお店を選んでよかったのかもしれない。
サンドウィッチを食べ終えたレイチェル達に、マダム・パディフットがケーキを運んできてくれた。レイチェルは苺、セドリックはオレンジのタルト。どちらも大きくカットされていて、艶々した新鮮なフルーツがどっさり盛りつけられている。違いは、セドリックのお皿には、色とりどりの砂糖菓子でできた小さな星が散りばめられていること。そして、真ん中に置かれたケーキの上にはチョコレートのプレートも乗っている。そこに書かれている文字は────。

「誕生日おめでとう、セド」

どうやら、記念日だと伝えるとデザートが特別仕様になると言う噂は本当だったらしい。
さっきお店に入ったとき、それを思い出してこっそり言っておいたのだ。急なお願いだから断られてしまうかと思ったけれど、マダムは笑顔で快諾してくれた。セドリックが目を瞬かせている様子を見ると、どうやらレイチェルのサプライズは成功したらしい。

「……当日も祝ってもらったよ?」
「そうだけど、改めてお祝いしたくなったんだもの。あの日は何だかバタバタしてたし」

困惑したような表情のセドリックに、レイチェルは肩を竦めた。
先週、セドリックは16歳の誕生日を迎えた。プレゼントは夏休みに前倒ししていたから、バースデーカードを送ったし、シャールに食事を持って行ったときに直接顔を合わせておめでとうも言ったけれど────セドリックは朝から友人達に囲まれていて、おまけに監督生の仕事やクィディッチの練習もあったせいですっかり行き違ってしまって、結局ほとんど話せなかったのだ。夏休みだからのんびり過ごせるレイチェルの誕生日とは状況が違うことはわかっているし、お互い忙しかったのだから仕方ないと納得しようとしたものの、何だか自分がそうしてもらったほどきちんとお祝いできていない気がして心残りだったので、こうしてゆっくり2人で過ごす時間が取れたのはレイチェルにとっても嬉しいことだった。

「……嬉しいよ。ありがとう、レイチェル
「どういたしまして」

カスタードクリームの甘さと、苺の甘酸っぱさが口の中で溶けて、頬が緩む。
レイチェル達がのんびりとケーキを味わっていると、窓のすぐ外を3年生の女の子達が楽しげにおしゃべりをしながら通り過ぎていった。あちこち回った後なのか、手には色とりどりの紙袋がぶら下げられている。ナマエもホグズミードに初めて来たときはああだった。お店の場所がわからなくて迷ったことも、ハニーデュークスの商品を全種類ちょっとずつ買おうだなんて、今思えば馬鹿みたいなことをしたのも、何もかも楽しくて仕方がなかった。あれからもう10回以上ホグズミードに来て、迷子になることも、抱えきれない量のお菓子を買うこともなくなったけれど、それでもホグズミードは変わらず楽しい。
おじさんやおばさんが喜んでくれるような買い物ができたし、セドリックの誕生日もお祝いすることができた。

やっぱり、ホグズミード休暇ってとっても素敵だ。

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