「あいつら、絶対何か隠してる……何か、人に知られちゃまずいことを」

いつも通り週末にふくろう小屋へ手紙を出しに来たレイチェルは、これまたいつも通りドラコ・マルフォイに遭遇した。最初は天気や試験についての他愛のない世間話を和やかに交わしていただけだった2人だが、話の流れでハーマイオニーが母親の著書を読んでくれたとレイチェルが何気なく口にしたことがまずかった。これについては完全にレイチェルの落ち度だ。
そこからは予想通り、怒涛のグリフィンドールへの罵倒や愚痴が始まり、それがひとしきり収まったところでドラコがさっきの言葉を吐き捨てたと言うわけだ。グリフィンドールとスリザリンがライバル関係と言うのは公然の事実だけれど、あまりの剣幕にレイチェルは苦笑するしかなかった。

「隠し事って……何か証拠でもあるの?」
「証拠はないが、疑わしい行動ならある。最近ポッターの奴、授業が終わる度にあの森番の小屋へと走っていくんだ。あの生意気やグレンジャーやウィーズリーと一緒に」
「あ、そうなの……」

考えすぎじゃないかと思って尋ねれば、間髪入れずにそう返ってくる。レイチェルは思わず顔を引きつらせた。
森番と言うのはハグリッドのことだろう。確かに生徒がハグリッドの家に行く用事なんてあまりない。でも、ハーマイオニーから聞いたところによれば、ハリー・ポッターとハグリッドは仲良しらしいので、彼がハグリッドの小屋を訪ねているからと言って疑う理由にはならないんじゃないだろうか。

「ドラコは本当、ハリー・ポッターに興味津々ね」
「はぁ!?」

頭の中で考えたことをそのまま口に出してしまったせいで、ドラコにものすごい勢いでこちらを振り返られ、そして睨まれた。小さな声だったのだけれど、聞きとがめられてしまったらしい。心外だと言わんばかりにドラコは眉を吊り上げてみせた。

「そんなんじゃない、あの調子に乗った針金頭が視界に入ると目障りだから印象に残るだけだ」

それを気にしてると言うんじゃないだろうか……? ドラコとハリー・ポッターの仲の悪さは、レイチェル達他学年の間でも有名だ。まあその有名の種類も「あのハリー・ポッターの人間関係」的に取り沙汰されていたのが最初だったので、レイチェルが聞いた話はかなり脚色されていそうな気はするけれど。それでもライバルと言うか、天敵と言うか、ドラコは随分とハリー・ポッターを意識しているように見える。

「あんな奴……シーカーとしての技術だって、全然大したことない……あれくらい、ちょっと箒に慣れた奴なら誰だって出来る。そもそも1年生はクィディッチの選手にはなれない決まりなのに……」
「ああ、まあ……そうかもね……」

どこかで聞き覚えのある台詞だ。まるでかつての自分を見ているような気分になって、レイチェルは気まずくなった。ハリー・ポッターが英雄扱いされていることも、たぶんドラコにとっては気に入らないのだろう。
嫌いなら、わざわざ本人に突っかかったりせず、関わらないようにした方がいいんじゃないかとレイチェルは思うのだけれど……同学年だとそうもいかないのかもしれない。

「絶対に尻尾を掴んでやる。今度こそ、あいつらを退学に追い込んでやるんだ」

今度こそって、前にも何かやったんだろうかとか、果たして退学に追い込めるほどの悪事がホグワーツの校内で行われているのだろうかと言う疑問はさておき、ドラコの話にはレイチェルも多少引っかかるところがあった。ハリー・ポッターはともかく、最近のハーマイオニーはレイチェルの目から見ても少し挙動不審だからだ。

「あのね、ごめんなさいレイチェル。その……用事ができちゃって、明日の勉強会に行けなくなっちゃったの。それと、来週も……」

ハーマイオニーは嘘が下手だ。いつもは真っ直ぐにしっかりと相手の目を見てハキハキと話すのに、嘘を吐くときは視線を泳がせて口調も弱弱しくなってしまう。それはセドリックが嘘を吐こうとしているときとよく似ていて、それはたぶん2人が嘘を吐くことに慣れていないせいだろうとレイチェルは思う。日頃から些細な嘘を吐く必要なんてない優等生だから、いざ嘘を吐こうとしても失敗してしまうのだ。
廊下の真ん中で呼び止められたレイチェルは、小動物のような彼女の様子にそんなことを考えた。

「そうなの。わかったわ」
「本当にごめんなさい」
「それは構わないんだけど……」

ハーマイオニーは本当に申し訳なさそうにしていて、レイチェルが怒っているんじゃないかと心配しているようだったが、別に勉強会が潰れることを怒っているわけじゃないし、本音を言うと試験勉強が立て込んでいるので助かるくらいだった。レイチェルが今気にしているのは、そんなことじゃない。

「……用事って、ハグリッドの家?」

気になるのは、どうして、何のために嘘を吐いているのかと言うことだ。レイチェルが尋ねれば、ハーマイオニーは驚いたように目を見開く。どうやらドラコの予想通り、知られたくないことだったらしい。ハグリッドの小屋に行ってお茶でもするだけならば、何もレイチェルにわざわざ嘘を吐く必要も、そんな風に焦る必要もないだろう。「ええ、そうなの」とニッコリ笑うだけでいいはずだ。レイチェルは小さく溜息を吐いた。

「やっぱりそうなのね。今度は一体何をコソコソしてるの?」
「私、コソコソなんて……」
「……気を悪くしたならごめんなさい。でも、ドラコは疑ってたみたいだったわよ。何か人に知られたくないことをしてるんじゃないかって……まあ、別に言いたくないなら無理に聞き出すつもりはないけど」

思わず責めるような口調になってしまっているのに気づいて、レイチェルは会話の途中で一度深呼吸した。いけない。試験勉強続きで心の余裕がなくなっている。
できるだけ穏やかな口調を心がけながら、レイチェルはハーマイオニーに微笑んでみせた。

「トロールの時みたいに、危険なことには関わらないでね。心配しちゃうから」
「ええ。その……勿論よ」

思えばクリスマス前にハーマイオニーが何か────たぶん正確には誰か────について調べていたときも、結局レイチェルには何も教えてくれないままだった。レイチェルは手伝いたかったし、少しくらいなら力になれるかもしれなかったのに。ハーマイオニーはレイチェルの手を借りず解決してしまった。
レイチェルにパメラやエリザベスが居るように、ハーマイオニーにだって友達付き合いがある。だから当然隠し事もあるだろうし、そこにレイチェルが無理に干渉すべきでないことはわかっている。
けれど、やっぱり。

 

 

「隠し事されるって寂しいわね」

午後の最後の授業はマグル学だった。バーベッジ教授が杖を振って板書を消していくのをぼんやりと眺めながら、レイチェルは小さく呟く。隣の席で授業を受けていたセドリックが、不思議そうな顔でレイチェルを振り向いた。

「……どうしたの、急に。何かあった?」
「別に。何でもないわ」
レイチェルがそう言うときは、大抵何でもなくないじゃないか」
「そ、そうかもしれないけど……でも、言ったってどうしようもないことだもの。セドだからとかじゃなくて、誰でも」
「でも、話したら気持ちが楽になるかもしれないよ」
「いいの。何でもないの。何でもないことにしておいて」

セドリックの穏やかな笑顔に思わず白状してしまいそうになったけれど、友達に隠し事をされて拗ねているなんて口に出すのは恥ずかしい。と言うか、もう半分くらいは言ってしまったようなものなので、これ以上は掘り下げたくない。別に喧嘩したわけでもないのだし。
とは言え、やっぱり気になる。ドラコが言っていたように、いっそハグリッドの小屋まで行ってみようか。……ああ、でも、見つかったらハーマイオニーに軽蔑されてしまうかもしれない。明日もう一度聞いてみる? ダメだ。明日はエリザベス達とフリットウィック教授に呪文学の質問をしに行く約束をしているんだった。授業も朝からぎっしりだし、この広いホグワーツでハーマイオニーに偶然出会える確率はかなり低い。
────考えることが多すぎる。レイチェルはぱたりと机に突っ伏した。腕にぶつかったボールペンがころころと机の上を転がっていく。

「あー、もう……試験勉強イヤ……つらい……来年は古代ルーン文字選択するのやめようかしら」
「やっと面白くなってきたところじゃないか」
「そうだけど……去年の試験問題見た? 私はペニー……レイブンクローの先輩にもらったんだけど」
「見てない。どんな内容だったの?」
「じゃあ、明日にでも渡すわ。部屋にあるから。見るだけで頭が痛くなるわよ」
「助かるよ。ありがとう」

どうしてセドリックはレイチェルより格段に忙しいはずなのに、こんなに余裕なのだろうか。レイチェルはセドリックの穏やかな笑顔を見ながらそう思った。何だか、ぐだぐだと弱音や愚痴を吐いている自分の心が弱くて、甘ったれているんじゃないかと思えてくる。とは言え、レイブンクロー寮はうかつに弱音なんて吐けない神経質な空気だし、レイチェルが安心して弱音を吐けるのはセドリックの前だけなのだ。どうせなのでこのまま甘えさせてもらうことにする。

「10科目を甘く見てたわ。全然手が回らない。OWLやNEWTの上級生って一体いつ寝てるのかしら」
「それは僕も不思議に思ってる」

自分達も5年生になったら、あんな風に寝る暇もなくなってしまうのだろうか。あと2年もあると思っていたけれど、ホグワーツ生活の3年目が早くも過ぎ去ろうとしている。チョウやマリエッタの授業内容が、もう1年も前のことだなんて信じられない。レイチェルが眉を寄せていると、セドリックが苦笑してみせた。

「頑張ろうレイチェル、あと1ヶ月の辛抱だよ」
「1ヶ月と6日ね」

慰めるように頭を撫でてくるセドリックに、レイチェルは律儀に訂正した。あと1ヶ月以上も試験勉強が続くのかと思うと、ものすごく憂鬱だ。好きな科目だけ試験ができればいいのにな、とレイチェルは去年や一昨年も考えたことを思った。現実逃避だ。レイチェルは机に預けていた上半身を起こし、セドリックを見上げた。

「セド、私がマグル学でセドに勝ったら何か買ってくれる?」

好きな科目だけを勉強するのは無理でも、何かご褒美が待っていれば勉強も頑張れる気がする。この間ホグズミードで見かけた可愛いブレスレットがほしい。いいことを思いついたとばかりにパッと笑みを浮かべたレイチェルに、セドリックは不思議そうな顔で首を傾げてみせた。

「いいけど……それ、僕が勝った場合はどうするの?」
「……セドが私に勝つのは当たり前じゃない」
「それじゃ、レイチェルだけ不公平じゃないか」

セドリックの反論に、レイチェルはぐっと言葉に詰まった。セドリックが勝ったらレイチェルが何か買わなければいけないとなると、とてもモチベーションが上がるとは思えない。けれどセドリックの言う通り、レイチェルだけが得をすると言うのは、確かにあまりにも不公平だ。

「……じゃあ、そうね。家に帰ったら何かセドの好きなお菓子を焼くわ。それでどう?」

試験が終わったらすぐに夏休みだ。アップルパイ。木苺のタルト。オレンジピールの入ったスコーン。何でもいい。レイチェルがお菓子を焼いて、庭のテーブルセットでお茶をしよう。
それならばレイチェルとセドリック、どちらにもメリットがある。セドリックもそう思ったのか、ニッコリ笑ってくれた。

「それは素敵だな。頑張るよ」
「やめてよ。セドが頑張ったら、私が勝てなくなっちゃうじゃない」

セドリックの「苦手」な魔法薬学でのみ、魔法薬学が「得意」なレイチェルがなんとか勝てているのが現状なのだ。セドリックにあまり気合を入れてマグル学を勉強されてしまったら、いくらレイチェルが頑張ったところで勝ち目がなくなってしまう。
思わず顔を顰めたレイチェルがおかしかったのか、セドリックが声を立てて笑う。なんだかレイチェルまでおかしくなってきてしまって、結局2人で顔を見合わせて笑ってしまった。

「今日の授業はもう終わりだし……天気がいいから、少しだけ湖の周りでも散歩しようか」
「そうね。そうしたらまた、図書室に行って勉強しましょ。今日はセド、クィディッチの練習はないんでしょ?」

セドリックが差し出してくれた手を取って、レイチェルもようやく椅子から立ち上がる。
鞄は教科書でずっしりと重いけれど、気分は少し軽くなった。窓枠の向こうの空は青く澄み渡り、芝の上には色とりどりの春の花々が咲き乱れている。鞄の持ち手を肩にかけ直し、レイチェルは少し前を歩くセドリックの隣へと駆け寄った。

試験までは、あと1ヶ月だ。

楽しいことを考えよう

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