家族団欒のクリスマスはとても楽しい。
クリスマスのディゴリー家はとても賑やかだ。リビングにある立派なクリスマスツリーはセドリックが飾り付けをしたし、玄関のリースはレイチェルが作った。カーペットにはおじさんが輝く魔法の雪を降らせ、クラッカーから飛び出したサンタ帽を被った小さなリスがそこら中を走り回っていた。
料理上手なおばさんが腕を奮ったミネストローネや七面鳥、焼きたてのヨークシャープディングなんかのごちそうを囲みながら、レイチェルとセドリックは大人達に学校で起きた不思議な出来事について話して聞かせた。
「せっかくのハロウィンなのにトロールが来たの! もう大広間中パニックで……」
「ハリー・ポッターが倒したんだよ。そう言えば、彼、最年少でクィディッチのシーカーになったんだけど……試合中、箒に呪いがかけられたんだ。あれの犯人もわかってないよね」
「クィディッチ! そうだわ、セドのシーカーとしての初試合の写真を持って帰って来たの。後で見せるわ」
食事の後は皆でラジオを聞いたり、チェスの対決をしたりした。レイチェルは母親とおじさんに次いで3位だった。セドリックとおばさんは何を考えているのかすぐ顔に出てしまうので、あまりチェスには向いていないとレイチェルは思う。頭がいいのだから、きっとレイチェルよりも数手先まで読んでいるはずなのに。まあそう言う正直で嘘が苦手なところが、セドリックらしいと言えばらしいのだけれど。
「雪がひどいわね」
カーテンを捲って外を見てみると、辺りはすっかり暗くなり、灰色の空からは雪が斜めに降っていた。指先が触れた窓ガラスは刺すように冷たく、白く曇ってレイチェルの顔や部屋の中を映し出している。レイチェルの後ろに立ったセドリックは、同じように空を見上げた。
「本当だ。でもきっと大丈夫だよ、夜には風も収まるみたいだから」
「そうなの? よかった。こんな天気じゃ、配達するふくろうも大変だものね」
クリスマスの楽しみは何と言ってもカードやプレゼントだ。
数日前、レイチェルは母親のふくろうを借りてクリスマスに間に合うよう友人達にプレゼントを送った。パメラとエリザベス、それからハーマイオニーにはこの間ホグズミードで買った鏡やヘアゴムだ。アンジェリーナとアリシアには手作りのお菓子がいいとリクエストされていたので、ベリーの入ったシフォンケーキにした。他にもチョウやマリエッタや、レイブンクローの仲良しの女の子達にはお菓子を贈った。
この間の雪の日のお礼に、ジョージにもクラシックショコラを作って送った。ジョージだけだと何だか意味あり気なので、フレッドにも。トラブルに巻き込まれた分で清算される気もしたけれど、助けてくれたのもマフラーを貸してくれたのも事実だ。双子に借りを作ったままと言うのはスッキリしない。
「レイチェル、そんなところに居ると風邪引くよ」
「うん」
ソファーに並んで座ったレイチェルとセドリックは、おばさんが淹れてくれたマシュマロ入りのホットココアを飲みながら、両親達からの贈り物は何だろうかと楽しく想像した。
暖炉の炎がパチパチと爆ぜる。ツリーに飾られたピンクやブルーのオーナメントが、揺らめくキャンドルの灯りで表情を変えていた。ダイニングのテーブルからは大人達の笑い声。隣にはセドリック。レイチェルはキルトのクッションを抱き締めると、目を閉じてセドリックにもたれかかった。なんて美しくて素敵なクリスマスなんだろう。
その夜、レイチェルは幸せな気持ちで眠りについた。
翌朝レイチェルが目を覚ますと、吹雪はすっかりやんで、太陽に照らされた雪がキラキラと光るとても素敵な朝だった。
パジャマのまま大急ぎでリビングへと降りると、ツリーの下には色とりどりのギフトボックスの山ができていた。レイチェルの視線の高さまである大きな山は、母親の友人や、出版社の人、それからファンから届いたプレゼントだ。その隣には、レイチェル宛てのプレゼントが集められた小さな山がある。朝食のビスケットを摘むと、レイチェルはソファーに座ってウキウキと開封に取りかかった。
おじさんとおばさんからは、お揃いでデザインされた手袋と耳あてだった。セドリックからは、この間ホグズミードで選んでもらったバレッタだ。
母親からは小さな砂時計をもらった。ホグワーツで寮の点数を記録するのに使っているもののミニチュア版と言う感じで、きらきら光る砂は鮮やかなオリーブグリーンだ。ちなみにセドリックにはオレンジの砂のものを贈ったらしい。
パメラからのプレゼントは香水だった。添えられていたカードを読むと、どうやらパメラはエリザベスと自分にも違う香りのものをお揃いで買ったらしい。繊細な細工のクリスタルの瓶に入った香水は淡いピンク色をしていて、底には魔法で枯れないようにした小さな薔薇の花が浮かんでいる。宝石のようにカットされた銀色の蓋を開けてみると、カシスやライチ、薔薇なんかが溶け合った夢のように甘い香りがして、レイチェルははたしてこれは自分がつけても不自然じゃないだろうかとしばらく考えた。パメラがレイチェルに選んでくれたのだから大丈夫だろう、きっと。
エリザベスは可愛い花柄の羽根ペンケースをくれた。レイチェルがこの間インクを零してダメにしたのを覚えていてくれたらしい。
アンジェリーナはキラキラと七色に輝くインクをくれたし、アリシアは先端に透明な星型の石が揺れているブックマーカーをくれた。チョウからは中国茶だった。いい香りだし、蝶や牡丹の花の模様の缶がオリエンタルな雰囲気で素敵だ。マリエッタや他の女の子達はミンスパイやガトーショコラなんかのお菓子だった。
驚いたのは、ドラコからカードとプレゼントが届いたことだった。ナルシッサ・マルフォイ────ドラコの母親と連名だ。と言うか、たぶんカードを贈ることに決めたのはマルフォイ夫人だろう。だって、今のところレイチェルとドラコは友達と呼べるかさえ危ういくらいの関係だ。
明るい水色の箱には、白いサテンのリボンがかかっている。レイチェルがそっと開けてみると、中には真っ白なハンカチが3枚入っていた。繊細なレースでできた上品なものだ。それぞれ模様が少しずつ違う。
まさか、母親のサインを手配したくらいでこんな……高そうなものを贈られるなんて思ってもいなかったので、レイチェルはドラコにプレゼントは贈っていない。だって、まだたった2回、少し話をしただけなのだ。どうしようと途方に暮れながら、レイチェルはカードの方に目を通してみた。百合のモチーフのカードには、女性らしい筆跡で「素敵な誕生日プレゼントをどうもありがとう」と書かれている。間違いなくマルフォイ夫人だろう。そして裏には「クリスマスプレゼントを贈るような間柄じゃないと言ったんだが、母上が浮かれていて止められなかったんだ。すまないが受け取って欲しい」とドラコのものだと思われる筆跡で書かれていた。
お礼はどうしようか迷ったが、失敗したときのために余分に焼いておいたシフォンケーキが残っていたのを思い出したので、レイチェルはふくろうにそれを持たせることにした。お世辞にも売り物のようにおいしいとは言えないので、あまりお礼にはならないかもしれない。けれど、マルフォイ家のようなお金持ちに半端な既製品を贈ってもかえって使えずに迷惑になるだろうと思ったからだ。レイチェルのお小遣いでは、マルフォイ夫人にふさわしい品物なんて買えそうにない。
最後のプレゼントはハーマイオニーからだったが、これがレイチェルにとって一番嬉しいプレゼントだった。ハーマイオニーからの贈り物は1冊の絵本だった。記憶力のいい彼女は、レイチェルがマグルの童話を読んでみたいと言ったのを覚えていてくれたらしい。レイチェルがパメラから聞いて気になっていた『シンデレラ』だ。
「セド! セド! 見て、マグルの絵本!」
宝物のように絵本を胸に抱きしめてレイチェルがディゴリー家を訪ねると、セドリックも大量のプレゼントを開封していたところらしく、床は包み紙で埋め尽くされていた。レイチェルより友達が多いセドリックは、当然プレゼントもレイチェルより多い。包み紙を脇に寄せて場所を作ると、早速一緒に読んでみることにした。
「かぼちゃを大きくしたのは肥らせ魔法よね……馬車に変えたのは変身術の応用だし……この魔法使い、すごくお茶目だし力が強いのね。でも、12時になったら魔法が解けちゃうはずなのに、ガラスの靴はそのままなんて……それに、どうしてガラスの靴に割れない魔法をかけておかなかったのかしら? うっかり忘れちゃったとか?」
「千里眼だったのかもしれないよ。ガラスの靴を頼りに王子がシンデレラを探すってわかっていたのかもしれない」
パメラが居たら、たかがお伽噺にそんなに真剣にならなくてもと呆れただろう。しかし、マグル学を受講しているセドリックとレイチェルは、まるでこの絵本が教科書であるかのように真剣に考察し合った。
それに、ただのお伽噺なんかじゃない。ハーマイオニーのカードに書かれていたところによると、この話は昔からマグルの間で伝えられていた話を子供向けに書き直したものらしい。と言うことはきっと、実際に困っていたマグルの女の子を魔法で助けてあげた魔法使いが居たのだ。
「とっても素敵な話ね! ネズミを馬に変えるのはまだ無理だけど、かぼちゃを馬車に変えるのならできそうな気がするわ! あと、ガラスの靴も!」
「でも、マグルの前で魔法を使ったりしたら大変なことになるよ。その前に、退学だ」
「そうだった。現実って夢がないわ」
レイチェルが学生だからと言うのもあるけれど、そうでなくてもマグルの前で魔法を使うのは滅多なことでは許されない。
遅めの昼食を食べながら、とりあえず学校に戻ったら今のレイチェルの技術でどこまでこの本の魔法が再現可能か検証しようと決心していると、おばさんがふいに言った。
「2人とも、ちゃんと宿題もしなくちゃダメよ」
クリスマスにすっかり浮かれていたレイチェルは、その一言でトランクの底に眠る課題の数々について思い出した。変身術、魔法薬学、呪文学、天文学、魔法史、マグル学、魔法生物飼育学、闇の魔術に対する防衛術。課題が出されていないのは古代ルーン文字と薬草学くらいなもので、その全てをたった2週間足らずで終わらせなければいけない。レイチェルはげんなりと溜息を吐いた。
本当、現実って夢がない。
その日の午後は、セドリックと一緒にリビングのテーブルで課題を片付けることになった。
どうして、せっかくのクリスマス休暇に課題なんて出すのだろうか。ちっとも生徒を休ませる気がない。変身術の小難しい理論に唸りながら、レイチェルは緩慢に羽根ペンを動かす。
今朝届いたプレゼントについて考えることで、レイチェルは気を紛らわせた。どれもこれも素敵なものばかりだ。早く使ってみたい。勝手に緩んで来る口元を引き締めていると、セドリックと目が合った。
「そう言えばレイチェル、おじさんからは何かあった?」
セドリックの言うおじさんとは、レイチェルの父親のことだ。まあ元々期待はしていなかったものの、帰れないかもしれない、の手紙の言葉通り、やっぱり帰って来なかった。とは言え、丸っきり何もなかったわけじゃない。
「カードが届いてたわ。プレゼントはママと合同だし……」
開くとミニチュアのドラゴンが飛び出すようになっているカードには、レイチェルに会えなくてどんなに寂しいかが綴られていた。けれど、ドラゴンが吐き出した炎で床に広がっていた包み紙を燃やされそうになったせいで、レイチェルにゆっくり手紙を読む暇はなかった。そして、ハーマイオニーからの贈り物に夢中になったせいですっかり忘れてしまっていた。
「来年こそは帰って来れるといいね」
「うーん、そうね。でもまあ、元気にやってるって言うのはわかってるんだし、ルーマニアが楽しいみたいだから別に無理に帰って来なくてもいいんじゃないかしら」
年に1度のクリスマスくらいは、家族で集まって過ごすもの。それが世間一般での常識だし、事実そうやって過ごす人は多い。休暇中のホグワーツが空っぽになるのがその証拠だ。けれど、多くの人がそうすべきだと考えているからと言って、無理に従う必要はないとも思う。勿論一緒に過ごせればそれが1番良いし、レイチェルだって嬉しいけれど。年に1度の特別な日だからこそ、と言う人も居るだろう。けれど、たかが年に1度しかないクリスマスに顔を会わせるかどうかだけで愛情を量ると言うのも、馬鹿馬鹿しい話だ。
『どうして、クリスマスなのにパパが居ないの?』
小さい頃は、そんな風に泣いてセドリックやおじさん達、それに母親を困らせてしまったこともあった。レイチェルのことが嫌いだから、レイチェルに会いたくないから帰って来ないのかもしれない。だってエイモスおじさんはどんなに忙しくてもクリスマスは家に居るのに、レイチェルのパパは居ない。そう考えたら不安になって、ケーキも食べずにツリーの影にうずくまってただしくしく泣いていた。けれどそれはもう随分と過去の話だ。仕事が忙しいからなのだと、今ではレイチェルだってちゃんと知っている。
「寂しくないの? もう1年以上会ってないじゃないか」
セドリックが気遣うように言った。いかにも父親らしい父親と母親らしい母親、両方を持っているセドリックはそのことに関してレイチェルに申し訳ないと感じている節がある。あのときも、泣くレイチェルを前に必死に慰めの言葉をかけてくれて、自分の分のケーキを分けてくれようとした。
セドリックの家庭環境は確かにレイチェルよりも恵まれているだろうけれど、レイチェルもそのお裾分けをしてもらっているし、そもそもセドリックには何の非もないのだから気に病む必要なんてないのに。セドリックはつくづく人が良すぎる。
「セドやおじさん達が居るから、寂しくないわ」
嘘でもなければ、やせ我慢でもない。心からの言葉だった。レイチェルはちっとも寂しくなんかない。確かに時々、両親がおじさん達みたいな普通の両親だったらいいのになとは思うけれど。でも、寂しいとは思わない。
おじさんとおばさん、それに勿論セドリック。ディゴリー家の人々はレイチェルにとても優しい。
母親は忙しくて部屋に引き込もりがちだし、父親は外国で仕事をしているから帰って来ない。小さい頃からずっとそうだった。そう言うと、大体の大人は「可哀想に」「寂しいでしょう」とレイチェルに同情する。けれどレイチェルは自分のことを可哀想だとは思わないし、周囲が想像するような寂しい思いをしたこともない。
遊び相手はセドリックが居たし、おじさんやおばさんはレイチェルを実の娘のように可愛がってくれる。よその子だからと甘やかすわけでも放っておくわけでもなく、悪いことをしたら叱ってくれるし、いいことをしたら褒めてくれる。パパやママに嫌われているのかもしれないと不安で泣いたレイチェルに、両親がどんなにレイチェルを愛しているか話して聞かせてくれる。レイチェルに悲しいことがあったとき、側に居て話を聞いてくれる。たくさんのごちそうやケーキが乗ったテーブルに、レイチェルの席を空けて待っていてくれる。両親に構ってもらえない寂しさなんて、彼らの優しさの前には消えてしまった。
レイチェルがクリスマスが好きだと思えるのも、こんな素敵なクリスマスを過ごせるのも、彼らのおかげだ。