ドラコとはその翌日また顔を合わせたけれど、拍子抜けするほどにいつも通りだった。謝ろうと思ったレイチェルだったが、先にドラコから昨日のことは忘れてほしいにと釘を刺されたので、結局ドラコが不機嫌になった理由を聞き出すことはできなかった。まあ、別にドラコと喧嘩をしたかったわけじゃないので、これで水に流してもらえるのならばレイチェルにとってはありがたいけれど。

「『休暇』の定義を見直すべきよ。そう思わない?」

そして、イースター休暇がやってきた。課題を書き出したリストを見て顔を顰めたパメラに、レイチェルは今回ばかりは同意せざるをえなかった。いくらなんだってこれは多すぎる。楽しみにしていた休暇なのに、これでは本当に勉強だけで終わってしまいそうだ。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「授業に時間をとられない分、自主学習がはかどるだろうって言うのが先生達の考えでしょうね」
「だとしても多すぎよ!1日1個やったって終わらないじゃない!」

学年が上がるにつれて課題の量が増えるのは仕方ないけれど、ざっと見積もっても去年の倍くらいある気がする。中でも目を引く「雪男に立ち向かったときのロックハート教授の勇敢さを讃える詩を書け(羊皮紙1メートル)」と言う闇の魔術の防衛術の課題も頭が痛い原因だった。ぶつぶつと不平を言うレイチェルとパメラに、エリザベスが眉を潜めた。

「OWLまであと1年しかないんですもの。仕方のないことだと思うわ」

いかにも優等生のエリザベスらしい言葉に、レイチェルは反論する気もなくして黙り込んだ。レイチェルだってわかっている。ホグワーツの先生達が無駄なことをさせるはずがないし、手を抜いて後から困るのは自分だ。だからちゃんと課題もやる。しかし、頭でわかっていても割り切れないのだ。それはどうやらパメラも同じらしかった。

「わかってるわよ!だからここで今不満を言ってるの!談話室や部屋じゃ物音のひとつにも気を遣うんだから!」

勢いよくテーブルへと叩き付けたゴブレットの中で残り少ないバタービールが波打つ。パメラの声はそれなりに大きかったが、賑やかなパブの喧騒の中に紛れてしまった。パメラの言う通りで、イースター休暇に入ってからと言うもののレイブンクローの談話室は勉強をする生徒で溢れている。特にOWLやNEWTを控えた上級生達と来たら殺気すら感じるほどで、彼らの前で「課題が多い」なんて不満を言ったらどうなるか、レイチェルは想像すらしたくなかった。

「まあまあ、学生さん達は大変ね。でも、ホグズミードに居るときくらい勉強のことは忘れなさいな」

マダム・ロスメルタが料理を運んできてくれたついでに、サービスだと言っておかわりのバタービールを注いでくれた。湯気を立てる熱々のシーフードドリアを見て、レイチェルはくるくると羊皮紙を巻いてポケットへとしまった。課題とにらめっこしたままじゃせっかくのおいしい食事が台無しだ。

「これからどこに行く?」

とろりと溶けたチーズを掬い取りながら、レイチェルは親友達に向かって首を傾げた。せっかくのホグズミード休暇だったが、もう慣れてきてしまったせいか何の計画も立てていなかった。ランチを食べながら考えればいいじゃないと三本の箒に入ったはずだったのに、うっかり持ってきてしまった課題の話のせいで何も進んでいなかった。

「私、文房具を買いに行きたいわ。試験用に新しいノートが欲しいの。あと、青いインクも切れかかってて……」
「ああ、そう言えば、私もパドマに羽ペンを頼まれてるんだったわ」
「紅茶も少ししかなかったわよ! あと2回も入れたらなくなっちゃう」
「紅茶……ってことは、村のはずれにある専門店の方まで行かなきゃダメかしら?」
「マダム・パディフットのお店でお茶するついでに買うって手もあるわよ。確かそんなに種類はないけどおいしいってパトリシアが言ってたわ」
「あと雑貨屋も行かなくちゃ。もうすぐアイリーンの誕生日よ」

3人で口々にそんなことを言い合う。特に何の用事もないと思っていたが、探せば色々と行きたいところは出てくるものだ。窓の向こうの空は勿忘草色に澄み渡っていて、まさにショッピング日和。パメラとエリザベスの言葉を頭の中で整理しながら、レイチェルはホグズミード村の地図をテーブルの真ん中へと広げた。

「そうしたら、文房具屋さんから順番に回って、最後にハニーデュークスで甘いものをたっぷり買って帰りましょ。そうすればきっと試験も乗り切れるわ」

ハニーデュークスは商品の入れ替わりが激しいから、きっと新商品が出ているだろう。まだホグズミードに来られない下級生や、勉強のために城に残っている上級生にもおみやげで買っていったらきっと喜んでくれるだろう。我ながらいい考えだなと頷いていると、パメラがテーブルの上に突っ伏した。

「ああ、嫌だ! 食べ物しか楽しみがないなんて、まるで刑務所じゃない!」

わっと声を上げるパメラに、レイチェルはエリザベスと顔を見合わせた。

 

 

 

確かにこれは監獄のようだ────楽しいホグズミードから帰ってきてみると、レイブンクローの談話室の様子はいっそう異様に映った。誰もが机へと齧りつき、一心不乱に勉強をしている。響き渡るのは、羊皮紙を削る羽ペンの音と、時折教科書のページを捲る音だけだ。ホグズミードの華やいだ空気の残り香りは、あっという間に紙とインクの匂いに霧散していく。一瞬で現実へと引き戻され、思わず顔を引きつらせたレイチェルだったが、ふと囚人達の中に見慣れた顔を見つけた。

「ペニー、何してるの?」

周りの勉強の妨げにならないよう、小声で話しかける。ソファに座ってテーブルの上に色とりどりのパンフレットのようなものを広げているのは、ペネロピー・クリアウォーターだ。どうやら何か考え込んでいたらしいペネロピーはいきなり声をかけられて驚いたようだったが、レイチェルに気づくとにっこり笑ってくれた。

「ああ、おかえりなさい、レイチェル。パメラにエリザベスも。ホグズミードは楽しかった?」
「ええ、気晴らしには最適だもの。ペニーも来ればよかったのに。OWLが大変なのはわかるけど、ずっと城に閉じこもって勉強ばっかりじゃカビが生えちゃうわよ」
「もう生えてるかも。でもやっぱり、皆勉強してるしね。1人で行っても退屈でしょ?」
「彼氏と行けばいいじゃない。はい、おみやげ」
「ハニーデュークスね? どうもありがとう」

言って、ペネロピーの付き合っている人が試験勉強を放り出してホグズミードを選ぶはずがないことに気づいた。せっかくペネロピーみたいな可愛くて素敵な彼女が居るんだから、デートくらいすればいいのに─────そんな余計なお世話だろうことを考えたが、そう言えばどうやら付き合っていることすら秘密のようだから、デートなんて以ての外なのかもしれない。まあ、そんなのはペネロピーとパーシー・ウィーズリーの問題だ。そう結論づけて、レイチェルはテーブルの上に広げられたまじまじと見つめた。

「こんなにたくさん、どうしたの?」
「貰ってきたの。進路を決めなくちゃいけないから……先週から掲示板のところに置いてあるのよ」
「見てもいい?」
「もちろん」

魔法省についての分厚いリーフレット。グリンゴッツ。それからレイチェルの父親も働いているルーマニアのドラゴン研究所。クィディッチ用箒の開発。魔法界の人間なら誰もが知っているような有名な機関や企業の名前のオンパレードに、レイチェルはうきうきと資料を眺めた。

「わぁお。大変そう」
「……パメラ、他人事みたいに言っている場合じゃないわ。来年には私達もやるんですもの」

パメラとエリザベスも興味を持ったのか、パンフレットを手に取った。エリザベスの言う通り、レイチェル達も来年はOWLの学年だ。当然進路選択もついてくるだろうし、OWLの結果はその後に大きく響くと大人達からは口を酸っぱくして言われているけれど、やっぱりまだまだ将来のことなんて実感が沸かない。

「ペニーは やっぱり、魔法省に入るの?」

レイチェルの知る限り、卒業生の中で成績優秀者は大体魔法省に入省していった。もちろん自分のなりたい職業を選んだ人も居るけれど、レイブンクローは他の寮に比べてその割合が高い。だからペネロピーもそのつもりなのだろうかと尋ねてみると、ペネロピーは困ったように眉を下げた。

「うーん……憧れはするけど、正直、迷ってるの。ほら、やっぱり、私はマグル生まれだし……」
「ペニーほど優秀だったらそんなの関係ないと思うけど……」

確かに今の魔法省は純血優位だけれど、そんな人達はあと10年もすれば居なくなるだろうし、第一優秀な人材は生まれなんて関係なく評価されるだろう。でもこれも、やっぱり実態はわからないので、軽々しく口に出すべきではないのかもしれない。レイチェルが眉を下げると、ペネロピーは気にしないでと言いたげに微笑んだ。

「でも、魔法省に入らなくても、何か……マグルと魔法界を繋ぐような仕事ができたらって思うわ。この生まれだからこそできることもきっとあるもの」

そう言ってはにかむペネロピーの横顔が、レイチェルにはひどく眩しく映った。ペネロピーの瞳が、きらきらと輝いて見える。夢や目標を持っている人って────そしてそれに向かって努力している人って、どうしてこんなに真っ直ぐな目をしていて、魅力的なのだろう。

「それって、とっても素敵なことだと思うわ」
「ありがとう」

お世辞や社交辞令なんかじゃなく、心からの言葉だった。冷蔵庫。電話。洗濯機。飛行機。マグル学で習ったたくさんの便利なマグルの道具が頭の中に浮かぶ。魔法使いのほとんどの人達が、自分には無関係で必要のないものだと思い込んでいる道具。その素晴らしさを知らない道具。知る機会がない道具。もしも魔法使いがもっともっとマグルの文化を知るようになったら、魔法界はきっと今よりもずっとずっと素敵になるだろう。

レイチェルは? 将来の夢は決まってる?」
「うーん、まだ……」

将来何になりたいのか。そう聞かれても、レイチェルにはまだよくわからない。別に魔法省に入りたいわけでもないし、かと言って他になりたい職業が何かあるわけでもない。魔法薬学は得意だけれど、研究者になりたいかと言われるとそれもなんだか違う気がする。マグル学ももちろん好きだが────マグル関係の職にどんなものがあるのかはよく知らない。

「私も去年はそうだったわ。ゆっくり探せば大丈夫よ」

ペネロピーはそう言ってくれたが、レイチェルにはそうは思えなかった。少なくとも去年のペネロピーがレイチェルみたいに、試験勉強が嫌だなんて文句を言っていたとはとても思えない。学年が上がると言うことは、ただ課題が増えるだけじゃないのだ。まだまだ遠いことだと思っていた卒業が、その先の未来が、少しずつ近づいてきている。来年の今頃になって、さあ進路を決めろと言われて慌てることになるのは自分なのだ。ホグワーツ生活ももう半分を過ぎてしまったのだから、ただ目の前のレポートを片付けるだけじゃなく、もっと真面目に将来のことについて考えなければいけないのかもしれない。レイチェルはなんだか課題の量ぐらいで文句を言っていた自分が恥ずかしくなった。

「ねえチョウ。占い学ってどんなことをやるの?」

そう言えば、2年前もこんな風に進路について考える機会があったのだった。夕食時にチョウとパドマが話しているのを聞きながら、レイチェルはぼんやりと自分が2年生だったときのイースター休暇のときを思い出した。あのときも、この科目を選ばなかったら将来つけなくなる職業があるとか、あの科目を選んだほうが就職に有利だとか色々な噂が飛び交って、自分は将来何になりたいのだろうかと真剣に考え込んだ。まあ結局答えは出なくて、自分の勉強したい科目を選んだのだけれど。まあ、それはそれとして。

「ハーマイオニーの履修の相談に乗ってあげたかった……」
「えっ、まだ仲直りしてなかったの?」

パメラの率直な疑問がぐさりと胸を刺す。レイチェルはハッフルパフのテーブルの向こうのグリフィンドールのテーブルへと視線を向けた。そしてそこに見慣れたふわふわした栗毛を捜す。ハーマイオニーもやはり、パーシー・ウィーズリーに履修の相談に乗ってもらっているようだった。いいなあ、とレイチェルはじっとその姿を見つめた。あんな風に、ハーマイオニーの履修にアドバイスをしたり、一緒に悩んだりしたかった。ハーマイオニーはレイチェルと違って両親に聞くことはできないだろうから、力になってあげたかった。だって、レイチェルがハーマイオニーの力になれそうなことってそれくらいしかないし────悲しくなってくるのでこれ以上はやめよう。

「パメラは将来の夢ってある?」
「将来のことより、今は1ヵ月後、どうやったら誰にもバレないように学校を爆発させられないかを考えるほうが重要よ」

隣に座っているパメラにそう聞いてみると、真面目な顔でそう返ってきた。将来のことを考えなければと思ったばかりだったが、やはり今のレイチェルにとっては目先の問題の方がずっと重大なことのように思える。小さく溜息を吐くと、手元のティーカップの中で紅茶がゆらりと揺れた。

ハーマイオニーと仲直りしたい。一体いつになったら、前みたいに戻れるのだろうか。

不満と不安

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