大広間が近づくにつれて、ざわめきはますます大きくなっていく。まるで今からクィディッチの試合でも始まるかのような騒ぎだった。ピンクに水色、オレンジに紫。色とりどりのパジャマ姿の生徒ばかりがこうも集まっている光景と言うのはなんだか奇妙だ。けれどいつものエンブレムもネクタイもつけていないせいか、寮がどうだとか血筋がどうだとかそんなもの関係なしに、誰もがホグワーツの生徒としてこの状況を心から喜んでいる。そんな気がした。ここに居る全ての生徒達はホグワーツが大好きで、つい数時間前ホグワーツがなくなってしまうと聞いて悲しんだのだ。けれど事件はもう解決したのだ。レイチェルは明日も明後日もまたホグワーツで朝を迎えられる。思わず頬が緩みそうになるので、レイチェルは表情を取り繕うのに苦労した。ロジャーも先に行ってしまったし、1人でにやにやしているところはあまり誰かに見られたくない。ぺしぺしと頬を叩いて────ふと上げた視線の先に見つけた人物に、レイチェルははっと息を呑んだ。

「ハーマイオニー!」

レイチェルはその背中に向かって、声を張り上げた。人垣をかき分けるようにして、前へと進む。声が届いたのか、ハーマイオニーは立ち止ってゆっくりと振り返った。ふわふわした栗色の髪がふわりと揺れる。褐色の瞳がレイチェルを映して、驚いたように見開かれる。1メートルまで縮まった距離に、レイチェルは勢いのままにその首に抱きついた。

レイチェル?」

懐かしい声が、戸惑ったようにレイチェルの名前を呼んだ。回した腕から、温かな体温が伝わってくる。ハーマイオニーだ。本物の、ハーマイオニーだ。固い石なんかじゃない。温かい。息をしている。────生きている。

「ごめんなさい」

じわりと目頭が熱を帯びて視界が滲んだ。ごめんなさい、ハーマイオニー。ごめんなさい。ごめんなさい。自分よりも少し背の低いハーマイオニーの肩口に顔を埋めたまま、震える声で繰り返した。ごめんなさい。ごめんなさい。まるでそれ以外の言葉を全て忘れてしまったみたいに。もっとたくさん、言いたいことはあったはずなのに。

「たくさん……たくさんひどいことを言って、本当にごめんなさい。私……」
「いいの」

ハーマイオニーの静かな──────けれど、しっかりとした意志を感じさせる声に、レイチェルは顔を上げた。痛いくらい真っ直ぐにレイチェルを見つめるハーマイオニーの瞳は、涙で少し潤んでいるように見えた。

「いいのよ、レイチェル。私こそ……ごめんなさい」
「そんな……」

どうしてハーマイオニーが謝るのだろう。悪いのはレイチェルだ。ハーマイオニーの不安を、決意を、理解できずに────理解しようともせずに、否定した。踏みにじった。思わず言葉に詰まったレイチェルに、ハーマイオニーはゆっくりと首を振った。

「私だってひどいことを言ったもの。レイチェルだけが謝るなんておかしいのよ。それに……レイチェルとの約束を破ったわ」
「それこそ、気にする必要ないわ! だって、貴方は……」

もう危険な事をしないでねと約束した。好奇心で、無謀な行為に首を突っ込まないでねと。確かに今回ハーマイオニーはまた危険な冒険をしたのだろうけれど、それは好奇心や英雄気取りなんかじゃないと今ならわかる。そもそもハーマイオニーが好き好んで規則破りを冒すはずがない。レイチェルにつべこべ言われなくたって、ハーマイオニーならきっと、何もかもわかっていた。

「心配してくれてるんだって、本当はわかってたわ。わかってたの……」

ハーマイオニーはそう言って俯いた。そして、瞼の上に溜まった涙を拭うと、にっこりと微笑んだ。ずっと石になって筋肉が固まってしまったせいかそれは少しぎこちない笑い方だったけれど、とても可愛らしい笑顔だった。

レイチェルと一緒に勉強できなくて、とても寂しかったわ」
「私もよ」

ハーマイオニーとの図書室での勉強会は、レイチェルにとっても楽しくて有意義な時間だった。ハーマイオニーの知っているマグルの話や、レイチェルの生まれ育った魔法界の話や、時にはお菓子や洋服や、他愛のない話。週に1度の年下の友人とのおしゃべりは、レイチェルにとってとても大切な時間だった。

「また……私と、友達になってくれる?」
「ええ。勿論」

レイチェルの問いに、ハーマイオニーは今度こそ、いつもと変わらない笑顔を浮かべてみせた。ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーや、親しい友達に見せるような笑みだ。差し出した手が、温かな手にしっかりと握り返される。レイチェルも笑い返そうとしたが────安心したせいかまた涙が溢れて来て、うまく笑顔をつくることができなかった。

レイチェル。これからパーティーなのに、泣いてるなんて変に思われるわ」
「……嬉し涙だもの」

レイチェルは何だか気恥ずかしくなって、照れ隠しにそんな言い訳を口にした。けれどハーマイオニーには見透かされてしまったらしく、しばらく見つめ合ったあと、どちらともなく噴き出してしまった。くすくすと笑い声を立てながら、レイチェルも涙を指で拭った。そして一度深呼吸すると、真っ直ぐにハーマイオニーを見つめた。

「おかえりなさい、ハーマイオニー」
「ええ」

ただいま、と。ハーマイオニーが柔らかく微笑むのを見て、レイチェルはまた胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。握った指先が離れて行くのを名残惜しく感じながら、レイチェルはハーマイオニーの背中に手を振った。

 

 

 

外は真夜中だと言うのに、大広間の中はまるでそこだけ昼間のように賑やかだった。天井からはフリットウィック教授が魔法で花の雨を降らせ、空中では生徒達が持ち込んだフィリバスターの長々花火がひっきりなしに音を立てている。テーブルには宴会の時だけに使われる金の皿やゴブレットがきらきらと輝き、その上には屋敷しもべ達が腕を振るったらしいケーキやサンドイッチなんかが所狭しと並んでいた。そして、教員テーブルの真ん中に、ダンブルドアが座っているのもレイチェル達には嬉しい光景だった。やっぱり、ホグワーツにはダンブルドアが居なくちゃ始まらない。パジャマ姿の生徒達は、誰もが興奮に顔を輝かせ、宴会の始まりを待ちきれない様子だった。そして、4つのテーブルの空席が埋まった頃、パーティーは始まり、ダンブルドアから正式に発表があった。秘密の部屋の事件は解決して、継承者はもう現れないこと。ジニーは無事に保護されて今は医務室で休息をとっていること────。

「こんな時間にこんなもの食べたら太っちゃう」

そんな風に文句を言っている上級生も居たけれど、それでもやっぱりふんわり泡立てられたたっぷりの生クリームや、鼻をくすぐる香ばしいバターの香りには勝てない。結局はテーブルの上のごちそうの数々は、瞬く間にその量を減らしていくのだった。

「『ホグワーツ特別功労賞』?そんな賞あったの?」

そしてパーティーも佳境に入ってきたころ、ダンブルドアが話題の中心のハリー・ポッター────あとその親友のロン・ウィーズリー────に、ホグワーツ特別功労賞が授与されると発表した。不思議そうに首を傾げたパメラに、エリザベスが呆れたように溜息を吐いた。

「パメラ……貴方、トロフィールームに行ったことは?」
「あるわけないじゃない!罰掃除を言い付けられたって言うならともかく、普通あんなところに行く用事なんかないわよ!」

実のところレイチェルもそんな賞があることは知らなかったが、エリザベスの怒りに火を注ぐのは嫌なので口をつぐむことにした。勤勉なエリザベスの説明によると、何でもホグワーツに貢献した生徒に与えられるもので、ホグワーツ生としては何より名誉なことらしい。もっとも、ダンブルドアがハリー・ポッターに与えたのはそれだけじゃなかった。

「今年もまた、グリフィンドールが優勝ね」

レイチェルはちらりと砂時計に目をやった。グリフィンドールの砂時計は今や、まるでハニーデュークスのキャンディケースみたくぎっしりとルビーが詰まっている。ダンブルドアがハリー・ポッターとロン・ウィーズリーにそれぞれ200点も与えたからだ。学年末は一応まだだけれど、残り少しの期間で他の寮が挽回するのが奇跡でも起きない限り不可能だ。寮杯の行方はグリフィンドールで決まりだろう。

「ええ。今年は、クィディッチも中止になってしまったし……レイブンクローは元々不利だったわ」

残念そうに呟くエリザベスに、レイチェルは少し同情した。優等生のエリザベスがいくら日頃の授業で熱心に予習をして、先生の授業に正しく答えたとしても、学年末のどんでん返しの前では5点や10点の加点なんて何の意味もなくなってしまう。

「でも、スリザリンの奴らが優勝するよりはずっといいわ!」

パメラがスコーンにたっぷりとクロテッドクリームを塗りつけながら言った。結構大きな声だったので、スリザリンのテーブルまで響いたんじゃないだろうか────。肩越しにそっと振り返ってみると、スリザリンのテーブルはグリフィンドールの寮杯獲得が納得いかないのか、あまり楽しそうとは言えない雰囲気だった。とは言えきっと、彼らもホグワーツの閉鎖がなくなったこと自体は嬉しいのだろう。

「まあ、また来年があるじゃない」

気を取り直して、レイチェルはそんな慰めを口にした。またも寮杯を取り逃してしまったことに、もちろん少し悔しさはある。レイチェルの入学以来、一度もレイブンクローは寮杯を獲得できていない。けれど、過ぎたことをくよくよしても結果は変わらないのだし、また頑張ればいい話だ。

「ふーん。意外な反応ね」

パメラがニヤッと口端を吊り上げた。まるで面白いおもちゃを見つけたみたいな顔でにやにや笑うので、レイチェルは一体何だろうと首を傾げた。すると、パメラはくすくす笑って、からかうような口調で続けた。

「『また規則破りで加点されるなんて!』とか言うかと思った」

レイチェルはうっと言葉に詰まった。確かにそうだ。いつもの────昨日までのレイチェルならきっとそう言っていた。たった一晩で、ころっと態度を変えるなんて、随分といい加減な感じがする。レイチェルはばつの悪さに、そっと視線を逸らした。

「だって……人の命を救ったんだもの。砂時計のルビーを全部落としたって足りないわ。そうでしょう?」

何だか気恥ずかしくて、頬が熱くなってくる。ハリー・ポッターはたぶん今回も何十という────いや、もしかしたら何百かもしれない────規則を破ったのだろう。けれど、そうじゃなければきっとジニーは助からなかった。たかが学校の規則と軽んじるつもりはないけれど、ジニーの命と天秤にかけてどちらが大切かなんて、比べるまでもないことは明らかだ。

「まあ、そうね。ハリー・ポッターは去年は魔法界の危機を救って、今年はホグワーツの危機を救ったってわけね」
「そうね。それにしても、学校の中にバジリスクが居ただなんて……死人が出なかったのは奇跡だわ」

親友達の言葉に、レイチェルは少し離れたグリフィンドールのテーブルへと視線を向けた。ハリー・ポッターは同級生じゃ上級生に囲まれて、たくさんのケーキやトライフルなんかをこれでもかと押し付けられている。その横にはハーマイオニーが座っていて、楽しそうに笑っていた。パメラの言う通り、ハリー・ポッターは去年は例のあの人を退け、今年はバジリスクを倒してジニーを、そしてホグワーツ危機から救った。けれど、困ったように眉を下げて笑っている姿からは、とてもそんな偉大なことを成し遂げたようには見えない。あの小柄で頼りなさそうな少年のどこにそんな力が、勇敢さが秘められているのだろう。レイチェルには不思議な気がした。

「ねえ、それより、ロックハートはどうしちゃったの?」
「さっき聞いた話だと、忘却術が暴発したんですって……。でも、どうして忘却術なんて使おうとしたのかしら?」

レイチェルがぼんやりとグリフィンドールのテーブルを見つめているうちに、どうやら親友達の関心は他へと変わったらしい。レイチェルは手元に置かれたマグカップを口へと運んだ。生クリームの浮かんだココアの優しい甘さと温かさが、じんわりと舌に沁みていく。蝋燭の炎がゆらゆらと優しく揺れ、空っぽになった金色の皿に反射していた。燃え尽きた花火の余韻の光の粒が、きらきらと空中を舞う。何十と言うおしゃべりの重なり合った、ざわざわとした喧騒が心地よく耳を撫でる。テーブルに着席する誰もが笑顔だった。────訂正、グリフィンドールの加点が面白くないスリザリンのテーブルを除いて、だ。けれどそんな光景すらも、今度こそ日常が戻って来るのだと感じられて、レイチェルを嬉しくさせた。

ホグワーツは間違いなく、世界中で一番幸福な場所だった。

真夜中のパーティー

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