空は青々と澄み渡り、ブルーベルの花が芝生を紫色に染め上げる。5月がやってきた。
とうとう試験まで1ヶ月を切ってしまったせいで生徒達の表情は明るくないし、学校内はますます忙しない空気に変わっていったが、最初の週末の土曜日には、そんなホグワーツ生の心をますます落ち着かなくさせるイベントが待っていた。ハッフルパフ対グリフィンドールのクィディッチの試合だ。

「今年の優勝はグリフィンドールで決まりね!」

もちろんレイチェルの周囲も例外ではない。朝食時のレイブンクローのテーブルはやっぱり試合の話題でもちきりで、いつにもまして賑やかだ。うきうきと楽しげにそんなことを言うパメラに、レイチェルは眉をひそめた。

「いくら何だって気が早いわ。まだ試合は始まってもいないのよ」
「あー、ごめんごめん! でも、レイチェルだってそう思うでしょ?」
「…………まあ、ね」

セドリックが負けるだろうことを今から認めたくはなかったが、それは事実だったのでレイチェルは同意せざるをえなかった。クィディッチの優勝は、各試合の勝敗も大切だけれど、意外と重要なのが総得点だ。全勝できるのならばそれが一番だけれど、勝ち数が同じなら点数で順位が決まる。だから最後の方の試合になればなるほど、点数計算をしながら試合を運べるので有利なのだ。チャーリーの卒業する年のグリフィンドールは2勝1分け───いずれもスニッチはチャーリーが取った───と言う十分優勝が可能な戦績だったにも関わらず、同じく2勝1分けのスリザリンにわずか10点差で敗れた。スリザリンは試合がリーグ終盤に固まっていたから、点数を調整することができたのだ。あのときの落胆は、寮の違うレイチェルですら今でも苦く胸に残っている。
今回の試合に関して言えば、グリフィンドールにとっては最高の状況と言うほかない。この試合で勝ちを決めてしまえば2勝になって現在トップのスリザリンと並ぶ。そしてスリザリンの総得点はこれ以上増えることはない。あとは以前と逆に、残るレイブンクロー戦をグリフィンドールが点数をうまく調節しながら戦えばいいだけだ。たとえもしレイブンクローに負けたとしても、スリザリンとの差を詰めるだけ得点してしまえばどの道グリフィンドールの優勝だ。まあこれはあくまでも、今日の試合にグリフィンドールが勝つのが────ハッフルパフが負けることが前提だけれど。むっつりと眉を寄せたレイチェルに、エリザベスが困ったように微笑んだ。

「セドリックは優秀な選手だと思うわ。でも、今のハッフルパフがグリフィンドールに勝つのは難しいんじゃないかしら」

エリザベスの言葉もやはりその通りで、レイチェルが憂鬱なのはそれだった。学校が予想している通り、よほどのこと───急な体調不良でグリフィンドールチームの誰かが欠場だとか────が起きない限り、相変わらずお人よしのキャプテンと自分勝手なビーターを抱えたハッフルパフは負けるだろう。そしてセドリックはきっと、また責任を感じるに違いない。落ち込むセドリック何と言って慰めよう────そんな悩みがここのところのレイチェルの頭を支配していた。試合前から考えるのもやはり失礼な話だけれど、仕方がない。試合が終わるまでには答えを出しておきたいことなのだから。トーストの最後の一口を食べ終え席を立つと、パメラが驚いたように目を丸くした。

レイチェル!どこ行くの?」
「私、競技場には行かない」

グリフィンドールが優勝に王手をかける大事な試合だ。レイチェルだって興味はないわけじゃない。けれど、ハッフルパフのシーカーはセドリックで、グリフィンドールのシーカーはハリー・ポッターだと言うのが問題だった。大観衆の前で大切な幼馴染が大嫌いな人間にこてんぱんに負かされるところは見たくない。レイチェルはきっと、周囲がグリフィンドールの勝利に観衆が興奮で沸いても、きっと一緒に喜べない。たとえ、負けたセドリックが、笑顔でそれを祝福していたとしても。

「応援しないの? セドリックはきっと、貴方に試合を見て欲しいって思っているはずだわ」
「勿論するわ。でも、応援は絶対競技場じゃなきゃいけないってわけじゃないでしょう?」

心配そうに眉を曇らせたエリザベスに、レイチェルは肩を竦めた。そう。別に、皆と一緒に競技場で応援するのは気が進まないだけで、レイチェルだってセドリックの試合は見たい。応援はちゃんとするつもりだ。クィディッチの競技場がよく見えて、静かな場所。そんなレイチェルの要望を満たしてくれる場所が、ホグワーツにはちゃんとある。
向かう先は図書室だ。

 

 

 

意外にも図書室にはたくさんの人が居た。
レイチェルのように、試合は気になるけれど、競技場に行くのは気が進まない人達。自分の寮の試合じゃないので興味がないらしいレイブンクロー生やスリザリン生。そして、試合に興味はあるのだろうけれど、試験勉強を優先することにしたらしい上級生。羽ペンの音と本のページを捲る音以外、図書室はここだけ切り取られたようにいつも通りの静寂が保たれている。今日くらい勉強は休めばいいのに────。レイチェルはそんなことを考えながら本棚の脇を縫い、無事に窓際のポジションを確保することができた。と、その時、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「やっぱり。レイチェル。どうしてここに?」
「ペニーこそ。まさか、今日まで試験勉強なの?」
「いいえ。本を返しに来ただけよ。これから、競技場に行くつもり。いい席はもうなくなっちゃってるかもしれないけど。レイチェルは、どうしたの?」

確か結構クィディッチ好きだったはずなのにと目を丸くすると、ペネロピーは笑って否定した。その回答を聞いてレイチェルはほっとした。クィディッチの試合の日くらい勉強を休まなきゃ、頭がおかしくなってしまいそうだ。

「あー……私は、ここで試合を見るつもりだから……」
「ここで?」

ペネロピーが驚いたように目を見開いた。それからちらりと窓の外へと視線を走らせる。肉眼では豆粒のようにしか見えないだろうが、遠くにはクィディッチ競技場がある。レイチェルが首から提げた双眼鏡を見て納得したようだったが、それでもまだ腑に落ちない点があるようだった。

「パメラやエリザベスは競技場でしょう? 一緒に行かなかったの?」
「ん……まあ……ちょっと、色々あって……あっ、別に、二人と喧嘩とかじゃないの」

セドリックがハリー・ポッターに負けるのを見るのが嫌だ────なんて、正直に言うのもどうかと口ごもると、ペネロピーの顔が心配そうに曇ったので、レイチェルは慌てて否定した。そう、別に一緒に見る人が居ないからここに居るわけじゃない。そう言うと、ペネロピーはほっとしたように表情を和らげた。

「ならいいけど……私はやっぱり競技場で見たいから、そろそろ行くわ。……レイチェルは本当に行かない?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」

一緒に見ましょうと微笑むペネロピーはやっぱり、エリザベスやパメラと仲違いしたんじゃないかと心配しているらしい。レイチェルは本当にパメラ達とは喧嘩なんてしていないのだ。だから、完全なペネロピーの杞憂なのだけれど、面倒見のいい彼女らしいなと苦笑して、レイチェルはその背中を見送った。そしてふと、図書室の入り口から知った顔が入って来たのに気づいた。

「ハーマイオニー……」

思わず唇から声が零れた。こうして名前を口にするのは、随分と久しぶりな気がした。その事実にまた胸が締め付けられる。距離が離れているから、向こうはきっとレイチェルには気づいていないだろう。そしてどうやら、1人のようだ。近くにはハリー・ポッターもロン・ウィーズリーも居ない。レイチェルは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。これはチャンスだ。自分の寮が優勝するかもしれない試合の日となればハーマイオニーの機嫌が悪いはずないだろうし─────もしかしたら、今なら、レイチェルの話を聞いてくれるかもしれない。仲直りできるかもしれない。そんな打算と期待を胸に、レイチェルはそっとハーマイオニーの後を追った。

「そう……これ……こう言うことだったんだわ……」

奥まった通路へと入っていったハーマイオニーは、何か随分と古そうな革表紙の本を手に取り、ブツブツと呟いていた。そうして────破った。本のページを、破った。あの、真面目なハーマイオニーが。そしてその紙片を平然と握り締めて本を元に戻した。目の前の光景が信じられずに言葉を失っていると、どうやら用が済んだらしいハーマイオニーがこちらへと歩いてくる。そして、ようやくレイチェルの存在に気づいたようだった。

レイチェル?」
「ハ、ハーマイオニー……あのね、話が……」
「ごめんなさい、レイチェル。今、とても急いでいるの。また今度聞かせて!」
「ハーマイオニー!」

申し訳なさそうに眉を寄せると、ハーマイオニーは急ぎ足でレイチェルの横をすり抜けた。そうしてそのまま図書室の入り口の方へと走っていく。予想外の反応に呆気に取られたが、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。これ以上もう喧嘩したままなのは嫌だ。レイチェルも慌てて後を追った。

「ハーマイオニー、待って、私……」

走りながら、必死に声を張り上げる。ハーマイオニーはレイチェルと仲直りしたくないのだろうか。そう考えると、胃の辺りが重たくなったような気がした。けれど、そうさせたのはレイチェルなのだから、なんとしても誤解を解かなければ。自分がひどいことを言ってしまったと、許してほしいと、そう伝えなければ。

「ハーマ……っ!?」

ハーマイオニーが消えていった廊下の角を曲がる。その途端、足元に違和感を感じた。廊下に転がっていた「何か」に躓いたレイチェルはバランスを崩し、その勢いのまま前へと倒れこんだ。視界がぐらりと反転する。なんとか手をついて持ちこたえたが、手を擦りむいたらしくヒリヒリとした痛みが走った。

「……あー、もう……」

思わず溜息が出る。せっかくのチャンスだったのに、きっとこれでもうハーマイオニーには追いつけない。廊下を走っていたレイチェルも悪いが、普通ならこんなところに障害物が置いてあるなんて思わないじゃないか。またフレッドとジョージの仕業だろうか────そう考えて、レイチェルはふと気づいた。転んだのだから、膝の下には床の感触のはずなのに、布のようなものが敷いてあるような感じだ。体を起こしてみて、レイチェルはようやく自分が何に躓いたのかに気がついた。

「ハーマイオニー……?」

レイチェルはその光景に自分の目を疑った。レイチェルが躓いたのは、ハーマイオニーの足だった。レイチェルが膝の下に敷いてしまっているのはハーマイオニーのローブだ。ハーマイオニーは、廊下へと倒れたまま、ピクリとも動かなかった。毛糸玉みたいにふわふわした栗色の髪が、床に無造作に広がっている。どうして動かないのだろう────レイチェルは恐る恐る頬に触れてみた。冷たい。柔らかなはずの皮膚が、まるで人形のように硬い。天井を見つめたままの顔を、そっと覗きこむ。褐色の瞳はまるでガラス玉のようで、レイチェルを映していない。そして、倒れているのはハーマイオニー1人だけではなかった。

「ペニー……?」

レイチェルの憧れの黒い巻き毛は、見間違うはずがない。襟元に見える青いネクタイ。ローブにつけられた銀色の監督生のバッジ。ペネロピーだ。一体、これは、何がどうなってしまったのだろう。ハーマイオニーとペネロピーが、石になってしまった。石にされてしまった。────誰に?

『だって、なんだか嵐の前の静けさみたいなんですもの』

いつかのエリザベスの言葉が、頭をよぎった。──────そうだ。継承者の仕業に、決まっている。
立て続けに起こっていた襲撃が止まって、継承者は居なくなったんだと勝手に思い込んでいたけれど、誰かが継承者を捕まえたわけじゃない。継承者がもう終わりだと宣言したわけじゃない。石にされた人たちが元通りになったわけじゃない。何も解決していないことくらい知っていたのに、何を安心していたのだろう。どうして、目を逸らしていたのだろう。

「嫌……」

足が震える。力が入らなくて、ぺたりと廊下に膝をついた。嘘だ。悪い夢だ。夢であってほしい。どうして。どうして、こんなことに。だってさっきまで、ペネロピーもハーマイオニーも、いつも通りだったのに。喋っていたのに。クィディッチが楽しみだと、そう言っていたのに。

「嫌ぁあああああああっ」

喉の奥から勝手に悲鳴が溢れてくる。叫んだってペネロピーもハーマイオニーも元に戻ったりしない。わかっているけれど、叫ばずにはいられなかった。すぐ傍に居るはずのペネロピーもハーマイオニーも、窓の外のクィディッチの試合前の熱狂も、何もかもが遠い。動かない2人を前に呆然とするレイチェルの背後から、足音が聞こえてきた。

「一体これはどうしたと言うのですか!」

駆けつけたのは、マダム・ピンスとマクゴナガル教授、そしてフリットウィック教授だった。廊下に座り込んでいるレイチェルと、そして廊下に倒れこんでいる二人を見て、さっと顔色を変えた。ハーマイオニーへと近づき、息をしていないことを確認すると、マクゴナガル教授は悲しみを耐えるように目を伏せた。

「あなたは大丈夫ですか、ミス・グラント

座り込んでいるレイチェルを立たせると、マクゴナガル教授は気遣わしげにレイチェルの肩を支えた。教授達は生徒の───レイチェルの前で動揺を悟られまいとしている様子だったけれど、その瞳の中には悲しみが滲んでいるのがレイチェルにはわかった。ああ、やはり現実なのだ。本当に、石になってしまったのだ。レイチェルの勘違いじゃなかったのだ。今更思い知らされて、レイチェルはぐっと唇を噛み締めた。

「先生。私……」

声が震える。唇も、足も、指も、自分のものじゃないみたいだった。心臓が喉のところでうるさくて、頭の中が真っ白だ。何か言わなくちゃいけないのに、言葉が浮かばない。レイチェルが伝えなければ先生達には何が起こったかわからないのに、何を言ったらいいのか、わからない。

「今まで、一緒に、居たんです」

搾り出せたのは、それだけだった。視界が滲む。今でも何が起こったのか、レイチェルにだってよくわからない。だって一瞬だった。ペネロピーもハーマイオニーも、レイチェルの視界から消えたのは、ほんの少しの間だったのに。

「たった5分前まで……2人と一緒に、図書室に、居ました」

5分前まで、レイチェルと話していた。クィディッチを楽しみにしていた。笑ってくれた。温かかった。息をしていた。いつもの、レイチェルの好きな2人だった。
どうしてあのとき無理矢理にでもハーマイオニーを引き留めなかったのだろう。どうして、ペネロピーと一緒に競技場に行かなかったのだろう。そうしたら、2人は襲われなかったかもしれないのに。

「落ち着きなさい、ミス・グラント。貴方のせいではありません」

一度溢れた涙は、堰を切ったように溢れてしまって止まらない。泣いたってどうにもならないし、先生達も困るだけなのに。わかっているのに。俯いて泣きじゃくるレイチェルの肩にそっと手を置き、マクゴナガルはレイチェルの顔を真っ直ぐに見据えた。

「悪いのは継承者を騙る不届き者です。そうですね」

レイチェルははっと息を呑んだ。さっきまで悲しみを湛えていたマクゴナガル教授の瞳に灯っているのは、静かな怒りだった。肩に置かれた手から、マクゴナガル教授の怒りと悲しみがレイチェルにまで伝わってくるようだった。

「詳しい状況を、話してくれますね」

マクゴナガル教授の言葉に、レイチェルはこくりと頷いた。この場に居たのは、レイチェルだけだ。真実を知っている2人は石になってしまった。何が起こったか、ほんの少しでも説明できるのはレイチェルしか居ない。ひりつく喉をこじ開けて、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「私……図書室に、クィディッチを見に来たんです。そうしたら、ペニー……ペネロピーに会いました。本を返しに来たって言っていました。少し話して、ペネロピーは試合を見に行くって図書室を出て行って……入れ違いに、ハーマイオニーが入って来たんです。とても急いでいて、何か調べ物をしているみたいでした。私、彼女と話したいことがあって……声をかけました。でも、ハーマイオニーはすぐに図書室を出て行ってしまって……私、すぐに追いかけて、それで……」
「倒れている2人を見つけたと言うわけですね」

言い淀んだレイチェルの言葉を、マクゴナガル教授が引き継いだ。こうして状況を整理してみても、未だに何が起こったかわからない。恐らく、ハーマイオニーがレイチェルの視界から消えてから、3分と経っていない。その間に、継承者はどこかから現れて、2人を石にして、消えた。レイチェルに姿を見られることも、声を聞かれることもなく。

「何か、怪しい人影や物音は?」
「いいえ……何も」
「そうですか」

レイチェルはぎゅっとスカートを握り締めた。マクゴナガル教授の口調は決してレイチェルを責めるような響きではなかったけれど、居心地の悪さが足元から這い上がって来る。こんなに近くに居たのに。大切な友達が襲われたのに、レイチェルには何もできなかったし、手掛かりすら掴めていない。
それ以上レイチェルから聞き出せそうなことはないと判断したのか、マクゴナガル教授は改めて周囲の状況を見回し、大きく杖を振った。杖先から眩い銀色の猫───守護霊だ───が飛び出し、廊下の奥へと駆けていく。もう一度杖を振ると、2つの担架が現れた。

「私が2人を医務室へ連れて行きます」
「私も行きましょう、ミネルバ」
「イルマ。気持ちはありがたいですが、あなたは図書室にまだ居る生徒達をお願いします」

担架に乗せられた2人は、余計痛々しく見えた。窓の外からは、クィディッチの試合前の熱狂が聞こえてくる。楽しげな声は、目の前の状況とはひどくちぐはぐに思えた。城の中でこんなことが起こっているなんて、きっと考えもしていないに違いない。レイチェルだって、考えもしなかったし、まだ足元がふわふわして現実感がない。呆然と立ち尽くすレイチェルに、マクゴナガル教授は安心させるように微笑んだ。

「ショックなのはわかります。が、あまり思い詰めないように。あなたは何も悪くないのですから」

────そうだろうか。マクゴナガル教授の思いやりはありがたかったが、レイチェルにはその言葉を素直に受け取ることはできなかった。真っ直ぐな視線が何故か痛くて、床へと視線を落とす。けれど、マクゴナガル教授は気にすることなく、フリットウィック教授へと視線を移した。

「フィリウス。ミス・グラントを寮へ送って頂けますか」
「勿論ですとも! 行きますぞ、ミス・グラント。近くにまだ継承者が潜んでいるとも限りませんからな」

フリットウィック教授に手を引かれ、レイチェルはレイブンクロー寮の方向へと歩き出した。マクゴナガル教授やマダム・ピンスもそれぞれの役割のためにその場を後にする。肩越しに振り返ると、誰も居なくなった廊下はぞっとするほど静かで、レイチェルは背筋が寒くなるような気がした。

「心配ないですぞ。あと1カ月もすれば、マンドレイク薬ができますからな」

寮へ帰る道すがら、フリットウィック教授が他にも色々と慰めの言葉を口にしてくれていたのがわかったけれど、レイチェルの頭には入らなかった。
マクゴナガル教授はレイチェルが責任を感じる必要はないとそう言った。けれど、レイチェルにはそうは思えなかった。どうして。どうして1人にしたのだろう。継承者が誰を狙っているかなんて、わかっていたのに。2人はマグル生まれだって、知っていたのに。
大丈夫だと油断していたなんて、言い訳にもならない。継承者のことなんて忘れていた? もっと最低だ。医務室にはまだ、石になったままの犠牲者が居るのに。
怒り。悲しみ。悔しさ。絶望。無力感。色々な感情が体の中で混ざってぐるぐると巡って、今にも溢れてしまいそうだった。
継承者が許せない。石にされた2人の姿を目の当たりにして、それがどれほど卑劣で、残酷で、恐ろしい行為なのか、思い知った。許せない。許してはいけない。けれど同じくらい、自分が許せなかった。罪悪感が、胸を締め付ける。
レイチェルが責任を感じる必要はない。レイチェルは何も悪くない。本当に、そうだろうか。もしも、ハリー・ポッターの活躍を見たくないなんて馬鹿な意地を張らずに、ペネロピーと一緒に競技場に行っていれば。もしも、ハーマイオニーにあと少し早く声をかけていれば。もしも、なんていくら考えた所で仕方ない。けれど───。

そうしたら2人は、冷たい石になんてならずに、今でも笑っていたかもしれないのに。

砕け散った足元

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