何不自由なく与えられて、甘やかされて育ってきた。自分のこれまでの人生について振り返るとき、レイチェルはぼんやりとそう考える。
愛されて大事に育てられたと、そんな風に言い換えた方がいいのかもしれない。それは、一般的には素晴らしいこととして受け取られるだろうし、レイチェルは自分が与えられた環境に感謝すべきなのだとわかっている。けれど同時に、自分が温室育ちの苦労知らずだと言う事実に劣等感に似たものを感じることがあった。周囲の同年代の子供と比べて、自分は幼く、考えも甘いんじゃないだろうか。誰に非難されたわけでもないけれど、そんな不安が心の片隅に常にあった。
「エリザベスほどじゃないけど、レイチェルって実は結構箱入りだよな」
以前、ロジャーからもそう言われたことがある。どんな流れでその会話が出たのかはもう忘れてしまったけれど、その言葉はやけに頭に残った。そして溶けて消えてしまうこともなくレイチェルの胸の奥底へ沈殿して、長い間燻っていた。その通りだと思う。自分は箱入りで、世間知らずだ。「箱」の外でレイチェルが傷つかないように、おじさんやおばさんが守ってくれたのだから、それはある意味当然のことなのかもしれない。騒がしい世間からは切り離された、静かなオッタリー・セント・キャッチポール。優しい人達と深い緑の木々に囲まれて育ったレイチェルは、エリザベスのように魔法界の複雑な事情に揉まれて来たわけでもないし、パメラのようにマグルの中で己を異端だと感じて怯えたこともない。おとぎ話のお姫様みたいに、優しい言葉と綺麗なものだけを与えられて、無邪気に笑っていればそれでよかった。レイチェルもセドリックも、それを許される幼い子供だったから。愛されて、守られて、子供らしく。あの頃のレイチェルにはよくわかっていなかったけれど────まだ社会情勢も不安定だった中で、そんな風に子供時代を過ごせたことは、きっとレイチェルが思うよりずっと幸福なことなのだろう。けれどそのせいで、自分の無知さが無意識のうちに誰かの心を抉っているんじゃないかと、そんな不安が消えない。箱入りと称されることは、たぶん褒め言葉ではないし、免罪符にもならないから。
実際、物心ついてから14歳になった今まで、レイチェルは自分の境遇を不幸だと感じたことはなかった。
母親は小説の執筆で忙しく、父親は仕事で国外に居る。そう聞くと、大抵の人間はレイチェルのことを「可哀想な子供」と認識する。両親に構ってもらえず寂しい思いをしているのだろうと、そんな風に。けれど、実際そんなことはなかった。確かに「普通」の家族のようにクリスマスに集まらないと泣いたこともあったけれど、そんな記憶は片手で足りるほどしかない。お隣に住んでいるディゴリー夫妻はレイチェルを実の娘のように可愛がって愛情を注いでくれたし、遊び相手はセドリックが居た。5歳の頃からテディベアを浮かせて遊んでいたから、自分がスクイブかもしれないと疑ったこともない。緑豊かなオッタリー・セント・キャッチポールで、レイチェルは幼馴染と一緒にのびのびとウサギやリスを追いかけていられた。
レイチェルが幸福な幼少時代を送ることができたのは、オッタリー・セント・キャッチポールが外界から隔離されていたことだけが理由ではない。たまに外の世界と接することがあっても、そこで出会う人々はレイチェルに辛くあたることはなかった。だって────否定する人も多く居るだろうけれど、今の魔法界においては重要なことに────レイチェルは純血だ。父親の生家であるグラント家はハッフルパフ家系では一応旧家と言われる血筋だし、母方のバングズ家も血筋はさほど古くないけれど、レイブンクローの純血家系としてそれなりに知られている。両親の結婚は、周囲の誰からも祝福されるものだったと聞かされた。離れて暮らしてはいるけれど、恋愛結婚をした両親は今でもそれなりに仲が良い。
幼いレイチェルを、周囲の人々は「グラント家の人間」として、もしくは「作家のロザリンド・アンチゴーネ・バングズの娘」として見る。父親はドラゴン研究所に勤めている「立派な」人間だし、母親は著名な作家だ。母親の書く恋愛小説を、女子供の読むものだと馬鹿にする人も居るけれど、それを知ったのもここ数年のこと。良識ある大人は、幼い子供の前で悪しざまに両親をこき下ろしたりはしない。それに、魔法界の有閑な貴婦人達の半分は母親の小説のファンだ。時折引っ張り出される社交の場でも、周囲はレイチェルに優しかった。
エリザベスやドラコを見ているとわかる。名家に生まれた子供達は与えられるものも多いけれど、いいことばかりじゃない。家同士の色々なしがらみに縛られて些細な会話や指先の動きにも気を配らなければならないし、上流階級らしい振る舞いができるよう、幼い頃から厳しい教育を受ける。行く先々に、行動に、常に家名がついて回るから。自分で結婚相手を選べないどころか、友達さえ自由には作れない人だって居る。
けれど、レイチェルにはそう言った悩みも関係がなかった。いや、もしも、レイチェルの立場がほんの少し違っていたら、そう言った悩みと向き合わなければいけなかったのかもしれない。事実、レイチェルの母方のいとこ達は、レディ教育や紳士教育を叩きこまれている。しかし、ルーマニアでドラゴンの研究に夢中な父親と、オッタリー・セント・キャッチポールに引きこもっている母親が、それぞれの家の当主になることを求められるはずもない。そう言った面倒な事情は全て叔父達が引き受けたので、レイチェルには関係のない話だった。両親とも生家と縁を切ったわけではないから親戚付き合いはあるにはあるけれど、何しろ両親とも自分達の仕事に忙しくしているのでそう密度の高い関係ができるはずもない。母方のいとこ達の気取った話し方は好きじゃなかったし、父方のいとこ達はレイチェルの遊び相手には年が離れすぎている。レースやフリルで飾られた窮屈なワンピースに押し込められていとこ達と中身のないおしゃべりをするより、セドリックとストーツヘッド・ヒルでおもちゃの箒を乗り回してる方がずっと楽しくて、気が楽だった。淡い色のバラやスミレの砂糖菓子の乗った繊細なケーキは綺麗だけれど、おばさんが焼いたスコーンやアップルパイの方がずっとおいしい。
いとこ達の目から見れば、レイチェルは随分と傲慢で、疎ましいものとして映ったかもしれない。血筋は純血だから、周囲からはそれなりに扱われる。けれど、それゆえのしがらみも苦労も、何もない。同じ赤を体内に流す中で、レイチェルだけが自由だった。
名家の人間らしく振る舞わなければいけないと言う強迫観念。周囲からの抑圧。自分の思い通りに振る舞えないことへの苛立ち。閉塞感。似たような立場に生まれた子供達なら味わって来たはずの感情を、レイチェルだけが知らない。家同士の関わりも、相手の生まれも、何もかも意識の外に置いておける。
純血主義も、マグル排斥も。ホグワーツに入学する前のレイチェルには、全てが厚みを持たない活字だけの存在で、遠い世界のできごとだった。
ホグワーツに入学して、レイチェルはようやく純血主義が過去の遺物ではなかったことを目の当たりにした。
それは友人になったパメラ・ジョーンズがマグル生まれであったことも一因だったけれど、そうでなくともホグワーツには血筋による差別が横行している。よほど周囲に無関心でない限り、入学して1週間も経てば誰でも気がつくだろう。廊下でスリザリンの生徒がマグル生まれの生徒を狙って呪いをかけることは決して珍しいことじゃない。魔法界と言う狭いコミュニティの中では、誰が純血で誰がマグル生まれなのか、わかる人間にはわかってしまう。家名を偽りでもしない限り、はじめましてと名乗ったその瞬間に。純血主義の家系はの子供達は、殊更にそう言った情報に敏感だ。家系図やタペストリーを遡って覚えることを強制されなかったレイチェルには、誰が純血で誰が混血なのかさっぱりだけれど、スリザリン生徒の誰かに聞けば全校生徒を純血か混血かマグル生まれか、綺麗に分類してくれるだろう。そして彼らは、「マグル生まれ」のレッテルを貼られた生徒には信じられないほど残酷になれる。ドラコのように「穢れた血」と口に出す生徒はそう居ないけれど、それだってマグル生まれの生徒が傷つかないようになんて理由じゃない。単に、自分の品性や教養が疑われるからだ。自分の評価が下がるから。決定的な侮蔑の言葉を口に出さなければ、「マグル生まれだから」気に入らないんじゃなく、ただ単に反りが合わないのだと言い訳できるから。もしかしたらスリザリンの談話室では聞くに堪えない侮蔑が飛び交っているのかもしれないけれど、少なくともレイチェルがこの4年間で「穢れた血」と耳にしたのはたった3回きりだ。それが多いのか少ないのか、レイチェルにはよくわからない。生徒のほとんどが純血だった頃のホグワーツでは、きっと今以上に差別はひどかったのだろうし、親戚の大人達の話を聞く限りは昔と比べるとかなり生まれを気にしなくなってきているらしい。それでもやっぱり、マグル生まれに対する差別は残っている。いくら混血の魔法使いが増えて、マグルと魔法使いは友好関係にあるべきだと魔法省が提唱していても、人々に根付いた価値観はそう簡単には変わらない。
今の魔法界は、レイチェルよりもずっと昔に生きていた、純血の魔法使い達が作ったものだ。彼らにとって都合の良い制度が敷かれて、彼らに有利な法律が定められている。魔法界の仕組みそのものが、純血優位に出来ているのだ。現職の魔法省の高官たちだって、ほとんどが純血家系の出身だ。これから先は変わっていくだろうと言われていても、きっとまだ数十年は純血が珍重されるのだろう。純血主義が当たり前だった時代の大人達が生きているうちは。むしろ、ますますその傾向は強まっていくかもしれない。50年前と違って、純血であることはもう「当たり前」じゃない。宝石や透明マントとみたいに、希少になればなるほど、その価値は上がっていくのかもしれない。
今まで純血主義だとか、マグル排斥だとか───そう言ったことは、「大人の事情」として深く考えることを避けてきた。スリザリンの生徒達だって、自分達の親がそうだから、その真似をしてマグル生まれの生徒を見下しているだけだ。そう思っていた。けれど、今、ホグワーツで起こっている騒ぎの首謀者は間違いなく純血主義思想を持った誰かで、マグル生まれの生徒が襲われている。今までみたいな、大人の事情なんかじゃない。もう、目を逸らして、無関心ではいられない。
レイチェルは、純血主義を賛美する気にはなれない。「純血だから」と言うただそれだけで、自分がパメラやハーマイオニーより価値のある人間だなんて思えない。エリザベスだってきっと同じだ。けれど、純血主義を振りかざすスリザリン生達に向かって、馬鹿馬鹿しいと反論することはあっても、純血主義は間違っているのだと説き伏せることはしなかった。レイチェルの言葉では彼らの価値観は変わらないだろうと思っていたし、何より彼らを見下して笑えるほど、レイチェルには彼らのことを他人事と切り捨てられなかった。
─────もしも、両親のどちらかが純血主義者だったら。隣に住んでいるのが善良なディゴリー夫妻ではなく、純血主義を躊躇いなく口にする誰かだったら。マグルは自分達よりも下等な存在なのだと、幼いうちから刷り込まれていたら。はたして自分は、今のようにパメラと笑いあえていただろうか。そんな不安が、心のどこかにあった。ドラコを切り捨てられなかったのも、きっとそのせいだ。もしもレイチェルを取り巻く環境が少し違っていたら、今頃は首元のネクタイは青じゃなく緑で、ハーマイオニーを穢れた血と罵っていたかもしれない。
レイチェルが物心ついた頃からマグルの文化に目を輝かせていられたのは、周囲にレイチェルの好奇心を否定する大人が居なかったからだ。誰に似たのかしらと苦笑しながら、それを放任してくれた母親。マグルの技術には詳しくなかったけれど、奇妙で面白いと笑って聞いてくれるエイモスおじさん。ホグワーツにはマグル学と言う科目があることを教えてくれたおばさん。誰も、レイチェルがマグルに興味を持つことを咎めなかった。マグルの子供達と遊ぶことは禁じられたけれど、それはおじさん達が純血主義だからじゃない。まだ力を上手くコントロールができないレイチェルが魔法を暴発させてマグルに怪我をさせてしまったら、レイチェルも彼らも傷つくからだ。ストーツヘッド・ヒルの樫の木の枝に腰かけて、何時間もオッタリ―・セント・キャッチポールを眺めるレイチェルを、誰も咎めたりしなかった。だからレイチェルは、純血主義にならずに済んだ。拾ったマグルのがらくたを弄くり回して、セドリックと一緒に何に使うのかと想像して遊ぶことができた。
だから────だから、そう。レイチェルは自分が純血主義者だと思ったことは1度だってなかった。環境が違えば、そうなっていたかもしれない。けれど、レイチェルは違う。レイチェルはそうならずに済んだ。マグルが好きだし、マグルの道具や文化も好きだし、マグル生まれの親友が居る。パメラがレイチェルよりずっとたくさん友達がいて、ペネロピーが優しくて、ハーマイオニーがどんなに賢いか知っている。レイチェル自身の生まれは確かに純血だけれど、純血主義者じゃない。そう思っていた。────けれど。
けれど、レイチェルは純血か混血かの詳しい出自は知らなくても、新入生の組分けを聞けば、魔法族の家名かどうかくらいなら判別することができる。ああ、この子は魔法族の子なんだなと、そんな些細な先入観を持っていないとは言い切れない。純血主義と聞くと例のあの人のようなマグル排斥を思い浮かべがちだけれど、根本にあるのは生まれによって人を差別すると言うことだ。そんなことはしてないと、本当に言えるだろうか。
レイチェルの親友のパメラはマグル生まれだ。初めて会ったのは、組分けの儀式の後の晩餐だった。レイチェルの向かいの席に座っていた、真っ直ぐに伸びた綺麗な金髪と明るいブルーの目をした女の子。緊張している様子だったけれど、話してみたらとても明るくて楽しくて、いい子だった。そして何より、マグル生まれだから────レイチェルの知らないマグルの道具や文化を知っているから、だから仲良くなりたいと思った。勿論、パメラの人柄に惹かれた面も大きい。マグル生まれじゃなくたって、パメラとは親友になれただろう。けれど、パメラがマグル生まれだと言う理由でレイチェルが彼女に強く興味を惹かれたのは事実だった。純血主義者ではないと言いながら、レイチェルも十分に人を生まれで判断している。パメラにペネロピーに、ハーマイオニー。レイチェルは本当に、純粋に、彼女達の生まれを全く気にしていないと胸を張れるだろうか? もしかしたら無意識の内に、マグル生まれだからと、線を引いているんじゃないだろうか? マグルの文化に強く興味を示すのは、マグルの文化を奇異なものだと───魔法生物の生態を研究するみたいに、自分とは違う存在だと見下しているからじゃないと言えるだろうか?
──────自分は本当に、純血主義者ではないのだろうか。
水晶玉の曇りみたいに、不安は胸の中をぐるぐる回るばかりでちっとも晴れてくれない。
ハーマイオニーは引き続き入院していたけれど、レイチェルはあれ以来医務室には足を運んでいなかった。いや、実際には足を運んだのだけれど、マダム・ポンフリーに面会を許してもらえなかった。会えない代わりに「どうか考え直して」とふくろう便を送ってみたものの、ハーマイオニーの決意は変わらないようだった。それ以降、何もハーマイオニーとは喋っていないし、手紙も交わしていない。
このまま、こうやって他人みたいに過ごして行くうちに、本当に他人になってしまうのだろうか。
そう考えると苦い薬でも飲んだみたいに気分が沈んだけれど、継承者を捕まえようなんて無茶をしようとしているハーマイオニーを応援しようと言う気には到底なれなかったし、ハーマイオニーが考えを変えてくれることもないだろう。それなら結局、このままだ。どちらかが折れない限り、歩み寄ることはできない。
入院が長引いていることは心配だったけれど、校内を歩いていてもハーマイオニーと顔を合わせることがない事実は、どこかレイチェルを安心させた。今のレイチェルには、ハーマイオニーとどう接すればいいのかがわからない。自分は純血主義者かもしれないと言う不安が膨らんで、肺を圧迫する。いっそ誰かに尋ねてみればいいのかもしれない。エリザベスに聞けば「そんなはずはないわ」と真剣な顔で否定してくれるだろうし、パメラならば「あれだけマグルマグル言ってる人が純血主義なわけないでしょ!」と笑い飛ばしてくれるだろう。けれどレイチェルはそうしようとは思えなかった。否定してもらって安心しても、結局その場しのぎにしかならないとわかっていたから。
レイチェルの不安は、「自分が周囲から見て純血主義に見えるか」じゃなく、「自分は心の奥底ではマグル生まれを見下してるんじゃないか」だ。自分でもわからないレイチェルの心の中のことなんて、誰かに聞いたってわかるはずがない。たとえ、レイチェルをよく知っているセドリックでもだ。セドリックは────セドリックなら、きっと、驚いてどうしてレイチェルがそう思ったかを聞くだろう。そして、純血主義とは何かを真剣に考え込むに違いない。
「レイチェル」
「……セド」
そんなことを考えていたら、廊下の向こうから本人が現れた。カナリアイエローの競技用ローブを着て、右手には箒を持っているところを見ると、クィディッチの練習があるのだろう。レイチェルは知らず入っていた肩の力を抜いた。
「これから練習? 頑張ってね」
あまり深刻に見えないよう笑みを浮かべてみせて、レイチェルはセドリックを見返した。そうしてそのまま脇を通り過ぎようとした─────けれど、腕を掴まれたことでその場に縫い止められた。眉を寄せて、肩越しにセドリックを振り返る。
「……何?」
「最近、元気がないから……」
「……心配し過ぎよ。今のホグワーツでも元気いっぱいなのなんて、フレッドとジョージくらいでしょ? 私、あの2人よりは多少繊細にできてるつもりだけど」
「レイチェル」
冗談めかして笑ってみせたのに、セドリックは真剣な表情のままだった。諭すような響きに、言葉を飲む。授業くらいでしか顔を合わせていないのに、どうしてわかってしまうんだろう。レイチェルはギュッと唇を噛みしめて俯いた。
「……また喧嘩したわ、ハーマイオニーと」
拳を握り締めて、廊下のタイルの模様をじっと見つめる。そうしなければ、気が緩んで泣いてしまうような気がした。俯いたレイチェルの髪を、温かい手の平が撫でる。頭の上から、穏やかで優しい声が降って来た。
「きっと、仲直りできるよ」
「……そうしたいわ。でも……」
仲直りしたいと言う気持ちは勿論ある。また前みたいに笑い合って、一緒に勉強したい。けれど、レイチェルはハーマイオニーがやろうとしていることを肯定できない。だって、そんなの間違っている。けれど、自分が正しいのだとも言いきれない。ハーマイオニーの継承者に対する怒りは正しいのだとは思う。今のホグワーツで横行している理不尽な暴力と、卑劣で残忍な継承者の手段に対して憤るのは当然だ。そうすべきだと思う。許してはいけない。レイチェルだって、そう思う。
「……私、」
怒るのは当然だ。黙って見ているだけなんてできないと言うハーマイオニーの気持ちもわかる。けれど、危ないことはしないでほしい。今回は魔法薬の誤作用で済んだけれど、もしももっと酷い怪我をしたり、ハーマイオニーまで石になってしまったら。そんなの嫌だ。
「私、ハーマイオニーの友達で居て、いいのかしら」
危険に首を突っ込もうとしている友達を止めることは、きっと間違いじゃない。心配しているのだって本当だ。けれど、ハーマイオニーからすれば、何もせずにただ見ていろと言われたと思ったかもしれない。そんなつもりはなかったけれど、レイチェルが言ったのはそう言うことだ。継承者の理不尽をただ黙って耐えろと、ハーマイオニーに、マグル生まれの彼女にそう言ってしまった。
レイチェルは純血主義者じゃない。純血主義なんかじゃない。マグルを馬鹿にしてなんかいないし、自分が純血だから偉いなんて思ってもいない。けれど、ただ見ているだけだ。継承者が最低だと思いながら、何もしていない。何も言わない。何も言えない。何もできない。そして、純血主義の価値観を持つドラコとも親しくしている。
レイチェルはドラコが好きだ。レイチェルが母親からの愛情を疑っていたときに、レイチェルの背中を押す言葉をくれた人だから。他の人には意地悪かもしれないけれど、レイチェルには優しくしてくれたから。けれど、ドラコはマグル生まれのハーマイオニーを嫌って、見下している。ハーマイオニーがそんな相手を好きになれるはずがないことも、レイチェルは知っている。
レイチェルには、今の自分がひどく中途半端に思えた。年下だけれどレイチェルよりずっと聡明で、思いやりがあって、可愛らしいハーマイオニー。レイチェルの素晴らしい友人。レイチェルはハーマイオニーと友達になれたことが誇らしい。けれど、それに対して自分はどうだろう。
苦労知らずの、温室育ち。甘やかされて、守られてばかりだったから、いざと言うときに何もできない。だって現にほら、またこうやってセドリックに守られている。レイチェルの弱音に、セドリックがそんなことないよと言ってくれるのを期待している。悔しさなのか、それとも安心からなのか、意味もなく滲みそうになる涙をこらえようと飲み込んだ。甘えてばかりは嫌だと思うのに、結局こうやって頼ってしまう。いつだって口ばかりで、何もできない。だからきっと、ハーマイオニーもレイチェルに何も相談してくれなかったのだろう。
もしもハーマイオニーがレイチェルとドラコがおしゃべりしているところを見たら、一体どんな風に思っただろう。ドラコがハーマイオニーを穢れた血と呼んだことを知っていて、それでもレイチェルはドラコと仲直りすることを選んだ。
ハーマイオニーとこのまま絶交なんて嫌だ。そう思う。────けれど。仲直りしたいと言い出すことが、今のレイチェルにはひどく都合のいい言葉に思えた。
自分は、ハーマイオニーの友人に相応しくない。