明るい陽光が差し込む窓辺で、レイチェルは読書を楽しんでいた。先日買ったばかりのマグルの童話だ。レポートはもうとっくに書き終わったけれど、さすがマグルの間で長く愛されている本だけあって、何度読み返しても面白いし、感動してしまう。そんな風に本に夢中になっていたレイチェルは、コンコンと窓をノックする軽い音によって意識を引き戻された。ふくろうでも来たのだろうか? 顔を上げてみて、レイチェルはギョッとした。窓の外に居たのは、ふくろうではなかった。ガラスの向こうには、見知った顔が2つ並んでいる。燃えるような赤毛に、瓜二つの顔。言わずと知れたホグワーツの問題児、同級生のフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーだ。
「……フレッド? ジョージ? ど、どうしてここに居るの?」
「やあ、レイチェル」
「久しぶりだな」
「……ええ、そうね。久しぶり。それと……玄関はあっちよ」
2人が立っているのは裏庭だ。突然の出来事に困惑しつつ、窓越しに玄関の方向を指差すと、彼らは親指を立ててそちらへと向かった。2人の姿が視界から消える。ようやくレイチェルの心臓の鼓動も収まってきた頃、今度は正しくドアノッカーの音が響いたので、レイチェルは扉を開けて2人を家に迎え入れた。1人で留守番しているときに男の子を家に入れてしまうなんて、おばさんに知られたら叱られるかもしれない。頭の隅にそんな考えが浮かんだけれど、このまま追い返すわけにもいかないし、炎天下の中で立ち話するのは遠慮したい。レイチェルは眉を顰めて皮肉混じりに呟いた。
「事前に知らせもなくやって来るなんて、随分と紳士ね」
ホグワーツの教授達から見れば、双子は超のつく問題児だけれど、同時に生徒達からはユーモアがあって楽しいと人気者だ。2人がホグワーツ生活に絶大な刺激を与えていることに関してはレイチェルも認めるけれど、なぜだか悪戯に時々巻き込まれてしまうせいで、手放しに双子を歓迎できない。男の子にしては穏やかで落ち着いているセドリックを見て育ったせいか、この人間びっくり箱のような二人がレイチェルは少し苦手だった。
「歩いてここまで来たの?」
「ああ。オッタリー・セント・キャッチポールを抜けてきた」
「羨ましい! じゃなくて……それだと30分はかかるでしょ? 暖炉を使えばいいのに」
「それだとおふくろにバレちまうからな」
ウィーズリー家の住まいがここからそう遠くないことは知っているけれど、お互い村のはずれにあってちょうど反対側なので、歩いて移動するとなるとかなりの距離だ。少し汗ばんでいる2人の様子からして、やっぱりあまり快適な道のりではなかったらしい。ウィーズリー夫人に知られると困る用事って何だろう。少し気になったけれど、できればあまり深く考えたくはなかった。
「それにしても、広い家だなぁ! 君、何人家族だっけ?」
「3人よ。って言っても、パパはずっとルーマニアに居るから、ここで暮らしてるのはママと私だけだけど」
ソファに座ったフレッドとジョージが、興味深そうに辺りを見回す。正直、あまり片付けていないので見ないで欲しいと言うのが本音だった。来るなら来ると、先に教えてくれればいいのに。そうしたら、笑顔で歓迎とまではいかなくても、最低限の準備くらいはする。それに、どうせならちゃんと玄関か暖炉から来てほしい。顔を上げたら、そこに居るはずのない人と目が合うなんて、ちょっとしたホラーだ。
「ディゴリーは居ないのかい?」
「セドは出かけてるの。ジョンの家の近所で子犬が生まれたとかで」
ジョージの言葉に、レイチェルは素っ気無く返した。昨日の夜遅くにふくろうが届いて、セドリックは朝食もそこそこに出かけていった。レイチェルも行かないかと誘われたけれど、断った。子犬は好きだし、可愛いと思うけれど、触ったら飼いたくなってしまうからダメだ。部屋にこもりきりの母親に、9月が来れば寮生活が始まるレイチェル。自分でエサを取れるふくろうならともかく、ペットを飼える環境ではないことは確かだ。
「それに、私とセドは貴方達みたいに四六時中セットってわけじゃないわ」
幼馴染と言うと勘違いされがちだけれど、別に毎日朝から晩まで一緒に居るわけじゃない。確かに食事の時間や宿題をするときなんかは一緒に過ごしたりするけれど、もう小さい頃のように何から何まで一緒にやるわけじゃない。この夏休みが始まってからだって、セドリックとおじさんだけで出かけることだってあったし、その逆におばさんとレイチェルだけで買い物に行ったりもする。
「おいおい、俺達だって流石にベッドは別々だぜ」
「朝起きて1番に見るのが自分の顔ってのは遠慮したいね」
フレッドとジョージは声を立てて笑ってみせる。一体何がそんなにおかしいのだろう。そして、何だってこの2人は初めて来た他人の家でこんなにくつろげるのだろう……。しかし、いくら招かれざる客とは言っても、紅茶の1つも出さないと言うのはあまりにも無作法だ。レイチェルは釈然としない気持ちを抱えながらもキッチンへ向かった。
「紅茶は?」
「任せる」
「ああ、そう。じゃあ胡椒をたっぷり入れるわね。口に合うといいんだけど」
そんな皮肉を言いつつも、結局レイチェルがティースプーンで掬ったのは黒い胡椒ではなく白い粉砂糖だった。もらい物のダージリンの缶は開けたくなかったけれど、一応お客様だ。2人は暑そうだったので、アイスティーにする。ついでに、この間セドリックのリクエストで焼いたタルトがちょうど3切れ残っていたので、レイチェルはそれを皿へ取り分けて双子の前に置いた。
「それで、何の用事なの?」
単刀直入すぎる気がしなくもないけれど、この2人がわざわざ家にやって来るなんて、何か理由があるはずだ。だって別に、レイチェルとフレッド達は家に遊びに行くほど親しくはないから。レイチェルがタルトの先端を削ってる間に丸々1切れをぺろりと平らげた二人は、フォークを揺らしながら口を開いた。
「実は、君の家のふくろうを貸して欲しいんだ」
「ふくろう?」
そんなことでいいのかと、レイチェルは拍子抜けした。窓際の鳥かごで羽をつくろっているコノハズクを見上げる。魔法使いの家の多くがそうであるように、レイチェルの家も郵便配達用のペットふくろうを1羽飼っている。元々、手紙を送るよりも受け取る機会の方が多いし、レイチェルに関してはホグワーツに居る間は学校のふくろうを借りているので、1羽で十分なのだ。
「……何に使うの?」
「そう警戒されると傷つくな」
「期待に沿えずに悪いが、郵便を配達してもらうだけさ。普通にね」
「でも……ふくろうなら、貴方達の家にだって居るでしょ?」
まさか、悪戯の実験か何かに使うんじゃないだろうか。そんなレイチェルの不安はあっさりと否定されたものの、それでもやっぱり不思議だった。ふくろうを貸すこと自体は別に構わない。以前、パメラにも何度か貸したことがある。しかし、それはパメラがマグル生まれでふくろうを持っていないからだ。ウィーズリー家なんて、これ以上ないくらいの生粋の魔法使いの家系なのだから、ふくろうを持っていないはずがないだろう。それなのに、フレッドとジョージが貸してほしいと頼む理由って何なのだろうか。
「まあそうなんだけどな」
「6人家族で1羽だぜ。パーシーにヘルメスを貸してくれって頼んだのに、部屋に閉じこもりっきりで知らんふりだ」
「悪戯の相談じゃなく、ハリーに手紙を出すんだって何度も言ったのに……」
ひとりっ子のレイチェルにはよくわからないけれど、ウィーズリー家ほどの大家族ともなると賑やかさの代償に不便なこともあるのだろう。ブツブツ文句を言う双子の会話をレイチェルは黙って聞いていたが、その中に引っかかる単語があった。
「ハリー? ハリーって……ハリー・ポッター?」
その名前を聞いた反応としては、興奮に目を輝かせたり、頬を紅潮させたりするのが多数派なのだろう。しかし、レイチェルは思わず顔を顰めてしまった。数えるほどしか話したことはないけれど、昨年の学期末の一件以来、レイチェルはハリー・ポッターをよく思っていない。と言うか、はっきり言って大嫌いだった。
「ああ。君も勿論知ってるだろうけど」
「ええ。規則破りで減らした点を規則破りで挽回した、魔法界の英雄でしょ?」
「辛辣だな」
「まあ、何だ。でも、間違ってはないな」
ハリー・ポッターと同じグリフィンドール生の2人は、レイチェルの態度に気を悪くするかもしれないと思ったけれど、予想外に────もしかしたら単に今はレイチェルの機嫌を損ねたくないだけなのかもしれないが───あっさりとした反応だった。紅茶の最後の一口を飲み干したジョージが、話題を戻そうとする。
「そう、そのハリーだ。俺達の弟のロニー坊やが、家に泊まりに来るように何度もラブレターを送ってるんだ。でも、一向に返事が来ないときた」
「ああ、そう言えば……ハーマイオニーがそんなことを手紙に書いてたわ」
「こりゃあロニー坊やが振られっちまったか────」
「ふくろうに問題があるってわけだ。うちのエロールじいさんはもうヨボヨボだしな」
「だから、ふくろうを代えればもしかしたら届くかもしれないと、俺達は考えたわけだ」
「まあ、おふくろには反対されそうだから黙ってたんだけどな。他所の家からふくろうを借りるなんてみっともないって」
なるほどと。ハーマイオニーの手紙を読んだときは、てっきりハリー・ポッターがハーマイオニーの手紙を無視しているか、旅行にでも出かけていて手紙に気づいていないんだろうと思っていたけれど、郵便事故の可能性もある。今更ふくろう便の受け取り方がわからないと言うこともないだろうし、もしかしたら手紙自体が届いていないのかもしれない。
「いいわよ、そう言う訳なら。手紙は今日持ってるの?」
「ああ、これだ。念のため3通同じ内容が書いてある」
ハリー・ポッターは嫌いだけれど、連絡がつかないと言うのは心配だ。窓際に吊るしてあった鳥かごを開け、羽の手入れに夢中なコノハズクの体を揺する。ぱちくりと目を丸くするその頭を撫でて、足に手紙を括りつけた。コノハズクは優雅に羽を広げると、開け放した窓から空へと飛び立っていく。小さな茶色い点へと変わっていくその姿を見送って、レイチェルは双子を振り向いた。
「サリー州なら、4日もあれば帰ってくるんじゃないかしら。もし間違えて返事をこっちに持ってきちゃったら、あなた達の家まで届けるわ」
「助かるよ、レイチェル」
「じゃあ、俺達はこれで。そろそろ帰らないとおふくろにバレちまう」
どうやら学校でだけじゃなく家でも、この2人は気づかれないようにこっそり何かすることが抜群に上手いらしい。レイチェルは何も知らないウィーズリー夫人にほんの少し同情しつつ、双子を見送るため玄関へと向かった。またオッタリー・セント・キャッチポールを通って帰る2人が少し羨ましい気持ちもあったけれど、今日みたいに暑い日にはさすがにレイチェルでも出かけるのは躊躇ってしまう。
「あ、そうだ。忘れてた」
帰ろうと歩き出した2人のどちらかが、レイチェルに向かって何かを投げた。空中で頼りなく放物線を描くそれを、レイチェルは落とさないよう慌ててキャッチした。掌に収まるくらいの大きさの、紙でくるまれた小さな四角い包みだ。細いリボンが不恰好に結ばれている。
「……何? これ」
「レイチェル、君、この間誕生日だったんだって?」
「アンジェリーナから聞いたんだ」
困惑するレイチェルに、2人は悪戯っぽくニヤッと笑ってみせる。レイチェルは再び包みへと視線を落とした。言われてみれば、確かに贈り物のように見える。ラッピングが少し歪なのは、夏休みで魔法が使えなかったせいかもしれない。つまり、誕生日プレゼントと言うことだろうか。でも、別に、贈り物なんて、貰う理由がない。だって────
「「14歳おめでとう」」
声を揃えてそう言うと、今度こそ用は済んだとばかりになだらかな丘を駆けていく。レイチェルはそっと包みを開けてみた。中には、賑やかな色使いのイラストが描かれた折りたたまれたバースデーカードと、小さなテディベアが入っている。レイチェルも集めている、ハニーデュークスで売っているお菓子のおまけだ。そしてこの色は、中々出なくて、もう諦めかけていた種類だ。あの2人にはそんなこと言ったこともないのに、どうして知っているのだろう。偶然だろうか? いや、きっと偶然じゃない。素直に嬉しいし、とても素敵な贈り物だとも思う。小さくなってしまった2人の背中を眺めて、レイチェルはぽつりと呟いた。
「私、あなた達に誕生日プレゼントなんかあげてないわよ……」
双子の誕生日っていつだっただろうか。たぶん、もうとっくに過ぎてしまっているだろう。一方的にプレゼントを貰うだけなんて……。嬉しいけれど、申し訳ない。あとでお礼の手紙を出すべきだろうか。ああでも、今双子の用事でコノハズクは外出中なんだった。無事に届けて帰ってきたら、手紙を出そう。
レイチェルは小さく溜息を吐いた。こう言うところが、双子を苦手に思っても、嫌いになれない理由なのだ。