11月の終わりには、レイブンクローとハッフルパフの試合があった。セドリックとチョウ、2人のシーカーのデビュー戦だ。
校内はそこそこ盛り上がってはいたけれど、この間のグリフィンドールの試合ほどの熱狂はない。もう少し皆興味を持つべきだとレイチェルは思ったが、やっぱり「生き残った男の子」に対して見せるような情熱はないようだった。セドリックやチョウだって頑張っているのに……。レイチェルは悲しくなった。
せっかくのシーカーとしての初試合だ。セドリックにスニッチを取って欲しいと言う気持ちは勿論あったが、でも、それはチョウにとっても同じだ。そしてレイチェルは、できたら自分の寮に勝ってほしい。
どうして初戦がハッフルパフ相手なのだろう? 他の寮ならよかったのに、とレイチェルは溜息を吐いた。レイブンクローは大好きだけれど、こう言うときだけセドリックと同じ寮にならなかったことをちょっとだけ後悔する。
観客席のハッフルパフとレイブンクローのちょうど境目の部分に座ったレイチェルは、試合の最中でさえどちらを応援すべきか迷ってしまったし、この間みたいにいきなり箒が暴れ出したりしたらどうしようと冷や冷やしていた。が、結果はレイチェルにとって最高だった。160vs160で引き分け。スニッチを取ったのはハッフルパフのシーカー、つまりセドリックだ。
この試合は、とにかく大荒れだった。まず、試合の序盤でハッフルパフのキーパーにブラッジャーが直撃してしまい、とうとう試合終了まで気を失ったままだった。その隙にどんどんレイブンクローが得点し、ついに差は160対10まで広がってしまった。これ以上点差が広がってはいけないと、セドリックがスニッチをキャッチした。
とは言っても、チョウが何かミスをしたとか、セドリックに技術で劣っていたわけではない。むしろミスをしたのはビーターの方で、チョウがスニッチを追ってセドリックと競っている時にブラッジャーがチョウを直撃しそうになった。チョウも初めての試合で緊張していたのだろう。ギリギリのところで気づいたので大惨事は免れたが、代わりにチョウの箒の小枝が何本か折れてしまったのだ。些細なバランスの変化でも箒はスピードを出せなくなってしまう。結局セドリックと少しずつ差が開いてしまい、スニッチはセドリックが取った。
おじさんに送るためのセドリックの写真もうまく撮ることができたし、レイチェルにとっては大満足な結果だった。

レイチェル、どこへ行くの?」
「ふくろう小屋! 手紙を送って来るわ」
「早く帰って来ないと、打ち上げパーティーに送れちゃうわよ!」
「わかってる。すぐ戻るわ!」

そんな声に見送られて、レイチェルはふくろう小屋の方へと走り出した。そうして途中で誰も居ない廊下へと出ると、持ってきたレターセットを広げて「おめでとう」と書きつける。勿論宛先はセドリックだ。本当は直接お祝いを言いたいし、今度会った時にも言うつもりだけれど、スニッチを取れなかったチョウのことを考えると試合後すぐにセドリックに駆け寄るのは気が引けた。何だかもどかしいような気もするけれど、校内だからすぐに届くだろう。
封筒を片手に急いでふくろう小屋へと向かうと、そこには思いがけない人物が居た。

「久しぶり。ドラコ……で、いいのよね?」
「あ、ああ……」

向こうもレイチェルを見て驚いたようだ。薄い色の瞳を見開く少年に、レイチェルは愛想良く微笑みかける。どうやらレイチェルとドラコ・マルフォイとは、ふくろう小屋に縁があるらしい。
戸惑ったようにレイチェルを見るドラコを見て、レイチェルははたと思い当たった。そう言えばレイチェルはハーマイオニーからドラコのことを聞いたから名前を知っているけれど、ドラコはレイチェル知らないのではないだろうか?

「そう言えば私、まだ自己紹介してなかったわよね。ごめんなさい。レイチェルグラントよ。学年はあなたより2つ上。この間はありがとう」
「……別に僕は何かした覚えはないが」
「私がお礼を言いたかっただけだから、それで構わないわ。でも、感謝してるの」

あれ以来、レイチェルは以前よりもこまめに母親に近況報告をするようになった。原稿が忙しい時は少し返事が遅れることもあるけれど、それでもきちんと毎回返事をくれるし、何か相談事を持ちかければアドバイスしてくれることもある。以前よりも母親との距離がずっと縮まったのはドラコのおかげだとレイチェルは思っていた。
ドラコは訝しげに眉を寄せていたが、何かを言いたげにレイチェルをじっと見つめるので、レイチェルは不思議に思って首を傾げた。

「頼みがあるんだが、聞いてくれないか」
「……私にできることなら」

やけにかしこまった態度でそう言うドラコに、レイチェルは曖昧に頷いた。
よく知らない相手からの頼みごとを、内容も聞かず安請け合いしてしまうのは少し軽率かもしれない。けれど、ドラコには感謝しているし、それでお礼になるなら聞いてあげたい。プライドの高そうなドラコがわざわざ言うのだから、尚更だ。

「君にしかできない。少し待っていてくれ。すぐに戻るから」

そう言って、ドラコはどこかへ行ってしまった。ふくろう小屋に1人残されたレイチェルは、何を頼まれるのだろうと急に不安になった。もし、マグル生まれの魔法使いを連れて来て呪いをかけろなんて言われたらどうしよう。いや、いくら何だってそんなことはしないはず。勉強を教える? それなら、スリザリンの上級生に頼めばいいはずだ。レイチェルはそこまで成績が飛びぬけていいわけじゃないし、第一まだ3年生だ。レイチェルにしかできないことって何だろう。レイチェルには別に人と比べて特別なことは何もない……。
レイチェルが悶々と考えていると、ドラコが急ぎ足で戻ってきた。手に何か小包のようなものを持っている。

「これに、君の母親のサインを貰ってくれないか」

そう言ってドラコが差し出した包みを開いてみると、中にはレイチェルの母親の本が入っていた。この間発売されたばかりの新刊だ。何だこんなことでいいのかと、レイチェルはほっと胸を撫で下ろした。確かにこれは、レイチェルにしかできないだろう。サインを頼まれるのは珍しいことじゃないし、母親もそれを嫌がったりはしない。

「宛名はあった方がいい? えっと……ドラコ宛てじゃなくてお母様宛てよね?」
「ああ……もうすぐ誕生日なんだ。母上の名前の綴りは、そのカードに書いてある」

ナルシッサ、とレイチェルはカードの名前を読み上げた。綺麗な名前だ。ドラコも整った顔をしているし、きっと名前と同じに美しい人なのだろう。そんな貴婦人が母親のファンだと言うことは、とても誇らしくて素敵なことに思えた。
レイチェルはそのカードの裏にサインをしてくれるよう書いて本を包み直すと、近くの止まり木に居たふくろうの足に結びつけた。たぶん、1週間もすれば戻って来るだろう。
ふくろうが段々と小さくなっていくのをドラコと一緒に見ていたレイチェルは、そこでようやく本来の用事を思い出した。セドリックに手紙を出しに来たんだった。

「ああ、そこのあなた、この手紙、急いでセドリック・ディゴリーに届けて! ハッフルパフ寮に居ると思うから!」

今頃、ハッフルパフではとっくにパーティーが始まってしまっているだろう。1秒でも早くおめでとうを伝えたくてわざわざふくろう小屋に走って来たのに、何をぼんやりしていたのだろう。レイチェルが慌てて近くに居たふくろうに手紙を結びつけていると、その様子を黙って見ていたドラコがふいに口を開いた。

「……それはどこで手に入れたんだ?」

興味深そうに呟いたドラコの視線はふくろうの足に結んだ封筒へと向けられていた。見た目も手触りも羊皮紙とは全く違う、ピンク色のつるつるした紙で、金の星の模様が散っている。パメラから分けてもらったものだ。なので、まあ、要するに。

「マグル製品の封筒」

レイチェルがそう答えると、ずざっと音を立ててドラコは後ずさりした。きっとそんな反応をするだろうと、想像はついていたけれど。レイチェルがクスクス笑うと、ドラコは憮然とした顔でレイチェルを睨みつける。けれどちっとも怖くなかったので、レイチェルはニッコリ笑ってみせた。

「血筋だけで判断しない方がいいわ。マグル生まれの魔法使いは皆、魔法界とマグルの世界の両方を知ってるんだもの。それって、私達の倍色々なことを知っていて、私達よりもずっと視野が広いってことでしょう?」

なるべくお説教くさく聞こえないよう気を付けながら、レイチェルはそう言ってみた。まあ、こんなこと言ったって、スリザリン生がはいそうですかと素直に聞き入れるわけがないとわかってはいるけれど。
マグルの封筒に興味を持ったと言うことは、ドラコだってこれが素敵なものだと思ったのだろう。それなのに、マグル製品だと言うだけで遠ざけてしまうのは悲しいことだ。
純血主義の人達がマグルのことをよく知りもせずに見下すのは本当に馬鹿げているし、もったいないとレイチェルは思う。マグルの文化には魔法使いには想像もつかないような素晴らしくて便利なものがたくさんあるのだ。

「3年生になったら、マグル学を取ってみればいいのに」
「そんなことしたら、父上に何て言われるか……」

いい提案をしたつもりだったレイチェルだが、苦い顔でそう呟くドラコを見て少し軽はずみな発言だったのかもしれないと思った。そう言えば純血主義の家系では、スリザリンに入らなければ────出来損ないだと親戚中から馬鹿にされると聞いたことがある。スリザリン家系の人達にとってはスリザリンこそが最も優れた寮なので、他の寮に組み分けられることはスリザリンに選ばれる素質がなかったからだと言う考えになるらしい。
エリザベスは純血主義ではないけれど、やっぱり名家の出身で、お行儀や言葉遣いについては厳しく躾けられている。それに、いい成績を取らなければと半ば強迫観念に駆られている。成績がよくないと、あのプライス家の子なのにとがっかりされてしまうから。エリザベスは美人でお嬢様で頭もいいと羨ましがられているけれど、人よりもずっと努力している。

「名家も色々大変なのね」
「は?」
「ううん、何でもないわ」

ぽつりと呟いたレイチェルの言葉は、ドラコには聞こえなかったようだ。ドラコが訝しげにレイチェルを見たが、レイチェルはもう一度言う気はなかった。同情されることをドラコは望まないだろうし、かえって彼のプライドを傷つけるだろうと思ったからだ。
レイチェルはどこでも好きな寮に入ればいいと言われたし、お行儀や言葉遣いもそこまでうるさく言われたことはない。成績についても、周囲に何か言われることもない。
けれど、ドラコのような名家出身の子は常に家名がついて回るのだろう。何か悪いところがあれば「マルフォイ家の子なのに」、いいところがあっても「マルフォイ家の子だから」。レイチェルは好きに友人を作れるし、好きな授業を選べるけれど、ドラコはマグル生まれの友人を作ればきっと叱られるのだろうし、マグル学を取ることはできないのだろう。それはとても不自由なことに思えた。

「私、そろそろ戻るわ。これから寮のパーティーがあるから。またね」
「……ああ」

のんびりしているとせっかくのパーティーが終わってしまう。レイチェルはドラコに手を振って、ふくろう小屋を後にした。
レイチェルも大抵のホグワーツ生と同じように、スリザリン生は好きじゃない。パメラや、他のマグル生まれのことを馬鹿にしたり、廊下ですれ違っただけなのにいきなり呪いをかけようとしたりするからだ。
でも、そうじゃないスリザリン生も中には居るし、その人達には────「友人だ」と胸を張って言えるほど打ち解けられてはいないけれど────失礼な態度を取らないよう気をつけている。「スリザリン生だから」嫌いになるのでは、「マグル生まれだから」嫌う彼らと同じになってしまう。スリザリンに所属しているから嫌いなんじゃない。純血主義で、マグル生まれを見下すから嫌いなのだ。
ドラコはまだ、レイチェルの前でマグル生まれを馬鹿にしたことはない。だから、レイチェルがドラコを嫌う理由はない。スリザリンの1年生の中ではリーダー格らしいので、もしかしたらレイチェルの知らない所では色々とやっているのかもしれないけれど。
ハーマイオニーや他の1年生から、たまにドラコの話を聞くことがある。彼らの話に登場するドラ・マルフォイは、ものすごく高慢ちきで嫌な奴だ。でも、実際に会ってみると、レイチェルの目にはドラコ・マルフォイはちょっと気取っているけれど、母親想いの優しい少年に映る。一体、どっちが真実なのだろう?
1週間ほどして、レイチェルの母親が包みを送り返して来た。宛名とサインが書かれた本と、「お誕生日おめでとう」と言うメッセージカードだ。大広間で見かけたドラコに手渡すと、ほんの少し照れくさそうにしながらも「ありがとう」ときちんとお礼を言ってくれた。ほら────やっぱり優しい男の子じゃないか。

皆の目に映るドラコと、レイチェルの目に映るドラコ。どちらが正しいのだろうか。レイチェルが見ているのが偽物なのか────それとも、どちらも本物のドラコなのか。
誰かから聞いた噂じゃなく、レイチェル自身が「嫌な奴だ」と思うまでは友好的に接しようとレイチェルは決めた。

高慢と偏見

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