「ごめんなさい、レイチェル。今日はハリーの天文学の宿題を手伝ってあげるって約束してしまったの」

ハロウィンの一件でレイチェルがハリー・ポッターへの不信感を募らせてたのは反対に、ハーマイオニーはどうやらハリー・ポッターと友情を深めたようだった。また今度でもいいかしら、と申し訳なさそうに手を合わせたハーマイオニーに、レイチェルは気にしないでと笑ってみせる。仲良しの友達ができたハーマイオニーはとても楽しそうだったし、レイチェルだってハーマイオニーが笑っているのは嬉しい。
でも、その友達がハリー・ポッターだと思うと素直に祝福できないのはどうしてだろうか?

「……寂しいわ、エリザベス」

クィディッチリーグの開幕戦が近づいていた。つまり、ハリー・ポッターのデビュー戦でもあるグリフィンドール対スリザリンの試合が。11月に入ってからと言うものの、ホグワーツ中がその話題で持ちきりだった。何も、今シーズンシーカーとしてデビューするのはハリー・ポッターだけじゃない。チョウだってセドリックだってそうなのに、またしても騒がれるのはハリー・ポッターだけ。
ただでさえ面白くない気分のところに、ハーマイオニーまでハリー・ポッターに取られてしまった。

「私の方が先にハーマイオニーと友達になったのに……」

確かに、同じ学年で同じ寮の友達の方がいいに決まっているのはレイチェルにだってわかる。3年生で、しかもレイブンクロー生のレイチェルはハーマイオニーと一緒に授業を受けられないし、食事だって同じテーブルでは食べられない。
ベッドの上を転がりながら嘆いている、エリザベスが眉を顰めた。

「少し静かにして頂戴、レイチェル。私、今あなたのお母様の本を読んでるの」
「……それは、どうもありがとう」

家に帰ればあるとわかっている母親の著書をわざわざ買う気にはなれなかったのでレイチェルは図書室で借りて読んだが、エリザベスはふくろう通信販売でわざわざ取り寄せてくれたらしい。エリザベスが本を買ってくれたお金が、回りまわってレイチェルが今食べている蛙チョコレートを買う代金になるのだから、読書の邪魔はいけない。

「クィディッチの試合前だからよ。セドリックだって忙しそうじゃない!きっとハリーの試合が終わったらまたレイチェルに構ってくれるわよ」
「パメラ……! ありがとう。そうよね」

ポンポンと背中を叩いてくれるパメラの優しさにじんとした。
そうだ。ハーマイオニーは友達想いの優しい子だから、試合前のハリー・ポッターを放っておけないのだろう。試合が終わったらまたレイチェルとおしゃべりしてくれるはずだ。そうに違いない。そう信じたい。
レイチェルの気分は少し明るくなった。

「あー、楽しみよね! ハリーのデビュー戦! どこからならよく見えるかしら!」
「……だから静かにして頂戴ったら、貴方達!」

しかし、ウキウキと弾んだパメラの一言で、またも沈んでいった。ここでもやっぱり、その話題が出る。
ポッター、ポッター、ハリー・ポッター。今やその話題でホグワーツ中が熱狂している。
友人のアンジェリーナ達の試合でもあるので、ぜひグリフィンドールには勝ってほしいと思う。だって、相手はいつも反則ばかりのスリザリンだし。けれど、それがハリー・ポッターの大活躍によるものであれば、このポッターブームはますますヒートアップするのだろう。
そう思うと、レイチェルは少し憂鬱になった。

 

 

「はじまりました、グリフィンドールvsスリザリン! 解説は私リー・ジョーダンがお送りします!」

試合当日、レイチェルはいつも通り図書室に居た。競技場からはそこそこ距離があるものの、魔法で拡声された声はここまで響いて来る。
パメラやエリザベスは1年生シーカーの試合に興味があるらしく、いい席を取らなければと朝食もそこそこに競技場に向かった。クィディッチはホグワーツ生にとってはこの上ないイベントだし、例年リーグ初戦、そして伝統のグリフィンドール対スリザリンは盛り上がる。それに、新人選手のデビュー戦も。生徒達が注目する要素はたくさんあるものの、それにしたっていくら何でもここまで加熱するのは異常に思えた。いつもなら、たかだか1人選手が変わるくらいでここまで熱狂しない。
その選手が1年生で、しかもあの有名なハリー・ポッターだからと言うのが原因だろう。レイチェルは溜息を吐いた。
レイチェルも一緒に行こうと誘ってもらったけれど、断った。どうせ図書室からでもクィディッチの競技場はよく見える。騒げないから、誰も観戦には来ないだろうけれど。

レイチェル。やっぱり、ここに来てた」
「セド」

と思ったけれど、セドリックも図書室にやって来た。ただし、レイチェルと違って最初から試合を見る目的で来たらしい。
しばらくすると、他にもちらほらそう言う生徒が図書室に入って来た。
レイチェルはマダム・ピンスが怒らないだろうかと心配したが、マダム・ピンスも試合が気になるらしく窓の方を気にしていた。図書室を空けるわけにはいかないからここに居るだけで、本当は試合を見に行きたいのかもしれない。
生徒達の目的が自分と同じであることに気づいたらしいマダムは、コホンと咳払いした。

「えー、皆さん。……休日ですし、今日の図書室では、多少騒いでもいいことにします」

ワッと控えめに歓声が上がる。誰からともなくパチパチと拍手をし出して、図書室は奇妙な一体感に包まれた。
どうやら今日の図書室は、司書公認で静かなクィディッチの観戦場になるらしい。もしかしたら、他の場所に行った生徒よりもずっといい席かもしれなかった。

「せっかくだからレイチェルも一緒に見ようよ」
「……セドがそう言うなら」

用意のいいセドリックは、友達に借りてきたらしい双眼鏡をレイチェルに貸してくれた。どうやら最初からレイチェルがここに居るだろうと予想していたらしい。肉眼だとただの人影だけれど、双眼鏡を使えばはっきり見える。
アンジェリーナにアリシア。双子のウィーズリー。2年生のケイティ・ベル。キャプテンのオリバー・ウッド。そして、一番小柄なのがハリー・ポッターだ。スリザリンの選手に関しては、セドリックが解説をしてくれた。
グリフィンドールが先制点を入れ、試合は瞬く間に進んでいく。レイチェルはせっかくなのでアンジェリーナとアリシアの応援をすることに決めた。レイブンクローとの対戦じゃないから心置きなく応援できる。目まぐるしく動くクアッフルの軌跡を必死に追いかけていると、ふいにセドリックがぽつりと呟いた。

「ハリーの箒がおかしい」
「え?」

気づいたのはセドリックだけではなかったらしく、周囲の生徒達もざわざわし出していた。レイチェルも双眼鏡でハリー・ポッターを探す。すると、セドリックの言葉の意味はすぐにわかった。ハリー・ポッターの箒が勢いよく、そして不規則に揺れているのだ。まるで、持ち主を振り落とそうとしているみたいに。レイチェルは双眼鏡を外して、セドリックを見た。クィディッチや箒に関することは、セドリックの方が格段に詳しいから。

「セド、あれってどう言うことなの? ……箒の故障か何か?」
「いや……わからないけど、たぶん、呪いじゃないかな」
「呪い?」

この距離からでは、さすがのセドリックにもよくわからないらしい。真剣な顔で双眼鏡を覗き込みながらセドリックが返した言葉に、レイチェルは首を傾げた。確かに、たまたまハリー・ポッターの箒だけが故障したと言われるよりも、呪いによって箒がおかしくなったのだと言う方が納得はいく。しかしだ。

「でも……クィディッチの競技場や箒って確か、試合中は観客席から妨害されないように呪文避けがかけられてるんじゃなかった?」

そうでなければ、試合がメチャクチャになってしまうことは想像がつく。だって、スタンドの生徒達は皆杖を持っているのだから。相手チームを魔法で妨害し放題になってしまったら、ブラッジャーなんかよりよっぽど危険だ。レイチェルが以前読んだ本の知識を思い出しながら言うと、セドリックも頷いた。

「そのはずだ……しかもニンバスに呪いをかけるなんて、相当力の強い魔法使いじゃないとできないよ」
「どうして……? 誰が、何のために? いくらスリザリンを勝たせたいからって、そこまでする?」

確かにスリザリン生は目的のためなら手段を選ばないけれど、いくらなんだってここまでするとは思えなかった。だって、あんな高い所から落ちたら死んでしまう。殺す気でやっているとしか考えられない。
必死で箒にぶら下がっているハリー・ポッターの姿に、レイチェルはギュッと拳を握り締めた。ああ、だから、1年生がクィディッチなんて危険なのに。……もっとも、これに関しては学年は関係ないような気もするけれど。
空中で暴れる箒を見ながら、レイチェルは祈った。落ちないで。どうか。頑張って。
頑張って、ハリー・ポッター。

「わからない。『グリフィンドールのシーカー』を狙ったのか、それとも『ハリー・ポッター』を狙ったのか」

神妙な顔でセドリックが首を振ったのとほぼ同時に、ハリー・ポッターは再び箒にまたがり、また元通り飛び始めた。爆発するような歓声が上がり、レイチェルはほっと息を吐く。
そしてしばらくして、グリフィンドールの勝利によって試合は終わった。

 

 

 

いつもの静寂を取り戻した図書室を、レイチェルはセドリックとともに後にした。まだ話し足りないことがあったからだ。

「トロールと言い、今日のことと言い……何だか今年は変なことばっかり起こるわね。元々、不思議は一杯だったけど」

レイチェルにはさっきのセドリックの言葉が妙に引っ掛かっていた。もしかしたらレイチェルと同じように、1年生なのにシーカーに選ばれたことが気に入らない人間が居て……腹いせにちょっと脅かしてやろうと思ったのだろうか? だとしたら、やりすぎだ。
それとも、誰かハリー・ポッターの命を狙っている人間が居るのだろうか? でも、だとしたら誰が?
禁じられた廊下のことと言い、今年のホグワーツでは一体何が起こっているのだろう。

「あれだけ箒に振り回されても落ちないなんて……すごいな。僕だったら振り落とされて首の骨を折ってたかも」
「冗談でもそんなこと言わないで! 今度セドの試合だってあるのよ!」

しかしレイチェルの思考は、そんなセドリックの呟きによって引き戻された。
次の試合はレイブンクローとハッフルパフの対戦だ。セドリックやチョウのシーカーとしてのデビュー戦でもある。またあんなことが起こったらどうしよう。セドリックやチョウが箒から落ちて怪我をしたら──────。レイチェルが青ざめると、セドリックが安心させるようにレイチェルの頭を軽く撫でた。

「大丈夫だよ。今日こんなことがあったんだから、先生方が何か対策してくれるよ。次の試合はきっと、ホグワーツで行われたクィディッチの中で1番安全だ」
「だといいけど……」
「そう言えばレイチェルレイチェルが今日の試合を見た感想は?」

話題を変えようとしたのか、セドリックが悪戯っぽく微笑んだ。どうやら、最初は乗り気じゃなかったくせに、試合が終わる頃にはすっかり夢中になって見入ってしまっていたことに気づかれていたらしい。しかも最後は、ハリー・ポッターを応援してさえいたのだ。ばつの悪さに目を逸らして、レイチェルは小さく呟く。

「……ちょっとだけ、見直したわ。ちょっとだけ」

ハリー・ポッターは好きじゃない。けれど、あんな状態の箒から振り落とされなかったはすごいと思うし、最後のスニッチをキャッチして────正確には飲み込んで────みせたのだって見事だった。
1年生なのにシーカーに選ばれただけはあると、正直に認めざるを得ない。彼の箒捌きはセドリックと同じくらい上手だった(セドリックよりも上手い、とはレイチェルは断じて認めない)。
ただでさえ危険なクィディッチで、しかも更に危険な目に合っても、彼は諦めなかった。勇敢に立ち向かって、乗り越えてみせた。トロールのときのように、自ら危険に飛び込んでいったんじゃない。自分に振りかかった危険を、しかも箒に作用するほど強い呪いを、自分の力だけで撥ね除けてみせた。それはとてもすごいことだ。
もしも顔を合わせることがあったとしたら、素直におめでとうと言ってあげよう。

ハリー・ポッターは好きじゃない。けれど彼のクィディッチの才能と勇気は本物だ。
次の試合での活躍も見てみたい、と思ったことは恥ずかしいから誰にも言わないでおこうとレイチェルは誓った。

英雄の品格

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