シャールを拾って、早くも1ヶ月が経った。
相変わらず驚くほど手がかからず、相変わらず犬らしくなく落ち着きはらっている。フリスビーにもボールにも興味を示してくれないのは、飼い主としてはちょっと寂しい。そして相変わらず痩せていたが、拾った時のように骨が浮いているほどガリガリと言うわけではなくなってきた。野良犬に間違えられないよう首輪はつけたが、鎖やリードで繋いではいないので自由気ままにホグワーツの中や禁じられた森を走りまわっている。とは言え、生徒に出くわして怖がらせたり屋外の授業の邪魔をしたりするようなこともなく、トラブルはない。最初は校内での野良犬の飼育に難色を示していたマクゴナガル教授もついに何も言わなくなった。ペットに関するトラブルを抱えているのは、むしろレイチェルよりもハーマイオニーの方だった。

「猫はネズミを追うものよ。そう思わない?」

どうやら聞くところによると、彼女の愛猫と友人のペットのネズミの相性がすこぶる悪いらしい。
レイチェルは現場を知らないのでどちらが悪いとも言えないが、正直ネズミと猫を一緒に生活させればそうなることは避けられない気がする。ふくろうや猫だらけのホグワーツにネズミを連れてくる方もどうかと思うが、ハーマイオニーも何故ネズミを飼っている友人が居るのにわざわざ猫を飼い始めたのだろうか。

「確かに、クルックシャンクスが悪いのよ。ロンが怒るのも当然だってわかってる……でも、いくら何だって、あんなに悪く言わなくても……クルックシャンクスは賢いから、何を言われてるかちゃんとわかってるのに。大体、ロンは最初からクルックシャンクスを嫌ってたわ」

飼い主の苦悩をよそに、件の愛猫は素知らぬ顔でハーマイオニーの膝の上であくびをしている。愛くるしい顔立ちとは言い難いが、オレンジ色の毛並みがふわふわしていて可愛い。ハーマイオニーは溜息交じりにクルックシャンクスの背中を撫でていた。

「ネズミを捕っちゃダメって根気よく教えるつもりだけど……変身術に使うネズミを何匹かもらったんだけど、スキャバーズ以外のネズミには見向きもしないの。どうしてかしら?」
「……お腹が空いてなかったとか? 猫って気分屋だし……」

こればかりは、考えたところで正解はわからない。クルックシャンクス本人に聞いてみるしかないだろう。もしかしたら、クルックシャンクスの目にはそのネズミだけがとびきりおいしそうに映っているのかもしれない。まあ、これは口に出さない方が賢明だ。

「そう言えば、もうすぐホグズミード休暇ね」

何はともあれ、せっかくのおしゃべりは楽しい話題の方がいい。レイチェルは話題を変えることにした。今回のホグズミード休暇はハロウィンだ。一昨日、談話室の掲示板にそう貼りだされていた。レイチェルはもう何度目かだが、3年生のハーマイオニーは待ちに待った休暇だろう。

「ハーマイオニーは初めてでしょ?どこを回るつもりなの?」
「迷ってるの。ガイドブックを見たらどこもかしこも面白そうなんだもの。アンジェリーナには三本の箒を勧められたんだけど、ケイティはマダムパディフットの方がいいって……レイチェルはどっちがいいと思う?」
「……えっと、いつもの3人で行くのよね?だとしたら、三本の箒の方がいいんじゃないかしら」

マダム・パディフットのお店は内装が可愛らしいし、ケーキや紅茶もおいしいと人気だが、いかんせん女子向けだ。男の子には居心地が悪いだろう。素敵なお店であることは間違いないが、いつもの3人組ならば、あまりお勧めとは言えない。

「いいえ、2人よ」
「え? そうなの?」

と思ったら、ハーマイオニーにあっさり否定された。意外だ。誰か女の子と2人で行くのかとも思ったが、そうではなくハリー・ポッター抜きで、ロン・ウィーズリーと2人なのだと説明された。喧嘩でもしたのだろうか?そうじゃなければ────。

「えっと……デート?」
「まさか!」

ハーマイオニーはぎょっとしたように目を見開いた。毛づくろいの手元が狂ったらしく、クルックシャンクスがフギャッと悲鳴を上げる。ハーマイオニーは何でもない風を装おうとしたが、その頬はほんのりと赤かった。

「ハリーは許可証をもらえなかったらしいの。保護者がマグルでしょう?だからホグズミードがよくわかってないらしくて……」
「ああ……そっか。マグル育ちの子だと、そう言うこともあるのね」

確かに、ホグズミードはイギリスで唯一、魔法使いだけの村だ。つまりマグルには全く存在が知られていないので、地名を知らされてもピンと来ないのは当然と言える。だからと言ってサインが貰えないと言うのは珍しいケースのような気もするけれど。

「だからこそ楽しみよ!魔法使いだけの村なんて、とっても面白そう!」

ハーマイオニーがキラキラと目を輝かせる。どちらかと言うとレイチェルは魔法使いだけの村よりもマグルだけの村の方に興味があったが、ホグズミードが楽しみな気持ちはレイチェルにもわかる。ガイドブックを囲んで、楽しくおしゃべりに耽るのだった。

 

 

「こんにちは。失礼します……あの……質問があって」

休暇をホグズミードで遊び倒すと言うことは、その分事前に課題を進めておかなければいけないと言うことだ。レポートの参考文献を読んでいて、よくわからない箇所があったレイチェルは、防衛術の教室へと足を運んでいた。

「紅茶は嫌いかな? 私も飲もうと思っていたんだが」
「えっと……好きです」

勧められるままレイチェルが席に着くと、ルーピン教授は銀のポットを杖で軽く叩いた。瞬く間にポットの中が沸き、注ぎ口から湯気が吹き出す。欠けたマグカップにティーバッグ。決して優雅とは言い難いが、淹れてもらった紅茶は十分においしかった。
そしてルーピン教授は、紅茶を淹れるのと同じくらい簡単に逆呪いの理論についてのレイチェルの疑問を解き明かしてしまった。が、解説を記すルーピン教授の羽根ペンが動きを止まっても、レイチェルは席を立つことはしなかった。

「あの……ルーピン先生」
「何だい?」

レイチェルは躊躇ったが、意を決して口を開いた。実を言えば、今の質問だけなら、わざわざルーピン教授に聞きに来なくたって、上級生に教えてもらうこともできた。それをこうしてルーピン教授に会いに来たのは、他に聞きたいことがあったからだ。

「ホグワーツ特急で会った時、どうして私を見てあんなに驚いていたんですか?」

新学期が始まってから、ずっと気になっていたことだった。母親の知り合いだとか、母親の小説のファンだとかなら、レイチェルを見て驚くのはそう不思議じゃない。けれど────懐かしむようなあの目は、それだけではないように思えた。

「ああ……」

ルーピン教授カップをテーブルに置き、感慨に耽るように目を閉じた。水槽の中の水魔が騒いでいる物音だけが部屋に響く。レイチェルはじっと教授の言葉を待った。少し長い沈黙の後、ルーピン教授は静かに口を開いた。

「よく言われているかもしれないが……君は、君のお母さんに顔立ちがよく似ている」
「……はい」

レイチェルはこくりと頷いた。それは、母親を知る人間なら誰もが言うことだ。ママに似ているねと、レイチェルを見て初めに言う言葉は大体それだ。自分で鏡を覗いてみても、髪と瞳の色以外、レイチェルの顔は母親にそっくりだ。

「私は……私は、学生時代の彼女を知っていたよ。私が入学したとき、彼女はもう7年生だったから……在学時期が被っていたのは、ごくわずかだったけれどね。彼女が君と同じに、その制服に腕を通していた頃を知っている」

美しい詩を読んでいるような、神への祈りのような、そんな声だった。柔らかな茶色の瞳が真っ直ぐにレイチェルを見つめる。懐かしむような────それでいて眩しいものを見るような視線に、レイチェルは戸惑った。

「だから、驚いた。君は、あの頃の彼女によく似ているから」

そう言って、ルーピン教授は穏やかに微笑んだ。レイチェルは何と答えていいものかわからず、ティーカップへと視線を落とす。パメラが言っていた通り、本当にレイチェルの母親はルーピン教授の初恋の人なのだろうか?

「先生は……母と、親しかったんですか?」
「いや」

まさか、母親のことを好きだったんですかとはっきり聞く勇気はなかったので、レイチェルは言葉を濁した。ルーピン教授はあっさりと否定して、砂糖壺へと手を伸ばした。琥珀色の紅茶の中に落とされた角砂糖が、ゆるやかに溶けていく。

「私が、一方的に知っていただけだ。彼女は、有名だったからね。寮も違ったし、君のお母さんは、きっと私の名前すらも知らないだろう。……それでも」

ルーピン教授は一度そこで言葉を切り、一度息を吐いた。確かに、レイチェルの知る限り母親の口からルーピン教授の名前が語られたことはない。手紙に書いたときも、特に何か言って来るでもなかった。だから、ルーピン教授の言っていることは事実なのだろう。
それでも、とルーピン教授はもう一度繰り返す。

「君のお母さんは、私にとって特別な人だよ」

真っ直ぐな視線と言葉は、それが真実なのだろうと思わせた。
この人とレイチェルの母親の間には、一体何があったのだろう。

 

 

「それって絶対、初恋の人だったのよ!間違いないわ!」

やっぱり、そうだろうか。レイチェルも確かにそれが一番妥当なように思えた。1年生の少年が7年生の少女に憧れると言うのはよくある話だし、それならルーピン教授が一方的に母親を知っていると言うのにも納得がいく。

「どうしてもっとはっきり聞かないのよ!」
「だって……もしもそうだって言われたら、気まずいじゃない」

不満げに口を尖らせるパメラに、レイチェルは眉を下げた。
ルーピン教授の初恋がレイチェルの母親だったとして、その母親はとっくに結婚してレイチェルと言う娘まで居るのだ。年齢差をから考えて昔の恋人と言う可能性はなさそうだったが、正直、それでも肯定されたらどんな顔をしたらいいものかわからない。

「確かにねー。どうする?まだレイチェルのママのこと好きだったりして!レイチェルのパパから奪うつもりだったら!」
「パメラ!いくら何だって、不謹慎すぎるわ」
「ごめんごめん。ちょっとしたジョークよ」

眉を吊り上げるエリザベスに、パメラが舌を出す。その状況は想定してなかったが、レイチェルの両親は年中別居しているような夫婦なので、正直そんなに難しくなさそうだ……と言うのは娘のレイチェルが言うべきではないのだろう。

「えー……じゃあ、ママの代わりにレイチェルが迫られちゃったりとか」
「馬鹿なこと言わないでよ……そんなことあるわけないじゃない……」
「わかんないじゃない!だって『初恋の人の娘』よ? あと数年経ったら初恋の人にそっくりになるのよ? なんかこう、燃えるシュチュエーションじゃない!」

この間読んだロマンス小説にそんな話があったのだと言うパメラに、レイチェルは眉を寄せた。エリザベスも呆れたように溜息を吐く。パメラには悪いが、世の中そんなにスキャンダラスなことばかり転がっていない。ちょうど差しかかった別れ道で、レイチェルはひらひらと手を振った。

「じゃあ、また後で。私、マグル学だから」

昼食のときにまた顔を合わせるが、とりあえず占い学のパメラ達とはここで一端お別れだ。レイチェルは北塔へと続く渡り廊下を歩き出す。そして、前方から歩いて来る人物にふと目を留めた。下を向いているから顔が見えないが、あれは────。

「オリバー?」
レイチェル
「えっと、久しぶり。元気だった?」

実を言えばレイチェルは新学期に入ってから何度かウッドを見かけていたのでそんなに久しぶりな気はしなかったが、友達と一緒だったりクィディッチの練習中だったりで話しかけることはなかった。最後に会話したのは、確か夏休みのダイアゴン横丁の箒店だ。
ウッドはしげしげとレイチェルの肩にかけた鞄を見つめていたかと思うと、納得したような表情になった。

「そうか。今年、OWLだっけ。課題、きついだろ」
「正直、すっごく。でも、やるしかないって諦めてるわ。オリバーこそ、NEWT大変でしょ?」
「そこまででもないよ。俺は最低限しか選択してないから。OWLのが科目数多い分きつかった」

一般的にはより難しく、より将来への影響も大きい分OWLよりNEWTの方が大変だと言われているのだが、ウッドに言わせればそうでもないらしい。確かにその言葉を証明するかのように、その手には箒が握られている。次の時間が空き時間なのだろう。

「オリバーにとっては、NEWTよりもクィディッチの方が大事?」
「大きな声では言えないけどな。今年のリーグの成績次第で、プロになれるか決まるし……まあ、ダメだったときのことを考えたら、勉強もあんまり疎かにはできないけど」

からかいを含めてレイチェルが言うと、ウッドは苦笑した。
やっぱり、ウッドはプロのクィディッチ選手になるつもりなのか。少し驚いたが、まるきり予想外と言うわけでもなかった。ウッドならきっとなれるだろう。レイチェルが納得していると、そう言えば、とウッドが思い出したように呟く。

「ハッフルパフのディゴリーって、レイチェルの幼馴染なんだっけ」
「ええ、そう。……セドがどうかした?」

そう言えばいつだったかウッドに幼馴染だと言ったような気がする。それはそうとして、どうして突然セドリックの名前が出てくるのだろう。レイチェルが首を傾げると、ウッドは困ったように頬を掻いた。

「いや、大したことじゃないけど……ハッフルパフ、頑張ってるみたいだな。この間、ちらっと練習見たけど……キャプテンになったばかりなのに、この短期間であそこまでまとめあげると思ってなかったから驚いた。単純にシーカーとしても、腕を上げたみたいだし」
「本当!?」

ウッドの言葉に、レイチェルはぱっと顔を輝かせた。セドリックがクィディッチを頑張っているのはレイチェルも知っている。努力が報われればいいなあと思う。けれど、実際どんな状況なのかは、他寮な上にクィディッチ選手でもないレイチェルからはよくわからない。それが、クィディッチ狂いと名高いウッドの言葉となればこの上なく頼もしい。思わず頬が緩む。そんなレイチェルの様子に、ウッドは驚いたように瞬いた。

「チャーリーから聞いてはいたけど……本当に仲がいいんだな」
「自慢の幼馴染だもの」

ウッドの目から見ても上達したと言うことは、間違いない。レイチェルはニッコリ微笑んだ。
もっとハッフルパフについて詳しく聞きたいのは山々だが、あんまりのんびりしているとせっかくのマグル学に遅刻してしまう。
ウッドと別れて教室へと急いでいたレイチェルは、前方に幼馴染の後ろ姿を見つけた。

「セド!」
「うわ……っ、ちょ、レイチェル、危ないよ?」

駆け寄って、名前を呼ぶのと同時に飛びついた。ぎゅうとセドリックの腕を抱きしめる。その勢いでセドリックは体勢を崩しかけたが、それも一瞬のことですぐに立て直す。驚いたように見開かれた瞳がレイチェルを見返す。

「あのね、今オリバーに会ったの!セドのこと、すっごく褒めてたわ」
「え?オリバーって……ウッド?ウッドが僕を?」
「そう!」

困惑するセドリックに、レイチェルはさっきのウッドとの会話について話して聞かせた。
チャーリーに褒められたときもそうだったが、セドリックの努力が認められるのは素直に嬉しいし、なんだか誇らしい気持ちになる。

幼馴染が褒められるのは、やっぱりとても嬉しいことだ。

在りし日の肖像

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