大抵のホグワーツ生がそうであるように、レイチェルもスリザリン生に対してはあまりいい印象を持っていない。
嫌いだと言い切らないのは、無害なスリザリン生に対してまで敵意や苦手意識を持っているわけではないからだ。もっとも、パメラに言わせれば『無害なスリザリン生なんて、勉強が嫌いなレイブンクロー生と同じくらい希少な存在』らしいけれど。
たとえば、昨日もパメラに金縛りの呪いをかけようとしてきたモンタギューだとか、ペネロピーにくらげ足の呪いをかけようとしたフリントだとか────まあ、どちらも失敗して未遂だったわけだけれど────個々人を指して悪く言うことはあっても、スリザリンと言う単位で括らないように気をつけている。スリザリン生だけが絶対悪のように言われることが多いけれど、グリフィンドールやハッフルパフ、それからレイブンクローにだって嫌な奴は居る。反対に、スリザリン生にだってドラコのように仲良くできそうな人も居る。スリザリン生に嫌な奴が多いからと言って、スリザリン生なら全員嫌な奴だと言う論理にはならない。だから、モンタギューが嫌いだとかフリントは最低だとか言ったとしても、スリザリン生が嫌いだと言うつもりはない。
しかし、クィディッチについては話が別だ。
クィディッチに関して言えば、レイチェルはスリザリンチームが大嫌いだ。目的のために手段を選ばないと言うとかっこよく聞こえるけれど、反則も多いし、相手の選手が怪我をするようなプレーはやりすぎだと思う。レイブンクローとの試合でスリザリンが卑怯な手を使って勝ったことを、レイチェルはまだしっかり覚えていた。
「スリザリンなんてこてんぱんにしちゃっていいと思うわ」
週末にはハッフルパフとスリザリンの試合がある。レイチェルが苦々しくそう言い放つと、セドリックは困ったように苦笑してみせた。セドリックの羽根ペンが淀みなく羊皮紙の上を動くのを見ながら、レイチェルは眉根を寄せた。正直、薬草学のレポートなんてレイチェルが適当に代筆するから、今すぐにでもセドリックには打倒スリザリンのために競技場に行って練習してほしい。……まあ、そう提案してみたところで、セドリックはきっと自分でやらなければ意味がないと断るのだろうけれど。
「正直どうなの、セド? ハッフルパフ、勝てそう?」
レイチェルはセドリックのシーカーとしての技術を疑ってはいない。そして、スリザリンのシーカーのヒッグズは(こう言っては失礼かもしれないけれど)そこまで飛び抜けて優秀な選手ではない。よーいドンで一緒にスニッチを追いかけたとしたら、きっとセドリックが勝つはずだ。けれど、リーグ戦である以上、ただ単に早くスニッチを捕まえればいいわけじゃない。それができるのは、初戦の段階か、勝ち越しているチームだけだ。「うん、まあ……でも、どうかな。できるだけ、点差をつけて勝たなきゃいけないから」
「難しいところよね」
これまでの戦績を考えると、まだ1勝もしていないハッフルパフはかなり不利だ。セドリックはチームのことを考えると、ある程度点差がつくのを待ってからスニッチを取らなければいけない。けれど、あまりのんびりしていると、先にスリザリンのシーカーがスニッチを見つけてしまうかもしれない。と言うかそもそも、ハッフルパフのチェイサーがスリザリンと点差をつけられるのか? と言うのもちょっと疑問だ。反則やラフプレーなんかも多いとは言え、7年連続で優勝杯を獲得しているだけあってスリザリンチームは強い。特に、チェイサーが優秀なのだ。キャプテンのフリントもチェイサーだし。終始スリザリンのリードで試合が運ぶ展開も考えられる。結局のところ、どのタイミングでスニッチを取るのかは、シーカーの判断に任せられるのだ。セドリックにかかる重圧は大きい。
「頑張ってね。何だか、学校中がハッフルパフを応援しようって空気だし」
「みたいだね。……ちょっと緊張するな」
「セドならきっと大丈夫よ」
ハッフルパフが勝った時点で、スリザリンの優勝はなくなる。そして、スリザリン以外の3寮は、何とかしてスリザリンの鼻を明かしてやりたいと思っている。レイブンクローの談話室でもハッフルパフを応援しようと言う声を聞くし、ここのところ、知らない上級生がセドリックに話しかけたりしているのをよく見かける。そんな風にすっかりハッフルパフを応援ムードだけれど、逆に言えばスリザリンにとっても優勝がかかっている大事な試合だと言うことだ。セドリックが狙われる可能性は高い。試合中はもちろん、試合までの間にもスリザリン生が何かしてこないとも限らない。
「気を付けてね、セド。あの人達、勝つためならどんな手だって使うんだから」
「ああ、うん……キャプテンにもそう言われたな。気を付けるよ」
「今日もこの後、私が寮の前まで送るから。絶対1人になっちゃダメ」
「……普通なら、僕がレイチェルを送るんじゃないかな」
「普通なんてどうでもいいの。今危険なのは、どう考えたってセドの方なんだから」
複雑そうな顔で呟いたセドリックの言葉は、ばっさりと切り捨てた。
クィディッチの試合は勿論レイチェルだって楽しみにしているし、今年こそスリザリンから優勝杯が奪還されるのかと思うとワクワクする。けれどそれ以上に、セドリックが怪我をしないかが心配だ。
「だから気をつけてって言ったのに……!」
白いパイプベッドに横たわっているセドリックの姿に、レイチェルは深い溜息を吐いた。
医務室にはレイチェルとセドリックの2人きりしか居ない。さっきまではハッフルパフのチームメイトやセドリックの友達、たくさんの人が居たらしいのだけれど、うるさく騒ぐと患者が休養できないとマダム・ポンフリーに追い出されてしまったとのことだった。
来る途中でスプラウト教授に捕まってお見舞いの花を託されていたのが原因で乗り遅れたレイチェルは運良く医務室に入れてもらえたけれど、その代わりにマダム・ポンフリーが医務室を空ける間セドリックの様子を見ているよう言いつけられた。とは言え、セドリックへの処置はもう一通り終わっているから、レイチェルの役目は何かあったときにマダムに知らせるだけ。つまり、しばらくセドリックと話していてもいいと言うことだ。しかし、いつものように楽しくおしゃべりすることは今のレイチェルには難しかった。理由は勿論、さっきまでの試合のせいだ。もう結果は変わらないとわかってはいるけれど、未だに眉間の皺は取れそうにない。
「まあ、でも大した怪我じゃないんだよ。どこも折れてないし……マダムも月曜には退院していいって言ってたし」
「そう言う問題じゃないでしょ。怪我に大きいも小さいもないわよ」
苦笑するセドリックに、レイチェルはピシャリと言った。ロジャーも前にそんなことを言っていたけれど、そもそも骨が折れてるか折れてないかを基準にするところからして間違っているのだ。セドリックと言いロジャーと言い、男の子達のクィディッチ馬鹿はどうにかしている。
それでもまあ、きちんとルールに則ってプレイをした上で、熱中し過ぎてちょっと怪我をするくらいならいい。しかし、故意に誰かに怪我をさせられたとなれば話は別だ。
「モンタギューのやつ……いくらセドにスニッチを取られそうだったからって……クアッフルを頭にぶつけるなんて……!」
手が滑っただなんて言い訳していたけれど、絶対わざとだ。クアッフルが手からすっぽ抜けたなら、あんなに真っ直ぐ勢いよくセドリックの後頭部に向かっていくはずがない。しかも、スリザリンのゴールはセドリックとは反対方向だった。ブラッジャーならともかく、どうしてクアッフルで負傷しなければいけないのだろう。フーチ先生がペナルティゴールを取ろうとしてくれたものの、セドリックが体勢を崩しているうちにスリザリンがスニッチを取ってしまって試合終了。意識ははっきりしているけれど、かなり強く頭を打ったような状態なので、セドリックは念のため医務室へと運ばれた。今日はこのまま入院だ。クィディッチが荒っぽいスポーツなのは元々だけれど、スリザリンチームのプレイは荒っぽいとか言う次元じゃない。
イライラと不機嫌を隠そうとしないレイチェルに、セドリックは困ったように眉を寄せてみせた。
「でも、誰にだって失敗はあるし……本当に手が滑ったのかもしれないよ。僕は前を向いてたから見えなかったし」
「いいえ、絶対わざとよ!」
「でも、遠かったからちゃんと見えなかっただろう? あんまり人を疑うのはよくないよ、レイチェル」
「だから……! ……ああ、もう、セドは本当にお利口さん!」
至極真面目な表情で諭して来るセドリックに、レイチェルはイライラと言い放った。セドリックはあまりにも人が良すぎる。しかし、セドリックに当たり散らしたところで仕方ない。セドリックはあくまで被害者なのだ。
気分を落ち着かせるためにも、レイチェルは椅子から立ち上がった。スプラウト教授から預かったお見舞いの花を、花瓶に生けなければいけないことを思い出したからだ。棚の上に置かれていた白い花瓶を手に取り、レイチェルは水道の蛇口を捻った。
静かな水音が部屋に響く。レイチェルがじっとその音に耳を澄ませていると、セドリックがぽつりと呟いた。
「結局、あんまりチームの役に立てなかったな。ハッフルパフは、1勝もできなかった」
悔しさと言うよりは、寂しさとか、無力感とか、そう言ったものを孕んでいる声だった。
十分に水が溜まった花瓶を見て、キュッと蛇口を捻る。ポタポタと、零れ落ちた水滴がシンクを叩いた。金属の擦れるような、空気を切るような独特の音が耳朶を掠めていく。鮮やかな黄色いヒヤシンスを花瓶に差して、レイチェルは再びセドリックの寝ているベッドへと向かった。サイドテーブルに花瓶を置くと、白いシーツとのコントラストでそこだけがパッと目を引く。ハッフルパフの色だ。レイチェルは椅子に座り、セドリックの顔を覗き込んだ。
「レイブンクローとの試合ではセドがスニッチを取ったでしょ。負けたのは、キーパーのせいよ。それに今日の試合だって、本当ならセドが勝つはずだったんだもの。ちゃんと皆わかってるわよ」
「そうかな。だといいけど……」
ハンサムで、頭が良くて、クィディッチもできて。女の子にも人気がある。それなのに、セドリックはちっともそれを鼻にかけない。皆が言うように、セドリックが優しいからと言うのもあるのだと思う。けれど、そもそもセドリックは自分のことをちっとも頭が良いとか、ハンサムだとか思っていないのだ。だから努力するし、慢心もしない。
周囲から見ればセドリックはこの上なく完璧な人間に映るのに、セドリックは自分をただの普通の男の子だと思いこんでいる。レイチェルはセドリックのそんなところが好きだけれど、同時にもっと自信を持っていいのにと歯がゆく思う時もある。
「セドより素敵なハッフルパフのシーカーなんて居ないわ。私が保証してあげる。自信持って。スプラウト教授だって、今日のセドのプレイは素晴らしかったと思ったから、お見舞いに花をくれたのよ。それに、自分なんかって言うのは、セドをシーカーに選んでくれたキャプテンに失礼じゃない?」
「…………うん」
スプラウト教授は親切だけれど、大切に育てた花をどうでもいい生徒にあげたりしない。それはつまり、レイチェルだけじゃなくスプラウト教授もセドリックはハッフルパフのシーカーに相応しいと思っていると言うことだ。勿論、さっきまでお見舞いに来ていたと言うチームメイトや友達も。セドリックは精一杯やったのだから、落ち込んだり、自分を責めたり必要なんてどこにもない。セドリックがほんの少し微笑んでくれたので、レイチェルはホッとした。
「それに、もしも誰かがセドのことを馬鹿にしたら呪いをかけてやるわ。だから大丈夫よ」
「えっと……冗談だよね?」
杖を軽く振ってみせたレイチェルに、セドリックが顔を引きつらせる。もちろん冗談だけれど、半分くらいは本気だ。レイチェルもついセドリックのことを頑固だとかお人好し過ぎるだとか言ってしまうこともあるけれど、他の誰かがセドリックを馬鹿にするのは許せない。セドリックが怒っていなかったとしても、レイチェルが嫌なのだ。それに、とレイチェルは言葉を続けた。
「満足できないなら、来年頑張ればいいじゃない。まだ卒業までにクィディッチリーグは4回もあるんだから」
何も、今年でクィディッチリーグが終わってしまうわけじゃない。セドリックがシーカーとして試合するのは、今年が初めてだったのだ。謙虚なセドリックのこだから元々いきなり優勝できるとは考えていなかっただろうし、反省は次に活かせばいい。レイチェルの言葉に、セドリックは少し気が晴れたようだった。
「うん。そうするよ。ありがとう、レイチェル。また、夏休みには練習に付き合ってくれる?」
「日焼けしない程度ならね」
ようやくいつもの笑顔を見せたセドリックに、レイチェルは肩を竦めてみせた。今年の夏休みの後半はクィディッチ漬けだったせいで、セドリックだけでなくレイチェルも真っ赤に日焼けしてしまったのだ。その時のことを思い出して、2人で顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「残りはグリフィンドール対レイブンクローだけか」
「試験後だからかなり先よね」
結構時間が経った気がするのだけれど、マダム・ポンフリーはまだ帰って来ない。セドリックがお見舞いにもらったジュースとお菓子を振る舞ってくれたので、ちょっとしたお茶会みたいだ。
セドリックの言葉に、レイチェルは壁にかかっているカレンダーを見ながら答えた。4月に入ればイースター休暇だし、その後はテスト前になるから試合はない。
「レイチェルはやっぱりレイブンクローに勝ってほしいんだよね?」
「うーん、まあそれはそうなんだけど……」
「スリザリンが優勝杯を手に入れたら悔しいから、グリフィンドールに勝ってほしいって気持ちもあるのよね」
勿論観戦中はレイブンクローを応援するだろうけれど、今年はぜひグリフィンドールに優勝してほしい。またスリザリンが優勝だなんて────しかもフェアプレーとは言い難い方法で勝った試合で────素直に祝福できそうにない。
けれど、やっぱりせっかくだからレイブンクローに勝ってほしいと言う気持ちもある。
「だから、できたら引き分けがいいわ。難しいかもしれないけど」
誰が見ても、今季のグリフィンドールは絶好調だ。元々シーカー以外は優秀な選手ばかりだったけれど、ハリー・ポッターが入ったことでその問題を解決したばかりか、チームの士気までも上がっている。レイブンクローが勝つのは難しいかもしれない。
レイブンクローだって優秀な選手ばかりだし、チョウも間違いなく素晴らしい飛び手だけれど、やっぱりまだ試合になると緊張してしまって練習通りに実力を発揮できていない。チョウはハリー・ポッターだって初めてのクィディッチなのにと落ち込んでしまっているようだけれど、どちらかと言えばハリー・ポッターの方が初心者なのに試合に慣れ過ぎと言うか、異常なのだ。だから、スニッチはハリー・ポッターに取られてしまったとしても、なんとか得点を重ねることで引き分けかそれに近い状況に持って行けるといいなと思う。
そんなことを考えていると、セドリックがレイチェルの顔を見て何だか嬉しそうに微笑んでいることに気づいた。
「……何? セド」
「ハリー・ポッターを応援するんだね」
その言葉に、レイチェルは思わず飲みかけのジュースを吹き出しかけた。どうにかそんな惨事にはならずに済んだものの、持っていた瓶を揺らしてしまったせいでセドリックのベッドにジュースが零れてしまった。慌てて杖を取り出して清め呪文をかけたけれど、動揺してしまった事実は隠しきれない。
「だって最近は別に、何も妙なことはしてないみたいだし……彼のクィディッチはすごいし……」
そう言えば、ハリー・ポッターがシーカーになると決まった時は、散々セドリックを相手にブツブツ言っていたんだった。それに、ハロウィンの時にも。あの頃のレイチェルだったら、絶対「ハリー・ポッターのおかげでグリフィンドールが優勝なんて絶対嫌!」とか言っていたはずだ。そう考えると気まずくなって、段々と言葉尻が小さくなっていく。
その上、バレンタインには彼にカードまで贈ってしまったのだった。あれだけ不平を言っていたくせに────まあカードのことはセドリックには言っていないけれど────自分でもずいぶん調子がいいような気がして、恥ずかしくなった。頬が燃えているのかと思うくらい、熱が集まって来る。
「笑わないでよ、セド!」
「ごめん。でも、そんなに照れなくたっていいのに……」
俯いて肩を震わせているセドリックに、レイチェルは椅子の背もたれにあったクッションを投げつけた。が、シーカーの反射神経で簡単に腕でブロックされてしまう。その間にもセドリックはまだ笑い続けていた。一体何がそんなにおかしいと言うのだろうか。レイチェルは立ち上がって叫び上げた。
「もう! 明日のノート貸してあげないから!」
「ごめんって。馬鹿にしたわけじゃないよ」
涙を拭いながら言われても、ちっとも説得力がない。まだまだ言いたいことがあったレイチェルだったが、ちょうど戻ってきたマダム・ポンフリーに医務室で騒ぐなんて言語道断と鬼の形相で摘み出された。仕方がないので、レイブンクロー塔へと戻ろうと廊下を歩く。ふと窓へと視線を向けたら、光の反射のせいでガラスにレイチェルの姿が映り込んでいた。かなり引いてきてはいるものの、まだ頬が少し赤い。レイチェルは居た堪れなくなってパッと視線を逸らした。
別にやましいことなんて何もない。あのバレンタインカードだって、単なるクィディッチのファンとして贈ったのだ。
それなのに、ハリー・ポッターの名前が出ると、どうにも動揺してしまうのはどうしてだろうか。