硝子の向こう側の景色が、白く霞んでいく。
それぞれに楽しいクリスマスを過ごすことができたのか、汽車へ乗り込む生徒達の表情は休暇前とは打って変わって晴れやかだった。キングズクロスを出発したホグワーツ特急は、高層ビルが立ち並ぶロンドンの町を離れ、窓の外はのどかな田園風景へと変わっていく。しかし、空からちらつく雪が、それすらも覆い隠してしまうせいで、汽車の中はまるで外の時間の流れから切り離されてしまったようだった。車内販売ワゴンで買いこんだお菓子やかぼちゃジュースを囲み、レイチェルは親友達とのおしゃべりに花を咲かせた。

「それでね、マグルのイルミネーションって、すごいのよ! エリザベスも来ればよかったのに」
「行きたかったけれど……パーティーに顔を出さないなんてことになったら、お母様に叱られてしまうわ……それに、マグルの町なんて……もし2人とはぐれてしまったらどうしたらいいのかわからないもの」
「まあ確かにクリスマスのロンドンは人が多いし、エリザベスは迷子になったら大変かもね」
「脅かさないでよパメラ! エリザベスがますます不安がるじゃない」

エリザベスの顔が青ざめたのを見てレイチェルがたしなめると、パメラはごめんごめんと舌を出してみせた。生粋の魔法界育ちのエリザベスは、ただでさえレイチェルと違ってマグルの町に行ったりマグルと関わったりすることに消極的なのだ。怖がらせるようなことを言うのはよくない。レイチェルが全くと溜息を吐いていると、パメラは何かを思い出したようにパチンと手を叩いた。

「それより、見て! これ、パパとママがクリスマスにくれたの! 綺麗でしょ?」

パメラは豊かな金髪をかき上げ、レイチェル達に自分の耳がよく見えるようにした。パメラの耳朶には、小さなハート型のピアスがきらりと光っている。少し紫がかった鮮やかな赤で、パメラにとてもよく似合っていた。

「とても素敵ね。ルビーかしら?」
「そう! さすがね、エリザベス! って言っても、本物じゃなくて、合成だけどね! つまり、科学技術で人工的に作った宝石ってことよ」
「マグルの技術ってそんなこともできるの? 本物みたい!」
「……予想通りの反応ね、レイチェル。見る?」
「見たい!」

パメラが貸してくれたピアスを手の平の上に乗せて観察しながら、レイチェルはおしゃべりを続けるパメラとエリザベスをちらりと盗み見た。休暇前のエリザベスは継承者騒動のことで神経をすり減らしていたようだったし、パメラもクリスマスに会った時は少し様子が変だったけれど、2人ともすっかり元気になったようだ。いつもと変わらない親友達の様子に、レイチェルはホッと息を吐いた。

レイチェルはクリスマスに何をもらったの?」
「私はね……」

たった2週間会わなかっただけだけれど、話したいことは山ほどある。3人ともおしゃべりに夢中になり過ぎて、制服に着替えるのをすっかり忘れていたほどだ。汽車がホグワーツに到着するその瞬間まで、レイチェルは親友達と楽しい時間を過ごすことができた。

レイチェル、どこ行くの?」
「ちょっと用があるの。先に部屋に行ってて!」

ホグワーツの城門をくぐったレイチェルは、パメラ達と別れてレイブンクロー塔とは反対の方向へ向かうことにした。さっきの汽車の中で思い出した、ハーマイオニーからもらったクリスマスプレゼント。その感想を、ぜひとも本人に伝えたかったからだ。今回もハーマイオニーから届いたのはマグルの小説だった。本をもらったことに対するお礼は手紙にも書いたけれど、実際の本の内容についてはまだだ。ハーマイオニーはどこだろう。とりあえず図書室と大広間を覗いてみたのだけれど、どうやら居ないようだった。だとすれば、他に考えられるのはグリフィンドール寮の中だ。けれど、それだとレイチェルは誰かに呼んで来てもらわないといけない。誰か、同級生のグリフィンドール生が見つかるといいのだけれど……そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、角を曲がったところで誰かにぶつかってしまった。

「……っと、大丈夫?」
「ごめんなさい……ありがとう、オリバー」
「どういたしまして」

反動で後ろによろけてレイチェルはバランスを崩してしまったけれど、ウッドが支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。休暇明け早々怪我をして医務室を訪ねることになったら、きっとマダム・ポンフリーはお冠だろう。レイチェルは思わず小さく息を吐いた。体勢を立て直し、自分よりも背の高いウッドを見上げる。

「何だか、貴方とはよくぶつかってる気がするわ」
「確かに。俺もそんな気がする」
「……説得力ないかもしれないけど、別に私、そんなに頻繁に誰かとぶつかってるってわけじゃないのよ」
「初めて知ったよ」

そう言えば、最初に会った時も廊下でぶつかってしまった時だったような気がする。箒小屋での一件と言い、ウッドには何だか妙なところばかり見られてしまっている。思わず視線を逸らして俯くと、ウッドがおかしそうに笑ったので、レイチェルは早めに話題を変えることにした。

「ハーマイオニーを知らない? 大広間と図書室には行ってみたんだけど、見つからなくて」

そう言えば、ウッドもグリフィンドール生だ。もしもハーマイオニーが談話室に居たとしたら、その姿を見かけたかもしれない。そう思ってレイチェルが尋ねると、ウッドは困ったように眉を下げた。

「あー……俺も、さっき戻って来た所だから、人から聞いたんだけど。実は……」

気まずそうに視線を落としたウッドが教えてくれたのは、レイチェルにとっては予想外の内容だった。

 

 

「面会謝絶です」

険しい顔でそう告げるマダム・ポンフリーに、レイチェルはぱちりと瞬きをした。ウッドの話によれば、ハーマイオニーは数日前から医務室に入院しているらしい。まさか継承者に襲われたのかとレイチェルは青ざめたけれど、どうやらそうではないらしいと否定された。仲良しのハリー・ポッターやロン・ウィーズリーがハーマイオニーは襲われていないと証言しているのだと。とは言え、何日も入院しているとなると、一大事であることに変わりはない。慌てて医務室にお見舞いに向かったレイチェルへマダムが言い放ったのが、先程の一言だった。面会謝絶。ただならない響きだ。ロジャーがクィディッチで足を骨折したときだって、お見舞いはできたのに。

「そんなに悪いんですか?」
「命に別状はありません。来月には退院できます」
「来月?」

神経質に返すマダムの言葉に、レイチェルは今度こそ驚いてポカンと口を開けてしまった。大抵の怪我や病気なら1週間もあれば治してしまうマダム・ポンフリーが、治療に1ヶ月もかかるだなんて。一体、ハーマイオニーはどんな性質の悪い呪いをかけられたと言うのだろう?

「お願いします、マダム……ほんの少しの間でいいですから」

レイチェルは胸の前で手を組み、マダムを真剣に見つめた。マダム・ポンフリーの治療を信用していないわけじゃない。マダムが来月に退院と言うのだから、必ず来月には元気に退院できるのだろう。面会謝絶と言うのも、何か理由があるはずだ、らしかし、友達がそんな深刻な状況だと言うのに「そうですか、じゃあお大事によろしく」なんて、簡単には引き下がれない。

「しかしですね、ミス・グラント……」
「その声……レイチェル?」
「ハーマイオニー?」

マダムが何か言おうとした時、医務室の奥から声がした。ハーマイオニーだ。普通に声が出せると言うことは、ウッドの言っていた通り、ハーマイオニーは他の犠牲者のように石になってしまったわけではないらしい。レイチェルがホッとして肩の力を抜くと、ハーマイオニーが遠慮がちに言葉を続けた。

「あの……マダム・ポンフリー。彼女は、私の友達です。だから……」
「……15分だけですよ」

マダムはあまり気が進まなそうだったけれど、そう告げると踵を返した。仕事へと戻ることにしたらしい。レイチェルはそろそろと医務室の奥へ進んだ。壁に沿っていくつも並んでいるベッドは、空いているもの以外は全てカーテンで覆われている。きっとその1つ1つの中には、石にされてしまった犠牲者達が居るのだろうと考えると、レイチェルは胃のあたりが沈んでいくような気がした。

「こっちよ、レイチェル

カーテンの隙間から手招きするのが見えて、ハーマイオニーのベッドへと駆け寄った。ハーマイオニーのベッドもやっぱりカーテンに覆われている。けれど、サイドテーブルに彼女の友人達が持って来たらしいお菓子や、「暇潰しの軽い読書」用の分厚い本が置かれているところは、他のベッドとは違っていた。

「私、継承者に襲われたってことになってるみたいなの。だから、私が石になってるんじゃないかって医務室を覗きに来る人がたくさん居るのよ」
「このタイミングじゃ、誰だってそう思うわ……私もびっくりしたもの」

カーテン越しに聞こえてくるハーマイオニーの声が思ったよりもずっと元気そうだったので、レイチェルは胸を撫で下ろした。とりあえずは安心だ。しかし、こんなに近くに居るのにカーテン越しに会話をするのって奇妙な気分だ。レイチェルは白い布地にそっと手をかけた。

「開けてもいい?」
「ダメ!」

ハーマイオニーが予想外に強い口調で叫んだので、レイチェルは驚いて思わずカーテンから手を放した。医務室の静寂の中では、レールと金具が擦れ合う硬質な音がやけに響く。しんと重たい沈黙が落ちた。緊迫した空気に、ハーマイオニーがハッとしたように息を飲むのがわかった。

「ごめんなさい……でも……私、今、その…………ひどいから」
「ええ……わかったわ。私こそ、ごめんなさい」

弱々しいハーマイオニーの声に、レイチェルこそ申し訳なくなった。できるなら顔を見て話したかっただけで、まさかハーマイオニーがこんなに嫌がるとは思わなかったのだ。ひどいにきびが出来てしまったとか、そんなことだろうか? いや、でも、それなら治療に1ヶ月もかかるなんてことはなさそうだけれど。レイチェルはわからないと首を傾げた。

「いつから入院してるの?」
「クリスマスの夜よ。それからは、ずっと医務室に居たの。だから、とっても楽しい休暇ってわけにはいかなかったわ。レイチェルのクリスマスはどうだったの?」
「……そう! 聞いて、ハーマイオニー。私、マグルの町のイルミネーションを見に行ったの!」

パチンと手を叩いて、レイチェルはクリスマス休暇の間に自分が体験したことをハーマイオニーに話して聞かせた。電飾で彩られた美しい町に、初めて乗った地下鉄。しかし、ハーマイオニーが特に興味を示したのは、夜の騎士バスや魔法省の中についてだった。おしゃべりに夢中になり過ぎたせいで、1度マダム・ポンフリーが注意されてしまった。が、反省して潜めたはずの声も、会話に集中する内にやがてまた元通りの大きさへと戻ってしまうのだった。

 

 

時計を見ると、マダム・ポンフリーとの約束の15分はとっくに過ぎて、30分以上も話しこんでしまっていた。そろそろ引き上げないと、さすがにマダムの仕事の邪魔になってしまうだろう。まだまだ話し足りない気はしたけれど、レイチェルは寮へ戻ることにした。

「それじゃあ私、もう行くわ。次にお見舞いに来る時には、何か本を持って来るわね」
「本当? 嬉しいわ! ベッドに寝てるだけじゃ退屈なんだもの」
「マダム・ピンスにお勧めを聞いてみるわ。きっと休暇中にまた新しい本が入荷してると思う、し……っ!?」

椅子から立ち上がり、1歩踏み出そうとした瞬間、床ではない何かを踏んだ感触がした。バランスを崩し、前につんのめったレイチェルは、咄嗟に目の前にあったカーテンの布地を掴んだ。が、それでも支え切れずに、レイチェルはそのままハーマイオニーのベッドへと倒れ込んでしまった。

「フレッドとジョージが持ってきた悪戯グッズだわ。……もう、あの2人ったら! レイチェル、大丈夫!?」
「ええ……ごめんなさい、ハーマイオニー。カーテン、が……」

どうやら魔法がかけられていたらしいゴム製のアヒルが、ガーガーと間の抜けた鳴き声を上げながら床を横切っていく。レイチェルは打ちつけた鼻を押さえながら、体を起こして────目の前に広がる光景に、固まってしまった。

「ハ、ハーマイオニー……? ど、どうしたの? それ……」

笑顔を浮かべようとしたはずだったけれど、頬が奇妙に引きつってしまっているのが自分でもわかるし、声も上ずってしまった。レイチェルの目の前に居る人物───いや、人物と言う言葉にすらなんだか違和感を感じてしまう───が、焦ったように両手で顔を覆った。レイチェルが今までハーマイオニーだと思って会話をしていた相手は、何とも言えない奇妙な出で立ちだった。見慣れたふわふわの栗色の髪はそのままだったが、それを押し分けるようにして長い三角の耳が突き出している。白く滑らかなはずの肌は、真っ黒な毛でびっしり覆われていた。いつもなら好奇心に輝く褐色の目は、不気味く黄色に光っている。────まるで、猫みたいだ。魔法生物飼育学の教科書に載っていたとしてもおかしくない。しかし、声はハーマイオニーだった。一体何がどうなって、こんなことになったのだろう。性質の悪い呪いだろうか? いや、生徒がかける程度の呪いなら、マダム・ポンフリーが治療に1ヶ月もかかることはないだろう。だとすれば、何か珍しい病気か、魔法薬────混乱する頭の淵で、レイチェルはあることを思い出した。

「……あなたが借りてた魔法薬の禁書と何か関係があるの?」

あれはいつだっただろう。図書室の貸出リストにハーマイオニーの名前を見つけた。しかも、閲覧禁止の棚にある本のタイトルと一緒に。マダム・ピンスもぼやいていた。「2年生にこんな危険な本を貸し出すなんて」と────それに、そうだ。図書室で会ったときに、ハーマイオニーからは、薬を調合しているような匂いがして────それなのに、パドマはその日グリフィンドールは魔法薬学の授業はないと────考えてみれば、おかしいことはいくつも転がっていた。

「……いいえ」

ハーマイオニーが静かに首を振る。嘘だな、とレイチェルは思った。ハーマイオニーは嘘が下手だ。わかりやすすぎるほどに下手くそな嘘を吐くのに、レイチェルには決して真実を教えてくれない。去年の学期末もそうだった。レイチェルは全てが終わった後になってハーマイオニーを問い詰めて、ようやく真相の欠片を手にするのだ。友達同士だって、秘密はある。踏み込み過ぎれば、嫌われてしまうかもしれない。だから、嘘に気づかない振りをしてきた。けれど、こんなひどい状況になっていることがわかってしまった以上、そうも言っていられない。一体、何をどうしたら頭から猫の耳が生えると言うのだろう。

「お願い。本当のことを言って、ハーマイオニー」

できるだけ責めるような口調にならないよう意識しながら、そう告げる。しかし、ハーマイオニーはギュッと唇を真一文字に結んだままだ。予想はしていたけれど、やっぱり言うつもりはないらしい。でも、レイチェルだって退くつもりはない。ハーマイオニーの反応からすると、魔法薬の何かの作用でこうなったことは間違いないだろう。きちんと調合が成功していたのなら、マダムがすぐにどうにかできるだろうし、きっとこれは失敗の結果だ。猫に変身するつもりで、上手くいかなかったのだろうか? 変身。猫。動物。失敗────頭の中をよぎったそんな単語に、レイチェルはまさか、と思った。

「……ポリジュース薬?」

半信半疑でそう口に出してみると、ハーマイオニーの瞳が揺れた。どうやら当たりだったらしい。まだ授業では習っていないけれど、存在は知っている。変身したい相手の体の一部を加えて飲むと、限られた時間だけその姿に変身できる薬。そして、変身に使えるのはヒトだけだ。動物では正しい効果は得られない。

「一体、何に使ったの? ……そもそも、ポリジュースなんて、生徒用の棚に置いてある材料だけじゃ作れないでしょ?」

ポリジュースは、禁書に載っているような────つまり、NEWTレベルの薬だ。薬自体が成功したのか失敗したのかはわからないけれど、そもそもヒトの体の構造を丸ごと作り替えるような強い効果を得られる薬には、強い材料が必要だ。生徒が勝手に使っていい材料棚には、そんな危険なものは置いていない。一体どうやって薬の材料を入手したのだろう。いや、それより、フレッドとジョージならともかく、優等生のハーマイオニーがそこまでして薬を調合とする理由なんて────。

「…………秘密の部屋のことと、何か関係があるの?」

そう尋ねると、ハーマイオニーが肩を揺らした。やっぱりだ。ハーマイオニーが規則を破ってまで何かしようとする理由なんて、今のホグワーツではそれくらいしか考えられない。眉根を寄せたレイチェルの脳裏に、ハーマイオニーと仲良しの黒髪の少年の姿がよぎった。

「……また、ハリー・ポッター? ハリー・ポッターが、一緒に継承者を捕まえようってあなたを誘ったの?」

トロールに学期末の冒険。夏休みの法律違反に空飛ぶ車。狂ったブラッジャー。あの少年は、いつだって騒動の中心で、無謀な行動ばかりだ。レイチェルが溜息交じりに吐き出すと、ハーマイオニーは弾かれたように顔を上げ、必死に首を振った。

「違うわ……! ハリーは、そんなこと言ってない」
「じゃあ、どうして?」

ハリー・ポッターが関係ないと言うのなら、ハーマイオニーの意志なのだろうか。黙りこむハーマイオニーを見て、レイチェルは1度深呼吸をした。落ち着こう。中途半端に開きっぱなしになっていたカーテンを元通りに閉じる。誰かが医務室へと入って来て、このハーマイオニーの姿が見られたら余計な憶測を呼ぶだろう。レイチェルが椅子に座ると、ハーマイオニーは静かに口を開いた。

「継承者のやってることは、許されないことだわ」
「そうね」

レイチェルだって、継承者のしていることは間違っていると思う。とてつもなく卑劣で、残酷で、こんなことは一刻も早くやめてほしい、とも。ハーマイオニーが今回何を目的にこんなことになったのかはわからないけれど、継承者を捕まえようと思ったのは純粋な正義感なのだろう。でも。

「それで、誰かがあなた達に継承者を捕まえてくれって頼んだの? ……そのためならどんな手段を使ってもいいって、そう言ったの?」
「違うわ。校則を破ったことは、悪いことだってわかってる。でも……」

どんなに優秀でも、ハーマイオニーはまだ2年生で、できることは少ない。それは、レイチェルも同じだ。ゴーストさえ石にしてしまうような怪物相手に戦えるなんて、思えない。どう考えても危険だし、無謀だ。下手に首を突っ込んだら、それこそ命を落としてしまうかもしれない。

「これ以上、好き勝手させたら、死人が出るわ……誰かがやらなきゃいけないのよ!」
「だからって、どうしてハーマイオニーが危険な目に遭わなきゃいけないの?」

ハーマイオニーの言うことは正しいのかもしれない。これ以上継承者を野放しにしてはいけない。誰かが捕まえなければいけない。けれど、どうしてその「誰か」が、よりにもよってレイチェルの友達のハーマイオニーでなければいけないのだろう?

「ハーマイオニー、お願い。ハリー・ポッターの英雄気取りに付き合うのはやめて」

レイチェルにとっては嫌いな相手でも、ハーマイオニーにとっては大事な友達だ。だから、今までハーマイオニーの前でハリー・ポッターを悪く言わないよう気をつけてきたつもりだった。でも、限界だ。嫌われてもいい。それでも、ハーマイオニーが危険なことに首を突っ込むのを見過ごすわけにはいかない。レイチェルがそう告げると、ハーマイオニーは静かに首を振った。

「違うわ。違うのよ、レイチェル
「……何が違うの?」
「継承者を捕まえたいと思ったのは、私の意志だわ。ハリーもロンも、関係ない。2人が反対しても、私、きっとポリジュースを調合したわ」
「貴方の気持ちはわかるわ……私だって、継承者に早く捕まってほしいと思ってる。でも……」
「……レイチェルには、わからないわ」

でも、継承者のことは先生達に任せるべきだ、と。そう続けるはずだったレイチェルの言葉は、途中で遮られた。思わず顔を上げたけれど、カーテンに隔てられているせいで、ハーマイオニーの顔が見えない。彼女の声は小さく、震えていた。

「だって……レイチェルは、私と違って、マグル生まれじゃないもの」

心臓がギュッと締めつけられたような気がした。頭の中に、色々な情景がフラッシュバックする。「穢れた血」と口にしたドラコ。パメラを嘲るスリザリンの同級生達。魔法省でのルシウス・マルフォイの言葉。声が出ない。何と返せばいいのかわからない。

「……約束したわ」

喉の奥から何とか絞り出せたのは、それだけだった。目頭が熱くなる。泣いてはいけない。ここで泣いてしまったらダメだ。冷静でいなければ。冷静に説得して、どうにかハーマイオニーに考え直してもらえなければいけない。頭ではそう思うのに、医務室の白が滲んでいく。

「もう、危険なことはしないって……貴方は、去年……私と、約束してくれたわ」

わかってくれていると、思っていた。あの時生きて帰ってこれたのは、自分達に「例のあの人」を上回る力があったからじゃない。運が良かったのだと。いや、きっと、わかっているのだろう。ハーマイオニーはちゃんとわかっている。それでも、危険を冒して、継承者を捕まると決めたのだ。

「……ごめんなさい、レイチェル

返って来た声は消え入りそうに小さかった。けれど、そこには確かな決意と、拒絶の響きがあった。握りしめた手の平に、爪が食い込む。そんな謝罪なんていらない。お願い。謝らなくていいから、危険なことはやめて。レイチェルがどんなに言葉を重ねたとしても、きっとハーマイオニーの決意は変えられない。
ハーマイオニーの正義感が────勇敢と紙一重の無謀さが、眩しくて、悲しい。結局また、何一つ頼ってもらえなかったことが、何も打ち明けてもらえなかったことが寂しい。

そして今も、彼女の決意を変える言葉を知らない自分が。どうしようもなく歯がゆくて、悔しかった。

全てを覆う白

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