クリスマス休暇は長いようでいて案外短い。
休暇の間、レイチェルは3度ほどこっそり家を抜け出してオッタリー・セント・キャッチポールに行ってみようとした。が、その試みは全てセドリックによって阻止された。レイチェルの行動パターンは読まれている上、深く積もった雪にはくっきり足跡が残ってしまうせいだ。スニッチよりも遅いレイチェルは当然セドリックに捕獲され、何とか誤魔化そうと言い訳してみるのだった。

「だって、せっかくマグル学で色々習ったのよ。私達の知識が正しいのかどうか、ちゃんと確かめてみるべきだと思わない? これはただの興味本位なんかじゃないわ。教科書じゃ学べないマグルの実際の生活を知ることってとっても有意義だし、勉強にもきっとプラスになると思うのよ」
「ダメだよ。父さん達にも言われたじゃないか」
「……じゃあセド、セドも一緒に行きましょ? 2人なら危なくないもの。ね?」
「僕は行かない。レイチェル、家に戻ろう」
「…………ああもう、セドって本当にお利口さん……!」

ハーマイオニーを思い出しながら、できるだけ理論的な口調を心がけたレイチェルだったが、セドリックには通用しなかった。以降、レイチェルは大人しく家の中で課題を片付けたり、読書やお菓子作りをして過ごした。「次にやったら父さんに相談する」とセドリックが真剣な顔で言ったせいだった。せっかくの楽しい休暇なのに、おじさんやおばさんを怒らせて台無しにしてしまうのは嫌だった。

「結局またマグルの村を探検できなかった……」

とうとうマグルとの交流は果たせないまま、紅色のホグワーツ特急に乗り込んだレイチェルは、過ぎゆくロンドンの町並みを眺めながら悲しみに暮れた。これで、次の夏休みまではまたマグルと触れ合う機会はない。
窓ガラスに額を擦り付けてレイチェルが嘆くと、セドリックが不思議そうに首を傾げた。

「どうしてレイチェルがそんなにあの村に行きたがるのか、僕にはわからないよ。パメラはマグル生まれなんだし、話ならいくらでも聞けるじゃないか」
「そうだけど、違うのよ! パメラやパメラのパパやママは、私達が魔法使いだって知ってるじゃない! ちょっと私達が変な事言ったって、『魔法使いだから』って受け流しちゃうでしょ! そうじゃなくて、普通のマグルの前で、私がマグルの女の子としてきちんと振る舞えるか試したいの!」

それもこれも、セドリックが目敏いせいだとレイチェルは思った。バレないようにこっそり村に行って、こっそり帰って来るつもりなのに、セドリックにはなぜか村に着く前に知られてしまう。せめて、あと10分気づくのを遅らせてくれればいいのに。
客観的に見て正しいのはたぶんセドリックで、逆恨みだなんてことはわかっているけれど、レイチェルは正面に座る幼馴染の顔をじとりと睨んだ。伏せた睫毛が頬に影を作っている。読んでいる雑誌がザ・クィブラーでも(とは言ってもセドリックの所有物ではなくレイチェルが暇潰し用に貸したものだ)絵になるのだから、ハンサムと言うのは腹立たしい。

「ねえ、セド」
「何だい?」

セドリックが雑誌から顔を上げる。曇りのないグレーの瞳が不思議そうにレイチェルを見返した。「セドリックの瞳ってずっと見てると吸い込まれそう」なんて2年生の子達が談話室で話していたけれど、確かにその気持ちはレイチェルにもわかる。小さい頃は、セドリックの目の色が羨ましいと言って泣いたこともあった。黒髪にきりりとしたグレーの瞳、鼻筋が通ったハンサム。おまけに誰にでも親切で、皆の憧れのクィディッチ選手でもある幼馴染はレイチェルと違って大層おモテになる。

「ピンクのリボンの、天使の柄の可愛い包み紙……あれ、誰から?」

セドリックの顔が固まったのを見て、レイチェルはフンと鼻を鳴らした。そうして再び、流れていく車窓を眺める。
セドリックに贈られたプレゼントの中に、明らかに下級生の女の子からのものだろうと思われるファンシーなプレゼントが混ざっていたのを覚えていたのだ。詮索するのも贈った相手に失礼かと思って黙っていたけれど────何だかむしゃくしゃしているせいでそんな殊勝な気持ちはどこかへ行ってしまった。

「あれは、その……違うんだ……」

赤くなって困った顔でモゴモゴ言っているセドリックをちらりと見る。何が違うんだろう、とは思ったけれど、可哀想なのでそれ以上追及するのはやめておいた。2人きりのコンパートメントは、気まずい沈黙に包まれる。セドリックは集中して雑誌を読んでいるフリをしていたけれど、その耳がまだ赤いのを見て、レイチェルは思わず口元を緩めた。
ちょっとだけ気が晴れた。

 

 

レイチェル!」

ホグワーツに戻ってきたレイチェルは、城門をくぐったところで誰かに名前を呼ばれた。一体誰だろうと辺りを見回してみると、そこには見知った少年の姿があった。レイチェルが到着するのを待っていたのだろうか。この寒いのに、セーターとマフラーだけなせいで、鼻の頭が少し赤い。燃えるような赤毛は、ウィーズリーの双子────の、どちらかだ。

「えっと……」
「ジョージさ」
「そう、ジョージ。久しぶり」

双子の見分けがつかないレイチェルがまごつくと、ニヤッと笑ってジョージが答える。一体どんな用事なのだろうとレイチェルが不思議に思っていると、ジョージが後ろ手に持っていたらしい何かを差し出して来た。悪戯を仕掛けるつもりなのかと一瞬身構えたけれど……危険なものには見えない。緑色のリボンがかけられた、手の平に乗せられるほどの小さな箱だ。

「クリスマスプレゼントのお返しさ。安心しろよ、糞爆弾なんか入っちゃいないぜ」
「あ……それは、どうもありがとう」
「じゃあまたな、レイチェル

レイチェルの頭の中を見透かしたように、ジョージが可笑しそうに喉の奥で笑ってみせた。疑ってしまった自分が恥ずかしくなって、レイチェルは俯く。そう言えば、双子にクリスマスプレゼントとしてお菓子を贈ったんだった。そのことを思い出して、レイチェルは素直にその包みを受け取った。
重いトランクを引きずって、レイチェルはレイブンクロー塔の自室へ戻る。ルームメイト達はまた帰っていないらしく、部屋の中は空っぽだった。荷ほどきは後回しにして、レイチェルは早速包みを開けてみることにした。
そっと箱を開くと、隙間からキラキラした金色の光の粒が溢れて来た。天井まで舞い上がった光は、レイチェルの目線の高さまでゆっくり下りてくると、帯のようになってレイチェルの周りをくるくると取り巻いた。

「綺麗……」

思わずそんな呟きが漏れる。部屋の灯りをつけていないせいで、薄暗がりの中に光の帯だけがキラキラと光ってとても幻想的な光景だった。くるくると円を描く速度は、最初はゆっくりだったけれど、段々と速くなっていく。そして流星かと見間違えてしまいそうな速さになると、光の帯は再び元の箱の中に入り込んだ。
ポンと軽い音がして、真っ白な煙が立つ。中を覗き込むと、光の粒は小さなスノードームに変わっていた。よく見ると、箱の底にカードも入っていて、レイチェルの作ったクラシックショコラがおいしかったと言うことが書かれていた。
さすが、双子のウィーズリーだ。思いもかけない素敵なクリスマスプレゼントにレイチェルはほうっと感嘆の息を吐いた。
糞爆弾や花火だけじゃなく、こんな素敵な魔法も使えるのかと、レイチェルは2人のことを見直した。
────はず、だったのだけれど。

 

 

次の日の午後、レイチェルは図書室へと向かって歩いていた。休暇中借りたままだった本を返すためだ。
レイブンクロー塔から図書室はそれなりに遠い。まだ休暇中と言うこともあって、廊下はいつも以上に寒い。早く温かい談話室に帰ろうと、レイチェルは廊下を急ぐ。そうして、角を曲がったところで────、
ずる、べしゃ。そんな効果音と共に、レイチェルは気づけば床に思いきりお尻を打ちつけていた。

「な、何!?」

手の平に何かぬるぬるベタベタしたものの感触がある。何が起こったのかまるでわからず、レイチェルは目を白黒させながら足元を見下ろした。床には2mほどの虹色の水溜り────と呼ぶには随分嫌な感触だけれど────が広がっていた。液体に触れたレイチェルのタイツやスカートの裾は、全てがけばけばしい虹色へと染まっている。転んだときに落としてしまったらしい本を探すと、運悪く水溜りの中に着地してしまったようで、茶色の革表紙は見事な虹のグラデーションへと変わっていた。
マダム・ピンスに殺されるかもしれない。一体誰がこんなことを。レイチェルが呆然としていると、向こうの廊下の角からひょっこり鮮やかな赤が2つ覗いた。

「悪い悪い、スネイプがもうすぐここを通るはずだったんだ!」
「まさかまだ授業が始まってもいないのにここに来ちまうなんて……ちょっとばかしタイミングが悪いぜ、レイチェル!」
「また、あなた達なの……」

最早レイチェルはすっかり力が抜けてしまって、怒る気にもなれなかった。お尻は痛いし、この寒いのに服はびしょびしょだし、何より本が2冊もダメになってしまったし──────泣きたい。
ジョージ(と言うかGのイニシャルのセーターを着ている方)が申し訳なさそうに苦笑してレイチェルに手を貸そうとしてくれたけれど、フレッドがジョージを肘で突いて何かを耳打ちするととそのままどこかへ行ってしまった。何て薄情な人達かしら。レイチェルは眉を顰めたけれど、その理由はすぐにわかった。レイチェルも歩いて来た廊下の向こうから、誰かの足音が近づいて来たのだ。

「ミス・グラント! その格好は一体どうしたと言うのです!」

虹色のまま廊下の真ん中にへたりこんでいるレイチェルを見て、マクゴナガル教授が金切り声を上げた。その横にはスネイプ教授も居る。つかつかと水溜りを避けて近づいて来たマクゴナガル教授は、勢いよくレイチェルを立ち上がらせてくれた。そして杖の一振りで清め呪文をかけてレイチェルの服を綺麗にし、もう一振りで足元の水溜りを消してしまった。
鮮やかな手際にレイチェルが見惚れていると、マクゴナガル教授はレイチェルを見下ろしてキビキビと言った。

「一体何があったのですか、ミス・グラント
「あ……その……えっと……そこにあった……水溜り?に滑って転びました……」
「またウィーズリーの2人ですか!」
「そのようですな」

誰が製作者かレイチェルは口に出さなかったまのの、教授達にはすぐにわかったらしい。マクゴナガル教授は怒り心頭と言った様子で、2人が逃げて行った廊下の方へと消えて行った。残されたレイチェルは床に落ちたままの本を拾い上げた。ぬるっとした手触りが気持ちが悪い。ページの端からは、ポタポタと虹色の液体が滴り落ちている。思わずレイチェルが顔を引きつらせると、見兼ねた様子のスネイプ教授が溜息を吐いた。

「貸したまえ。ミス・グラント

レイチェルが素直に本を渡すと、スネイプ教授も無言で杖を一振りした。すると、本は何事もなかったように元通りの古めかしい革表紙に変わっていた。やっぱり教授達の魔法はすごい。レイチェルは心の中で盛大に拍手しつつ、スネイプ教授にお礼を言った。これで、マダム・ピンスに怒られなくて済みそうだ。

「スネイプ教授は2人を追わないんですか?」
「まだ休暇中だろう。捕まえたところで減点できん」
「……なるほど」

苦々しげに呟くスネイプ教授に、レイチェルは納得して頷いた。新学期が始まるのは明日からだ。もしかしたらあの2人もそれをわかっていて、こんな悪戯を仕掛けたのかもしれない。いや、あの2人ならば減点なんてお構いなしだ。まあ、アンジェリーナの話だと減点される代わりに結構加点もされているらしいけれど。

「スネイプ教授」

用は済んだとばかりにその場を立ち去ろうとするスネイプ教授の背中に呼び掛ける。
今回このトラップに引っ掛かってしまったのは運悪くレイチェルだったけれど、双子の言葉からすると元々はスネイプ教授をターゲットとして作られたものなのだろう。スネイプ教授のローブが虹色になったら愉快だと思ったのだろうか────いや、まあ、確かに大抵の生徒はお腹を抱えて笑うかもしれないけれど。
いくらスネイプ教授が成人の魔法使いだとは言え、毎度毎度あの2人の相手をするのはきっと骨が折れるだろう。

その、何と言うか……疲れさ。本当に

生徒に同情されたことが不本意だったのか、振り向いたスネイプ教授は不愉快そうに片眉を上げてみせたが、何も言わずに去って行った。レイチェルも図書室に行かなければいけない。
全く、どうしてレイチェルがこんな目に合わなければいけないのだろう。マグルの村なんかより、あの2人が居るホグワーツの方がよっぽど危険だ。

やっぱり双子のウィーズリーなんて、厄介が服を着て歩いているようなものだ。関わらないに限る。
ほんの少し…………ほんの少しだけ、素敵だななんて思ったのは、きっと一瞬の気の迷いだ。

素敵な魔法の使い方

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