この頃、ハーマイオニーは何やら熱心に調べ物をしている。
正確に言えば、グリフィンドールとスリザリンの試合以降ずっとだ。だから、もう1ヶ月近くになる。ハーマイオニーは相変わらず、ハリー・ポッターの箒に呪いをかけたのはスネイプ教授に違いないと信じているようだった。不名誉な疑惑をかけられたスネイプ教授を気の毒だと思いはするものの、レイチェルももうその話題については触れないことにしていた。
勉強会は週1回のペースで行われている。けれど、そうでない日もレイチェルは図書室に行く度にハーマイオニーの姿を見かけた。そして、大体ハ―マイオニ―の隣にはハリー・ポッターと双子のウィーズリーの弟────レイチェルはまた名前を忘れてしまった────がセットだ。3人はあちこちの本棚から本を引っ張り出しては、あれでもないこれでもないと言いながら“何か”を探している様子だった。マダム・ピンスに聞けばいいのにとレイチェルは思うのだけれど、どうやら彼らにそのつもりはないらしい。むしろ、マダムが近寄ると慌てた様子で本を閉じていた。
マダムに知られちゃいけないことって何かしら。レイチェルは考えてみたけれど、答えは出なかった。図書室を爆破する方法だとか、並んでいる本の順番をめちゃめちゃにする魔法だとかについて調べていると言うならともかく、マダム・ピンスはたとえ「意中の彼を絶対にモノにするためのハウツー本はどこですか」と聞いたとしても律儀に教えてくれる。もっとも、レイチェル自身は実際にそんな質問をしてみたことはないけれど。
試験はまだまだ先だし、優秀なハーマイオニーがあれほど必死に調べなければいけないような難しい課題が出されているとも思えない。それに課題のことだとしたら、きっとレイチェルに聞いてくれるだろう────たぶん。レイチェルがあまりにも頼りにならないから、聞いても無駄だと諦めたと言うわけじゃなければ。けれどハーマイオニーはレイチェルに質問するどころか、調べ物をしていることについてさえ話題に出そうとはしなかった。
毎日のように机の上に積み上げた本と格闘している彼らを少し離れたテーブルから眺めて、レイチェルは首を捻った。一体、何について調べているのだろう?

「今日も調べ物?」
レイチェル
「ここ、座っていい?」
「……え、ええ。構わないわ」

基本的に、レイチェルとハーマイオニーは勉強会の日以外は図書室で会っても声をかけない。別にはっきりとそう取り決めをしたわけじゃないけれど、お互いに自分の課題だってあるし、1人で勉強に集中したい時もあるからだ。それに、週に1度きりだからこそ、事前にしっかり聞きたいことを整理して有意義な勉強会にすることができるとも考えていた。レイチェルがセドリックとレポートを書いている時にはハーマイオニーはレイチェルに声をかけて来ないし、レイチェルもハーマイオニーがハリー・ポッター達と居る時は声をかけない。
けれど、今日は珍しくハーマイオニー1人きりだったので、思い切って話しかけてみることにした。
レイチェルがハーマイオニーの向かい側に座ると、ハーマイオニーはさりげない動作でサッと本の山を自分の方に引き寄せた。まるで、レイチェルから隠そうとするみたいに。けれど、いくつかの本の背表紙がこちらを向いたままなのであまり意味はなかった。

「『二十世紀の偉大な魔法使い』『現代の著名な魔法使い』……誰について知りたいの?」

レイチェルが本のタイトルを読み上げてみせると、ハーマイオニーはギクッとしたように視線を泳がせた。
今日もまた図書室に居ると言うことは、調べ物はあまり上手くいっていないのだろう。それなのに、どうして誰かに尋ねてみようとしないのだろう? 魔法使いについて調べていると言うのなら、レイチェルも協力できるのに。魔法界で生まれ育ったレイチェルはたぶんハーマイオニーより魔法族の名前を知っているし、母親の知り合いには著名人も多い。名家生まれのエリザベスなら、きっと更に詳しいだろう。

「よかったら、手伝いま……」
「あ、ねえ、レイチェル!この女の人ってもしかして、レイチェルの親戚か何か?」

親切のつもりで提案しようとしたレイチェルだったけれど、ハーマイオニーの言葉に遮られた。タイミングから言って、話題を逸らそうとしたことは明らかだ。そんな気はしていたけれど、やっぱりレイチェルには知られたくないことらしい。
隠し事をされるのは少し寂しい気がしたものの、無理に聞き出したかったわけでもないので、レイチェルは大人しく引き下がることにした。ハーマイオニーが広げている本へ視線を落としてみると、そこには確かに母親の写真がレイチェルに向かって穏やかに微笑んでいた。

「ああ、ママよ。作家をやってるの」
「そうなの? 素敵ね! レイチェルに似てるから、そうじゃないかなって思ったの……どんな本を書いてるの?」
「恋愛小説よ。『エルフの恋人』って言う……それ自体はもう10年以上前の本だけど、今でも続編を書いてるの」
「ぜひ読んでみたいわ。魔法使いの書いた小説って面白そう」
「私はどっちかって言うと、マグルの本の方が気になるわ」

シンデレラや白雪姫。赤ずきん。パメラが当たり前に知っているマグルの童話なんかを、レイチェルはよく知らない。小さい子が読むものだからと捨ててしまったらしく、貸してもらうこともできなかった。ホグワーツの図書室にもいくつかは置いているみたいだけれど、数が少ないのでほとんどが貸し出し中だ。レイチェルの手元にはまだ回って来ていない。
まあそれは、母親の本にも言えることらしいけれど。マダム・ピンスが教えてくれたところによると、母親の新刊は上級生の女の子達によってひっきりなしに借りられていくらしい。ありがたいことだと、レイチェルはもう1度母親の写真へと視線を落とした。よそゆきの顔で澄ましている母親は、家に居るときとはまるで別人に見える。

「そう言えば、ハーマイオニーのご両親は何の仕事をしているの?」
「歯科医よ。えっと……歯の治療を専門にする医者なの」
「マグルの癒士ってことよね? じゃあ、すごく頭がいいのね」

ハーマイオニーの勉強好きは、両親の遺伝なのだろうか。ぎっしりと本が詰まったハーマイオニーの鞄をちらりと見て、レイチェルはそう思った。
結局、何を調べているのだろう。トロールのときみたいに、何か危ないことに首を突っ込んでいなければいいのだけれど。

 

 

図書室を後にしたレイチェルは、ハグリッドの小屋に向かうために歩いていた。この間、急な吹雪の中母親からの手紙を届けてくれたふくろうが風邪を引いてしまったようだったので、その具合が気になったのだ。聞いたところによると、療養のためにふくろう小屋ではなくハグリッドの小屋に居るらしい。
校庭はすっかり雪に覆われていて、辺り一面真っ白だ。わざわざこんな日に外に出ようと考える生徒はあんまり居ないらしく、雪の上に残るのはレイチェルの足跡1つきりだ。部屋にマフラーを忘れて来てしまったレイチェルは、肌を刺すような冷たい空気にぶるりと身を震わせた。

レイチェル。そんなところで何しちょる」
「ハグリッド。ふくろうの具合はどう?」

暖かそうなふかふかの毛皮のコートを着たハグリッドは、ちょうどふくろうの世話をしているところのようだった。茶色の森ふくろうが、レイチェルに挨拶をするかのように止まり木の上で羽をバタつかせる。元気になったらしいふくろうを見て、レイチェルは安心した。
クリスマスツリー用の樅の木を見ていかないかとハグリッドが誘ってくれたけれど、レイチェルは断った。とにかく寒いのだ。早く談話室に戻って暖炉の前で暖まりたい。シナモンを混ぜて、温かいミルクティーを淹れよう。夕食は何だろうか。シチューか何か、温かいものが食べたい。そんなことを考えて気を紛らわせながら、レイチェルは急ぎ足で城への道を引き返すことにした。

「ひゃっ……!?」

が、そんな風に焦ったのがよくなかったのだろう。階段を降りようと踏み出したところで、レイチェルは雪で足を滑らせた。
────あ、まずい。落ちる。傾いた視界に、レイチェルはギュッと目を閉じた。
雪のクッションがあるとは言え、今年のクリスマスは医務室で過ごすことになるかもしれない。そう覚悟したレイチェルだったが、予想に反して地面にぶつかる衝撃は来なかった。

「大丈夫かい?……って、レイチェルじゃないか」

誰かがレイチェルを支えてくれたのだ。そう理解したレイチェルはそろそろと目を開けたが、間近にあった顔にギョッとした。驚いたように目を見開いているのは、燃えるような赤毛の少年だった。聞き覚えのある声だとは思ったけれど、まさか双子のウィーズリーだったなんて。けれど、彼ら────その奥にもう一人居るのが見えた────が通りかからなければ、今頃レイチェルは地面とキスをして足を捻挫していたかもしれない。その上、誰も通りかからず見つけてもらえなかったら、冷えきって風邪を引いてしまっていただろう。
いつもなら厄介な彼らだけれど、レイチェルはこの時ばかりは2人と出会えたことに感謝した。

「ありがとう。えっと……」
「ジョージだ」
「そう。ありがとう、ジョージ。助かったわ」

レイチェルがニッコリ笑うと、ジョージは目を見開いた。レイチェルが素直にお礼を言ったので驚いたらしい。ちょっと心外だ。確かにレイチェルはいつも双子に対して……刺々しい態度を取っている自覚はある。でも、それは双子がレイチェルにカエルをけしかけたり、セドリックのことをからかってくるからであって────別にレイチェルは双子のことが嫌いなわけじゃない。ただ、騒動に巻き込まれたくないだけで。

「どういたしまして。レディの危機に駆けつけるのは紳士として当然さ」
「あなたが紳士? 知らなかった」

ニヤッと笑ってそんなことを言うジョージが可笑しくて、レイチェルはクスクス笑ってしまった。
騒動の中心にさえ居なければ、この2人はただの愉快な男の子だと言うことはレイチェルだって知っている。ただ、レイチェルが2人を見かける時はいつも騒動を起こしているけれど。
吹きつけた風にレイチェルがくしゃみをすると、2人のやり取りを見ていたフレッドが不思議そうな顔をした。

「おいおい、随分寒そうだな。マフラーはどうしたんだ?」
「部屋に置いてきちゃったの」
「なら俺のを貸してやるよ」

レイチェルが指先を擦り合せて息を吐きかけていると、ジョージが自分のマフラーを外してレイチェルの首に巻いてくれた。レイチェルには馴染みのないグリフィンドールカラーだ。レイチェルとしては助かるけれど、それじゃあ今度はジョージが寒いだろう。レイチェルは遠慮しようとしたが────レイチェルが口を開こうとしたとき、遠くの方で爆発音が響いた。

「な、何!?」
「やばいな。フィルチが追って来た」
「花火のトラップじゃ食い止められなかったか。逃げるぞレイチェル!」
「えっ、ちょっと、どう言うこと!?」

驚くレイチェルに対して、双子は至って冷静だった。どうやら、あの爆発音も彼らの仕業らしい。
ジョージに手首を掴まれたレイチェルは、訳もわからず2人と一緒に走ることになった。雪に足を取られながら何とか振り返ると、遠くには怒りの形相のフィルチが追って来ている。

「あなた達一体何したの!?」
「いやぁ何、ちょっとな」
「クィレルを雪玉でからかってたら、フィルチに見つかっちまったってわけさ」
「先生に何てことしてるのよ!」

そう言えば、さっき廊下ですれ違ったクィレル教授がやけにびしょ濡れだったことをレイチェルは思い出した。てっきり雪の上で転んだのかと思っていたのだけれど、どうやら違ったらしい。
どうしてこの2人は優秀なくせに、馬鹿げたことにばかり一生懸命なのだろう。レイチェルはくらりと目眩がした。

「俺達はただ、あのターバンの中に何が詰まってるのか確かめようとしただけさ」
「そうとも。純粋な知的好奇心さ」
「だからって、していいことと悪いことがあるでしょ!」

レイチェルは叫んだが、その声はフィルチの怒鳴り声によって掻き消された。どうやらジョージのマフラーをしているせいで、レイチェルもグリフィンドールの生徒だと思われているらしい。つまりは、双子の一味だと勘違いされているのだ。
2人がレイチェルを振り返って、ニンマリ笑った。背後にはフィルチの怒鳴り声が迫っている。

「一緒に逃げた時点で君も同罪さ」
「罰を受けたくなきゃこのまま逃げ切るしかないぜ、レイチェル

レイチェルは割と品行方正な生徒だ。少なくとも自分ではそう思っている。減点もほとんどされたことがないし、罰則なんて受けたことがない。それなのに、今、先生に雪玉をけしかけたなんてとんでもない濡れ衣を着せられそうになっている。
今更立ち止まって、自分は関係ないんですと弁解しても、フィルチは聞き入れてくれないだろう。きっと、フィルチはレイチェルを双子を逃がすための時間稼ぎか囮に違いないと考えるはずだ。そして、レイチェルからたっぷり減点するよう教授の誰かに言うかもしれない。ああ、でも、レイブンクロー生だとはバレていないみたいだから、減るのはグリフィンドールのルビーだろうか? そんなことを考えながら、レイチェルはただひたすらに地面を蹴った。こんなに走ったのなんていつぶりだろう。さっきまではあんなに寒かったのに、額には汗が浮かんでいる。マフラーも手袋もいらないくらいだ。

やっぱりこの双子と関わるとロクなことがない。必死に足を動かしながら、レイチェルはそう確信した。

雪の上で踊りましょう

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