今年のイースターは休暇の最終日だった。
去年や一昨年と同じに、レイチェルの元にはおばさんから可愛らしいイースターエッグが届いた。ドラゴンの卵くらいの大きさのそれは、パステルブルーに彩色されて、リボンや小さな造花で飾りつけられている。中にはおばさんお手製のフルーツケーキやチョコレートファッジ、クッキーなんかのお菓子がぎっしり詰め込まれていた。連日の試験勉強ですっかり疲れきってしまっている頭には、甘いお菓子はとてもありがたかった。

「ね、レイチェル。この大きなイースターエッグってどうやって作るものなの? これ、本物の卵よね?」

せっかくだから可愛い年下の友人にお裾分けすることにしたレイチェルだったが、ハーマイオニーは中身のお菓子よりも巨大なイースターエッグを見て好奇心一杯に目を輝かせていた。何がそんなにハーマイオニーの興味を引いたのかさっぱりわからず、レイチェルは不思議に思って首を傾げた。

「え、マグルのお店でもこれくらいの大きさのエッグを売ってるでしょ? 私、見たことあるわ」
「そうだけど、あれはプラスチックだもの。要するに、偽物なの」
「そうなの!? ……あ、ごめんなさいマダム・ピンス…………あー……えっと、イースターエッグの作り方だったわよね?」

図書室だと言うことを忘れてレイチェルが思わず大きな声を出してしまったせいで、マダム・ピンスの厳しい視線が突き刺さる。おまけにハーマイオニーにも眉を顰められてしまったので、レイチェルは気まずくなって教科書で顔を隠しながらヒソヒソと囁いた。

「そんなに難しくないのよ。ハーマイオニーだったら、ちょっと練習したらすぐできると思うわ」

魔法使いのイースターエッグの一般的な作り方。まずは、割った後の卵をレパロで罅のない綺麗な状態に戻す。それから、割れないように呪文をかける。装飾用の小さな卵なら、そのままの大きさで色を変えたり花やリボンをつけて好きなように飾りつければ完成だ。レイチェル達も、この方法で自分達の部屋に飾るためのイースターエッグをいくつか作った。フリットウィック教授にお願いして、厨房から卵を分けてもらったのだ。
おばさんから貰ったもののようにお菓子を入れたりするのなら、飾りつける前に呪文で大きくする。だから、びっくりするほど大きいけれど、元々は全部普通のニワトリの卵だ。
レイチェルがそう説明すると、ハーマイオニーは感心したように息を吐き、熱心にレイチェルのイースターエッグを観察していた。

「やっぱり、普通の……あー、マグルのやり方とは違うのね。私、すぐに卵にヒビを入れちゃうの。それにしても、これがニワトリの卵だなんて! 化石で見た恐竜の卵みたい!」

恐竜って何だろう。レイチェルは不思議に思ったが、ハーマイオニーはイースターエッグに夢中で答えてくれそうにない。まあ、たぶんマグルの世界にもこれくらい大きな卵を生む動物が居るのだろうと想像して、レイチェルは教科書をパタンと閉じた。

「まあ、大きいからドラゴンの卵みたいに見えるけど……いくら魔法使いだからって、ドラゴンの卵なんてそうそう手に入らないわ。すっごく貴重なんだもの。イースターエッグに使えるくらいたくさんあるとしたら、そこら中ドラゴンだらけでパニックになっちゃう」

そう注釈を入れてみたが、ハーマイオニーは生返事だ。しっかりしているせいか、いつも大人びて見えるハーマイオニーだが、興味深そうにエッグを触っている様子はなんだか年相応でいつもより幼く見える。思わずレイチェルがクスクス笑うと、ハーマイオニーは不思議そうな顔でレイチェルを見返してきた。
相変わらず、レイチェルのこの年下の友人は可愛らしい。

レイチェル

図書室を出て寮へと戻ろうとしていたレイチェルは、後ろから誰かに声をかけられた。誰か、とは言っても、声ですぐにわかってしまう。振り返れば、そこにはやっぱり予想した通り、幼馴染の姿があった。息を切らしているところを見ると、どうやらレイチェルの姿を見かけて走ってきたらしい。

「セド。セドにも届いた?」
「うん。届いたよ。レイチェルにも?」
「勿論。おばさんのお手製だもの、大切に食べるわ。あとでお礼の手紙も出すつもり」
「ならよかった。母さんも喜ぶよ」

料理上手なおばさんの手作りのお菓子となれば嬉しくないはずがないし、手紙でお礼をするのは当然だ。ニッコリ笑うセドリックに、レイチェルも笑い返した。
それにしても、わざわざ呼び止めると言うことは、他に何か用事でもあったんじゃないだろうか。レイチェルが不思議に思ってセドリックの言葉を待っていると、セドリックは躊躇いがちにようやく口を開いた。

「それよりレイチェル。おじさんが贈って来たイースターエッグなんだけど……」
「パパの?」

気まずそうなセドリックの言葉に、レイチェルは首を傾げた。実を言うと、レイチェルの元にはおばさんからのイースターエッグの他にもう1つイースターエッグが届いていた。差出人はレイチェルの父親だ。やっぱりドラゴンの卵くらいの大きさで、おばさんの可愛らしい卵とは対照的に、派手な赤と金の模様の飾りつけだった。たぶん中身はお菓子だろうと思ったので、1度に開けても困るだろうと思ってまだ開封していない。セドリックにも届けられたようだけれど、そのイースターエッグに何か問題でもあったのだろうか。

「えっ、まさか呪いでもかかってたの……!?」
「まさか。違うよ、そうじゃなくて……」
「あ、そう。よかった。パパならやりかねないから……」

レイチェルが眉を寄せれば、セドリックが苦笑して否定する。レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。
レイチェルとセドリックを結婚させようと息巻いているエイモスおじさんとは反対に、レイチェルの父親はセドリックにレイチェルを取られるんじゃないかと警戒している節がある。まあ、どちらにしても随分と気の早い話なのだけれど。と言うか、まずは当人達の意志を尊重して欲しいのだけれど。
しかし、呪いじゃないと言うのなら、一体何が問題なのだろうか。レイチェルが考え込んでいると、セドリックは今度こそ躊躇いがちに周囲を見回して、レイチェルの耳元でヒソヒソと囁いた。

レイチェル。おじさんが送ってきたこれって……ドラゴンの卵じゃないかな?」
「…………え?」

苦笑しながらセドリックが告げた言葉は全くの予想外で、レイチェルはぽかんと口を開けた。
そう。ハーマイオニーにも言った通り、ドラゴンの卵は貴重品だから滅多に手に入らない。それに、ただ単にイースターエッグを作るだけならニワトリの卵で十分代用が効く。
だから、普通はたかがイースターエッグに、本物のドラゴンの卵なんて使ったりしないのだ。

 

 

「君のお父上が何を考えているのか、我輩には理解しかねる」
「そうですね。娘の私にもよくわかりません……」

苦虫を噛み潰したようなスネイプ教授の言葉に、レイチェルも苦笑しながら頷いた。
あの後すぐに図鑑で調べたところ、セドリックの言う通りレイチェル達のイースターエッグ────赤と金の鮮やかな斑模様は、中国火の玉種の卵によく似ていることがわかった。ただ偶然模様が似ているだけと片付けるには、その他色々な特徴なんかがあまりに当てはまることが多すぎたし、レイチェルの父親が働いているのはルーマニアのドラゴン研究所だ。これが本物であると言う可能性は捨てきれない。2人は慌ててイースターエッグだったはずのものを持って、魔法飼育学のケトルバーン先生のところに相談に行った。ドラゴンの卵は確かにものすごく貴重だけれど、貴重以前にものすごく危険だ。レイチェル達に扱えるものじゃない。と言うか、そもそも確か魔法生物規制管理部の取引禁止品目Aクラスに指定されているはずだ。殻をパリパリ破ってドラゴンの赤ん坊が出てくるんじゃないかとレイチェルはビクビクしたが、中身は普通のキャンディーやチョコレートだった。正直ホッとしたと同時に、拍子抜けした。
とは言えやっぱり卵、あらため卵の殻自体は本物のようだとケトルバーン先生に言い渡された。一体レイチェルの父親は何を考えているのだろう。殻だけなら、娘とその幼馴染に贈っても大丈夫だと思ったのだろうか。いや、まあ、ケトルバーン先生に聞いたところ、確かに正規のルートで入手されたものだから特に問題はないだろうとのことだけれど。
生きているドラゴンの卵となると魔法生物飼育学の管轄だけれど、卵の殻だけなら魔法薬の材料、つまり届け先はスネイプ教授だ。セドリックはクィディッチの練習に行かなければならなかったので、レイチェルは1人で卵の殻を持って地下牢へと足を運んでいた。

「あの……すみませんでした。お休み中のところ」
「構わん」

そして驚いたことに、休暇中だからかいつも使っている教室ではなく、スネイプ教授の私室へと通された。質問に来て2人きりになったことはあるし、パメラやハーマイオニーほどスネイプ教授に苦手意識もないけれど、教授のプライベートな空間に足を踏み入れると言うのはちょっと緊張してしまう。
スネイプ教授らしいと言うべきか、室内には家具もほとんどなく、必要最低限の物しか置かれていなかった。あまり生活感がない印象ではあるけれど、清潔に整えられていて、意外にも居心地のよい空間だった。

「かけたまえ、ミス・グラント
「はいっ!? え……あの、このソファにですか?」

物珍しく室内を観察していたレイチェルは声をかけられたことに気づかず、慌てて返事をしたせいで声が上ずってしまった。恥ずかしい。そして、授業中ならちゃんと話を聞いているように減点されてもおかしくないところだ。
思わず俯いたレイチェルの様子を気にしていない────と言うよりは、たぶん興味がないのだろう────様子で、スネイプ教授は机の上に置いたドラゴンの卵を調べている。
レイチェルは恐る恐るソファに腰掛けた。シンプルな黒いソファは、見た目よりもふかふかしていて座り心地がいい。このソファに座ったことのある生徒って何人くらい居るんだろう。そんなどうでもいいことをレイチェルがぼんやり考えていると、どうやら卵を調べ終わったらしい教授が立ち上がった。

「紅茶はどうかね」
「はい……?」

話しかけられた言葉に、レイチェルはまたもや反応が遅れてしまった。とは言っても、今度は聞いていなかったからじゃなく、自分の耳を疑ってしまったからだ。私室に人が入るのを好むタイプではなさそうだし────どちらかと言うとむしろ嫌がりそう────用が済んだなら出て行けと言われるかもしれないと思ったのに。まるで客人のようにお茶を勧められると言うのは、あまりにも予想外すぎた。

「いらんなら構わんが。貴重なドラゴンの卵を提供してくれた礼だ」
「い、いえ!」

憮然とした口調で続けるスネイプ教授に、レイチェルは慌てて首を振る。いくら何だって、さっきの反応はあまりにも失礼すぎた。膝に両手を重ね、ピンと背筋を伸ばす。座り直した拍子にバランスを崩しかけてしまったけれど、なんとか姿勢を正してスネイプ教授を見上げた。

「どうもすみません……ありがたく頂きます」

スネイプ教授は何も言わず、フンと鼻を鳴らしただけだった。黒いローブを翻し机へ戻ると、カチャカチャとティーセットを弄る音がわずかに聞こえてくる。
そう言えば、1年生のときもこうやって紅茶を振舞われたのだった。まああの時は流石に、私室に招きいれられることはなかったけれど。そうしてしばらくすると、レイチェルの前に白いティーカップがふわふわと浮かびながら運ばれてきた。しかも、クッキーまで。
セドリックも来ればよかったのになとレイチェルはぼんやり思う。たぶん目を白黒させたに違いない。と言うか、今のこの状況を誰かに話したら白昼夢でも見てたんじゃないかと言われそうな気がする。当事者のレイチェルですら、信じられない気分だ。スネイプ教授の私室で、紅茶とクッキーを振舞われている、だなんて。
けれど、この紅茶の香りは間違いなく現実だ。音を立てて消えたりしない。せっかくだから冷めないうちにと、レイチェルは湯気を立てている紅茶に口を付けた。アールグレイの豊かな香りが鼻孔に広がって、飲み下した喉がほんのりと温かくなる。──────おいしい。やっぱり以前感じたのと感想は同じだ。おいしい。今まで飲んだ紅茶の中で、たぶん一番。どうやったら、こんな風に紅茶が淹れられるのだろう?
こんな紅茶を飲めば、きっとハーマイオニーやパメラだって、スネイプ教授を悪人だなんて疑わなくなるだろうなとレイチェルはほんの少し残念に思った。まあ、パメラやハーマイオニーはそもそもこんな風に紅茶を振舞われたとしても、毒が入ってるんじゃないかと疑って口を付けないような気がするけれど。

「……とてもおいしいです。先生、紅茶淹れるのお上手ですね」

レイチェルがそう感想を告げても、やっぱり無視される。ただ黙って、自分の分の紅茶のカップを傾けているだけだ。けれど、レイチェルにはあまり気にならなかった。こんな紅茶を淹れられる人が、悪い人のわけがない。他の人から見た評判がどうだろうと、やっぱりレイチェルはスネイプ教授が結構好きだ。
窓のない地下牢には太陽は差し込まないけれど、ランプの灯りで部屋の中は柔らかに照らされている。ソファはふかふかで気持ちがいいし、紅茶はおいしい。机の上にはドラゴンの卵が2つ行儀よく並んでいる。そして、目の前にはいつも通り仏頂面のスネイプ教授。なんだかひどくちぐはぐだ。でも、たまにはこんなのも悪くない。

そんな風にして、レイチェルの休暇の最後の午後は穏やかに過ぎていった。

卵とお茶会

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