クリスマス休暇がすぐそこまで迫っていた。
ハグリッドが切り出してきた大きな樅の木が教授達の手によって魔法で綺麗に飾りつけられて、豪華なクリスマスツリーへと変わっていく。どうやら教授達にとっても、この飾りつけは年に1度きりのイベントらしい。皆とても張り切っていて、大広間中に高度な魔法が飛び交う様子は見ているだけでわくわくした。レイチェルはパメラやエリザベスと一緒にそれぞれ飾り付けの違うツリーを見て回って、どれが1番素敵かと言い合った。パメラはマクゴナガル教授が飾りつけたツリーを見て、赤や金のオーナメントがやっぱりクリスマスらしいと主張したし、エリザベスはフリットウィック教授のシフォン地の白いリボンと妖精の光を閉じ込めた大きな虹色のガラス玉で飾られたツリーが気に入ったようだった。レイチェルは本物の氷柱や雪の結晶を使ったキラキラ光るツリーが1番好きだ。ちなみに製作者はスネイプ教授である。意外にもロマンチックで繊細なツリーは、シンプルだけれどとても美しい。皆スネイプ教授の作品だと知るまでは綺麗なツリーだと言っていたのに、そうとわかった途端手の平を返したように「よく見ると別にそうでもないよね」と言い出したのでレイチェルは不服だった。
隙間風が吹く城は相変わらず寒いけれど、美しいクリスマスの飾り付けがレイチェル達の目や心を楽しませてくれる。どっさり出された課題には辟易したが、レイチェル達は大体平穏に過ごしていた。
「結局、3人一緒にフィルチに捕まったのよ。真冬なのに汗びっしょりだし……もう、金輪際あの2人には近寄らないわ」
「それで、レイチェルは大丈夫だったの?」
「偶然通りかかったマクゴナガル教授が、私は巻き込まれただけだって信じてくれたの。日頃の生活態度って本当に大事だわ。あの2人は罰則を受けたみたいだけど」
「罰則?」
「今日のホグズミード行きは禁止。ちょっと可哀相な気もするけど、あの2人にはいい薬かもね」
休暇前の最後の週末には、ホグズミードに行けることになった。以前約束した通り、レイチェルはセドリックと2人で出かけることにした。エリザベスとパメラには事前に言ってあったので、2人も今日はそれぞれの友達と行くらしい。ホグズミードもすっかりクリスマスムードで、あちこちにリースやサンタクロースの人形なんかが飾ってある。……やっぱり、ホグズミード休暇が楽しめないのは可哀想だなと、レイチェルはフレッドとジョージにちょっと同情した。雪がちらついて特別冷え込む日だったので、三本の箒の温かいバタービールは格別においしく感じる。
「セド、これはどう?」
「ああ、うん。それにしようかな……シンプルなものの方が長く使えるしね」
「じゃあ、決まりね。私は何にしようかしら……迷うわ」
「レイチェルは、欲しいものは決まってるの?」
「髪飾りが欲しいの。この間1つ壊れちゃったから。セド、選んでくれる?」
「わかった。でも、どこなら売ってるかな」
「あ、私心当たりあるから大丈夫」
店を出て、2人は前にレイチェルがオルゴールを買った雑貨屋さんに行くことにした。
思った以上にたくさん種類があったのでどれにしようか目移りしてしまうけれど、この調子でどこもかしこも混んでいるとしたらあまりのんびりしていると回りきれない。しばらく迷った結果、レイチェルはバレッタを選ぶことにした。色々な大きさの丸いガラスがついている、少し大人っぽいものだ。プレゼントなので、何色にするかはセドリックに決めてもらうことにする。ネクタイの色に合うからと言う理由で、セドリックは水色のものを選んでくれた。ハーマイオニーに似合いそうなヘアゴムを見つけたので、レイチェルは購入することにした。ハーマイオニーは勉強中によく髪を邪魔そうに耳にかけているので、まとめておいたら便利なんじゃないかと思ったからだ。今日もまた、彼女は図書室で調べ物だろうか。
パメラとエリザベスには、色違いで卓上鏡を買った。蔦のように絡み合っている華奢な銀色のフレームには小さなガラスのバラの花がいくつかついていて、時々つぼみが閉じたり開いたりするのが可愛い。エリザベスのバラは薄いピンク、パメラのはオレンジだ。ついでにレイチェルは自分にも薄紫のを買った。
セドリックは友人達にはお菓子を贈ることに決めたらしく、ハニーデュークスに向かうことになった。数え切れないくらいのお菓子がある上、とても混んでいたが、この間全種類を買ったおかげで、レイチェルはセドリックにどれがいいかアドバイスすることができた。
楽しく買い物をして、両手が紙袋で塞がった頃には、もう城に帰る時間が来てしまっていた。
「あらお帰り、レイチェル! 遅かったわね!」
「レイチェル、貴方、手がものすごく冷えてるわ。大丈夫?」
カラフルなギフトボックスがはみ出しているところを見ると、どうやら二人もホグズミードでクリスマスプレゼントを買ったらしい。が、当日のお楽しみと言うことでお互い秘密にしておくことになった。
レイチェルもトランクをベッドの下から引っ張り出すと、教科書やプレゼントや色々なものを詰め込んだ。
「そう言えば2人とも、クリスマスはどうするの?」
荷造りが一段落したので、レイチェル達は談話室へと下りた。暖炉の前にはたくさんの生徒が集まっていて、楽しいホグズミードの余韻でざわざわしている。レイチェルがそう尋ねるとエリザベスは困ったように眉を寄せ、パメラはパッと顔を輝かせた。
「私は今年もパーティーがあるの。今年はホストファミリーだから大変……レイチェル達も招待しようかと思ったんだけれど、大人の付き合いばかりでつまらないから、きっと来ないほうがいいわ」
「私は家族で『くるみ割り人形』を見に行くの! 友達のお姉さんがクララをやるからってチケットを貰ったのよ!」
「『くるみ割り人形』?」
「バレエの演目よ。クリスマスには定番なの」
バレエはわかるが、くるみ割り人形が一体どんな内容なのかレイチェルとエリザベスには想像がつかない。首を傾げる2人に、パメラが大体のあらすじを説明してくれた。よくわからない部分もあったけれど、どうやらクリスマスを舞台にした物語らしいとレイチェルは理解した。そのうちマグル学でもやるだろうか?
「お菓子の国って楽しそうね。でも、どうして人形が動くのが不思議なの? マグルのおもちゃも、歩いたり楽器を引いたり、動くものがあるって聞いたけれど」
「それはそう言う仕掛けがしてあるからよ、エリザベス! 電池とか歯車とか……とにかく、魔法使いのおもちゃみたいに勝手に動いたりはしないの!」
「私習ったわ! 電池って電気を溜めておく容器みたいなものでしょう? それを入れると、テディベアが動くようになるのね! マグルの技術ってすごいわ!」
「間違ってはいないけど、ちょっと違うわレイチェル」
パメラやエリザベスは何をくれるのだろう。レイチェルのプレゼントを喜んでくれるだろうか。レイチェルがビスケットを齧りながらそんなことを考えていると、壁に飾られたアドヴェントの天使がレイチェルに向かってパチンとウインクした。
クリスマスが待ち遠しい。
「お帰り、セド! それにレイチェルも!」
「ただいま、父さん母さん」
「おじさん、おばさん、ただいま!」
キングズクロスまで来てくれたディゴリー夫妻は、レイチェルとセドリックを笑顔で迎えてくれた。相変わらずレイチェルの母親は居ないが、いつものことなのでレイチェルは特に気にしていない。
漏れ鍋までは、歩くと30分ほどかかる。大きなトランクを引きながらの移動は、吹き付ける風が冷たいせいもあって大変だったが、マグルの町並みもすっかりクリスマス一色だったのでレイチェルはとても楽しかった。
「帰ったら2人とも飾りつけを手伝って頂戴ね。ロザリンドはイブまでに仕事を終わらせるつもりだって言っていたから、邪魔しないようにレイチェルも昼食はうちで食べなさい」
「はぁい」
いつもは部屋に引きこもりっぱなしの母親も、さすがにクリスマスだけは皆と一緒に過ごす。とは言っても、クリスマスだからって急に〆切がなくなるわけではないのでいつも以上に大変そうだし、七面鳥を焼いたりするスープを煮込んだりする時間はやっぱりない。基本的にグラント家のクリスマスは毎年ディゴリー家と合同だ。
ディゴリー家がお隣さんじゃなかったら、レイチェルはホグワーツに入学するまでクリスマスがどんなお祭りなのか知らなかったかもしれないと割と本気で思う。
「パパは今年も帰って来れないみたい。手紙が来たわ」
「仕事が忙しいんだよ、きっと」
「ドラゴンの赤ん坊が生まれそうで目が離せないらしいけど……そろそろ顔を忘れそうだわ」
よく誤解されるけれど、レイチェルは母1人子1人なわけではない。本来家族で過ごすはずのクリスマスにすら帰って来ない父親が1人居る。ルーマニアのドラゴン研究所で働いていて、ドラゴンの世話をするのに忙しいのだ。
同じ魔法生物に関わる仕事をしているのに、おじさんとのこの違いは何なのだろうとレイチェルは時々考える。1人娘のレイチェルのことは愛しているらしいけれど、その愛情表現の方法が仕事場のデスクにレイチェルの写真をべたべた貼りつけることのようなので、レイチェルにはあまり嬉しくない。
漏れ鍋の暖炉から、無事にオッタリー・セント・キャッチポールへ帰ったレイチェルとセドリックは、おばさんの作った昼食を食べ終わると早速仕事を言いつけられた。クリスマスツリーの飾りつけと、玄関のドアにかけるリース作り。おまけにレイチェルはおばさんからクリスマスクッキーを作ると言う大役を任された。
レイチェルは腕まくりをすると、張り切ってキッチンへと向かった。失敗してもきっとおばさんはレイチェルを怒ったりしないだろうが、せっかくならおいしいものを作りたい。それに、上手くいけば来年はクリスマスプディングを作らせてもらえるかもしれない。レイチェルはレシピを確認しつつ、小麦粉と格闘し始めた。
「レイチェル。ツリーのてっぺんの星、飾る?」
レイチェルがクッキー生地を伸ばしていると、リビングで飾りつけをしていたセドリックが扉の向こうから顔を覗かせた。クッキー作りに集中したいからとセドリックに丸投げしたツリーの飾りつけは、そろそろ終盤に差しかかったらしい。その手にはキラキラ光る大きな金色の星が握られている。
「ううん。セドがやって。今、ちょっと、手が離せないの」
「え、いいの?」
両手が粉だらけになってしまっているから、ツリーの飾りつけをするなら1度手を洗わなければいけない。レイチェルが首を横に振ると、セドリックは意外そうな顔をした。クリスマスツリーのてっぺんの星を飾るのは、いつもレイチェルの役割だったからだ。
小さい頃からツリーの飾りつけは2人の仕事だったけれど、毎年どっちが星を飾るかでケンカになった。そして結局、優しいセドリックがレイチェルに譲ってくれることになるのがほとんどだった。
10歳を過ぎたあたりからセドリックはそこまで星に対する情熱を見せなくなったので、確かに去年までも引き続きレイチェルが飾っていたが、セドリックの中ではレイチェルは未だに自分がやると言い張って大泣きした5歳の頃のままなのだろうか。なんだか恥ずかしくなって、レイチェルはクッキーの型抜きに集中している振りをして下を向いた。
「いいの。セドがやったからって後で拗ねたりしないわよ。いつまでも駄々こねてばっかりの子供じゃないわ」
クリスマスは今だって大好きだけれど、レイチェルだってもう小さな女の子じゃないのだ。あの頃はクッキーの型抜きを手伝わせてもらうくらいが精一杯だったけれど、今ではこうやって1人でクッキーを作ることを任される。もうあの頃のように、テディベアや絵本が欲しいとは思わない。キラキラ輝く大きな星も、あの頃ほど魅力的には映らない。
あんなに大きく感じたクリスマスツリーも、今ではもう飾り付けに何時間もかからないし、おじさんに肩車してもらわなくても椅子を使えばてっぺんまで手が届く。セドリックに至っては、椅子なんて使わなくても背伸びをするだけでいいだろう。
そう、いつまでも子供じゃないのだ。レイチェルも、セドリックも。かと言って、まだ大人でもないけれど。
それでも、もう子供じゃない。いつまでも無邪気なまま、金色の星を追いかけてはいられないのだ。