最初の日こそトラブルがあったものの、意外にもドラゴン研究所での日々は穏やかだった。
研究所の職員は良い人達ばかりだ。割合としては男性が多いけれど、数少ない女性職員もドラゴンを一生の仕事にしようと志すだけあって快活でエネルギッシュ人ばかり。「うちの女性陣はドラゴンなんかよりよっぽどおっかないよ」とはチャーリーの談だ。ちなみに、彼はその後その発言を聞き咎めた女性職員によって発言の撤回を求められていた。すぐ側でそれを見ていたレイチェルは、小柄で可愛らしいその容姿からは想像できない迫力に圧倒された。一方女性陣に言わせれば、「昨日もまたノーベルタが脱走したんですって? 仕事のできない男なんてこっちから願い下げ」らしく、職場内の空気はロマンスとはかけ離れているらしい。とは言え、彼らがお互いを仕事上のパートナーとしてこの上なく頼りにしているらしいことはレイチェルにもすぐにわかった。ハラハラしてしまうやり取りは、じゃれ合いの延長のようなものなのかもしれない。
ドラゴン研究所と言えば────自分の父親の仕事を持ち上げるみたいでちょっと照れくさいけれど────難関と言われる就職先で、ここで働く人達は世界各地から集まったエリート中のエリートだ。生き生きと楽しそうに働く彼女達は、レイチェルの目から見てもとても素敵で、憧れてしまう。色々話を聞いてみたい気持ちはあるけれど、仕事の邪魔になって迷惑だろうと不安に思っていたら、むしろ彼女達の方からレイチェルを気遣って積極的に話しかけてくれた。年が離れているせいか、まるで妹のように────事実、ある女性職員には妹と同じ年頃だと言われた────可愛がってくれているので、居心地が悪いはずがない。昨日も、女性職員達にメイクの仕方をレクチャーしてもらったばかりだ。ひとりっ子のレイチェルにとっては、お姉さんができたようでなんだか嬉しい。

レイチェル。僕、ホーンテールのところに行って来るけど、一緒に行く?」
「ううん、私はいい。行ってらっしゃい」

そして、セドリックも研究所での日々を満喫しているようだった。
天候の不安定なイギリスとは違って、ルーマニアの夏は晴れの日が多い。加えて、ここは森の奥深くにあるので比較的涼しいし、ドラゴンを隠すために強力な保護呪文が施されているので、マグルの目も気にする必要がない。そんなわけでセドリックは、午前中はチャーリーやその他手の空いている職員達と一緒にクィディッチの練習に毎日励んでいる。
レイチェルも最初の日だけは参加したのだけれど、あまりにもハードすぎて付いていけなかった。そもそも、レイチェルは女の子で、しかも選手ですらない素人だ。体格のいい彼らに混ざったら怪我をしてしまうと遠慮したのに、それでも大丈夫だからと言いくるめられて参加したはずだった。それなのに、皆途中からすっかり白熱してしまって、手加減の手の字も見当たらなかった。どうやら、クィディッチには男性の理性を失わせる効果があるらしい。
なのでレイチェルはここのところ練習には参加せずに、資料室にある本を読んだり、研究所で飼っている犬や猫と遊んだりと平和に過ごしている。練習を見学に行くと言う選択肢もあるのだけれど、日焼けしてしまうのが嫌だ。ルーマニアの日差しは強い。
クィディッチには更に、友情を深めると言う効果もあるらしい。持ち前の人当たりの良さもあって、研究所の職員達にすっかり気に入られたセドリックは、午後はドラゴンの世話や研究の手伝いなんかをさせてもらっている。初日の脱走事件を目撃して以来、ドラゴンとは極力距離を置こうと決めているレイチェルとは違い、どうやらセドリックはドラゴンの魅力にすっかり取り憑かれてしまったらしい。餌やりの見学をしていてうっかりジーンズの裾を焦がされたと言うのに、「すごく素敵な生き物だと思うよ」なんて頬を紅潮させていたセドリックに、レイチェルは苦笑を返すことしかできなかった。正直なところ共感できないと思ったし、内心ではちょっと引いてしまったけれど、ここはセドリックと同じように考えている人達の集まりなので、口に出すのは賢明ではない。まあ、遠目で見る分には確かに迫力があってかっこいいと思う。飼育しているドラゴンをチャーリーが一通り見せてくれたけれど、種類によってはすごく幻想的で綺麗だ。あくまで、遠目で見る分には。でもやっぱり、近づくのは怖いから嫌だ。教科書の写真だけで十分だ。
夜は夜で、レイチェル達はアルコールの入った大人達に、チェスやポーカーなんかの対戦に引っ張り込まれる。楽しいことは楽しいのだけれど、何しろ相手は酔っ払っている。1度なんか、大人達の手違いでアルコール度数の高いブランデーを飲まされたセドリックは、次の日ひどい二日酔いに悩まされていた。加えて、夏休みの課題もまだ残っているので、それも片付けなければいけない。ここに来てからと言うものの、セドリックの毎日はレイチェル以上に充実しているようだ。

 

 

レイチェル。そろそろお茶の時間だ」

扉越しにかけられた言葉に、レイチェルはパタンと本を閉じた。チャーリーの声だ。時計を見ると、短針は3に近づこうとしていた。どうやら、読書に夢中になっているうちに、随分時間が経ってしまっていたらしい。そう言えば、喉が渇いた。
セドリックのように研究の手伝いをしているわけではないレイチェルは、自然と皆が仕事をしている時間は自分に与えられた部屋に引きこもりがちになる。資料室や食堂なんかの共有スペースは誰かが使うこともあるし、邪魔にならないようにと考えると自分の部屋が1番だ。そんなレイチェルを気遣って、チャーリーがお茶に誘ってくれるのは嬉しいことだった。食堂へと続く廊下を歩きながら、レイチェルはちらりと隣を歩くチャーリーの横顔を見上げる。髪がまだ少し濡れているところを見ると、今日もクィディッチに夢中になっていたのだろう。それから、たぶんシャワーを浴びたのだ。
静かな廊下には他に誰も居ない。せっかくなので、レイチェルは気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ、チャーリー。セドの調子はどう?」

幼馴染の贔屓目を抜きにしても、セドリックの箒の腕はかなりのものだと思う。しかし、ホグワーツが誇る伝説のシーカーから見るとどう映っているのか、正直気になっていた。本人の目の前では聞きにくいので、ちょうどいい機会だ。

「本人にも言ったけど、上手いよ。去年は1勝もできなかったって言うから、正直もっと下手かと思ってた」
「本当?」

チャーリーの言葉に、レイチェルはパッと顔を輝かせた。チャーリーはあまり社交辞令をタイプだとは思えないし、きっとこれは本心からの感想だろう。きっと、今年はセドリックの活躍が見れるに違いない。そう考えると、レイチェルの足取りは自然と軽くなった。

「むしろ、あれで全敗したなんて驚いた。他のシーカーがよっぽど上手いの?」
「去年ハッフルパフが負けたのは、セドに責任があるわけじゃないもの。セドは気にしてたけどね」

全く責任感が強いんだから、と溜息を吐く。不思議そうな顔をするチャーリーに、レイチェルは去年のクィディッチ杯の結果を頭の中から呼び起こした。学年末にクィディッチどころではないことが色々ありすぎたせいで、何だか随分と昔のことに思える。

「レイブンクロー戦ではビーターがミスして……キーパーが気絶しちゃったせいでセド1人じゃ取り返しがつかないほど点差が開いちゃったし。スリザリン戦では、頭にクアッフルをぶつけられたのよ」
「ああ、それは運が悪かったな。スリザリンは相変わらずか」
「そう。本当、最悪だったわ。あとは、えっと、グリフィンドール戦では……」

レイチェルはそこで言葉に詰まった。去年のグリフィンドール対ハッフルパフは、たった5分で試合が終わってしまったことを思い出したからだ。こればかりは、他の選手のミスでも相手の反則でもなく、ごくごく真っ当なフェアプレーだった。眉を寄せたレイチェルに、チャーリーは快活に笑ってみせた。

「ああ。ハリー・ポッターの大活躍だろ? 5分でスニッチを取ったんだって? すごい快挙だよな」

その通りだけれど、口にするのが嫌だったのだ。確かにあれは、レイチェルの目から見てもすごいと思ったけれど……。貝のように押し黙ったレイチェルに気づかず、チャーリーがキラキラと目を輝かせる。やっぱり、自分の出身寮の話題ともなれば胸が躍るものらしい。

「グリフィンドールは、他の選手も皆上手だもの。チェイサーもビーターもキーパーも、一流の選手が揃ってるし……と言うか、随分詳しいのね」

グリフィンドールがハッフルパフに勝てたのはハリー・ポッターの功績だけじゃないと主張してみる。そして、いくら何でもチャーリーはホグワーツ内の出来事に精通し過ぎているような気がする。レイチェルが不思議に思って首を傾げると、チャーリーは苦笑してみせた。

「ハリー・ポッターに関してはね。弟からの手紙と言えばいつもそればっかりだ。時々、俺の弟はハリー・ポッターだったのかと勘違いしそうになる。人気者みたいだな」
「……ええ、そうね」

────そうね。でも、私はハリー・ポッターは大嫌いよ。
そんなこと、わざわざ口にするべきじゃないことくらいわかっているので、レイチェルは続く言葉を喉の奥に押し込めて頷いた。言ったところで、きっと嫌な子だと思われるだけだ。
実際、彼が数々の偉大なことをやってのけたことは事実だ。赤ん坊のときだけだけでなく、去年の学年末のことだって。知っている。わかっている。自分が少数派なだけで、大半のホグワーツ生が彼をヒーローのように崇めていることも。……少し、苦い気持ちにはなるけれど。

 

 

そんな会話をしていると、食堂に辿り着いた。チャーリーがたまたま休暇中と言うだけで他の人達は普通に仕事をしているので、人はまばらだ。空いている席に座ると、すぐに屋敷しもべ妖精が紅茶とスコーンを出してくれる。レイチェルが紅茶に砂糖とミルクを混ぜ入れていると、チャーリーがキョロキョロと辺りを見回した。

「セドリックは居ないみたいだな」
「たぶん、まだホーンテールのところよ。セドったら、ここのところ毎日入り浸ってるの。もしかしたら、ホーンテールと結婚するつもりかも」

流石にドラゴン相手にロマンスが芽生えることはないだろうけど、お茶の時間をすっかり忘れてしまう程度にはセドリックはドラゴンに夢中だ。このまま、ここに就職したいなんて言い出したらどうしよう。小さく溜息を吐いていると、チャーリーがクシャクシャとレイチェルの髪をかき混ぜた。

「ボーイフレンドが居なくて寂しい?」

からかうようなその口調に、レイチェルはぱちりと目を見開いた。どうやらチャーリーは、今のレイチェルの溜息の理由をセドリックに会えないせいだと勘違いしたらしい。確かにここのところ、セドリックが忙しすぎるせいで、あまり会話をしていないけれど。

「別に」
「へぇ」

そもそも幼馴染であってボーイフレンドではないと言う反論は面倒だったので、短い否定だけを返す。けれど、それを聞いたチャーリーの口調はどこか微笑ましそうと言うか、レイチェルの言葉を強がりだと思っていそうな雰囲気だ。レイチェルはムッとしてチャーリーの手を払いのけた。子供扱いされるのって、あまり楽しいものじゃない。

「確かに私とセドは幼馴染だけど、そんなに普段からいつも一緒ってわけじゃないのよ。学校に行けば、寮が違うからほとんど別行動だし」
「あれ? セドリックはハッフルパフだろ? レイチェルもじゃないの?」
「そうよ。セドはハッフルパフ。でも、私はレイブンクローだもの」

レイチェルがそう返すと、チャーリーは意外そうな顔をした。そう言えば、レイチェルがどこの寮かと言う話はしていなかったことに気づいた。この研究所はホグワーツの卒業生ばかりじゃないし、する機会がなかったのだ。他の魔法学校の出身の人も多く居る中だと、どこの寮かなんてローカルな話をしても仕方ないから。

グラント家ってハッフルパフの家系じゃなかったっけ? 君のパパもそうだっただろ?」
「パパはね。でも、ママの家系はレイブンクロー」

レイチェルの名字だけを聞いて、ハッフルパフだと思われることはそんなに珍しいことじゃない。レイチェルを「作家のロザリンド・アンチゴーネ・バングズの娘」として見る人は、母親と同じレイブンクローだろうと想像をつけるけれど、グラントと言う名字は確かにハッフルパフ家系だ。でも、そもそも父親の家系も全員がハッフルパフなわけじゃない。

「チャーリーの家みたいに、家族全員がグリフィンドールって方が珍しいんじゃない?」
「まだ全員かはわからないけどな。ジニーの組分けがまだだ」
「……ジニー?」

聞き覚えのない名前に首を傾げると、「妹さ」と返ってきたのでレイチェルは驚いた。去年の組分けのときにも、まだ兄弟が居たことに驚いたけれど、どうやらその下に妹まで居たらしい。ウィーズリー家が大家族だと言う話は聞いていたが、もしかしたら、他にもレイチェルの知らない兄妹が居るのだろうか。

「……何人兄弟なの?」
「長男がビル、次が俺、その下にパーシー、フレッド、ジョージ、ロン。最後のお姫様がジニーだ」

7人兄弟。ポカンと口を開けたレイチェルに、チャーリーは「家に居た頃は毎日がハロウィンみたいな騒ぎだった」と愉快そうに笑ってみせた。それはそうだろう。そもそも、フレッドとジョージだけで10人分くらいの賑やかさなのだ。

レイチェルはひとりっ子だっけ」
「セドもそう。まあ、だからお互いに兄妹みたいに思ってるけど……でも、やっぱり本当の兄妹が居るっていいなって思うわ。しかも、たくさん居るのって羨ましい」

いつも一緒に遊んで、一緒にテーブルについて、服もお揃い。幼馴染と言うよりは兄妹みたいだなと思っているけれど、周りの兄弟が居る友人なんかを見ていると、やっぱり少し違うなと思う時もある。と言うか、同級生達に言わせれば「兄妹はそんなにベタベタしない」らしく、兄妹みたいなものよと説明すると強く否定されてしまう。そんなことをレイチェルが思い出していると、チャーリーが良い事を思いついたとばかりにニヤッと笑ってみせた。

「じゃあ、俺をお兄ちゃんだって思えばいい」
「チャーリーを?」
「そう。これだけたくさん居ると、1人くらい増えたところで大して変わらないしな。それに、妹は一1人しか居ないからもう1人くらい居ても良いなとは思ってたんだ」
「何だかペットの犬や猫みたいな言い草ね」

兄妹って、そんなに単純なものだろうか。レイチェルはスコーンを咀嚼しながらしばし考えた。とは言え、レイチェルには兄妹が居ないからよくわからない。それに、チャーリーのような素敵な兄ができると言うのは悪い話じゃない。レイチェルはニッコリ笑みを浮かべた。

「でも、嬉しいわ。私、優しいお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しいなって思ってたの」
「俺も、可愛い妹が増えるのは嬉しいよ」

アンジェリーナやアリシアが聞いたら羨ましがるだろうな、とレイチェルは思った。あの2人は、チャーリーに憧れていたはずだ。セドリックもそうだけれど、伝説のシーカーに憧れている後輩と言うのは多いものなのだ。その妹分にしてもらえるのは、とても光栄なことだろう。レイチェルはしみじみとスコーンを噛みしめた。

「フレッドとジョージのどっちかと結婚すれば、本当の意味でも妹になるけどな」
「……それは遠慮しておくわ」

何気ない口調でとんでもないことを言い出したチャーリーに、レイチェルは眉を寄せた。チャーリーの妹分になると言うことは、つまりフレッドやジョージにとっても妹分になると言うことだろうか。あの2人はレイチェルよりも誕生日が早いはずだ。いや、別に本当の妹になると言う訳ではないのだし、深く考えるのはやめておこう。レイチェルは紅茶と一緒にそんな疑問を喉の奥へと流し込んだ。

「明日はどこか、観光に行こうか。部屋にじっと閉じこもってるんじゃ退屈だろ?」
「いいの?」
「構わないさ。可愛い妹分のためならね」
「ありがとう、チャーリー」

翌日、チャーリーは約束通りにレイチェル達をルーマニア観光へと連れ出してくれた。何百と言う種類の野鳥や魚、それからたくさんの魔法生物が生息する美しいドナウ・デルタ。大昔にマグルが作ったホグワーツそっくりの城。ルーマニアの魔法使い達が集まる町に、歌と踊りの祭り。何もかもが美しく、新鮮だった。

そんなわけでドラゴンとクィディッチが好きな素敵な兄ができたレイチェルは、楽しくルーマニアでの日々を過ごしている。

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