クリスマス休暇はとても好きだ。けれど、こんなにも心待ちにしたことはこれまでになかったような気がする。
これはレイチェルだけでなく、周りの生徒達も同じ気持ちのようだった。一連の事件ですっかり気が滅入ってしまっているホグワーツ生達は、皆、ほんの少しの間でも懐かしい我が家で穏やかに過ごせる日々の訪れを、指折り数えて待っていた。
こんな暗い状況の中でも────いや、暗い状況だからこそ、クリスマスがいっそう楽しみだ。休暇前最後のホグズミード週末で、レイチェルは親友達や家族への贈り物やカードを熱心に選んだ。この時期のホグズミードは、文句なしに素敵だった。あちこちのドアに赤い木の実やまつぼっくりで飾られたクリスマスリースがかけられ、街路樹には七色に光るガラス玉や、金色の星や、クッキーや、色々なオーナメントが吊るされていて、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようだった。そんな賑やかな窓の外を眺めながら食べるビーフシチューやミンスパイも格別だ。マダム・ロスメルタが振る舞ってくれたバタービールの優しい甘さは、体だけでなく心まで温めてくれるようだった。夕暮れ時、小高い丘から見下ろしたホグズミードの町並みは、まるでクリスマスカードからそのまま飛び出してきたかのようだ。窓から漏れる温かで優しい灯りは、レイチェルのホームシックをますます募らせた。
クリスマスらしく飾り付けられたのは、ホグズミードだけではない。生徒達の不安や憂鬱が少しでも軽くなればと考えてくれたのか、教授達はいつにもまして城の中を華やかに彩った。大広間に並んでいるクリスマスツリーはどれも見上げるような大きさで、降り積もった銀色の霜がキラキラと輝いていた。宙に浮いた何百と言う蝋燭の炎が重なり合い、幻想的に揺れている。レイチェルは帰宅するので見ることはできないけれど、クリスマス当日はきっともっと素敵なのだろう。溶けないよう呪文をかけられた本物の雪の結晶のオーナメントをうっとりと眺めていると、心の中までキラキラと透き通っていくような気がする。……それでもやっぱり、事件を完全に忘れ去ることはできなかったのだけれど。

「やあ、ハリー。次は誰を襲うつもりだい?」

廊下を歩いていたレイチェルは、そんな声に足を止めた。この声は聞き覚えがある。フレッドかジョージかはわからないけれど、双子のウィーズリーのどちらかだ。そして彼らが話しかけているのは、今ホグワーツ中の注目の的であるハリー・ポッターだ。いや、まあ、今だけじゃなく、ハリー・ポッターは入学以来いつだって注目の的だけれど。

「……何やってるの?」

黒髪の痩せたシルエットが廊下の角へと消えて行ったのを見届けて、レイチェルはフレッドとジョージに声をかけた。同じタイミングで振り返った2人の周囲は、ぽかんと空間ができてしまっている。1年生の女の子が、慌てた様子でレイチェルの脇を走り抜けていった。2人の周りと言うか、たぶん、ハリー・ポッターが通ったからだ。ほとんど首なしニックとハッフルパフの2年生が襲われた事件以来、ハリー・ポッターが継承者なんじゃないかと言う疑惑はますます深まっていて、生徒達のほとんどはハリー・ポッターをあからさまに避けたり、ハリー・ポッターが通るとひそひそ囁いたりと、過剰反応を見せていた。
そう、レイチェルから言わせれば過剰反応だと思う。とは言え、彼らが不安がる気持ちもわかってしまう。

「……今は、悪ふざけはやめた方がいいんじゃない。貴方達にとっては冗談でも、本気にする人だって居るんだから」

どうせ言ったところで聞かないだろうなとは思いつつ、一応忠告してみる。本当にハリー・ポッターが継承者だと信じているのなら、今みたいにわざわざ自分から近寄って行くはずがない。フレッド達はきっと、そんな噂は馬鹿馬鹿しいと考えているのだろう。けれど、本気でハリー・ポッターが継承者だと信じて怖がっている下級生だって居るのだから、茶化したり火に油を注ぐような行動はよくないだろう。2人にとっては冗談でも、本気にする人の方が多いだろうし……冗談だとわかったとしても、それを笑えるような余裕がある人も少ないのだし。レイチェルが溜息を吐くと、フレッドが意外そうな顔をした。

「つまり、レイチェル。君はハリーがスリザリンの継承者じゃないって考えてるってわけだ」

その言葉に、レイチェルは瞬いた。確かに────双子が驚くのも無理はないのかもしれない。ハーマイオニーやアンジェリーナや、レイチェルの周りの人達は噂を信じてない人が多いけれど、学校全体から見ればそれが少数派なのは明らかだ。それに、レイチェルは彼女達と違ってハリー・ポッターと親しいわけでもない。躊躇いがちにレイチェルが頷くと、2人は何だか嬉しそうだった。

「意外だな。君はてっきりハリーが継承者だって言うかと思った。ほら、君、ハリーのこと好きじゃないだろ?」

肩を竦めてみせるジョージに、レイチェルはばつの悪い気持ちで視線を逸らした。バレている。いや、特に隠そうとしたわけでもなかったし、否定するつもりもないけれど……。興味深そうな2対の視線に、レイチェルは気まずくなって言葉を探した。

「まあ……確かに、私はハリー・ポッターが嫌いだけど」

レイチェルはハリー・ポッターが嫌いだ。1年生でシーカーになったことと言い、トロールに向かっていったことと言い、真夜中の散歩と言い、昨年末の冒険と言い、法律違反と言い、空飛ぶフォード・アングリアと言い、暴走ブラッジャーへの対応と言い、その原因を数え上げればきりがない。やることなすこと無謀だし、自分の力を過信しすぎているんじゃないかと思う。真面目にやっているセドリックをいつも見ているせいか、彼のやり方はレイチェルには到底賛同できない。おまけに自分だけが無茶苦茶をやっているならともかく、ハーマイオニーまで巻き込むし、レイチェルははっきり言ってハリー・ポッターが大嫌いだ。けれど。

「嫌いだけど……猫や下級生を石にするほど、ひどい人間だとは思わないわ」

だからと言って、ハリー・ポッターがあんな残酷なことをしたと言うのは考えにくいとも思う。ハーマイオニーの話を聞く限りは、正義感があって、優しい男の子なんだろうと言う印象だったし……たぶん、実際そうなのだろう。ただ、ちょっと────ちょっと、調子に乗っているだけで。

「どっちかって言うと……私はどうしてグリフィンドール生までが彼が犯人だって疑ってるかの方が不思議なんだけど……」

フレッドとジョージが何か言いたげにニヤニヤしたので、レイチェルはこの話題を切り上げることにした。それに、実際どうしてグリフィンドールの生徒達までがハリー・ポッターを疑うのかは不思議に思っていた。ハリー・ポッターと関わりのないレイブンクローやハッフルパフの生徒ならともかく、同寮生として関わって来たグリフィンドール生達までがハリー・ポッターを避けるのは何故なのだろう?

「ハリー・ポッターは別に純血ってわけでもないし……グリフィンドールだし……」

スリザリンの継承者で、マグル生まれを狙っているのだから、犯人は純血主義で、スリザリンに深く関わっている人物だと考えるのが普通だ。サラザール・スリザリンと同じパーセルマウス────その特徴は確かに強く印象に残るけれど、彼の人柄を知っているだろうグリフィンドール生までがあそこまで彼が継承者だと信じるのは奇妙な気がする。レイチェルが首を傾げると、ジョージは複雑な表情をした。

「あー……まあ……ハリーがマグルを憎む理由もないわけじゃないからな」
「どう言うこと?」

ハリー・ポッターが、マグル生まれの生徒を排斥すべきだなんて思っているはずがない。だって彼はマグル生まれのハーマイオニーと親しいのだ。そのことはホグワーツ生なら誰だって知っている。それに、彼の母親だってマグル生まれなのに、マグルを憎むなんて考えにくいだろう。レイチェルが首を傾げると、フレッドとジョージは困ったように顔を見合わせた。

「ハリーが一緒に住んでるマグルって、ひどい連中だぜ。あんなのと暮らしてたらマグルを好きになれって方が難しいだろうな」
「今年の夏なんか、教科書や杖なんかを全部取り上げられて、ずーっと部屋に閉じ込められてたんだ。俺達が助け出さなきゃ、夏が終わるまでに餓え死にしちまってたな」

そう言えば、夏休みに彼と連絡がつかないとは聞いたけれど────まさか、そんな状況だったなんて。けれど、それを聞いてグリフィンドール生達の態度にもほんの少し納得がいった。身近なマグルに冷遇されているのなら、マグルを嫌っていたとしてもおかしくないし……きっと、ハリー・ポッターは寮内ではその親戚の話をしていたのだろう。でも。でもだ。

「でも……だからって、マグル生まれの生徒を襲ったりはしないでしょ?」
「俺達は、そう思ってるさ」

レイチェルが不安になって見返すと、フレッドとジョージは肩を竦めてみせた。ハリー・ポッターを疑っている人と、信じている人。どちらが多数派かなんて言うのは、今のホグワーツの様子を見れば明らかだ。
親戚のひどい扱いに長年耐えて来たと思ったら、今度はそれが原因で皆から疑われて、怯えられてしまうなんて。レイチェルはハリー・ポッターが嫌いだけれど────今回のことについては、少しだけ、同情する。

 

 

 

とうとうクリスマス休暇がやってきた。
ハーマイオニーは、結局家には帰らないらしい。あれから2人も襲われて、更に危険な状況になっていると言うのに、変わらず「学校に残る」ときっぱり言い切ったハーマイオニーがレイチェルには信じられなかった。心配だから、家に帰って欲しい。けれど、「マグル生まれなんだから家に帰った方がいい」なんて考えるのは、まるで純血主義者みたいだと思ったし……実際、あまり帰宅を強く勧めるとハーマイオニーに不信感を与えてしまうんじゃないかと不安だった。レイチェルが帰って欲しいと伝えても、ハーマイオニーはきっと学校に残るだろう。結局、レイチェルにできたのは、言いたいことを喉の奥に押し込めて「気をつけてね」と苦笑することだけだった。

「クリスマスくらい……クリスマスくらい、家族で過ごしたって……ハリー・ポッターとはいつだって一緒じゃない……」

ようやく家に帰れると皆が笑顔を浮かべている中、不機嫌に眉を寄せているレイチェルは間違いなく少数派だ。家に帰れるのはレイチェルだって勿論嬉しいけれど、ハーマイオニーが学校に残るとなると安心できない。宿題が詰まって重たいトランクも、雪で滑る足元も、何もかもイライラの原因になる。ぶちぶちと愚痴るレイチェルに、隣を歩くセドリックが苦笑した。

「きっと、何か事情があるんだよ」
「事情? この非常時にどうしても学校に残らなきゃいけないなんて、一体どんな事情があるって言うの?」

八つ当たりだとわかってはいたけれど、思わず語調が刺々しくなってしまうのは止められない。けれど、恐らくセドリックの言う通りで、ハーマイオニーなら今のホグワーツがどれほど危険かなんてきちんと理解しているだろうし、何か事情があるのだろう。レイチェルには言えない事情が。

「絶対ハリー・ポッター絡みよ。蛙チョコレートを賭けてもいいわ」

どうして学校に残るのかと何度尋ねても、ハーマイオニーははぐらかすばかりで絶対に教えてくれなかった。恐らくハリー・ポッターが関わっているのだろうと、レイチェルは確信した。勘だ。そしてそれもまた苛立ちの理由だった。どんな事情なのかはわからないけれど、この間の嘘と言い、ハーマイオニーが何か隠し事をしているのは間違いない。それがハリー・ポッター絡みだとしたらろくなことじゃないだろう。自分が素行不良なのは勝手だし、学校中から継承者だと疑われていることには同情するけれど────だからと言ってハーマイオニーを巻き込むのはやめてもらいたい。

レイチェル!」

そんな風にセドリック相手にぼやいていたレイチェルだったが、ふいに背後から名前を呼ばれた。反射的に振り返ると、そこにはレイチェルにとって意外な人物の姿があった。キラキラと輝くプラチナ・ブロンドに、アイスブルーの瞳。ネクタイの色はスリザリン・カラー。

「……ドラコ?」

走って来たのだろうか。いつもなら青白い頬は薄っすらと赤い。城の中で何度か姿を見かけることはあったけれど、こうやって顔を合わせて会話するのって何ヶ月振りだろう。いや、それより、一体レイチェルに何の用があってわざわざ呼び止めたのだろう。

「……話が、ある」

不思議に思ったレイチェルが黙ったままその顔を見返していると、ドラコは静かにそう言った。相変わらず少し気取ったような、聞き様によっては高圧的にも思える口調だ。
けれどその瞳は、まるで捨てられることに怯える子犬みたいで────そして、真剣そのものだった。

 

 

 

そう言えば、ドラコに名前を呼ばれたのって初めてだ。少し前を歩くドラコのプラチナ・ブロンドをぼんやりと見つめながら、レイチェルはそんなことを考えた。
会話を人に聞かれたくないのだろう。ドラコは段々と人気のない方へと歩いて行く。その背中に向かって、レイチェルは呼び掛けた。

「……話って何?」

ドラコが立ち止まった。けれど、レイチェルに背中を向けて黙りこんだままで、何も言おうとはしない。気まずい沈黙が辺りに立ちこめて、落ち着かない気持ちになる。憂鬱そうにじっと地面を見つめるばかりのドラコの様子に、レイチェルは困り果ててしまった。

「あの……ごめんなさい。私、汽車に乗らなきゃいけないから……」

ドラコが何かレイチェルに用があるのは明らかだし、できるなら話し出すまで待ってあげたい。けれど、あまりのんびりしているとホグワーツ特急に乗り損ねてしまう。荷物もセドリックに預けたままだし、早く戻らなければ。

「待ってくれ!」

踵を返そうとすると、ドラコらしくない焦った声がレイチェルを引きとめた。思わず振り返ると、ドラコは自分でも自分の声に驚いたようだった。戸惑ったように瞳が揺れ、前を向いていた顔が段々と俯いていってしまう。

「パンジーから聞いたんだ。その……」

パンジーって誰だっけ。記憶の糸を辿ってみたけれど、なかなか該当する人物が思い出せない。ドラコの知り合いと言うことはたぶんスリザリン生だろうけれど、レイチェルにスリザリン生の知り合いは少ない。そもそも、ドラコと同学年だとしたら顔すら知らない可能性も高い。

「関係ないって言ったのは……そう言うつもりじゃない」

続けられた言葉に、レイチェルはようやくパンジーの正体に思い当たった。以前ドラコのことでレイチェルを呼びとめた、スリザリンの女の子達のリーダー格の子が、そんな名前だった気がする。随分前のことだし、どんな会話をしたのかは今ひとつ覚えていないけれど。レイチェルは一体彼女達と何を話しただろうか。

「……君の母親の本を読んだ」
「え? ……『エルフの恋人』を?」
「違う。……処女作の方だ」

唐突に変わった話題に、レイチェルは驚いた。そして言われた内容自体も意外だった。読んでみたらとは勧めたけれど、本当に読んでくれるとは思っていなかった。母親がまだレイチェルとそう年齢が変わらない頃に書いた、人狼になってしまった魔法使いが主人公の物語。ごくごく平凡に生きていた青年が、美しい満月の夜を境に忌み嫌われる化け物となってしまったことへの絶望と苦悩。切なくて、悲しくて、レイチェルの大好きな話だ。けれど、人狼が主人公と言う時点で読むのをやめてしまう人は多く居る。実際に作品が発表された時にも、評価と批判を同時に受けたと聞いた。それほどまでに、魔法界の人狼に対する偏見は強い。ドラコもきっとそうだろうと、レイチェルはそう思っていたから。

「君に言われたことを、考えてみたんだ」

ぽつりと、ドラコが呟いた。レイチェルが言ったことって、何だっただろう。たぶん、ドラコと最後に話した日のことだろうけれど……あの時は頭の中が混乱していたし、第一もう数カ月も前のことで、断片的にしか覚えていない。だからこそ、ドラコがレイチェルの言葉を覚えていると言うのは意外だった。きっと、すぐに忘れてしまうだろうと────ドラコの心には響かないだろうと、そう思っていた。

「君がもし、ロザリンド・アンチゴーネ・バングズの娘じゃなくても、こうやって今みたいに話をしたか……僕には、わからない。そう言う……互いの家柄や立場を抜きにした付き合い方を、したことがないから」

紡がれる声は小さくて、周囲が静まり返っていなければ、耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうだった。まるで独り言のように、自分に言い聞かせているみたいに、ドラコは言葉を続ける。その声に、いつもの高慢な響きはもうなかった。レイチェルはふと、いつかエリザベスに言われたことを思い出した。

『マルフォイ家と関わりになるのなら、気を付けた方がいいわ』

同じだ、とレイチェルは思った。レイチェルはあのとき、エリザベスの言葉がよく理解できなかった。純血だからとか、マグル生まれだからとか。そう言う相手の立場を考えながら付き合っていく方法を、レイチェルは知らない。そうするようにと言われても、どうすればいいのかわからない。立場が逆なだけで、きっと、ドラコも同じだ。

「その……僕は……やっぱり、君のようにマグル生まれの連中と慣れ合うつもりはないし……奴らが僕達と同じだなんて認める気にはなれない……でも……」

ドラコが必死に言葉を選んでいると言うのが、レイチェルには伝わって来た。どうしてだろう。レイチェルが怒らないように、気を遣っているのだろうか。わからない。けれど1つ確かなのは、ドラコはたぶん、レイチェルと仲直りしたいと思ってくれていると言うことだ。小さく息を吐き出して、ドラコは1度言葉を切った。

「……軽率だった」

その言葉が、レイチェルにはひどく意外に思えた。何となくだけれど、ドラコ・マルフォイと言う人間は、自分の非を認めることなんてないのだろうと思っていたからだ。スリザリン生の前でも、同級生の前でも、いつだってドラコは王様のように振る舞っていた。上級生を相手にしているときですら、ドラコはいつだって対等のように会話していた。ドラコにとっては相手が譲るのが当たり前で、自分が悪いとか、反省とか、そう言ったものとは無縁なんだろうと、そう思っていた。

「約束する」

ドラコの瞳が、真っ直ぐにレイチェルを見つめる。透き通ったアイスブルーの瞳を、綺麗だなと思った。まるで宝石みたいだ。ガラスケースに入れられて、大切に守られている宝石のような少年。ああ、そうだ。ドラコは最初から、そう言う印象だった。

「君の前では、言わない」

きっとそれは、何の解決にもならないのだろう。レイチェルは、頭の隅ではそう理解していた。レイチェルの前では言わなかったとしても、ドラコはこれからもハーマイオニーを影で────もしかしたら、本人の前でも────穢れた血と呼ぶのだろう。
わかっている。それじゃ足りない。それだけじゃ意味がない。けれど────レイチェルの心を溶かすには、充分だった。突っぱねることは、できそうにない。だって、今までずっと正しいと信じていた価値観をすぐに捨ててしまうことなんて、誰にだってできない。プライドの高いドラコが、歩み寄ろうとしてくれたことが────レイチェルの言葉を考えて、省みようとしてくれたことが、嬉しかった。
すうっと息を吸い込む。そして、ドラコに向かって右手を差し出した。戸惑いがちにその手を見て、それからレイチェルの顔を見るドラコに微笑みかけた。

「私の名前は、レイチェルグラントよ。レイブンクローの4年生」
「……僕は、ドラコ・マルフォイだ」

レイチェルの意図を察してくれたらしい。ドラコも薄く微笑んで、そっとレイチェルの手を取った。
もう1度、ここから始めよう。ロザリンド・アンチゴーネバングズの娘と、マルフォイ家の息子じゃなく、今度はただのレイチェルとただのドラコとして。

「これから、よろしくね」

握ったドラコの手は温かくて、レイチェルと大きさがあまり変わらない。そう言えば、手を握るのも初めてだ。知り合って1年以上も経つはずなのに、今日は初めてだらけ。レイチェルはおかしくなってクスクス笑ってしまった。レイチェルを見返すドラコが、怪訝そうに眉を寄せる。

「……引き止めてすまなかった」

手の平の熱が、離れていく。遠くから汽笛の音が聞こえてきた。そろそろ行かないと、本当に乗り遅れてしまう。急いで戻らなければと慌てて駆け出そうとして、レイチェルは途中で足を止めた。1つ、大事なことを言い忘れていたことを思い出したから。

「ねえ、ドラコ。シーカー、おめでとう」
「ああ」

振り返って笑いかければ、大人びた笑みが返って来る。次のクィディッチの試合では、ドラコを精一杯応援しよう。勿論、レイブンクローの試合じゃなければ、の話だけれど。レイチェルが急いで元来た方向へと戻ると、プラットホームにセドリックが立っていた。

レイチェル!」
「セド」
「急がないと、もう汽車が出るよ」
「わかってる。ごめんね」

セドリックに手を引かれ、慌ててステップへ飛び乗ると、緩やかに汽車が動き出す。ギリギリだけれど、何とか間に合った。ふうと息を吐いて、セドリックが確保しておいてくれたコンパートメントへと向かう。1番小さな4人用のものだけれど、セドリックとレイチェルだけなら十分だ。ふかふかした座席に2人とも腰かけたところで、セドリックが不思議そうに首を傾げた。

「……何だか、嬉しそうだね。何かあったの?」

そう言えば、セドリックと別れるまでのレイチェルは随分と不機嫌だったのだ。それを思い出して、今あったことを説明しようと口を開いたところで、はたと気づく。そう言えば、ドラコと喧嘩したことについては言っていなかった。しかし、事の顛末を全て話すとなると長くなるし……何よりももう終わったことを蒸し返すのもどうなのだろう。しばし逡巡した結果、レイチェルはセドリックに向かって微笑んでみせた。

「……友達なの。クリスマス休暇だから、見送りに来てくれたみたい」

友達────自分で口にした言葉が何だかくすぐったい。レイチェルは窓硝子の外を流れていく景色へと視線を向けた。雪がちらついている。遠ざかっていくホグワーツ城を眺めながら、レイチェルはとても満ち足りた気持ちだった。初めて、ドラコとちゃんと向かい合えた気がする。きっと今までよりも、ずっと仲良くなれるだろう。そんな予感がした。

ドラコは、レイチェルの友達だ。今なら、胸を張ってそう言える。

はじめましてをもう一度

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