せっかくのホグズミード休暇も、あいにくの雨だった。
チョウ達3年生は初めてのホグズミードと言うこともあって朝から張り切って出掛けて行ったけれど、レイチェル達4年生以上の生徒の多くはバケツをひっくり返したようなどしゃ降りを前にして、外出に消極的だった。風邪を引いてしまうのも嫌だし、ホグズミードはまた行く機会があると城に残る上級生も居るようだ。レイチェル達も迷っていた。ホグズミードに行きたい気持ちは勿論あるけれど、この雨の中ではお店を回るのも大変だろう。昼になれば小雨になるかもしれないと待ってみたけれど、雨足は強くなる一方だった。これはもう、覚悟を決めるしかない。

「いつも通り、三本の箒でランチね。買い物はレイチェルの箒店と、ハニーデュークスだけ! 今日はそれですぐ帰って来る。 オーケー?」

パメラの言葉に、レイチェルとエリザベスはこくこくと頷いた。
防寒対策もそこそこに、3人は城を出てホグズミードへと向かった。雨の勢いは窓の中から眺めていた以上にひどい。雨粒はブラッジャーのように地面に叩きつけ、ひっきりなしに石畳の上に波紋を広げて大きな水音を立てている。おまけに風までもが強い。傘が飛ばされないようにするのに気を配らないといけないし、斜めに降る雨粒が目に入りそうになるので瞼も開けていられない。おかげで、目当ての三本の箒へと辿りつく頃にはすっかりずぶ濡れで、靴の中までぐっしょり濡れてしまっていた。
しかし、雨のおかげで1つだけいいこともあった。こんな天気の日にわざわざホグズミードに来る人はあまり居ないらしく、マダム・ロスメルタはレイチェル達貴重な客をを熱烈に歓迎してくれた。バタービールのお代わりはタダだったし、頼んだビーフシチューにはパンが2つもおまけについていた。温かくておいしいシチューをスプーンで掬いながら、レイチェルはきょろきょろと店の中と、そして窓の外の通りを見回した。

「やっぱり上級生は少ないわね。3年生が多そう」
「でもそのぶん、お店は空いてるから買い物が楽よ」

パメラの言葉はその通りで、レイチェルはこんなにも空いているハニーデュークスを見たことがなかった。いつもなら通路にも人が溢れていて目的の棚に辿りつくことさえ難しいのに、今日はスムーズに店内を回ることができる。いつもすぐ売り切れてしまうような人気商品もまだたくさん残っていた。砂糖羽ペン、舐めると体が浮き上がる炭酸キャンディ、黒胡椒キャンディなどだ。いつもなら近寄ることさえ難しい新商品の棚で、レイチェル達は1つ1つ味見して、これは酸っぱすぎるからたくさん食べられないとか、これはきっと大人気になるだろうとか好き勝手に感想を言い合った。

「いいのがあってよかったわね」
「うん。付き合ってくれてありがとう、2人とも」

それに、セドリックの誕生日プレゼントも買うことができた。ハッフルパフのローブに合わせることを考えて、シンプルな黒いグローブだ。いつもなら店内は男の子達で混み合っているけれど、今日のお客はレイチェル達だけだったらしく、若い店員は熱心にレイチェルの相談に乗ってくれた。レイチェルは知らなかったけれど、グローブによって箒のグリップ感が変わるので、操作性の面でかなり重要なものらしい。セドリックの使っている箒がクリーンスイープだと言うと、それならと同じクリーンスイープ社が発売しているグローブをいくつか並べて出して選ばせてくれた。いつものような盛況ぶりならば、こんなにじっくり悩むことはできなかっただろう。
自分で使うのではなく、プレゼントなのだと話をしたからだろう。箱にリボンをかけるついでに新しい箒磨きクリームのサンプルも包んでくれて、「クィディッチ選手の恋人によろしく」とウインクされた。恋人ではないのだけれど……「まあもらえるものはもらっておいたら」とパメラに耳打ちされて、手を振る店員の青年にレイチェル達も手を振って店を出た。

「雨の日のホグズミードも、意外と悪くないわ」

雨宿りに入ったマダム・パディフットのお店でお茶しながら、レイチェルはそう呟いた。いつもならカップルだらけで熱気に包まれているこのお店も、今日は3年生の女の子達がはしゃいでいるだけで、とても空いている。晴れているときの方が活気があって楽しい雰囲気だけれど、雨の日はそれはそれで素敵だ。欲を言うのなら、こんなどしゃ降りじゃなく、もう少し小雨だったら嬉しいのだけれど。

「せっかくだから、他も見ましょうよ! こんなに空いてる日って、他にないもの!」

パメラの言葉に、レイチェルもエリザベスも頷いた。どうせもう靴下までびしょびしょになってしまったのだ。今更もう少し濡れたところで大して変わらない。
雑貨屋に文房具店、魔法用具店。ゾンコ。いつもなら活気に溢れているホグズミードは、今日だけ時間がゆっくり流れているようだった。ハロウィンに向けて飾りつけられた明るいオレンジのジャック・オ・ランタンが柔らかく辺りを照らし出している。雨足がますます強くなるにつれて、ホグワーツ生も城へと戻ってしまったらしく、通りはますます閑散として来ていたが、レイチェル達ののんびりとしたウィンドウショッピングは続いた。
こうしてレイチェル達3人は、雨のホグズミードを満喫したのだった。

 

 

 

辺りがすっかり暗くなって、ようやくホグワーツへと引き返したレイチェルは、自分の寮があるレイブンクロー塔ではなく、地下にあるハッフルパフ寮へと向かっていた。とは言っても、正確な場所はよくわからない。なんとなくハッフルパフ生がいつも向かっている方向へと歩いているだけだ。噂では厨房も近くにあるらしいけれど、レイチェルは入ったことがない。おいしいホグワーツの料理を作ってくれる屋敷しもべ妖精は、レイチェルにとっては未だ会ったことのない幻のような存在だ。そんなことを考えながら地下の通路を進んでいると、向こうから走って来た誰かにぶつかった。

「おっと。悪い、大丈夫かい?」
「ごめんごめん……って、レイチェルじゃないか」
「フレッド……ジョージ……また、貴方達なの……」

レイチェルの中のフレッドとジョージはいつも廊下を走っているイメージだけれど、今回もその例にもれなかったらしい。ぶつけた鼻を押さえながらじろりと見上げると、フレッドとジョージは顔を見合わせてニヤッと笑ってみせる。目の前に立つ2人の服装を見て、レイチェルは奇妙な思って首を傾げた。

「貴方達、どうして……どうして、クィディッチ用のローブなんて着てるの?」

2人が着ているのは、制服の真っ黒なローブでも、かと言って私服でもない。鮮やかな真紅のローブは、レイチェルもクィディッチの試合のときに見たことがあった。つまり、グリフィンドールの競技用ローブだ。そしてその服装に相応しく、2人の手には箒が握られている。雨に濡れたせい、かいつもより濃い色をしているローブは、ポタポタと裾から水滴を垂らしていた。そして、箒の枝の先からも。まるで、たった今このどしゃ降りの雨の中を飛んできたみたいに。レイチェルの疑問に、フレッドとジョージは嫌そうに眉をしかめてみた。

「俺達がこれをパジャマに着ると思うかい?」
「練習があったのさ。対スリザリンに向けての特訓だ」
「練習?」

レイチェルはあんぐりと口を開けた。今は地下に居るせいでわからないけれど、今日の天気がどんなだったかはレイチェルだって身をもって知っている。傘を差していてもずぶ濡れになってしまうくらいの強い雨だった。それなのに、箒に乗ってクィディッチの練習────そんなこと、とても正気の沙汰とは思えない。

「そんな、だって、今日ってこんな天気で……そもそも、ホグズミードの日じゃない!」
「まったく狂ってるよな」
「ああ。これでスリザリンに勝てなかったら、俺は朝食の席でうっかりウッドの目をフォークで突いちまいそうだ」

レイチェルには信じられなかったが、2人の様子を見るに、嘘を言っているようには思えない。こんな悪天候の中で、2ヶ月に1度しかない────しかも、今年最初のホグズミードの日に、練習だなんて。オリバー・ウッドのクィディッチへの情熱は噂以上だ。

「えっと……その……お疲れさま。風邪、引かないようにね」

寒そうに体を震わせる2人に、レイチェルは何と言っていいのかわからなかった。何と言うか、気の毒だ。とても。
クィディッチチームと言うことは、アンジェリーナやアリシアもこの雨の中で練習をしていたと言うことだろうか。体調を崩さなければいいけれど────そう言えば、レイチェルは彼女達に一緒にホグズミードに行こうと言ったら断られてしまったことを思い出した。きっと、練習の予定が入ることがわかっていたからなのだろう。文句の1つも言わなかったと言うことは、彼女達自身もそこまでしなければ勝てないと考えていると言うことだ。

「どう? スリザリンには勝てそう?」

レイチェルの質問に、フレッドとジョージは顔を見合わせ、肩を竦めてみせた。ニンバス2001を7本も手に入れたスリザリンの現状がどれほどのものなのか、レイチェルにはよくわからない。ロジャーやセドリック、チョウから多少話を聞いてはいるけれど、ロジャーは大げさだし、チョウやセドリックは元々相手を甘く見たりしない慎重なタイプだから。

「難しいだろうな」
「ああ。」
「オリバーの奴、ヒステリー寸前だぜ。ありゃあそのうちイカれちまうな」
「もうイカれてるさ。じゃなきゃ誰がこんな雨の中練習しようなんて言い出す?」
「ホグズミード返上の練習は同意したけど、ここまでひどい天気だなんて聞いてないぜ」

ブツブツ言っている2人に、レイチェルは今日ばかりは心から同情した。こんな雨の中で、しかも地上よりも更に寒い上空で練習だなんて、体が冷え切ってしまうに違いない。レイチェルは2人のローブへと杖を向けて乾かそうとしてみたものの、水を吸いすぎているせいかあまり効果はないようだった。ここまでしなければいけないほど、ニンバス2001とは脅威らしい。まるで彗星のようだったとか、ただの線にしか見えなかったと、口々に言う2人に、レイチェルは溜息を吐いた。

「ニンバス、ニンバスって、皆そればっかりね。この間、オリバーに会った時もそう……ハッフルパフやレイブンクローは眼中にないってわけ?」
「君、オリバーに会ったのかい?」
「ええ、偶然ね。それで同じことを言ったわ。レイブンクローだって頑張ってるし、ハッフルパフだって……セドは、夏に貴方達のお兄さんのチャーリーに特訓を受けたって……な、何?」

怪訝そうに眉を上げたフレッド───たぶん───に頷いてみせると、途端に2人が訳ありげな視線を交わしはじめたので、レイチェルはたじろいだ。何か、おかしなことを言ってしまっただろうか。わけがわからないと困惑するレイチェルに、2人はやれやれと言いたげに長い溜息を吐いた。

「君が原因か」
「あれだけニンバスニンバス言ってたオリバーが、急に『敵はスリザリンだけにあらず!』とか言い出したから、何か理由があるとは思ったんだ」

双子の言葉に、レイチェルは目を見開いた。察するにどうやらレイチェルは、知らないうちにウッドのクィディッチ熱をヒートアップさせることに加担していたらしい。だとすれば、今日こんな悪天候の中練習が強行されたことについても、自分が原因の一端なのだろうか。いや、まさか。

「ご、ごめんなさい……」

ただの自意識過剰だと思いたかったけれど、気まずさに思わず俯いてしまう。2人は何か言いたげに顔を見合わせた後、気にするなとレイチェルの肩を叩いた。
視線の先に映る2人のローブからは、まだ雨粒が滴り続けていて、レイチェルは何だか申し訳ない気持ちが膨らんでくるのを感じた。
レイチェルの言葉も原因の一端なのだとしたら、この雨が少しでもウッドのクィディッチ熱を冷やしてくれることを願うばかりだ。…………たぶん、きっと、無理だろうけれど。

 

 

「セドリックでしょ? 待ってて、談話室で見かけたから、呼んで来る」

双子と別れて目的のハッフルパフ寮の近くまで来ると、タイミングよく同学年のハッフルパフ生の女の子が通りかかった。善良なハッフルパフ生は、こうして他寮生の姿を見ると自ら橋渡し役を引き受けてくれる。だから結局、レイチェルは毎回寮の前まで行くことなく終わってしまう。用事があったから寮を出て来たところのはずなのに、嫌な顔せずに引き返してくれる彼女の優しさは見習うべきものだ。そんなことを考えながら薄暗い廊下で待っていると、パタパタと足音がしてセドリックが走って来た。

レイチェル。どうしたんだい? 珍しいね、わざわざ寮の前まで来るなんて」

正確には寮の前まで行ったわけじゃないけれど、確かにレイチェルがわざわざこの辺りまで足を運ぶことは珍しい。用があれば授業か、食事の席で話しかければ済むからだ。それなのになぜレイチェルがここまでやって来たかと言えば、その理由はたった1つしかない。

「セドに渡したい物があったから。これ、誕生日プレゼント」
「え?」

後ろ手に持っていた包みを差しだす。つい数時間前にホグズミードで購入したばかりの、クィディッチのグローブだ。セドリックはそれを見ると驚いたように目を見開き、それから戸惑った様子で包みを受け取った。しげしげと包みを見下ろし、雨で少し滲んだクィディッチ高級洋品店の文字を見て、曖昧に微笑んでみせる。

「あー……そっか……うん……えっと、ありがとう」
「……嬉しくないの?」

微妙なその反応に、レイチェルはちょっとガッカリしてしまった。先に本人に何が欲しいか聞いてしまったから確かに驚きはないかもしれないけれど、せっかくのプレゼントなんだからもっと喜んでくれたっていいのに……。レイチェルの表情が曇ったことに気づいたのか、セドリックは慌てて首を横に振ってみせた。

「違うよ。そうじゃなくて……レイチェル、今日、わざわざホグズミードに行ったの?」
「勿論そうよ。だってホグズミードは今日しか行けないでしょ?」
「でも……すごい雨だったじゃないか。ふくろう通販でも……誕生日に間に合わなくたってよかったのに」

困ったように眉を下げるセドリックに、レイチェルはなるほどと合点した。要するに、セドリックの誕生日に間に合わせるために、無理をしてホグズミードに行ったんじゃないかと考えて気に病んでいるらしい。セドリックらしいと言えばらしいけれど、余計な心配だ。レイチェルは呆れて溜息を吐いた。

「いいの。私が好きで行ったんだから。別に、セドのためだけってわけじゃないし……と言うか! 大変だったって思うなら、もっと喜んでよね!」

確かに、雨の中ホグズミードに出掛けると決めた理由がセドリックのプレゼントを買うためだったのは否定できない。けれど、結果的にレイチェルだって買い物を楽しんだ。そんなのは、セドリックが気にすることじゃない。セドリックの喜ぶ顔が見たいとレイチェルが勝手にやったことなのだから、セドリックはただ素直に受け取ってくれればそれでいいのだ。気を遣うのなら、実際より大げさに喜んで見せるとか、そう言う方向に遣ってほしい。レイチェルが高慢な口調で言い放つと、セドリックは驚いたように目を見開く。気が緩んだのか、ふっと顔を綻ばせた。そしてようやく包みを開くと、箱の中から大切そうな手つきでグローブを取り出した。

「すごく嬉しいよ。大事に使う。ありがとう、レイチェル
「どういたしまして」

ようやくニッコリ笑ってくれたセドリックに、レイチェルも満足して微笑んだ。せっかくの誕生日プレゼントなのだから、やっぱり笑顔で受け取ってもらえた方が嬉しい。グローブをはめて、つけ心地を試しているセドリックの様子を眺めていたレイチェルは、ふと視界に映ったものに気づいた。

「セド、髪に何かついてる」
「え? どこだろう」

言いながら、レイチェルはセドリックの頭へと手を伸ばした。明るい水色の小さな紙片が、髪に引っ掛かってしまっている。どこか見覚えのあるそれは、どうやらクラッカーの中の紙吹雪らしい。きっと、友人達がセドリックの誕生日祝いに開けたのだろう。他にはついてないかと確認しながら、レイチェルはセドリックへと問いかけた。

「セドは行かなかったの? ホグズミード」
「うん。雨がひどいし、城に残ったんだ。それで、皆で誕生日を祝ってくれて……今は、談話室でゲームをやってた」
「また爆発スナップ?」
「そうそう」

誕生日がせっかくのホグズミード休日なのだから、きっと本当は友人達と三本の箒かどこかで祝うはずだったのだろう。きっと楽しみにしていたはずなのに、雨で潰れてしまっても不満そうな顔をしないセドリックは偉いなと思う。レイチェルだったら、なんで雨なんかと愚痴の1つも零してしまいそうだ。セドリックのことだから、もしかしたら予定通りホグズミードに行こうとする友達に遠慮して自分から城に残ろうと言い出したかもしれない。レイチェルには本当のところなんてわからないけれど、きっとそうだろうなとぼんやり思った。セドリックはいつだって自分より人のことばかりだ。もっとわがままになっていいのに。けれどそう言う、優しくて謙虚なところがセドリックの美徳だと思う。髪にもう何もついてないことを確かめたついでに頬に軽くキスをして、セドリックへ向き合った。

「15歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう」

セドリックも同じようにレイチェルの頬にキスを返してくれる。学校でやるのは何だか照れくさくて、思わず2人して声を立てて笑ってしまった。
何だか、ちょっと不思議な気分だ。レイチェルはまだ14歳になったばかりなのに、セドリックはもう15歳だ。毎年のことだけれど、2人が同い年でいられる時間はあっと言う間に終わってしまう。それに、年齢が上がるにつれて誕生日の過ごし方も変わってしまった。昔みたいに、1番に誕生日おめでとうと言う特権はなくなってしまったし、一緒にバースデーケーキの蝋燭を吹き消すこともない。けれどそれでもやっぱり、レイチェルにとってセドリックの誕生日は特別だ。

そしてやっぱり、セドリックは15歳になっても人のことばかり気遣っているお利口さんだ。

特別な日

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