「その、前から可愛いなって思ってて……よかったら、次のホグズミード、僕と一緒に行ってくれないかな」

そんな素敵なデートのお誘いを受けたのは、残念ながらレイチェルではなかった。
渡り廊下の真ん中でハッフルパフの上級生と向かい合っているのはエリザベスだ。偶然通りかかったレイチェルとパメラは、慌てて見つからないよう柱の影に身を隠した。

「後でからかいたいけど、きっと怒るわよね」
「やめておいたら、パメラ。次の授業は魔法史よ」

エリザベスの機嫌を損ねて、ノートを見せてもらえなくなったら困る。レイチェルがそう言うと、パメラも渋々納得して頷いた。
盗み聞きはどうにも居心地が悪い。そのまま聞かなかったことにして立ち去ろうとした2人だったが、それは叶わなかった。話が終わったらしいエリザベスがこっちに歩いてきたので、見つかってしまったのだ。

「ごめんなさい、エリザベス。覗くつもりじゃなかったんだけど」
「で、何て返事したのよ?」

昼食の時間、エリザベスは少し不機嫌だったが、レイチェル達に怒っているわけではないようだった。休み時間だったし、たまたま誰も居なかっただけで、いつ人が通りかかってもおかしくない状況だったのだ。それが偶然レイチェル達だったと言うだけで、わざとじゃないことはエリザベスだってわかっている。どちらかと言えばそんな場所で話を切り出したあの上級生に対して配慮が足りないと憤りを感じているようだった。エリザベスは成績と同じくらい、世間体や人の目を気にしている。
この分だと誘いも上手く行かなかったんじゃないだろうか。ハッフルパフのテーブルをちらりと見て、レイチェルは他人事ながら少し心配になった。

「断ったわ」

レイチェルの予想した通り、澄まして答えたエリザベスの返答はノーだった。やっぱりと納得して、レイチェルはサンドイッチにサーモンを挟む作業に集中することにした。が、パメラはどうやらまだまだ追及する気のようだ。
ピクルスをフォークに突き刺したまま、パメラがエリザベスに向かって身を乗り出す。

「どうして? 結構ハンサムだったじゃない!」

パメラの言うことは正しいとレイチェルも思った。レイチェルの目から見てもハンサムだったし、背も高かった。「セドリックをいつも見ているせいでハンサムの基準が高くなっている」と皆に言われるレイチェルがそう思うのだから、たぶん間違いないだろう。
「お行儀が悪いわ」エリザベスが眉を寄せたけれど、パメラは気にせず追及を続ける。

「今すぐ結婚しろってわけじゃないのよ? たかがデートでしょ! 折角誘われたんだから、行ってみればいいじゃない!」
「初めて会った人と出掛けるなんて無理だわ。何を話したらいいかもわからないし」
「馬鹿ね! 会話なんてどうにでもなるわよ! ホグズミードなら尚更よ! 向こうの方が慣れてるんだから、案内してもらえばいいでしょ! 適当に相槌打ってニコニコしてれば向こうだって気分良く過ごしてくれるわよ!」

もったいないとパメラが悔しそうに呟く。大広間が騒がしいとは言え、パメラの声が大きかったので、レイチェルはハッフルパフのテーブルまで聞こえてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。と、同時に不思議に思った。まるで、パメラは男の子とデートしたことがあるみたいな口ぶりだったからだ。

「パメラは男の子とデートしたことあるの?」
「まあね! 学校の男の子なんかと。あ、ホグワーツじゃなくてマグルの学校だけど」

そう言えば、マグルの子供は11歳になる前にも学校に行くのだと言うことを思い出して、レイチェルは納得した。マグルの子供達の間では、それが普通なのだろうか。レイチェルは男の子と───セドリックは別として───2人で出掛けたことなんてない。きっとエリザベスもだ。何だか、パメラが急に大人びて見える。

「で、どうしてよエリザベス」

エリザベスは話題が移ったことに安心した様子で上品にサンドイッチを食べていたが、パメラは許さない。レイチェルも気になったのでエリザベスを見た。2人分の視線を向けられたエリザベスはばつが悪そうに目を逸らしたが、やがて観念したようにナイフとフォークを置いてぽつりと呟いた。

「……だってあの人、私のこと可愛いって言ったもの」

そう言ってエリザベスが顔を顰めてみせたので、レイチェルは驚いた。
どうして、それが断る理由になるのだろう。エリザベスは美人だし、1年生の頃から上級生に天使みたいだとちやほやされていだ。可愛いなんて言われ慣れているからだろうか?レイチェルは初対面の上級生に可愛いだなんて言われたことはないけれど、もしも言われたらきっと嬉しくて舞い上がってしまう。

「軽薄だから嫌だってこと?」

お嬢様のエリザベスならそう思うかもしれないと、レイチェルは首を傾げる。
確かに、女の子に簡単に可愛いなんて言う人はちょっと信用ができないかもしれない。けれど、そんな風には見えなかったし────相手も勇気を出して言ったのかもしれない。だとしたらちょっと気の毒だ。
レイチェルが眉を寄せると、エリザベスはそうじゃないと言いたげに首を横に振った。

「私、あの人と一度も話したことないのよ。見た目だけで選ぶ人は嫌だわ。だって私よりも可愛い女の子が現れたら、その子を選ぶかもしれないじゃない。信用できないわ」

そうなのだろうか。そうかもしれない。理屈としては納得できないでもないけれど、レイチェルにはエリザベスの気持ちがよくわからなかった。外見だけで選ばれるのが嫌だなんて、エリザベスが美人だから言えることだ。レイチェルには随分と贅沢な悩みに思える。紅茶にミルクを注ぎ入れながら眉を寄せるエリザベスに、パメラが呆れたように溜息を吐いた。

「そんな難しいこと考えずに、可愛いねって言われたら素直にありがとうって微笑んでおけばいいのよ! そんな固いこと言ってるとあっと言う間にオールドミスのおばさんになっちゃって、誰も可愛いなんて言ってくれなくなるわよ!」

そんなパメラの言葉を聞きながら、レイチェルはサンドイッチの最後の一口を切り分けた。
もしも誘われたのがレイチェルだったら、どうしただろうか。やっぱり、エリザベスのように知らない人と出掛けるなんて無理だと断っただろうか? それともパメラのように1度くらいのデートならとOKしただろうか?
1度も話したことがない人に、可愛いねと言われたら────レイチェルは、どう思うだろうか?

 

 

「と言う話なんだけど、どう思う? セド」
「……女の子同士の話を僕に話しちゃっていいの?」
「構わないわ。別に秘密って言われてないもの」

そもそも端の方の席とは言え大広間で喋っていたのだから、近くの席の生徒には聞こえていただろう。レイチェルは読んでいた防衛術の教科書をパタンと閉じると、セドリックをじっと見つめた。レイチェルを不思議そうに見返すその顔は、あのハッフルパフの上級生よりもずっと整っている。

「『ハンサムで背が高くて優しくて頭が良くてクィディッチも上手くて素敵なセドリック』なら、エリザベスの気持ちがわかるのかなと思って」
「やめてくれよ、レイチェル……」

至極真面目な顔でレイチェルが言うと、セドリックは困ったように眉を寄せた。
セドリックは1年生の女の子達から人気がある。レイブンクローの1年生達が「セドリックって格好いい!」と談話室ではしゃいでいるのも聞いたことがあるし、ファンレターのようなものも渡されているのだと人伝に聞いた。それに、最近では背が伸びてきたせいか、同学年の子達や上級生の間でも噂になっているらしい。

「で、どうなの?」

セドリックは何とか話題を逸らせないかと机の上に視線を彷徨わせていたけれど、セドリックのレポートはもう大方書き終わっている。それに、窓の外ではグリフィンドールが練習をしているから、クィディッチの練習があると言う言い訳もできない。逃げ場がないと気づいたらしいセドリックは、観念したように溜息を吐いた。

「その……褒めてくれてるんだって言うのはわかるけど、ハンサムだって言われても正直、困るよ。どう返事をすればいいのか、よくわからないし。知らない女の子に誘われたりするのも」

やっぱりセドリックも誘われたらしい。相手が誰なのか聞きたかったけれど、困り切った顔のセドリックを見たら追及するのもちょっと気が引けた。これ以上はやめておこう。別にセドリックに意地悪をしたかったわけでも、困らせたかったわけでもない。レイチェルは自分のレポートを進めるべく教科書のページを捲った。

「さっぱりわからないわ……言われたことないし」

セドリックの言葉を聞いてもやっぱり、とても贅沢な悩みに思えた。
自分の容姿を客観的に判断すると言うのも難しけれど……少なくも、レイチェルは周囲の視線を集めるようなとびきりの美人ではないことは間違いない。男の子とデートなんてしたことがないし、誘われたことも残念ながらない。
パメラやエリザベスはレイチェルのことを可愛いと言ってくれるが、女の子同士の「あなたってとっても素敵よ」「そんな、あなただって可愛いわ」と言う会話がそんなに当てにならないことはレイチェルだって知っている。レイチェルが羊皮紙に溜息を吹きかけていると、ふいにセドリックが呟いた。

レイチェルは可愛いよ」

何でもないことのような口調だったので、聞き流してしまいそうだった。が、何を言われたか一瞬遅れて脳が理解できて、レイチェルは目を見開いた。
握っていた羽根ペンの先がパキンと音を立てて折れる。首筋からじわじわと恥ずかしさが上って来て、頬が熱くなった。
セドリックが好きだからとか、そんなんじゃない。ただ単に、男の子にこんなことを言われ慣れていないせいだ。

「……それ、誰にでも言ってるの」
「まさか!」

レイチェルが信じられない気持ちでまじまじとセドリックを見つめると、セドリックは勢いよく首を振った。その拍子に肘が机に当たって、インク瓶の壺が倒れてしまい、テーブルとレイチェルの羊皮紙にインクの染みが広がっていく。セドリックは慌てて杖を出してそれを取り払ってくれた。
顔を赤くしたレイチェルを見て、セドリックは自分が何を言ったのかようやく気がついたらしかった。レイチェルと同じくらい顔を赤くすると、照れくさそうに視線を逸らす。

「うん、ごめん。ちょっと考えなしな発言だった」
「別に、その、セドが謝る必要はないと思うけど……他の子に言って、誤解されても知らないわよ」
「気を付けるよ」

レイチェルがぽつりと呟くと、セドリックは苦笑した。
セドリックに少しくらい可愛いねと微笑まれたくらいで、レイチェルはセドリックが自分を好きなんだなんて思ったりしない。でも、それがレイチェル以外の女の子なら話は別だろう。もしもセドリックに憧れている女の子にうっかりそんなことを言ったら、両想いなのだと勘違いさせてしまうだろうし、そうじゃなくたって恋に落ちてしまう女の子だって居るだろう。セドリックはもう少し自分がハンサムだと言う自覚を持つべきだ、とレイチェルは眉を寄せた。

「でも、レイチェルは本当に可愛いよ」

まだほんの少し赤い顔のまま、セドリックはレイチェルに向かって微笑んだ。
幼馴染だからそう思うのだ。レイチェルは思わずそう反論しようとした。おじさんやおばさんも、小さい頃はレイチェルのことを世界一可愛いとか、お姫様だとか言って甘やかしたし、レイチェルだって無邪気にそれを信じていたこともあった。けれど、今では自分の顔がどんななのかくらい鏡を見てちゃんと知っている。
馬鹿なこと言わないで、と口を開こうとしたレイチェルは、ふと昼食の時のパメラの言葉を思い出した。

「……ありがとう、セド」

身内の欲目だとはわかっているけれど、嬉しくないわけじゃない。たまには、素直にお礼を言ってみるべきかもしれない。
そう思って、レイチェルがはにかんで笑ってみせると、セドリックも照れくさそうに笑ってくれた。
その日は何だかお互いに気恥ずかしくて、あまり会話もせずに黙々とそれぞれのレポートに取り組んだ。
ちらりとセドリックの顔を盗み見て、レイチェルはふと考える。セドリックにもいつか好きな女の子ができて、その子をデートに誘ったりするようになるのだろうか。その女の子に向かって、「可愛いね」なんて蕩けるような笑顔で囁く日が来るのだろうか。レイチェルにも、セドリック以上に好きな男の子ができる日が来るのだろうか?
1年後? 2年後? それとも、1ヶ月後? もしかしたら、明日かもしれない。先に恋人ができるのはどちらだろう。……たぶんセドリックだな、とレイチェルは思った。だって、セドリックはハンサムだから。

頭の中でセドリックが知らない女の子と歩いているところを想像してみる。なんだか胸がちくりとした。
その時は少し寂しいかもしれない、とレイチェルは思った。

少女の純情

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