薄紫に白、黄色。ホグワーツに春を教えてくれたクロッカスは控えめなその花を閉じ始め、鮮やかなラッパ水仙にその場所を譲る。3月も終わろうとしていた。
最後の土曜日には、ハッフルパフとスリザリンの試合があった。ハッフルパフとスリザリン。そう、レイブンクローの試合ではない。いや、まあ、一応どちらが勝ったほうがレイブンクローが優勝に近づくかと言う計算はあるにはあるのだけれど、自寮ではないのでどちらを応援するかはそれほどうるさく咎められない。つまり個々人の自由に任されていた。ハッフルパフのシーカーは幼馴染であるセドリック。対してスリザリンのシーカーは友人であるドラコ。試合開始のホイッスルが鳴る直前までどちらを応援しようかと迷っていたレイチェルだったが、開始5分でその必要はなくなった。だってあまりにも一方的な戦況に、負けている方を応援せずにはいられなかった。無論、どちらが勝っていたかはあえて言う必要もないだろう。ニンバス2001のスピードたるや、レイチェル達観客の目には7つの緑色の彗星のようにしか見えなかった。クアッフルは終始スリザリン。ハッフルパフのチェイサーがクアッフルに触れたのは試合を通して数分にも満たないんじゃないだろうか。時間の流れが早回しになってるんじゃないかと思うくらい、瞬く間にスコアボードの数字は変わっていった。ハッフルパフはニンバス2001の前に呆気なく敗れた。この試合を一言で表すとすれば、よく言えばボロ負けで────率直に言うと勝負にもならなかった。

「幼馴染だからって贔屓目を抜きにしても、あれは絶対セドのせいじゃないと思うわ」

落ち込むセドリックに対してこの言葉を投げかけたのは記憶に新しい。そして、責任感の強いセドリックはなかなか気分が浮上しなかったことも思い出した。曰く、「あんなに点差がつく前に自分が試合を終わらせるべきだった」と。結果論としてはそうかもしれないが、馬鹿なことを言うなとレイチェルは声を荒げそうになったのを飲み込んだのだった。あの状況で、どうやったらセドリックがスニッチに集中することができたと言うのだ。レイチェルが眉を寄せていると、目の前の人物が考え深げに頷いてみせた。

「俺もそう思うよ。やっぱり原因は……」
「ビーターが最悪。でしょ?」
「その通り」

ニヤッと笑うオリバーにレイチェルは小さく息を吐いた。図書室で偶然会ったのだが、すっかりクィディッチの話に花が咲いてしまっていた。今回のハッフルパフの戦犯を一人挙げるとすれば間違いなくビーターの7年生だ。直前に普段のビーターが怪我をして、慌てて代役を立てた。そこまではいい。しかし、何だってよりによってあんな人を選んだのだろう。いや、まあ、理由なんてわかってはいるのだけれど。

「『ビーターが打ち払うのは絶望であり、キーパーが守るのは希望だ。チェイサーがそれをを繋ぎ、最後にシーカーが栄光を掴み取る』」
「カトリオーナ・マコーマックか。ファンなのかい?」
「そう言うわけじゃないけど……今回の試合って、まさにその通りだったと思わない?」
「ああ。確かにね」

そう、つまり、クィディッチってチームプレイなのだ。確かに最終的にチームが勝つかどうかはシーカーの手にかかっているし、だからこそ花形と呼ばれるポジションだけれど、シーカー1人だけがどんなに素晴らしくたって、後の6人がそれを活かせなければチームに勝利はもたらせない。今回のように、キャプテンの友達だからって言う理由で────セドリックを問い詰めたら観念して白状した────急場しのぎで選ばれたビーターなんか、チームの連携を乱すだけなのだ。元のビーターの怪我が治るまで試合を延期しようとセドリックはキャプテンに言ったのだけれど、ビーターが大丈夫だと押し切って聞き入れてもらえなかったのだと、つまりはそう言うことらしかった。レイチェルはハッフルパフのメンバー達に心から同情する。ビーターがちゃんとブラッジャーから守ってくれなければ、チェイサーもキーパーも勿論シーカーも自分の思う通りに動けない。信頼できないビーターを抱えた試合なんて、最初から勝てるはずがなかったのだ。そう熱弁するレイチェルに、オリバーが意外そうな顔をした。

「クィディッチは好きじゃないのかと思ってた」

その言葉に、レイチェルは目を見開いた。確かに、オリバーとこんな風にクィディッチについて話しこむのは初めてだし、チャーリーやセドリックがクィディッチのことになると夢中になりすぎるのには呆れたりもするけれど、レイチェルだって別にクィディッチが嫌いなわけじゃない。

「まあ、セドやオリバーほどじゃないけど……観るのは割と好きよ」
「プレイするのは?」
「そうね、観客席に並んでるのが蛙や梟ならやってもいいわ」
「なるほどね」

要するに観衆にあがってしまうからダメなのだと肩を竦めると、オリバーは納得してくれたようだった。休み時間なんかに皆で箒に乗る分には楽しいし、アンジェリーナやアリシアには劣るけれどそこそこ上手い方だとは思う。けれど自分が選手になることは考えたことがなかった。まあこれは、レイチェルがレイブンクロー生だからと言うのが大きいのだろうけれど。

「私には回って来ないと思うわ。うちの寮は実力主義だもの」

レイブンクローのメンバーは基本的には立候補制だ。けれど、仮に希望のポジションが空いていて、立候補者が自分1人しか居なかったとしても、実力不足と判断されれば容赦なく落とされるし、クリアして選手になれたとしても、練習や試合で結果が出せなければすぐに交代を言い渡されてしまう。結果を出していても、自分より優秀な候補者が現れればそちらが選ばれるし、自分のポジションを狙っている人が居なくても、油断はできない。立候補者が居なければ、自分がチームから外された後、推薦で誰か別の人に決まることもある。何年チームに在籍していたとか、チームメイトと仲が良いとか、そんなのは関係ない。だからレイブンクローのクィディッチ選手は決して慢心することはできない。試験勉強の忙しい中でも練習に励むロジャーやチョウを見ていると、レイチェルは自分にはできないなと思う。冷酷なように見えるけれど、このやり方で、レイブンクローが安定した実力を保っていられるのだ。そして今回のような試合を見てしまうと、この方法は間違っていないのだろうと思う。

「ハッフルパフもそうあるべきだったと思うわ」

少なくともこの30年ほど、レイブンクローがクィディッチで最下位になったことはない。まあ、一番はグリフィンドールみたいに、やりたい人がメンバーになって、なおかつ強いことなのだろうなとは思うけれど。何にしろ、寮の優勝がかかっているのに、キャプテンの友達だからなんてくだらない理由で選ばれるなんて信じられないことだ。キャプテンは満足かもしれないけれど、そのとばっちりを食うのはチームメイト達、ひいては寮生全員なのだから。あのビーターのせいであまりにも悲惨だった試合を思い返すと、他寮のことながらイライラしてしまう。

「ビーターがあんなにひどくなかったら、きっと……」

きっとハッフルパフだってもう少しまともな試合ができたはずだし、セドリックだってブラッジャーに邪魔されることなくスニッチに集中することができて、取り損ねたりしなかった。そう続けるはずだったレイチェルの言葉を、凛とした声が遮った。

「……そこ、どいてくれないか」

声に振り返ると、そこにはひどく冷たい目をしたドラコが居た。オリバーも驚いたようだ。ドラコはオリバーを見て微かに不快そうに眉を顰めたけれど、流石に6年生相手には喧嘩を売る気はないのか、探していたらしい本を手に取るとさっさと元来た通路を引きかえしていった。

「珍しいな。マルフォイの奴が嫌味の一つも言ってこないなんて」

そんなオリバーの呟きも、レイチェルの耳には入らなかった。頭の中が混乱していた。どこから聞かれていたのだろう。セドリックのことばかり考えていて気付かなかったけれど、もしかしたら自分は、ドラコにとってものすごく失礼な発言をしてしまったんじゃないだろうか?いや、した。間違いなく。

「……ごめんなさい、オリバー。私、ちょっと用事を思い出したの!」
「え? ああ、うん、また」

借りようと思っていた本を急いで棚へと戻す。不思議そうな顔のオリバーをその場に残し、レイチェルは慌ててドラコの後を追いかけた。

 

 

「ドラコ」

淡いプラチナブロンドの後ろ姿を、駆け足で追う。廊下にはレイチェル達以外誰も居ないし、きっと聞こえているだろう。けれど、早足で進んで行くドラコは振り返ってくれないし、足を緩めることもない。レイチェルはもう一度、今度はさっきよりも大きく名前を呼んだ。

「ドラコ、待って」

今度こそ絶対に聞こえたはずだ。距離もあと2メートルまで縮んだところで、ドラコは緩慢な動作で振り返った。こちらを見据える温度のない瞳がいつかのルシウス・マルフォイそっくりで、レイチェルは思わず怯んでしまった。

「何か?」
「えっと……その……もしかしたら、何か誤解してるんじゃないかと思って」
「誤解?」

ドラコが怪訝そうに眉根を寄せた。その様子はやっぱり父親によく似ていて、妙に迫力がある。いつも以上に丁寧で気取った口調は、きっと機嫌を損ねてしまったせいなのだろう。やっぱり怒らせてしまったらしい。いや、まあドラコが怒るのは当然だし、誤解されるような発言をしたレイチェルが悪いのも確かなのだけれど。

「何が誤解なんだ? 君は、ビーターがあのボンクラじゃなければハッフルパフはスリザリンに勝っていたはずだと考えている。そうだろう?」
「そんなこと……」

ない、とは言い切れなかった。ハッフルパフチーム全員がが実力を出し切れたところで、ニンバス2001もといスリザリンチームに勝てた────とは思わないけれど、セドリックはスニッチを取ることができたんじゃないかとは思った。どちらにしろ、スリザリンのシーカーであるドラコに対する侮辱だと言うことは変わりはない。

「本当にごめんなさい。ただ、もしも……もしもそうだったら、ハッフルパフはもう少し……その……悔いの残らない試合ができたんじゃないかって」
「くだらない」

必死に選んだレイチェルの言葉を、ドラコはばっさりと切り捨てた。

「もしもの話なんてしたって仕方がないだろう。結果が全てだ」
「そうだけど……」
「よく言うだろう。強い者が勝つんじゃない。勝った者が強いんだ」

いかにもスリザリン生らしい物言いだなと、レイチェルは俯いた。感情を差し挟まない。そして正論すぎて反論の余地もない。結果としてハッフルパフはスリザリンに負けたのだから、レイチェルが今更何を言ったって結果は変わらない。ドラコの言う通りだ。けれど、どうしてもドラコの言うことにひとつだけ納得できなかった。

「セドは……セドは、弱くないもの……」

別にレイチェルは、ハッフルパフが勝っても負けても、どっちだって良かった。全力を出し切って、それでも負けてしまったのなら、こう言っては何だけれど仕方がない。それならきっと、セドリックだって後悔はしなかっただろう。けれど、実際は違う。セドリックは実力を出し切れなくて、一方的に負けてしまって、自分のせいだと後悔している。そんなのってあまりにも可哀想だ。セドリックのせいじゃないのに。セドリックが悪いわけじゃないのに。セドリックの実力はあんなんじゃないのに。けれどそれもきっと、ドラコに言わせれば意味のないことなのだろう。ぎゅっと拳を握り締めて俯くレイチェルに、ドラコは小さく溜息を吐いた。

「……君はいつも、そいつの話ばかりだな」

ぽつりと呟かれた予想外の言葉に、レイチェルは思わず顔を上げた。思わず口から漏れてしまった言葉だったのか、ドラコははっとしたように口元を押さえて、ばつの悪そうな顔をした。気のせいか、少し頬が赤いような気もする。今の流れからすると、そいつと言うのは、セドリックのことだろうか。

「幼馴染だし……」

言って、レイチェルは気がついた。今までのレイチェルの周りの友人達────パメラやエリザベス、アンジェリーナやアリシア、ロジャー、フレッドにジョージ、オリバー、チャーリー────は、セドリックのこともレイチェルのこともどちらも知っている。だって校内や学年内での知名度はセドリックの方がレイチェルよりずっと上だ。それに、それ以外の人達も、レイチェルを「セドリックの幼馴染」として見るから、どうしてもセドリックの話になることが多い。しかし、そうではないドラコにとっては、セドリックの話は聞いていても退屈だったかもしれない。

「ごめんなさい……これからは、気を付けるわ」

レイチェルは反省して素直に謝罪の言葉を口にした。ドラコとレイチェルの共通点と言えばハリー・ポッターが嫌いだと言うことくらいだ。会う度に誰かの悪口を言うと言うのは気が滅入るので、話題がなくなるとレイチェルはつい自分の周りのこと───即ちセドリックの話になりがちだった。ドラコの機嫌を損ねる「グリフィンドール」と「マグル生まれ」を除外するとレイチェルの友人でドラコの知っている人なんてほとんど残らないのだから半ば仕方のないことと言えたが、確かに親しくもない人間の話しを延々と聞かされるのは苦痛だろう。エリザベスは唯一ドラコも知っているだろうけれど、エリザベスの話をしようとするとどうしてもパメラの話題も出て来てしまう。自分では話題がなくなって気詰まりにならないようにと気を遣っていたつもりだったのだが、ドラコにとっては却って迷惑だったのだろうか。しょんぼりと肩を落とすレイチェルに、ドラコは額を押さえてイライラと言った。

「違う……そうじゃない」
「えっと……そうじゃないって、何が?」

何がどうそうじゃないのか、そもそもどうしてドラコが苛立っているのか、レイチェルにはさっぱりわからなかった。ハッフルパフとスリザリンの試合の話をしていたはずなのに、どうしてセドリックの話になったんだろう。困惑するレイチェルを見て、ドラコはますます機嫌を悪くしたようだった。

「……もういい!」

今度こそ振り返ることなく早足で歩いていってしまった。口調はちっともいいとは思っていなさそうだったが、本人がそう言っているのだし放っておいていいのだろうか。それともやっぱり、怒らせてしまったのだし謝った方がいいのだろうか。けれど、何に対して謝ればいいのだろう。そして、今後ドラコとのお茶会のときにレイチェルは何の話題を用意すればいいのだろう。廊下の角へと消えた影を見送って、レイチェルは溜息を吐いた。

共通点の少ない友人と付き合うのって、楽しいけれど──────難しい。

とりとめのない話題

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