新入生だった頃は不安と期待に胸が躍った9と4分の3番線からの旅立ちも、4度目ともなればもう慣れたものだ。
漏れ鍋からチャリングクロス通りを抜け、キングズクロス駅についたのは、発車時刻のちょうど30分前のことだった。行き交うマグルが途切れるタイミングを見計らって、古めかしいレンガ造りの柱をくぐり抜けた先は、レイチェル達魔法使いにしか辿りつけない秘密のプラットホームだ。柱の向こう側の静けさが嘘のように、あちこちからホーホー鳴くふくろうの不機嫌そうな声が聞こえ、足元を縫うようにたくさんの猫が歩いている。線路の上には真紅の機関車が蒸気を上げ、その煙が頭上に紫色にたなびいていた。9と4分の3番線は相変わらず、ホグワーツ特急に乗り込む生徒達とその見送りの家族達でごった返していた。

レイチェル、トランク貸して」
「うん。ありがと、セド」

おじさんとおばさんに行ってきますとキスをして、レイチェルとセドリックも汽車へ乗り込んだ。増えた教科書のせいで去年よりも重いトランクは、運び入れるのにも一苦労だ。ステップの上から辺りを見回してみると、やっぱり同じように入口のところで詰まってしまっている生徒があちらこちらに居る。セドリックは向こうで困っている1年生を手伝って来ると言って、そっちへ行ってしまった。なのでレイチェルも、しばらくしてレイチェル達と同じ入口からやって来た新入生の女の子を手伝うことにした。レイチェルの腕力ではあまり助けにはならないけれど、顔が真っ赤になるまで一生懸命にトランクを押しているのにびくともせず、放っておけなかったからだ。

レイチェル?」

2人でどうにかこうにかトランクを引き上げることに成功して────女の子は何度も何度もありがとうと言って自分のコンパートメントを探しにいった────一息吐いていると、背後から誰かがレイチェルの名前を呼んだ。この声は知っている。レイチェルはパッと顔を輝かせた。

「ペニー!」

振り返れば、そこに居たのはやっぱり予想通りの人物だった。先日レイチェル達にロンドン界隈を案内してくれたペネロピ―・クリアウォーターだ。そして、レイチェルはおやと目を瞬いた。まだ発車前だと言うのに、ペネロピ―はもう制服へと着替えていたからだ。あまりに気が早すぎるんじゃないかと口を開きかけたレイチェルだったけれど、ペネロピーのローブの胸にあるものに気がついて、その理由がわかった。

「ねえ、ペニー。もしかして、そのバッジって……」
「ええ。私、監督生になったの」

Pの文字がキラキラ輝くバッジは、監督生であることを示すものだ。それはつまり、ペネロピ―がとても優秀で、寮生からも信頼されている学生だと教授達に認められたと言うことでもある。レイブンクローの5年生の女子生徒の中から、たった1人。その監督生に、ペネロピーが選ばれたのだ。

「すごいわ! ……ううん、でも、当たり前よね。だって、ペニーよりも監督生に相応しい人なんて居ないもの……とにかくおめでとう!」
「ありがとう」

レイチェルの言葉に、ペネロピーは照れくさそうにはにかんだ。真新しいピカピカのバッジは、まるでずっと前からそこにあったかのようにペネロピ―によく似合っている。憧れの上級生の快挙が、レイチェルはまるで自分のことのように嬉しかった。すごいすごいとはしゃぐレイチェルに、ペネロピ―は困ったように眉を下げた。

レイチェルだって、他人事じゃないでしょ? もしかしたら、来年選ばれるかもしれないわ」
「残念だけど、私はないわ。たぶん、私達の学年の監督生はエリザベスよ」
「まだわからないじゃない」

真顔できっぱり言い切ったレイチェルに、ペネロピーが苦笑してみせた。監督生の仕事で先頭車両に行かなければいけないと言うペネロピ―と別れ、レイチェルは自分の席を探すことにした。
古びた木の廊下を、ゴロゴロと音を立てて重たいトランクを転がしていく。決して来るのが遅すぎたと言うことはないと思うのだけれど、やっぱり混んでいる。レイチェルは小さく溜息を吐いて、次の車両へ進んだ。すると、いくつか先のコンパートメントのドアの隙間から、見知った顔が2つ並んでこちらを覗いていることに気がついた。レイチェルは嬉しさのあまり、トランクが重いのも忘れて駆け寄った。

「久しぶり! パメラ、エリザベス!」

黒髪の巻き毛で端正な顔立ちをしたエリザベス・プライス。真っ直ぐなブロンドに青い目のパメラ・ジョーンズ。外見も性格も正反対のこの二人は、レイチェルの入学したときからのルームメイトで、大好きな親友だ。レイチェルが2人の元へ辿りつくと、エリザベスは上品に微笑み、パメラは悪戯っぽくニヤッと笑ってみせた。

「ルーマニアに行ったんでしょ? その割にはあんまり焼けてないわね」
「日焼けしないように苦労したもの。パメラこそ、アメリカはどうだったの?」
「最高よ! おもやげも買って来たから後で渡すわね!」
「貴方達、そんな風に廊下にはみ出てしまったら迷惑だわ」

久しぶりの再会にすっかりはしゃいでしまったレイチェルとパメラに、エリザベスの溜息が降って来る。やっぱりエリザベスは監督生に向いていそうだなあと、レイチェルはクスクス笑ってしまった。邪魔なトランクをコンパートメントの奥の空いていたスペースへと押し込んで、レイチェルはようやくふかふかの椅子へと身を沈めることができた。やっと落ち着けそうだと窓の外へと視線を向けたレイチェルは、そこに気になる人物の姿を見つけた。

「ねえ、エリザベス。発車までまだ時間はある?」
「あと12分よ。まだ少し余裕があるわ」

懐中時計を開いて、エリザベスがそう答える。レイチェルはその言葉に立ち上がり、コンパートメントの外へと飛び出した。今を逃してしまったとしたら、次の機会はきっとずっと先だ。急いで廊下を走っていると、背中をパメラの声が追いかけて来る。

「どこ行くの?」
「すぐ戻るわ!」

急がなければ。レイチェルはステップを駆け降り、プラットフォームの人ごみの中へ戻った。

 

 

 

レイチェルが目当ての人物のところまで行きつくのに、そう時間はかからなかった。慌てた様子で汽車から飛び出してきたホグワーツ生に、見送りの大人達は忘れ物でもしたのだろうと道を開けてくれたからだ。息子と談笑しているその女性に、レイチェルは思いきって声をかけた。

「あの……ミセス・マルフォイ?」

背中を流れる絹のようなプラチナブロンド。まだ暑いのに首の詰まった長い丈のドレスを着ていて、けれど仕立てのせいか、すらりとした体型のせいか、ちっとも暑苦しく見えない。レイチェルの声に、ナルシッサ・マルフォイは優雅な動作で振り向いた。
ナルシッサの肩越しにドラコと目が合い、驚いたように瞬くその様子に何だか気まずくなる。一応話しかける用事があるとは言え、家族の別れの時間を邪魔してしまったかもしれない。ドラコと同じ、ナルシッサのアイスブルーの瞳が冷えた眼差しでレイチェルを見据えるのにも緊張してしまう。いきなり話しかけるなんて、不躾だと思われているのかもしれない。しかし、このまままごついて時間を無駄にするわけにもいかない。エリザベスにいつだったか教わった丁寧なお辞儀を思い出しながらレイチェルはぎこちなく微笑んだ。

「急に呼び止めてすみません。あの……私、レイチェルグラントと言います」

その言葉で合点したらしい。氷のように冴え冴えとしていた表情は、春の陽射しを浴びたスミレの花のように綻んだ。年齢はレイチェルの母親より、少し下くらいだろうか。ナルシッサの美しい顔が真っ直ぐにレイチェルを見つめるので、レイチェルは何だかドキドキしてしまった。

「面差しがお母様によく似ていらっしゃること」

艶やかな唇から紡がれる声までもが、ヒバリのさえずりのように美しい。貴婦人と言う言葉がこれほどまでに似合う人に、レイチェルは今まで会ったことがなかった。たおやかな物腰も、いかにも良家の奥様然とした立ち居振る舞いも、特徴的なアクセントも、何もかもがレイチェルとは違う。しかし、見惚れている場合じゃない。本題がまだだ。

「あの……去年のクリスマスは、素敵な贈り物をありがとうございました。大事に使わせて頂いてます」
「あら……いいえ、よろしいのよ。大したものじゃありませんもの」

レイチェルは去年、ナルシッサからクリスマスプレゼントをもらった。レースの縁取りや花の刺繍がしてある、とても美しいハンカチだ。一応お礼の手紙は出したけれど、見るからに高価そうなものだったし、直接会う機会があったらきちんとお礼を言わなければと思っていたのだ。

「お礼に頂いたお菓子、とてもおいしかったわ」
「あ、ありがとうございます……」

間違いなくお世辞だろうとレイチェルは思った。お返しに何が相応しいのかわからなくて手作りのお菓子を送ったけれど、どう考えたってマルフォイ夫人の口に合うような奇跡的な出来栄えだったとは思えない。レイチェルが何とも言えない気持ちで苦笑を浮かべると、汽車の出発を知らせるホイッスルが鳴った。

「いけない。あまりのんびりしていると、貴方達が電車に乗り遅れてしまうわね。ドラコ、わかっているとは思いますけれど、学校に着いたら手紙を送って頂戴ね」
「はい、母上」
「会えて嬉しかったわ、レイチェル。お母様にもよろしくお伝え頂けるかしら」
「はい。えっと、じゃあ、失礼します」

ナルシッサに軽く会釈をして、レイチェルはドラコと一緒にホグワーツ特急へと急いだ。同じように、駆け込み乗車の生徒達が階段のところで詰まってしまっている。どうやら、ギリギリに来た新入生のトランクが重すぎて持ち上がらないらしい。イライラとそれを手伝っている駅員を横目で見ながら、レイチェル達は別の入口へと迂回した。

「ごめんね、ドラコ。せっかくの家族の団欒を邪魔しちゃって」
「別に構わない」

ドラコの返事は素っ気なかったが、言葉通りどうやら本当にあまり気にしていない様子だったので、レイチェルはホッとした。グリフィンドール生を筆頭に、スリザリン以外の同級生達からのドラコの評判が最悪なのは噂で知っているけれど、こうやってはぐれないようさり気なく手を引いてくれるあたり、やっぱりドラコは優しい男の子なんじゃないかなとレイチェルは思う。

「素敵なお母様ね」

マルフォイ家と言えば、純血主義の家柄として有名だ。こう言っては何だけれどあまりいい噂は聞かないし……もっと高慢でツンケンした人だったらどうしようと不安だった。しかし、実際に会ってみたらとても気品があって、優しげな女性だった。あんな貴婦人がレイチェルの────きちんと化粧をしてよそゆきの澄まし顔をしていればそれなりに美人かもしれないけれど、〆切前にはバンシーのように髪を振り乱している────母親のファンだなんて、不思議な気分だった。不思議だけれど、とても嬉しいことだ。

「母上は君の母親の本に取り憑かれてる」

ドラコが憂鬱そうに溜息を吐いた。確かに、家に帰ってから注意して見てみると、ナルシッサ・マルフォイからのファンレターは新刊が出る度に送られてきていた。レイチェルにとってはありがたいことだけれど、ドラコにしてみれば母親が恋愛小説に夢中と言うのは複雑なのだろう。

「私はデビュー作のほうが好きなんだけどね。あっちの方が、恋愛小説じゃないしドラコにも読みやすいかも。人狼が主人公なんだけど、いい話よ」
「人狼?」

ドラコが不愉快そうに眉を寄せる。その理由はすぐに察しがついた。以前、親戚のお年寄りにも同じような反応をした人が居たからだ。お年寄りでなくても、人狼に偏見を持っている人はとても多い。もっとも、こんな風にはっきり態度に表す人はあまり居ないけれど。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「ドラコって偏見の固まりね。そんなんじゃ人生楽しくないわよ」

マグル製品に対する反応といい、レイチェルより年下なのにまるで100歳のおじいちゃんみたいだ。
レイチェルとドラコが汽車に乗り込むと、ちょうど発車のベルが鳴った。滑るように汽車が動き出す。ロンドンの町並みが、窓の外を静かに流れていく。ドラコのコンパートメントは反対側だったのでそこで別れて、レイチェルはパメラとエリザベスが居るコンパートメントへと戻った。

「あ、よかったレイチェル! 乗り遅れたかと思っちゃった!」
「ギリギリだったけど、大丈夫だったわ」

それから、いつもと同じ楽しい汽車の旅が始まった。車内販売ワゴンでかぼちゃジュースや蛙チョコレートやその他諸々を買って、レイチェル達はそれぞれの夏休みの思い出話に花を咲かせた。特にチャーリー・ウィーズリーの箒に一緒に乗せてもらったと言うのはパメラに大いに羨ましがられたので、レイチェルは鼻高々だった。まあ、スピードがあまりに速かったせいで目を回しかけたと言うくだりは削ったけれど、チャーリーの名誉のためにもたぶん言わない方が良いだろう。
3人全員が満足して口を閉じる頃には、かぼちゃジュースの瓶はすっかり空になり、車窓ものどかな田園風景に変わっていた。時計を見ると、もうたっぷり2時間も経ったらしい。ので、レイチェル達はこれまたいつも通り、それぞれ思い思いに過ごすことにした。エリザベスは課題の復習、パメラはファッション誌のスクラップ、レイチェルはワゴンで買ったザ・クィブラー。「よくそんな雑誌、わざわざお金出して買うよね」なんて周りには呆れられるけれど、予想もつかない壮大な話ばかりで読む分には楽しい。

 

 

「うわっ凄い! なぁに、あれ! 見て、窓の外!」

パメラがそんな風に声を上げたのは、レイチェルの眺める誌面が「トロールは昔、空を飛んでいた!?」と言うコラムの佳境へと差しかかったタイミングだった。つられて顔を上げたレイチェルの視界に飛び込んだのは、確かにとても驚くべき光景ではあった。が、レイチェルは残念ながらパメラのように歓声を上げることはできなかった。なぜって、レイチェルにとってはあまり新鮮味のない光景だったからだ。

「…………車ね」
「それは見ればわかるわよ! 私が言いたいのは、誰がやったのかってこと!」

冷静に呟いたレイチェルに、パメラがじれったそうに言った。今レイチェルの目に映っている状況を出来る限りシンプルに説明とするとすれば、通路側の窓の向こうに、ホグワーツ特急に沿うようにして車が空を飛んでいる。鮮やかなトルコ石色のフォード・アングリア。先日、オッタリ―・セント・キャッチポールで見たのと全く同じ光景だ。そして、恐らくパメラが知りたがっている犯人もレイチェルは知っている。どうやらホグワーツの問題児2人組は、新学期初日からトラブルのバーゲンセールを実施中らしい。

「そんな……あんなことをして……マグルに見つかってしまったら大変だわ……」

エリザベスが青ざめて口元を手で覆った。その通りだとレイチェルも思う。夏休み中に見た時も正直どうかと思ったけれど、あの時はまだ辺りは薄暗かったし、たぶん目撃者もほとんど居なかっただろう。ホグワーツ特急をエスケープして自家用車での登校を選択したのなら、相当長い距離を走って来たに違いない。その間1度も、たった1人もマグルに目撃されずに済んだら奇跡だろう。あの双子がトラブルメーカーなのは今に始まったことじゃないけれど、いくら何だって無茶のしすぎだ。下手したら退学になってもおかしくない。

「ねえねえ、見に行きましょうよレイチェル!」
「ちょっとパメラ……」

パメラが腕を引っ張るせいで、レイチェルは椅子から立ち上がるしかなかった。仕方ないので、引っ張られるままにそのまま廊下へと出る。どうやら、考えることは皆同じらしい。もっと近くで車を見ようと、通路に生徒達が溢れている。一体、あんな大胆なことをやらかしたのは誰だろうと、皆口々に囁き合っていた。

「私、監督生に知らせてくるわ」

エリザベスが強張った顔のまま、先頭車両へと駆けていく。たぶんもう監督生達も知ってるんじゃないだろうか、とレイチェルはぼんやり思った。どこのコンパートメントにも窓はあるのだ。まあ、監督生なのだし、こんな風にお祭り騒ぎはしていないだろうけれど。……そう信じたい。

「すっげぇ!」
「かっこいい!」
「いいなあ!」

窓に貼りついて頬を紅潮させている新入生達の様子に、レイチェルは頭を抱えたくなった。こんな事、滅多にないのに────少なくともレイチェルが入学してからは初めてだし、上級生に聞いた覚えもない────これがホグワーツの普通なんだなんて彼らが誤解してしまったらどうしよう。ホグワーツの生活は確かに刺激がいっぱいで面白おかしいけれど、いくら何でもここまでハチャメチャじゃない。どうにか人混みを抜け出したレイチェルは、興奮気味の生徒達の中一人だけ浮かない顔で居る少女に気づいた。

「ハーマイオニー?」
レイチェル

もしかしたらと声をかけてみれば、やっぱりだ。栗色のふわふわの髪に、意志の強さを感じさせる褐色の瞳、賢そうな顔立ち。そして「賢そう」ではなく、実際に彼女は賢い。学年トップの秀才なのだ。レイチェルの年下の友人、ハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーはレイチェルの顔を見ると、不安げな表情を少し和らげた。

「ねえレイチェル、ハリーとロンを見なかった?」
「ハリー・ポッター?」

彼女の口から出て来た仲良しの少年達の名前に、レイチェルははてと首を傾げた。出発してすぐならともかく、もうかなり時間が経つと言うのに、こんな質問が出るのって何だか奇妙だ。てっきり、一緒のコンパートメントに居るものだろうと思っていたのに、違ったのだろうか。

「いいえ、見てないけど……どうして?」
「さっきから探してるのに、どこにも居ないの」
「……貴方を驚かせようと、どこかに隠れてるんじゃない?」
「ならいいんだけど……」

ハーマイオニーは納得していない様子だったが、まさか乗り遅れたと言うこともないだろうし、この列車の中のどこかには居るはずだ。
そう言えば、ハーマイオニーは去年も人探し────正確にはヒキガエル────をしていた。思い出して、レイチェルは懐かしい気持ちになった。順番にコンパートメントを回っていたハーマイオニーがレイチェル達のコンパートメントをノックしたのが、ハーマイオニーとの出会いだった。しみじみと思い出に浸っていたレイチェルの視界に、ふとこの場にあるはずのないものが映り、レイチェルは思わず目を見開いた。

「ちょっと!」
「うわっ!?」

慌ててそのあるもの────2つの燃えるような赤毛────に駆け寄り、レイチェルはその腕を掴んだ。いきなり人の腕を掴むことも、久しぶりの再会なのに挨拶の言葉がないことも、ものすごく失礼だ。レイチェルだってわかっていたけれど、今はお行儀を気にしている場合ではなかった。

「……何だ、レイチェルか。元気かい?」
「おいおい、やけに情熱的だな」

突然のことに驚いたらしいけれど、振り返って腕の主がレイチェルだと気づくと、2人はすぐに肩の力を抜いた。その顔を見て、レイチェルはますます困惑した。やっぱりそうだ。人違いじゃなかった。ポリジュース薬で誰かが化けてるんじゃない限りは。だからこそ、余計に意味がわからない。いつもなら絶対否定していたはずのからかいの軽口さえ今のレイチェルには反論する余裕がなかった。

「どうして、貴方達がここに居るの!?」

レイチェルはできるだけ声を落として囁いた。法律違反の空飛ぶ車に関する話題なんて、あまり誰かに聞かれるのはよくないだろう。鏡のようにそっくりな顔でレイチェルを見返す、双子のフレッドとジョージ。レイチェルの予想では、あのフォードアングリアの運転席に居るはずだった2人が、どうしてか今レイチェルの目の前、ホグワーツ特急の中に居る。

「……俺達はホグワーツ特急に乗っちゃいけないって意味かい?」
「ああ、もう、違うわ……ごめんなさい、そうじゃなくて……」

憮然とした顔で呟くフレッド────たぶん────に、レイチェルは首を横に振った。頭の中がひどく混乱していた。レイチェルはてっきり、あれはフレッドとジョージの仕業だと思った。けれど、2人は今レイチェルの目の前に居る。だとすれば、あの車を運転しているのは誰なのだろう。レイチェルは2人のシャツを掴んでいた手を離し、一度大きく息を吸った。

「あの車、貴方達がやったんじゃないの?」
「残念ながら違うね。ああ、この1000人の尊敬の視線が向けられる先が俺達じゃないのは、全くもって残念だが」
「全く、ロニー坊やもやってくれるよな」
「まあ相棒、たまには弟にこの栄光を味わわせてやるのも兄貴の役目じゃないか?」

困惑するレイチェルをよそに、双子は余裕の表情でニヤッと笑ってみせる。いつものフレッドとジョージらしい会話に、レイチェルも段々と焦りが落ち着いて来た。この騒動にも全く動じてない様子からすると、どうやら実行犯ではないにしろ関係はしているらしい。ロニー坊やとは、たぶん彼らの弟のロンだ。黙ってそのやり取りを聞くレイチェルに、2人は芝居がかった様子で肩を竦めてみせた。

「あの車を運転してるのは恐らく、俺達の弟と」
「我らがハリー・ポッターさ」

レイチェルはポカンと口を開けた。また、ハリー・ポッター? まさか、新学期初日からこんな大胆なことをするなんて。一体どう言うつもりなのだろう。
空中でアクロバットするように車がターンしてみせた様子に、下級生達がわあっと歓声を上げた。列車の中のパニックもいざ知らず、レイチェルの視線の先でフォードアングリアは悠々と空を飛んでいる。

どうやら今年も、何事もなく平和な1年────と言う訳にはいかないらしい。

汽車は往く

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